説明

チタン系組成物

【課題】金属射出成形による粉末冶金に使用することができる微細な粒子性状と優れた流動性を両立させたチタン系粉末およびその原料となるチタン系組成物を提供する。
【解決手段】金属チタンあるいはチタン合金に600〜700℃の温度域において水素を接触させ、降温し、不活性雰囲気の減圧下500〜580℃の温度域で加熱処理することによって得られるチタン系組成物であり、粉末X線回折測定において、2θ=35°近傍に現れる回折ピークIと2θ=38°近傍に現れる回折ピークIとがI>Iであることを特徴とするチタン系組成物。また、このチタン系組成物であり、最大粒子径74μm以下でかつ、流動度100sec/50g未満であることを特徴とするチタン系粉末。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素化脱水素法により得られるチタンまたはチタン合金の組成物(以下単に「チタン系組成物」という)および合金粉末(以下単に「チタン系粉末」という)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、チタン系粉末を製造する手段としては、四塩化チタンを還元性金属で還元してスポンジチタン塊を生成させ、このスポンジチタン塊を粉砕する際に発生する粉末を回収する方法や、四塩化チタンを金属ナトリウムで還元してチタンを製錬することによりチタン粉末を得る方法が知られている。
【0003】
このうち、前者の方法は、クロール法によるチタン製錬工程中に副次的に発生するチタン粉を利用する関係で、生成量が制約される上、酸素、窒素または鉄等の不純物成分を多く含有する低品位のものしか得られない欠点があった。また、その粉末粒度も60〜20メッシュ(粒径250〜850μm)程度と粗く、通常は花火や溶接棒の原料といった用途にしか適用することができない。
【0004】
一方、後者の方法は、一般にハンター法と言われており、比較的安価にチタン粉末を得ることができるが、粉末中に多量のナトリウムおよび塩素成分が残留するため、高い機械的強度と信頼性が要求される自動車部品等を対象とする粉末冶金原料には適していない。
【0005】
これらの方法に対し、金属チタンの水素脆性を利用して、原料のチタンまたはチタン合金を一旦水素化させた後任意の粒度に粉砕し、これを真空加熱により脱水素してチタン系粉末を得る水素化脱水素法は、粉末冶金の焼結原料に要求される塩素含有量が極めて低いチタン系粉末を製造することができる。
【0006】
すなわち、この方法では得られるチタン系粉末の品質は主にチタン系原料の材質に依存することから、例えば予め溶解したインゴットの切粉やスクラップを原料とすることにより塩素含有量が極めて少ない高品質のチタン系粉末を得ることが可能となり、しかも粉体粒度を比較的容易に調整することができる利点がある。
【0007】
通常、水素化脱水素法によるチタン系粉末の製造方法は、チタン系原料を高温下に水素ガス雰囲気中で水素化する水素化工程、得られた水素化チタン塊または水素化チタン合金塊を所定の粒度に粉砕して分級する粉砕・分級工程、粉砕後の水素化チタン系粉末を高温の真空中で脱水素処理する脱水素工程、脱水素時に焼結したチタン塊を解砕する工程および得られたチタン系粉末を所定の粒度に分級調整する篩別工程から構成されている。
【0008】
しかしながら、上記製造方法においては、脱水素工程の段階で粉末相互が強固に焼結して塊状化し、後工程の解砕工程で微細なチタン系粉末に機械粉砕することができなくなる現象が生じ、これが工業的製造技術としての大きな課題となっている。
【0009】
このような脱水素工程における粉末の焼結を効果的に緩和抑制する手段として、水素化工程後に水素化チタンの塊状物を予め粒径63μm以下の粉体割合が30重量%以下の粒度分布になるように粉砕し、このように粒度調整された水素化チタン系粉末を脱水素処理するチタンまたはチタン合金粉末の製造方法が知られている(例えば、特許文献1参照) 。
【0010】
また、同様の目的で、水素化脱水素法によりチタン粉末を製造する方法において、水素化チタンを平均粒径で10μm以下に粉砕し、脱水素温度を300〜600℃とするTi粉末の製造方法も提案されている(例えば、特許文献2参照) 。
【0011】
ところで、金属射出成形による粉末冶金に使用されるチタン粉末は微細であるうえに優れた流動性を有することが極めて重要な要求特性とされており、チタン系粉末に高水準の流動特性がないと均質で高密度の成形体を得ることができない。
【0012】
一般に、粉末の流動性は粒度と密接な相関関係があり、粉末粒度が微細になるほど流動性は低下することが知られている。このため、金属射出成形などの用途に有利なチタン粉末においては、微細化と良流動性との間には背反的関係があり、単純に微細粒径のチタン粉末がこの目的に好適となることにはならないという問題を有していた。
【0013】
この流動性の問題を解決するために、チタン粉末の粒度範囲を5〜74μm、平均粒子径を20μm以下とする技術が検討されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、5μm以下の微粉をすべて除去するためには、製造コストが高くなるという新たな課題が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平5−247503号公報
【特許文献2】特開平3−122205号公報
【特許文献3】特開平7−278601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、平均粒径が微細であるにも拘わらず、流動性に優れたチタン粉を提供することにあり、特に、射出成形用に好適なチタン粉の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記状況に鑑みて、微細粒径でありながら優れた流動性を有する金属射出成形用等の用途に好適なチタン系粉末を製造する技術について鋭意研究を重ねたところ、特定の条件にて水素化および脱水素化を行なうことによって粉末X線回折測定において特定のピーク強度比を有するチタン系組成物を得、この組成物を用いて得たチタン系粉末により、前記特性要件を効果的に両立させ得ることを見出し、本願発明を完成するに至った。
【0017】
即ち、本願発明に係るチタン系組成物は、金属チタンあるいはチタン合金に600〜700℃の温度域において水素を接触させ得られたチタンあるいはチタン合金の水素化物を、不活性雰囲気の減圧下500〜580℃の温度域で加熱処理することによって得られるチタン系組成物であり、粉末X線回折測定において、2θ=35°近傍に現れる回折ピークIと2θ=38°近傍に現れる回折ピークIがI>Iであることを特徴とするものである。
【0018】
また、本願発明に係るチタン系組成物においては、最大粒子径74μm以下、流動度が100sec/50g未満であることを好ましい態様とするものである。
【発明の効果】
【0019】
前記した特徴を有するチタン粉あるいはチタン合金粉は、74μm以下と微粒であるにもかかわらず、流動性に優れているという効果を奏するものであり、特に、射出成形用のチタン粉として好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】六方晶チタンのJCPDS(44−1294)に報告されているXRDチャートである。
【図2】六方晶チタンの格子面を示す模式図である。
【図3】実施例のXRDチャートである。
【図4】比較例のXRDチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のチタン系組成物は、金属チタンあるいはチタン合金を以下の条件で水素化・脱水素化することを好ましい態様とするものである。
【0022】
金属チタンあるいはチタン合金の水素化反応は、減圧雰囲気下にて、600〜700℃まで加熱し、600〜700℃の温度域において水素ガスと接触させ、水素化による発熱での炉内温度上昇が770℃を超えないように制御して、水素ガス0.2MPa加圧状態のままで室温まで降温させることが好ましい。
【0023】
水素化の温度が770℃を超えると、水素化反応で生成した水素化チタンが熱分解して、金属チタンに戻る傾向が強まり好ましくない。
【0024】
また、水素化の雰囲気圧力は加圧状態で行うことが好ましい。水素化反応を加圧状態で行なうことにより、水素化反応速度を高めることができ好ましい。
【0025】
具体的には、100kPa〜350kPa(1気圧〜3.5気圧)の圧力範囲で行なうことが好ましい。炉内圧力が、100kPa未満では、炉内に大気が流入する恐れがあり安全上避けなければならない。
【0026】
一方、炉内圧力が350kPaを超える場合には、水素化反応速度に及ぼす改善効果は、飽和傾向を示し、加圧の効果が薄れてくる。
【0027】
よって、本願発明においては、炉内圧力は、100kPa〜350kPaの範囲が好ましいとされる。 ここで、100kPa=0.1MPa=1気圧である。
【0028】
ついで、チタン原料の水素化反応で生成した水素化チタンは、一旦降温させられて冷却された後、粉砕・分級工程に移される。粉砕はアルゴン等の不活性ガス雰囲気で行われ、粉砕と分級は同時におこなわれるのが好ましい。
【0029】
水素化チタンの分級は気流分級等の手段を利用して行なうことができ、例えば5μm以下の微粉を完全に除去する等の管理は不要である。気流分級で完全に微粉を除去するためには、製品率を落とすような操業条件を選択しなければならない場合が多いが、本願では特別な微粉除去は不要であり、製造コストの低減が図られる。
【0030】
室温まで降温された水素化チタンは、不活性雰囲気で粉砕・分級し最大粒子径74μm以下の水素化チタン粉とすることが好ましい。
【0031】
ここで、最大粒子径を74μmを超える最大粒子径を有する形に分級した場合には、チタン粉を用いて焼結工程で緻密化しにくい現象を引き起こすので好ましくない。よって、本願発明においては、最大粒子径を74μm以下に分級することが好ましい。
【0032】
粉砕・分級された水素化チタン粉はついで脱水素工程に移される。脱水素工程は、反応炉において、不活性雰囲気下、必要な減圧下(例えば1×10−4Torr) に真空引きしながら加熱する操作で行われるが、この際の加熱温度は500〜580℃の範囲に設定する必要がある。この際、加熱温度を500℃未満に設定すると脱水素に要する時間が著しく長くなるため生産性が低下し、酸素含有量も増大する。また、580℃を超えると脱水素中に粉末相互の焼結が進行して塊状化し、解砕が困難となる。
【0033】
上記の方法で製造されたチタン粉は、粉末X線回折測定において2θ=35°近傍に現れる回折ピークIと2θ=38°近傍に現れる回折ピークIがI>Iであるチタン系組成物を好適に得ることができる。また、上記チタン系組成物を解砕・分級して最大粒子径74μm以下の粒子性状を有するチタン系粉末を得ることができる。
【0034】
チタン粉末のX線回折のデータは様々報告されている。X線回折の標準ピークを集めているデータベースJCPDSには、六方晶チタンが44−1294の番号で報告されており、図1のピークが報告されている。ここで、I/I=0.83である。
【0035】
2θ=35°近傍に現れる回折ピークIは(100)面に対応し、2θ=38°近傍に現れる回折ピークIは(002)面に対応する。最大ピークは2θ=40°近傍に現れる回折ピークであり、このピークは(101)面に対応する。各ピークに対応する格子面を図2に示す。Iで定義した(100)面はチタン原子の面内密度が低く、格子内部に覆われて存在する原子が多い。
【0036】
で定義した(002)面はチタンの最稠密面であり、面内の原子密度が一番高く、チタン原子は表面に出ている割合が高い。粉末の流動性を考えたとき、原子が表面にでている割合が高いと粉同士の干渉程度が高く流動性が低くなると考えられる。一方、チタン原子が内部に覆われている割合が高い場合は、粉末表面が平滑で、高い流動性を示すと考えられる。
【0037】
よって、2θ=35°近傍に現れるX線回折強度Iおよび2θ=38°近傍に現れるX線回折強度I強度が、I>Iという関係を満足するチタン粉は、流動性が高くなるものと考えられる。
【0038】
本発明によるチタン系粉末は、最大粒子径74μm以下の粒子性状を備えており、従来報告されている金属射出成形用などに要求される粉末の粒度分布と比べて微細粉を含有しているが優れた流動性を発揮し、常に均質で高密度の成形体を得るために好適である。
【0039】
このように本発明に従えば、特定された条件による水素化工程、脱水素工程を施すことにより、特に金属射出成形等による粉末冶金用として好適な微細粒子性状と良流動性を同時に備え、かつ酸素含有量の低い高品位のチタン系粉末を効率よく製造することが可能となる。
【実施例】
【0040】
[実施例1]
純チタン(JIS−1種相当、酸素含有量500ppm) のインゴットを切削した厚さ約2mm、長さ約30mmの切粉を用い、これをステンレス製容器に装入したのち、真空加熱炉に収納して650℃まで真空雰囲気下にて昇温した。ここで、加熱炉ヒーターをオフにし、炉内に精製した水素ガスを供給した。炉内はチタンと水素ガスの発熱反応により昇温したが、炉内温度が770℃を超えないよう調整しながら、かつ、炉内の水素分圧が0.2MPaの加圧状態を維持しながら、炉内温度を維持した。約1時間後に水素吸収が完了したので、炉内を0.2MPaの水素加圧のまま常温まで冷却した。この処理によってほぼ理論量(TiH換算) 相当の水素が吸収された。このようにして処理した水素化チタン塊をアルゴン雰囲気で粉砕し、最大粒子径が74μm以下になるよう気流分級した。
【0041】
上記の水素化チタン粉末を容器に入れ、真空加熱炉で550℃まで加熱した。約500℃から水素化物の乖離による水素ガスが発生するが、1×10−4Torrの真空に回復するまで真空排気を続けた。
【0042】
皿状容器内から脱水素チタン塊を取り出し、解砕・分級により最大粒子径74μm以下のチタン粉末を得た。このチタン粉末のXRD測定、および流動度測定をおこなった。XRD回折は、リガク製RINT−2000を用いておこなった。流動度はJIS Z 2502に準拠して測定した。得られたXRDチャートを図3に示すが、2θ=35°近傍に現れる回折ピークIと2θ=38°近傍に現れる回折ピークIの比I/I=1.2であった。流動度は85sec/50gであった。
【0043】
[比較例1]
スポンジチタン製造時に発生する微細粉を集めて、気流分級により、最大粒子径74μm以下のチタン粉末を得た。実施例1と同じ条件で、粉末のXRD回折、流動度測定をおこなった。XRDチャートを図4に示す。2θ=35°近傍に現れる回折ピークIと2θ=38°近傍に現れる回折ピークIの比I/I=0.9であった。流動度は与えられた条件で粉末の流動が起こらず測定不能であった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
以上のとおり、金属射出成形などの用途に好適な微細粒度と流動特性を兼備した高品位のチタン系粉末を工業的に生産性よく製造することが可能となる。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属チタンあるいはチタン合金に600〜700℃の温度域において水素を接触させ得られたチタンあるいはチタン合金の水素化物を、不活性雰囲気の減圧下500〜580℃の温度域で加熱処理することによって得られるチタン系組成物であり、
粉末X線回折測定において、2θ=35°近傍に現れる回折ピークIと2θ=38°近傍に現れる回折ピークIがI>Iであることを特徴とするチタン系組成物。
【請求項2】
最大粒子径74μm以下、流動度が100sec/50g未満であることを特徴とする請求項1に記載のチタン系組成物。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−112878(P2013−112878A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262246(P2011−262246)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(390007227)東邦チタニウム株式会社 (191)
【Fターム(参考)】