説明

チャフロサイド類の簡易製造方法

【課題】チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体から、簡便な方法によって収率よくチャフロサイド類を製造する方法を提供すること。
【解決手段】チャフロサイド類を製造する過程において、
(1)前記硫酸化体を下記の加熱工程に先立ち、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を含有する水溶液とする工程、
(2)前記工程(1)において、下記加熱工程に付す水溶液のpHを5〜12に調整する工程、および
(3)前記工程(2)を経て得られるpH調整済水溶液を、100〜150℃で加熱処理する工程
とを含む、チャフロサイド類高含有茶水溶液の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チャフロサイド類の簡易製造方法、特にチャフロサイド類の水溶液を対象とする処理方法の改善に係る。
【背景技術】
【0002】
チャフロサイド(chafuroside)は、天然に微量にしか存在せず、故に近年になって初めてウーロン茶から単離され、構造決定された天然化合物である(特許文献1)。それらは次に示す構造式を有し、フラボン誘導体の一種であるフラボンC配糖体に分類され、各々、チャフロサイドA、チャフロサイドBと命名されている。
【0003】
【化1】

【0004】
チャフロサイドの効果作用としては、上記単離構造決定時の指標として用いられた抗アレルギー作用、あるいは発癌抑制作用(特許文献2)などが知られている。一方、茶類は、その製造工程中の発酵度合いにより主に緑茶に代表される不発酵茶、ウーロン茶に代表される半発酵茶、紅茶に代表される完全発酵茶の3種類に大別され、緑茶の代表的効能としては、発ガン抑制、抗酸化、抗菌(抗ウイルス)、覚醒、血圧・血糖値降下、消臭、虫歯予防が知られている。ウーロン茶の作用としては、抗酸化作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用、αグルコシダーゼ( a l p h a - g l u c o s i d a s e )阻害作用、グルコシルトランスフェラーゼ( g l u c o s y l t r a n s f e r a s e )阻害作用等が知られている。
【0005】
しかしながら、茶葉中のチャフロサイドの茶葉抽出物(Oolong tea active compound:OTAC)としての含有量は、HPLC分析法によれば、ウーロン茶で一番高く24.8μg/g(茶葉)であり、緑茶で80ng/g(茶葉)、焙じ茶で2.4μg/g(茶葉)、紅茶で80ng/g(茶葉)程度であることが開示されている(特許文献2)。あるいは、特許文献3には、チャフロサイドAとBは茶間に大きな差が認められ、緑茶及び紅茶中の含量は茶葉1グラム当たり数10ngで、銘柄間の差はほとんどなく、焙じ茶とウーロン茶ではバラツキはあるが含量は茶葉1グラム当たり数μgで、焙じ茶では銘柄間には有意な差はなく、ウーロン茶では大きな差があった旨が記載されている(同段落番号0083)。
【0006】
したがって、チャフロサイドの更なる効果作用の解明が待たれるが、ウーロン茶中においてさえ、その含有量が少なく、その精製も面倒なため、その量の確保が大きな問題となっている。
【0007】
その解決法として、ハーブなどに含まれるイソビテキシンおよびビテキシンを原料として、1、1’−アゾビス(N、N’−ジメチルホルムアミド)、トリ−n−ブチルホスフィンを用いたチャフロサイドA及びBの合成法(特許文献4)が開示されているが、本方法は爆発の危険の高いアゾ試薬を用いるためにその工業化は極めて難しい状況にある。
【0008】
また、非プロトン性溶媒中で、ルイス酸触媒の存在下で、ベンゼン環に糖類を結合させる第1段階、非プロトン性溶媒中で、糖とベンゼン環の結合化合物をアゾジカルボン酸アミド等(例えば1、1’−アゾビス(N、N’−ジメチルホルムアミド)を用いる上記特許文献4記載の方法)と反応させる第2段階を経るチャフロサイドAの合成法(特許文献5)が報告されている。具体的には、1、3、5−ベンゼントリオールを出発原料として3工程で合成されるベンゼン環化合物に、ルイス酸触媒の存在下で、糖類を結合させて糖とベンゼン環の結合化合物を得る(ここまでの収率が3.3%)。次いで、本結合化合物を3工程の反応に付してイソビテキシンの保護体を得、さらに、1、1’−アゾビス(N、N’−ジメチルホルムアミド)、トリ−n−ブチルホスフィンを用いて縮環、次いで脱保護反応することにより目的のチャフロサイドAを得る。1、3、5−ベンゼントリオールからの全収率は0.10%に過ぎず、かなり高価な合成法であり、かつ、アゾ試薬を用いることによる危険性を伴う点では特許文献4の場合と同じである。
【0009】
そこで、チャフロサイドの生合成前駆体であるイソビテキシンおよびビテキシンの硫酸化体を用いてチャフロサイドを製造しようとする試みがなされている(特許文献3)。イソビテキシンおよびビテキシンの硫酸化体(イソビテキシン2”−サルフェイト、ビテキシン2”−サルフェイト)としては、茶葉又は茶渋から抽出・単離したものを用いてもよいし、あるいは、天然から単離したイソビテキシン又はビテキシンから次のようにして合成して用いてもよい。すなわち、イソビテキシン又はビテキシンの4位と5位の水酸基を予め保護し、次いで、三酸化イオウ−ピリジン錯体などを用いて所望の2位の水酸基を硫酸化し、最後に、保護基を外し、目的とする硫酸化体を得ることができる。このようにして得られた各硫酸化体を、130〜190℃で加熱することにより、チャフロサイドA又はBを製造できることが特許文献3に記載されている。具体的には、同段落番号0117、0122に、チャフロサイドA又はBの前駆体を約160〜170℃で加熱したところチャフロサイドA又はBを収率約85%で得たと記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−035474号公報
【特許文献2】特開2006−342103号公報
【特許文献3】WO2010/076879号公報
【特許文献4】特開2005−289888号公報
【特許文献5】特開2005−314260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献3中の記載からは、該加熱は、前駆体に対し何らかの添加物を加える、あるいは、何らかの溶媒を用いて溶液状態で加熱を行ったのものではなく、前駆体をそのままneat状態で加熱したものであると判断できる。粘着性neat状の貴重な前駆体をロスすることなく反応釜に移すのはかなり面倒であり、ハンドリング上の不都合を避けることは出来ない。また、チャフロサイドは160℃以上では少しずつ分解することが知られており、該加熱時間も定かでないことから、高温かつ長時間の熱処理を行うことにより、生じたチャフロサイドの分解も懸念される。更には、実製造の面でも、このように150℃以上の加熱のためには、通常用いる加圧水蒸気では不十分であり、加圧水蒸気に代わる新たな加熱設備が必要となる。このような点に鑑み、ハンドリングが容易で、より一層低い温度での変換反応が可能な、経済性、実用性に富む製造方法へのより一層の改良が求められている。
本発明においては、上記のような操作性面と高温加熱処理に伴う欠点を改善し、実製造面での操作性に優れ、比較的低温かつ短時間の加熱処理によって、チャフロサイド類を効率よく簡便に製造する方法を提供することを目的とするものである
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記事情に鑑み、本発明者は、操作性を考慮して水溶液での反応を試みたが、事実上反応は進行しなかった。そこで、鋭意検討した結果、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を反応水溶液に加えるこることにより、反応が進行しやすくなることを見出した。すなわち、チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体を高温で直接加熱して、チャフロサイド類を製造する方法ではなく、チャフロサイド類の前駆体を水に溶解して水溶液とし、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物の存在下、pH5〜12の範囲において、100〜150℃で加熱処理することにより、チャフロサイド類を操作性よく、効率的かつ簡便に製造する方法を明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体から、チャフロサイド類を製造する方法で、前記製造方法が、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする製造方法である。
(1)前記硫酸化体を下記の加熱工程に先立ち、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を含有する水溶液とする工程、
(2)前記工程(1)において、下記加熱工程に付す水溶液のpHを5〜12に調整する工程、および
(3)前記工程(2)を経て得られるpH調整済水溶液を、100〜150℃で加熱処理する工程。
【0014】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体が、イソビテキシン2”−サルフェイト及び/又はビテキシン2”−サルフェイトであることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0015】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記チャフロサイド類が、チャフロサイドA及び/又はチャフロサイドBであることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0016】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記工程(1)で用いられる酸、塩基、塩の混合物が、pH緩衝液であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0017】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記工程(1)で用いられる酸、塩基、塩のいずれかの量、若しくはそれらの混合物の合計量が、pH調整済水溶液中のチャフロサイド類の前駆体である硫酸化体に対し塩基性物質として作用する量として、1当量以上であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0018】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記工程(3)における加熱処理が、加熱時間1分〜16分であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0019】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記工程(3)における加熱処理が、マイクロウェーブ若しくは熱交換器を用いた加熱処理であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0020】
本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体が、茶葉の抽出物から得られた前記硫酸化体の濃縮混合物であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【0021】
さらには、本発明にかかるチャフロサイド類の製造方法は、前記工程(3)の加熱処理の後に得られた反応混合物を、さらに精製工程に付すことによってチャフロサイドA及び/又はチャフロサイドBを得ることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明のチャフロサイド類の製造方法は、高圧水蒸気に代表される簡易な加熱方法、あるいはマイクロウェーブを用いた加熱方法により、比較的低い温度で、かつ数10分以内の加熱時間で、必要によってはバッチ処理ではなく連続的に、簡便かつ効率的にチャフロサイド類を製造することが出来る方法を提供出来る。
【0023】
本発明の製造方法により、各種の目的に供するためのチャフロサイド類を、安価にかつ持続的に製造・提供すること可能になるので、これまで十分に解明されていなかったチャフロサイド類の有用な新たな用途を見出すことに利用できる。
【0024】
また、少なくとも現時点で明らかとなっている抗酸化作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用、発癌抑制作用を有する化合物として、医薬品用途に供するチャフロサイド類を安価に製造することができる。
【0025】
さらに、本発明のチャフロサイド類の製造方法で製造されたチャフロサイド類は、チャフロサイド類の生理活性に基づく、健康を維持するための種々の効果(予防的な効果)を有する製品を提供することが出来、特定保健用食品、特殊栄養食品、栄養補助食品として、あるいはその他の栄養食品、健康食品に利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の実施の形態について詳述する。
本発明におけるチャフロサイド類とは、少なくとも前記の化1で表されるチャフロイドA及びBを意味する。
【0027】
本発明の出発原料であるチャフロサイド類の前駆体、すなわち硫酸化体(イソビテキシン2”−サルフェイト、ビテキシン2”−サルフェイト)は、前記特許文献3に記載されている方法によりイソビテキシンおよびビテキシンから製造することが出来る。イソビテキシンおよびビテキシン自体は、ハーブ、そば殻を始め多くの植物に含まれる成分であり、溶媒抽出および分離精製工程により得ることができる。植物の中には、イソビテキシンおよびビテキシンを高い割合で含有する植物も存在し、それらは容易に入手可能である。具体的には、例えば、New Zealand産のPuririの乾燥木部1kgから、イソビテキシンおよびビテキシンを各2g及び0.5g得ることが出来る(未発表データ)。これらを原料として、先ず、イソビテキシン又はビテキシンの4位と5位の水酸基を予め保護し、次いで、三酸化イオウ−ピリジン錯体などを用いて所望の2位の水酸基を硫酸化する。最後に、保護基を外し、目的とするチャフロサイドA又はBの前駆体である硫酸化体(イソビテキシン2”−サルフェイト、ビテキシン2”−サルフェイト)を得ることができる。
【0028】
上記の硫酸化体は、単一な化合物であってもよいし、あるいは硫酸化体の混合物であってもよい。前記混合物としては、例えば、茶葉の抽出物を液液分配、カラムクロマトグラフィー等に付すことにより得られる硫酸化体含量の高い混合物を挙げることが出来る。該混合物を更に精製すれば、イソビテキシン2”−サルフェイト及びビテキシン2”−サルフェイトを各々得ることが出来る。単一な硫酸化体を用いて前記工程(1)〜(3)を行った場合でも、この様な混合物を用いて行った場合にも、前記工程(3)の後に、反応液をカラムクロマトグラフィー等の分離手段を用いて精製することにより、単一化合物としてのチャフロサイドを得ることが出来る。
【0029】
前記硫酸化体含量の高い混合物は、具体的には次のようにして得られるがこの方法に限定されるものではない。茶葉または茶渋から茶抽出液を調製する方法としては、原料茶葉、茶渋またはそれらの粉末を一般的な方法で抽出すればよい。例えば、抽出釜に茶葉を仕込んだ後に所定量の水あるいは水−アルコール混液で一定時間浸漬させ、次いで、茶殻及び不溶物を濾過もしくは遠心分離によって除去して抽出液を得る。抽出に使用する水としては、特に制限は無く、目的に応じて適宜選択することができる。アルコールとしては、炭素数が1〜3のメタノール、エタノール、プロパノールが挙げられる。抽出に使用する溶媒の量は、原料茶葉、茶渋またはそれらの粉末が十分に浸る量であれば特に限定されないが、通常、使用する原料茶葉、茶渋またはそれらの粉末の質量に対して5倍量以上が好ましい。抽出時の溶媒温度は、抽出できる温度であれば特に限定されないが、通常4〜95℃程度であり、好ましくは30〜90℃である。抽出時間についても特に限定されないが、通常1分〜12時間程度であり、好ましくは5分〜6時間である。
【0030】
次いで、前記茶抽出液を減圧下、好ましくは10〜500mmHgの減圧下、適切な温度、すなわち、通常は用いた溶媒の沸点より10〜30℃高い温度において濃縮・乾固させ、実質的に溶媒を除去した茶抽出乾燥残分を得ることができる。さらには、前記茶抽出乾燥残分を、液液分配、カラムクロマトグラフィーに付し、チャフロサイド類の前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト、ビテキシン2”−サルフェイト)の濃縮混合物を得ることができる。
【0031】
前記工程(1)において、チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体を水に溶かして水溶液とするが、溶解に使用する水としては、特に制限は無く、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水道水、イオン交換水、蒸留水、純水、超純水、ナチュラルウォーター、ナチュラルミネラルウォーター、脱気水などを挙げることができる。
【0032】
前記工程(1)において、チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体の水溶液中の濃度は、特に制限が無く、加熱条件、特に、加熱装置の特性を最大限生かせるように設定すればよい。一般的には、高濃度の方が経済的価値は高く、製造単価を下げることが可能であるが、80%以上の濃度においては反応水溶液が粘稠になりすぎ扱いにくくなる。好ましくは、前駆体の濃度は、0.0001〜80%、更に好ましくは、0.001〜50%、特に好ましくは、0.001〜30%である。
【0033】
前記工程(1)で使用される酸、塩基、塩としては、特に制限は無く、目的に応じて適宜選択することが出来、例えば以下の酸、塩基、塩を挙げることが出来る。水酸化ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸マグネシウム、ピロリン酸二水素カルシウム、ピロリン酸二水素ナトリウム、ピロリン酸四カリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸カリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸、リン酸一水素カルシウム、リン酸三カリウム、リン酸三カルシウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、アジピン酸、L−アスコルビン酸、L−アスコルビン酸ナトリウム、L−アスパラギン酸ナトリウム、安息香酸、安息香酸ナトリウム、エリソルビン酸、エリソルビン酸ナトリウム、クエン酸、クエン酸カルシウム、クエン酸第一鉄ナトリウム、クエン酸鉄、クエン酸鉄アンモニウム、クエン酸三ナトリウム、グルコン酸、グルコン酸カルシウム、コハク酸、コハク酸二ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム、蓚酸、L−酒石酸、L−酒石酸水素カリウム、L−酒石酸ナトリウム、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸、デヒドロ酢酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム、パントテン酸カルシウム、フマル酸、フマル酸一ナトリウム、プロピオン酸、プロピオン酸カルシウム、プロピオン酸ナトリウム、没食子酸プロピル、DL−リンゴ酸、DL−リンゴ酸ナトリウム、グリシン、L−グルタミン酸ナトリウム。
【0034】
前記工程(1)で使用される酸、塩基、塩は、それらの混合物として用いてもよく、その組み合わせに特に制限は無い。目的に応じて適宜選択することが出来るが、前記工程(3)で加熱処理をすることから、緩衝液を用いるのが好ましい。緩衝液としては、例えば、クエン酸緩衝液(pH3.0〜6.2)、酢酸緩衝液(pH3.6〜5.6)、クエン酸−リン酸緩衝液(pH2.6〜7.0)、リン酸緩衝液(pH5.8〜8.0)、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液(pH8.6〜10.6)あるいは炭酸−重炭酸緩衝液(pH9.2〜10.6)などを挙げることが出来る。
【0035】
前記工程(1)で使用される酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物は、チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体に対し塩基性物質として作用する量として、1当量以上使用する必要がある。使用される酸、塩基、塩は、チャフロサイド類の前駆体を溶解する際にpH調整水(酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を含む)として用いられてもよいし、前記の水(蒸留水、イオン交換水等)を用いて該前駆体を溶解した後に添加されてもよい。
【0036】
前記工程(2)においては、前記工程(3)の加熱処理に供する水溶液のpHを、5〜12の範囲で所望の値に調整し、pH調整済水溶液を得る。概して、前記工程(3)の加熱処理においては、pH値が高くなるとチャフロサイド類の生成速度が上がり、短時間でチャフロサイド類の含有濃度を上げることが出来るが、加熱装置や加熱処理量等の要件に応じてpHを設定すればよい。pH値が5未満の強酸性条件では、前記工程(3)の加熱処理を行っても、チャフロサイド類の生成は認められず、前駆体から硫酸基が脱離したイソビテキシン、あるいはビテキシンが生じてしまう。一方、pH12よりも強い塩基性条件においては、比較的低い加熱温度においてもチャフロサイド類の分解が極めて起こりやすくなり、また、その強い塩基性故に扱いに困難さが生じ、かつ、反応処理時に多量の酸を用いて中和する必要があるなど、多くの問題が生じることから、反応条件としては好ましくない。
【0037】
前記工程(1)及び(2)を行わない場合、すなわち、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を用いることなく、又は用いたとしても所定のpH範囲に収まるようにpH調整を行うことなく、次の加熱工程(3)に付した場合には、本発明の目的とするチャフロサイド類を高収率で得ることは難しくなる。
【0038】
前記工程(3)における加熱方法は特に限定されない。例えば、加圧水蒸気を用いた加熱釜(反応釜)、あるいは熱交換装置(プレート式熱交換器、スパイラル式熱交換器等)等による単純加熱であっても、マイクロウェーブを用いた加熱であっても良い。熱交換装置においては、加熱時間を短くするためにできるだけ熱交換表面積が広いものが好ましい。例えば、スパイラル式導管内へ前記pH調整済の前駆体水溶液を、流量を制御しながら通導し、導管周囲を加圧水蒸気で一定温度に加熱することにより、加熱時間を一定に保ちながらの連続合成が可能となる。また、マイクロウェーブを用いる場合には、その照射条件は特に制限されないが、例えば、2450±30MHzのマイクロ波を、好ましくは30W以上、さらに好ましくは100〜400Wの出力で照射するのが好ましい。
【0039】
前記工程(3)における加熱温度は、100〜150℃、好ましくは120〜150℃である。この温度範囲において所定時間加熱することにより、チャフロサイド類の反応収率を大きく高めることができる。これより高温で加熱すると、チャフロサイド類の熱分解が加速的に進行し始め、結果的に反応収率低減の一因となる。また、これより低い温度では十分な量のチャフロサイド類を短時間で生成させることは難しい。
【0040】
チャフロサイド類の熱分解を抑え、反応収率を上げるためには、加熱時間も重要であり、反応水溶液のpHや加熱温度に応じて適宜決定すればよいが、好ましくは、1分〜16分間で、これより短い時間では十分な量のチャフロサイド類の生成は認められず、これより長い時間ではチャフロサイド類の分解による反応収率の低下が懸念される。ただし、100〜130℃においては比較的分解反応が起こりにくいので、必要に応じ16分以上加熱したほうが反応収率向上に繋がることもある。
【実施例】
【0041】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【0042】
以下の実施例において用いたチャフロサイドAとBの前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイトとビテキシン2”−サルフェイト)は、前記特許文献3に記載の方法で、それぞれ、イソビテキシン、ビテキシンから合成した。
【0043】
本発明におけるチャフロサイド類及びその前駆体の定量は、特開2009−131161号公報記載のHPLC−MS/MS分析法で行い、HPLC−MS/MS分析には、商品名「Agilent 1100」及び「API 2000」(Applied Bio社製)を併用した。HPLC用のカラムとしては、インタクト株式会社製のC18カラムを用い、特定の溶媒を用いる「Cadenza CD−C18のHPLC−MS/MS分析法」で行った。
【0044】
チャフロサイドAとB、及びチャフロサイドAとBの前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイトとビテキシン2”−サルフェイト)の検量線の作成は次のようにして行った。すなわち、予め合成したチャフロサイドAとB、及びチャフロサイドAとBの前駆体から、それぞれ5.0ng/ml、50ng/ml、500ng/ml及び5000ng/mlの標準溶液を調製した。HPLC分析においては、これらの各標準溶液10μlを使用し、カラムには商品名「Cadenza CD−C18」(3×150mm)を用い、溶出展開はHO−CHCNの混合溶媒を用いて20分かけて15〜50%とするグラジエント法を使用した。得られたクロマトグラムの各化合物のピーク面積より検量線を作成した。該検量線をもとに、実施例における各サンプル中の上記化合物の定量分析を行った。
【0045】
以下の各実施例においては、特記しない限り、チャフロサイド類の前駆体を所定の濃度になるように水に溶解し、次いで、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を加えて所定のpHに調整した。例えば、クエン酸−リン酸緩衝液を用いて、チャフロサイドA前駆体濃度が1510ng/mlであるpH6.6の試験溶液を調整する場合の典型例は次のようである:蒸留水を用いて、チャフロサイドA前駆体の濃度が3020ng/mlである水溶液を作る。一方で、0.1Mクエン酸水溶液13.6mlと、0.2Mリン酸水素二ナトリウム水溶液36.4mlを混合する(合計50ml)。この混合液に、チャフロサイドA前駆体濃度が3020ng/mlである前記の水溶液50mlを加えて混合することにより、チャフロサイドA前駆体濃度が1510ng/mlであるpH6.6の試験溶液を得ることが出来る。通常、pHは6.6から外れることはないが、もしも少し外れた値になったら、0.1Mクエン酸水溶液または0.2Mリン酸水素二ナトリウム水溶液を少量ずつ添加し、pHを6.6に合わせる。
【0046】
チャフロサイド類の前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト、ビテキシン2”−サルフェイト)の濃縮混合物は次のようにして調製した。茶葉(1kg、品種:鳳凰水仙)を蒸留水(5000ml)に浸漬し、80℃で30分間攪拌した。不溶物を濾去した後、水抽出液体積の約半量のn−BuOHを加え、液液分配を行った。この操作を2回行い、得られた水画分を、希塩酸を用いてpH4.0とした後にSepabeas
SP825(mitsubishi chemical)カラムクロマトグラフィーに付し、水、20%MeOH、50%MeOH、100%MeOHで順次溶出した。次いで、チャフロサイド類の前駆体を含む50%MeOH溶出部(160g)をCHCl−MeOH−HO(60:40:8)を展開溶媒とするSiOカラムクロマトグラフィーに付し、チャフロサイドA及びBの前駆体の濃縮混合物(22g)を得た。本濃縮混合物中の両前駆体の合計含有量は約10%で、その割合は、チャフロサイドA前駆体:B前駆体=1:1.1であった。さらに、この濃縮混合物をODSカラムクロマトグラフィーに付して精製することにより、チャフロサイドA前駆体0.96gとチャフロサイドB前駆体1.04gを得た。
【0047】
本参考例において用いた茶抽出物は次のようにして調製した。すなわち、市販の各茶葉を粉砕器(イワタニミルサー、岩谷産業株式会社製)で粉砕し、各25gに蒸留水1000mlを加え、80℃で30分間抽出した。その茶抽出液に含まれるチャフロサイドAの前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)とチャフロサイドAの含有量を定量した。これらの抽出液を必要に応じて蒸留水で希釈し、所定の濃度、所定のpHに調整して用いた。
【0048】
本参考例で用いた茶エキスneat物質は次のようにして調製した。すなわち、茶葉をミルサー(岩谷産業株式会社製)で粉砕後、粉砕物1g/溶媒100mlの割合になるように水または50%メタノールを加え、80℃で30分間、攪拌下抽出した。次いで、上記チャフロサイドA及びBの前駆体の濃縮混合物を添加し、チャフロサイドA及びBの前駆体の高含有茶水溶液、及びチャフロサイドA及びBの前駆体高含有50%メタノールを作成した。チャフロサイドA及びBの前駆体高含有50%メタノール溶液を濃縮乾固し、エキスneat物質として用いた。
【0049】
本実施例における加熱処理には、加熱装置付き油浴(Nissin社製NWB−120N)、マイクロウェーブ加熱装置(Biotage社製Initiator8)、あるいはプレート型熱交換器(日阪製作所製)を使用した。
実施例1
【0050】
チャフロサイドA前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)を所定量溶かした水溶液に炭酸ナトリウム水溶液を加え、前駆体濃度が1040ng/ml、pHが10.6となるように調整した。本pH調整済水溶液を、マイクロウェーブ加熱装置を用いて、100℃〜150℃の範囲(10℃間隔)で2分間加熱した(実施例1)。比較例1として、チャフロサイドA前駆体を水溶液とすることなくneat状のまま、油浴中、100℃〜150℃の範囲(10℃間隔)で4分間加熱した。また、比較例2として、チャフロサイドA前駆体の水溶液をpH調整することなく、油浴中、130℃〜150℃の範囲(10℃間隔)で4分間加熱した。参考例1として、茶(品種:蜜蘭香)エキスneat物質をneat状のまま、油浴中、130℃で2分〜16分間加熱した。また、参考例2として、茶(品種:水仙)エキスneat物質をneat状のまま、油浴中で4分間、参考例3として、茶(品種:水仙)抽出物の水溶液をpH未調整のまま(未調整でpH5.2)、マイクロウェーブ加熱で2分間、それぞれ100℃〜150℃の範囲(10℃間隔)で加熱した。得られた各サンプルをHPLC−MS/MS分析に付し、原料のイソビテキシン2”−サルフェイトと生成物であるチャフロサイドAの含有量を定量した。結果を表1に記す。
【0051】
【表1】

【0052】
なお、表中記載の「前A」、「A」は、それぞれイソビテキシン2”−サルフェイト、チャフロサイドAを表し、「MW」は、マイクロウェーブ加熱であることを示す。「−」は未実施を示す。また、表中に示される各化合物の定量値の単位は、ng/mlである。以下同様。
【0053】
表1においては、外部から何も加えることなく、neat状のまま、あるいは水溶液で加熱した場合の反応性と、外部から塩を添加した水溶液で反応した場合の比較結果を示す。茶エキスneat物質をneat状のまま、油浴中、130℃で加熱した参考例1においては、チャフロサイドAの定量値は若干増えているものの、原料である前駆体の量が事実上減少していないことから、チャフロサイドAの数値変化は、neat物質のどの部分を定量に用いたかによる測定誤差の範囲であると思われる。すなわち、何も添加しないで加熱した場合には、少なくとも加熱時間16分の範囲ではチャフロサイドAが実質生成しないことが明らかとなった。次に、品種は異なるが同じく茶エキスneat物質をneat状のまま、油浴中で4分間、今度は加熱温度を100℃〜150℃の範囲で変化させ、その影響を調べた(参考例2)。130℃〜140℃では、前駆体の減少量に対応する分だけ僅かにチャフロサイドAが増加しており、このくらいの温度から反応が進行することが判る。150℃における反応収率(チャフロサイドA生成モル数/前駆体初期モル数)は約6.8%であった(この場合の収率を具体的計算例として示すと、チャフロサイドA前駆体の分子量は512、チャフロサイドAの分子量は414なので、{(95−59)/414}/(650/512)=0.087/1.270=6.8%となる。以下同様)。この結果から、neat物質をneat状のまま無添加で反応しても、反応温度が150℃以上になれば反応が進行することが判る。一方、水溶液にした場合の反応性を調べたのが参考例3である。水溶液での反応も、基本的にはneat状での反応結果と同じで、150℃以上で反応が進行するようになり、150℃の収率は4.6%であった。次に、茶抽出物ではなく、前駆体イソビテキシン2”−サルフェイトを用い、無添加、neat状態で、油浴中4分間の加熱を行った(比較例1)。結果は上記参考例2とほぼ同じで、150℃で収率12%を示した。また、前駆体の水溶液をpH未調整のまま加熱した場合(比較例2)の結果も、比較例1と同じパターンを示した(150℃で収率11%)。以上から、neat状であれ水溶液状であれ、外部からの添加物なしの条件では、150℃未満の温度では事実上反応は進行しない、若しくは極めて進行し難く、2〜4分間の加熱では10数%以下の収率しか得られなかった。
【0054】
これに対し、チャフロサイドA前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)の水溶液に炭酸ナトリウム水溶液を加え、pH10.6に調整し、マイクロウェーブを用いて2分間加熱した場合、実施例1の結果から明らかなように、反応は100℃、2分間でも僅かに進行し(収率5.1%)、140℃で最高収率73%という結果を得ることが出来た。ただし、pH10.6という強塩基性条件では、原料、生成物ともに分解が起こりやすく、140℃でも20〜30%の分解が起こることも判明した(分解率は、どちらの化合物がどれだけ分解したか不明なため正確な計算はできないので、目安として、重量基準での分解率を示した。以下同様)。
【0055】
以上、表1の結果から、製造過程における操作性を考慮して水溶液状態での反応を試みたが、neat状であれ水溶液状であれ、外部からの添加物なしの条件では、150℃未満の温度では事実上反応は進行しない、若しくは極めて進行し難かった。しかしながら、実施例1では炭酸ナトリウムを用いたが、反応水溶液に酸、塩基、塩を添加するこることにより反応速度が大幅に促進され、100℃〜150℃、とりわけ、130℃〜150℃では十分な反応収率が得られ、分解を考えなければ、加熱温度が高いほど反応速度が大きくなることを見出した。
実施例2〜7
【0056】
チャフロサイドA前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)を所定量溶かした水溶液に酢酸緩衝液、あるいはクエン酸−リン酸緩衝液を加えてそれぞれのpHを5.8(実施例2〜4)、あるいは7.0(実施礼5〜7)に調整した。これらpH調整済水溶液を、マイクロウェーブ加熱装置を用いて、110℃〜130℃の範囲(10℃間隔)で1〜16分間加熱した。得られた各サンプルを、HPLC−MS/MS分析に付し、原料のイソビテキシン2”−サルフェイトと生成物であるチャフロサイドAの含有量を定量した。結果を表2に記す。
【0057】
【表2】

【0058】
実施例2〜4及び実施例5〜7においては、外部からの酸、塩基、あるいは塩が、実施例1のような塩でない場合でも、チャフロサイド前駆体からチャフロサイドへの変換が上手く進行するか否かを調べた。すなわち、添加物の種類とpHの影響について比較検討した。表2から110〜130℃、pH5.8〜7.0の条件では、反応温度が高いほど、そして反応時間が長いほど反応収率が向上すること(130℃、16分では若干の分解が起こっているが)、そしてpHが高いほど反応速度が大きいことが一目瞭然である。具体的には、実施例2〜4におけるpH5.8、加熱時間16分の結果を比較するに、反応収率は110℃では24%、120℃では51%、130℃では80%と反応温度依存的に収率が上がっている。また、この130℃、16分では分解も少なく僅か7%弱に過ぎない。この結果から推定するに、もしも更に反応時間を16分延長すれば、計算上は、{(427−2)+183×0.80}}×0.93=531ng/mlのチャフロサイドAが生成することになる。この場合の推定収率は、(531/414)/(651/512)=100%という数字になる。同様にしてpH7.0における実施例5〜7では、pH5.8に比べ、反応速度が大きく、分解が起こり難い条件下では3〜4倍速い速度で反応が進行している。そして、加熱時間16分の反応収率は、110℃では68%、120℃では88%、そして130℃では分解のため収率が落ち77%(加熱8分で収率90%を達成)となっている。120℃、16分、あるいは、130℃、8分ではいくらかの分解が起こっていることを考えれば極めて高い収率であると言える。
【0059】
以上、表2の結果から、外部から添加する物質は、実施例1における炭酸ナトリウムのような塩である必要は無く、酸と塩の組み合わせでもよく、その酸と塩は通常使用する酸、塩であれば種類には無関係であり、また、水溶液の液性は塩基性である必要は無く、酸性でも中性でもよく、pH値が高いほど反応速度が大きいこと、そして、加熱時間16分以内に収率80%以上を達成できることが明らかになった。
実施例8〜17
【0060】
チャフロサイドA前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)を所定量溶かした水溶液に各種緩衝液、塩又は塩基を加え、それぞれのpHを2.4〜11.7に調整した。これらpH調整済水溶液を、マイクロウェーブ加熱装置を用いて、100℃〜190℃、若しくは80℃〜180℃(又は170℃)の範囲(10℃間隔)で2分間加熱した。得られた各サンプルを、HPLC−MS/MS分析に付し、原料のイソビテキシン2”−サルフェイトと生成物であるチャフロサイドAの含有量を定量した。結果を表3に記す。
【0061】
【表3−1】

【0062】
【表3−2】

【0063】
実施例8〜17(及び実施例2)においては、これまでの結果を踏まえ、マイクロウェーブを用いた2分間の加熱条件における好ましいpHの設定範囲と加熱時間との関係について検証した。すなわち、反応に付す水溶液のpHを、pH2.4の強酸性条件から、pH11.7の強塩基性条件まで振り、主として各pHにおける100〜150℃における反応収率を確認した。以下、各実施例の結果について触れる。実施例8及び9の結果から、pH5未満においては事実上チャフロサイドAが生成しないこと、また、pH2.4では反応温度の上昇に伴い原料が減少、とりわけ160℃以上では急激に減少するが、これは原料の脱硫酸化が起こり、対応する脱硫酸化体(イソビテキシン)が生じていることを確認した(データ未開示)。一方、pH4.0以上においてはこのような脱硫酸化が事実上起こっていないことも確認した。実施例9のpH4.0においても160℃以上では脱硫酸化とは異なる分解が起こるものの、温度が上がるに従って収率は向上し、190℃では収率42%になった。さらにpHを上げ、pH5.0以上になると反応性は大きく向上してくる。具体的には、pH5.0(実施例10)、5.8(実施例11)、6.6(実施例12)の酸性側においては、pHが上がるにしたがって最高収率が得られる反応温度は、170℃、160℃、150℃と低くなり、反応収率もそれに合わせて、72%、82%、88%と向上した。反応温度150℃での収率も当然pHに合わせて上昇し、32%、77%、88%であった。実施例13〜16のグリシン/水酸化ナトリウムを用いたpH7.5〜10.0の系においては少々様相が変化し、pH7.5、pH8.3における150℃の反応収率は、それぞれ10%、41%と大きく低下した。このような結果となった理由は定かではないが、両性物質であるグリシンを用いたことに一因があるようにも思われる。ちなみに、茶エキスを原料として用いた場合の結果ではあるが、リン酸二水素ナトリウム/リン酸水素二ナトリウムを用いたpH7.8、140℃、2分での収率は73%、あるいは炭酸ナトリウム/重炭酸ナトリウムを用いたpH8.6、130℃、2分では収率67%であった。グリシン/水酸化ナトリウムを用いてpH調整した場合でも、更に高いpH領域においては十分な収率が得られた。すなわち、加熱温度150℃における収率は、pH9.0では79%(実施例15)、pH10.0では92%(実施例16)であった。さらにpHが高い場合として、炭酸ナトリウムを添加したpH10.6の水溶液(実施例2)、水酸化ナトリウムを添加したpH11.7の水溶液(実施例17)での反応性と収率を見るに、100℃以下の温度における目的物の増加量から、これらの強塩基性pH条件では反応速度は更に促進されていると思われる。そして、150℃以下の温度においても分解が顕著であるにも拘らず、pH10.6、140℃では、反応収率73%という数字が出ている。また、pH11.7では、さらに低い温度の100℃で収率15%、120℃で収率46%であった。
【0064】
表3の結果は総じてこれまでの結果を追認するものであるが、反応温度が上がると反応速度も上昇するが、一方では分解反応も起こり易くなり、結果的に反応収率を下げる結果となる場合もあることを示している。とりわけ、pHが10を越えると、150℃以下においても分解が顕著になり、反応収率の低下に繋がることが明らかとなった。
実施例18
【0065】
チャフロサイドA前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)を所定量溶かした水溶液(1ml)に、水酸化ナトリウム水溶液(濃度20mg/ml)を各々25μl、50μl、l00μl加えた。この際の各水溶液のpHは、pHメーターの測定範囲(pH12)を超えていて測定できないため、不明である。これらの水溶液を、マイクロウェーブ加熱装置を用いて、110℃で2分間加熱した。得られた各サンプルを、HPLC−MS/MS分析に付し、原料のイソビテキシン2”−サルフェイトと生成物であるチャフロサイドAの含有量を定量した。結果を表4に記す。
【0066】
【表4】

【0067】
実施例18においては、反応水溶液のpH値の上限を確認するために実施したものである。結果的には、水酸化ナトリウム水溶液(濃度20mg/ml)の25μl添加においても、重量基準で約50%の分解が起こっており、反応収率は37%であった。それ以上濃い水酸化ナトリウムの存在下では、更に分解速度が速く、反応収率はさらに低いものとなった(50μl添加では収率28%、100μl添加では収率4%)。反応溶液の取扱の容易さや、グラスライニングの反応釜を使用し難いこと、あるいは中和に大量の酸を要すること等を考慮するに、反応条件としては必ずしも好ましいものではないといえる。
実施例19
【0068】
鳳凰水仙由来のチャフロサイドA及びBの前駆体の濃縮混合物(混合比1:1.1)を用い、水溶液中の両前駆体の濃度が2倍公比となるように調整した。添加物としてクエン酸/リン酸水素二ナトリウムを用い、各pHを7.0とし、マイクロウェーブで、130℃、2分間加熱した。得られた各サンプルを、HPLC−MS/MS分析に付し、各成分を定量した。結果を表5に記す。
【0069】
【表5】

【0070】
なお、表中記載の「前A」、「前B」、「A」、「B」は、それぞれイソビテキシン2”−サルフェイト、ビテキシン2”−サルフェイト、チャフロサイドA、チャフロサイドBを表す。
【0071】
実施例19においては、チャフロサイドA及びB前駆体の濃縮混合物を用い、希薄溶液から高濃度溶液まで反応液中の原料濃度をふり、前駆体濃度が変換効率に与える影響について検討した。併せて、チャフロサイドB前駆体においても、チャフロサイドA前駆体の場合と同様に反応が進行するか否かを検討した。また、本検討を行うことによって、反応液中に不純物として存在する供雑物(この場合は各種の抽出成分)の、反応効率に与える影響についても同時に確認した。検討した両前駆体の合計最高濃度は40.32μg/mlで、前記実施例の約25〜60倍の濃度に相当する。表5から明らかなように、2倍公比で濃度を高めて行っても、それに比例してチャフロサイドA及びBの濃度が上昇し、変換効率が減じることは全く無いことが明らかになった。すなわち、数10μg/ml程度の濃度であれば全く変換効率に影響せず、さらには数1000μg/mlでも大きな問題は生じないであろうことが推測される。また、チャフロサイドBの前駆体(ビテキシン2”−サルフェイト)からは25%の収率でチャフロサイドBが得られることが確認できた。この条件では化合物の分解は事実上起こっていないことから、さらに反応時間を延ばせばチャフロサイドBの収率が上がることが見込まれる。更には、反応溶液中に各種の不純物が共存しても、反応効率に事実上大きな影響を与えないことが判った。
実施例20
【0072】
鳳凰水仙の茶葉5gを、pH6.4のクエン酸緩衝液を用いてクエン酸/クエン酸ナトリウムの合計濃度が0.625、2.5及び10mMとなるように調整した水溶液各1Lを用い、各々常法により抽出した。得られた各抽出液を、プレート式熱交換器を用いて、140℃で1分間加熱した。各サンプルを、HPLC−MS/MS分析に付し、各成分を定量した。結果を表6に記す。
【0073】
【表6】

【0074】
実施例19において、反応液中に各種供雑物が存在する場合においても反応が進行することを確認できたので、実施例20においては、このような供雑物存在下における、添加物の濃度の影響を検証した。すなわち、実施例19と同様に、出発物質としてチャフロサイドA及びBの前駆体を含有する茶葉抽出液を用いて加熱反応を行った。表6から明らかなように、添加物の終濃度10ミリモルにおけるチャフロサイドA及びBの収率は、それぞれ56%、19%であり、0.625ミリモルという低濃度においても15%、6%という収率を示した。これまでの実施例の結果から、pH6.4、140℃という加熱条件では分解が起こりにくいことから、さらに反応時間を延ばせば、90%以上の高収率で目的物が得られるであろうことは容易に推察できる。
実施例21
【0075】
反応液中のチャフロサイドA前駆体(イソビテキシン2”−サルフェイト)の濃度が、1μg/mlから12.8mg/mlとなるように、所定量の水およびクエン酸−リン酸緩衝液を用いてpHを6.6に調整した。これらpH調整済水溶液を、マイクロウェーブ加熱装置を用いて、130℃で2分間加熱した。得られた各サンプルを、HPLC−MS/MS分析に付し、原料のイソビテキシン2”−サルフェイトと生成物であるチャフロサイドAの含有量を定量した。結果を表7に記す。
【0076】
【表7】

【0077】
実施例21は、本発明の製造方法がどのくらい濃い濃度の溶液にまで適用できるのかを確認するために行ったものである。表7から明らかなように、比較的薄い濃度では、原料として用いた仕込み量の増加率と、チャフロサイドAの生成量の増加率は 必ずしも比例していないが、128μg/ml以上の10倍公比濃度においては、両者の間にきれいな比例関係が成立している。ちなみに、本条件下での最高濃度12800μg/mlでの反応収率は71%であった。したがって、試みた最高濃度は12.8mg/ml(1.28%)であるが、さらに高い濃度、例えば、チャフロサイド類前駆体の10〜20%溶液、あるいはそれよりも高い濃度であっても同様の収率で反応が進行することが十分に予想される。
【0078】
以上の実施例の結果から、チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体の水溶液を、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物の存在下、pH5〜12の範囲において、100〜150℃で加熱処理することにより、チャフロサイド類を操作性よく、効率的かつ簡便に製造する方法を明らかにすることが出来た。そして、本発明における加熱条件については上記以上に特に限定される必要は無く、設備条件、目的に応じて適宜選択する余地が十分にあること、また、反応条件を選べば、90%以上の極めて高い反応収率が得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の水溶液中での製造方法により、抗酸化作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用、発癌抑制作用を有することが知られているチャフロサイド類を、操作性よく、効率的かつ簡便に製造し提供することができる。
したがって、本製造方法を用いることにより、医薬品用途に供するチャフロサイド類を安価に提供することができるようになる。また、これまで十分に解明されていなかったチャフロサイド類の有用な新たな用途を見出すことが可能となる。さらには、チャフロサイド類の生理活性に基づく、健康を維持するための種々の効果(予防的な効果)を有する製品を提供することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体から、チャフロサイド類を製造する方法で、前記製造方法が、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする製造方法。
(1)前記硫酸化体を下記の加熱工程に先立ち、酸、塩基、塩のいずれか、若しくはそれらの混合物を含有する水溶液とする工程、
(2)前記工程(1)において、下記加熱工程に付す水溶液のpHを5〜12に調整する工程、および
(3)前記工程(2)を経て得られるpH調整済水溶液を、100〜150℃で加熱処理する工程。
【請求項2】
請求項1記載の製造方法において、前記チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体が、イソビテキシン2”−サルフェイト及び/又はビテキシン2”−サルフェイトであることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項3】
請求項1〜2記載の製造方法において、前記チャフロサイド類が、チャフロサイドA及び/又はチャフロサイドBであることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3記載の製造方法において、前記工程(1)で用いられる酸、塩基、塩の混合物が、pH緩衝液であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4記載の製造方法において、前記工程(1)で用いられる酸、塩基、塩のいずれかの量、若しくはそれらの混合物の合計量が、pH調整済水溶液中のチャフロサイド類の前駆体である硫酸化体に対し塩基性物質として作用する量として、1当量以上であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5記載の製造方法において、前記工程(3)における加熱処理が、加熱時間1分〜16分であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6記載の製造方法において、前記工程(3)における加熱処理が、マイクロウェーブ若しくは熱交換器を用いた加熱処理であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7記載の製造方法において、前記チャフロサイド類の前駆体である硫酸化体が、茶葉の抽出物から得られた前記硫酸化体の濃縮混合物であることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8に記載の製造方法において、前記工程(3)の加熱処理の後に得られた反応混合物を、さらに精製工程に付すことによってチャフロサイドA及び/又はチャフロサイドBを得ることを特徴とするチャフロサイド類の製造方法。


【公開番号】特開2012−126690(P2012−126690A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281506(P2010−281506)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (掲載年月日)2010年7月16日(掲載アドレス)http://www.csj.jp/international/pacifichem2010/Top.html
【出願人】(507219686)静岡県公立大学法人 (63)
【Fターム(参考)】