説明

チョウザメ由来の新規な株化細胞

【課題】 チョウザメのウィルス感染症の診断などへの利用が期待されるチョウザメ由来の新規な株化細胞を提供すること。
【解決手段】 本発明によれば、チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞が提供される。このSTIP−2細胞は、全く意外なことにヒアルロン酸産生能を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チョウザメのウィルス感染症の診断などへの利用が期待されるチョウザメ由来の新規な株化細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水産養殖技術は、養殖可能な魚類の広汎化や供給安定性の向上などの点において目覚しい発展を続けているが、その反面において、細菌やウィルスなどの感染症による養殖魚の斃死も問題となっている。特に、ウィルス感染症は、大量斃死を伴うことが多いにもかかわらず有効な対策がないのが実情である。従って、ウィルス感染症に対しては、いかに早期に診断を行うかということが重要となる。
ウィルス感染症の診断を行うためには、ウィルスが感染する魚類の当該ウィルスに感受性を有する株化細胞が必要不可欠である。魚類由来の株化細胞は、ニジマス卵巣由来の線維芽性株化細胞であるRTG−2細胞が樹立されて以来、数多くの株化細胞が報告されている。しかしながら、その多くはサケ科魚類やコイ科魚類などの限られた魚類から分離培養して樹立された線維芽性のものであり、また、上皮性のものは少ない。従って、種々の魚類において、そのウィルス感染症の診断やウィルス自体の分離などが必ずしも円滑に行えているとはいえないのが現状である。
ところで、チョウザメ(sturgeon)は、およそ3億年前から生存していた古代種であるが、その卵はキャビアとして珍重されているほか、その肉も食用として利用価値が高いことから、今後の養殖対象魚類として期待されている。このような状況下においては、チョウザメのウィルス感染症の診断を行うための株化細胞の樹立が必要となる。
本発明者らは、これらの事情のもとにこれまで精力的に研究を行い、その結果として、チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞から2種類の株化細胞、STIP−1細胞(FERM BP−8421)およびSTIP−3細胞(FERM BP−8422)の樹立に成功し、特許文献1において報告している。しかしながら、さらなる新規な株化細胞の探索と樹立は、チョウザメの養殖技術の確立のために大変意義深いことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4065150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、チョウザメのウィルス感染症の診断などへの利用が期待されるチョウザメ由来の新規な株化細胞を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記の点に鑑みてさらに研究を重ねた結果、ベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞から新たな株化細胞としてSTIP−2細胞の樹立に成功したが、このSTIP−2細胞は、先に樹立したSTIP−1細胞およびSTIP−3細胞と異なる性質として、全く意外なことにヒアルロン酸産生能を有することを知見した。
【0006】
本発明は、請求項1記載の通り、チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、チョウザメのウィルス感染症の診断などへの利用に加え、ヒアルロン酸の産生細胞としての利用が期待されるチョウザメ由来の新規な株化細胞を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】STIP−2細胞の顕微鏡写真である。
【図2】各温度におけるSTIP−2細胞の増殖曲線である。
【図3】STIP−2細胞の増殖に対するFBSの影響を示すグラフである。
【図4】STIP−2細胞の染色体数を示すグラフである。
【図5】STIP−2細胞の培養上清に含まれる高い粘度を有する透明の物質がヒアルロン酸であることを示す分子マトリックス電気泳動法(SMME)による分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のSTIP−2細胞の由来となるチョウザメは、Huso属に属するベルーガ(Huso)の雌とAcipenser属に属するステールリヤチ(ruthenus)の雄から作出された品種改良種であるベステル(Bester)である。ベステルは交雑種であるため、ベステル由来の株化細胞は、各種のウィルスに対する感受性に関してHuso属チョウザメの細胞とAcipenser属チョウザメの細胞の双方の特性を兼ね備えていることが期待される。
【0010】
本発明のSTIP−2細胞は、眼球由来の株化細胞である。一般に、魚類細胞を分離培養する場合、腎臓や卵巣を由来とする細胞を用いるが、これらの組織から上皮細胞のみを選択して分離培養するためには多大な時間と労力を必要とする。しかしながら、眼球由来の細胞を用いることにより、上皮細胞由来の株化細胞の樹立が容易となる。
【0011】
本発明のSTIP−2細胞は、眼球の組織の中で、外界と非接触の状態で存在する虹彩色素の上皮細胞から樹立されたものである。腎臓や卵巣を由来とする細胞は微生物汚染の可能性が否定できないが、虹彩色素上皮細胞は元来、微生物汚染の可能性がないので、無菌的に細胞を取出せば、その後の作業を無菌的に行うことで株化細胞の微生物汚染を確実に防ぐことができる。
【0012】
本発明のSTIP−2細胞の樹立方法は、例えば特許文献1に記載の方法に従って、初代培養細胞を継代培養することで行えばよい。培地は、魚類細胞の培養に通常用いられるL15培地に牛胎児血清(FBS)を加えたようなものでよい。
【0013】
本発明のSTIP−2細胞は、特許文献1において報告したSTIP−1細胞およびSTIP−3細胞と同様に、ベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞から樹立した株化細胞であり、チョウザメのウィルス感染症の診断などへの利用が期待される。加えて、STIP−2細胞は、STIP−1細胞およびSTIP−3細胞と異なる性質としてヒアルロン酸産生能を有するので、ヒアルロン酸の産生細胞としての利用が期待される。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0015】
実施例1:STIP−2細胞の樹立
(1)ベステル眼球からの虹彩色素上皮細胞の分離
体長約15cmのベステル30尾から眼球を摘出して70%エタノール中で殺菌処理した後、殺菌処理した眼球をペニシリンとストレプトマイシンを添加したPBS(−)中でよく洗浄した。その後、眼球から角膜とレンズを取り除いて虹彩を切り出した。こうして得られた虹彩を0.05%EDTAで約40分間処理し、虹彩色素上皮細胞と、虹彩のストローマや強膜などの結合組織との分離を容易にした後、これらの結合組織を取り除き、分離したシート状の虹彩色素上皮細胞を0.125%トリプシンで酵素処理してシングルセル状態の細胞(初代細胞)を得た。
【0016】
(2)初代培養
上記のようにして得られた初代細胞を、直径3.5cmプラスチックディシュ(培養皿)に加えた、Leibovit’s L15培地(Gibco社製)に10%FBS(Gibco社製の牛胎児血清)とペニシリン(10unit/ml)とストレプトマイシン(50μg/ml)を添加した培地を用い、20℃のCOインキュベータ内(但し大気雰囲気)で培養した。初代細胞の中から増殖性の優れた細胞を選択し、継代培養を繰り返した。
【0017】
(3)継代培養
培養皿が細胞で集密的(confluent)な状態になったら、0.05%EDTAと0.125%トリプシンを含有する溶液で細胞を培養皿から剥離し遠心分離により細胞を回収し、別の培養皿に移し、上記の初代培養の培養条件で培養を継続した。これを繰り返すことによって、長期間培養可能な株化細胞としてSTIP−2細胞を得た。このSTIP−2細胞は、継代培養の際、コラーゲンなどの細胞外基質を培養皿底面にコーティングするといったような添加をしなくても培養皿に着定した。なお、このSTIP−2細胞は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2010年8月9日に寄託されている(FERM BP−11274)。この特許出願の時点において、STIP−2細胞の継代培養回数は300回を超えている。
【0018】
実施例2:STIP−2細胞の性質
(1)細胞の形態
STIP−2細胞は典型的な敷石状の上皮性の細胞である(図1参照:培養開始後16日目の顕微鏡写真。スケールバーは50μm)。
【0019】
(2)細胞の温度特性
図2に示したように、STIP−2細胞は15℃〜25℃で良好な増殖性を示したが、25℃を超えるとその増殖性は阻害された。20℃での培養開始後19日目における細胞の倍化時間(指数関数的に細胞が増殖する時間)は約80時間であり、培養皿への細胞の定着効率(培養皿に定着した細胞数を細胞皿に添加した全細胞数で割った値を百分率で表したもの)は約88%であった。
【0020】
(3)細胞増殖に対するFBSの影響
図3に示したように、STIP−2細胞を増殖せしめるために必要なL15培地に添加されるFBSの濃度は4%で足りた(FBS濃度以外は上記の初代培養の培養条件と同じ)。よって、STIP−2細胞を増殖せしめるために必要なFBSは少量であることから、STIP−2細胞の大量培養は経済的に有利であることがわかった。
【0021】
(4)細胞の染色体数
STIP−2細胞の染色体数を、継代培養200回以上の細胞について、培養6日目の対数増殖期の細胞にコルヒチン処理を行う常法にて調べた。具体的には、細胞に最終濃度が0.20μg/mlになるようにコルヒチンを加え、18時間培養した後に培地を取り除いてから細胞をPBS(−)で洗浄した。次に、0.05%EDTAと0.125%トリプシンを含有する溶液で細胞を培養皿から剥離し遠心分離により細胞を回収した。こうして回収した細胞に0.075MのKClを添加して室温にて20分間静置して低張処理を行った。低張処理した細胞懸濁液はカルノア液を用いて20分間氷中で固定した後、フレームドライ法によって染色体標本とした。これをギムザ染色し、顕微鏡(倍率1000倍)で染色体を計数した。その結果、STIP−2細胞の染色体数は196.5±1.7本でモードは199本であった。この染色体数はベステルの染色体数である117本の約1.7倍であり、株化細胞の特徴を示すものであった(図4参照)。染色体の核型分析によれば、マイクロクロモゾームが最も多く、全体の約53%を占めていた。
【0022】
(5)細胞のヒアルロン酸産生能
上記の初代培養の培養条件と同じ培養条件でSTIP−2細胞の培養を行い、培養皿が細胞で集密的な状態になってからもさらに培養を行うと、培養上清に高い粘度を有する透明の物質の蓄積が観察された。この現象は、先に樹立したSTIP−1細胞およびSTIP−3細胞では見られない、STIP−2細胞に特異的なものであった。そこでこの物質の分析を以下の方法で行った。
STIP−2細胞を培養皿が細胞で集密的な状態になってからさらに3〜4日培養した後の培養上清1mlをスポイトで吸い取り、3mlのエタノールを添加して4℃で2時間静置した後、10000xgで5分間遠心分離し、得られた沈殿を回収した。この沈殿を1mlの2M尿素/0.1Mトリス塩酸緩衝液(pH8.6)に溶解し、100μgのトリプシンを添加して37℃で一晩反応させ、タンパク質の分解処理を行った後、分子量が100kDa未満の画分をカットオフするフィルターで分子量が100kDa以上の画分を50μlまで濃縮した。得られた濃縮液を還元アルキル化処理した後、分子マトリックス電気泳動法(SMME:必要であればY.Matsuno,et al.,Anal.Chem.,2009,81(10),pp3816−3823を参照のこと)を用いて分析した。結果を図5に示す(Alcian blue染色による)。図5左の電気泳動写真から、STIP−2細胞の培養上清には培地には含まれない分子量が100kDa以上の物質が含まれていることがわかった。そこで10μlの上記の濃縮液に1μlの0.2M酢酸緩衝液(pH6.0)を添加し、さらに、ヒアルロニダーゼの1mg/ml水溶液(Streptmyces hyalurolyticus由来)を1μl添加し、60℃で一晩反応させた後、反応液を分子マトリックス電気泳動法を用いて分析したところ、図5右の電気泳動写真から明らかなように、ヒアルロニダーゼ処理を行う前に存在したスポット(Control)がヒアルロニダーゼ処理によって消失した。以上の結果から、STIP−2細胞の培養上清に含まれる高い粘度を有する透明の物質は、100kDa以上の分子量を有するヒアルロン酸であること、STIP−2細胞はヒアルロン酸産生能を有し、培養上清にヒアルロン酸を分泌することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、チョウザメのウィルス感染症の診断などへの利用に加え、ヒアルロン酸の産生細胞としての利用が期待されるチョウザメ由来の新規な株化細胞を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞(FERM BP−11274)。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−55221(P2012−55221A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201018(P2010−201018)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(390033857)株式会社フジキン (148)
【Fターム(参考)】