説明

チーズの連続式製造方法

【課題】チーズの製造工程を連続化して、製造時間の短縮化、省スペース化を図ることができるとともに、得られるチーズ製品のテクスチャーの制御を容易に行うことができ、品質の良いチーズ製品を製造することができる、チーズの連続式製造方法を提供する。
【解決手段】原料乳を製造ラインに連続的に供給し、移動させながら処理を加えて連続的にチーズを製造する方法であって、前記原料乳が、乳を膜で濃縮して濃縮乳を得る工程を含む工程(I)で調製されたものであり、前記原料乳を流動させながらレンネットを添加した後、酸成分を添加するとほぼ同時に撹拌を行って、酸凝固が抑えられた流動物を得る工程(II)と、該酸凝固が抑えられた流動物を、加熱することによって凝乳させる工程(III)を有することを特徴とするチーズの連続式製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチーズを連続的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のチーズの製造方法はバッチシステムで行われるのが一般的であり、工業的にはチーズバットと呼ばれる数十トン規模のタンク内で主要な処理が行われる。このため、製造に長時間を要し、多大なスペースが必要であるとともに、製造工程の自動化が難しく、品種の切り替えも容易でない。
【0003】
一方、チーズの製造工程を連続化する提案もなされている。
下記特許文献1には、インラインの連続的な流動工程内で例えばスキムミルクを凝固させて凝固カード粒子を形成し、これを加工して塊状のチーズを製造する方法が記載されている。この方法では、予めスキムミルクにレンネット等の凝固剤を添加し、低温で16時間程度放置して反応させた後、これにインラインで酸成分を加えてpHを4.0〜6.0に下げた直後に加温することによって粒子状に凝固したカード粒子が得られる。このカード粒子をホエーから分離した後、添加物とともに加熱溶融し、容器に充填して冷却する等の加工を施して、例えばチェダーチーズ様、ゴーダチーズ様、モツァレラチーズ様のチーズを製造する。
【0004】
また下記特許文献2には、限外濾過膜で濃縮された濃縮乳を、熱交換機に通して加熱殺菌し、工程管内を輸送しながらレンネットおよび酸性化剤などの添加物を添加し、さらに工程管を通して混合装置に導入し、混合装置から排出される混合物をパッケージ内に封入し、パッケージ内で乳を凝固させてチーズ製品とする方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2005−517415号公報
【特許文献2】特許第3073014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の方法は、インラインでの連続処理を行う前に、ミルクにレンネットを添加し低温で16時間程度放置する工程が必要であるため、この工程はバッチ式で行う必要があるか、またはパイプ内で行うのであればパイプを長大にする必要がある。さらに、インラインでカード粒子を得た後にも、これをチーズ製品に加工するための工程が必要であり、製造工程の連続化、短時間化、省スペース化等の点で十分でない。
また特許文献2に記載されている方法では、得られるチーズ製品の性状(テクスチャー)の制御が難しく、チーズ製品の品質の点で不満がある。
【0007】
本発明は前記事情に鑑みてなされたもので、チーズの製造工程を連続化して、製造時間の短縮化、省スペース化を図ることができるとともに、得られるチーズ製品のテクスチャーの制御を容易に行うことができ、品質の良いチーズ製品を製造することができる、チーズの連続式製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明のチーズの連続式製造方法は、原料乳を製造ラインに連続的に供給し、移動させながら処理を加えて連続的にチーズを製造する方法であって、前記原料乳が、乳を膜で濃縮して濃縮乳を得る工程を経て調製されたものであり、前記原料乳を流動させながらレンネットを添加した後、酸成分を添加するとほぼ同時に撹拌を行って、酸凝固が抑えられた流動物を得る工程と、該酸凝固が抑えられた流動物を、加熱することによって凝乳させる工程を有することを特徴とする。
【0009】
前記濃縮乳が、乳を精密濾過膜(MF膜)で濃縮処理したMF濃縮乳であることが好ましい。
前記原料乳のカゼインタンパク質濃度が4.0〜15.0質量%であることが好ましい。
前記酸凝固が抑えられた流動物のpHが5.2〜6.4であることが好ましい。
前記酸成分として有機酸水溶液または発酵乳を添加することが好ましい。
前記有機酸が乳酸を含むことが好ましい。
【0010】
前記酸凝固が抑えられた流動物を、保持温度30〜55℃、保持時間10分間以内の条件で加熱して凝乳させることが好ましい。
前記酸凝固が抑えられた流動物を容器に充填した後に、加熱して凝乳させることが好ましい。
前記酸凝固が抑えられた流動物を、流動させながら加熱して凝乳させることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明のチーズの連続式製造方法によれば、チーズの製造工程を連続化して、製造時間の短縮化、省スペース化を図ることができる。また、得られるチーズ製品のテクスチャーの制御を容易に行うことができ、品質の良いチーズ製品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明のチーズの連続式製造方法の一実施形態における概略の工程を示した図である。
【図2】本発明に係る実験例の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本発明のチーズの連続式製造方法の一実施形態における概略の工程を示した図である。本実施形態の方法は、概略、乳を膜で濃縮して濃縮乳を得る工程を経て原料乳を調製する工程(I)と、該原料乳を製造ラインに供給し、流動させながら処理を施して、酸凝固が抑えられた流動物を得る工程(II)と、該酸凝固が抑えられた流動物を加熱し、凝固させてチーズ製品を得る工程(III)とからなる。
【0014】
<工程(I)>
まず原料乳を調製する。
本発明では原料乳に、乳を膜で濃縮した濃縮乳を用いる。原料乳は濃縮乳そのものであってもよく、これに必要に応じた成分を添加したものでもよく、均質化処理や加熱殺菌処理などの処理を施したものでもよい。
【0015】
[乳]
乳は、乳等省令(「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」、昭和26年12月27日厚生省令第52号)によって定義されるところの、乳(生乳、牛乳、特別牛乳、生やぎ乳、生めん羊乳、殺菌やぎ乳、部分脱脂乳、脱脂乳、加工乳等)が好ましいが、そのほかに水牛の乳、ラクダの乳など、チーズの原料として公知の動物一般の乳を用いることができる。乳は予め殺菌処理したものを使用することが好ましい。また膜による濃縮処理を行う際の操作性の点からは、脱脂乳が好ましい。
膜で処理される前の乳を加熱殺菌処理する場合の条件は、公知の乳の加熱殺菌処理条件を適宜用いることができる。
【0016】
[濃縮乳]
濃縮乳は、乳を膜で濾過して得られる膜不通過成分である。乳の濃縮に用いる膜は、精密濾過膜(MF膜)または限外濾過膜(UF膜)が好ましい。膜で濾過することにより、乳中の水分、灰分、および乳糖が減少する。
膜で濃縮処理する際の濃縮倍率によって、レンネットが添加される原料乳のカゼインタンパク質濃度を制御できる。後述の実験例に示されるように、原料乳のカゼインタンパク質濃度によって、加熱凝乳後のテクスチャーが変化する。具体的にはカゼインタンパク質濃度が高いほど加熱凝乳後は固く、高付着性となる傾向がある。
したがって、原料乳のカゼインタンパク質濃度は、得ようとするチーズ製品のテクスチャーに応じて設定することが好ましい。柔らかすぎず、固すぎないテクスチャーを得るためには、原料乳のカゼインタンパク質濃度が4.0〜15.0質量%の範囲内であることが好ましく、6.0〜10.0質量%がより好ましい。
【0017】
精密濾過膜(MF膜)は限外濾過膜(UF膜)に比べてホエイタンパク質の透過量が多い。本発明において、原料乳にMF濃縮乳を用いるか、UF濃縮乳を用いるかによって、加熱凝乳に要する時間や、加熱凝乳後のテクスチャーが変化する。具体的には、後述の実験例に示されるように、MF濃縮乳の方が、UF濃縮乳よりもレンネットによる凝乳が速く進行し、熱安定性も高い。また、凝乳後のテクスチャーはUF濃縮乳の方がもろくなりやすく、MF濃縮乳の方が良好な保形性が得られやすい。
したがって、得ようとするチーズ製品のテクスチャーや、製造条件に応じて、MF濃縮乳またはUF濃縮乳を選択して用いることが好ましい。特にMF濃縮乳を用いると、加熱凝乳に要する時間を短くして製造時間の短縮を図りやすく、さらに製造ラインを短くして省スペース化を図りやすい。また、酸凝固が抑えられた流動物を流動させながら加熱して凝乳させる場合など、凝乳物の保形性が良いことが好ましい場合にはMF濃縮乳を用いることがより好ましい。
【0018】
[添加成分]
レンネットが添加される原料乳の脂肪率は、得ようとするチーズ製品の風味および食感に影響する。したがって膜による濃縮処理後に、必要に応じてクリームを添加することが好ましい。
原料乳の脂肪率は1〜50質量%の範囲内であることが好ましく、3.5〜15.0質量%がより好ましい。脂肪率が1質量%以上であると脂肪を含有することによる効果が十分に得られやすく、50質量%以下であると安定な乳化状態が得られやすい。クリームを添加した場合には、レンネットが添加される前に均質化処理を行うことが好ましい。
【0019】
レンネットが添加される原料乳中のカルシウム含有量によって、レンネットによる凝乳速度が影響を受ける。また、予め加熱殺菌された乳を用いた場合など、加熱によりカルシウムの一部が不溶化された場合には、少なくともこれを補う量の塩化カルシウムを添加することが好ましい。
塩化カルシウムを添加する場合、塩化カルシウムの添加量が多いほど、レンネットによる凝乳が速く進行する傾向がある。一方、塩化カルシウムの添加量が多すぎると、チーズ製品の風味が悪くなる。したがって、原料乳に塩化カルシウムを添加する場合の添加量は、これらの不都合が生じない範囲に設定することが好ましい。例えば原料乳中の塩化カルシウム含有量は0.005〜0.2質量%が好ましく、0.01〜0.1質量%がより好ましい。
【0020】
<工程(II)>
次に、工程(I)で調製した原料乳を製造ラインに供給し、原料乳を流動させながらレンネットを添加し、その後、流動させながら酸成分を添加するとほぼ同時に撹拌して、酸凝固が抑えられた流動物とする。工程(II)の製造ラインは、概略、各処理を行うための装置と、各装置間で原料乳を流動させるための管(パイプ)とからなる。この工程(II)は、原料乳を流動させながら連続的に処理を行うもので、途中で原料乳を一旦タンク等に貯留し該タンク内で処理を施す工程は含まない。
工程(I)と工程(II)とを一連の製造ラインで連続的に行ってもよく、工程(I)で調製した原料乳を一旦タンク等に貯留し、ここから工程(II)の製造ラインに供給してもよい。
【0021】
[レンネット]
レンネットはキモシンを主成分とする凝乳酵素であり、乳およびカルシウムの存在下で、カゼインミセルを安定化させているκ−カゼインのペプチド結合を加水分解し、カゼインミセルの親水性を失わせて乳をゲル化させる性質を持つ。牛由来のレンネット、微生物由来のレンネット、植物由来のレンネットなど、チーズの製造において公知のレンネットを適宜用いることができる。
レンネットは酸性領域に至適pHを持ち、通常、25℃以下の低温では凝乳が生じにくく、60℃を超えると失活する可能性がある。加熱により凝乳させる際の温度が高いほど凝乳に要する時間が短くなる傾向がある。
【0022】
レンネットの添加はドージングポンプ(定量ポンプ)を用いて行うことができる。また添加されたレンネットが原料乳中で均一に存在するように分散させることが好ましい。この分散は、レンネットの添加位置の下流に静止型混合器(スタティックミキサー)を設けて撹拌する方法により行ってもよく、または、レンネットが添加された原料乳がパイプ内を流動する距離を十分に長くして、パイプ内を流動する際の撹拌作用によって均一化する方法でもよい。
【0023】
レンネットの添加量が、原料乳中のカゼインタンパク質の量に対して少なすぎると十分に凝乳させるのに時間がかかる。レンネット添加量が多いほど凝乳が速く進行する傾向がある。多すぎると得られるチーズ製品の風味が悪くなる。したがって、レンネットの添加量は、これらの不都合が生じないように、また所望の凝乳速度が得られるように設定することが好ましい。
【0024】
レンネットの添加時から、後述の加熱凝乳工程に至るまでの原料乳の温度は、レンネットによる凝乳が生じない温度とする。例えば2〜20℃が好ましい。
レンネットを添加した後は、すぐに酸成分を添加せず、最大5分間程度、好ましくは30秒間〜5分間程度パイプ内を流動させながら保持した後に酸成分を添加することが好ましい。このように保持することにより、原料乳中でレンネットとカゼインタンパク質とが反応待機状態となりやすく、加熱したときにレンネットによる凝乳が効率良く生じやすい。このパイプ内で保持する時間が30秒以上であると、パイプ内で保持を行うことによる効果が十分に得られやすい。パイプ内で保持を行うことによる効果が効率良く得られる点では5分以内が好ましい。
【0025】
[酸成分]
レンネットが添加された原料乳に酸成分を添加して、レンネットが活性を有するpHに調整する。
酸成分としては、チーズの製造時に添加される公知の酸成分を適宜用いることができる。酸成分の種類によって、レンネットによる凝乳が進行する速さが変化する。酸成分は1種を用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
添加する好ましい酸成分として、例えばクエン酸、乳酸、酢酸等の有機酸の水溶液、または発酵乳が挙げられる。有機酸水溶液のなかでも、特に良好な風味と速い凝乳速度が得られやすい点で乳酸水溶液を用いることが好ましい。酸成分として発酵乳を添加すると、よりミルク感のあるチーズ製品が得られやすい点で好ましい。
酸成分の添加量は、酸成分添加後の酸凝固が抑えられた流動物のpHが所望の値となるように設定される。酸凝固が抑えられた流動物のpH、およびこれを加熱凝乳させる際の加熱温度によって、チーズ製品のテクスチャーを制御することができ、例えばフレッシュチーズ様、モッツァレラチーズ様、チェダーチーズ様など、消費者が区別できる多品種のチーズ製品を作り分けることができる。
この酸凝固が抑えられた流動物のpHは5.2〜6.4の範囲で、得ようとするチーズ製品の品種およびテクスチャーによって設定することが好ましい。酸添加後のpHが5.2以上であると酸凝固を良好に抑えやすく、6.4以下であるとレンネットによる凝固が良好に生じやすい。
【0026】
本発明者等の知見によれば、流動する原料乳に、単に連続的に酸成分を添加するだけだと添加後のpHが設計値よりも高くなり、低pHに調整することが難しい。これは、流動する原料乳において、酸成分が添加された部分で局所的にpHが低くなりすぎて酸凝固が生じ、酸カードが生成されることが避けられないためである。pHを低下させるべく酸の添加量を増やせば、それにしたがって酸カードの生成が多くなる。また酸カードが生成されると、得られる製品はヨーグルトに近くなり、チーズのテクスチャーからかけ離れたものとなる。
【0027】
したがって、本発明では、原料乳に酸成分を添加するとほぼ同時に該原料乳を撹拌する。本発明において、「添加するとほぼ同時に撹拌する」とは、添加された酸成分が速やかに分散されて局所的にpHが低い領域が生じないように撹拌することを意味し、酸成分の添加と同時に撹拌してもよく、添加直後に撹拌してもよく、撹拌開始直後に酸成分を添加してもよい。
後述の実験例に示されるように、酸成分を添加するとほぼ同時に、単に酸成分を均一に分散させる程度の撹拌ではなく、高速で撹拌することにより酸凝固を抑えて酸カードの生成を抑えることができ、より高速で撹拌するほど酸カードの生成はより少なくなる。
【0028】
製造ラインにおいては、例えば、高速撹拌手段としてインライン型の高剪断ミキサーを用い、そのワークヘッドの直前に酸成分を連続的に定量供給する手段を設けることにより、酸凝固を抑えつつ酸成分を添加することができる。
高速撹拌手段における撹拌条件(ローターの回転速度等)は、酸添加後の流動物における酸カードの含有量が、所望の少量に抑えられるように設定される。ローターの回転速度をより高速にすれば酸カードの生成はより少なくなる。
例えば、製造ラインにおいて、レンネットを添加しないほかは、実際の製造条件と同じ条件で酸成分を添加して得られる、加熱凝乳前のサンプルの250gを、25メッシュのフィルターで濾過したときに、フィルター上に残った固形物(酸カード)の質量が10g以下、好ましくは5g以下、より好ましくは2g以下、最も好ましくは1g以下となるように、該高速撹拌手段における撹拌条件を設定することが好ましい。
【0029】
<工程(III)>
次に、工程(II)で得た、酸凝固が抑えられた流動物を加熱することにより凝乳させる(加熱凝乳工程)。具体的には該流動物を、所定の保持温度に加熱して所定時間保持する。なお、本明細書における該保持温度は品温を意味する。
工程(III)の製造ラインは、概略、各処理を行うための装置と、各装置間で酸凝固が抑えられた流動物を移動させるための手段とからなる。該移動は、管(パイプ)内を流動させる方法で行ってもよく、流動させずにベルトコンベアー等の移動手段を用いて移動させる方法でもよい。
【0030】
保持温度は、レンネットによる凝乳が生じる温度であればよく、30〜55℃の範囲内が好ましい。保持温度によって、得られるチーズ製品のテクスチャーを制御することができる。また保持温度が高いほど、レンネットによる凝乳は速く進行する傾向がある。
例えば、酸凝固が抑えられた流動物のpHが5.2〜6.4で、保持温度を30〜45℃とするとフレッシュチーズ製品が得られる。フレッシュチーズ製品の中でも、該流動物のpHが5.2〜5.8で、保持温度を30〜40℃とすると、モッツァレラチーズ様のフレッシュチーズ製品が得られる。また該流動物のpHが5.9〜6.4で、保持温度を35〜55℃とし、加熱凝乳後にさらに水分を除去する工程(濾過、遠心分離、圧力分離等の工程)を経ると、比較的固くて、加工用のチーズ原料として好適なチーズ製品が得られる。
【0031】
保持時間は、流動物が十分に凝乳する範囲で設定できる。製造時間の短縮を図り、また製造ラインを短くして省スペース化を図るうえで、保持時間は短い方が好ましく、10分以内の保持時間で凝乳させることが好ましい。本発明では、上述したように、酸凝固が抑えられた流動物のpH、レンネットの添加量、加熱凝乳時の保持温度、塩化カルシウムの添加量等によって、レンネットによる凝乳が進行する速度(凝乳速度)を制御することができ、2〜10分間の保持時間で凝乳させることが可能である。
【0032】
酸凝固が抑えられた流動物を、加熱することにより凝乳させる工程は、例えば(a)該流動物を容器に充填し、所定の温度に加熱し保持して凝乳させる方法、(b)該流動物を、流動させながら加熱し保持して凝乳させる方法を用いることができる。(b)の方法は、例えば、加熱手段および温度保持手段を備えたパイプ内を流動させながら所定の温度に加熱し保持して凝乳させる方法で実施することができる。
(a)の方法は、容器に酸凝固が抑えられた流動物が充填されたものをベルトコンベアー等で移動させながら、容器ごと加熱することにより、容器内で凝乳されたチーズ製品が得られる。(b)のパイプ内で凝乳させる方法は、凝乳したチーズ製品がパイプから連続的に排出されるので、これを直接容器に充填してもよく、または粉砕、均質化等の工程を経て容器に充填してもよく、あるいはタンク等に貯留して他の工程に供してもよい。
特に(a)の方法によれば、原料乳から酸凝固が抑えられた流動物を得、これを容器に充填するまでの工程を一連の密閉された製造ラインで行うことが容易である。したがって、衛生的なチーズ製品を製造するのに特に好適であり、全自動化も行いやすい。
【0033】
本実施形態によれば、原料乳を製造ラインに連続的に供給し、製造ラインを移動させながら処理を加えて、レンネットの作用で凝乳されたチーズ製品を連続的に、しかも短時間で製造することができる。例えば、原料乳を製造ラインに供給してから、加熱凝乳が終了するまでを、5〜10分間程度で行うことが可能である。チーズバットを使用せず、製造時間が短いため、製造設備のためのスペースも小さくて済む。
特に、原料乳に濃縮乳を用い、酸成分を添加する前にレンネットを添加することにより、原料乳中のκ−カゼインとレンネットとを効率よく接触させることができ、さらに酸成分を添加すると同時に高速撹拌することにより、酸凝固が生じるのを抑えつつレンネットの至適pHに調整することができるため、加熱凝乳工程において、レンネットによる凝乳が効率良く進行し、短時間で凝乳させることができる。
また、酸成分の添加時に酸凝固が抑えられるため、原料乳のpHを精度良く制御することができ、該pHおよび加熱凝乳時の温度によってチーズ製品のテクスチャーを容易に制御することができる。したがって、共通の原料乳および共通の製造ラインを用いながら多品種のチーズ製品を容易に作り分けることが可能であり、品種の切り替えも容易に行うことができるとともに、高品質のチーズ製品を安定して安価に製造することができる。
【実施例】
【0034】
以下に実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。以下において「%」は特に断りがない限り「質量%」である。
[実験例1]
本例では、原料乳に酸成分を添加した直後に撹拌する際の撹拌条件と、酸カードの生成量との関係を調べた。
すなわち、25℃の雰囲気中で、脱脂乳(カゼインタンパク質濃度3.2%、脂肪率0.1%)をMF膜(孔径0.1μm)で3倍濃縮したMF濃縮乳(カゼインタンパク質濃度9.5%、pH6.8、品温25℃)250gを混合容器に入れ、乳酸水溶液(濃度10%)を添加し、その直後に表1に示す条件で10秒間撹拌した。乳酸水溶液の添加量は、条件1〜5のいずれにおいても、撹拌条件を表1の「条件2」としたときにpHが6.2となる量に設定した。撹拌後の全量を25メッシュのフィルターで濾過し、フィルター上に残った固形物(酸カード)の質量を計量した。結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1の結果より、酸成分を添加した直後に撹拌を行わない場合(条件1)に比べて、ホモミキサーを用いて高速撹拌を行った場合(条件3〜5)は、酸カードの生成量が大幅に減少し、回転数が大きいほど酸カードの生成抑制効果が高いことがわかる。
一方、マグネットスターラーで撹拌を行った場合(条件2)は、酸カードの生成抑制効果はほとんどなかった。
このことから、酸成分を添加するとほぼ同時に、単に酸成分を均一に分散させる程度の撹拌ではなく、高速で撹拌することにより酸カードの生成を抑えることができることが認められる。
【0037】
[実験例2]
本例では、原料乳中のカゼインタンパク質濃度を変化させて、原料乳を短時間(10分間)で凝乳させたときの凝乳物のテクスチャー(固さ、付着性)を測定するとともに、カードの外観を目視にて評価した。
すなわち、まず脱脂乳(カゼインタンパク質濃度3.1%、脂肪率0.1%)をMF膜(孔径0.1μm)で5倍濃縮したMF濃縮乳を得、これを該MF膜の透過液(パーミエイト)で希釈することによって、下記表2に示す濃縮倍率のMF濃縮乳をそれぞれ調製した。
25℃の雰囲気中で、調製したMF濃縮乳250gを混合容器に入れ、乳酸水溶液(濃度10%)を添加してpHを6.4に調製した。この液を45℃に上昇させ、その温度に保持しつつ、レンネット(クリスチャンハンセン社製、製品名:HANNILAS TL2300、力価:2300IMCU/g)の水溶液(濃度1%)を0.4mL添加して均一に分散させた。
レンネットを添加してから10分間保持した後、得られた凝乳物のテクスチャー(固さおよび付着性)を測定し、また外観を目視にて評価した。
テクスチャー(固さおよび付着性)は、クリープメーター(山電社製、製品名:RHEONER RE−33005)により測定した。外観の評価は、一般的なゼリー状を標準として、非常に柔らかい、柔らかい、標準、固い、非常に固い、の5段階で評価した。結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表2の結果より、原料乳のカゼインタンパク質濃度が高いほど、凝乳物はより固く、高付着性となる傾向があることがわかる。
具体的に、濃縮倍率が1倍(濃縮なし)の場合、10分間の加熱凝乳では凝乳が不十分であり、得られた凝乳物はゆるいゆで卵の卵白状であった。この性状では連続的にチーズを製造する方法の原料乳としては適さない。一方、濃縮倍率が5倍の場合はナイフが容易に通らないほど固い凝乳物となった。
これらのことから、濃縮乳のカゼインタンパク質濃度によってチーズ製品のテクスチャーを調整することが可能であり、他の条件と組み合わせて所望のテクスチャーを有するチーズ製品を製造できることがわかる。
【0040】
[実験例3]
本例では、MF濃縮乳とUF濃縮乳の、凝乳速度および熱安定性を比較した。通常、UF濃縮乳のカゼインタンパク質とホエイタンパク質の質量比は約80:20であり、MF濃縮乳では約90:10である。したがって、MF濃縮乳にホエイタンパク質を添加したものをUF濃縮乳相当品として実験を行った。
すなわち、MF濃縮乳の試料は、脱脂乳(カゼインタンパク質濃度3.2%、脂肪率0.1%)をMF膜(孔径0.1μm)で3倍濃縮して得られる、カゼインタンパク質濃度が9.6%のMF濃縮乳を用いた。UF濃縮乳相当品の試料は、このMF濃縮乳にWPI(ホエイたんぱく質濃縮パウダー、ホエイタンパク質濃度92%、フォンテラ社製、製品名:WPI 895)を1%添加したものを用いた。
凝乳速度の測定は、45℃または75℃に温度調整した濃縮乳にレンネットを添加してからの粘度変化を、回転式粘度計(HAAKE社製、製品名:VT550)を用いて経時的に測定して、粘度が急激に増加する点を検出し、レンネット添加時からその点までの時間を凝乳開始時間とした。凝乳開始時間が短いほど凝乳速度が速いことを示す。
まず、25℃の雰囲気中で、予め10%乳酸水溶液でpH6.4に調製した各濃縮乳の試料250gを容器に入れ、容器ごと湯煎にかけ、品温が45℃または75℃にそれぞれ加熱し、75℃のものは速やかに冷水中で45℃に冷却した。レンネット(クリスチャンハンセン社製、製品名:HANNILASE TL2300、力価:2300IMCU/g)の水溶液(濃度1%)を0.4ml添加し、保持温度45℃のまま粘度変化を経時的に測定し、凝乳開始時間を求めた。結果を表3に示す。図2は表3の結果をグラフに表したもので、横軸は加熱温度(℃)、縦軸は凝乳開始時間(秒)を示す。
【0041】
【表3】

【0042】
表3および図2に示されるように、MF濃縮乳の方が凝乳開始時間が短い。またMF濃縮乳の方が、加熱温度が45℃のときと75℃のときの凝乳開始時間の差が小さく、レンネット添加前の加熱の影響を受け難いという結果が得られた。
また凝乳後のテクスチャーを観察したところ、MF濃縮乳を使用した場合の方が、しっかりとしており、特にUF濃縮乳相当品は加熱温度が75℃のときに、比較的もろい組織となった。このことから、MF濃縮乳を用いた方が良好な保形性が得られやすいことがわかる。
【0043】
[実施例1:フレッシュチーズ製品の製造]
加熱殺菌済の脱脂乳(カゼインタンパク質濃度3.2%、脂肪率0.1%)をMF膜(孔径0.1μm)で3倍濃縮したMF濃縮乳に、脂肪率45%の生クリームを加え、さらに濃度0.006%の塩化カルシウム水溶液を加え、均質化を行って原料乳(カゼインタンパク質濃度8.9%、脂肪率4.5%、pH6.8)を得た。原料乳は一旦タンクに貯留し、5℃に保持した。
この原料乳を室温(20℃)雰囲気中に設定されている製造ラインに供給し、流動させながらドージングポンプで濃度0.1%のレンネット水溶液(ハンセン社製、製品名:HANNILASE、力価:2300IMCU/g)を添加し、その下流で静止型インラインミキサーで撹拌して均一に分散させた。レンネットの添加量は、原料乳中のカゼインタンパク質の100質量部当たり、16質量部となるように設定した。
【0044】
引き続きパイプ内を流動させ、インライン型高剪断ミキサーのワークヘッドの直前にドージングポンプから酸成分を添加できるように構成された装置を用いて、レンネットの添加から3分後に、濃度2.0%の乳酸水溶液を添加し、その直後に高速撹拌して酸凝固が抑えられた流動物を得た。乳酸水溶液の添加量は、インライン型高剪断ミキサーの下流に設けたpH計による測定値が6.0となるように調節した。得られた流動物の温度は22℃であった。
続いて、該流動物を縦型ピロー包装機に送り、50gずつフィルムからなる包装容器に充填して密封した後、50℃の温湯槽に浸漬して5分間保持した後に取り出した。
得られたチーズ製品は、絹ごし豆腐様のテクスチャーを有しチーズの風味に優れたフレッシュチーズ製品であった。原料乳が製造ラインに供給されてから、温湯槽での加熱が終了するまでの時間は10分間であった。
なお、原料乳にレンネットを添加しないほかは、本例と同じ条件で酸成分を添加して得られた、加熱凝乳前のサンプルの250gを、25メッシュのフィルターで濾過したときに、フィルター上に残った固形物(酸カード)の質量は1g以下であることを確認した。
【0045】
[実施例2:モッツァレラチーズ様のフレッシュチーズ製品の製造]
実施例1において、乳酸水溶液の添加量を、インライン型高剪断ミキサーの下流に設けたpH計による測定値が5.6となるように変更した。また、加熱凝乳時の温湯槽の温度を40℃、浸漬時間(保持時間)を8分間に変更した。その他は実施例1と同様にして得られたチーズ製品は、実施例1よりも弾力性があり、チーズの風味に優れたモッツァレラチーズ様のフレッシュチーズ製品であった。
なお、原料乳にレンネットを添加しないほかは、本例と同じ条件で酸成分を添加して得られた、加熱凝乳前のサンプルの250gを、25メッシュのフィルターで濾過したときに、フィルター上に残った固形物(酸カード)の質量は1g以下であることを確認した。
【0046】
[実施例3:セミハードチーズ様のチーズ製品の製造]
実施例1において、乳酸水溶液の添加量を、インライン型高剪断ミキサーの下流に設けたpH計による測定値が6.2となるように変更した。
また、インライン型高剪断ミキサーの下流に加熱および保温機能を備えた二重パイプを設けた。乳酸水溶液を添加した後の流動物を該二重パイプ内で品温が50℃になるように加温し、流動させながら5分間50℃に保持した。二重パイプから排出される凝乳カードを、二重パイプの出口に設けたワイヤーカッターで連続的に細断した後、200メッシュのメッシュ状コンベアベルトの上に載置して、10分間移動させながらホエーを分離した。得られたチーズ製品は、しっかりしたテクスチャーを有するチェダーチーズ様のチーズ製品であった。
なお、原料乳にレンネットを添加しないほかは、本例と同じ条件で酸成分を添加して得られた、加熱凝乳前のサンプルの250gを、25メッシュのフィルターで濾過したときに、フィルター上に残った固形物(酸カード)の質量は1g以下であることを確認した。
【0047】
[実施例4:酸成分として発酵乳を使用した例]
以下の方法で発酵乳を調製した。
乳固形分10.0%に調整した還元脱脂乳を90℃で15分間加熱殺菌処理し、40℃に冷却した。その後、ラクトバチルス・ブルガリクス(Lactobacillus bulgaricus)およびストレプトコッカス・サーモフォルス(Streptococcus thermophilus)からなる混合スターター(クリスチャン・ハンセン社製)を2.5%添加し、均一に混合した。これを37℃の発酵室で5時間発酵させた後、冷却水中で15℃まで冷却して発酵を終了させ、発酵乳を得た。
実施例1において、濃度2%の乳酸水溶液に替えて、上記で得た発酵乳を添加し、同様にインライン型高剪断ミキサーの下流に設けたpH計による測定値が6.0となるように調節した。その他は実施例1と同様にして得られたチーズ製品は、実施例1に比べて、よりミルク感のあるフレッシュチーズ製品であった。
なお、原料乳にレンネットを添加しないほかは、本例と同じ条件で酸成分を添加して得られた、加熱凝乳前のサンプルの250gを、25メッシュのフィルターで濾過したときに、フィルター上に残った固形物(酸カード)の質量は1g以下であることを確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料乳を製造ラインに連続的に供給し、移動させながら処理を加えて連続的にチーズを製造する方法であって、
前記原料乳が、乳を膜で濃縮して濃縮乳を得る工程を経て調製されたものであり、
前記原料乳を流動させながらレンネットを添加した後、酸成分を添加するとほぼ同時に撹拌を行って、酸凝固が抑えられた流動物を得る工程と、
該酸凝固が抑えられた流動物を、加熱することによって凝乳させる工程を有することを特徴とするチーズの連続式製造方法。
【請求項2】
前記濃縮乳が、乳を精密濾過膜(MF膜)で濃縮処理したMF濃縮乳である、請求項1に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項3】
前記原料乳のカゼインタンパク質濃度が4.0〜15.0質量%である、請求項1または2に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項4】
前記酸凝固が抑えられた流動物のpHが5.2〜6.4である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項5】
前記酸成分として有機酸水溶液または発酵乳を添加する、請求項1〜4のいずれか一項に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項6】
前記有機酸が乳酸を含む、請求項5に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項7】
前記酸凝固が抑えられた流動物を、保持温度30〜55℃、保持時間10分間以内の条件で加熱して凝乳させる、請求項1〜6のいずれか一項に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項8】
前記酸凝固が抑えられた流動物を容器に充填した後に、加熱して凝乳させる、請求項1〜7のいずれか一項に記載のチーズの連続式製造方法。
【請求項9】
前記酸凝固が抑えられた流動物を、流動させながら加熱して凝乳させる、請求項1〜7のいずれか一項に記載のチーズの連続式製造方法。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−75432(P2012−75432A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−226673(P2010−226673)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】