説明

チーズ熟成用カルボキシペプチダーゼ

【課題】ビール、ソーセージ、またはチーズ、好ましくはチーズまたはチーズ由来の製品などの発酵食品における風味形成方法を提供する。
【解決手段】カルボキシペプチダーゼを使用する発酵食品における風味形成方法。カルボキシペプチダーゼ活性の少なくとも90%が単一酵素により惹起され、また、エンドプロテアーゼ活性(PU)とカルボキシペプチダーゼ活性(CPG)との比が、0.01未満、好ましくは0.001未満、最も好ましくは0.0005未満であるカルボキシペプチダーゼの使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チーズ熟成に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の風味は、消費者にとって重要な属性の1つである。発酵製品(たとえば酪農製品)では、風味は、微生物の酵素活性により乳成分から誘導される。たとえばチーズでは、種々の風味化合物が、不可欠なものとして同定されており、それらのうちの多くは、カゼイン分解から誘導される。脂肪分解などの他の酵素過程も関与しており、最も顕著なのは、真菌が熟成過程に関与するチーズ(たとえば、カマンベールチーズやロックフォールチーズ)の場合である。それに加えて、ラクトース発酵がプロピオン酸などの風味化合物をもたらす可能性もある(スミット(Smit)ら著、国際食品研究(Food Res.Int.)(2000年)第33巻、153−160頁)。
【0003】
熟成中のチーズにおけるタンパク質加水分解は、質感や風味の形成にきわめて重要な役割を果たし、いくつかの総説の主題になっている(たとえば、マクスウィーニー(McSweeney)およびスーザ(Sousa)著、乳(Lait)(2000年)第80巻、293−324頁を参照されたい)。タンパク質加水分解は、タンパク質網状構造の破壊、遊離したカルボキシル基やアミノ基による水結合を介するaの減少、およびpHの増大により、チーズマトリックスの質感変化に寄与し、咀嚼中における呈味化合物の放出を促進する(スーザ(Sousa)ら著、国際酪農誌(Int.Dairy Journal)(2001年)、第11巻、327−345頁)。それは、ペプチドおよび遊離アミノ酸の生成を介して、さらには二次的異化変化(すなわち、アミノ基転移、脱アミノ化、脱カルボキシル化、脱硫化、芳香族アミノ酸の異化、およびアミノ酸と他の化合物との反応)に供される基質(アミノ酸)の放出を介して、チーズの風味および異風味(たとえば苦味)に直接寄与する。タンパク質加水分解の速度およびパターンは、チーズ内の位置により左右される可能性がある。
【0004】
チーズ熟成は、解糖とタンパク質加水分解と乳成分の脂肪分解との間の複合的なかつバランスのとれた反応を必要とする時間のかかる過程である。ほとんどのチーズでは、細菌酵素がこの過程で主要な役割を果たす。チーズ中の細菌酵素含量の変化がチーズ熟成の速度およびその最終的風味に直接影響を及ぼすことはよく知られている(クライン(Klein)およびロータル(Lortal)著、国際酪農誌(Int.Dairy Journal)(1999年)第9巻、751−762頁)。チーズ熟成に影響を及ぼす方法は、増殖および有意レベルの乳酸の産生を行うことはできないが依然としてチーズ熟成中に活性熟成酵素を供給する全乳酸菌を添加することによりチーズカード中の細菌酵素プールを増大させることである。スターターは、通常、弱化され、弱力化スターターと呼ばれる。
【0005】
チーズ熟成は、時間のかかる過程であるので、コストもかかる。チーズは、熟成中、温度および湿度が正確に規定された条件下で数週間〜数ヶ月にわたり貯蔵する必要がある。熟成時間は、3週間(たとえば、モッツァレッラ)から2年超(たとえば、パルメザン、エクストラマチュアチェダー)まで各種チーズごとに著しく異なる。チーズ熟成の促進をもたらすと思われる過程はいずれも、同一量のチーズがより短い期間で製造しうるという経済的観点から興味深い。
【0006】
チーズにおけるタンパク質加水分解は、非常に複雑な過程であり、種々の起源に由来するプロテアーゼが関与する(総説については、たとえば、フォックス(Fox)およびマクスウィーニー(McSweeney)著、国際食品総説(Food Rev.Int)(1996年)第12巻、457−509頁を参照されたい)。そのようなプロテアーゼは、チーズ製造中に使用された凝固剤(たとえば、キモシン、ペプシン、または真菌酸性プロテイナーゼ)、乳自体のタンパク質(たとえばプラスミン)、スターター細菌により提供されるプロテアーゼ、非スターター外来微生物叢由来のプロテアーゼ、第2の接種材(inocculum)由来のプロテアーゼ(いくつかの種、たとえば、P.ロックフォルティ(P.roqueforti)、Pカマンベルティ(P camemberti)、Br.リネンス(Br.Linens))、弱力化細菌細胞、および外因性プロテアーゼである。弱力化細胞および外因性プロテアーゼは、チーズ熟成の促進を引き起こす最近のツールである。遊離アミノ酸の生成は、チーズ熟成の促進に重要な工程である。遊離アミノ酸は全チーズ風味に寄与するが、それらの寄与は比較的小さい。アミノ酸は、チーズ中に存在する微生物により風味化合物に後続的に変換される前駆体である。したがって、アミノ酸の利用可能性は、チーズの風味形成つまりチーズの熟成に重要である。
【0007】
チーズ風味を必要とする消費者向け加工食品におけるナチュラルチーズの使用に代わる主要な代替物は、高強度チーズ風味濃厚物、たとえば、酵素変性チーズ(EMC)、チーズパウダー、およびチーズフレーバーである(キルコーリー(Kilcawley)、ウィルキンソン(Wilkinson)、およびフォックス(Fox)著、国際酪農誌(Int.Dairy Journal)(1998年)、第8巻、1−10頁)。チーズフレーバーは、チーズ自体に使用するために製造されるものではなく、従来的にナチュラルチーズを含有する他の食品で利用するために製造される。チーズは、伝統的には、風味、外観、および質感を強化するために噴霧乾燥調製物として製品に添加される。使用されるチーズの量はさまざまであり、製品の全体的な風味および品質は、使用されるチーズのタイプに依存する。風味を強化するために酵素処理されたチーズまたはそのチーズのプロファイルの有意部分は、EMCであるとみなれされ、それは、費用効果的で栄養価が高くかつ自然な形態で強いチーズ感を食品製造業者に提供する(キルコーリー(Kilcawley)、ウィルキンソン(Wilkinson)、およびフォックス(Fox)著、国際酪農誌(Int.Dairy Journal)(1998年)、第8巻、1−10頁)。EMCは、ナチュラルチーズのものとかなり異なることもある風味プロファイルを有するが、好適な無味のまたはほぼ無味のベースで希釈すると最終製品において所望のチーズ感を提供する。EMC技術の基本は、好適な基質から典型的なチーズ風味を生成する特定酵素の使用である。プロテアーゼ(この用語はエンドプロテアーゼとエキソプロテアーゼの両方を含む)は、EMC製造における重要な酵素である。それらの役割は、チーズ熟成のときと類似している。EMCにおけるタンパク質加水分解は、顕著であり、高レベルの香味感と苦味感の両方を生成し;後者は、タンパク質加水分解の制御、特定のエキソペプチダーゼの添加、またはマスキング剤(たとえば、マチュアチーズもしくはグルタミン酸一ナトリウム)の組込みのいずかにより、防止、除去、またはマスキングすることが可能である(ウィルキンソン(Wilkinson)およびキルコーリー(Kilcawley)著、IDF広報(Bulletin of the IDF)(2002年)、第371巻、10−15頁)。
【0008】
多くのプロテアーゼがチーズ風味の生成に関与する。チーズ(またはEMCのようなチーズ由来の製品)に適した風味を生成するには、関与するプロテアーゼのタンパク質分解活性の微妙なバランスが必要である。なんらかのアンバランスを生じると、苦味形成などの望まれない風味が容易に生じるであろう。とくに、チーズ(またはEMC)における苦味の形成については、詳細に報告され実証されている(たとえば、ルミュー(LeMieux)およびシマール(Simard)著、乳(Lait)(1991年)第71巻、599−636頁;ルミュー(LeMieux)およびシマール(Simard)著、乳(Lait)(1992年)第72巻、335−382頁を参照されたい)。したがって、熟成過程を促進するためのチーズ用またはEMC用のプロテアーゼの生成は、非常に精巧かつ複雑な過程である。エキソプロテアーゼは、苦味の形成を引き起こす傾向がより低いので、エンドプロテアーゼよりも好ましい。エンドプロテアーゼは、そのような苦味を容易に導入することが知られているので、使用しないほうが好ましい。しかしながら、プロテアーゼなどのチーズ熟成用酵素に対して明確な工業的需要が存在し、長年にわたりいくつかの市販のプロテアーゼ調製物が市場に導入されてきた。入手可能な市販品についての概説は、いくつかの論文に与えられている(ウィルキンソン(Wilkinson)、ヴァンデンバーク(van den Berg)、およびロー(Law)著、IDF広報(Bulletin of the IDF)(2002年)第371巻、16−19頁;キルコーリー(Kilcawley)、ウィルキンソン(Wilkinson)、およびフォックス(Fox)著、食品生物工学(Food Biotechnol)(2002年)第16巻、29−55頁;キルコーリー(Kilcawley)、ウィルキンソン(Wilkinson)、およびフォックス(Fox)著、酵素微生物技術(Enzyme Microb.Technol.)(2002年)第31巻、310−320頁)。例としては、真菌種に由来する酵素調製物(たとえば、限定されるものではないが、オランダ国のクエスト(Quest,The Netherlands)製のバイオプロテアーゼPコンク(Bioprotease P Conc)およびバイオプロテアーゼAコンク(Bioprotease A conc)、天野(Amano)製のプロテアーゼM(Protease M)およびプロテアーゼA(Protease A)ならびに酸性プロテアーゼA(Acid protease A)、バイオキャタリスト(Biocatalysts)製のプロモド215(Promod 215)、シュテルン(Stern)製のシュテルンツィームB5026(Sternzyme B5026)、デンマーク国のノボザイムズ(Novozymes,Denmark)製のフレーバーザイムMG/A(Flavourzyme MG/A))および細菌種に由来する酵素調製物(たとえば、限定されるものではないが、デンマーク国のノボザイムズ(Novozymes,Denmark)製のプロタメックス(Protamex)およびニュートラーゼ(Neutrase)、天野(Amano)製のプロテアーゼN(Protease N)、バイオキャタリスト(Biocatalysts)製のプロモド24Pおよび24L(Promod 24P and 24L)、オランダ国のディーエスエム(DSM,The Netherlands)製のプロテアーゼB500(Protease B500)、およびフランス国のロディア・フーズ(Rhodia Foods,France)製のプロテアーゼ200L(Protease 200L))が挙げられる。プロテアーゼは、特定のプロテアーゼの存在および/またはこれらのプロテアーゼが特定の製品中に存在する比率に関連して組成が著しく異なる。先に参照したキルコーリー(Kilcawley)、ウィルキンソン(Wilkinson)、およびフォックス(Fox)の論文は、ほとんどの市販のプロテアーゼ製品がエンドペプチダーゼ活性とエキソペプチダーゼ活性との混合であることを明確に示している。いくつかの製品は、エキソペプチダーゼ活性のみを含むように開発されている。食品用途では、これらは、常にアミノペプチダーゼであり、例としては、DBS50およびDBP20(フランス国のロディア(Rhodia,France)製)、コロラーゼLAP(Corolase LAP)(ドイツ国のローム(Rohm,Germany)製)、フレーバーザイムMG/A(Flavourzyme MG/A)(デンマーク国のノボザイムズ(Novozymes,Denmark)製)、アクセルザイムAP(Accellerzyme AP)(オランダ国のディーエスエム(DSM,The Netherlands)製)、およびペプチダーゼR(日本国の天野(Amano,Japan)製)が挙げられる。アミノペプチダーゼは、ロイシン、フェニルアラニン、およびバリンなどのチーズ風味の重要な前駆体であるアミノ酸を放出すべく開発され選択される。いくつかの特許出願(たとえば国際公開第96/38549号パンフレット)には、チーズ熟成を促進するために使用しうるアミノペプチダーゼ(エンドプロテアーゼを含まない)の調製および使用についての記載がある。乳カゼインペプチドに由来する苦味ペプチドの苦味を低減させるために単一のコムギカルボキシペプチダーゼを使用するという記載がなされているが(ウメツ(Umetsu)、マツオカ(Matsuoka)、およびイチシマ(Ichishima)著、農業食品化学誌(J.Agric.Food Chem)(1983年)第31巻、50−53頁)、チーズ熟成の促進に有用である単一のカルボキシペプチダーゼ活性を含むプロテアーゼ調製物を使用するという記載はなされていない。カルボキシペプチダーゼ活性を含む市販のプロテアーゼ調製物は公知であるが(たとえば、バイオキャタリスト(Biocatalysts)製のフレーバープロ192(FlavorPro 192))、これらは、常に、カルボキシペプチダーゼ活性のほかにアミノペプチダーゼ活性とエンドプロテアーゼ活性とおそらく他のプロテアーゼ活性との混合を含む。
【0009】
チーズ熟成のためのプロテアーゼ添加は、チーズ調製の種々の段階で実施可能である。好ましくは、酵素は、凝固剤(たとえばキモシン)の添加前または添加と同時にチーズ乳に添加される。この時点で添加することにより、チーズ全体にわたる酵素の均一分布が確保される。他の選択肢として、より後の段階で、たとえば、チェダーチーズ製造において加塩段階中に、酵素を添加することも可能であるが、これは、チーズ中の不均一な酵素分布およびいわゆるホットスポットの生成の危険性を生じる。それが理由で、チーズ乳に酵素を添加することが好ましい。欠点は、大多数の酵素(60〜90%)が、多くの場合、チーズカードに組み込まれずにホエー画分中に廃棄されて望ましくない(タンパク質加水分解)を引き起こす可能性があり、それにより、ホエーがさらなる用途にそれほどまたはまったく適さなくなる点である。とくに、pH5〜7で顕著な活性を有するエンドプロテアーゼが、そのような望ましくない副活性の原因になる可能性があるだけでなく、このpH範囲で最適な活性を有することの多いアミノペプチダーゼが、たとえば望ましくない風味の形成を引き起こす可能性もある。チーズ乳にとくにエンドプロテアーゼを添加したときに生じる可能性のある他の問題点は、凝固過程を妨害して特定の加水分解を引き起こし、チーズ収量の低下を招く点である。さらに、アミノペプチダーゼは、チーズ製造の通常のpH範囲であるpH6〜7において通常は十分に活性であるので、収量損失を引き起こす可能性もある。チーズ製造中のpH値ではまったくまたはほとんど活性でないがチーズ中で活性になるプロテアーゼが好ましい。なぜなら、それらはチーズ製造プロセスを妨害しないであろうし、ホエー中において望ましくない反応を引き起こすこともないであろうからである。
【発明の詳細な説明】
【0010】
本発明によれば、カルボキシペプチダーゼを用いることにより、チーズ熟成の促進を達成することが可能である。カルボキシペプチダーゼ調製物は、エンドプロテアーゼ活性を含まないものでなければならず、かつ少なくとも、ロイシン、フェニルアラニン、バリン、およびメチオニンなどのチーズの風味形成に重要なアミノ酸を放出しうるものでなければならない。カルボキシペプチダーゼは、1〜2500CPG/g基質(たとえばチーズ乳)、好ましくは1〜250CPG/g基質、またはより好ましくは1〜25CPG/g基質の活性レベルで添加される。CPG単位は、実施例1に定義されている。プロテアーゼ活性は、pH6.0、4℃で1時間かけてカゼイン(6g/Lのアッセイ溶液)を加水分解することにより測定される。1PUは、(280nm)吸光度が1μM)のチロシン(tyrosin)溶液に等しい(TCA可溶性)加水分解物を1分間で生成する酵素の量である。カルボキシペプチダーゼ調製物は、調製物中のエンドプロテアーゼ活性(PU)/カルボキシペプチダーゼ活性(CPG)の比が0.01未満、好ましくは0.001未満、最も好ましくは0.0005未満である場合、エンドプロテアーゼ活性を含まないと定義される。カルボキシペプチダーゼは、好ましくは、ペプチドまたはタンパク質から天然のアミノ酸の大多数に放出しうる広域カルボキシペプチダーゼである。広域カルボキシペプチダーゼは、本出願の実施例3に記載の方法により検出可能な量で天然のアミノ酸の少なくとも80%を放出しうる酵素として定義される。好ましくは、カルボキシペプチダーゼ調製物は、実施例1に記載されるように測定されるカルボキシペプチダーゼ活性の90%が単一酵素により惹起されるカルボキシペプチダーゼを含有するが、カルボキシペプチダーゼの組合せも許容される。
【0011】
本発明者らは、驚くべきことに、アスペルギルス(Aspergillus)株由来の精製カルボキシペプチダーゼCPD I(PEPG)の使用がそれ自体でチーズ熟成を十分に促進しうることを見いだした。好適なアスペルギルス(Aspergillus)の例は、A.ニガー(A.niger)、A.オリザエ(A.Oryzae)、およびA.ソヤエ(A.sojae)である。好ましくは、A.ニガー(A.niger)由来のCPD1が使用される。この酵素は、報告されており(ダル・デガン(Dal Degan)、リバドー・デューマス(Ribadeau−dumas)、およびブレッダム(Breddam)著、応用環境微生物学(Appl.Environ.Microbiol)(1992年)第58巻、2144−2152頁)、配列決定がなされている(スヴェンセン(Svendsen)およびダル・デガン(Dal Degan)著、生物化学生物物理紀要(Bioch.Biophys.Acta)(1998年)第1387巻、369−377頁)。カルボキシペプチダーゼはまた、EMCにおいてチーズ風味形成を促進するために使用することも可能である。カルボキシペプチダーゼの他の好ましい用途は、チーズのときと同様に、バリン、ロイシン、イソロイシン、およびフェニルアラニンのような遊離アミノ酸さらにはメチオニンのような硫黄含有アミノ酸の利用可能性がとくに重要であることが知られている発酵ソーセージやビールのような発酵食品における風味形成の分野である。
【0012】
実施例1
CPD−I(PEPG)のクローニング
A.ニガー(A.niger)のカルボキシペプチダーゼI(PEPG)のアミノ酸配列は、報告されている(スヴェンセン(Svendsen)およびダル・デガン(Dal Degan)著、生物化学生物物理紀要(Bioch.Biophys.Acta)(1998年)第1387巻、369−377頁)。当業者に公知の方法により、縮重PCRプライマーをデザインしてアスペルギルス・ニガーN400(Aspergillus niger N400)(CBS120.49)由来のゲノムライブラリーからpepG遺伝子をクローニングした。遺伝子をグルコアミラーゼプロモーターの3’末端に融合させた。構造遺伝子をグルコアミラーゼプロモーターに融合させる類似の例が報告されている(欧州特許出願公開第0420358A号明細書、欧州特許出願公開第0463706A号明細書、および国際公開第99/38956号パンフレット)。第1に、遺伝子を含有するゲノム断片からpepG構造遺伝子をPCR増幅し精製した。第2に、pepG構造遺伝子の5’末端にオーバーラップするプライマーを3’末端で用いて、glaA遺伝子のプロモーター領域をPCR増幅した。第3に、glaAプロモーターの5’側のオリゴヌクレオチドプライマーと、反対方向のpepGの停止コドンにオーバーラップするオリゴヌクレオチドと、を用いて、融合PCRにより、2つのPCR断片を融合した。第4に、得られた融合断片をAニガー(A niger)発現ベクターpGBTOP7(国際公開第99/38956号パンフレット)中にクローニングし、glaAプロモーターとpepG構造遺伝子とglaAターミネーターとを含有する融合プラスミドを得た。国際公開第99/38956号パンフレットに基本的に記載されているように、このプラスミドをHindIIIで消化し、そしてXho Iで消化されたpGBBAAS−1と共に、アスペルギルス・ニガーISO502(Aspergillus niger ISO502)にコトランスフォームした。公知の技術を用いて、アセトアミドプレート上での増殖に供すべく選択された形質転換体をコロニーPCRにより分析し、pepG発現カセットの存在を確認した。遺伝子配列を決定した。また、ゲノムDNA配列、コード配列、および対応するアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号1、2、および3として与える。先に記載した方法(国際公開第99/38956号パンフレット)を用いて、A.ニガー(A.niger)pepG形質転換体を振盪フラスコ中で培養した。34℃で6日間増殖させた後、活性に関して上清を分析した。45mMのNa−アセテート(pH4.5)と0.95mMのEDTAと0.2mMのFA−Phe−Ala(バッケム(Bachem)から入手)とを含有する990μlの溶液に10μlの培養物上清を添加することにより、PEPGの活性を決定した。337nmにおいて光学濃度の変化を追跡した。光学濃度の減少は、PEPG活性の尺度である。1酵素単位(1CPG)は、試験条件下で337nmにおける光学濃度を毎分1吸光度単位だけ減少させるのに必要な酵素の量として定義される。1mlあたり最高CPG値を示す形質転換体をPEPG発現に供すべく選択した。
【0013】
実施例2
PEPGの精製
CABS−セファロース工程を省略した以外は記載の方法(ダル・デガン(Dal Degan)、リバドー・デューマス(Ribadeau−dumas)、およびブレッダム(Breddam)著、応用環境微生物学(Appl.Environ.Microbiol)(1992年)第58巻、2144−2152頁)に従って、酵素を発現するアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)の培養物ブロスからPEPGを精製した。最終的な実質的に精製された酵素の活性は、実施例1に記載した活性測定を用いて150CPG/mlであることが確証された。エンドプロテアーゼ活性は、検出限界未満(<0.6PU/ml)であった。PEPGの生成および精製を繰り返して、650CPG/mlのカルボキシペプチダーゼ活性と2.25PU/mlのエンドプロテアーゼ活性とを含む最終調製物を得た。後者の調製物のPU/CPG比は、0.003であった。
【0014】
実施例3
PEPGの基質特異性の決定
基質Z−Ala−X〔式中、Zは、ベンジルオキシカルボニルであり、そしてXは、アミノ酸(一文字コード)A、D、E、F、G、H、I、K、L、M、N、P、Q、R、S、T、V、W、Yのうちのいずれかである〕を用いて、精製されたPEPGの基質特異性を決定した。X=QまたはTであるときの基質は、ペプスキャン(PEPSCAN)(オランダ国)から入手したが、それ以外の基質はすべて、バッケム(Bachem)から入手した。3mMのペプチド基質を含有する溶液中、pH4.0かつ40℃で、酵素特異性を決定した。5μlの酵素溶液(440単位/ml)を95μlの反応混合物に添加することにより、反応を開始させた。t=0分で各基質のサンプルをすばやく採取してTLCプレート(メルク(Merck)HPTLC[プレート20×10シリカゲル60)上にスポッティングし、そして45分間インキュベートした後、他のサンプルを採取して同様に同一のTLCプレート上にスポッティングした。対照として、酵素を含まない基質溶液を同一のTLCプレート上にスポッティングした。即使用可能なニンヒドリンスプレー(アクロス(ACROS))でスプレーすることにより、遊離アミノ基に関してプレートを染色した。酵素活性は、−(活性なし)、±(不十分な活性)から+(少し活性)さらには+++++(非常に高い活性)まで等級付けられる。t=0のサンプルですべての基質がすでに変換されていた場合、特定の基質に対して非常に高い活性(+++++)であると評価した。結果は以下のとおりである。
【0015】
【表1】

【0016】
表は、クローニングされ精製されたPEPGが1992年にダル・デガン(Dal Degan)により記載されたものに類似しているがいくつかの予想外の差異が存在することを示している。酵素は、疎水性アミノ酸F、I、L、M、およびVを優先的に遊離する。しかしながら、クローニングされた遺伝子の優先度は、ダル・デガン(Dal Degan)らにより記載されたもの(Iに対して最も高い優先度を有する)と異なり、クローニングされた酵素は、L、M、およびVに対して最も高い活性を示す。さらに、精製された酵素は、むしろKに対して活性であり、たとえば、AおよびDに対するよりも活性であり、ダル・デガン(Dal Degan)らにより記載されたデータとは異なる。明らかに、カルボキシペプチダーゼは、非常に広い基質特異性を有し、おそらく試験しなかったC以外のすべてのアミノ酸を取り扱うことが可能である。
【0017】
実施例4
ミニチーズ(チェダータイプ)におけるPEPGによるチーズ熟成促進の実証
シャキール・ウル・レーマン(Shakeel−Ur−Rehman)ら(乳(Lait)、第78巻(1998年)、607−620頁の「ミニチュアチーズ製造用プロトコル」)により記載されているように、ミニチュアチーズを作製した。63℃で30分間加熱することにより、生牛乳を低温殺菌した。低温殺菌乳を広口プラスチック遠心ボトルに移し(1ボトルあたり200mL)、31℃に冷却した。その後、0.72mlのスターター培養物DS 5LT1(オランダ国デルフトのディーエスエム・ヒスト・ベーフェー(DSM Gist B.V.,Delft,The Netherlands)を遠心ボトル中の200mlの低温殺菌乳のそれぞれに添加して、乳を20分間熟成した。次に、CaCl(熟成乳200mLあたり132μLの1mol.L−1溶液)を添加し、続いて、凝固剤(1mlあたり0.04IMCU)を添加した。実験がPEPGの使用を伴う場合、この酵素を凝固剤と一緒に添加した。凝塊が生成されるまで、40〜50分間にわたり乳溶液を31℃に保持した。伸張ワイヤのカッターにより手動で凝塊をカットして、1cm間隔でフレーム上に配置した。ヒーリングを2分間行い、続いて、穏やかに10分間攪拌した。その後、カード/ホエー混合物を連続攪拌した状態で、30分間かけて温度を39℃に徐々に上昇させた。6.2のpHに達したときに、室温においてカード/ホエー混合物を1,700gで60分間遠心した。ホエーを排除し、カードを36℃の水浴中に保持した。pHが5.2〜5.3に低下するまで、15分間ごとにチーズを反転させ、次に、室温において1,700gで20分間遠心した。製造後、チーズを12℃で熟成し、そして熟成の3週間後および6週間後、3名の最小審査員によって官能分析を行った。
【0018】
チーズ乳に対していくつかの用量のPEPGを使用した。すなわち、0(=対照)、5、50、および500CPG/200mlチーズ乳。PEPGの添加は、明らかに、風味強度の全体的増加を引き起こし、対照チーズと比較してより成熟した味をもたらした。このことは、すべてのPEPG添加レベルで言えることであったが、最低添加レベル(5CPG/200ml)では、明瞭な効果を得るために6週間の熟成が必要であった。他の用量(50および500CPG/ml)では、味に及ぼす効果は、3週間の熟成の後、すでに明瞭であった。結果は、明らかに、PEPGがチーズ風味形成を促進し、効果が用量依存性であり、かつ異味が形成されないことを示した。
【0019】
実施例5
ゴーダタイプチーズにおけるPEPGによるチーズ熟成促進の実証
スターター培養物デルフォテック(DelvoTec)(登録商標)DX31D(ディーエスエム(DSM)から入手)およびマキシレン600(Maxiren600)(ディーエスエム(DSM)から入手;55IMCU/l乳;ディーエスエム(DSM))を凝固剤として用いて、当業者に公知の標準的ゴーダチーズ製造プロトコルにより、200Lバット中でゴーダチーズを調製した。カゼインに対して約0.9の脂肪比になるように生乳を標準化し、72℃で15秒間低温殺菌した。マキシレン(Maxiren)の添加の直前に25CPG/LのレベルでPEPGを添加した。同一の製造方法を用いて同一の乳バッチから対照チーズを調製したが、ただし、PEPGは添加しなかった。凝固後、カードをカットし、低速度で20分間攪拌した。これに続いて、ホエーの半分を温水(初期体積の40%)で置き換えて、温度を31℃から36℃に上昇させた。この後、カードが排液に十分な硬さになるまで、速度を増加させながらカード/ホエー混合物をさらに30〜40分間攪拌した。カードを箍締めして30分間放置した後、5kgモールドに入れた。圧力を増加させながら約4時間にわたりチーズをプレスし、その後、チーズを一晩静置した。翌朝、それらをブライン中に24時間配置した。チーズを乾燥させた後、チーズに保護コーティングを施して、チーズの熟成期間を開始した。この期間中、それらを15℃、約80%の相対湿度で保持した。熟成期間中、チーズを定期的に裏返してコーティングを施した。6週間および3ヶ月間の熟成を行った後、最小人数8名よりなる訓練を受けた審査員により、チーズの官能特性を評価した。6週間後、PEPGを含有するチーズは、対照チーズと比較して、甘味に関して有意に高い評点を得た。3ヶ月間の熟成の後、PEPGを含有するチーズは、対照チーズと明らかに異なり、有意により高い風味(さらには明らかに異なるクリーミー性を示した。PEPGを含有するチーズのチーズ風味は、対照チーズと比較して、心地よくかつより成熟したものであった。実験は、明らかに、PEPGがチーズ風味形成を促進しかつ異味が形成されないことを示した。
【0020】
実施例6
PEPGのpHプロファイルの実証
種々のpHの緩衝液中で酵素反応を測定した。pH2、3、および4の緩衝液は、0.1Mリン酸ナトリウムと0.05Mクエン酸と0.05M酢酸とを含有し;pH4、5、および6の緩衝液は、0.05Mリン酸ナトリウムと0.05M酢酸と0.05Mトリスとを含有していた。4M HClまたは4M NaOHを用いてpHを適正値に調整した。基質溶液は、メタノール中に8mM FA−Phe−Alaを含有していた。アッセイ溶液は、965μlの緩衝液と25μlの基質溶液と10μlの精製された酵素とを含有していた。反応を25℃で行い、337nmにおける吸収の変化を10分間追跡した。吸光度変化から相対活性を算出した。pHが4のときの測定は2つの異なる緩衝液中で二重反復方式で行ったが、それ以外の結果は、2つの個別の測定の平均である。結果を図1に示す。
【0021】
図1のプロファイルは、酵素がpH4のpH最適値を有することを示している。最適値は、明らかに、ダル・デガン(Dal Degan)(ダル・デガン(Dal Degan)、リバドー・デューマス(Ribadeau−dumas)、およびブレッダム(Breddam)著、応用環境微生物学(Appl.Environ.Microbiol)(1992年)第58巻、2144−2152頁およびそこに引用されている文献)により記載されたカルボキシペプチダーゼに対する3.1〜3.4のpH最適値よりも高い。
【0022】
実施例7
酵素変性チーズ調製物向けのカルボキシペプチダーゼの使用
スミット(Smit)ら((1995年)、「Ch−easyモデル:チーズ熟成研究のためのチーズベースモデル」、ペ・エティエヴァン(P.Etievant)、バイオフレーバー(Bioflavours)中、(185−190頁)により基本的に記載されているように、90%の製造後5週間のゴーダチーズと10%のオールドゴーダチーズとの混合物からチーズペーストを調製した。
【0023】
カルボキシペプチダーゼを用いるEMCの調製
ヤングゴーダチーズ(製造後約6週間)を地元のスーパーマーケットから購入し、細かくすりつぶした。約50%の最終水含量になるようにミリQ水をすりつぶしたチーズに添加し、混合後、チーズペーストを200グラムずつに分けて個別の容器中に分配した。混合物を80℃で5分間加熱し、微生物の増殖を排除した。容器のうちの1つを分析にかけて、細菌、酵母、および糸状菌のプレートカウント分析により微生物の増殖の排除を確認した。他の容器をさらなる使用に供すべく4℃で貯蔵した。プレートカウント分析により微生物の増殖がないことが確認された場合、残りの容器中に調製されたチーズペーストを使用した。
【0024】
添加を行う前に、チーズペーストを55℃に加熱し、そして穏やかに30℃に冷却した。1.6、0.16、および0.016CPG/mlを含有するPEPG溶液をミリQ水で調製した。その後、200gのチーズペーストを含有するそれぞれの容器に2mlの各PEPG溶液を添加し、攪拌により混合物を混合した;対照ペーストは、PEPGを含有せずにミリQのみを含有していた。次に、容器を17℃で貯蔵した。4週間後、官能審査員によりペーストの風味の官能特性を評価した。PEPG濃度を増大させることにより、チーズペーストの風味強度が明瞭に増大された。PEPGは、チーズ風味を発生させるEMC過程に明らかに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】pHに対する活性プロファイルを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシペプチダーゼが使用される、発酵食品における風味形成方法。
【請求項2】
前記発酵食品が、ビール、ソーセージ、またはチーズ、好ましくはチーズまたはチーズ由来の製品である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
カルボキシペプチダーゼ活性の少なくとも90%が単一酵素により惹起される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
エンドプロテアーゼ活性(PU)とカルボキシペプチダーゼ活性(CPG)との比が、0.01未満、好ましくは0.001未満、最も好ましくは0.0005未満である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記カルボキシペプチダーゼが、CPD−1、好ましくは配列番号3のアミノ酸配列を有するCPD−1である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
発酵食品の調製における、0.01未満のエンドプロテアーゼ活性(PU)とカルボキシペプチダーゼ活性(CPG)との比を有するカルボキシペプチダーゼの使用。
【請求項7】
チーズまたはチーズ由来の製品の調製における、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
EMC(酵素変性チーズ)の調製における、請求項7に記載の使用。
【請求項9】
風味発生のための、請求項6〜8のいずれか一項に記載の使用。

【図1】
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【公開番号】特開2011−172591(P2011−172591A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−105433(P2011−105433)
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【分割の表示】特願2006−550113(P2006−550113)の分割
【原出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【出願人】(503220392)ディーエスエム アイピー アセッツ ビー.ブイ. (873)
【Fターム(参考)】