説明

チーズ類及びその製造方法

【課題】
保存性に優れたチーズ類及びその製造方法を提供する。
【解決手段】
原料チーズ類をグリセリン溶液と接触させることによって、水分活性を0.30〜0.94の範囲とする。原料チーズ類をグリセリン溶液に接触させる方法として、グリセリン溶液中に原料チーズ類を直接漬け込む「浸漬法」のほか、グリセリン溶液を原料チーズ類に噴霧する「噴霧法」、グリセリン溶液を原料チーズに塗りこむ「塗布法」があり、グリセリンの作用により原料チーズ類の水分活性が低下するため、保存性に優れ、常温での流通が可能なチーズ類を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存性の良好なチーズ類及びその製造方法に関するものである。
なお、本発明において「チーズ類」とは、ナチュラルチーズ、プロセスチーズ、チーズフード等、乳等省令(昭和26年12月27日厚生省令第52号)、公正競争規約の成分規格等において規定されたものの他、当該技術分野における通常の意味を有する範囲のものを全て包含するものである。
【背景技術】
【0002】
チーズ類を常温で保存・流通させる場合の課題としては、微生物の増殖を抑制しなければならないという衛生面での課題のほか、チーズそのものの物性の変化、すなわち、常温下においては、チーズの組織が硬く、脆くなり、食感が悪化するという組織劣化を抑制しなければならないという課題がある。微生物の増殖抑制に関しては、包装技術の進展や、チーズを低pHに保つ方法、ソルビトールなどの糖類をチーズに添加し、チーズ中の固形率を上げる方法、チーズを乾燥させ、水分含有量を低下させる方法などが知られ、一定の効果が得られている。しかしながら、包装技術だけでは微生物制御に限界があり、また、ソルビトールなどを添加した場合には、チーズがもろい食感となり、チーズ本来の組織が保てない。また、チーズを乾燥させる方法では、チーズの組織が変化してしまい、食感等が変化してしまうことなど、チーズの風味や食感も含めて考えた場合、さまざまな課題が生じている。すなわち、常温での保存・流通に際し、既存の方法では、依然としてチーズの組織劣化が大きな課題として残っているのが現状である。
【0003】
一方、プロセスチーズに限ってみれば、組織劣化を抑制する方法として、pHを6.0以上に調整することで、pHの低下に伴う可溶性タンパク質量の減少を抑制する(特許文献1)という方法が開示されているが、pHを中性域にまで高めた場合には、微生物が繁殖しやすくなるという問題があった。
【0004】
以上のことから、現在、ナチュラルチーズを常温で流通させる際には、たとえば粉チーズのように、水分値を極端に下げる方法がとられている。しなしながら、このように水分値を極端に下げると、チーズの組織が硬くなるため、現状では流通形態は限定的となっており、有効な技術も開示されていない。
【0005】
グリセリンは、着色料、着香料、保存料等の溶媒としての用途のほか、麺類、アイスクリーム等の軟化剤として食品に添加されており、チーズにおいても、グリセリンの添加が提案された発明として次の2件が公開されている。まず、特許文献2は、レンジ等で加熱調理することを目的としたチーズであるが、耐熱保形性を付与するために、原料チーズ類の加熱温度が60℃前後以下であることを特徴としており、本願発明のような滑らかな食感を得ることはできない。また、特許文献3は冷菓用のチーズであり、本願発明のように直接食すことは想定されておらず、またグリセリンと直接接触させる製法についてはなんら記載がない。すなわち、グリセリンをチーズの製造に使用する例は現在のところほとんど知られておらず、その使用方法については未知数であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−209515号公報
【特許文献2】特開2004−321183号公報
【特許文献3】特開平08−256696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、保存性に優れたチーズ類及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究の結果、ナチュラルチーズやプロセスチーズ類をグリセリン溶液と接触させることで保存性が良好なチーズ類を得られることを見出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、以下の態様を含む。
(1)原料チーズ類と、グリセリンと接触させることにより、水分活性を0.3〜0.94としたことを特徴とするチーズ類、あるいは、
(2)前記原料チーズ類と、前記グリセリン溶液との接触は、塗布、浸漬、噴霧法のいずれか1種以上であることを特徴とする(1)記載のチーズ類、あるいは、
(3)前記グリセリン溶液の濃度が、30%〜100%であることを特徴とする(1)または(2)記載のチーズ類、あるいは、
(4)原料チーズ類をグリセリン溶液と接触させることを特徴とするチーズ類の製造方法、あるいは、
(5)前記グリセリン溶液のグリセリン濃度が30%〜100%であることを特徴とする(4)記載のチーズ類の製造方法、あるいは、
(6)30%〜100%濃度のグリセリン溶液を、チーズ類の水分活性が0.3〜0.94になるまで原料チーズ類に接触させることを特徴とする、チーズ類の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のチーズ類は、保存性が良好であり、従来乾燥チーズ等でしか実現できなかった常温流通が可能であり、またチーズ本来のなめらかな組織に近く、長期保存時においても、チーズの組織が劣化しないという特徴を持つものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
[原料]
本発明では、チーズ類をグリセリン溶液と接触させることを特徴としている。なお、本明細書においては、便宜的にグリセリン溶液に接触させる前のチーズ類を「原料チーズ類」と表現する。本発明に使用する原料チーズ類としては特に限定はなく、チェダーチーズ、ゴーダチーズ、エダムチーズ、エメンタールチーズ、パルメザンチーズ、カマンベールチーズ、ブルーチーズ、クリームチーズ、クワルクチーズ、カッテージチーズなどのナチュラルチーズのほか、これらを原材料として製造したプロセスチーズ類、チーズフード、乳等を主原料とした食品も使用できる。
【0012】
本発明に使用するグリセリン溶液は、グリセリン濃度が30%以上である必要があり、30%未満では所望の水分活性が得られない。
【0013】
[製造方法]
本願発明では、これら原料チーズ類をグリセリン溶液と接触させることによって、水分活性を0.30〜0.94の範囲となるようにする。0.30未満では、チーズ類が硬くなり、組織が劣化する。一方、0.94以上では、微生物が増殖し、保存性が悪くなってしまうという問題が発生する。
本発明では、原料チーズ類をグリセリン溶液に接触させる方法として、グリセリン溶液中に原料チーズ類を直接漬け込む「浸漬法」のほか、グリセリン溶液を原料チーズ類に噴霧する「噴霧法」、グリセリン溶液を原料チーズに塗りこむ「塗布法」が開示でき、その他、原理的に類似の方法を用いてもかまわない。原料チーズ類とグリセリンとの接触時間は特に制限はなく、所望の水分活性になるまで接触を続ければよい。本発明によると、グリセリンの作用により原料チーズ類の水分活性が低下するため、保存性に優れ、常温での流通が可能なチーズ類を得ることができる。また、グリセリン溶液の濃度、接触時間、温度等、グリセリン溶液と原料チーズ類との接触条件を調整することによって様々な食感を有するチーズ類を得ることができる。
なお、温度条件については−5℃〜75℃で処理することが好ましく、さらに好ましくは4℃から60℃で処理することが好ましい。この範囲であれば高い温度条件であるほど、短時間での処理が可能となる。
【0014】
以下に、実施例および比較例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例等に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
ゴーダチーズ(国産)20kgをダイスカッターで1cm角に裁断した。15℃の80%グリセリン水溶液20kg中にチーズを23時間浸漬した後、5時間静置することで余分なグリセリン水溶液を除去し、実施例1品を得た。
【0016】
[比較例1]
ゴーダチーズ(国産)20kgをダイスカッターで1cm角に裁断した。15℃から20℃の恒温室に静置し、49時間自然乾燥し、比較例品1を得た。
【0017】
[試験例1]
実施例品1及び比較例品1について、水分活性を測定し、組織・風味の確認を行った。風味については、専門パネラーによる官能評価を行い、○良好、△やや悪い、×悪い、の3段階で評価を行った。結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
ナチュラルチーズでの試験結果を表1に示す。自然乾燥した比較例品1では、表面が硬く、歯で噛むことが困難なほど硬くなっており、そのまま食すことは難しかった。一方、グリセリン浸漬法で処理した実施例品1は、表面、内部ともに均一の組織となっており、かつ柔らかさが残っており、歯ごたえのあるチーズとして良好な食感であった。
すなわち、本発明の方法により、チーズと同等の食感を維持した常温保存性に優れたチーズ類を得ることが出来た。
【実施例2】
【0020】
ミートチョッパーで粉砕したチェダーチーズ(オーストラリア)8.4kgを、溶融塩(JOHA C、BKギューリニ社製)200gを、縦型せん断式乳化機(ニチラク機械社製)に投入し、ジャケット内に蒸気を吹き込みながら、1200rpmで攪拌し85℃まで加熱乳化を行った。乳化後、ポリエチレン包装材に充填包装し、20℃まで冷却した。得られたプロセスチーズを1cm角のダイスに裁断した。裁断したチーズ8kgを20℃の80%グリセリン水溶液25kg(20℃)中に3時間浸漬した後、5時間静置し、余分なグリセリン水溶液を除去し、実施例品2を得た。
【0021】
[比較例2]
ミートチョッパーで粉砕したチェダーチーズ(オーストラリア)8.4kgを、溶融塩(JOHA C、BKギューリニ社製)200gを、縦型せん断式乳化機(ニチラク機械社製)に投入し、ジャケット内に蒸気を吹き込みながら、1200rpmで攪拌し85℃まで加熱乳化を行った。乳化後、ポリエチレン包装材に充填包装し、20℃まで冷却した。得られたプロセスチーズ8kgを1cm角に裁断した。20℃でチーズを静置し、自然乾燥で2日間乾燥させ、比較例品2を得た。
【0022】
[比較例3]
ミートチョッパーで粉砕したチェダーチーズ(オーストラリア)8.4kgを、溶融塩(JOHA C、BKギューリニ社製)200g、ソルビトール800gを、縦型せん断式乳化機(ニチラク機械社製)に投入し、ジャケット内に蒸気を吹き込みながら、1200rpmで攪拌し85℃まで加熱乳化を行った。乳化後、ポリエチレン包装材に充填包装し、20℃まで冷却した。得られたプロセスチーズはダイスカッターで1cm角に裁断し、比較例品3を得た。
【0023】
[試験例2]
実施例品2、比較例品2及び3について、試験例1と同様に、水分活性を測定し、組織・風味の確認を行った。また、同じく風味について、専門パネラーによる官能評価を行い、○良好、△やや悪い、×悪い、の3段階で評価を行った。結果を表2に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
表2より、常温で乾燥させた比較例品2では表面が乾燥し、内部は乾燥が進まず、内部、外部に硬さの違いが認められた。また、表面が硬いために乾燥前のチーズの食感とは異なっていた。ソルビトール混合法によって処理した比較例品3では、組織がぼそぼそしており、チーズの滑らかな特性が失われていた。さらにはソルビトール添加により甘さが強く、菓子に近い甘さであった。一方、グリセリン浸漬法で処理した実施例品2は、柔らかさは通常のプロセスチーズに近く、また組織もなめらかであり良好であった。また風味についても、チーズ本来の風味が残っており、良好であった。
【0026】
[試験例3]
実施例品2について、さらに常温での保存安定性を確認するために、一般細菌数を分析した。結果を表3に示す。
【0027】
【表3】

【0028】
表3より、処理前のナチュラルチーズでは乳酸菌を主体とする細菌が6×10個/g検出されたのに対して、グリセリン浸漬後は、ほぼ検出されなくなり、この状態は3ヶ月後でも維持されていた。このことから、グリセリンに浸漬することで、保存安定性が飛躍的に向上することがわかる。
【実施例3】
【0029】
プロセスチーズ(雪印乳業株式会社製、10kgブロック)をダイスカッターで2cm角に裁断した。25℃の80%グリセリン水溶液500kg中に、裁断したチーズ100kgを3時間浸漬し、10℃に冷却しながら一晩静置し、余分な水分を除去した。得られたチーズの水分活性は0.84であった。また、チーズは、弾力性を維持し、良好な風味であった。
【実施例4】
【0030】
ナチュラルクリームチーズ(雪印乳業株式会社製)を5cm×5cm×2cmに成型したもの10kgを、100%グリセリン溶液30kgに3℃で6時間浸漬した。得られたナチュラルクリームチーズの水分活性は0.86であり、濃厚な風味としっかりした食感をもち、一般細菌数は10個以下/gであり微生物的に安定な製品であった。
【実施例5】
【0031】
ブロック状のチェダーチーズ(オーストラリア産)10kgを10℃で60%グリセリン水溶液に浸漬し、96時間処理した。処理後、長さ3cmのフレーク状に処理し、フレークチーズを得た。得られたチーズの水分活性は0.94であり、濃厚なチーズの風味を有していた。一般細菌数は40個/gであった。
【実施例6】
【0032】
プロセスチーズタイプのクリームチーズ(雪印乳業株式会社製)を5cm角にカットした。カットしたクリームチーズ2kgに20℃において100%グリセリン溶液を毎分100mlで噴霧し、96時間処理した。なお、噴霧したグリセリン水溶液は回収しフィルター(210μm)でろ過し、再利用した。また12時間ごとに使用したグリセリン液は80℃で10分間殺菌処理し再利用した。この結果、得られたチーズの水分活性は0.5であり、しっかりした硬さを持つバターに近い濃厚なクリームチーズの風味を有していた。
【実施例7】
【0033】
ミートチョッパーで粉砕したチェダーチーズ(オーストラリア)5kgとゴーダチーズ(オーストラリア)5kgを、溶融塩(JOHA C、BKギューリニ社製)170gを、縦型せん断式乳化機(ニチラク機械社製)に投入し、ジャケット内に蒸気を吹き込みながら、1200rpmで攪拌し85℃まで加熱乳化を行った。乳化後、ポリエチレン包装材に充填包装し、10℃まで冷却した。得られたブロックタイプを1cm角にカットしたもの10kgに、25℃において、60%グリセリン水溶液50kgに1時間浸漬処理した。処理後、数時間放置、脱水しダイスチーズとした。得られたダイスチーズの水分活性は0.91であった。
【実施例8】
【0034】
70%のグリセリン水溶液50kgを10℃に保持し、カマンベールチーズ(国産)を6等分したもの20kgを48時間浸漬処理した。浸漬後のカマンベールチーズの水分活性は0.82であり、カマンベールチーズの形態を維持し、風味も良好であった。
【実施例9】
【0035】
70%グリセリン水溶液(40℃)にスモークフレーバー(高砂香料)を0.5%添加したものを調製し、20kgのゴーダチーズを1cm角にダイサーで処理したものを浸漬した。処理時間は0.3時間実施した結果、水分活性は0.83の常温流通用チーズを得た。得られた常温流通用チーズの一般細菌数は150個/gであった。
【実施例10】
【0036】
プロセスチーズ(ゴーダチーズ 国産)を3cm角にダイスカットしたもの10kgに、90%グリセリン水溶液を60℃で、毎分300ml噴霧処理した。なお、噴霧したグリセリン水溶液は回収しフィルター(210μm)でろ過し、再度加温して再利用した。処理時間は0.1時間とし、処理後はすみやかに常温まで冷却した。この結果、得られたチーズの水分活性は0.85であり、ダイス状の形態を維持したチーズ風味の良好な常温流通可能なプロセスチーズが製造できた。
【実施例11】
【0037】
ナチュラルチーズ(スキムチーズ(脂肪9%)オーストラリア産)5kgを2cm角のダイス状にカットした。25℃に調整した80%グリセリン水溶液5kgにチーズを添加し、チーズが80%グリセリン水溶液と接触するように6kg/時間の速度でグリセリン水溶液を循環させながら1時間浸漬し、水分活性の低いナチュラルチーズを調製した。水分活性は0.9であり、スキムチーズの風味が維持されていた。
【実施例12】
【0038】
ゴーダチーズ(国産)の5kgブロックに対し、15℃で、80%グリセリン水溶液を塗布した。その後、表面のグリセリン水溶液を拭き取る作業と、80%グリセリン水溶液を再度塗布する作業を、1時間に1回の頻度で9時間行った。最後に表面の水分を拭き取って除去し、水分活性が0.93であるゴーダチーズを得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料チーズ類を、グリセリン溶液に接触させることにより、水分活性を0.3〜0.94としたことを特徴とするチーズ類。
【請求項2】
前記原料チーズ類と前記グリセリン溶液との接触は、塗布、噴霧、浸漬のいずれか1種以上により行われることを特徴とする請求項1記載のチーズ類。
【請求項3】
前記グリセリン溶液の濃度が、30%〜100%であることを特徴とする請求項1または2記載のチーズ類。
【請求項4】
原料チーズ類をグリセリン溶液に接触させることを特徴とするチーズ類の製造方法。
【請求項5】
前記グリセリン溶液のグリセリン濃度が30%〜100%であることを特徴とする請求項4記載のチーズ類の製造方法。
【請求項6】
30%〜100%濃度のグリセリン溶液を、チーズ類の水分活性が0.3〜0.94になるまで原料チーズ類に接触させることを特徴とする、チーズ類の製造方法。

【公開番号】特開2012−50375(P2012−50375A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−194642(P2010−194642)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(711002926)雪印メグミルク株式会社 (65)
【Fターム(参考)】