説明

テトラカルボン酸およびその酸二無水物の製造方法

【課題】従来技術におけるテトラカルボン酸テトラエステルの加水分解反応速度が低いという問題点を解決し、効率のよいテトラカルボン酸の製造方法、およびテトラカルボン酸二無水物の製造方法を提供すること。
【解決手段】メカノケミストリーを利用した加アルカリ分解により、テトラカルボン酸エステルの加水分解反応を従来にない高い反応速度にて進行せしめる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テトラカルボン酸およびその酸二無水物の効率的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テトラカルボン酸およびその酸二無水物は、ポリイミド樹脂の原料あるいはその中間体、エポキシ樹脂の硬化剤などに使用される工業的に有用な化合物である。特に嵩高い脂環式構造を有するテトラカルボン酸およびその酸二無水物は、溶媒に対する溶解性に優れ、かつ耐熱性を有するポリイミド樹脂の原料あるいはその中間体として重要である。このテトラカルボン酸およびその酸二無水物は、種々の構造および製造方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1にはテトラシクロ〔6.2.1.1.02.7 〕ドデカ−4.5.9.10−テトラカルボン酸およびその酸二無水物の製造方法が提案されている。この製造方法は、テトラシクロドデカジエンにアルコール溶媒中でパラジウム触媒の存在下、一酸化炭素を反応させることによりテトラシクロ〔6.2.1.1.02.7 〕ドデカ−4.5.9.10−テトラカルボン酸エステルを合成し、これを酸または塩基触媒の存在下に加水分解して相当するテトラカルボン酸を得るものである。さらに、このテトラカルボン酸を加熱または脱水剤との反応により酸二無水物を得ることができる。しかしこの方法では、テトラカルボン酸テトラエステルを、酸または塩基触媒の存在下に加水分解してテトラカルボン酸を得る工程において、反応速度が極めて低く、効率の面で実用的な方法とはいえないという問題があった。
【0004】
また特許文献2には、テトラカルボン酸テトラエステル類を低級カルボン酸中で加熱することにより、テトラカルボン酸二無水物を製造する方法が開示されている。この方法は、前記の方法に比較して、エステルから1工程で酸二無水物が得られるという特徴を有するが、やはり反応速度が遅く、実用性という観点で問題があった。
【特許文献1】特開平2−235842号公報
【特許文献2】特開平5−140141号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記従来技術の問題点を背景になされたものであり、メカノケミストリーを利用した加アルカリ分解により、テトラカルボン酸テトラエステルの加水分解反応を従来にない大きな反応速度にて進行せしめることにより、経済的効果の極めて優れたテトラカルボン酸の製造方法およびテトラカルボン酸二無水物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
即ち本発明の第1は、下記一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルを、固体状の塩基と機械的エネルギーの付与により混合、接触させ加アルカリ分解せしめる工程を含むことを特徴とするテトラカルボン酸の製造方法である。
【化2】

(式(1)中、R1は2対の隣接する炭素原子上に結合手を有する4価の有機基を、R2〜R5は互いに同一または異なる炭素数1〜6のアルキル基を示す。)
【0007】
本発明の第2は、前記本発明の第1に記載の方法で製造されるテトラカルボン酸を加熱して脱水閉環することを特徴とするテトラカルボン酸二無水物の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、テトラカルボン酸テトラエステルの加水分解反応が従来にない高い反応速度にて進行し、経済的効果の極めて優れたテトラカルボン酸の製造方法およびテトラカルボン酸二無水物の製造方法を提供することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のテトラカルボン酸の製造方法に原料として用いる、一般式(1)で表されるテトラカルボン酸テトラエステルを構成するR1 は、2対の隣接する炭素原子上に結合手を有する4価の有機基である。即ち、R1に結合する4個のアルコキシカルボニル基は、R1中の2対の隣接する炭素原子に各1個ずつ結合している。このR1 の具体例としては、好ましくは下記一般式(2)〜(5)で表される有機基が挙げられる。
【0010】
【化3】

【0011】
【化4】

【0012】
【化5】

【0013】
【化6】

【0014】
また、前記一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルを構成するR2〜R5は、互いに同一または異なる炭素数1〜6のアルキル基である。R2〜R5の具体的な例としては、メチル基、エチル基、直鎖型または分岐型のプロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基などである。特にメチル基、エチル基などの低級アルキル基が好ましい。
【0015】
前記一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルの製造方法は特に限定されず、適宜の方法が利用される。例えば前記の特許文献1に記載の方法が好ましく利用される。
【0016】
次に、一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルを、固体状の塩基と機械的エネルギーの付与により混合、接触させ加アルカリ分解せしめる工程について説明する。
【0017】
テトラカルボン酸テトラエステルと水から、酸または塩基触媒の存在下に加水分解してテトラカルボン酸を得る従来の反応は反応速度が低く、4個のアルキルオキシカルボニル基全てをカルボキシル基とするテトラカルボン酸の製造方法として効率が悪く、実用性に欠ける。本発明は、固体状のテトラカルボン酸テトラエステルを、固体状の塩基と機械的エネルギーの付与により混合、接触させる、所謂メカノケミストリーを利用した加アルカリ分解の工程を含むことにより、従来の方法に比較して高い反応速度、優れた効率で加水分解を進行せしめることを特徴とする。
【0018】
一般的にメカノケミストリーとは、セラミックス等の分野において、固体原料に機械的エネルギーを付与し、これを固相化学反応に利用するものである。具体的には、固体原料を粉砕、すり潰し等による微粉化、混合により、原料間の接触効率を高め、あるいは格子欠陥の発生等を利用して、通常では進行しにくい固相反応を効率的に行うものである。機械的エネルギーに代えて超音波のエネルギーを利用することもある。本発明は、このメカノケミストリーの手法をテトラカルボン酸テトラエステルの加アルカリ分解に利用したものであり、これにより効率的にテトラカルボン酸を製造することができる。
【0019】
本発明において用いる固体状の塩基は、カルボン酸エステルの加アルカリ分解が可能なものであれば特に限定されないが、特に水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物が好適に用いられる。これらの固体状の塩基は通常ペレット状のものとして供給される。使用する塩基の量は、テトラカルボン酸テトラエステルに対しモル比で4.0〜10倍、好ましくは4.2〜6.0倍である。前記下限未満の場合には、加アルカリ分解が十分に進行しない恐れがあり、また前記上限を超える場合には、不要な過剰の塩基を使用することとなり、さらには後の工程で中和に要する酸の量が増大することから好ましくない。
【0020】
一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルを、固体状の塩基と機械的エネルギーの付与により混合、接触させ加アルカリ分解せしめる工程は、通常、固体状のテトラカルボン酸テトラエステルと固体状の塩基とを、好ましくは固体の粉砕、せん断(すり潰し)、混合の作用を有する機械設備に供給することによって実施される。この工程に使用される機械設備は、前述の作用を有するものであれば特に限定されるものではないが、特にすり潰し作用により、固体を微粉化可能なものであることが好ましい。具体的な例としては、セラミックス製、ステンレススチール製などの球体が多数充填されたボールミル、その他の粉砕機などが好ましく用いられる。また、せん断効果のある形状を有する撹拌翼をもつ撹拌装置付きの槽型反応装置、ニーダー型の混合機等も使用することができる。これらの機械設備は、強塩基およびカルボン酸を扱うことから、これらの物質に対する耐食性を有するものであることが好ましい。また、この機械設備は、加熱あるいは冷却が可能であり、所定の温度にて運転できるものであることが、さらに好ましい。
【0021】
一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルと固体状の塩基とを、前記の機械設備にて機械的エネルギーを付与し、微粉化、混合することにより、両原料の接触を密にすることで、テトラカルボン酸テトラエステルの加アルカリ分解が速やかに進行する。前記機械設備の運転条件(温度、時間、負荷エネルギー等)は、使用する機械設備の仕様等により、適宜選択し得る。
【0022】
加アルカリ分解は、前記機械設備において終了してもよいし、前記機械設備による粉砕、せん断、混合の後に、固体状のテトラカルボン酸テトラエステルと固体状の塩基の混合物を前記機械設備より取り出し、加熱可能な容器に移し、加熱により加アルカリ分解反応を更に進行させてもよい。この場合の加熱温度は、50〜250℃の範囲が好ましい。前記下限未満の温度では、加アルカリ分解の促進効果が小さく、前記上限を超える温度では、加アルカリ分解以外の分解等副反応が生じ易くなるので好ましくない。また加熱時間は、温度等の条件により変化するが、例えば1〜10時間程度が好ましい。
【0023】
次に、加アルカリ分解に供したテトラカルボン酸テトラエステルと塩基との混合物を、好ましくは一旦常温付近まで冷却した後、これに適宜の量の水を加え、再び加熱して好ましくは環流する。その時間は特に限定されないが、0.5〜6時間が好ましい。
【0024】
前記反応物を再度常温付近まで冷却後、これに酸、好ましくは塩酸を加え、反応物を含む液を酸性とする。生成するテトラカルボン酸が酸性水溶液に不溶の場合は、析出する生成物をろ過等の方法により分離、採取し、希酸、好ましくは希塩酸により洗浄し、さらに乾燥することにより目的のテトラカルボン酸が得られる。また、テトラカルボン酸が酸性水溶液に可溶の場合は、水に不溶な溶媒にて抽出し、希酸による洗浄、脱水、乾燥することにより、目的のテトラカルボン酸が得られる。得られたテトラカルボン酸は、さらに再結晶等の公知の方法により、精製を行ってもよい。
【0025】
以上のようにして製造されるテトラカルボン酸の具体例を、下記式(6)〜(8)にて表される構造により示す。
【0026】
【化7】

【0027】
【化8】

【0028】
【化9】

【0029】
上記のようにして得られたテトラカルボン酸を、脱水閉環することにより相当するテトラカルボン酸二無水物が製造される。この反応には、公知の方法が利用される。例えば無水酢酸等の脱水剤と加熱することにより目的の酸二無水物を得ることができるが、減圧下または不活性気体雰囲気下に加熱する方法が簡便で好ましい。加熱による方法において、加熱温度は120〜250℃が好ましい。前記下限未満の温度においては、効率よく脱水閉環反応が進行せず、また前記上限を超える温度においては、脱水閉環反応以外の副反応が優勢となることから好ましくない。加熱時間は温度により変化するが、例えば0.5〜8時間が好ましい。得られたテトラカルボン酸二無水物は、さらに再結晶等の公知の方法により、精製を行ってもよい。
【0030】
以上のようにして製造されるテトラカルボン酸二無水物の具体的な例を挙げるならば、下記式(9)〜(11)で表される構造の化合物などである。
【0031】
【化10】

【0032】
【化11】

【0033】
【化12】

【実施例】
【0034】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]
下記式(12)で表される粉末状の化合物1 1.02g(3.1mmol)と水酸化カリウムのペレット 0.86g(15.3mmol)を乳鉢に入れて約10分間よくすり潰した。この際に発熱が観察され、加アルカリ分解反応が進行していることが伺われた。これを容量100mlのナス形フラスコに入れて直管、L字管を取り付け、オイルバスで約200℃で4h加熱した。これを一旦室温まで冷却し蒸留水3mlを加えて直管をアリーン冷却管に付け替え約120℃で2h加熱還流した。冷却後、これに濃塩酸1.25mlを加え完全に酸性にした。析出した固体をろ別し、希塩酸により洗浄した。さらに減圧乾燥することにより、前記式(6)で表される淡褐色固体の化合物2を、収量0.68g(2.5mmol)、収率80%にて得た。得られた生成物のフーリエ変換赤外線吸収(FT-IR)スペクトル(図1)には、カルボン酸のC=O伸縮振動(1702cm-1)が見られ、エステルのC=O伸縮振動(1722cm-1)が確認できないことから完全に加水分解反応が進行していた。またNMRによりこの構造を確認した。
【0036】
【化13】

【0037】
[実施例2]
実施例1で得られた化合物2 0.68g(2.5mmol)をガラス製昇華精製装置に入れ、減圧下に250℃、2.5h加熱して脱水閉環反応を行った結果、前記式(9)で表される白色固体の化合物3を、収量0.30g(1.3mmol)、収率51%にて得た。得られた生成物のFT-IRスペクトル(図2)には、酸無水物のC=O伸縮振動(1852、1775cm-1)が見られ、カルボン酸のC=O伸縮振動(1702cm-1)が確認できないことから完全に脱水閉環反応が進行していた。またNMRによりこの構造を確認した。
【0038】
[比較例1]
前記化合物1 2.04g(6.2mmol)、水酸化カリウム1.72g(30.6mmol)および蒸留水2.0mlを容量100mlのナス型フラスコに入れ、これを油浴中で加熱還流を行った(120℃、2h)。室温まで冷却後、反応溶液を完全に酸性にするために濃塩酸5mlを加えた。析出した固体をろ別し、希塩酸により洗浄した。さらに減圧乾燥することにより、白色固体1.1gを得た。得られた生成物のFT-IRスペクトル(図3)には、カルボン酸のC=O伸縮振動(1702cm-1)に加え、エステル結合のC=O伸縮振動(1722cm-1)がショルダーピークとして確認できることから、完全に加水分解が進行していないことが判った。
【0039】
[実施例3]
前記化合物1に代えて、下記式(13)で表される粉末状の化合物4 1.35g(3.1mmol)を用いた以外は実施例1と同様の操作により、前記式(7)で表される淡褐色の固体の化合物5を収量0.94g(2.5mmol)、収率80%にて得た。得られた生成物のFT-IRスペクトルには、実施例1の場合と同様に、カルボン酸のC=O伸縮振動が見られ、エステルのC=O伸縮振動が確認できないことから、完全に加水分解反応が進行していた。またNMRによりこの構造を確認した。
【0040】
【化14】

【0041】
[実施例4]
化合物2に代えて、実施例3で得られた化合物5 0.94g(2.5mmol)を用いた以外は実施例2と同様の操作により脱水閉環反応を行った結果、前記式(10)で表される白色固体の化合物6を、収量0.51g(1.5mmol)、収率60%にて得た。得られた生成物のFT-IRスペクトルには、実施例2の場合と同様に、酸無水物のC=O伸縮振動が見られ、カルボン酸のC=O伸縮振動が確認できないことから、完全に脱水閉環反応が進行していた。またNMRによりこの構造を確認した。
【0042】
以上のように、固体状のテトラカルボン酸テトラエステルと固体状の塩基とを、機械的エネルギーの付与により微粉化し、混合、接触させ加アルカリ分解せしめる工程を含むことにより、従来の塩基水溶液を用いた加水分解に比較して、効率よくテトラカルボン酸が得られることが判った。
【0043】
また、上記の方法により製造されたテトラカルボン酸を加熱処理することにより、容易に相当する酸二無水物が得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、テトラカルボン酸テトラエステルが従来の方法に比較して効率的に得られ、経済的効果の優れたテトラカルボン酸の製造方法およびテトラカルボン酸二無水物の製造方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例1の生成物のフーリエ変換赤外吸収(FT−IR)スペクトル
【図2】実施例2の生成物のフーリエ変換赤外吸収(FT−IR)スペクトル
【図3】実施例3の生成物のフーリエ変換赤外吸収(FT−IR)スペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される固体状のテトラカルボン酸テトラエステルを、固体状の塩基と機械的エネルギーの付与により混合、接触させ加アルカリ分解せしめる工程を含むことを特徴とするテトラカルボン酸の製造方法。
【化1】

(式(1)中、R1は2対の隣接する炭素原子上に結合手を有する4価の有機基を、R2〜R5は互いに同一または異なる炭素数1〜6のアルキル基を示す。)
【請求項2】
請求項1で得られるテトラカルボン酸を加熱して脱水閉環することを特徴とするテトラカルボン酸二無水物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−201719(P2008−201719A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−39543(P2007−39543)
【出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】