説明

テトラチアフルバレン誘導体、および、それを用いた電子デバイス

【課題】トランジスタ、太陽光の電気変換素子、電界発光素子等の有機電子デバイスの応用に適した有機材料及びデバイスを提供する。
【解決手段】テトラチアフルバレン(TTF)分子を中心骨格として、2位と3位が同じ電子受容基で置換され、6位と7位が同じ電子供与基で置換された、TTF誘導体が提供され、それは、トランジスタ、太陽光の電気変換素子、電界発光素子等の有機電子デバイスの応用に適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランジスタ、太陽光の電気変換素子、電界発光素子等の有機電子デバイスの応用に適した有機材料及びデバイスに関わる。特に、有機トランジスタ及び太陽電池に用いられるテトラチアフルバレン(TTF)誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
有機分子材料を用いた電子デバイス応用として、薄膜トランジスタ、有機薄膜太陽電池、及び有機電界発光素子等がある。ポリアセチレンを用いた有機トランジスタ(特許文献1)、電子供与性薄膜と電子受容性薄膜を接合した太陽電池(特許文献2)、有機薄膜電界発光素子等(特許文献3)を例としてあげることができる。ここに列挙されるように、デバイス応用に対応して、有機分子が多種多様に創出されている。
【0003】
有機半導体材料としてチオフェン系及びアセン系が特によく知られているが、テトラチアフルバレン(TTF)系の材料及びデバイスが最近になって注目されつつある。
電気的に中性な分子(例えば、ナフタレンやアントラセン)を凝集させて、電気的に絶縁性の結晶や薄膜を形成できることが知られている。他方、電子供与性の分子と電子受容性の分子を組み合わせた場合、分子間に電荷移動が生じ、結晶状態で電気伝導性が高まることも知られている。特に、TTF分子はテトラシアノキノジメタン(TCNQ)分子との組み合わせにおいて、TTF分子は電子供与性の性質があり、TCNQ分子は電子受容性の性質をもち、両者の錯化合物は低次元の錯体構造を形成して、高い電気伝導性を限られた温度領域で示すことが知られている。更に、TTF分子とTCNQ分子の間に電気絶縁性の分子(アダマンタン)を挿入した分子整流素子が提案されている(非特許文献1)。
【0004】
TTF分子の硫黄原子をセレン原子に置換し、更に、四つの水素原子をすべてメチル基に置換した分子(TMTSF)は、単結晶薄膜状態において、電界効果型トランジスタの作用が報告されている。室温の単結晶薄膜試料を用いて、ホール移動度として0.2cm2/Vsという比較的高い値が発表されている(非特許文献2)。
【0005】
TTF分子の両端にチオフェン環やベンゼン環を導入したTTF誘導体の単結晶を有機半導体層とするトランジスタも発表されている(非特許文献3)。ジチオフェン-TTF及びジベンゾ-TTFは、単結晶状態で、移動度(cm2/Vsを単位として)がそれぞれ、1.4及び0.1-1と報告されている(非特許文献3)。更に、TTF分子の両端にビフェニルを導入したDBP−TTF分子を用いた真空蒸着膜では、ホール移動度0.11 cm2/Vsが得られている(非特許文献4)。
【0006】
TTF分子の誘導体として、シアノ基を導入し、かつ、アルキル基も導入して、電界効果型有機トランジスタが発表されており(非特許文献5)、更に、最近ではTTF分子を骨格として、ハロゲンを有するピラジン環を導入した誘導体は、有機半導体材料では数少ないn型半導体特性を示し、かつ、電界効果型トランジスタ作用も有することが示されている(非特許文献6)。
【0007】
TTF分子の電子供与性を低減するために、電子吸引性の置換基(シアノ基、ハロゲン基等)をTTF分子内に導入することは既に公知である(非特許文献7)
【特許文献1】特開昭58-114465号公報
【特許文献2】米国特許第4164431号明細書
【特許文献3】米国特許第4356429号明細書
【非特許文献1】A. AviramおよびM.A. Ratner, Chemical Physics Letters, 29(1974)277,
【非特許文献2】M.-S. Nam, et al., Applied Physics Letters, 83(2003)4782
【非特許文献3】M. Mas-Torret, et al., Applied Physics Letters, 86(2005)012110
【非特許文献4】B. Noda, et al., Chemistry Letters, 34(2005)392
【非特許文献5】M. Katsuhara, et al., Synthetic Metals, 149(2005)219
【非特許文献6】Naraso, et al, Journal of the American Chemical Society, ja0630083 (Published on Web 07/07/2006)
【非特許文献7】笛野、ほか、第64回応用物理学会学術講演会 講演予稿集、1p−S−1 題目 オリゴアセン、TTF置換体のHOMO−LUMOエネルギーギャップの分子設計(発表日:2003年9月1日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
TTF分子は電子供与性が高く、空気中の酸素分子と反応して、酸化されるので、空気中で不安定である。この性質のため、有機トランジスタ等の応用目的でデバイスを試作しても、プロセスダメージを受け易く、高いデバイス性能を期待できない。更に、デバイスの試作後において、酸素や水分の影響を受け易いので、デバイス特性が経時的劣化し易い。従って、電子供与性が高い分子素材を用いると、デバイス試作の歩留まり低下が発生し易い課題がある。また、そのデバイスを用いた商品化を行うと、市場における品質不良の問題が発生する恐れがある。
【0009】
非特許文献2におけるTMTSF分子は、この分子内に電子供与性であるメチル基が四つ導入されており、TMTSF分子の電子供与性は、メチル基導入前と比べて高いと予測される。従って、TMTSF分子は空気中の酸素分子によって酸化され易い。単結晶状態で電界効果トランジスタ作用が発現しているが、実用化プロセスとして真空蒸着法を用いると、得られる有機薄膜が通常多結晶状態となり、その表面積が単結晶状態より大きくなるので、次のステップとして真空操作を用いない試作プロセスでは、TMTSF分子は空気中の酸素分子や水分子の影響を受け易い。
【0010】
非特許文献3におけるTTF誘導体はそれぞれの分子中心に対称中心があり、分子全体としては双極子モーメントを持っていない。また、これらの誘導体を含むクロロベンゼン溶液をトランジスタのソースとドレイン間に滴下して、溶媒をゆっくり蒸発させ、生成した長い板状の単結晶が前記ソースとドレイン電極と接触したときに、トランジスタ特性がはじめて観察されており、デバイス試作の再現性(歩留まり)の点で課題である。また、ゲート電圧を印加しないときでも、ソースとドレイン間に電流が流れているので、トランジスタのスイッチング特性のひとつである高いオン/オフ電流比が得られない課題もある。従って、ゲート電圧が印加されていないとき、電流がほとんど流れないような電気絶縁性がこれらのTTF誘導体薄膜に望まれる。他方、非特許文献4では、トランジスタの閾値電圧が50V以上あり、低消費電力デバイスを実現し難い。
【0011】
非特許文献5では、TTF分子に電子吸引性置換基としてよく知られたシアノ基を導入したTTF誘導体が検討されている。ここでシアノ基の期待されている導入効果としては、薄膜トランジスタのソースとドレイン電極間の電気絶縁層として用いられている二酸化珪素と有機半導体層の密着性向上にあった。更に、シアノビフェニル系液晶材料における液晶相の分子秩序性の生成によるキャリア移動度の向上が期待されていた。トランジスタの性能は半導体薄膜の移動度に強く依存することは、シリコン半導体においてもよく知られており、有機トランジスタの移動度を高めるために、有機薄膜の平坦性や分子間電荷移動の形成は重要と思われる。しかし、液晶配向性を期待して、炭素数6個以上のアルキル基を1個導入すると、アルキル基の電気絶縁性のため、半導体層中のキャリアの移動度の向上に必ずしも寄与しないと予測される。炭素数6のC6EDT−TTF-DC薄膜の移動度は0.02-0.007 cm2/Vsであり、かならずしも高いと言えない値であり、液晶ディスプレイに実用化されているアモルファスシリコンTFT(薄膜トランジスタ)のそれよりも低い。
【0012】
非特許文献6ではTTF分子の両端にキノキサリン環を導入し、更にハロゲン元素を導入したTTF誘導体の可能性を検討している。確かに、オン/オフ比の向上が見られるが、閾値電圧の絶対値は33〜52Vであり、消費電力の点で実用化は困難である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は上記の課題を解決すべく、鋭意努力した結果得られたものである。
本発明によれば、次式:
【化1】

(式中、Xは電子受容基であり、Yは電子供与基である)
で表されるTTF誘導体が提供される。
【発明の効果】
【0014】
TTF分子にシアノ基を2個導入して、更に、チオアルキル基を2個導入することにより得られた半導体層を備える、電界効果型トランジスタは、トランジスタ動作を確認できた。用いたTTF誘導体は、チオアルキル基の長さに依存せず、HOMOとLUMOのレベルはほぼ同一であることをサイクリック・ボルトノグラムからも確認できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
TTF誘導体分子を含む有機層におけるキャリア移動度を高めるために、TTF分子が本来有している電子供与性(低いイオン化ポテンシャル)に基づく分子間凝集力に注目する。ところが、電子供与性が高いと空気中の酸素分子によって酸化され易いので、TTF誘導体分子のHOMO(最高占有分子軌道)及びLUMO(最低非占有分子軌道)のエネルギーレベルを下げることが必要である。このため、シアノ基2個をTTF分子に導入して、TTF誘導体分子に双極子モーメントを持たせた。平面構造のTTF分子にチオフェン環、ベンゼン環、ピラジン環等の大きな分極率を有する平面状分子構造を採用すると、誘導体分子面の重なりが促進され、電界効果トランジスタ応用ではゲート電圧を印加しないでも、ソース-ドレイン電極間をキャリアが流れ、スイッチング特性は向上しないと予測される。
【0016】
本発明では、平面状分子間の四重極子相互作用やファンデルワールス力以外に、分子間力として双極子相互作用を積極的に利用しようとしている点で非特許文献(3,4,5,6)とは異なるアプローチである。この相互作用をTTF誘導体分子間に導入できると、該分子同士は、分子の頭-尾の線形配置がエネルギー的に安定となり、電荷移動による分子間力やファンデルワールス力による分子間力を低減することが期待される。
有機分子を利用した電子デバイスを考える上で、キャリアの移動度以外にキャリアの注入や収集がもうひとつの重要な要素である。すなわち、用いる分子のHOMOとLUMOのレベルがデバイスに使用される電極の仕事関数に近いことが重要である。電極としては、透明電極材料ITO(仕事関数 約4.8 eV)、アルミニウム(仕事関数 約4.3 eV)等の低コストで利用できる電極材料種が望ましい。
HOMOとLUMOの差は分子の光学吸収スペクトル波長に関係し、太陽電池応用を考慮すると、1.2〜1.6eVの範囲が好ましい( C. H. Henry, Journal of Applied Physics, 51(1980)4494参照)。
【0017】
本発明において、電子受容基としては、シアノ基が挙げられる。
【0018】
一方、電子供与基としては、式RS−基(ここで、Rは直鎖状アルキル基である)で表される直鎖状チオアルキル基が挙げられ、その中でも、好ましくは1〜10、より好ましくは1〜6の炭素原子を有するチオアルキル基(例えば、メチルチオ、エチルチオ、n-プロピルチオ、n-ブチルチオ、n-ペンチルチオまたはn-ヘキシルチオ基)である。
【0019】
本発明の化合物は新規であり、例えば、2位と3位に電子受容基としてシアノ基、6位と7位に互いに独立した同じ電子供与基を有するテトラチアフルバレンは、次のようにして製造される。
すなわち、2位と3位が変換された対応するメチルエステル体を出発物質とし、それを反応に影響を及ぼさない溶媒(好ましくは、テトラヒドロフラン(THF))中、室温においてアンモニア水溶液で処理して対応する酸アミドとし、それを反応に悪影響を及ぼさない溶媒(好ましくは、ジメチルホルムアミド(DMF))中、室温においてチオニルクロライドまたは酸クロライド(好ましくは、オキサリルクロライド)で処理することにより、2位と3位にシアノ基を導入することができる。
【0020】
本発明のTTF誘導体は、電界効果トランジスタ、太陽電池等の有機電子デバイスの半導体層材料として使用できる。
本発明において、多種多様な有機分子種の候補から、所望の分子特性を抽出するため、分子設計を最初に行い、候補となる分子を合成し、材料評価すると共に、薄膜を形成し、デバイス特性を評価した。
【0021】
有機電界効果トランジスタの構造としては、例えば、
(1)基板上にゲート電極、ゲート絶縁膜及びソース/ドレイン電極をこの順で備え、ソース/ドレイン電極間のゲート絶縁膜上に有機膜を備えた構成
(2)基板上に有機膜とソース/ドレイン電極をこの順で備え、ソース/ドレイン電極間の有機膜上にゲート絶縁膜及びゲート電極をこの順で備えた構成
(3)基板上にゲート電極、ゲート絶縁膜、有機膜及びソース/ドレイン電極をこの順で備えた構成
(4)基板上にソース/ドレイン電極を備え、ソース/ドレイン電極を覆うように有機膜及びゲート絶縁膜をこの順で備え、ゲート絶縁膜上にゲート電極を備えた構成
が挙げられる。
【0022】
以下、本発明の有機電界効果トランジスタの構成要素を具体的に説明する。
(ゲート、ソース/ドレイン電極)
ゲート電極材料は、特に限定されず、当該分野で公知の材料をいずれも使用できる。具体的には、金、白金、銀等の比較的仕事関数の高い金属材料を挙げることができる。また、有機半導体層材料とは直接接触しないので、形成・加工工程が良く知られたアルミニウムやタンタル等公知の金属材料も挙げるとこができる。更に、p型又はn型ハイドープシリコンをゲート電極に使用できる。
ソース/ドレイン電極材料は本発明のTTF誘導体のHOMOやLUMOレベルに近い材料を使用できる。HOMOレベルに近い材料として、具体的には、金、白金、銀等の比較的仕事関数の高い金属、ITO(無機系)やPEDOT:PSS(有機系)の透光性かつ誘電性の材料を挙げることができる。他方、LUMOレベルに近い材料としてはアルミニウム金属及びそのネオジウム合金等を挙げることができる。
膜厚は、特に限定されるものではなく、通常トランジスタに使用される膜厚(例えば金属電極の場合は30〜200nm)に適宜調整することができる。これら電極の製造方法は、電極材料に応じて適宜選択できる。例えば、蒸着、スパッタ、塗布等が挙げられる。
【0023】
(ゲート絶縁膜)
ゲート絶縁膜の材料は、その誘電率が高く、薄膜形成においてピンホールのないものが好ましい。なぜなら、誘電率が高いと電界効果型トランジスタの閾値を低くできる。また、絶縁膜の膜厚が薄いほど、閾値電圧を低減できるからである。ところが、ピンホールがあると、ゲート絶縁膜の機能が低下し、電界効果トランジスタ機能の創出が困難となる。好適な具体例としては、シリコン酸化膜、シリコン窒化膜、パリレン膜、ポリビニルフェノール膜等が挙げられる。膜厚は、トランジスタの閾値電圧を低減するために、通常300nm以下が好ましい。シリコン酸化膜や窒化膜の場合、その表面をシランカップリング剤で処理することによって、ゲート絶縁膜上に形成される有機薄膜の結晶グレインを大きくする効果が期待できる。これによって、高い移動度が期待できる。
膜厚は、特に限定されるものではないが、単位面積あたりの静電容量が大きいほど好ましい。
ゲート絶縁膜の製造方法は、その種類に応じて適宜選択できる。例えば、蒸着、スパッタ、塗布等が挙げられる。
【0024】
(有機膜)
有機膜材料としては、TTF誘導体を使用できる。この製膜法としては、真空蒸着法による比較的低コストの膜形成法を利用可能である。更に、TTF誘導体が溶媒に可溶となれば、一層低コストの薄膜形成法である浸漬、キャスト、スピンコート法等を挙げることができる。
【0025】
(有機薄膜形成法)
前記の製膜法の定義を下記に示す。
蒸着法は、原料を真空中にて加熱することにより蒸気とし、それを所望の領域に堆積させる方法であり、例えば有機半導体材料の場合には、抵抗加熱による蒸着法が使用できる。
浸漬法は、単に溶液に基板を漬け込み、取り出すことにより膜を形成する方法を意味する。
キャスト法は、所望の領域に対して原料を含む溶液を滴下、乾燥することにより膜を形成する方法を意味し、インクジェットも含まれる。
スピンコート法は、原料を含む溶液を、回転装置内の回転部分に固定した基板上に滴下、乾燥することにより膜を形成する方法を意味する。
【0026】
また、有機電界効果トランジスタの製造方法としては、例えば、
(1)基板上にゲート電極を形成する工程と、該ゲート電極上にゲート絶縁膜を形成する工程と、該ゲート絶縁膜上に有機膜を形成する工程と、該有機膜を形成する工程前もしくは後にソース/ドレイン電極を形成する工程とを含む
(2)基板上にソース/ドレイン電極を形成する工程と、該ソース/ドレイン電極を形成する前もしくは後に有機膜を形成する工程と、該有機膜上にゲート絶縁膜を形成する工程と、該ゲート絶縁膜上にゲート電極を形成する工程とを含む
方法が挙げられる。
【0027】
有機太陽電池の構成としては、一対の電極間に、TTF誘導体をp型半導体層とし、C60 またはフッ素化したフタロシアニンをn型半導体層とするpn接合を有する構成が挙げられる。
アノード電極材料としては、透明電極であるITOまたはPEDOT:PSSを使用でき、カソード電極材料としては、銀またはアルミニウムを使用できる。
【0028】
(実施形態1)
TTF誘導体分子のHOMOとLUMOのレベルを算出するため、Xα法(6−31G*基底)と構造最適化を合わせて行った。比較のため、アセン系分子とTTF分子の結果も含めて以下の表1に記載した。表1の最後の欄における1/2(LUMO+HOMO)は対象分子からなる有機薄膜のフェルミレベルに相当し、補正を行った値には(補正)と記した。対象としたTTF誘導体(1から12)の分子構造を図1にまとめる。特に、今回、合成した試料については試料番号の次に括弧の中に略称を記載している。
【0029】
【表1】

【0030】
TTF誘導体3は、TTF分子にシアノ基を2個導入した誘導体であり、HOMOとLUMOの差が1.4 eVであるから、太陽電池応用に特に適している。また、HOMOレベルが設計分子1から6までの中で一番低く、酸化され難いと期待できる。更に、HOMOの値はほぼ-4 eVとなり、透明電極ITO(仕事関数は約4.8 eV)や金電極(仕事関数は約5.2 eV)を用いると、ホール注入が容易となると期待される。尚、TTF誘導体1から6までの分子設計結果は本発明者の一部から既に、学会発表が行われている(非特許文献7)。設計分子8から12は、TTF分子の2と3位にシアノ基を導入して、6位と7位にチオアルキル基を導入したTTF誘導体であり、これらのHOMOとLUMOのレベル差が、チオアルキル基の長さに依存せず、ほぼ1.35 eVであり、HOMOレベルはその絶対値が4 eV以上となることが分った。
【0031】
(実施形態2)
実施形態1において、有望と思われたCNET-TTFとCNTM-TTFの合成とデバイス検討結果を以下に示す。これらの試料の合成スキームは図2にまとめる。出発物質のメチルエステルを室温においてアンモニア水溶液で処理して、酸アミドを合成し、チオニルクロライドを用いて、TTF誘導体にシアノ基を2個導入した。今回合成したCNTM-TTF(BTCn-CN-TTFの表記におけるn=1に相当)は黒紫色結晶であり、吸湿性もなく、空気中における試料の扱いで、劣化することはなく、安定な化合物であった。また、通常の溶媒(例えば、クロロホルムやベンゾニトリル等)にも可溶であった。
合成された試料の吸収スペクトル(吸収ピーク波長λmaxとモル吸光係数ε)及びサイクリックボルタノグラムによる評価結果を以下の表2にまとめる。
【0032】
【表2】

【0033】
評価用トランジスタは次のようにして製造した。
シリコン基板10上に、膜厚100nmのアルミニウムを蒸着し、その後光リソグラフィー法を用いてパターン形成して、ゲート電極11を作製した。次いで、CVD法により膜厚200nmの窒化シリコン膜を形成して、ゲート絶縁層12を作製した。次いで、チタン蒸着(膜厚50nm)後金を蒸着(膜厚200nm)し、その後光リソグラフィーを用いてパターン形成を行い、ドレイン電極14とソース電極15を作製し、次いで、必要に応じて、ODS(オクタデシルトリメトキシシラン)を用いて、表面処理を施しチャンネル部13を形成することにより、ソースとドレイン電極間の距離であるチャンネル長や電極幅であるチャンネル幅を変えたユニットを基板上に形成した。次いで、スピンコート法または真空蒸着法により有機膜16を形成した。
【0034】
CNET-TTF及びCNTM-TTFの有機膜は次のようにして形成して、評価を行った。
吸湿性のない、黒紫色の粉末結晶であるCNET-TTF及びCNTM-TTFを真空チャンバー中で加熱蒸発させ、所定のソース及びドレイン電極をゲート絶縁層の窒化シリコン膜に形成したシリコン基板(室温)上に堆積(膜厚 150nm)させて、X線回折実験とトランジスタ特性評価実験を行った。図3に用いた評価用トランジスタの概念図を示す。
【0035】
X線回折実験結果を表3にまとめる。
【表3】

【0036】
CNET-TTFの場合は、ソースとドレイン間の中央部付近で微結晶グレインを電子顕微鏡(5万倍に拡大)で観察できたが、X線回折強度はCNTM-TTFに比べて低かったので、結晶性はCNTM-TTFに比べて劣るものと考えられる。絶縁膜(SiNx)の表面をシランカップリング処理(ODS処理)することによって、微結晶サイズの拡大と同時に基本面間隔の半分の値(表3を参照)も観測できた。他方、CNTM-TTFの場合、電子顕微鏡(5万倍に拡大)によって微結晶グレインを観察でき、絶縁膜の表面処理によって、CNET-TTFと同様に結晶グレインの拡大が観察された。X線回折では基本面間隔とその半分の値が明確に観察できた。ところが、同様の真空蒸着条件で形成されたペンタセン薄膜における微結晶グレインの繋がりに比べて、CNET-TTFとCNTM-TTFの微結晶グレインの繋がりは、電子顕微鏡観察の結果、疎であった。これら二つの試料を用いたトランジスタ特性を評価したところ、CNTM-TTFの場合、ソースドレイン電流はゲート電圧依存性を示し、p型半導体特性を示した。他方、CNET-TTFの場合、ゲート電圧特性を示さなかった。
【0037】
CNTM-TTFのクロロホルム溶液(2wt%)からスピンコート法により、製膜実験を行って、試作し、その特性を評価した。真空蒸着法は気相成長実験プロセスを経るので、作製コストがスピンコート法より高くなる傾向にあり、低コストプロセスであるスピンコート法を検討した。スピンコート法によって作製したCNTM-TTFの薄膜トランジスタTFT(チャンネル長L=30μm、チャンネル幅W= 3000μm)の特性を図4に示す。ソースドレイン電圧を高くしても飽和電流が観察できなかったが、ゲート電圧を負にして増大させると、ソースドレイン電流が増加している。即ち、p型半導体特性を示している。更に、真空蒸着法を用いて薄膜トランジスタ(CNTM-TTF蒸着膜の膜厚は50nm)を試作し、電気特性を評価した。ゲート絶縁膜を窒化シリコンから二酸化珪素膜(300nm)に変え、金電極を白金(膜厚200nm、下地にチタン金属層として50nm)に変えたこと以外は実施形態2と同じ構成のトランジスタ(チャンネル長 L=10μm、チャンネル幅 W= 3000μm)を試作し、トランジスタ特性を評価すると、ソースドレイン電流が飽和する挙動を確認できた(図5参照)。
以上から、6位と7位に互いに独立した同じ電子供与基を有するTTF誘導体が有用であることが分かる。
【0038】
(実施形態3)
実施形態1と2の結果を参照して、トランジスタ材料として有望と思われるBTC2-CN-TTF、BTC3-CN-TTF、BTC5-CN-TTF、BTC6-CN-TTFの合成とデバイス検討結果を以下に示す。
これらの試料の合成スキームを図6にまとめる。図2における合成スキームと同様に、出発物質のメチルエステル(ただし、BTC3-CN-TTFの出発物質であるテトラチアチアフルバレンのメチルエステルは、図6に示したように、チオケトン誘導体とケトン誘導体をトルエン中、トリエチルホスファイトを用いてカップリングすることにより合成した。)を酸アミドに変えた後に、酸クロライドを用いて室温で、所望のTTF誘導体を得た。今回合成したBTCn-CN-TTF(n=2,3,5,6)は黒紫色結晶であり、吸湿性もなく、空気中における試料の扱いで、劣化することはなく、安定な化合物であった。また、通常の溶媒(例えば、クロロホルムやベンゾニトリル等)にも可溶であった。
各試料の吸収スペクトル(吸収ピーク波長λmaxとモル吸光係数ε)及びサイクリックボルタノグラム(CV)による評価結果を以下の表4にまとめる。
【0039】
【表4】

【0040】
サイクリック・ボルトメトリーの結果、チオアルキル基の長さに依存せず、これらTTF誘導体は同じ酸化電位を与えた。このことから、これらの分子のHOMOとLUMOのレベルはチオアルキル基の長さに依存せず、ほぼ同一であることが分った。
これらの試料の融点は、走査型熱分析装置を用いて測定した。その結果を表5にまとめる。測定のための空気中における操作において、試料は吸湿性を示さず、黒紫色の微結晶のままであった。表5から明らかなように、これらの試料は液晶相を示さず、単一の融点を示した。また、チオアルキル基の側鎖が長くなると、単純に試料の融点は低下することも示している。
【0041】
【表5】

【0042】
特性評価用TFT(薄膜トランジスタ)は次のようにして製造した。
高密度ドープのn型シリコン基板22の上に、膜項300nmのシリコン熱酸化膜でゲート絶縁膜23を形成した。次いで、チタン蒸着(膜厚50nm)後金を蒸着(膜厚200nm)し、その後光リソグラフィーを用いてパターン形成を行い、ソース電極24とドレイン電極25を作製しすることにより、ソースとドレイン電極間の距離であるチャンネル長や電極幅であるチャンネル幅を変えたユニットを基板上に形成した。次いで、真空蒸着法により膜厚50nmの有機膜26を形成した。次いで、シリコン基板22の裏側の酸化膜をフッ酸処理で除去した後、アルミニウム薄膜21を真空蒸着法によって形成し、シリコンとアルミニウムのオーミック接触を図った。図7に用いた特性評価用TFTの概念図を示す。
【0043】
試料として、BTC5−CN−TTFを用いたTFT(薄膜トランジスタ)特性評価結果を図8に示す。チャンネル長は25 μmであり、チャンネル幅は1000 μmである。ドレイン電圧を負の一定値に保ち、ゲート電圧を負に印加すると、ソースとドレイン間の電流は増加しており、p型半導体としての電界効果を示した。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明における実施形態1に関わる設計対象の分子の構造図である。
【図2】本発明における実施形態2に関わるCNET-TTFとCNTM-TTFの合成経路の図である。
【図3】本発明における実施態様2に関わる特性評価用トランジスの概念図である。
【図4】本発明における実施態様2に関わるCNTM-TTFを用いたトランジスタ(スピンコート法による有機薄膜形成)特性の図である。
【図5】本発明における実施態様2に関わるCNTM-TTFトランジスタ(真空蒸着法による有機薄膜形成)特性の図である。
【図6】本発明における実施態様3に関わるBTC2-CN-TTF、BTC3-CN-TTF、BTC5-CN-TTF、及びBTC6-CN-TTFの合成経路の図である。
【図7】本発明における実施態様3に関わる特性評価用TFT(薄膜トランジスタ)の概念図である。
【図8】本発明の実施様態3におけるBTC5-CN-TTFを用いたTFT(薄膜トランジスタ)(真空蒸着法による有機薄膜形成)特性の図である。
【符号の説明】
【0045】
10:シリコン基板
11:ゲート電極 12:ゲート絶縁層
13:チャンネル部 14と15:ドレイン電極とソース電極
16:有機膜 21:ゲート電極
22:高密度ドープのn型シリコン基板
23:ゲート絶縁膜
24と25:ソースとドレイン電極
26:有機膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式:
【化1】

(式中、Xは電子受容基であり、Yは電子供与基である)
で表されるTTF誘導体。
【請求項2】
Xがシアノ基であり、Yが直鎖状のチオアルキル基である、請求項1に記載のTTF誘導体。
【請求項3】
基板、ゲート電極、ゲート絶縁膜、ソース電極、ドレイン電極及び有機膜を備え、有機膜が請求項1に記載のTTF誘導体を含む有機トランジスタ。
【請求項4】
請求項3に記載の有機トランジスタの作製方法であって、基板上にゲート電極を形成する工程と、ゲート電極上にゲート絶縁膜を形成する工程と、ゲート絶縁膜上にソース電極及びドレイン電極を形成する工程と、ゲート絶縁膜上に有機膜を形成する工程とを含む有機トランジスタの作製方法。
【請求項5】
請求項1に記載されたTTF誘導体を用いた有機太陽電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−94781(P2008−94781A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280137(P2006−280137)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】