説明

テラヘルツ分光装置

【課題】集光光学系の問題を解消し、測定のS/N比を改善して、従来の光学系に大きな変更を加えることなく、分光可能な測定周波数範囲を広げられるようにしたテラヘルツ分光装置を提供する。
【解決手段】テラヘルツ分光装置1は、第1反射部6と試料保持部7とアパーチャ20とを備える。第1反射部6は、シリコンレンズ5から送波されたテラヘルツ波を集光する。試料保持部7は、集光されるテラヘルツ波のビームラインの中心軸上に試料を保持する。アパーチャ20は、テラヘルツ波の光束の一部を通過させる開口が、開口中心でビームラインの中心軸に重なるように、第1反射部6と試料保持部7との間に配置される。テラヘルツ分光装置1は、試料を透過したテラヘルツ波を受波して、試料の分光解析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、テラヘルツ帯の電磁波を利用したテラヘルツ時間領域分光法(THz−TDS法)により試料の物性を解析するテラヘルツ分光装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
THz−TDS法の分光装置は、フェムト秒やピコ秒オーダーの短時間のパルスレーザ光に含まれる広い帯域の周波数成分を利用して試料の複素誘電率や複素屈折率などの物性解析を行う(例えば、非特許文献1参照。)。
【0003】
図1は、従来のTHz−TDS法の分光装置の構成例を示す図である。
【0004】
テラヘルツ分光装置101は、パルスレーザ光源102、ビームスプリッタ103,光導電性アンテナ104、シリコンレンズ105、第1反射部106、試料保持部107、第2反射部108、シリコンレンズ109、光導電性アンテナ110、光学遅延部111、直流電圧源112、チョッパ113、ロックインアンプ114、電流増幅器115、および解析部116を備える。
【0005】
パルスレーザ光源102は、数MHz周期でフェムト秒やピコ秒オーダーの短時間パルスとしてレーザ光を発光する。ビームスプリッタ103はパルスレーザ光を分岐する。光導電性アンテナ104は、ビームスプリッタ103で分岐された第1のパルスレーザ光を受光して、テラヘルツ帯の電磁波パルスをシリコンレンズ105から照射する。第1反射部106はシリコンレンズ105から放射された電磁波パルスを放物面鏡または楕円面鏡といった反射鏡によってコリメートする。試料保持部107は電磁波パルスのビームライン上に試料を保持する。第2反射部108は第1反射部106と対称に配置され、試料を透過した電磁波パルスをシリコンレンズ109に導光する。光導電性アンテナ110は、シリコンレンズ109に入射する電磁波パルスを、ビームスプリッタ103で分岐された第2のパルスレーザ光をプローブ光として検出する。光学遅延部111は光路長が可変な光学系からなり、第2のパルスレーザ光の伝搬時間をずらすことで、光導電性アンテナ110で時間掃引による信号検出を行う。電流増幅器115は、光導電性アンテナ110の出力を増幅する。ロックインアンプ114にはチョッパ113から入力される参照信号に基づいて電流増幅器115の出力信号の同期検波を行う。チョッパ113は同期検波のために、参照信号に基づき直流電圧源112から光導電性アンテナ104に供給する電圧を変調する。解析部116は、ロックインアンプ114の出力信号に基づいて電磁波パルスの時間波形全体を取得し、試料の透過スペクトルを解析する。
【非特許文献1】テラヘルツ技術総覧,NGT,2007,P106,P107,P406
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
テラヘルツ波の波長は赤外線とミリ波との中間に位置し、赤外線カメラなどを用いて可視化することができない。このため分光装置の光軸調整は、送波側と受波側の光導電性アンテナ104,110とシリコンレンズ105,109とを取り外してパルスレーザ光(例えば、波長800nmの赤色可視光)をそのまま光学系に照射し、パルスレーザ光が試料の位置で焦点を結ぶように第1反射部106と第2反射部108とを調整して行われる。しかし、実際に光導電性アンテナ104やシリコンレンズ105を装着するとフェムト秒パルスレーザ光での焦点位置とテラヘルツ波の焦点位置とが完全には一致しない。さらには、フェムト秒パルスレーザ光の波長(例えば800nm)に比べるとテラヘルツ波の波長は数百μmオーダーと極めて長く、また、テラヘルツ波の反射鏡やレンズでの波面の歪みにより、焦点位置で光束の位相が揃った完全なコヒーレント状態のテラヘルツ波を得ることは難しい。
【0007】
したがって、テラヘルツ分光装置の集光光学系では、実際には迷光が生じ易く、テラヘルツ波の完全な集光ビームを形成するのは困難であり、解析部で得られる透過スペクトルのうち正確な測定データとして取り扱えるスペクトル範囲がおのずと限定されてしまう。特に高周波側のスペクトルの測定データが正確な値から大きくずれてしまう。
【0008】
また、試料を極低温状態で解析する際には、図2(A)に示すようにクライオスタット117内に試料を配置することになる。クライオスタット117は、窓部117Aと真空室117Bと極低温室117Cとを備える。試料は極低温室117Cに配置され、窓部117Aを介してテラヘルツ波が試料に照射されることになる。窓部117Aには水晶やシリコンなどのテラヘルツ波に対して透明な材料が使用されるが、窓部117Aに対して傾斜して入射する光束の光路が窓部117Aでの屈折現象によってずれるため、テラヘルツ波の焦点位置が、試料の保持位置や受波側の光導電性アンテナの位置から外れる。したがって、クライオスタット117の挿入により、やはり測定精度が悪化する。
【0009】
図2(B)は、従来の集光型分光光学系において、通常透過測定時と、クライオスタット(窓材水晶、厚さ2mm、計4枚)挿入時のアルミナ板(厚さ1.8mm)の透過スペクトルの違いを示すものである。本材料は、本来、周波数(横軸)に対しなだらかな減衰特性を示すが、クライオスタット挿入時は特定の周波数で異常な透過率の落ち込みが見られており、正確な測定が行えていない。また、試料が厚い場合にも、試料における屈折現象によって、同様に測定精度が悪化する。
【0010】
以上の問題を回避する方策として、テラヘルツ波を集光光学系ではなく平行光学系により試料に照射することが考えられる。
【0011】
しかしながら、平行光学系では、集光光学系での焦点でのビーム径(一般的には約φ2mm)に比べてビーム径は広く、例えば10〜20倍程度に拡大する。試料の大きさがこの拡大されたビーム径(約φ20〜40mm)ほど有れば問題にならないが、実際に取り扱われる試料の大きさは一般的にはφ8〜15mm程度とビーム径よりも小さいものが多く、平行光学系によるビームの実効照射面積は、実際のビーム径よりも大幅に小さくなる。例えば、試料サイズが10mmでビーム径がφ30mmであれば、実効照射面積は、ビーム径の面積の約11%となる。特に、クライオスタットの挿入時には、クライオスタット内に配置できる試料サイズの制約から、やはり平行光学系によるビームの実効照射面積が狭くなる。また、例えば反射鏡によって集光光束を平行光束に変換した場合には、ビーム径が数cm〜十数cmとさらに大きくなり、やはりビームの実効照射面積がビーム径の面積よりも大幅に小さくなる。
【0012】
現在一般的に利用されるGaAs系の光導電性アンテナではテラヘルツ波の照射強度はμWオーダであるので、透過スペクトルの解析のためには極めて高感度に検出を行う必要がある。しかしながら、平行光学系ではビームの実効照射面積が狭くなり易く、テラヘルツ波の検出強度が著しく低下して測定のS/N比が大きく低下し、吸収係数の大きい試料では透過スペクトルの解析が不可能になる。
【0013】
例えば図3に示すテラヘルツ分光装置121では、試料保持部の前後に配置した凹レンズ118により焦光光束を平行光束に変換した。この場合には、凹レンズ118の透過率は100%ではなく最大でも80%程度なので、前後の凹レンズ118を合わせるとテラヘルツ波の受信強度が高々60%程度となる。そのため、前述の11%からさらにテラヘルツ波の検出強度が低下して、約7%になってしまう。
【0014】
また、例えば光導電性アンテナに取り付けるシリコンレンズをコリメーション型にしてテラヘルツ波を平行光束として照射する場合には、コリメーション型レンズの球面収差が球面レンズと比較して極めて大きい。そのため、光導電性アンテナの位置や光軸調整を極めて高精度に行う必要が生じる。具体的には、光導電性アンテナおよびシリコンレンズからなるテラヘルツ波発生器自体を交換することになり、分光装置全体の大幅な改造・調整が必要になる。こうしたことにより、従来に比較して、極めて高い専門性と技術的経験および時間・コストを要する。
【0015】
この発明は、上述の問題を解消し、測定のS/N比を改善して、従来の光学系に大きな変更を加えることなく分光可能な測定周波数範囲を広げられるようにしたテラヘルツ分光装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この発明は、送波器から送波されて試料を透過したテラヘルツ波を受波器にて受波して、試料の分光解析を行うテラヘルツ分光装置であって、集光部と試料保持部と遮蔽板とを備える。集光部は、送波器から送波されたテラヘルツ波を集光する。試料保持部は、集光部に集光されるテラヘルツ波のビームラインの中心軸上に試料を保持する。遮蔽板は、テラヘルツ波の光束の一部を通過させる開口が、開口中心でビームラインの中心軸に重なるように、集光部と試料保持部との間に配置される。
【0017】
この構成では、ビームラインの中心軸付近で、試料に対し垂直に近い入射角で透過する光束のみが遮蔽板の開口を通過し試料に照射される。一方、ビームラインの中心軸から外れた光束は遮蔽板により遮蔽される。したがって、試料に照射される光束は擬似的に平行光と見なすことができ、光束の位相が殆ど揃った準コヒーレント状態で、テラヘルツ波を試料に透過させることができる。この際、遮蔽板が遮蔽する光束は、斜め方向に入射する光束や迷光が遮蔽板により遮蔽されるが、この場合の透過損失は50%〜70%と比較的低く維持できるため、測定のS/N比を高く維持して広帯域の分光解析が可能になる。
【0018】
遮蔽板は、集光部のf値の1/10〜1/3となる距離だけ、集光部から離れた位置に配置され、開口の径は、試料保持部でのテラヘルツ波のビーム径の2〜8倍であると好適である。これにより、透過損失を50%〜70%と比較的低く維持しながら、光軸から大きくずれた斜め方向から入射する光束や迷光を遮蔽できる。
【0019】
遮蔽板は、前記開口の径を変更する絞り機構を備えると好適である。開口径が小さければ、より直線透過成分のみを取り出すことができるようになるが、透過損失が大きくなり、特に波長の長い成分は遮蔽板でカットされる割合が増える。逆に、開口径が大きければ、透過損失は小さくなるが、斜め方向から入射する光束や迷光が多く通過する。そこで、遮蔽板に開口径を調節可能にする絞り機構を付与し、これを調整することで、測定する波長帯および非測定物に合わせた最適な分光条件で測定することができる。例えば、吸収が大きい試料を測定する場合や、長波長側(低周波側)を正確に測定したい場合は、開口径を大きくすると好適である。逆に、フォトニック結晶や偏光子のように光波の入射角によって特性が大きく変動する試料を測定する場合は開口径を小さくし、透過率を犠牲にしても直線透過成分の精度を向上させると好適である。
【0020】
遮蔽板は、テラヘルツ波を吸収する吸収材を備えると好適である。遮蔽板の表面にテラヘルツ波を吸収する吸収材を貼り付けておくことで、遮蔽板で効果的に迷光を吸収することができ、入射光との干渉をさらに防ぐことができる。
【0021】
吸収材は、フェライトであってもよい。吸収材としてフェライトを用いることで迷光をより効率的に吸収することができる。
【0022】
試料保持部は、窓部を備える容器であり、窓部はビームラインの中心軸上に配置されてもよい。クライオスタットなど窓材を含む容器を導入した際、遮蔽板を窓材の手前に設置することで、直線成分に近いテラヘルツ波のみを窓部から入射させることができ、前述した窓材における屈折の問題を回避することができる。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、遮蔽板により擬似的に平行光束と見なすことができる光束のみを試料に照射するので、光源等の構成を変更することなく透過損失を抑えながら測定のS/N比を高く維持して広帯域の分光解析が可能になる。したがって、吸収係数の大きな試料であっても分光解析できる。クライオスタットなど窓材を含む容器を挿入する際に、既存の分光光学系を特別に調整することなく正常な測定が行えるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の実施形態のテラヘルツ分光装置を説明する。
【0025】
図4は、本実施形態に係るテラヘルツ分光装置1を示す図である。テラヘルツ分光装置1は、パルスレーザ光源2、ビームスプリッタ3、光導電性アンテナ4、シリコンレンズ5、第1反射部6、アパーチャ20、試料保持部7、第2反射部8、シリコンレンズ9、光導電性アンテナ10、光学遅延部11、直流電圧源12、チョッパ13、ロックインアンプ14、電流増幅器15、および解析部16を備える。
【0026】
パルスレーザ光源2は、数MHz周期でフェムト秒やピコ秒オーダーの短時間パルスとしてレーザ光を発光する。ビームスプリッタ3は、パルスレーザ光を分岐する。光導電性アンテナ4は、ビームスプリッタ3で分岐された第1のパルスレーザ光を受光して、テラヘルツ帯の電磁波パルスをシリコンレンズ5から照射する。光導電性アンテナ4とシリコンレンズ5とが送波器に相当し、電磁波パルスが送波器から送波されるテラヘルツ波に相当する。第1反射部6はシリコンレンズ5から放射された電磁波パルスを放物面鏡または楕円面反射鏡といった反射鏡によってコリメートする。アパーチャ20は、例えばアルミ、鉄、銅などのテラヘルツ波を遮蔽する金属材料から作製された遮蔽板であり、テラヘルツ波のビームラインの中心軸上に開口中心が一致するように開口が設けられている。アパーチャ20の開口は、試料に対し垂直に近い角度で透過する光束のみを透過させる。試料保持部7はアパーチャ20の開口を通過したテラヘルツ波のビームラインの中心軸上に試料を保持する。第2反射部8は第1反射部6と対称に配置され、試料を透過した電磁波パルスをシリコンレンズ9に導光する。光導電性アンテナ10は、シリコンレンズ9に入射する電磁波パルスを、ビームスプリッタ3で分岐された第2のパルスレーザ光をプローブ光として検出する。光導電性アンテナ10とシリコンレンズ9とが、テラヘルツ波を受波する受波器に相当する。光学遅延部11は光路長が可変な光学系からなり、第2のパルスレーザ光の伝搬時間をずらすことで光導電性アンテナ10で時間掃引による信号検出を行う。電流増幅器15は、光導電性アンテナ10の出力を増幅する。ロックインアンプ14にはチョッパ13から入力される参照信号に基づいて電流増幅器15の出力信号の同期検波を行う。チョッパ13は、同期検波のために、参照信号に基づき直流電圧源12から光導電性アンテナ4に供給する電圧を変調する。解析部16は、ロックインアンプ14の出力信号に基づいて電磁波パルスの時間波形全体を取得し、試料の透過スペクトルを分光測定する。
【0027】
図5(A)は、試料として、テラヘルツ帯での吸収が比較的小さいアルミナ(厚み1.8mm)を使用した場合の、透過テラヘルツ波の振幅強度(ダイナミックレンジ)周波数スペクトルを説明する図である。この図ではノイズレベル(4.5THz以上)で強度を規格化している。図中の実線は、本構成例1のテラヘルツ分光装置1での測定結果を示している。図中の破線は、比較例1として、アパーチャを設けない従来のテラヘルツ分光装置101での測定結果を示している。図中の点線は、比較例2として、アパーチャを設けずに凹レンズを設ける従来のテラヘルツ分光装置121での測定結果を示している。
【0028】
一般的に、分光可能な上限周波数はダイナミックレンジの値によって一義的に決まり、本実施例で測定したアルミナの場合で、ダイナミックレンジの下限は約27である。アパーチャを設けない比較例1は、2THz以上で急激に強度が低下し、2.6THz前後が上限周波数となっているが、これに対し、本構成例1は、そのようなスペクトルの落ち込みはなく、高周波側での強度が比較例1よりも大きく、分光可能帯域の上限は3.5THz前後となっている。
【0029】
また、アパーチャに替えて凹レンズを設ける比較例2は、試料サイズをφ8mmとして平行光束のビーム径をφ30mmとして測定している。この比較例2は、凹レンズを用いることで2THz以上における比較例1のような強度の急激な落ち込みは見られないが、全体的な強度は比較例1および本構成例1に比べて大きく低下していて、3.1THz前後が上限周波数となっている。比較例2の振幅ピーク強度は、比較例1を100%とすると27%程度に低下している。これをパワー換算すると、(0.27)2≒7%となり、実に93%もの損失が生じていることになる。これは前述の図3の説明で凹レンズの透過率を80%として計算した場合の強度が約7%になる計算結果とも合致している。これに対し、本構成例1は、振幅ピーク強度の変動は比較例1に比べて数%程度であり、強度を保ったままで分光可能帯域を拡大できている。このように、本構成例1では、アパーチャを挿入するだけで、元々放射される強度が弱いテラヘルツ波のダイナミックレンジを殆ど落とすことなく、分光可能帯域を拡大させることができる。
【0030】
図5(B),(C)は、上述の振幅強度周波数スペクトル及び位相スペクトルに基づき解析した複素屈曲率の解析結果を説明する図である。アルミナでフォノン吸収が生じる周波数は13〜14THzに存在するため、本来、10THzより低い数THzの領域では緩やかに複素屈折率n、κが上昇するはずであるが、正確な測定ができない周波数領域のデータからは、正確な数値から大きく外れた分散曲線が得られることになる。アパーチャを設けない比較例1では、上限2.5THz程度までしか測定できていないが、本構成例1では3.5THz程度まで測定できる領域が広がっている。
【0031】
図6は、アパーチャの開口径および集光部からアパーチャまでの距離と測定可能な周波数との関係を確認した結果を説明する図である。本測定では、集光ビーム径φ2mm、反射鏡のf値210mmの条件において、前述したアルミナを測定すると仮定したときに必要なダイナミックレンジ(DR=27)が得られる周波数の上下限値および分光可能帯域の範囲を測定した。この結果、図6(A)に示すように、開口径は小さすぎると低周波数側の光が透過しにくくなり、また集光部から距離が離れすぎても低周波数側の光が透過しにくくなった。逆に、図6(B)に示すように、開口径が大きすぎると測定可能な上限周波数が低周波数化し、また、集光部との距離が近すぎても上限周波数は低下している。よって、本測定では、図6(C)に示すように、アパーチャの開口径φ4〜15mm、集光部からのアパーチャ距離20〜70mmとなると、分光可能帯域が広くなった。特に、アパーチャ径φ6〜11mm、集光部からの距離50〜65mmとなると、高周波数側の測定上限が特に高くなった。
【0032】
なお、本測定では集光ビーム径φ2mmの場合について示したが、アパーチャの開口径はビーム径を基準に決めればよい。そのため、開口径はビーム径の2〜8倍の範囲で決めるのが好適であり、特に3〜5.5倍の範囲であれば、高周波数側の測定上限が特に高くなる。また、集光部からの集光ビームの広がり角は曲面反射鏡のf値によって決まるため、アパーチャを設置する位置は反射鏡のf値を基準に決めればよい。それに基づくと、集光部からの距離はf/10〜f/3の範囲で決めるのが好適であり、特に、f/4.2〜f/3.2の範囲であれば、高周波数側の測定上限が特に高くなる。以上のようにアパーチャを設定することで、特に効果的に本発明を実施することができる。なお、本実施例で示したアパーチャの開口径および集光部からのアパーチャ距離の最適範囲は、あくまで1つの実施例に過ぎず、本発明の範囲を上記の数値に限定するものではない。
【0033】
図7は、アパーチャ20の構成例を示したものであり、図7(A)が正面図、図7(B)が側面断面図である。本構成例のアパーチャ20は、絞り機構21と操作レバー22と、フェライトシート23とを備え、操作レバー22の操作により絞り機構21の絞りを調整し、開口径を変化させられる。したがって、テラヘルツ分光装置1では、測定目的に応じてアパーチャ20の開口径が制御される。
【0034】
分光可能帯域は前述のように開口径によって大きく変化し、例えば低周波側の感度を高めたい場合は開口径を大きくし、逆に高周波側の感度を高めたい場合は開口径を小さくした方がよい。また、開口径を小さくするほど、より試料に対し垂直に入射する成分のみを取り出すことができるので、例えばフォトニック結晶や偏光子のように電磁波の入射角によって特性が大きく変動する試料を測定する場合は、アパーチャ径を絞ることで測定精度を高めることができる。
【0035】
フェライトシート23は、本発明における吸収材であり、アパーチャ20の第1反射部に対面する側の表面に貼り付けられていて、テラヘルツ波を吸収する。アパーチャ20が金属の場合、フェライトシート23を設けなければ迷光が金属表面で反射され、テラヘルツ波を発生する光導電性アンテナ側に戻って干渉を起こし、ノイズを発生させることがある。そこで、アパーチャ20の表面にテラヘルツ波を吸収するフェライトシート23を貼り付けておくことで、この問題を回避することができる。フェライトシート23は、テラヘルツ波を吸収する効率が特に良好であり、そのため、干渉ノイズの発生を効果的に防止することができる。
【0036】
図8は、テラヘルツ分光装置1に対して、テラヘルツ波の光路中に窓部を備える容器であるクライオスタット17を挿入した例を説明する図である。クライオスタット17は4枚の窓材を備え、アパーチャ20は窓材の手前に配置される。
【0037】
図8(B)は、試料として前述のアルミナを使用した場合の、振幅強度(ダイナミックレンジ)周波数スペクトルを説明する図である。この図ではノイズレベル(4.5THz以上)で強度を規格化している。図中の実線は、クライオスタットとアパーチャを挿入した本構成例2のテラヘルツ分光装置1での測定結果を示している。図中の破線は、クライオスタットを挿入するがアパーチャを設けない比較例3での測定結果を示している。図中の点線は、クライオスタットと凹レンズとを挿入するがアパーチャを設けない比較例4の測定結果を示している。
【0038】
アパーチャを設けない比較例3は、2THz以上で急激に強度が低下し、2.8THz前後が上限周波数となっている。また、凹レンズを設ける比較例4は、凹レンズを用いることで2THz以上における比較例3のような強度の急激な落ち込みは見られないが、全体的な強度は比較例3および本構成例2に比べて大きく低下していて、2.4THz前後が上限周波数となっている。これに対し、本構成例2は、そのようなスペクトルの落ち込みはなく、高周波側での強度も大きく、分光可能な上限周波数は3.1THz前後となっている。
【0039】
図8(C)は、アルミナの透過率スペクトルを説明する図である。クライオスタットを挿入した本構成例2は、クライオスタットを挿入せずにアパーチャを設けた本構成例1の場合と比較して測定誤差は数%程度に抑制されており、ほぼ同様の精度で測定が行えている。これに対し、本構成例1と同様にクライオスタットは挿入するが、アパーチャを設けない比較例3は、スペクトル形状が大きく歪んでしまっている。
【0040】
このように、アパーチャを設けるとともに、さらにクライオスタットを設けた本構成例2では、本構成例1と同様の広い分光可能帯域を維持することができ、高精度な測定が行える。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】従来のテラヘルツ分光装置の構成例を示す図である。
【図2】クライオスタットを挿入する例を説明する図である。
【図3】凹レンズを用いた従来のテラヘルツ分光装置の構成例を示す図である。
【図4】本発明の実施形態に係るテラヘルツ分光装置の構成を示す図である。
【図5】本発明の実施形態によってアルミナ板の測定を行った例を示す図である。
【図6】アパーチャの開口径および集光部からのアパーチャ距離と測定可能な周波数との関係を説明する図である。
【図7】アパーチャの構成例を説明する図である。
【図8】本発明の実施形態に係るテラヘルツ分光装置にクライオスタットを挿入した場合の例を説明する図である。
【符号の説明】
【0042】
1,101,121…テラヘルツ分光装置
2…パルスレーザ光源
3…ビームスプリッタ
4…光導電性アンテナ
5…シリコンレンズ
6…第1反射部
7…試料保持部
8…第2反射部
9…シリコンレンズ
10…光導電性アンテナ
11…光学遅延部
12…直流電圧源
13…チョッパ
14…ロックインアンプ
15…電流増幅器
16…解析部
20…アパーチャ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
送波器から送波されて試料を透過したテラヘルツ波を受波器にて受波して、前記試料の分光解析を行うテラヘルツ分光装置であって、
前記送波器から送波された前記テラヘルツ波を集光する集光部と、
前記集光部に集光される前記テラヘルツ波のビームラインの中心軸上に試料を保持する試料保持部と、
前記テラヘルツ波の光束の一部を通過させる開口が、開口中心で前記ビームラインの中心軸に重なるように、前記集光部と前記試料保持部との間に配置される遮蔽板と、を備える、テラヘルツ分光装置。
【請求項2】
前記遮蔽板は、前記集光部のf値の1/10〜1/3となる距離だけ、前記集光部から離れた位置に配置され、前記開口の径は、前記試料保持部での前記テラヘルツ波のビーム径の2〜8倍である、請求項1に記載のテラヘルツ分光装置。
【請求項3】
前記遮蔽板は前記開口の径を変更する絞り機構を備える、請求項1または2に記載のテラヘルツ分光装置。
【請求項4】
前記遮蔽板は前記テラヘルツ波を吸収する吸収材を備える、請求項1〜3のいずれかに記載のテラヘルツ分光装置。
【請求項5】
前記吸収材はフェライトである、請求項4に記載のテラヘルツ分光装置。
【請求項6】
前記試料保持部は窓部を備える容器であり、前記窓部は前記ビームラインの中心軸上に配置される、請求項1〜5のいずれかに記載のテラヘルツ分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−38809(P2010−38809A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−204018(P2008−204018)
【出願日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】