説明

テラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜及びその製造方法

【課題】テラヘルツ波発生器やテラヘルツ波検出器等のテラヘルツ帯デバイスにおいて優れた特性を発揮できるテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】テラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜において、気相成長法によって基板上に気相成長され、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内である。
また、テラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法において、基板上にZnTe下地層を10〜200オングストロームの厚さで形成する工程と、前記ZnTe下地層上にZnTe層を5〜10μmの厚さで気相成長させる工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波発生器やテラヘルツ波検出器等に用いられるテラヘルツ帯デバイス用素子及びその製造方法に関し、特に、ZnTe気相成長膜を利用したテラヘルツ帯デバイス用薄膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、サブミリ波から遠赤外域を含む周波数領域(0.1〜10THz)はテラヘルツ電磁波領域と総称され、光波と電波の境界に位置する。近年では、酸化物単結晶や化合物半導体単結晶からなる電気光学結晶(Electro-Optic Crystal)や半導体の光伝導スイッチ素子をフェムト秒レーザで励起することによりテラヘルツ波を発生する技術や、電気光学結晶の複屈折の特性を利用してテラヘルツ波を検出する技術が開発される等、テラヘルツ波に関する技術は著しく進歩している。
【0003】
例えば、非特許文献1には、広帯域のテラヘルツ超短パルスのサンプリング技術である電気光学サンプリング(EOS)について記載されている。また、ZnTe単結晶をテラヘルツ検出器として用いる場合、入射するレーザ(光パルス)とテラヘルツ波(テラヘルツパルス)間での完全な位相整合は不可能であるため、薄い結晶の方が分散が小さくなって、検出される帯域幅が広くなることが記載されている。つまり、入射するレーザとテラヘルツ波の位相整合はZnTe単結晶基板の厚さに依存するので、基板厚さを薄くして整合性をよくすれば、テラヘルツ波の検出帯域を広くすることができる。
【0004】
また、非特許文献2には、非線形光学効果を用いたテラヘルツ波発生に関する技術が記載されている。例えば、GaSeを用いた場合の差周波発生に関する技術として、GaSeは負の一軸性結晶のため、入射した励起光の垂直方向成分は常光、水平方向成分は異常光となり、常光と異常光は屈折率が異なるために同じパルス内の異なる周波数成分間の差周波が発生することが記載されている。
一方、ZnTeは等軸結晶のため、通常、常光と異常光に屈折率差はないが、結晶中に「ひずみ」があると常光と異常光に屈折率差が生じるので、上述したGaSeと同様にテラヘルツ波が差周波として発生することとなる。例えば、ヘムト秒レーザをZnTe単結晶基板に照射することによりテラヘルツ波を発生させることができる。
【0005】
このように、ZnTe単結晶はテラヘルツ波検出器及びテラヘルツ波発生器等に用いられるテラヘルツ帯デバイス用素子として利用されている。特に、広帯域のテラヘルツ波の発生及び検出には、厚さ50μm以下の極薄ZnTe基板が使用されている。
この厚さ50μm以下の極薄ZnTe基板は取り扱いが困難であることから、従来は、例えば接着剤等で石英ガラス基板上に貼り付けて機械的強度を補強した状態で使用されている。
このような極薄ZnTe基板は、例えば、石英ガラス基板上に鏡面研磨したZnTe基板の片面を接着剤等で貼り付けた後、所望の厚さとなるまでさらに他方の表面を鏡面研磨することによって製造されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】テラヘルツセンシングテクノロジー 第8章(2006)、監修:大森豊昭、発行所:株式会社エヌ・ティー・エス
【非特許文献2】テラヘルツテクノロジー 第II章1(2005)、監訳:大森豊昭、発行所:株式会社エヌ・ティー・エス
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、薄く研磨する際にZnTe基板の周辺部等が破損してしまうことが多々あった。また、技術的には最薄で5μmまで研磨することが可能であるが、薄いほどZnTe基板内での厚さのばらつきが大きくなり易く、研磨後のZnTe基板の厚さのばらつきの範囲が当該研磨後のZnTe基板の厚さに等しいくらい大きくなってしまう場合もあった。また、極薄ZnTe基板は薄いため、使用時に破損してしまう場合もあった。
さらに、接着剤や石英ガラス基板によって、発生したテラヘルツ波が吸収され、信号強度が低下する虞があった。
【0008】
テラヘルツ波検出器及びテラヘルツ波発生器等に用いられるテラヘルツ帯デバイス用素子として最も望ましいのは、電気光学効果による屈折率の変化が小さい(100)面のZnTe基板上に(110)面のZnTeを成長させることによって得られた薄膜であるが、厚いZnTe基板を研磨して薄くしていく従来の方法では、このような薄膜(極薄基板)を得ることは現実的には実現不可能である。
また、一般に、サファイア基板等の異種基板にZnTeを成長させても、通常は単結晶が得られ難いことが知られている。
【0009】
本発明は、テラヘルツ波発生器やテラヘルツ波検出器等のテラヘルツ帯デバイスにおいて優れた特性を発揮できるテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明は、上記目的を達成するためになされたもので、テラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜において、気相成長法によって基板上に気相成長され、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であることを特徴とする。
【0011】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜において、前記基板がサファイア基板であることを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜において、前記気相成長法が分子線エピタキシー法であることを特徴とする。
【0013】
また、請求項4に記載の発明は、上記目的を達成するためになされたもので、テラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法において、基板上にZnTe下地層を10〜200オングストロームの厚さで形成する工程と、前記ZnTe下地層上にZnTe層を5〜10μmの厚さで気相成長させる工程と、を有することを特徴とする。
【0014】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法において、前記基板がサファイア基板であることを特徴とする。
【0015】
請求項6に記載の発明は、請求項4または5に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法において、前記気相成長法が分子線エピタキシー法であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜によれば、気相成長法によって基板上に気相成長され、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であるので、テラヘルツ波発生器やテラヘルツ波検出器等のテラヘルツ帯デバイスにおいて優れた特性を発揮することができる。
【0017】
また、本発明に係るテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法によれば、基板を破損することなく、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であるテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
本実施形態のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜は、気相成長法によって基板上にZnTeを気相成長させることによって製造された薄膜であり、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内である。
【0019】
具体的には、本実施形態のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜は、基板上に形成されたZnTe下地層と、当該ZnTe下地層上に形成されたZnTe層と、からなる。このテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜は、ZnTe層の成長温度(例えば、350℃)よりも低い温度(例えば、100℃)で基板上にZnTe下地層を10〜200オングストロームの厚さで形成する工程と、所定の成長温度(例えば、350℃)で当該ZnTe下地層上にZnTe層を5〜10μmの厚さで気相成長させる工程と、を有する製造方法によって製造することができる。
【0020】
なお、本実施形態では、基板としてサファイア基板を用いるが、基板はサファイア基板に限ることはなく、適宜任意に変更可能である。具体的には、サファイア基板以外の基板としては、例えば、サファイア基板よりも電気光学係数の小さな透明基板が望ましい。
また、本実施形態では、気相成長法として分子線エピタキシー法(MBE法)を用いるが、気相成長法はMBE法に限ることはなく、適宜任意に変更可能である。
【0021】
本実施形態に係るテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜によれば、気相成長法によって基板上に気相成長され、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であるので、テラヘルツ波発生器やテラヘルツ波検出器等のテラヘルツ帯デバイスにおいて優れた特性を発揮することができる。
【0022】
また、本実施形態に係るテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法によれば、基板上にZnTe下地層を10〜200オングストロームの厚さで形成する工程と、当該ZnTe下地層上にZnTe層を5〜10μmの厚さで気相成長させる工程と、を有している。したがって、基板を破損することなく、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であるテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜を製造することができる。
【0023】
また、本実施形態に係るテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜及びその製造方法によれば、基板がサファイア基板である。すなわち、テラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜は、サファイア基板上に積層されているので、破損してしまう虞がほとんどない。また、サファイア基板は、テラヘルツ波を吸収するものの、接着剤や石英ガラス基板ほどは吸収しない。したがって、接着剤や石英ガラス基板よりもサファイア基板の方がテラヘルツ波の吸収が少ないので、ZnTe基板を接着剤等によって石英ガラス基板上に貼り付けて補強する場合と比較して、良好な信号強度を得ることができる。
【0024】
また、本実施形態に係るテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜及びその製造方法によれば、気相成長法が分子線エピタキシー法である。したがって、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であるテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜を確実に得ることができる。
【0025】
[実施例]
以下、具体的な実施例によって本発明を説明するが、発明はこれらに限定されるものではない。
【0026】
まず、直径2インチのサファイアC面基板を有機溶剤で脱脂した後、MBE装置のチャンバーに入れた。
次いで、ZnTe層の成長温度(本実施例の場合、350℃)よりも低い温度(本実施例の場合、100℃程度)で、Zn及びTeの原料セル温度を調整しながら分子ビームをサファイアC面基板に照射して、サファイアC面基板上に数十オングストロームの厚さのZnTe下地層を堆積させた。この際、膜厚(ZnTe下地層の厚さ)の制御を的確に行うことができるよう、成長速度を毎秒1オングストローム未満とした。
【0027】
次いで、350℃にサファイアC面基板を昇温した後、Zn及びTeの原料セル温度を調整しながら分子ビームをサファイアC面基板に照射して、ZnTe下地層上にZnTe層を成長させた。
なお、ZnTe層の厚さは、“成長速度×成長時間”で規定することができる。具体的には、例えば、成長速度を毎時0.5μmとし、成長時間を10時間とすれば、5μmのZnTe層を再現性よく得ることができる。
また、MBE法では、ビームの照射面積が、基板(本実施例の場合、サファイアC面基板)の面積よりも十分に大きければ、製造したZnTe薄膜の厚さのばらつきの範囲を、当該製造したZnTe薄膜の厚さの10%以内にすることができる。
【0028】
このようにして製造することによって、サファイアC面基板上に、(111)のZnTe単結晶薄膜を5μmの厚さで成長させることができた。
また、ZnTe層の成長温度(350℃)におけるサファイアC面基板とZnTe(111)との格子不整合度は25%程度であるが、初期の成長温度をZnTe層の成長温度(350℃)よりも低い温度(100℃程度)として数層のZnTeを堆積させ、その後、サファイアC面基板の温度をZnTe層の成長温度(350℃)まで上げて、当該数層のZnTe上にZnTe層を成長させることによって、単一ドメインの(111)ZnTe薄膜を得ることができた。
なお、実施例では、サファイア基板のC面上に単一ドメインの(111)ZnTe薄膜を形成することとしたが、面方位や基板面はこれに限定されるものではない。
【0029】
さらに、X線回折やエリプソメトリー等の光学的手法、或いは段差計等の探針を用いた手法によって、製造したZnTe薄膜の中心部及びその周辺4点の合計5点の厚さを測定した。そして、相加平均値を求め、5点の厚さと相加平均値との差の絶対値を5点の厚さのばらつきとして求めた。その結果、厚さのばらつきは最大でも0.5μmであり、製造したZnTe薄膜の厚さのばらつきの範囲が、当該製造したZnTe薄膜の厚さの10%以内に収まっていることを確認した。
【0030】
以上、本発明者によってなされた発明を実施形態に基づいて具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で変更可能である。
【0031】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気相成長法によって基板上に気相成長され、厚さが5〜10μmであり、厚さのばらつきの範囲が厚さの10%以内であることを特徴とするテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜。
【請求項2】
前記基板がサファイア基板であることを特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜。
【請求項3】
前記気相成長法が分子線エピタキシー法であることを特徴とする請求項1または2に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜。
【請求項4】
基板上にZnTe下地層を10〜200オングストロームの厚さで形成する工程と、
前記ZnTe下地層上にZnTe層を5〜10μmの厚さで気相成長させる工程と、
を有することを特徴とするテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法。
【請求項5】
前記基板がサファイア基板であることを特徴とする請求項4に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法。
【請求項6】
前記気相成長法が分子線エピタキシー法であることを特徴とする請求項4または5に記載のテラヘルツ帯デバイス用ZnTe薄膜の製造方法。

【公開番号】特開2013−50561(P2013−50561A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−188098(P2011−188098)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】