説明

ディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム

【課題】低硫黄燃料を利用してシリンダボアの腐食の原因となる高濃度硫酸の発生を抑制し、簡単な構造で且つ効率よくシリンダボアの腐食を防止することができるディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムを提供する。
【解決手段】硫黄濃度の異なる燃料が収容された複数の燃料タンク2a,2bと、インジェクタ8と、インジェクタ8と接続された主配管14と、燃料タンク2a,2bにそれぞれ接続された複数の副配管13a,13bと、副配管13a,13b内を流れる燃料の流量を調整するバルブ3と、シリンダボア11内に発生する液状物の露点温度データを燃料中の硫黄濃度ごとに格納した露点温度データベース4と、シリンダボア11表面の温度情報を出力する出力器6と、シリンダボア11内の圧力変化範囲を格納した圧力範囲データベース16と、液状物中の硫酸濃度を制御するために燃料中の硫黄濃度を調整するための制御装置5とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高濃度硫酸が原因でシリンダボアに発生する腐食を防止するためのディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のシリンダジャケットのための冷却機構が特許文献1に開示されている。この冷却機構は、亜硫酸等の腐食性燃焼生成物が凝縮するような温度低下を回避すべく、改良された冷却機構である。
しかしながら、特許文献1の機構は、ギャップ室をスリーブ外側に設ける必要がある等、構造が複雑であり、そのための制御も複雑である。
【0003】
一方で、沿岸付近を航行する船舶においては、SOxの排出を低減するよう、低硫黄燃料を貯蔵するようになっている。低硫黄燃料は、亜硫酸や硫酸の発生をも抑制するが、これを利用してシリンダボアの腐食を低減させることについてはまだ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−57546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術を考慮したものであって、低硫黄燃料を利用してシリンダボアの腐食の原因となる高濃度硫酸の発生を抑制し、簡単な構造で且つ効率よくシリンダボアの腐食を防止することができるディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、請求項1の発明では、硫黄濃度の異なる燃料がそれぞれ収容された複数の燃料タンクと、前記燃料をディーゼルエンジンのシリンダボア内に供給するためのインジェクタと、該インジェクタと接続された主配管と、該主配管から分岐し、前記複数の燃料タンクにそれぞれ接続された複数の副配管と、該副配管に配置され、前記副配管内を流れる前記燃料の流量を調整するバルブと、前記シリンダボア内の圧力に対応し、前記シリンダボア内に発生する液状物の露点温度データを燃料中の硫黄濃度ごとに格納した露点温度データベースと、前記シリンダボア表面の温度情報を出力する出力器と、前記シリンダボアの表面温度に応じた前記シリンダボア内の圧力変化範囲を格納した圧力範囲データベースと、前記出力器と前記バルブとの間に配設された制御装置とを備え、前記制御装置は、前記シリンダボア表面を腐食させる前記液状物中の硫酸濃度を高硫酸濃度として記憶する記憶手段と、前記出力器から前記シリンダボアの表面温度が入力される入力器と、前記表面温度から前記シリンダボア内の圧力変化範囲を前記圧力範囲データベースを用いて抽出する圧力範囲抽出手段と、前記表面温度且つ前記シリンダボア内の圧力変化の範囲内で前記高硫酸濃度の前記液状物が前記シリンダボア内に発生する場合に、前記高硫酸濃度の前記液状物が発生しないような燃料の硫黄濃度を低硫黄濃度として決定するために前記露点温度データベースを参照する硫黄濃度決定手段と、前記バルブの開度を調節して前記複数の燃料タンクから前記主配管に流通する前記燃料の流量を調整するバルブ調節手段とを含むことを特徴とするディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムを提供する。
【0007】
また、請求項2の発明では、請求項1の発明において、前記低硫黄濃度からなる低硫黄燃料は、前記複数の燃料タンクに収容された燃料を混合して形成されることを特徴としている。
また、請求項3の発明では、請求項1の発明において、前記低硫黄濃度は、0.44wt%以下であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ディーゼルエンジン運転中におけるシリンダボア表面の温度と、当該温度におけるシリンダボア内の圧力変化を考慮して、シリンダボアを腐食させる高硫酸濃度の液状物を発生させないように、インジェクタから供給する燃料中の硫黄濃度を調整するため、シリンダボアに腐食が発生することを確実に防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係るディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムの概略図である。
【図2】エンジン負荷とシリンダボアの表面温度との関係を示すグラフである。
【図3】エンジン負荷とシリンダボアの最大圧力との関係を示すグラフである。
【図4】露点温度データベースが有するグラフの例を示す概略図である。
【図5】制御装置が行う制御の説明に用いる概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1に示すように、本発明に係るディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム1は、燃料タンク2(2a,2b)と、バルブ3と、露点温度データベース4と、制御装置5と、出力器6とを有している。燃料タンク2は複数(図では2個の燃料タンク2a,2b)備わり、それぞれ硫黄濃度の異なる燃料が収容されている。この燃料タンク2は、ディーゼルエンジン7に備わるインジェクタ8に接続されている。インジェクタ8は、ピストン9が摺動するシリンダブロック10に形成されたシリンダボア11内に配設されている。ディーゼルエンジン7は、主として舶用である。シリンダボア11は、通常であればピストン9の摺動性を高めるためのシリンダライナを鋳包んで鋳造されている。ピストン9は、ピストンロッド12と接続されている。ピストン9がシリンダボア11内を上昇したときに、インジェクタ8から燃料が供給される。そして、燃料はシリンダボア11内で自然発火し、ピストン9が押し下げられる。
【0011】
燃料タンク2a(2b)とインジェクタ8とは、主配管14と副配管13a(13b)を介して接続されている。すなわち、副配管13a,13bは、主配管14から分岐し、複数の燃料タンク2a,2bにそれぞれ接続されている。副配管13a,13bには、それぞれ配管内を流通する燃料の流量を調整するためのバルブ3が取り付けられている。
【0012】
シリンダボア11表面、すなわちピストン9が摺動する孔の内表面の温度は、温度情報として出力器6に伝達される。この温度情報は、シリンダボア11の現在の表面温度を示し、例えばアクセル開度等のエンジン出力操作装置や、温度計や、エンジン負荷等の情報をもとにして得ることができる。例えばエンジン負荷と温度とは、図2に示すように、負荷が上がれば温度もほぼ比例して上がることが分かっている。また、エンジン運転中は、シリンダボア11内はピストン9が摺動しているため、圧力が一定範囲で変化する。このときの最大圧力も、図3に示すように、エンジン負荷にほぼ比例する。なお、シリンダボア11内の温度ごとの圧力変化の範囲は、後述する圧力範囲データベース16内に記憶されている。
【0013】
出力器6から出力されたシリンダボア11の温度情報(表面温度)は、制御装置5の入力器15に入力される。この表面温度に応じたシリンダボア11内の圧力変化範囲が格納された圧力範囲データベース16を用いて、現在のシリンダボア11内の圧力範囲が圧力範囲抽出手段17にて抽出される。一方で、制御装置5には、シリンダボア11の表面を腐食させる液状物中の硫酸濃度が高硫酸濃度として記憶手段18に記憶されている。この記憶手段18に記憶された高硫酸濃度をもとに、上記表面温度及び圧力範囲にて高硫酸濃度の前記液状物が前記シリンダボア11内に発生する場合に、このような高硫酸濃度の液状物が発生しないような燃料の硫黄濃度を低硫黄濃度として決定するため、露点温度データベース4が硫黄濃度決定手段19により参照される。このような低硫黄濃度の燃料をインジェクタ8に供給するため、バルブ3の開度がバルブ調節手段20により調節される。これにより、複数の燃料タンク2a,2bから主配管14に流通する燃料の流量が調整され、燃料中の硫黄濃度が制御される。したがって、制御装置5は、出力器6とバルブ3との間に配設されている。
【0014】
露点温度データベース4には、シリンダボア11内の圧力に対応した露点温度データが格納されている。すなわち、図4に示すように、温度と圧力との関係で変化する露点温度曲線を描くグラフが格納されている。このようなグラフが、燃料中の硫黄濃度ごとにそれぞれ格納されている。なお、図4において、太線で描かれた曲線Rが露点曲線である。この曲線Rよりも下側の範囲で、シリンダボア11内の気体は液状物となって液体化する。さらに、その液状物中の硫酸濃度は、図4の領域A〜Eに示されている。領域Aは、硫酸濃度が80%より高く、領域Bは60%〜80%、領域Cは40%〜60%、領域Dは20%〜80%、領域Eは20%未満である。このように、シリンダボア11内が低温かつ低圧であると、液状物中の硫酸濃度が高くなる。
【0015】
実験により、シリンダボア11を腐食させる原因が液状物中の硫酸であることが分かっている。特に、80%より高い高硫酸濃度の液状物が発生したときに腐食する。このため、この硫酸濃度を高硫酸濃度として、制御装置5の記憶手段18に記憶している。制御装置5は、このような高硫酸濃度の液状物がシリンダボア11内に発生しないようにするものであり、そのために後述するようにバルブ3を制御する。なお、ディーゼルエンジン7には運転温度範囲があり、シリンダボア11内の温度もこれに応じて温度変化の範囲がある。この温度範囲における最低運転温度をTL、最高運転温度をTHとする。さらに、運転温度ごとに、シリンダボア11内の圧力変化にも一定の範囲がある。例えば、TLでは圧力変化は少ないが、THでは圧力変化は多い。図4に示すように、運転中の温度と圧力の範囲は領域Zとして表わされている。ディーゼルエンジン7では、この領域Zの範囲内で、シリンダボア11内の温度と圧力は変化する。
【0016】
図5に示すように、出力器6から現在のシリンダボア11の表面温度が制御装置5の入力器15に入力されたとする。このときの温度はTだったとする。温度Tのときの、シリンダボア11内の圧力変化がP1〜P2であることは、上述したように、予め圧力範囲データベース16に記憶されている。また、制御装置5には、現在インジェクタ8から供給している燃料の硫黄濃度も入力されている。これにより、制御装置5は露点温度データベース4から現在の燃料における硫黄濃度の露点曲線を描くグラフを参照し、現在のシリンダボア11の表面温度Tにおける圧力変化の範囲内で、高硫酸濃度の液状物が発生するか否かを判断する。図5の例では、温度Tで圧力がP1からP2まで変化したときの補助線Hを引き、この補助線Hが圧力Pxから圧力Pyまでの範囲のときに領域Aを横断するため、この圧力Px〜Pyの範囲のときに高硫酸濃度の液状物が発生することになる。この圧力Px〜Pyのときに発生する液状物がシリンダボア11を腐食させる原因となるため、これが発生しないように、制御装置5は以下のような制御を行う。
【0017】
まず、硫黄濃度決定手段19が露点温度データベース4を参照し、高硫酸濃度の液状物が発生しない燃料の硫黄濃度を低硫黄濃度として決定する。すなわち、温度Tにおける圧力変化の範囲内(P1〜P2)で高硫酸濃度の液状物が発生しない条件を満たすグラフ、換言すれば補助線Hに横断されない位置に領域Aを有する液状物の露点曲線を描くグラフを検索する。これにより、露点曲線R’を描くグラフをデータベース4から持ち出してくる。この露点曲線R’を描く燃料を用いた場合、シリンダボア11内で発生した液状物中の高硫酸濃度を示す領域A’は、補助線Hに横断されない。すなわち、液状物が露点曲線R’を描く燃料は、温度Tで運転中、高硫酸濃度の液状物がシリンダボア11内で発生しない。したがって制御装置5の硫黄濃度決定手段19はこのような露点曲線を描く燃料中の硫黄濃度を低硫黄濃度として決定する。そして、インジェクタ8に供給される燃料がこのような低硫黄濃度の低硫黄燃料となるように、バルブ調節手段20によりバルブ3を調節する。
【0018】
このとき、例えば低硫黄燃料の条件を満たす燃料が燃料タンク2bにあれば、このタンク2bに通じるバルブ3のみを開け、他のバルブを閉じてもよいし、あるいは複数のタンク2内の燃料を混合して所望の硫黄濃度の燃料を形成してもよい。この混合は、それぞれのバルブ3の開度を調節し、燃料の流量を調整して最終的に主配管14に流通する硫黄濃度が低硫黄濃度となるようにして行われる。
【0019】
上述した例では、現在のシリンダボア11の温度からこの温度において高硫酸濃度の液状物が発生しないような制御を行い、所望の硫黄濃度の燃料を形成した。他方、予め最低運転温度TLが分かっていれば、この最低運転温度TLでの圧力変化範囲で高硫酸濃度の液状物が発生しない低硫黄燃料を供給すればよい。これによっても、ディーゼルエンジン7の運転中において、確実に高硫酸濃度の液状物は発生しない。また、このような条件を満たす低硫黄燃料の低硫黄濃度を予め求めておいてもよい。また、どのような運転状態であっても、硫黄濃度が0.44wt%以下であれば、高硫酸濃度の液状物が発生しないことが分かっている。
【0020】
以下では、発明者が高硫酸濃度の液状物が発生する条件について得た知見について説明する。
シリンダボアに腐食が発見され、実験室にて硫酸濃度の液状物による腐食実験を行ったところ、80wt%以上の高硫酸濃度の液状物が作用していることが分かった。そこで、このような高硫酸濃度の液状物がどのような条件で発生するかを調べた。燃料中には硫黄成分が含まれている。この燃料中の硫黄が燃焼し、二酸化硫黄(SO)や三酸化硫黄(SO)が生成される。二酸化硫黄の一部はさらに酸化され、三酸化硫黄となる。三酸化硫黄は水蒸気と反応し、硫酸となる。したがって、硫酸の生成量を検討するに当たっては、三酸化硫黄の生成量を調べればよいことが分かる。二酸化硫黄については、燃焼前の燃料中の酸素濃度と、燃焼後のガス中の酸素濃度から求められる。三酸化硫黄については、直接測定が難しいため、SO/SOを示す値を0.05と想定した。この値については、硫酸が発生しやすい条件を想定するのであればもう少し大きい値を取ってもよいが、今回は0.05とした。そして、温度と圧力とを変化させて液状物を発生させると、80wt%以上の高硫酸濃度の液状物は、低温かつ低圧条件で発生することが確認された。
【符号の説明】
【0021】
1 ディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム
2(2a,2b) 燃料タンク
3 バルブ
4 露点温度データベース
5 制御装置
6 出力器
7 ディーゼルエンジン
8 インジェクタ
9 ピストン
10 シリンダブロック
11 シリンダボア
12 ピストンロッド
13(13a,13b) 副配管
14 主配管
15 入力器
16 圧力範囲データベース
17 圧力範囲抽出手段
18 記憶手段
19 硫黄濃度決定手段
20 バルブ調節手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄濃度の異なる燃料がそれぞれ収容された複数の燃料タンクと、
前記燃料をディーゼルエンジンのシリンダボア内に供給するためのインジェクタと、
該インジェクタと接続された主配管と、
該主配管から分岐し、前記複数の燃料タンクにそれぞれ接続された複数の副配管と、
該副配管に配置され、前記副配管内を流れる前記燃料の流量を調整するバルブと、
前記シリンダボア内の圧力に対応し、前記シリンダボア内に発生する液状物の露点温度データを燃料中の硫黄濃度ごとに格納した露点温度データベースと、
前記シリンダボア表面の温度情報を出力する出力器と、
前記シリンダボアの表面温度に応じた前記シリンダボア内の圧力変化範囲を格納した圧力範囲データベースと、
前記出力器と前記バルブとの間に配設された制御装置と
を備え、
前記制御装置は、
前記シリンダボア表面を腐食させる前記液状物中の硫酸濃度を高硫酸濃度として記憶する記憶手段と、
前記出力器から前記シリンダボアの表面温度が入力される入力器と、
前記表面温度から前記シリンダボア内の圧力変化範囲を前記圧力範囲データベースを用いて抽出する圧力範囲抽出手段と、
前記表面温度且つ前記シリンダボア内の圧力変化の範囲内で前記高硫酸濃度の前記液状物が前記シリンダボア内に発生する場合に、前記高硫酸濃度の前記液状物が発生しないような燃料の硫黄濃度を低硫黄濃度として決定するために前記露点温度データベースを参照する硫黄濃度決定手段と、
前記バルブの開度を調節して前記複数の燃料タンクから前記主配管に流通する前記燃料の流量を調整するバルブ調節手段と
を含むことを特徴とするディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム。
【請求項2】
前記低硫黄濃度からなる低硫黄燃料は、前記複数の燃料タンクに収容された燃料を混合して形成されることを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム。
【請求項3】
前記低硫黄濃度は、0.44wt%以下であることを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−21459(P2012−21459A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159730(P2010−159730)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】