説明

ディーゼルエンジンの制御装置

【課題】手動変速機73のシフトアップ後における、ディーゼルエンジン1の燃焼安定性の低下を回避する。
【解決手段】エンジン1が完全暖機する前の運転状態において、燃料噴射弁(インジェクタ18)は、拡散燃焼を主体とした主燃焼を行うために圧縮上死点又はそれよりも前に燃料噴射を開始する主噴射と、主燃焼の開始前に前段燃焼が生起するように、主噴射よりも前のタイミングで少なくとも1回の燃料噴射を行う前段噴射と、を実行し、EGR手段(排気ガス還流通路50、排気ガス還流弁51a、クーラバイパス弁53a)は、エンジンの運転状態に応じたEGR量の排気還流を実行する。EGR手段はまた、アクセルの全閉とクラッチ(クラッチ機構72)の開放とを伴う変速機73のシフトアッププロセスの最中に、当該シフトアッププロセスの開始直前のEGR量を保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、ディーゼルエンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に搭載されたディーゼルエンジンでは、エミッション性能の向上、騒音乃至振動の低減、燃費やトルクの向上等を図るため、エンジン1サイクル中に、気筒内に複数回の燃料の噴射を行うことがある。例えば特許文献1には、ターボ過給機付ディーゼルエンジンにおいて、トルク発生のためのメイン噴射、気筒を予熱するためにメイン噴射に先立ち行われるパイロット噴射、パイロット噴射とメイン噴射との間でメイン噴射による燃料の着火遅れを抑制するためのプレ噴射、メイン噴射後において排気ガス温度を上昇させるためのアフタ噴射、及び、アフタ噴射後に排気系に燃料を直接導入して触媒の昇温を図るポスト噴射の5つのタイミングで、燃料噴射を実行することが記載されている。
【0003】
また、例えば特許文献2には、メイン燃焼前の予備燃焼によって気筒内温度を高める上で、パイロット噴射の燃料噴射量をエンジンの負荷及び回転数に応じて変更する技術が記載されており、これにより、メイン噴射を行う時点での気筒内温度を燃料の自己着火可能な温度よりも確実に上回るようにして、メイン噴射によって噴射された燃料の失火を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−293383号公報
【特許文献2】特開2005−240709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ディーゼルエンジンにおいて、NOx排出量の低減や熱効率の向上の観点からは、幾何学的圧縮比を低くすることが有利である。しかしながら、低圧縮比のエンジンは圧縮端温度及び圧縮端圧力が低くなるため、燃料の着火性には不利になる。特にエンジンの完全暖機前は気筒内温度が低くなるため、燃焼安定性が低下し易い。
【0006】
この点に関し、主噴射よりも前のタイミングで少なくとも1回の前段噴射を実行して主燃焼の開始前に前段燃焼を適切に生起させることが、主噴射開始時点における気筒内の温度及び圧力を最適化して主燃焼の安定化に有利になるという知見を、本願発明者らは、得ている。また、気筒内温度を高めると共に、気筒内の酸素濃度を適切に維持して安定した主燃焼を実現する上で、EGRガスの導入を、前述した前段噴射及び主噴射を含む燃料噴射制御と組みあわせることが好ましいことも見出した。
【0007】
ところで、気筒内に導入するEGR量は、エンジン負荷とエンジン回転数とに基づくフィードバック制御において設定されることになるが、手動変速機のシフトアップ時はアクセル開度が全閉でかつクラッチが遮断されることよりエンジンが無負荷状態になり、一時的に燃料カットの状態となる。このため、シフトアップの最中は、EGR量が一時的にゼロに設定され、気筒内には相対的に温度が低い新気のみが導入されるようになる。このことは、気筒内の温度低下を招く。
【0008】
また、シフトアップの最中にEGR量を一時的にゼロにすることで、気筒内の酸素濃度が高まる一方、シフトアップ後にアクセルペダルを踏み込むことに伴い、気筒内にEGRガスが再び導入されて気筒内の酸素濃度が低下するようになる。つまり、シフトアップの最中からそれの完了後において、閉じていたEGRバルブの開度を開側に変更することに伴い気筒内の酸素濃度が大きく変動しようとするが、EGR通路を介したEGRガスの導入には応答遅れが生じるため、気筒内の酸素濃度が不安定になってしまう。
【0009】
その結果、シフトアップ後には、気筒内の温度の低下と、気筒内の酸素濃度の不安定化とにより、特に前段燃焼の着火性が悪化し、そのことが、主燃焼の燃焼安定性を低下させて、排気エミッション性能の悪化を招く虞がある。
【0010】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、手動変速機のシフトアップ後における、ディーゼルエンジンの燃焼安定性の低下を回避することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
ここに開示するディーゼルエンジンの制御装置は、気筒内に供給した燃料を圧縮自着火させるよう構成されたエンジンと、前記気筒内に臨んで配設されかつ、当該気筒内に燃料を直接噴射するよう構成された燃料噴射弁と、前記エンジンの排気ガスを前記気筒への吸気に還流させるよう構成されたEGR手段と、を備える。
【0012】
そして、前記エンジンが完全暖機する前の運転状態において、前記燃料噴射弁は、拡散燃焼を主体とした主燃焼を行うために圧縮上死点又はそれよりも前に燃料噴射を開始する主噴射と、前記主燃焼の開始前に前段燃焼が生起するように、前記主噴射よりも前のタイミングで少なくとも1回の燃料噴射を行う前段噴射と、を実行し、前記EGR手段は、前記エンジンの運転状態に応じたEGR量の排気還流を実行し、前記EGR手段はまた、アクセルの全閉とクラッチの開放とを伴う変速機のシフトアッププロセスの最中に、当該シフトアッププロセスの開始直前のEGR量を保持する。
【0013】
この構成によると、エンジンの完全暖機前の運転状態においては、少なくとも1回の燃料噴射を含む前段噴射を行い、主燃焼の開始前に前段燃焼を生起させる。これによって、主噴射の開始時点における気筒内の温度及び圧力が高まる。このことにより、主噴射によって噴射された燃料の着火性が高まり、拡散燃焼を主体とした主燃焼が安定して行われる。また、EGR手段が、エンジンの運転状態に応じたEGR量の排気還流を実行する、言い換えるとフィードバック制御を行うことによって、比較的高温の排気ガスが気筒内に導入されて気筒内の温度上昇に有利になると共に、気筒内の酸素濃度がエンジンの運転状態に応じて適切に調整される。このことは、前段燃焼及び拡散燃焼の安定化に寄与する。
【0014】
その結果、エンジンの完全暖機前の運転状態における排気エミッション性能及び燃費の向上に有利になる。
【0015】
そして、前記の構成ではさらに、アクセルの全閉とクラッチの開放とを伴う変速機のシフトアッププロセスが実行されるときに、そのシフトアッププロセスの最中は、プロセス開始直前のEGR量が保持される。つまり、エンジンが無負荷になって一時的に燃料カット状態となったときでもEGR量がゼロにならずに、気筒内には新気と共に排気ガスも導入される。このことは、シフトアッププロセス中の気筒内の温度低下を抑制して、気筒内の温度は比較的高い状態に維持される。
【0016】
また、EGR量を変化させずに保持するため、シフトアッププロセス中の気筒内の酸素濃度の高まりが抑制される。さらに、例えばEGR通路上に配置されたEGR量の調整のための排気ガス還流弁の開閉制御が省略されて、シフトアッププロセスの前後において排気ガス還流弁の開度がそのまま維持される。そのため、シフトアッププロセスの完了後に、アクセルペダルが踏み込み操作されたときに、気筒内の酸素濃度の変動差が小さくかつ、EGRガスの導入遅れも抑制される。
【0017】
こうして、シフトアッププロセス後の、気筒内の温度低下の抑制と、筒内の酸素濃度の安定化とが実現し、特に前段燃焼の着火性の悪化が回避される。その結果、主燃焼の燃焼安定性も確保されて、排気エミッション性能の向上に有利になる。
【0018】
前記ディーゼルエンジンの制御装置は、前記エンジンの吸気通路上の配設されたスロットル弁を含む吸気量調整手段をさらに備え、前記吸気量調整手段は、前記シフトアッププロセスの最中に、当該シフトアッププロセスの開始直前の前記スロットル弁の開度を保持する、としてもよい。
【0019】
こうすることで、シフトアッププロセスの前後において、気筒内に導入される新気及びEGR量が共に維持されることになり、シフトアッププロセス後の気筒内の酸素濃度の安定化に、さらに有利になる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、前記のディーゼルエンジンの制御装置によると、完全暖機前の運転状態において、手動変速機のシフトアッププロセス後の前段燃焼及び主燃焼の燃焼安定性が共に確保できるから、排気エミッション性能の向上に有利になる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】ディーゼルエンジンの構成を示す概略図である。
【図2】ディーゼルエンジンの制御に係るブロック図である。
【図3】ディーゼルエンジンの完全暖機前の運転領域における燃料噴射形態の一例と、それに伴う熱発生率の履歴の一例とを示す図である。
【図4】シフトアッププロセス前後のクリップ制御に係るメインフローチャートである。
【図5】図4に示すメインフロー中の、シフトアップ判定ステップ処理に係るフローチャートである。
【図6】シフトアッププロセス前後のクリップ制御に係る、(a)アクセル開度信号、(b)アクセル開度変化率、(c)エンジン回転数、(d)燃料噴射量、(e)クラッチ操作信号、(f)ギヤ位置信号、(g)ニュートラル信号、(h)シフト判定フラグ、(i)シフトアップ判定ステップ信号、(j)目標気筒内酸素濃度及び実気筒内酸素濃度、(k)スロットル弁開度、(l)排気ガス還流弁開度、及び、(m)クーラバイパス弁開度、のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、実施形態に係るディーゼルエンジンを図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。図1,2は、実施形態に係るエンジン(エンジン本体)1の概略構成を示す。このエンジン1は、車両に搭載されると共に、軽油を主成分とした燃料が供給されるディーゼルエンジンである。このエンジン1が搭載される車両は、手動変速機73を備えたMT車であって、エンジン1の駆動に伴う出力トルクは、クランクシャフト15に対しクラッチ機構72を介して連結された手動変速機73を通じて駆動輪74に伝達されることになる。
【0023】
エンジン1は、複数の気筒11a(1つのみ図示)が設けられたシリンダブロック11と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設され、潤滑油が貯溜されたオイルパン13とを有している。このエンジン1の各気筒11a内には、ピストン14が往復動可能にそれぞれ嵌挿されていて、このピストン14の頂面にはリエントラント形燃焼室14aを区画するキャビティが形成されている。このピストン14は、コンロッド14bを介してクランクシャフト15と連結されている。
【0024】
前記シリンダヘッド12には、各気筒11a毎に吸気ポート16及び排気ポート17が形成されているとともに、これら吸気ポート16及び排気ポート17の燃焼室14a側の開口を開閉する吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ配設されている。
【0025】
これら吸排気弁21,22をそれぞれ駆動する動弁系において、排気弁側には、当該排気弁22の作動モードを通常モードと特殊モードとに切り替える油圧作動式の可変機構(図2参照。以下、VVM(Variable Valve Motion)と称する)が設けられている。このVVM71は、その構成の詳細な図示は省略するが、カム山を1つ有する第1カムとカム山を2つ有する第2カムとの、カムプロファイルの異なる2種類のカム、及び、その第1及び第2カムのいずれか一方のカムの作動状態を選択的に排気弁に伝達するロストモーション機構を含んで構成されており、第1カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22は、排気行程中において一度だけ開弁される通常モードで作動するのに対し、第2カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22が、排気行程中において開弁すると共に、吸気行程中においても開弁するような、いわゆる排気の二度開きを行う特殊モードで作動する。
【0026】
VVM71の通常モードと特殊モードとの切り替えは、エンジン駆動の油圧ポンプ(図示省略)から供給される油圧によって行われ、特殊モードは、内部EGRに係る制御の際に利用される。尚、こうした通常モードと特殊モードとの切り替えを可能にする上で、排気弁22を電磁アクチュエータによって駆動する電磁駆動式の動弁系を採用してもよい。また、内部EGRの実行としては、排気の二度開きに限定されるものではなく、例えば吸気弁21を2回開く、吸気の二度開きによって内部EGR制御を行ってもよいし、排気行程乃至吸気行程において吸気弁21及び排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを残留させる内部EGR制御を行ってもよい。尚、VVM71による内部EGR制御は、主に燃料の着火性が低いエンジン1の冷間時に行われる。
【0027】
前記シリンダヘッド12には、燃料を噴射するインジェクタ18と、エンジン1の冷間時に各気筒11a内の吸入空気を暖めて燃料の着火性を高めるためのグロープラグ19とが設けられている。前記インジェクタ18は、その燃料噴射口が燃焼室14aの天井面から該燃焼室14aに臨むように配設されていて、基本的には圧縮行程上死点付近で、燃焼室14aに燃料を直接噴射供給するようになっている。
【0028】
前記エンジン1の一側面には、各気筒11aの吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、前記エンジン1の他側面には、各気筒11aの燃焼室14aからの既燃ガス(つまり、排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。これら吸気通路30及び排気通路40には、詳しくは後述するが、吸入空気の過給を行う大型ターボ過給機61と小型ターボ過給機62とが配設されている。
【0029】
吸気通路30の上流端部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。一方、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒11a毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒11aの吸気ポート16にそれぞれ接続されている。
【0030】
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、大型及び小型ターボ過給機61、62のコンプレッサ61a,62aと、該コンプレッサ61a,62aにより圧縮された空気を冷却するインタークーラ35と、前記各気筒11aの燃焼室14aへの吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。このスロットル弁36は、基本的には全開状態とされるが、エンジン1の停止時には、ショックが生じないように全閉状態とされる。
【0031】
前記排気通路40の上流側の部分は、各気筒11a毎に分岐して排気ポート17の外側端に接続された独立通路と該各独立通路が集合する集合部とを有する排気マニホールドによって構成されている。
【0032】
この排気通路40における排気マニホールドよりも下流側には、上流側から順に、小型ターボ過給機62のタービン62b、大型ターボ過給機61のタービン61bと、排気ガス中の有害成分を浄化する排気浄化装置41と、サイレンサ42とが配設されている。
【0033】
この排気浄化装置41は、酸化触媒41aと、ディーゼルパティキュレートフィルタ(以下、フィルタという)41bとを有しており、上流側から、この順に並んでいる。酸化触媒41a及びフィルタ41bは1つのケース内に収容されている。前記酸化触媒41aは、白金又は白金にパラジウムを加えたもの等を担持した酸化触媒を有していて、排気ガス中のCO及びHCが酸化されてCO及びHOが生成する反応を促すものである。また、前記フィルタ41bは、エンジン1の排気ガス中に含まれる煤等の微粒子を捕集するものである。尚、フィルタ41bに酸化触媒をコーティングしてもよい。
【0034】
前記吸気通路30における前記サージタンク33とスロットル弁36との間の部分(つまり小型ターボ過給機62の小型コンプレッサ62aよりも下流側部分)と、前記排気通路40における前記排気マニホールドと小型ターボ過給機62の小型タービン62bとの間の部分(つまり小型ターボ過給機62の小型タービン62bよりも上流側部分)とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するための排気ガス還流通路50によって接続されている。この排気ガス還流通路50は、排気ガスの吸気通路30への還流量を調整するための排気ガス還流弁51a及び排気ガスをエンジン冷却水によって冷却するためのEGRクーラ52とが配設された主通路51と、EGRクーラ52をバイパスするためのクーラバイパス通路53と、を含んで構成されている。このクーラバイパス通路53には、クーラバイパス通路53を流通する排気ガスの流量を調整するためのクーラバイパス弁53aが配設されている。
【0035】
大型ターボ過給機61は、吸気通路30に配設された大型コンプレッサ61aと、排気通路40に配設された大型タービン61bとを有している。大型コンプレッサ61aは、吸気通路30におけるエアクリーナ31とインタークーラ35との間に配設されている。一方、大型タービン61bは、排気通路40における排気マニホールドと酸化触媒41aとの間に配設されている。
【0036】
小型ターボ過給機62は、吸気通路30に配設された小型コンプレッサ62aと、排気通路40に配設された小型タービン62bとを有している。小型コンプレッサ62aは、吸気通路30における大型コンプレッサ61aの下流側に配設されている。一方、小型タービン62bは、排気通路40における大型タービン61bの上流側に配設されている。
【0037】
すなわち、吸気通路30においては、上流側から順に大型コンプレッサ61aと小型コンプレッサ62aとが直列に配設され、排気通路40においては、上流側から順に小型タービン62bと大型タービン61bとが直列に配設されている。これら大型及び小型タービン61b,62bが排気ガス流により回転し、これら大型及び小型タービン61b,62bの回転により、該大型及び小型タービン61b,62bとそれぞれ連結された前記大型及び小型コンプレッサ61a,62aがそれぞれ作動する。
【0038】
小型ターボ過給機62は、相対的に小型のものであり、大型ターボ過給機61は、相対的に大型のものである。すなわち、大型ターボ過給機61の大型タービン61bの方が小型ターボ過給機62の小型タービン62bよりもイナーシャが大きい。
【0039】
吸気通路30には、小型コンプレッサ62aをバイパスする小型吸気バイパス通路63が接続されている。この小型吸気バイパス通路63には、該小型吸気バイパス通路63へ流れる空気量を調整するための小型吸気バイパス弁63aが配設されている。この小型吸気バイパス弁63aは、無通電時には全閉状態(つまり、ノーマルクローズ)となるように構成されている。
【0040】
一方、排気通路40には、小型タービン62bをバイパスする小型排気バイパス通路64と、大型タービン61bをバイパスする大型排気バイパス通路65とが接続されている。小型排気バイパス通路64には、該小型排気バイパス通路64へ流れる排気量を調整するためのレギュレートバルブ64aが配設され、大型排気バイパス通路65には、該大型排気バイパス通路65へ流れる排気量を調整するためのウエストゲートバルブ65aが配設されている。レギュレートバルブ64a及びウエストゲートバルブ65aは共に、無通電時には全開状態(つまり、ノーマルオープン)となるように構成されている。
【0041】
これら大型ターボ過給機61と小型ターボ過給機62は、それらが配設された吸気通路30及び排気通路40の部分も含めて、一体的にユニット化されて、過給機ユニット60を構成している。この過給機ユニット60がエンジン1に取り付けられている。
【0042】
このように構成されたディーゼルエンジン1は、パワートレイン・コントロール・モジュール(以下、PCMという)10によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェース及びこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。このPCM10が制御装置を構成する。PCM10には、図2に示すように、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW1、サージタンク33に取り付けられて、燃焼室14aに供給される空気の圧力を検出する過給圧センサSW2、吸入空気の温度を検出する吸気温度センサSW3、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW4、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW5、排気中の酸素濃度を検出するOセンサSW6、及び、車速を検出する車速センサSW7の検出信号が入力され、これらの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによってエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じてインジェクタ18、グロープラグ19,動弁系のVVM71、各種の弁36、51a、53aのアクチュエータへ制御信号を出力する。
【0043】
また、PCM10は、エンジンの運転状態において大型及び小型ターボ過給機61、62の動作を制御している。具体的には、PCM10は、小型吸気バイパス弁63a、レギュレートバルブ64a及びウエストゲートバルブ65aの各開度をエンジン1の運転状態に応じて設定した開度にそれぞれ制御する。詳しくは、PCM10は、エンジン1の温間時には、低負荷かつ低回転側の所定領域では、小型吸気バイパス弁63a及びレギュレートバルブ64aを全開以外の開度とし、ウエストゲートバルブ65aを全閉状態とすることによって、大型及び小型ターボ過給機61、62の両方を作動させる。一方、高負荷かつ高回転側の所定領域では、小型ターボ過給機62が排気抵抗になるため、小型吸気バイパス弁63a及びレギュレートバルブ64aを全開状態とし、ウエストゲートバルブ65aを全閉状態に近い開度にすることによって、小型ターボ過給機62をバイパスさせて大型ターボ過給機61のみを作動させる。尚、ウエストゲートバルブ65aは、大型ターボ過給機61の過回転を防止するために少し開き気味に設定している。
【0044】
そうして、このエンジン1は、その幾何学的圧縮比を12以上15以下(例えば14)とした、比較的低圧縮比となるように構成されており、これによって排気エミッション性能の向上及び熱効率の向上を図るようにしている。
【0045】
(エンジンの燃焼制御の概要)
前記PCM10によるエンジン1の基本的な制御は、主にアクセル開度に基づいて目標トルク(言い換えると目標となる負荷)を決定し、これに対応する燃料の噴射量や噴射時期等をインジェクタ18の作動制御によって実現するものである。目標トルクは、アクセル開度が大きくなるほど、またエンジン回転数が高くなるほど、大きくなるように設定され、目標トルクとエンジン回転数とに基づいて燃料の噴射量が設定される。噴射量は、目標トルクが高くなるほど、また、エンジン回転数が高くなるほど大きくなるように設定される。また、スロットル弁36、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aの開度の制御(つまり、外部EGR制御)や、VVM71の制御(つまり、内部EGR制御)によって、気筒11a内への排気の還流割合を制御する。
【0046】
図3は、エンジン1の未暖機状態(言い換えると完全暖機前)における、燃料噴射形態(上図)及びそれに伴う気筒11a内の熱発生率の履歴の一例(下図)を示している。PCM10は、水温センサSW1の検出結果に基づいて、エンジン1が暖機状態か未暖機状態かを判定する。詳しくは、PCM10は、水温が所定温度(例えば、80℃)以上のときは暖機状態と判定し、水温が当該所定温度未満のときには未暖機状態と判定する。エンジン1が未暖機状態のときには、PCM10は、図3に示すように、圧縮行程中における圧縮上死点に比較的近いタイミングで、比較的短い時間間隔を空けて3回のプレ噴射(前段噴射)を実行すると共に、その後の圧縮上死点付近において主噴射を1回、実行する。つまり、合計4回の燃料噴射を実行する。3回のプレ噴射は、十分な熱発生率を有するプレ燃焼(前段燃焼に相当する)を、その熱発生率のピークが圧縮上死点前の所定の時期に発生するように、生起させる。換言すれば、主燃焼の開始前にプレ燃焼を生起させ、それにより主噴射を開始する時点での気筒11a内の温度及び圧力を高めておく。このことは主噴射により噴射された燃料の着火遅れτmainを短くする。主噴射は、図例で示すように圧縮上死点前の所定のタイミング、又は、圧縮上死点で噴射を開始するが、着火遅れτmainが短いことで、その主噴射に伴う主燃焼は圧縮上死点付近において開始するようになる。このことは、熱効率の向上、ひいては燃費の向上に有利になる。ここで、図3(b)の例では、主燃焼の着火遅れτmainを、主噴射の開始から、主燃焼の熱発生率が上昇を開始するまで、と定義している。この制御では、プレ燃焼による熱発生率がピークを迎えると共に、その熱発生率が低下を始めた後に、主燃焼による熱発生率の上昇が開始するように、プレ噴射の噴射態様と主噴射の噴射態様とを設定しており、プレ燃焼の熱発生率の山と主燃焼の熱発生率との山との間には、極小値が存在している。主燃焼の着火遅れτmainは、主噴射の開始から前記の極小値までと定義することも可能である。
【0047】
また、前記の燃焼は、その後の主燃焼の熱発生率の上昇を緩慢にさせる。このことは燃焼騒音を低減させて、NVH(Noise Vibration Harshness)性能を高める上で有利になる。つまり、プレ噴射及びそれに伴うプレ燃焼は、主燃焼の制御性を高めて主燃焼を所望のタイミングで発生させ、それにより、燃費の向上及びNVH性能の向上に有利になる。
【0048】
さらに、プレ燃焼による熱発生率の山のピークは、主燃焼による熱発生率の上昇開始よりも前にずれるため、主燃焼の燃焼音を増大させることは回避しながら、プレ燃焼により得られるエネルギによって、主燃焼の開始時点で、気筒内の温度及び圧力を、着火遅れを短くする上で必要十分な状態にまで高めることが可能になる。このことは、着火遅れを短くすることは勿論のこと、前段噴射の噴射量を必要最小限にし、燃費の向上に有利になる。
【0049】
こうした噴射制御と共に、エンジン1が未暖機状態であるときには、外部EGR制御が実行される。この制御は、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aをそれぞれ、エンジン負荷及び回転数に応じた開度に設定することによるフィードバック制御である。これにより、EGRクーラ52をバイパスした比較的高温の排気ガスが気筒11a内に導入されて、未暖機状態におけるエンジン1の気筒11a内の温度上昇及び気筒11a内の酸素濃度の適正化が図られ、前述した前段燃焼及び主燃焼の安定化が図られる。
【0050】
(シフトアッププロセス時の吸気制御)
前述したように、エンジン1の完全暖機前の運転状態では、プレ噴射と主噴射とを含む燃料噴射制御と共に、外部EGR制御を含む吸気制御を実行する。ここで、手動変速機73のシフトアップ操作時には、アクセルの全閉及びクラッチ機構72の開放によって、エンジン1が無負荷状態となり、一時的に燃料カット状態となる。これにより、エンジン1の負荷及び回転数に応じて設定される排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aがそれぞれ全閉となって、EGR量が一時的にゼロに設定される。そして、手動変速機73において、ニュートラル位置を介したシフトアップ操作がなされて、クラッチ機構72の締結及びアクセルペダルの踏み込みが行われることによりシフトアッププロセスが完了すれば、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aがそれぞれ、エンジン1の回転数及び負荷に応じた所定開度に変更される。
【0051】
従って、アクセルの全閉、クラッチ機構72の開放、シフト操作、クラッチ機構72の締結及びアクセルペダルの踏み込みを含むシフトアッププロセスの最中には、EGR量がゼロになって、比較的低温の新気のみが気筒11a内に導入される。これは、気筒11a内の温度を低下させると共に、気筒11a内の酸素濃度を高める。また、シフトアッププロセス中からそれの完了後において、閉じていた排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aが開けられて気筒11a内の酸素濃度で低下するようになるが、排気ガス還流通路50を介したEGRガスの還流には、応答遅れが生じるから、シフトアッププロセス後のアクセルペダルの踏み込み時に、気筒11a内の酸素濃度が不安定になってしまう。この気筒11a内の温度低下と、酸素濃度の不安定性とが組み合わさって、シフトアッププロセス後は、前段燃焼の着火性が悪化し、前段燃焼の燃焼安定性の低下、ひいては主燃焼の燃焼安定性が低下してしまう。
【0052】
そこで、このエンジンシステムにおいて、PCM10は、シフトアッププロセス後の燃焼安定性の低下を回避すべく、シフトアッププロセスの最中には、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53a、並びにスロットル弁36の開度を、シフトアッププロセスの開始直前の開度で一定に保つクリップ制御を実行する。
【0053】
図4は、PCM10が実行する、シフトアッププロセス時のクリップ制御に係るメインフローを示している。スタート後のステップS41では、以降の制御に必要な各種信号を読み込み、ステップS42では、その読み込んだ信号に基づいて、シフトアップ判定のための処理演算を行う。ステップS43では、シフトアップ判定の許可範囲であるか否かを判定する。すなわち、ステップS43にて、エンジン回転数が所定の上下限回転数以内でかつ、車速が所定速度以上でかつ、ギア位置が所定ギア段以下でかつ、ブレーキ信号がオフであるときにはシフトアップ判定の許可範囲であると判定し、いずれか一つでも条件が成立しなかったときには、許可範囲でないと判定する。許可範囲でないとき(NOのとき)にはステップS46に移行し、エラーと判定して、シフトアップ判定を終了する(ステップS46)。これに対し、ステップS43で、シフトアップ判定の許可範囲であるとき(YESのとき)には、シフトアップ判定許可フラグを立てた上で(図6(h)参照)、ステップS44に移行する。ステップS44では、図5に示すシフトアップ判定ステップ処理のフローを実行する。このシフトアップ判定ステップ処理は、シフトアッププロセスに含まれる、アクセルの全閉、クラッチ機構72の開放、シフト操作、クラッチ機構72の締結及びアクセルペダルの踏み込みそれぞれの実行を、順次、判断することにより、シフトアッププロセスが実行されているか否かを判断するロジックであり、この処理によって、シフトアッププロセスが実行されているときには、クリップ制御を早期に開始することを可能にする。また、シフトアッププロセスでないと判断したときには、クリップ処理を直ちに中止することも可能になる。ここで、図5のフローと、図6のタイミングチャートを参照しながら、シフトアップ判定ステップ処理について説明する。図6のタイミングチャートは、同図(f)に示すように、2速から3速へのシフトアッププロセス時における、各パラメータのタイミングチャートの一例である。
【0054】
先ずステップS51では、シフトアップ判定ステップ1であるか否かを判定する。シフトアップ判定ステップ1は、アクセル開度の変化を検知したこと(図6(b)参照)、又は、クラッチ機構72の開放を検知したこと(図6(e)参照)、である。つまり、乗員がアクセルペダルを戻してアクセル開度の偏差量が所定量を超えかつアクセル開度が所定開度以下になったとき、又は、クラッチペダルを踏み込んでクラッチ機構72が開放されたときには、シフトアッププロセスのステップ1を判定したとして(図6(i)参照)、ステップS52に移行する。これに対し、それらの信号が、所定時間以上、検知されないときには、タイムアウトとして、後述するステップS516、つまり、通常の吸気制御に移行する。
【0055】
ステップS52では、シフト判定エラーか否かを判断する。この判定は、シフトアッププロセスとは異なる動作が行われているか否かを判定するものである。例えばクラッチ機構72が、所定時間以上、継続して開放されたままであるときには、シフトアッププロセスではない(例えば車両の減速状態である)とエラー判定をして、ステップS516に移行する。一方、エラー判定でないとき(NOのとき)にはステップS53に移行する。
【0056】
ステップS53では、シフトアップ判定ステップ1直前の、言い換えるとシフトアッププロセスの開始直前のEGR開度と、スロットル弁36の開度とをそれぞれ記憶する。
尚、この例でのEGR開度には、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aの双方の開度を含むが、例えばEGRクーラ52が省略されたシステムにおいては、排気ガス還流弁51aのみの制御とすればよい。
【0057】
続くステップS54では、シフトアップ判定ステップ2であるか否かを判定する。シフトアップ判定ステップ2は、前述したシフトアップ判定ステップ1においてアクセル開度の変化を検知したときには、クラッチ機構72の開放を検知することであり、シフトアップ判定ステップ1においてクラッチ機構72の開放を検知したときには、アクセル開度の変化を検知することである。すなわち、シフトアップ判定ステップ1と、シフトアップ判定ステップ2との2つのステップにおいて、アクセルの全閉及びクラッチ機構72の開放の2つの操作を、その順番を問わずに検知する。ステップS54においてYESのときには、シフトアッププロセスのステップ2を判定したとして(図6(i)参照)、ステップS55に移行する。一方、アクセルの全閉又はクラッチ機構72の開放の後、次の動作が行われずにタイムアウトになったようなときには、シフトアッププロセスではないとして、ステップS54からステップS516に移行する。ここで、シフトアップ判定ステップ1やステップ2に関係するタイムアウトは、比較的短く設定されている。これは、アクセルの全閉やクラッチ機構72の開放は、シフトアップ操作に限らずに、車両の減速時にも行われる操作であるため、シフトアップ操作でない場合は、クリップ制御ではなく、通常の吸気制御に早期に戻るために、タイムアウトを比較的短い時間に設定している。
【0058】
ステップS55では、シフト判定エラーか否かを判断する。エラーでない(NOのとき)にはステップS56に移行をして、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aの開度、並びに、スロットル弁36の開度をそれぞれ、ステップS53で記憶したEGR開度やスロットル開度で保持する(図6の(k)(l)(m)の実線参照)。一方、ステップS55において、エラー判定のときにはステップS516に移行する。このステップでのエラー判定の例としては、燃料噴射量が所定量以上になった場合等を挙げることができる。
【0059】
ステップS57では、シフトアップ判定ステップ3であるか否かを判定する。シフトアップ判定ステップ3は、手動変速機73の変速段がニュートラルになったことである(図6の(g)参照)。つまり、手動変速機73のシフトアップ操作においては、シフトアップ前の変速段(図例では2速)から、シフトアップ後の変速段(図例では3速)へと移行する際に、一旦は、必ずニュートラルになるためである。ニュートラル信号を検知したときには、シフトアッププロセスのステップ3を判定したとして(図6(i)参照)、ステップS58に移行する。これに対し、ニュートラル信号を検知しないでタイムアウトになったときには、ステップS516に移行する。
【0060】
ステップS58では、シフト判定エラーか否かを判断する。例えば手動変速機73が、ニュートラルのままで所定時間が経過したとき等には、このままクリップ制御を継続するよりも、通常の吸気制御に復帰した方が好ましいとしてエラー判定をし、ステップS516に移行する。これに対し、ステップS58でNOと判定したときには、ステップS59に移行して、排気ガス還流弁51a、クーラバイパス弁53a及びスロットル弁36に関し、クリップ制御をそのまま継続する。
【0061】
ステップS510では、シフトアップ判定ステップ4であるか否かを判定する。シフトアップ判定ステップ4は、手動変速機73がニュートラル以外になったことを検知したことである(図6の(g)参照)。つまり、ニュートラルを介して手動変速機73のシフトアップ操作が完了したときには、ステップS511に移行する。これに対し、ニュートラルのオフ信号を所定時間以上、検知せずにタイムアウトになったときには、ステップS510からステップS516に移行する。
【0062】
ステップS511では、シフト判定エラーか否かを判断する。例えば手動変速機73のシフトアップ操作は完了したものの、クラッチ機構72の開放が所定時間以上、継続しているとき等には、エラー判定をして、ステップS511からステップS516に移行をする。ここで、シフトアップ判定ステップ4や後述の判定ステップ5に関係する所定時間(タイムアウト時間)は、前述したシフトアップ判定ステップ4やステップ5に関係するタイムアウト時間に比べて長く設定される。これは、シフトアップ判定ステップ4のように、手動変速機73が一旦ニュートラルになって、別の変速段に移行した場合は、その操作はシフトアッププロセスであることに、ほぼ間違いないため、クリップ制御を止めて通常の吸気制御に早期に戻るような要求が低いためである。ステップS511の判定がNOのときには、ステップS512に移行をして、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aの開度、並びに、スロットル弁36の開度をそのまま維持する。つまり、クリップ制御を継続する。
【0063】
ステップS513では、シフトアップ判定ステップ5であるか否かを判定する。シフトアップ判定ステップ5は、燃料噴射量が所定量以上になったことを検知する。これは、シフトアップ操作が完了して、乗員がアクセルペダルを踏み込み操作したことを判定する。YESの判定のときには、ステップS514に移行する。これに対し、例えば燃料噴射量が所定量以上にならずにタイムアウトしたときには、ステップS513からステップS516に移行する。ステップS514では、シフト判定エラーか否かを判断し、YES判定の時はステップS516に移行をし、NO判定の時はステップS515に移行をする。
【0064】
ステップS515では、シフトアッププロセスが完了しており、クリップ制御から通常の吸気制御にスムースにつなげるための徐変制御を行う。これは、例えばアクセル開度と燃料噴射量とに基づき、排気ガス還流弁51a、クーラバイパス弁53a及びスロットル弁36の開度を徐々に変更する(図6の(k)(l)(m))。そしてステップS516において、通常の吸気制御に復帰をし、図4のフローのステップ45に戻って、シフトアップ判定を終了する。
【0065】
こうして図6(a)(b)(e)に示すように、アクセルの全閉及びクラッチ機構72の開放により、エンジン1は無負荷状態となり、同図(c)に示すようにエンジン1の回転数は次第に低下すると共に、同図(d)に示すように燃料噴射量は実質的にゼロに設定される。これにより、通常の吸気制御においては、EGR量もゼロに設定される(同図(d)の「EGRCUT条件」参照)。すなわち、通常の吸気制御では、図6(j)に点線で示すように、気筒11a内の目標酸素濃度が高くなり、同図(l)(m)に点線で示すように、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aが閉じられかつ、同図(k)に点線で示すように、スロットル弁36が開けられる。その結果、通常の吸気制御においては、気筒11a内の実酸素濃度が、同図(j)に破線で示すように、シフトアッププロセスの最中には大幅に高くなると共に、シフトアッププロセス後には、エンジン負荷及びエンジン回転数に応じた、比較的低い濃度にまで急変されるから不安定になる。
【0066】
これに対し、クリップ制御では、同図(j)に実線で示すように、シフトアッププロセスの最中に、気筒11a内の目標酸素濃度が、シフトアッププロセスの開始直前の値に保持され、同図(k)(l)(m)に実線で示すように、スロットル弁36、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aの開度がそれぞれ、シフトアッププロセスの開始直前の開度に保持される。つまり、図例では、スロットル弁36が閉じ側の所定開度で一定にされ、排気ガス還流弁51a及びクーラバイパス弁53aが開き側の所定開度で一定にされている。クリップ制御においては、気筒11a内の実酸素濃度が、同図(j)に一点鎖線で示すように、シフトアッププロセスの最中に高くなることが抑制されると共に、シフトアッププロセス後に不安定になることが回避される。また、シフトアッププロセスの最中に、新気だけでなくEGRガスも気筒11a内に導入されるため、気筒11a内の温度低下も抑制される。
【0067】
その結果、シフトアッププロセス後のアクセルペダルの踏み込み時に、前段燃焼の着火性が良好になり、主燃焼の燃焼安定性が向上する。その結果、排気エミッション性の向上に有利になる。
【0068】
また、シフトアッププロセスの判定を、そのシフトアッププロセスに含まれる複数の操作に対応させた、複数のステップによって行うことによって、シフトアップの検知のためだけのセンサ等を用いずとも、既存のセンサを利用して、シフトアッププロセスを早期に検知することができ、クリップ制御を速やかに開始することができる。これは、前述したシフトアッププロセス後の前段燃焼及び主燃焼の安定性を高める上で有利である。一方で、複数ステップによるシフトアッププロセスの判定は、シフトアッププロセスでないことも早期に検知でき、クリップ制御を開始していても、そのクリップ制御を速やかに終了して、通常の吸気制御(つまり、フィードバック制御)に早期に復帰することが可能になる。このこともまた、燃焼安定性の向上、ひいては排気エミッション性の向上に有利になる。
【符号の説明】
【0069】
1 ディーゼルエンジン(エンジン)
10 PCM(EGR手段、吸気量制御手段)
11a 気筒
18 インジェクタ(燃料噴射弁)
30 吸気通路
36 スロットル弁
40 排気通路
50 排気ガス還流通路(EGR手段)
51a 排気ガス還流弁(EGR手段)
53a クーラバイパス弁(EGR手段)
72 クラッチ機構
73 手動変速機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒内に供給した燃料を圧縮自着火させるよう構成されたエンジンと、
前記気筒内に臨んで配設されかつ、当該気筒内に燃料を直接噴射するよう構成された燃料噴射弁と、
前記エンジンの排気ガスを前記気筒への吸気に還流させるよう構成されたEGR手段と、を備え、
前記エンジンが完全暖機する前の運転状態において、
前記燃料噴射弁は、拡散燃焼を主体とした主燃焼を行うために圧縮上死点又はそれよりも前に燃料噴射を開始する主噴射と、前記主燃焼の開始前に前段燃焼が生起するように、前記主噴射よりも前のタイミングで少なくとも1回の燃料噴射を行う前段噴射と、を実行し、
前記EGR手段は、前記エンジンの運転状態に応じたEGR量の排気還流を実行し、
前記EGR手段はまた、アクセルの全閉とクラッチの開放とを伴う変速機のシフトアッププロセスの最中に、当該シフトアッププロセスの開始直前のEGR量を保持するディーゼルエンジンの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のディーゼルエンジンの制御装置において、
前記エンジンの吸気通路上の配設されたスロットル弁を含む吸気量調整手段をさらに備え、
前記吸気量調整手段は、前記シフトアッププロセスの最中に、当該シフトアッププロセスの開始直前の前記スロットル弁の開度を保持するディーゼルエンジンの制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−24154(P2013−24154A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−160515(P2011−160515)
【出願日】平成23年7月22日(2011.7.22)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】