説明

ディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置

【目的】 加速時の黒煙を防止し、且つ実作業時には十分なエンジン出力を出せるという両機能を満足する装置を得る。
【構成】 加速時制御の必要性を判定する判定回転数Nhと判定噴射量Rhを設定し、機関回転数と燃料噴射量のいずれもがこれらの判定値より低い時に加速時制御が実施されるようにした。
【効果】 機械的な構造が複雑になったり、不必要な燃料噴射量の制限が行われてエンジン出力が低下することがなく、エンジン出力よりも黒煙防止を優先すべき状態の時にのみ加速時制御が行われるので、加速時の黒煙防止と実作業時のエンジン出力を両立させることができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、加速時に燃料噴射量を制限して黒煙の発生を防止するようにしたディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置の改良に関するものである。
【0002】
【従来の技術】ディーゼルエンジンには加速時に黒煙を発生しやすい性質があり、これを防止するための装置として、ブーストコンペンセータや機械式ガバナにおける逆アングライヒ機構がよく知られている。しかし、前者ではブースト圧を利用するために配管やダイアフラム等が必要であり、一般に構造が複雑でコストが高くなりやすく、またブースト圧の立上りの遅れにより良好な負荷追従性を得ることが困難である。また後者では、ブースト圧や加速の有無などに無関係に一様に低回転域での噴射量を下げてしまうので、必要なエンジンの出力が得られにくくなると共に、ガバナの構造も複雑なものとなってコストが高くなる等の問題がある。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】この発明はこのような問題点に着目し、加速時の黒煙を防止し、且つ実作業時には十分なエンジン出力を得るという両機能を比較的簡単な構成によって実現することを課題としてなされたものである。
【0004】
【課題を解決するための手段】上記の課題を達成するために、この発明では、機関回転数の実際値と設定値及び燃料噴射量の実際値を検出し、所定の出力特性に対応した機関回転数の実際値を得るべく燃料噴射量の設定値を算出して燃料噴射量を制御すると共に、加速時には燃料噴射量の最大値を通常時における第1の制限値よりも低い第2の制限値に抑える加速時制御を行うようにしたディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置において、加速時制御の必要性を判定するための判定回転数と判定噴射量とをあらかじめ設定し、加速開始時の機関回転数の実際値が上記判定回転数より低く、且つ燃料噴射量の実際値が上記判定噴射量より低い場合に上記加速時制御を実施するように構成している。
【0005】上記の加速時制御は、開始されてからあらかじめ設定された所定の継続時間が経過すると終了するように構成される。また、制御の開始時には第1の制限値から第2の制限値への変更が速やかに行われ、終了時には第2の制限値から第1の制限値への復帰が徐々に行われるように構成される。また、アイドル回転数あるいはこれに近い低回転数以下の領域において第2の制限値が第1の制限値と同じあるいはほぼ同じ値に設定される。
【0006】また、作業機に搭載されたディーゼルエンジンで2台以上の油圧ポンプを駆動するように構成されたものにおいて、上記第2の制限値が、いずれかの油圧ポンプのリリーフ弁が作動した時のエンジン出力に対応する値よりも大きい値に設定される。この場合、判定噴射量を各油圧ポンプのロス馬力を含んだ非作業状態に対応する燃料噴射量よりも大きく、且つ第2の制限値よりも小さい値に設定している。
【0007】
【作用】判定回転数と判定噴射量を適正に設定しておくことにより、機関回転数と燃料噴射量のいずれもがこれらの判定値より低く、エンジン出力よりも黒煙防止を優先すべき状態であるか否かの判定が適切に行われ、必要な時にのみ加速時制御が実施される。
【0008】また、加速時制御の継続時間があらかじめ設定されることにより、長時間にわたって必要以上に加速時制御が行われて作業性を低下させることがない。また、加速時制御の終了時に第2の制限値から第1の制限値への復帰が徐々に行われることにより、急に燃料噴射量が増加して作業者がショックを感じたり、作業に危険が生じたりすることがない。また、低回転領域における第2の制限値を第1の制限値と同じ値あるいはほぼ同じ値に設定することにより、加速中に大きな負荷が掛かるようなことがあってもエンストを起すことがなく、作業性と安全性が向上される。
【0009】バックホーなどの作業機ではクローラやアーム、バケットなどの機構を2台以上の油圧ポンプで分担して駆動する場合が多いが、油圧ポンプのリリーフ弁が作動するのは、負荷が大きくてエンジンに大きな出力が要求されている時である。従って、第2の制限値をいずれかの油圧ポンプのリリーフ弁が作動した時のエンジン出力に対応する値よりも大きい値に設定することにより、油圧ポンプの1台がリリーフする程度ではエンストしないエンジンが得られる。
【0010】また、判定噴射量を各油圧ポンプのロス馬力を含んだ非作業状態に対応する燃料噴射量よりも大きく設定することにより、作業機に搭載されたエンジンとして実用上必要な出力が得られ、判定噴射量を第2の制限値よりも小さい値に設定することにより、加速時に加速できないという問題が生ずることがない。
【0011】
【実施例】次に図示の一実施例について説明する。図1は全体構成を示すブロック図であり、図において、1はエンジン、2はエンジン1に付設された燃料噴射ポンプ、3はラック用アクチュエータ、4は回転数センサ、5はラック位置センサ、6はアクセル位置センサ、7は制御部である。エンジン1は作業機に搭載されたもので、複数の油圧ポンプ8を回転駆動し、これらの油圧ポンプ8で走行部のクローラ、旋回部、ブームやアーム、バケット等の作業部、排土板などの機構部分9を適宜分担して操作するように構成されている。
【0012】制御部7は主要部にマイクロコンピュータを用いたものであり、入力ポート7a、出力ポート7b、制御演算及び入出力指示を与えるCPU7c、制御プログラムや制御演算に必要な諸データを記憶しているROM7d、演算に使用されるRAM7e等で構成されている。入力ポート7aには上記の各種のセンサが接続され、また出力ポート7bにはラック用アクチュエータ3が接続されている。なお、制御部7はエンジン1の制御全般に用いられるものであり、図示以外にも各種のセンサなどが適宜設けられる。また入力ポート7aの前段には必要に応じてA/D変換器等が挿入され、出力ポート7bの出力側には必要に応じてドライバー回路が挿入される。
【0013】図2はROM7dに記憶されている燃料噴射量マップである。CPU7cは回転数センサ4で検出される回転数の実際値、アクセル位置センサ6で検出される回転数の設定値、及びラック位置センサ5で検出される燃料噴射量の実際値から、図2のマップを用いて所定の出力特性に対応した回転数が得られるように燃料噴射量を算出し、その結果に応じてラック用アクチュエータ3を駆動するようになっている。このような基本的な制御自体は例えば特開昭64−45937号公報等によって公知であるので詳細な説明は省略し、次にこの発明による手順について述べる。
【0014】図2において、実線Aは通常の制御に用いられる最大ラック位置、実線Bはエンジン単体の無負荷相当ラック位置を示すものであり、これらは従来から周知のものである。この発明では実線Aを第1の制限値として、これより低い位置に破線Cで示すように第2の制限値が設定されている。この第2の制限値は、第1の制限値が最も大きな値となる回転数範囲を含む一定の領域における最大ラック位置を低く抑える形状で設定され、アイドル回転数Ni以下ではほぼ実線Aと一致している。
【0015】鎖線Dは油圧ポンプ8のいずれかがリリーフした時のエンジン出力に対応するラック位置を示しており、破線Cの第2の制限値はこの鎖線Dよりも大きい値に設定されている。また、鎖線Eは実線Bの無負荷相当ラック位置に各油圧ポンプ8のロス馬力を上乗せした非作業状態における燃料噴射量に対応するラック位置を示している。
【0016】回転数Nh及びラック位置Rhは、この発明において加速時制御の必要性を判定するために設定された判定回転数及び判定噴射量である。図に示すように、判定回転数Nhは最大回転数Nmよりかなり低く、アイドル回転数Niよりも高い値に設定されており、判定噴射量Rhは鎖線Eよりも大きく、破線Cの第2の制限値よりも小さい値に設定されている。
【0017】以下、図3及び図4のフローチャートを参照しながら動作を説明する。まず、ステップS1では回転数の設定値を更新し(Nset→Nset1)、更に新しい設定値Nset、実際値Nact及びラック位置の実際値Ractを算出し、前回と今回の回転数の設定値の差を加速判定値Naccと比較する。そして差がNacc以上であれば加速されていると判定して次のステップS2に進み、以上でなければステップS3に進む。
【0018】ステップS2では、回転数の実際値Nactと判定回転数Nhを比較し、またラック位置の実際値Ractと判定噴射量Rhを比較し、いずれかが以下でなければステップS3に進み、それぞれが以下であれば加速時制御を実施する条件、すなわち図2に斜線で示した領域で運転されていると判定して加速時制御フラグを1にセットし、継続時間タイマをスタートしてステップS3に進む。なお、継続時間はあらかじめ適切な時間に設定されている。ステップS3では、まず加速時制御フラグの状態を判定し、1であれば更に継続時間が経過したか否かを判定し、経過していなければステップS4に、経過していればステップS5にそれぞれ進む。また加速時制御フラグが1でなければステップS6に進む。
【0019】ステップS4とステップS5はこの発明による手順である。ステップS4では回転数の実際値Nactにおける第2の制限値の最大ラック位置Rmax2を図2のマップの破線Cから算出し、これを今回の最大ラック位置RmaxとしてステップS7に進む。
【0020】ステップS7は実際の燃料噴射量を決定するステップであり、周知のように、回転数の実際値と設定値の差から所定の速度変動率特性に対応する目標ラック位置Rsetを算出し、これと最大ラック位置Rmaxを比較する。そしてRset≦RmaxであればこのRsetを用いてラック用アクチュエータ3を駆動し、またRset≦RmaxでなければRsetをRmaxに修正した上でラック用アクチュエータ3を駆動し、それぞれ目標ラック位置Rsetに対応する所定量の燃料噴射を行う。
【0021】ステップS5は第2の制限値を用いた加速時制御の継続時間が終了して通常の制御に戻る際の手順である。すなわち、待ち時間タイマをスタートし、回転数の実際値Nactにおける第1の制限値の最大ラック位置Rmax1を図2のマップの実線Aから算出する。上記の待ち時間は比較的短い適切な時間に設定されている。続いてこの待ち時間が経過していない時にはステップS4で算出した最大ラック位置Rmaxをそのままで、また待ち時間が経過した時はRmaxを1ステップ増加してこれを今回の最大ラック位置とする。こうしてRmaxの1ステップ増加が待ち時間の経過ごとに繰り返され、ラック位置が徐々に第1の制限値まで増加して通常の制御に戻るのである。
【0022】次いでこの最大ラック位置Rmaxを第1の制限値の最大ラック位置Rmax1と比較する。ここでRmax1>RmaxであればこのRmaxをそのまま用いてステップS7に進み、Rmax1>RmaxでなければRmaxをRmax1に修正し、加速時制御フラグをリセットした後、ステップS7に進んで所定の燃料噴射が行われるのである。
【0023】また、ステップS3からステップS6に進むのは加速時制御が行われない通常の制御の場合であり、第1の制限値の最大ラック位置Rmax1を図2のマップの実線Aから算出し、このRmax1を今回のラック位置としてステップS7に進み、所定の燃料噴射が行われる。
【0024】図2の二点鎖線Fは以上の手順による動作点の変化を例示したものである。すなわち、図2の斜線領域内のa点で運転されている時にアクセルが操作され、その操作量が加速判定値Naccに対応する量を越えると、ステップS1及び2の手順によって加速時制御が開始される。この場合、ラック位置はアクセルに応じて増加するがその位置はステップS4によって図のb点で制限され、加速につれて動作点は第2の制限値である破線C上を右方向に移動する。そしてc点で加速時制御の継続時間が終了すると、ステップS5によって燃料噴射量が徐々に増加し、第1の制限値である実線A上のd点に達して通常の制御となるのである。
【0025】なお、図2の斜線領域内であってもアイドル回転数Niよりも低い回転数で運転されている時には、第2の制限値が第1の制限値とほぼ同一の値に設定されているため、加速時制御が行われても低回転域では最大ラック位置が低く抑えられることがない。その結果、負荷が急増した場合などにおけるエンストが回避されるのである。
【0026】
【発明の効果】以上の説明から明らかなように、この発明は、加速時に燃料噴射量を制限して黒煙の発生を防止するようにしたディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置において、加速時制御の必要性を判定する判定回転数と判定噴射量を設定し、機関回転数と燃料噴射量のいずれもがこれらの判定値より低い時に加速時制御が実施されるようにしたものである。
【0027】従って、ブーストコンペンセータや機械式ガバナにおける逆アングライヒ機構のように機械的な構造が複雑になったり、不必要な燃料噴射量の制限が行われるようなことがなく、しかも本当にエンジン出力よりも黒煙防止を優先すべき状態の時にのみ加速時制御が行われるので、加速時の黒煙防止と実作業時のエンジン出力を極力両立させることができ、実用性の高い加速時黒煙防止装置を得ることが可能となるのである。
【0028】また、加速時制御をあらかじめ設定された所定の継続時間で終了するようにしたものでは、従来のブースト圧を利用したもののように、ブースト圧の立上りが遅い時に加速時制御が必要以上に長時間続けられて、加速性能が極端に悪化したりエンストしたりするということがなくなり、負荷追従性が良くなって作業性が向上される。
【0029】また、加速時制御の終了時には第2の制限値から第1の制限値への復帰が徐々に行われるようにしたものでは、急に燃料噴射量が増加して作業者がショックを感ずるということがなく、操作フィーリングが向上する。また例えば建設機械などの作業機の場合には、旋回速度やブームの作動速度が急に速くなったりすると極めて危険であるが、このような危険な状態となることもない。また、過給機付きのエンジンではブースト圧が噴射量に追随できずに加速時制御の終了時に一時的に黒煙を発生することがあるが、このような問題が生ずることもない。
【0030】また、低回転領域における第2の制限値を第1の制限値と同じ値、あるいはほぼ同じ値に設定することにより、加速中に大きな負荷が掛かるようなことがあってもエンストを起すことが少なく、作業性が向上されると共に作業機の動作が突然停止することによる危険性が少なくなる。
【0031】また、作業機に搭載されたディーゼルエンジンで2台以上の油圧ポンプを駆動するように構成されたものにおいて、第2の制限値をいずれかの油圧ポンプのリリーフ弁が作動した時のエンジン出力に対応する値よりも大きい値に設定したものでは、油圧ポンプの1台がリリーフする程度ではエンジンがエンストせず、作業性を低下させるようなことがない。また、判定噴射量を各油圧ポンプのロス馬力を含んだ非作業状態に対応する燃料噴射量よりも大きく、且つ第2の制限値よりも小さい値に設定したものでは、判定噴射量の設定が適切であるため加速時において加速できないという問題が生ずることがなく、作業性が向上される。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の一実施例の全体構成を示すブロック図である。
【図2】同実施例の制御用マップの一例を示す図である。
【図3】同実施例の制御手順を示すフローチャートである。
【図4】同じく制御手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
1 エンジン
2 燃料噴射ポンプ
3 ラック用アクチュエータ
4 回転数センサ
5 ラック位置センサ
6 アクセル位置センサ
7 制御部
7c CPU
7d ROM
8 油圧ポンプ
9 機構部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】 機関回転数の実際値と設定値及び燃料噴射量の実際値を検出し、所定の出力特性に対応した機関回転数の実際値を得るべく燃料噴射量の設定値を算出して燃料噴射量を制御すると共に、加速時には燃料噴射量の最大値を通常時における第1の制限値よりも低い第2の制限値に抑える加速時制御を行うようにしたディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置であって、加速時制御の必要性を判定するための判定回転数と判定噴射量とがあらかじめ設定されており、加速開始時の機関回転数の実際値が上記判定回転数より低く、且つ燃料噴射量の実際値が上記判定噴射量より低い場合に上記加速時制御を実施するように構成されたことを特徴とするディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置。
【請求項2】 加速時制御の継続時間があらかじめ設定されており、加速時制御の開始から上記継続時間が経過すると加速時制御を終了するように構成された請求項1記載のディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置。
【請求項3】 加速時制御の開始時には第1の制限値から第2の制限値への変更が速やかに行われ、終了時には第2の制限値から第1の制限値への復帰が徐々に行われるように構成された請求項1または2記載のディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置。
【請求項4】 第2の制限値が、アイドル回転数あるいはこれに近い低回転数以下の領域において第1の制限値と同じ値あるいはほぼ同じ値に設定された請求項1乃至3のいずれかに記載のディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置。
【請求項5】 ディーゼルエンジンが2台以上の油圧ポンプを駆動するように構成されている作業機用のものであり、第2の制限値が、いずれかの油圧ポンプのリリーフ弁が作動した時のエンジン出力に対応する値よりも大きい値に設定された請求項1乃至4のいずれかに記載のディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置。
【請求項6】 判定噴射量が、各油圧ポンプのロス馬力を含んだ非作業状態に対応する燃料噴射量よりも大きく、且つ第2の制限値よりも小さい値に設定された請求項5記載のディーゼルエンジンの加速時黒煙防止装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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