説明

ディーゼルエンジンの異常燃焼防止システム

【課題】液化ガスを燃料とするディーゼルエンジンにおけるエンジン始動時の異常燃焼の発生を、低コストで防止することができるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムを提供する。
【解決手段】ディーゼルエンジン1の始動時において、気筒6が圧縮行程及び膨張行程にあるときに、シリンダ8のヘッド部に設けられた逃がし弁22を開弁して気筒6の燃焼室7を、その内面に沿って摺動可能なピストン25を有する貯留容器20に連通させる一方で、排気行程にあるときには逃がし弁22を閉弁する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムに関し、更に詳しくは、液化ガスを燃料とするディーゼルエンジンにおける燃焼室内への燃料リークによるエンジン始動時の異常燃焼の発生を、低コストで防止することができるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンの排ガスによる大気汚染の対策として、従来からの燃料である軽油の代わりに、ジメチルエーテル(DME)などの液化ガスを使用することが検討されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
この液化ガスは、燃焼室内に燃料を噴射する噴射ノズルのシート部からガス状となって外部へリークしやすいという性質がある。更に、液化ガスは軽油よりも粘度が低いので、噴射ノズルのシート部が摩耗しやすくなるため、外部へのリークが助長されることになる。
【0004】
特に、エンジン停止時においては、噴射ノズル内に残留した液化ガスが、圧力の低下により気化することで、シート部から燃焼室内へのリークが発生する。このようにエンジン停止時に液化ガスの燃料リークが発生すると、エンジン始動時に初爆で異常燃焼を起こして、最悪の場合にはシリンダライナやピストンリングが破損するおそれがある。このことは、高圧で燃料を噴射するコモンレール式の噴射装置を用いた場合に一層顕著になる。
【0005】
このような問題を解決するためには、エンジン始動時に吸排気バルブを開閉させて燃焼室内に滞留する液化ガスを掃気することが考えられるが、可変動弁機構の追加やそれを制御する制御ロジックが必要となるため、エンジンの構成が複雑となってコストが大幅に増加することになる。
【0006】
そのため、液化ガスを燃料とするディーゼルエンジンについて、エンジン始動時の異常燃焼の発生を、低コストで防止することができるシステムが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−239651号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、液化ガスを燃料とするディーゼルエンジンにおけるエンジン始動時の異常燃焼の発生を、低コストで防止することができるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成する本発明のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムは、液化ガスを燃料とするディーゼルエンジンの気筒に設置された噴射ノズルから燃焼室内への燃料リークに起因する異常燃焼を防止するディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムであって、一端部が配管で燃焼室に接続された貯留容器と、前記配管を開閉する逃がし弁と、前記逃がし弁を操作する開閉手段と、前記開閉手段を制御する制御手段とを備え、前記貯留容器は、その内面に沿って摺動可能であって他端部との間で弾性体を挟持するピストンと、前記他端部に形成された貫通孔とを有し、前記制御手段は、前記ディーセルエンジンの始動要求を受けると、スタータでクランク軸を回転駆動させるとともに、前記気筒が少なくとも圧縮行程及び膨張行程にあるときに前記開閉手段により前記逃がし弁を開弁し、所定の期間後に常時閉弁する制御を行うことを特徴とするものである。
【0010】
上記のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムは、燃料リーク検知手段を有し、制御手段は、その燃料リーク検知手段が液化ガスの燃料リークを検知した場合にのみ、気筒が少なくとも圧縮行程及び膨張行程にあるときに前記開閉手段により前記逃がし弁を開弁し、所定の期間後に常時閉弁する制御を行うことで、ディーゼルエンジンの始動が遅れるのを防ぐことができる。
【0011】
また、制御手段は、気筒がその後の排気行程にあるときに逃がし弁を閉弁することで、燃料リークにより燃焼室内に貯留する液化ガスの予混合気を効果的に掃気することができる。
【0012】
更に、制御手段は、逃がし弁を気筒の2〜3サイクル後に常時閉弁することで、燃料リークにより燃焼室内に貯留する液化ガスの予混合気を完全に掃気できるとともに、始動後のディーゼルエンジンの運転に影響を与えないようにすることができる。
【0013】
本発明のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムは、液化ガスを燃料とする一般の内燃機関に好適に用いられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムによれば、エンジン始動時において、気筒が少なくとも圧縮行程及び膨張行程にあるときに、一定の大きさを有する貯留容器を燃焼室に連通させるようにしたので、シリンダ内の圧縮比が一時的に低下して、燃料リークにより貯留している液化ガスの予混合気の温度上昇が抑制されて圧縮着火に至らなくなるため、異常燃焼の発生を防止することができるとともに、その液化ガスの予混合気をエンジン外部へ掃気してディーゼルエンジンの運転に影響を与えないようにすることができる。また、異常燃焼防止システムの構成及び機能が簡易であるため、コストの増加を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の第1の実施形態からなるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムの構成図である。
【図2】図1に示すX部の拡大図である。
【図3】第1の実施形態における制御手段の機能を示すフロー図である。
【図4】圧縮行程におけるX部の状態を示す拡大図である。
【図5】膨張行程におけるX部の状態を示す拡大図である。
【図6】排気行程におけるX部の状態を示す拡大図である。
【図7】本発明の第2の実施形態からなるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムの構成図である。
【図8】第2の実施形態における制御手段の機能を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0017】
図1、2は、本発明の第1の実施形態からなるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムを示す。
【0018】
このディーゼルエンジンの異常燃焼防止システム(以下、「異常燃焼防止システム」という。)が装備されるディーゼルエンジン1では、ジメチルエーテル(DME)などの液化ガス2が、高圧ポンプ(図示せず)によりコモンレール3内で蓄圧され、ECU(エンジンコントロールユニット)4により制御された噴射ノズル5を通じて気筒6の燃焼室7内の圧縮空気中に噴射されて燃焼・膨張することで、シリンダ8内のエンジンピストン9を往復動させるようになっている。燃焼後のガスは、排気弁10の開放時に燃焼室7から排気管11へ送られて大気中へ放出される。その一方で、吸気弁12の開放時に吸気管13から燃焼室7内へ空気が導入されてエンジンピストン9により圧縮される。
【0019】
エンジン始動時においては、スタータ14のセルモータ15により回転駆動されたピニオン16が、リングギア17に向けて伸長して嵌合することで、クランク軸18を回転させてクランキングを行うようになっている。
【0020】
異常燃焼防止システムは、シリンダ8のヘッド部に配管19を通じて接続する貯留容器20と、その配管19の開口部に取り付けられて開閉手段21により操作される逃がし弁22と、制御手段23とから構成される。
【0021】
貯留容器20は円筒形状を有しており、配管19が接続する一端部20aとは反対側の他端部20bには貫通孔24が形成されているとともに、その内部には内面に沿って摺動可能な円盤状のピストン25が、気密リング26を装着した状態で設置されている。また、ピストン25と他端部20bとの間には、弾性体であるバネ27が配置されている。
【0022】
制御手段23は、記憶部を備えたCPU(中央演算処理装置)から構成され、開閉手段21、スタータ14、気筒6の行程状態を検知する回転位置センサー28及びECU4のそれぞれに信号線29a〜29dを通じて接続している。
【0023】
なお、図1の構成では、制御手段23とECU4とを別体としているが、ECU4に制御手段23の機能を持たせて一体化するようにしてもよい。
【0024】
このような構成を有する異常燃焼防止システムの機能を、図3に示すフロー図を基に以下に説明する。
【0025】
制御手段23は、停止状態にあるディーゼルエンジン1に対して始動要求が発せられたことをECU4から入力されると(S10)、スタータ14のセルモータ15でピニオン16を回転駆動するとともに、そのピニオン16をリングギア17へ向けて伸長して嵌合させることでクランク軸18を回転させる(S20)。なお、このとき逃がし弁22は閉弁している。
【0026】
次に、各気筒6の行程を回転位置センサー28から検知し(S30)、気筒6が圧縮行程にあるときに、図4に示すように、開閉手段21により逃がし弁22を開弁する(S40)。これにより、エンジン停止時に噴射ノズル5から燃焼室7内に液化ガス2の燃料リークがあった場合には、燃焼室7内に滞留する液化ガス2の予混合気の少なくとも一部が、一時的に貯留容器20内に送り込まれる。このとき、貯留容器20内のピストン25は、液化ガス2の予混合気の圧力と、貫通孔24から抜ける空気とによって他端部20b側へ容易に押し込まれるので、予混合気を待避させるための貯留容器20の容積が増加することになる。
【0027】
次に、気筒6の膨張行程においても、図5に示すように、引き続き逃がし弁22を開弁状態にする(S50)。そのため、貯留容器20内に待避された液化ガス2の予混合気は、エンジンピストン9が下がることによるシリンダ8内の圧力低下と、貯留容器20内のピストン25を支持するバネ27の反力とによって、シリンダ8内へ押し戻される。
【0028】
次に、気筒6の排気行程においては、図6に示すように、逃がし弁22を閉弁する(S60)。そのため、シリンダ8内に押し戻されていた液化ガス2の予混合気は、開弁した排気弁10を通過して排気管11からエンジン外部へ掃気される。最後に、所定の期間後に逃がし弁22を常時閉弁した状態にする(S70)。
【0029】
このように、エンジン始動時の圧縮行程において逃がし弁22を開弁して、一定の大きさを有する貯留容器20を燃焼室7に連通させるようにしたので、シリンダ8内の圧縮比が一時的に低下して、燃料リークにより貯留している液化ガス2の予混合気の温度上昇が抑制されて圧縮着火に至らなくなるため、異常燃焼の発生を防止することができる。また、その圧縮行程に続く膨張行程でも逃がし弁22を開弁するようにしたので、その後の排気行程で貯留容器20内に待避された液化ガス2の予混合気をエンジン外部へ掃気して、ディーゼルエンジン1の運転に影響を与えないようにすることができる。更には、異常燃焼防止システムの構成及び機能が簡易であるため、コストの増加を抑えることができる。
【0030】
上記の実施形態では、排気行程において逃がし弁22を閉弁するようにしているので、貯留容器20内に待避された液化ガス2の予混合気を、貯留容器20内へ逆流させることなくエンジン外部へ効果的に掃気することができる。
【0031】
なお、逃がし弁22は排気行程においても開弁するようにしてもよく、その場合には、貯留容器20内に予混合気が逆流しないように、ピストン25を支持するバネ27の弾性力を、エンジンピストン9により押し出される予混合気の圧力よりも高く設定することが好ましい。
【0032】
特に、エンジン始動時の全ての行程において逃がし弁22を開弁する場合には、開閉手段21の制御を簡単な機構で容易に行うことが可能になる。
【0033】
逃がし弁22を常時閉弁するまでの所定の期間は、エンジン始動開始から気筒6の2〜3サイクルとすることが望ましい。そのようにすることで、燃料リークにより燃焼室7内に貯留する液化ガス2の予混合気を完全にエンジン外部へ掃気できるとともに、ディーゼルエンジン1の運転に影響を与えないようにすることができる。
【0034】
また、確実に異常燃焼の発生を防止するためには、ピストン25が他端部20b側へ押し込まれたときの貯留容器20内の空間容積は、燃料リークにより貯留している液化ガス2の予混合気の温度が、圧縮着火を引き起こす温度よりも低い温度となるような大きさにする必要がある。具体的には、貯留容器20自体の容積を、圧縮行程において逃がし弁22が開弁した際の圧縮比が9以下、好ましくは5以下となるような大きさを超えるものにするのがよい。
【0035】
図7は、本発明の第2の実施形態からなるディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムを示す。
【0036】
この異常燃焼防止システムは、図1に示す実施形態について、各気筒6に連通する吸気管13及び排気管11のそれぞれに燃料リーク検知手段である酸素センサー30を取り付けて、制御手段23と信号線29eで接続したものである。
【0037】
このような構成を有する異常燃焼防止システムの機能を、図8に示すフロー図を基に以下に説明する。
【0038】
制御手段23は、停止状態にあるディーゼルエンジンに対して始動要求が発せられたことをECU4から入力されると(S10)、スタータ14のセルモータ15でピニオン16を回転駆動するとともに、リングギア17へ向けてピニオン16を伸長して嵌合させることでクランク軸18を回転させる(S20)。なお、このとき逃がし弁22は閉弁している。
【0039】
そして、吸気管13及び排気管11に取り付けられた酸素センサー30の測定値を比較し(S22)、その差が所定の値以上である場合には(S24)、エンジン停止中に燃焼室7内への液化ガス2の燃料リークがあったものと判断し、気筒6が圧縮行程及び膨張行程にあるときに逃がし弁22を開弁し(S30〜S50)、排気行程にあるときに逃がし弁を閉弁し(S60)、所定の期間後に常時閉弁する(S70)。
【0040】
一方、酸素センサー30の測定値の差が所定の値未満である場合には(S24)、燃料リークがなかったものと判断し、逃がし弁22を常時閉弁したままにする(S70)。
【0041】
このようにすることで、噴射ノズル5からの液化ガス2の燃料リークがなかった場合には、エンジン始動時の初爆が通常の圧縮比で正常に行われるため、ディーゼルエンジン1の始動が遅れる(もたつく)のを防ぐことができる。
【0042】
酸素センサー30の吸気管13及び排気管11における取付位置は特に限定するものではなく、例えば、各気筒6から延びる吸気管13及び排気管11がそれぞれ1本に収束する太径部であってもよい。
【0043】
本発明の異常燃焼防止システムの用途は、上述したような自動車用のディーゼルエンジン1に限るものではなく、液化ガス2を燃料とするその他の内燃機関にも適用することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 ディーゼルエンジン
2 液化ガス
3 コモンレール
4 ECU
5 噴射ノズル
6 気筒
7 燃焼室
8 シリンダ
9 エンジンピストン
10 排気弁
11 排気管
12 吸気弁
13 吸気管
14 スタータ
15 セルモータ
16 ピニオン
17 リングギア
18 クランク軸
19 配管
20 貯留容器
21 開閉手段
22 逃がし弁
23 制御手段
24 貫通孔
25 ピストン
26 気密リング
27 バネ
28 回転位置センサー
29a〜29e 信号線
30 酸素センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液化ガスを燃料とするディーゼルエンジンの気筒に設置された噴射ノズルから燃焼室内への燃料リークに起因する異常燃焼を防止するディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムであって、
一端部が配管で燃焼室に接続された貯留容器と、前記配管を開閉する逃がし弁と、前記逃がし弁を操作する開閉手段と、前記開閉手段を制御する制御手段とを備え、
前記貯留容器は、その内面に沿って摺動可能であって他端部との間で弾性体を挟持するピストンと、前記他端部に形成された貫通孔とを有し、
前記制御手段は、前記ディーセルエンジンの始動要求を受けると、スタータでクランク軸を回転駆動するとともに、前記気筒が少なくとも圧縮行程及び膨張行程にあるときに前記開閉手段により前記逃がし弁を開弁し、所定の期間後に常時閉弁する制御を行うことを特徴とするディーゼルエンジンの異常燃焼防止システム。
【請求項2】
前記ディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムが燃料リーク検知手段を有し、
前記制御手段は、前記燃料リーク検知手段が前記液化ガスの燃料リークを検知した場合にのみ、前記気筒が少なくとも圧縮行程及び膨張行程にあるときに前記開閉手段により前記逃がし弁を開弁し、所定の期間後に常時閉弁する制御を行う請求項1に記載のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システム。
【請求項3】
前記制御手段は、前記気筒が前記圧縮行程及び膨張行程に続く排気行程にあるときに、前記逃がし弁を閉弁する請求項1又は2に記載のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システム。
【請求項4】
前記制御手段は、前記逃がし弁を前記気筒の2〜3サイクル後に常時閉弁する請求項1〜3のいずれかに記載のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システム。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のディーゼルエンジンの異常燃焼防止システムを搭載したことを特徴とする内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−96249(P2013−96249A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237265(P2011−237265)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】