説明

デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物及びその製造方法

【課題】天然物由来であって、ポリエステルやポリアミドの原料となり得るメチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体の位置異性体混合物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドとを、酢酸及び酢酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種を反応溶媒とし、硫酸、脂肪族スルホン酸及び芳香族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒の存在下で縮合させることで、下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物を製造する。


(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、資源の脱石油化が検討され、様々な天然資源が注目されている。プラスチックの分野でも脱石油化が図られ、グルコースの発酵により得られる乳酸を原料としたポリ乳酸が包装材料等に広く用いられている。
【0003】
ポリ乳酸は透明性に優れるが、耐熱性が低いため、射出成型等による成型品への適用は高温に曝されない限定的用途に留まっている。また、ポリ乳酸は、高温高湿条件あるいは酸性もしくはアルカリ性の環境下では容易に加水分解されるため、その改良が望まれている。
【0004】
ところで、天然物由来の成分として、松脂等から採取できるロジンがある。このロジンは種々のカルボン酸を含んでいる。それらのカルボン酸のうちアビエチン酸類を高分子材料に利用することが知られている(例えば、特許文献1及び2参照)。
例えば、特許文献1及び2は、アビエチン酸を用いてフェノール樹脂又はエポキシ樹脂の末端部を修飾することにより、ロジン変性フェノール樹脂及びロジン変性エポキシ酸樹脂として塗料等の結合剤とすることを開示している。しかしながら、これらの樹脂は、フェノール樹脂又はエポキシ樹脂を主骨格としているため、石油依存の原料であり、地球環境保護の観点に至っていない。
【0005】
また、不均化ロジンをグリセリン等の多価アルコールと反応させ、さらにジカルボン酸類と重縮合させた重合体も知られている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−274150号公報
【特許文献2】特開平6−87946号公報
【特許文献3】特開2010−20170号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献3に記載の重合体は不純物が多く、高分子量の線状重合体は形成されない。従って、このような重合体は、機械的強度を要求される成形体等の用途に利用することができない。
本発明は、前記の状況に鑑みなされたものであり、以下の目的を達成することを課題とする。
即ち、本発明は、天然物由来であって、ポリエステルやポリアミドの原料となり得るメチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体の位置異性体混合物を提供すること、及びそれらを環境負荷が小さく且つ効率的に合成できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体の合成法を鋭意検討した結果、メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体を効率良く製造でき、しかも環境負荷の小さい合成法を開発することに成功した。同時に、酸触媒存在下でのデヒドロアビエチン酸誘導体とホルムアルデヒドの縮合では2種の位置異性体が同時に生成することを見出し、本発明を考案するに至った。
すなわち、前記課題を解決するための手段は、以下の通りである。
<1> メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる2種以上の下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体を含む、デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【0011】
<2> 前記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体は、下記一般式(II)で表される化合物及び下記一般式(III)で表される化合物を含む、前記<1>に記載のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【0014】
<3> 前記一般式(II)で表される化合物に対する前記一般式(III)で表される化合物の含有比率が0.05〜0.60である前記<2>に記載のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【0015】
<4> 前記Xがそれぞれ独立して炭素数1〜4のアルコキシ基である、前記<1>〜<3>のいずれか1項に記載のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【0016】
<5> 酢酸及び酢酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種を反応溶媒とし、硫酸、脂肪族スルホン酸及び芳香族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒の存在下で、デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドとを反応させる工程を含む、下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物の製造方法。
【0017】
【化3】

【0018】
(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【0019】
<6> 前記デヒドロアビエチン酸またはその誘導体と、前記ホルムアルデヒドとの反応により、下記式(II)で表される化合物と、下記式(III)で表される化合物とが、生成比1:0.05〜1:0.60で生成する、前記<5>に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【0020】
【化4】

【0021】
(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基または炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【0022】
<7> 前記ホルムアルデヒドはパラホルムアルデヒドに由来する、前記<5>又は<6>に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【0023】
<8> 前記デヒドロアビエチン酸またはその誘導体と、前記ホルムアルデヒドとの反応における、前記デヒドロアビエチン酸またはその誘導体と、前記ホルムアルデヒドとのモル比が1.0:0.55〜1.0:2.0である、前記<5>〜<7>のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【0024】
<9> 前記酸触媒が、硫酸及び脂肪族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒である、前記<5>〜<8>のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【0025】
<10> 前記反応溶媒が、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル及び酢酸イソブチルからなる群より選ばれる少なくとも1種の酢酸エステルである、前記<5>〜<9>のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【0026】
<11> 前記反応溶媒が酢酸エチルである、前記<5>〜<10>のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、天然物由来であって、ポリエステルやポリアミドの原料となり得るメチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体の位置異性体混合物を提供することができる。さらに、本発明によれば、メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体の位置異性体混合物を、環境負荷が小さく且つ効率的に合成できる製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本実施例にかかるメチレンビスデヒドロアビエチン酸ジメチルの位置異性体混合物のH−NMRスペクトルの一例を示す図である。
【図2】本実施例にかかる12,12’−メチレンビスデヒドロアビエチン酸ジメチルのH−NMRスペクトルの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明のデヒドロアビエチン酸誘導体(以下、「メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体」ともいう)の位置異性体混合物について詳しく説明する。
なお、本明細書において「〜」とは、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0030】
<位置異性体混合物>
デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物は、メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる2種以上の下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体を含む。
【0031】
【化5】

【0032】
式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す。一般式(I)における2つのXは同一であっても異なっていてもよい。本発明においては、製造効率の観点から、炭素数1〜4のアルコキシ基であることが好ましい。
【0033】
デヒドロアビエチン酸は、例えばロジンから調製することができる。
ロジンは松脂から採取される樹脂成分であり、採取の方法により、代表的なものとして「ガムロジン」、「トールロジン」及び「ウッドロジン」の3種がある。ロジンに含まれる構成成分は、これら採取の方法、松の産地等により異なるが、一般的には、以下にその構造を示す、アビエチン酸(1)、ネオアビエチン酸(2)、パラストリン酸(3)、レボピマール酸(4)、デヒドロアビエチン酸(5)、ピマール酸(6)、イソピマール酸(7)等のジテルペン系樹脂酸の混合物である。
【0034】
【化6】

【0035】
これらのジテルペン系樹脂酸のうち、(1)から(4)で表される各化合物は、例えばアパタイト系等の触媒存在下、加熱処理することにより不均化を起こし、デヒドロアビエチン酸(5)と下記構造のジヒドロアビエチン酸(8)に変性することができる。変性は例えば、特開2002−284732号公報等を参考に行うことができる。
【0036】
【化7】

【0037】
一般式(I)で表されるメチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体は、後述するようにデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドとの反応により合成される。
一般式(I)で表されるメチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体において、2つのデヒドロアビエチン酸とメチレン基との結合位置は、デヒドロアビエチン酸のイソプロピル基を13位として、11位、12位及び14位のいずれであってもよいが、12位又は14位であることが好ましい。また2つのデヒドロアビエチン酸における置換位置は同一であっても異なっていてもよい。
【0038】
すなわち本発明のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物は、下記一般式(II)で表される化合物(以下、「12/12’異性体」ともいう)、下記一般式(III)で表される化合物(以下、「12/14’異性体」ともいう)、及び下記一般式(IV)で表される化合物(以下、「14/14’異性体」ともいう)、並びに、12/13’異性体、14/13’異性体、及び13/13’異性体からなる群から選ばれる少なくとも2種を含む。
【0039】
【化8】

【0040】
一般式(II)、一般式(III)及び一般式(IV)におけるXは、一般式(I)におけるXと同義であり、好ましい態様も同様である。
【0041】
中でも製造効率の観点から、前記デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物は、一般式(II)で表される化合物、一般式(III)で表される化合物及び一般式(IV)で表される化合物からなる群から選ばれる少なくとも2種を含むことが好ましく、一般式(II)で表される化合物及び一般式(III)で表される化合物を少なくとも含むことがより好ましい。
【0042】
デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物が、12/12’異性体及び12/14’異性体を含む場合、異性体混合物の総質量中における12/12’異性体及び12/14’異性体の総質量は50質量%以上であることが好ましく、70質量%以上であることがより好ましい。
さらに12/12’異性体に対する12/14’異性体の含有比率(「12/14’異性体」/「12/12’異性体」)は特に制限されないが、製造効率の観点から、0.05〜0.60であることが好ましく、0.05〜0.50であることがより好ましい。
【0043】
前記デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物は、分子内にカルボキシル基又はエステル基を2つ有するジカルボン酸又はエステル誘導体であることから、ポリエステル及びポリアミドを構成する化合物となり得る。また分子内にリジッドで嵩高い構造部分を有し、その構造部分がポリエステル及びポリアミドの主鎖の一部を構成し得ることから、耐熱性に優れるポリエステル及びポリアミドを構成し得る。
【0044】
<位置異性体混合物の製造方法>
本発明のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物は、デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドとの反応により製造される。
本発明の前記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物の製造方法は、酢酸及び酢酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種の溶剤を反応溶媒とし、硫酸、脂肪族スルホン酸及び芳香族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒の存在下で、デヒドロアビエチン酸又はその誘導体と、ホルムアルデヒドとを反応させる工程を含み、必要に応じてその他の工程を含んで構成される。
【0045】
デヒドロアビエチン酸は、以下のようにして得ることができる。例えば、ガムロジン又はトールロジンに不均化反応を施したり、触媒存在下、加熱処理を行ったりすることにより、60質量%以上の含量の粗デヒドロアビエチン酸を得ることができる。さらに粗デヒドロアビエチン酸に適当な精製処理を行うことにより純度80質量%以上のデヒドロアビエチン酸が得られる。通常はこの純度のものが原料として用いられるが、必要に応じてさらに高純度のデヒドロアビエチン酸を原料として用いてもよい。
【0046】
デヒドロアビエチン酸は種々の方法で容易に誘導体に誘導することができる。誘導体としてはエステル類やアミド類を挙げることができる。特に有用な誘導体はエステル類であり、ポリエステルやポリアミドの合成の原料としては炭素数1〜4の低級アルキルエステルが有用である。
デヒドロアビエチン酸エステルとホルムアルデヒドを反応させれば、メチレンビスデヒドロアビエチン酸のジアルキルエステルを得ることができる。
【0047】
デヒドロアビエチン酸の炭素数1〜4の低級アルキルエステルとしては、メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、イソプロピルエステル、ブチルエステル、イソブチルエステル、ヒドロキシエチルエステル、ヒドロキシプロピルエステル等を好ましい例として挙げることができ、より好ましい例としてメチルエステルを挙げることができる。
【0048】
デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と反応させるホルムアルデヒドは種々の化合物の形態で用いることができる。ホルムアルデヒドの35質量%〜37質量%水溶液であるホルマリンや、その多量体で固体として存在するパラホルムアルデヒドやメタホルムアルデヒド等が好ましく用いられる。また、環状の3量体であるトリオキサンやホルムアルデヒドのジメチルアセタールであるジメトキシメタン等も好ましく用いられる。それらの中でより好ましいものはパラホルムアルデヒドである。
【0049】
反応で用いるデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドのモル比、つまり、デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物:ホルムアルデヒドのモル比は、1.0:0.55〜1.0:2.0の範囲が望ましく、1.0:0.60〜1.0:1.5の範囲がより好ましい。なお、ホルムアルデヒドの誘導体を用いた場合はホルムアルデヒド換算した時の比である。
【0050】
デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドとの反応は、酸触媒の存在下で行なわれる。酸触媒としては硫酸、脂肪族スルホン酸及び芳香族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒が用いられる。
脂肪族スルホン酸としては例えば、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸等の炭素数1〜6の脂肪族スルホン酸を挙げることができる。また芳香族スルホン酸としては例えば、p−トルエンスルホン酸、o−トルエンスルホン酸、クロロベンゼンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸等を挙げることができる。
酸触媒は上記のような強酸が用いられるが、これらの中でも触媒活性や経済性の点で、硫酸及び脂肪族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒が好ましく、硫酸及び炭素数1〜6の脂肪族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒がより好ましく、硫酸及び炭素数1〜3の脂肪族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒がより好ましく、硫酸及びメタンスルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒がさらに好ましい。
【0051】
本発明における酸触媒は1種単独でも2種以上を組み合わせて用いてもよい。
さらに硫酸、脂肪族スルホン酸及び芳香族スルホン酸に加えて、トリフルオロ酢酸等のハロアルキルカルボン酸などを併用することもできる。
【0052】
酸触媒の量は、用いる酸触媒に応じて適宜選択される。好ましい酸触媒の量は酸の種類によって異なるが、使用する反応溶媒に対して10質量%〜80質量%が好ましく、10質量%〜60質量%がより好ましい。その使用量が10質量%以上であると反応が十分に進行し、また80質量%以下であると副反応が抑制され、目的物の単離収率が向上する。
【0053】
本発明のデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物とホルムアルデヒドとの反応では、通常、デヒドロアビエチン酸の12位同士で反応したメチレンビスデヒドロアビエチン酸またはその誘導体、つまり、前記一般式(II)で表される12/12’異性体が生成するが、同時に、一方のデヒドロアビエチン酸の12位ともう一方のデヒドロアビエチン酸の14位が反応した位置異性体、つまり、前記一般式(III)で表される12/14’異性体も生成する。
一方、デヒドロアビエチン酸の14位同士が反応した位置異性体、つまり、前記一般式(IV)で表される14/14’異性体は、通常はあまり多くは観察されない。
なお、位置異性体の生成比は反応生成物のH−NMRスペクトルの解析により容易に算出することができる。
【0054】
以下に、位置異性体の生成比の算出方法について説明する。
図2にH−NMRスペクトルを示すように、一般式(II)で表される12/12’異性体の芳香環プロトンの化学シフトは、以下のように帰属される。
【0055】
【化9】

【0056】
一方、一般式(III)で表される12/14’異性体の芳香環プロトンの化学シフトは以下のように帰属される。特に11位のプロトンの化学シフトは、立体障害による特異な立体配置(配座)により芳香環の環電流効果(遮蔽効果)を受けて高磁場シフトしている。
【0057】
【化10】



【0058】
したがって、図1に混合物のH−NMRスペクトルの一例を示すように、互いに十分に分離している6.68ppmと6.25ppmの2つのシグナルの積分値の比から、12/12’異性体と12/14’異性体の生成比が算出できる。
【0059】
本発明のデヒドロアビエチン酸及びその誘導体とホルムアルデヒドとの反応における12/12’異性体と12/14’異性体の生成比(12/12’異性体:12/14’異性体)は通常、1:0.05〜1:0.60の範囲であり、1:0.05〜1:0.50の範囲であることが好ましい。
【0060】
12/12’異性体と12/14’異性体の生成比は反応条件により若干の影響を受ける。例えば、強酸ほど12/14’異性体が増す傾向がある。具体的には硫酸やメタンスルホン酸のような脂肪族スルホン酸を用いると通常、全生成物中に20質量%以上生成するのに対し、トリフルオロ酢酸では12/14’異性体の生成は20質量%以下となる。
【0061】
本発明の位置異性体混合物の製造方法においては、デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物とホルムアルデヒドとの反応には、反応溶媒として、酢酸及び酢酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種が用いられるが、酢酸エステルの少なくとも1種を用いることが好ましい。
このような特定の溶剤を用いることで、原料の溶解性を高めることができ、また、溶媒効果によって反応進行が促進され、生成物の単離が容易になり、さらに環境負荷を低減することができる。
【0062】
酢酸を用いることで、副反応が抑制されて反応進行が促進され、生成物の単離が容易になる。
また酢酸エステルを用いることで、反応進行が促進されて生成物の単離が容易になり、さらには環境負荷を低減できる。
【0063】
酢酸エステルとしては例えば、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル等を挙げることができる。それらの中でも酢酸エチルがより好ましく用いられる。
反応溶媒として酢酸エステル(酢酸メチル以外であることが好ましい)を用いることで、反応終了後、水を加えて2層分離させ、有機層から溶媒を減圧留去し、回収再使用することができるので環境負荷を低減する上でも好ましい。
【0064】
酢酸エステル以外のエステル類としては、ギ酸エステル類、プロピオン酸エステル類、酪酸エステル類、コハク酸エステル類、マレイン酸エステル類、フマル酸エステル類、アジピン酸エステル類等の中にも反応進行の点で酢酸エステル類に準ずる効果を有するものがあるが、コスト面や回収再使用の容易さで酢酸エステル類のほうが好ましい。
【0065】
また反応進行の点では塩化メチレンやジクロロエタン等のハロゲン系溶媒が好ましいが、大気汚染や地下水汚染等の環境への影響からその使用は好ましくなく、また、目的物がハロゲン系溶媒に易溶なため、目的物の単離が煩雑になる場合がある。
【0066】
さらにトルエン、キシレン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の芳香族炭化水素中でも反応は進行するが、これらの溶媒を用いると、溶媒の一部がホルムアルデヒドと反応してしまう場合があり好ましくない。
【0067】
デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物とホルムアルデヒドとの反応に用いる反応溶媒の使用量は特に制限されず、用いる溶剤に応じて適宜選択することができる。例えば、反応に用いるデヒドロアビエチン酸及びその誘導体に対して、150質量%〜1000質量%とすることができ、200質量%〜500質量%であることが好ましい。
【0068】
本発明のデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物とホルムアルデヒドとの反応は幅広い温度域で進行する。好ましい反応温度は0℃〜50℃であり、より好ましいのは10℃〜40℃である。反応温度が0℃以上であると反応進行が促進される。また反応温度50℃以下であると副生物の生成が抑制されたり、反応液の着色を抑制したりできる。
【0069】
本発明の位置異性体混合物の製造方法は、生成物の単離工程をさらに含むことが好ましい。
単離工程においては、反応終了後、種々の方法でメチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体の位置異性体混合物を単離することができる。例えば、反応中に析出した目的物の結晶を単純に濾取する方法;反応後、反応液に氷水を注いで析出した目的物を濾取する方法;反応液に氷水を注いだ後、水層を分離し、さらに洗液がほぼ中性になるまで水洗した後、有機層の溶媒を減圧留去して目的物を得る方法等が適用できる。目的物の単離法は、メチレンビスデヒドロアビエチン酸又はその誘導体の物理特性と位置異性体生成比、さらには反応条件に合わせて最も有利な単離方法を採用すればよい。
【0070】
一般に12/14’異性体は12/12’異性体より結晶性が悪いので、12/14’異性体の生成を抑制した方が目的物の単離は容易となる。反応溶媒に酢酸エステル類を用いると多くの場合、目的とするメチレンビスデヒドロアビエチン酸又はその誘導体が位置異性体の混合物として結晶として反応系から析出するので、単離が極めて容易となり、生産性を高めることができる。
【0071】
前述のように本発明においては通常、メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体が位置異性体の混合物として得られ、ほとんどの場合、混合物のまま、多方面の用途に利用することができるが、必要に応じて高純度の12/12’異性体を得ることもできる。一般には、混合物を適当な有機溶媒から再結晶することにより12/14’異性体を除去することができ、高純度の12/12’異性体を得ることができる。
もう一方の12/14’異性体を高純度で得るには液体クロマトグラフィーで分取する等の方法を採用することができる。
【0072】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0073】
<実施例1>
以下に示す反応スキームでデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物を製造した。
【0074】
【化11】

【0075】
500ml三口フラスコに、酢酸エチル100mlを入れ、そこに硫酸30mlを冷却しながら15℃〜20℃で滴下した。引き続き、デヒドロアビエチン酸メチル(31.4g,0.100mol)及びパラホルムアルデヒド(2.40g,0.0800mol)を加え、30℃で4時間撹拌した。反応液に氷水200ml及び酢酸エチル50mlを加えて水層を分離し、有機層を繰り返し水洗した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥後、酢酸エチルを減圧留去し、残渣にメタノール100mlを添加し、室温で1時間撹拌した。固化した結晶を濾取、メタノールで洗浄してメチレンビスデヒドロアビエチン酸ジメチルの白色結晶(24.0g,単離収率75%,12/12’異性体含率88%)を得た。また、反応の位置異性体生成比(12/12’異性体:12/14’異性体)は1:0.30であった。
【0076】
上記のメチレンビスデヒドロアビエチン酸ジメチル(位置異性体混合物)を酢酸エチル/メタノールから2回再結晶して得た12/12’異性体の純品のH−NMRスペクトルチャートを図2に示す。また、その濾液を濃縮して得た位置異性体混合物(12/14’異性体が濃縮されたもの)のNMRスペクトルチャートを図1に示した。なお、反応の位置異性体生成比は、反応終了後、反応液を少量分取し、水を加えて有機層を分離し、酢酸エチルを留去して得られる残渣のNMRスペクトルを測定し、6.68ppmのシグナル(12/12’異性体の14位プロトン)の積分値と6.25ppmのシグナル(12/14’異性体の11位プロトン)の積分値×2の比から算出した。
【0077】
<実施例2>
500ml三口フラスコに、酢酸エチル150mlを入れ、そこに硫酸40mlを冷却しながら15℃〜20℃で滴下した。引き続き、デヒドロアビエチン酸(30.0g,0.100mol)及びパラホルムアルデヒド(2.40g,0.0800mol)を加え、40℃で4時間撹拌した。反応終了後、塩化メチレン40mlを加え、15℃まで冷却して析出した結晶を濾取、アセトニトリルで洗浄してメチレンビスデヒドロアビエチン酸の白色結晶(15.6g,単離収率51%,12/12’異性体含率92%)を得た。また、反応の位置異性体生成比は1:0.25であった。
【0078】
<実施例3>
【0079】
500ml三口フラスコに、デヒドロアビエチン酸メチル(31.4g,0.100mol)、パラホルムアルデヒド(2.10g,0.07mol)及び酢酸メチル100mlを加え室温で攪拌した。冷却しながら硫酸23.0mlを内温25℃以下で滴下した。室温で4時間撹拌すると目的とするメチレンビスデヒドロアビエチン酸ジメチルの結晶が析出した。15℃〜20℃で攪拌を1時間行った後、析出した結晶を減圧濾過し、メタノール、続いて水で洗浄を行った。得られた結晶にメタノール90mlを加えて加熱還流を20分間行った。内温25℃にまで冷却し、水45mlを滴下した。析出した結晶を減圧濾過してメチレンビスデヒドロアビエチン酸ジメチル(20.0g,単離収率62.4%,12/12’異性体含率91%)を得た。また、反応の位置異性体生成比は1:0.28であった。
【0080】
<実施例4〜13、比較例1〜5>
実施例1において、反応に用いたデヒドロアビエチン酸及びその誘導体、酸触媒の種類、ホルムアルデヒドの種類、反応溶媒を下記表1に示すように変更したこと以外は、上記と同様にして、デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物を製造した。位置異性体生成比及び単離収率を表1に示す。
なお、表1中のXは、前記一般式(I)中のXを意味する。
【0081】
【表1】

【0082】
以上の結果からわかるように、本発明の方法によれば、メチレンビスデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物を簡便な方法で容易に合成することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メチレンビスデヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる2種以上の下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体を含む、デヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【化1】


(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【請求項2】
前記2種以上の下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体は、下記一般式(II)で表される化合物及び下記一般式(III)で表される化合物を含む、請求項1に記載のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【化2】



(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【請求項3】
前記一般式(II)で表される化合物に対する前記一般式(III)で表される化合物の含有比率が0.05〜0.60である、請求項2に記載のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【請求項4】
前記Xがそれぞれ独立して炭素数1〜4のアルコキシ基である、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物。
【請求項5】
酢酸及び酢酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種を反応溶媒とし、硫酸、脂肪族スルホン酸及び芳香族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒の存在下で、デヒドロアビエチン酸及びその誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、ホルムアルデヒドとを反応させる工程を含む、下記一般式(I)で表されるデヒドロアビエチン酸誘導体の位置異性体混合物の製造方法。
【化3】


(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【請求項6】
前記デヒドロアビエチン酸またはその誘導体と、前記ホルムアルデヒドとの反応により、下記式(II)で表される化合物と、下記式(III)で表される化合物とが、生成比1:0.05〜1:0.60で生成する、請求項5に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【化4】


(式中、Xはそれぞれ独立してヒドロキシ基または炭素数1〜4のアルコキシ基を表す)
【請求項7】
前記ホルムアルデヒドはパラホルムアルデヒドに由来する、請求項5又は請求項6に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【請求項8】
前記デヒドロアビエチン酸またはその誘導体と、前記ホルムアルデヒドとの反応における、前記デヒドロアビエチン酸またはその誘導体と、前記ホルムアルデヒドとのモル比が1.0:0.55〜1.0:2.0である、請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【請求項9】
前記酸触媒が、硫酸及び脂肪族スルホン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸触媒である、請求項5〜請求項8のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【請求項10】
前記反応溶媒が、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル及び酢酸イソブチルからなる群より選ばれる少なくとも1種の酢酸エステルである、請求項5〜請求項9のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。
【請求項11】
前記反応溶媒が酢酸エチルである、請求項5〜請求項10のいずれか1項に記載の位置異性体混合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−144514(P2012−144514A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262310(P2011−262310)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】