説明

データ処理装置及びデータ処理プログラム

【課題】分光光度計など各種分析装置から取得されたスペクトルやクロマトグラムなどの波形データを画面上で簡便に比較することができるデータ処理装置及びデータ処理用プログラムを提供する。
【解決手段】ユーザはマウス等を操作することにより基準範囲指定カーソル62を動かし、基準ピークを一致させたい横軸範囲を指定する。これにより、ユーザが指定した横軸範囲が基準範囲として設定される。この設定された基準範囲内での波形データの最大値・最小値が互いに一致するよう、一方の波形の倍率及びオフセット値を算出する。そして算出した倍率及びオフセット値を対応する波形のデータに適用し、以降の描画はこの変更された波形データ波形データに基づいて行うようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光光度計やクロマトグラフ分析装置などから取得される波形データに基づいてスペクトルやクロマトグラムなどのグラフを描出する機能を有する分析装置用データ処理装置、及び、そうした機能をコンピュータ上で実現するためのデータ処理用プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、分光光度計やクロマトグラフ分析装置を初めとする各種の分析装置では、分析により収集されたデータの処理やデータ管理などを行うためにパーソナルコンピュータ(以下、PCと略す)が利用されるのが一般的である。このPC等により具現化されるデータ処理装置では、分析の遂行に伴って順次収集されるスペクトルやクロマトグラムなどの波形データをグラフ化してモニタの画面上に描出する機能を有している。
【0003】
分析者(ユーザ)は、データ処理装置により描出されたグラフを基に、得られたデータを解析する。この際、分析対象の波形(以下、「対象波形」とする)を予め実験により得られた若しくはデータベース等に記録された参照波形と比較し、参照波形に現れるピーク以外のピークが対象波形に存在するかどうかを確認する、といった作業が行われる(特許文献1)。しかしながら、これらの波形は測定条件等によってベースラインやピーク高さが変化するため、分析者が参照波形と対象波形のピークを画面上で比較する際には、以下のような手順を踏む必要がある。
【0004】
(1) 参照波形と対象波形のデータを読み込み、横軸を揃えてグラフ上に重ね描き表示する。
(2) 各波形のベースラインやピーク高さを揃えるための基準となるピーク(以下、「基準ピーク」とする)を選び、この基準ピークを含む所定の領域を拡大表示する。
(3) 参照波形と対象波形の基準ピークが互いに一致するよう、対象波形(参照波形でも良い)を拡大/縮小又は移動させる。
(4) 基準ピークのベースラインとピーク高さを揃えた状態のまま、グラフを全体表示(縮小表示)する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-304787号公報([0004])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
通常のデータ処理装置には、複数の波形を重ね描き表示する機能や、グラフ内の所定の領域を拡大表示する機能は備わっている。また、少数ながらも、各々の波形を個別に拡大/縮小させたり、移動させたりする機能を備えたデータ処理装置もある。しかしながら、このような各々の波形の表示を個別に変えることができるデータ処理装置であっても、基準ピークを合わせる際にはユーザが手動で上記(1)〜(4)の作業を行う必要がある。こうした作業は面倒であり、しかもユーザが分析にかける時間を大幅に増加させてしまう。また、各々の波形を個別に変化させてもそのデータは装置に反映されず、その後にグラフ全体の倍率を変更したり、画面上に表示されていない領域を閲覧しようとした場合、グラフが最初の不揃いの状態に戻ってしまっていた。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、分光光度計など各種分析装置から取得されたスペクトルやクロマトグラムなどの波形データを画面上で簡便に比較することができるデータ処理装置及びデータ処理用プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係るデータ処理装置は、
入力された複数の波形データを、横軸を合わせてグラフ上に重ね描きする描画手段と、
前記グラフの中からユーザが指定した横軸範囲を基準範囲として設定する基準範囲設定手段と、
前記基準範囲内に表示されている全波形のベースライン及びピーク高さが一致するように各波形の倍率及びオフセットを算出し、算出したそれらの値に基づいて以降の描画を行うよう前記描画手段に指示する再描画指示手段と、
を有することを特徴とする。
【0009】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るデータ処理プログラムは、
コンピュータを、
入力された複数の波形データを、横軸を合わせてグラフ上に重ね描きする描画部、
前記グラフの中からユーザが指定した横軸範囲を基準範囲として設定する基準範囲設定部、
前記基準範囲内に表示されている全波形のベースライン及びピーク高さが一致するように各波形の倍率及びオフセットを算出し、算出したそれらの値に基づいて以降の描画を行うよう前記描画部に指示する再描画指示部、
として機能させることを特徴とする。
【0010】
なお、本発明において「各波形の倍率及びオフセットを算出」するとは、基準範囲内に表示されている全ての波形のそれぞれに対して行うことに限定されない。例えば、ベースライン及びピーク高さを一致させる際の基準とした波形については倍率及びオフセットを算出しなくとも良いため、このような場合にはそれ以外の波形のそれぞれに対して倍率及びオフセットを算出し、以降の処理を行う。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来、ユーザが行っていた複数の波形データのベースラインやピーク高さを揃えるという作業が、基準範囲をグラフ内から指定するだけで自動で行うことができるため、ユーザの手間を大幅に削減することが可能となる。また、本発明により再描画されたグラフは、波形毎に算出された倍率及びオフセットに基づき変更された波形のデータから描出されるため、グラフ全体を拡大/縮小したり、グラフの表示領域を変更したりしても、各波形のベースラインやピーク高さは揃ったままで維持される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係るデータ処理装置を備えた分析システムの一実施例を示す概略構成図。
【図2】本実施例のデータ処理装置に搭載されたデータ処理プログラムによる機能を模式的に示した図。
【図3】本実施例の波形記憶部22の構成を示すブロック図。
【図4】本実施例の範囲指定ピーク合わせプログラムが実行する処理の一例を示すフローチャート。
【図5】データ処理プログラムの本体の機能により描画された参照スペクトルと対象スペクトルを示すグラフ。
【図6】本実施例の範囲指定ピーク合わせプログラムによる具体的な操作の手順を示す図。
【図7】本実施例の範囲指定ピーク合わせプログラムを適用した後の参照スペクトルと対象スペクトルを示すグラフ。
【図8】本実施例の範囲指定ピーク合わせプログラムを適用した後の参照スペクトルと対象スペクトルの差スペクトルを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0013】
本発明に係るデータ処理装置を適用した分析システムの一実施例として、赤外分光測定を例に説明する。
図1は本実施例の分析システムの概略構成図である。この分析システムは、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR装置)2と、このFTIR装置2から得られるデータを処理するデータ処理装置1と、から成り、両者は通信ケーブル3で接続されている。なお、データ処理装置1はFTIR装置2の動作を制御する制御装置としての機能を併せ持っていても良い。
【0014】
データ処理装置1の実体はコンピュータであり、中央演算処理装置であるCPU(Central Processing Unit)10にメモリ12、LCD(Liquid Crystal Display)等から成るモニタ(表示部)14、キーボードやマウス等から成る入力部16、ハードディスク等の大容量記憶装置から成る記憶部20が互いに接続されている。また記憶部20には、データ処理プログラム21、波形記憶部22、オペレーティングシステム(OS)23等が備わっている。
【0015】
図2は、CPU10がデータ処理プログラム21を実行することにより、ソフトウェア的に具現化される機能を模式的に示した図である。データ処理プログラム21は、そのプログラム本体30と本発明に相当する範囲指定ピーク合わせプログラム40とを含む。プログラム本体30は、複数の波形データをグラフ上に重ね描きする描画機能や、グラフを拡大/縮小機能など、従来のデータ処理プログラムが有する機能を備えている。本発明に係る範囲指定ピーク合わせプログラム40は、このプログラム本体30を描画部として使用する。
【0016】
図3は、波形記憶部22の構成を示すブロック図である。この波形記憶部22は、既知物質のスペクトル(参照スペクトル)データが格納された、ライブラリとしての機能を有する参照波形記憶部51と、FTIR装置2で得られた分析対象の試料のスペクトル(対象スペクトル)データを格納する対象波形記憶部52と、範囲指定ピーク合わせプログラム40により変更されたスペクトルデータを格納する変更波形記憶部53と、を有している。
【0017】
次に、本発明に係る範囲指定ピーク合わせプログラム40が実行する処理の一例を、図4のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0018】
図1の分析システムを用いて例えば異物分析を行う場合、データ処理プログラム21のプログラム本体30は、参照波形記憶部51の中から分析者(ユーザ)が選択した参照スペクトルデータを読み出し、該参照スペクトルデータと対象波形記憶部52に格納された対象スペクトルデータをグラフに重ね描きして、モニタ14の画面上に描出する、といった操作を行う(図5(a))。
【0019】
しかしながら、図5(a)に示すように、測定条件等の違いにより参照スペクトルRと対象スペクトルSのベースラインや倍率は一般的に異なっている。従って、実際にデータの解析を行う前に、分析者はまずこれらのスペクトルのベースライン及びピーク高さを揃える必要がある。
【0020】
例えば、図5(a)のピークのうちピークAが異物成分のピークでないことが予め分かっている場合、このピークAを基準ピークとして参照スペクトルRと対象スペクトルSのベースライン及びピーク高さを揃えれば良いことが分かる。そこで、ユーザはまずプログラム本体30の機能を使用し、ピークAを含む領域61を拡大表示する(図5(b))。
【0021】
次に、ユーザが入力部16を適宜操作する(例えばモニタ14上に表示されているアイコンをダブルクリックする)ことにより、範囲指定ピーク合わせプログラム40を起動する(ステップS1)。範囲指定ピーク合わせプログラム40が起動すると、基準範囲設定部41は、グラフ上に基準範囲指定カーソル62を表示する(図6(a))。ユーザはマウス等を操作することにより基準範囲指定カーソル62を動かし、基準ピークを一致させたい波長範囲を指定する。これにより、ユーザが指定した波長範囲が基準範囲として設定される(ステップS2)。
【0022】
倍率・オフセット算出部42は、ステップS2で設定された基準範囲内で、参照スペクトルRと対象スペクトルSの最大値及び最小値をそれぞれ求める(図6(b))。そして、これらが一致するように、対象スペクトルSの倍率とオフセットを算出する(ステップS3)。具体的には、対象スペクトルSの倍率aとオフセット値bは次式により算出することができる。
a=(Rmax-Rmin)/(Smax-Smin)
b=(Rmin×Smax-Rmax×Smin)/(Smax-Smin)
ただし、Rmax, Rmin, Smax, Sminはそれぞれ基準範囲内での参照スペクトルRの最大値及び最小値、対象スペクトルSの最大値及び最小値である。
【0023】
波形データ変更部43は、算出された倍率a及びオフセット値bを対象スペクトルSの各強度値に適用する(ステップS4)。例えばある波長λにおける対象スペクトルの強度値をSλとしたとき、上記の倍率a及びオフセット値bを適用した強度値は
Sλ'=a×Sλ+b
となる。これを対象スペクトルデータ内の全強度値に適用すれば良い。この変更後の強度値から成るスペクトルデータは、変更波形記憶部53に記憶される(ステップS5)。
【0024】
再描画指示部44は、変更波形記憶部53に記憶されたスペクトルデータを、対象スペクトルSの代わりにグラフ上に描画するよう、また以降の対象スペクトルの描画はこの変更波形記憶部53に記憶されたスペクトルデータを基づいて行うよう、プログラム本体30に指示する(ステップS6)。これにより、基準範囲内でピークAのベースライン及びピーク高さを一致させたグラフを得ることができる(図6(c))。
【0025】
この図6(c)のグラフは、変更波形記憶部53に記憶された変更後のスペクトルデータに基づいて作成されているため、プログラム本体30の機能を用いて例えば図7のように全体表示(縮小表示)しても、ピークAは一致したままとなる。従って、この図7のグラフから、ピークB及びDにおいて対象スペクトルS’には参照スペクトルRに含まれない異物のピークが重畳されていることを、ユーザは容易に知ることができる。
また、変更前のスペクトルデータは対象波形記憶部52に保存されているため、必要なときに容易に元に戻すことができる。
【0026】
なお、本実施例では対象スペクトルが1つの場合を例に説明したが、さらに多くの対象スペクトルに対して同時に本範囲指定ピーク合わせプログラムを適用することもできる。また、本実施例では、参照スペクトルを基準として対象スペクトルの倍率及びオフセット値の算出を行ったが、対象スペクトルを基準として、参照スペクトルの倍率及びオフセット値を算出するようにしても良い。さらに、基準とするスペクトルをユーザが選択できるようにしても良い。
【0027】
また、ステップS1で行った範囲指定ピーク合わせプログラムの起動は、ピークAを含む領域を拡大する前のグラフで行っても良い。また、本実施例ではステップS2における基準範囲の指定をカーソル62を用いて行ったが、例えば数値入力で行うようにしても良い。
【0028】
また、ステップS3における倍率及びオフセット値の算出を、上記のように基準範囲内のスペクトルの最大値・最小値を用いて行った場合、基準ピークのトップに大きなスパイクノイズがあると、そのスパイクノイズの先端を最大値と評価してしまい、倍率とオフセット値が適切に計算されなくなることがある。このような場合、最小自乗法により倍率及びオフセット値を算出するようにすることもできる。
【0029】
例えば、基準範囲内での参照スペクトルR及び対象スペクトルSを以下のような1次元ベクトルで表す。
r=(R1, R2,...,Rn)
s=(S1, S2,...,Sn)
ただし、Rj及びSjは波長λjにおける強度値であり、各λjはステップS2で設定した波長範囲(基準範囲)内に存在するものとする。ここで、対象スペクトルSのベクトルsに倍率a及びオフセット値bを施したベクトルをs'とすると、ベクトルs'は
s'=(a×S1+b, a×S2+b,...,a×Sn+b)
で表される。このベクトルs'とベクトルrとの誤差、すなわち|r-s'|が最小となるように倍率a及びオフセット値bを算出すれば、ノイズが目立つデータであっても適切に倍率及びオフセット値を算出することができる。
【0030】
さらに、異物によるピークをより明確にするために、図8に示すように、参照スペクトルRと変更後の対象スペクトルS’との差スペクトルをグラフ表示することもできる。
【0031】
以上、本発明に係るデータ処理装置について実施例を用いて説明したが、上記は例に過ぎないことは明らかであり、本発明の趣旨の範囲内で適宜に変更や修正、又は追加を行っても構わない。例えば、本実施例では赤外分光測定を例に挙げたが、他の分光測定やクロマトグラフ分析においても本発明のデータ処理装置及びデータ処理プログラムを好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0032】
1…データ処理装置
2…フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR装置)
3…通信ケーブル
10…CPU
12…メモリ
14…モニタ
16…入力部
20…記憶部
21…データ処理プログラム
22…波形記憶部
30…プログラム本体(描画部)
40…範囲指定ピーク合わせプログラム
41…基準範囲設定部
42…倍率・オフセット算出部
43…波形データ変更部
44…再描画指示部
51…参照波形記憶部
52…対象波形記憶部
53…変更波形記憶部
61…領域
62…基準範囲指定カーソル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力された複数の波形データを、横軸を合わせてグラフ上に重ね描きする描画手段と、
前記グラフの中からユーザが指定した横軸範囲を基準範囲として設定する基準範囲設定手段と、
前記基準範囲内に表示されている全波形のベースライン及びピーク高さが一致するように各波形の倍率及びオフセットを算出し、算出したそれらの値に基づいて以降の描画を行うよう前記描画手段に指示する再描画指示手段と、
を有することを特徴とするデータ処理装置。
【請求項2】
前記倍率・オフセット算出手段における倍率及びオフセットの算出が、各波形データの最大値及び最小値に基づいて行われることを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項3】
前記倍率・オフセット算出手段における倍率及びオフセットの算出が、最小自乗法に基づいて行われることを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項4】
波形間の差分をグラフ表示することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のデータ処理装置。
【請求項5】
コンピュータを、
入力された複数の波形データを、横軸を合わせてグラフ上に重ね描きする描画部、
前記グラフの中からユーザが指定した横軸範囲を基準範囲として設定する基準範囲設定部、
前記基準範囲内に表示されている全波形のベースライン及びピーク高さが一致するように各波形の倍率及びオフセットを算出し、算出したそれらの値に基づいて以降の描画を行うよう前記描画部に指示する再描画指示部、
として機能させることを特徴とするデータ処理プログラム。
【請求項6】
前記倍率・オフセット算出部における倍率及びオフセットの算出が、各波形の最大値及び最小値に基づいて行われることを特徴とする請求項5に記載のデータ処理プログラム。
【請求項7】
前記倍率・オフセット算出部における倍率及びオフセットの算出が、最小自乗法に基づいて行われることを特徴とする請求項5に記載のデータ処理プログラム。
【請求項8】
波形間の差分をグラフ表示することを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載のデータ処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−169704(P2011−169704A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32945(P2010−32945)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】