説明

トコジラミ糞の判別方法並びに判定キット

【課題】 トコジラミが原因であると思われる被害が発生した現場において、トコジラミの糞であるのかゴキブリの糞であるのかを迅速かつ確実に判別できる簡易な方法並びに判定キットを提供する。
【解決手段】 トコジラミの糞中のペルオキシダーゼ様物質及び過酸化水素などの酸化性物質と反応して呈色を生じるテトラメチルベンジジンなどの呈色試薬を担持した支持体11が包装部材11に収められた包装体1と、酸化性物質の溶液が収められた容器2とから判定キットを構成する。トコジラミの糞やトコジラミの糞に似たゴキブリの糞などの判定対象物を、包装部材10に設けた開口部13から支持体11に接触させた後、酸化性物質を当該支持体11に接触させて、呈色を観察する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トコジラミ糞の判別方法及びトコジラミ糞の判定キットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、トコジラミ、いわゆる南京虫によるヒトへの被害の増加が報告されている。トコジラミは夜行性の吸血性害虫であり、マットレスや布団などの寝具類、あるいは家具や床、壁などの隙間に生息する。トコジラミに咬まれると発赤やみみず腫れが引き起こされ、場合によっては激しい痒みを伴う。このため、トコジラミの生息を確実に把握し、トコジラミによる被害であることを確定した上で、速やかに措置することが望まれる。
【0003】
トコジラミは夜行性であるので、昼時、トコジラミを目視で確認することは困難である。一方、トコジラミの生息場所やトコジラミが行動した場所、例えばベッドや什器のすみなどに多数の黒い糞が観察されるので、この糞が観察された場合にはトコジラミによる被害であることが推定される。
【0004】
ところが、屋内を生息場所とするゴキブリの糞もトコジラミの糞と同様の色や形態をしているので、外観観察のみで両者を区別することはほとんど不可能である。このため、被害が発生した現場ではトコジラミの糞かどうかの確定ができず、その場での対処に遅れを生じる原因となっていた。また、被害が発生した現場において、黒い糞様の物質が目視確認できたので、トコジラミによる被害であるとして暫定的にトコジラミに対する処置を行ったところ、後日に行った検査の結果、当該物質はトコジラミの糞ではないことが判明し、改めて、発赤となった原因を調査し、その対応に迫られるという問題もあった。なお、ヒトに対して痒みや発赤を引き起こす原因害虫として、蚊やノミ、シラミ、ダニも考慮すべき対象ではあるが、これらの害虫の生息場所はトコジラミの生息場所と異なるので、糞による判別をするまでもなく、これらの害虫による被害であるとして適切な措置を行うことができる。
【0005】
一方、テトラメチルベンジジンやロイコマラカイトグリーンなどの呈色試薬に対するヘムタンパク(ヘモグロビン)によるペルオキシダーゼ様作用を利用して、血痕であるかどうかの判定を行う方法が知られている(例えば、非特許文献1や2)。また、前記と同様の原理を利用して、ヒトや動物の糞便中の潜血を検出するための方法や検出キットが、例えば特許文献1や特許文献2などに開示されている。さらに、特許文献3や特許文献4、特許文献5などには、同様の原理を利用して、皮膚や昆虫などの検体に存在するカタラーゼやオキシダーゼなどの酵素の存否やその存在量を検出する方法が開示されている。
【0006】
しかしながら、これまでに、前記呈色試薬を用いて、トコジラミの糞とゴキブリの糞との区別に利用しようとした試みはなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−172809号公報
【特許文献2】特開平5−60747号公報
【特許文献3】特開2011−55743号公報
【特許文献4】特開2004−173655号公報
【特許文献5】特開平6−165696号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】岸 紋一郎ら、法医血清学的検査マニュアル、金原出版、1990年、p161−164
【非特許文献2】大森 毅ら、鑑識科学、7(2)、2003年、p155−158
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、本発明の目的は、トコジラミが原因であると思われる被害が発生した現場において、トコジラミの糞であるのかゴキブリの糞であるのかを迅速かつ確実に判別できる簡易な方法並びに判定キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の方法は、トコジラミの糞と、トコジラミの糞と外観上似た物質を判別する方法であって、トコジラミの糞中のペルオキシダーゼ様物質及び酸化性物質と反応して呈色を生じる呈色試薬を担持した支持体に判別対象物を直接又は間接に接触させる工程と、当該支持体上にて、前記支持体に接触させた判別対象物に酸化性物質を接触させる工程を有する。
【0011】
本発明の判定キットは、包装部材に収められた支持体と、酸化性物質の溶液が収められた容器を有し、前記支持体は、トコジラミの糞中のオキシダーゼ様物質及び酸化性物質と反応して呈色を生じる呈色試薬を担持し、前記包装部材は、前記支持体の前記呈色試薬を含む領域の少なくとも一部を露出させる開口部を備えた、判定対象物がトコジラミの糞であることを判定するための判定キットである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、迅速かつ簡単にゴキブリの糞とトコジラミの糞の区別をすることができ、トコジラミによる被害であるのことの確定が容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は本発明の判定キットの構成を示す概略斜視図である。
【図2】図2は本発明の判定キットの使用状態を説明する断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の判定キットは、図1に示すように、呈色試薬を担持した支持体11が収められた包装体1と、酸化性物質の溶液が収められた容器2を含む。
【0015】
支持体11は呈色試薬の担体としての役割を果たし、判別対象物を接触させるために用いられる。支持体11は、判別対象物や呈色試薬に対して不活性な素材からなるものであればよく、綿、セルロース、パルプ、ポリエステル、ナイロンなどが例示される。支持体11として、例えば、濾紙のような紙片、織布、不織布、編布などが例示される。好ましくは、綿やセルロース、パルプなどの親水性を有する素材からなる支持体11が用いられる。判定対象物中のペルオキシダーゼ様物質が支持体11に浸透して、呈色反応が生じやすいからである。また、呈色の見やすさから、白色の支持体11が好ましく用いられる。支持体11は単層の支持体でも複層の支持体でもよい。
【0016】
本発明は、トコジラミは吸血性であるのでその糞には血液が含まれるが、ゴキブリは血を吸うことはないのでその糞には血液が含まれないことに着目してなされたものである。従って、本発明に用いられる呈色試薬はトコジラミの糞中の血液、つまり、トコジラミの糞中にあるヘムタンパクを検出することができればよい。このヘムタンパクはペルオキシダーゼ様作用を示す。従って、本発明では、トコジラミの糞に含まれるペルオキシダーゼ様物質及び酸化性物質と反応して呈色を生じる試薬が用いられる。呈色試薬として、上記の特許文献に記載された呈色試薬など種々の公知である呈色試薬が用いられ、取り扱いの容易さや呈色の見やすさなどの観点から、ロイコマラカイトグリーン又はテトラメチルベンジジン(3,3´,5,5´−テトラメチルベンジジン)が好ましく用いられる。これらの呈色試薬は、遊離の形態のもの、塩の形態のものいずれでもよい。
【0017】
呈色試薬は支持体11に担持される。担持方法として、例えば呈色試薬の溶液に支持体11を漬ける、当該溶液を支持体11に塗布する、当該溶液を支持体11に噴霧するなどの方法が例示される。さらに呈色試薬の溶液を含む支持体11から溶媒を蒸散して、呈色試薬を担持させてもよい。呈色試薬は支持体11の一部分に担持させてもよいが、開口部にて接触させた判定対象物が呈色試薬と接触しない場合も想定されるので、支持体11に均一に担持させるのが好ましい。
【0018】
溶液に用いられる溶媒は特に制約を受けず、例えば、前記特許文献や前記非特許文献に記載された各種の溶媒、例えば水やメタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどの有機溶媒が用いられる。これらの溶媒のうち、メタノールやエタノール、あるいはメタノールやエタノールと水との混液が好ましく、また、メタノールやエタノールと水の混液を用いる場合には、水が30v/v%未満である混液が好ましい。これらの溶媒は氷酢酸のような特異臭もなく、取り扱いが容易であるという利点がある。溶液は、発色の安定性や感度、呈色試薬の溶解性の向上のために、例えばpH緩衝剤や硫酸亜鉛、氷酢酸などの補助剤を含み得る。例えばテトラメチルベンジジンのメタノール溶液やエタノール溶液、ロイコマラカイトグリーンの氷酢酸を含む水溶液が例示される。
【0019】
溶液における呈色試薬の濃度は、呈色試薬の種類などに応じて適宜定めることができる。その濃度は概ね0.005〜1.0w/v%であり、好ましくは0.02〜0.5w/v%である。
【0020】
呈色試薬を担持した1枚の支持体11は包装部材10に収められる。支持体11を取り出すことなく呈色反応を行わせるために、包装部材10は支持体11の一部を露出可能にする開口部13を有する。支持体11の汚れを防ぐため、開口部13は使用時まで塞がれる。包装部材10の形態は問われるものではなく、例えば各図に示す包装部材10は、予め開口部13が設けられた袋状の本体12と、開口部13を覆うカバー部材14とから構成されている。また、図示はしないが、開口部を設けようとする所望する位置に切断線を備えた袋状の包装部材を用いてもよい。この包装部材では、使用時に前記切断線が切断されることにより開口部が設けられる。包装部材10の材質も特に制約されない。呈色試薬の漏れがなく、呈色試薬の劣化を抑えられる包装部材10が好ましく用いられ、合成樹脂製のフィルムと金属箔からなる遮光性を有するラミネートフィルムが例示される。もっとも、複数枚の支持体を開口部のない包装部材に収めてもよく、使用時に包装部材から1枚の支持体を取り出して使用する構成にすることもできる。
【0021】
酸化性物質は、ペルオキシダーゼ様物質の共存下で、前記呈色試薬と反応して呈色を生じる物質であればいかなる物質でもよい。当該物質として、例えば、過酸化水素、アルキルヒドロキシペルオキシド、p−ニトロペルオキシ安息香酸、クメンヒドロキシペルオキシドが例示される。扱いやすさから過酸化水素が好ましく用いられる。酸化性物質は水溶液として用いられ、その濃度も呈色試薬の種類や濃度などに応じて適宜定められる。その濃度は、例えば0.005〜5.0w/v%であり、好ましくは0.01〜3.0w/v%である。当該水溶液として、例えば市販されているオキシドール液をそのまま用いることもできる。酸化性物質の水溶液は、合成樹脂性の包装容器20などに入れて提供される。また、袋状の容器として、前記支持体1を包装するための包装部材10と一体にし、使用時には当該袋状容器を切り離す構成することもできる。
【0022】
本発明の判定キットは、上記呈色試薬を担持した支持体11が収められた包装体1と、上記酸化性物質が収められた容器2を含み、さらに必要に応じて、判別対象物を採取し、支持体に塗布するために使用される用具(図示せず)を含む。当該用具も当該目的を達成できるものであれば特に限定されず、例えば綿棒であり、薬さじであり得る。
【0023】
本発明の判別方法は、トコジラミの糞と、トコジラミの糞と外観上似た物質とを判別する方法であって、トコジラミの糞中のオキシダーゼ様物質及び酸化性物質と反応して呈色を生じる呈色試薬を担持した支持体11に判別対象物を直接又は間接に接触させる工程と、前記支持体11に接触させた判別対象物に酸化性物質を接触させる工程を有する。ここで、本発明における判定対象物は、トコジラミの糞またはそれと外観上似た物質であり、トコジラミの糞と外観上似た物質として、例えばゴキブリの糞が例示される。ノミやシラミ、あるいはそれらの糞も本発明の判別方法を適用した場合、陽性つまりトコジラミの糞として判断されることになるが、ノミやシラミ、あるいはそれらの糞は、被害の状況や被害の場所を考慮して区別することができるので、実用上、問題にならない。従って、本発明において、外観上似た物質として取り扱われるのは、実質的にゴキブリの糞である。また、本発明において、直接とは、判定対象物である糞や糞に似た物質を支持体11に載せる、塗りつけるなどの方法で支持体11に判定対象物を接触させることを意味する。また、間接とは判定対象物である糞や糞に似た物質そのものではなく、糞や糞に似た物質に含まれる成分の一部を、前記器具を介して支持体11に接触させることを意味する。つまり、本発明において、判定対象物を支持体11に接触させるとは、トコジラミの糞又はトコジラミの糞と外観上似た物質そのものを支持体11接触させる場合だけでなく、当該糞や糞に似た物質を構成する成分の少なくとも一部を支持体11に接触させる場合を含む意味で用いられる。本発明の方法は、トコジラミの糞に含まれるペルオキシダーゼ様物質の作用を利用した呈色反応によってトコジラミの糞であるかどうかを判別する方法であって、本発明の方法においては、呈色反応に必要な量のペルオキシダーゼ様物質を支持体11に移すことができればよい。
【0024】
本発明において、判定対象物に酸化性物質を接触させるとは、支持体11に接触させたトコジラミの糞又はトコジラミの糞と外観上似た物質そのものと酸化性物質を接触させる場合だけでなく、支持体11に接触させた糞や物質を構成する成分の少なくとも一部と酸化性物質を接触させる場合を含む意味で用いられる。つまり、本発明の方法においては、支持体11に移されたペルオキシダーゼ様物質の共存下において、呈色試薬と酸化性物質を接触させることができればよい。
【0025】
上記方法は、本発明の判定キットを用いることで、トコジラミによる被害があったと推定される場所(現場)において容易に実施され得る。さらに具体的に説明すると、まず、判別したい対象物(糞または糞様の物質)を綿棒などの用具で採取し、包装体1の開口部13にて露出した支持体11に対象物を接触させる。次に、容器2に収められた酸化性物質の溶液を支持体11に滴下するなどの方法によって、酸化性物質を支持体11に接触させる。この結果、呈色試薬による呈色(例えば、呈色試薬がテトラメチルベンジジンであれば青色の呈色、呈色試薬がロイコマラカイトグリーンであれば緑色の呈色)が示されると、当該対象物はトコジラミの糞であると判断できる。また、予め水や酸化性物質の溶液で濡らした綿棒などの用具を判別したい対象物に接触させて、ペルオキシダーゼ物質を用具に含ませた後、当該用具を支持体11に接触させてもよい。
【0026】
本発明の判定キットは、呈色試薬を含む支持体10が包装された形態を有しているので、持ち運びが容易である。また、ペルオキシダーゼ様物質の存在下における呈色試薬と酸化性物質との反応速度は速いので、判定対象物がトコジラミの糞であるかどうかの判定が速やかに行われ得る。このため、トコジラミによる被害があったと推定される現場において、トコジラミによる被害であるかの確実な判断が直ちに行え、トコジラミによる被害拡大防止策を迅速に図ることができる。
【実施例1】
【0027】
0.1w/v%のテトラメチルベンジジンを含むエタノール溶液を調整し、当該溶液をパルプ製の支持体(15mm×25mm×3mm)に塗布して、呈色試薬を担持させた支持体を得た。この支持体を、アルミニウムがラミネートされたフィルムからなる図1に示された構造を有する包装部材(20mm×30mm×5mm)に包装した。
【0028】
次に、水に濡らした綿棒を用いて、カバー部材を剥離した開口部からトコジラミの糞を支持体上に載せた後、過酸化水素水(3w/v%)を支持体に滴下した。わずかに経過した後、糞を載せた支持体部分は、青色の呈色を示した。
【0029】
なお、上記実施例はあくまでも例示に過ぎず、本発明は上記実施例に限定されるものでないのは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によると、トコジラミの糞と、ゴキブリの糞のようなトコジラミの糞と形態上類似した物質とを迅速かつ簡単に判別可能にするキット製品が提供される。
【符号の説明】
【0031】
1 呈色試薬を含む支持体を収めた包装体
2 酸化性物質の溶液を収めた容器
11 支持体
14 カバー部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トコジラミの糞と、トコジラミの糞と外観上似た物質を判別する方法であって、
トコジラミの糞中のペルオキシダーゼ様物質及び酸化性物質と反応して呈色を生じる呈色試薬を担持した支持体に判別対象物を直接又は間接に接触させる工程と、
当該支持体上にて、前記支持体に接触させた判別対象物に酸化性物質を接触させる工程を有する方法。
【請求項2】
前記呈色試薬は、ロイコマラカイトグリーン又はテトラメチルベンジジンである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
メタノール、エタノール、メタノール及び/又はエタノールと水の混液の何れかの溶媒による呈色試薬の溶液を含ませた支持体を用いる請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記酸化性物質は、過酸化水素である請求項1〜3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
包装部材に収められた支持体と、酸化性物質の溶液が収められた容器を有し、
前記支持体は、トコジラミの糞中のペルオキシダーゼ様物質及び酸化性物質と反応して呈色を生じる呈色試薬を担持し、
前記包装部材は、前記支持体の前記呈色試薬を含む領域の少なくとも一部を露出させる開口部を備えた、判定対象物がトコジラミの糞であることを判定するための判定キット。
【請求項6】
前記呈色試薬は、ロイコマラカイトグリーン又はテトラメチルベンジジンである請求項5に記載の判定キット。
【請求項7】
前記支持体は、メタノール、エタノール、メタノール及び/又はエタノールと水の混液の何れかの溶媒による呈色試薬の溶液を含む支持体である請求項5又は6に記載の判定キット。
【請求項8】
前記酸化性物質は、過酸化水素である請求項5〜7の何れか1項に記載の判定キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−242185(P2012−242185A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110867(P2011−110867)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【出願人】(503441104)
【出願人】(596005702)株式会社ナチュラルネットワーク (3)
【Fターム(参考)】