説明

トバモウイルスに対するL抵抗性遺伝子型の識別方法

【課題】 カプシクム属の植物について、接種のためのウイルスを必要とせず、迅速に、且つ高精度でトバモウイルス抵抗性遺伝子型を判別することができる識別方法並びに、当該識別方法に使用できるプライマーセット及びマーカーDNA断片を提供する。
【解決手段】 カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、特定の配列を有するオリゴヌクレオチド及び該オリゴヌクレオチドからなる一対のプライマーを用いて増幅できる増幅DNA断片の一部又は全部を含むマーカーDNA断片を増幅するように設計されたプライマーセットを用いて、マーカーDNA断片を増幅する工程と、得られたマーカーDNA断片を制限酵素で処理する工程と、制限酵素処理によって得られたDNA断片を検出する工程とを含む、カプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピーマン等のカプシクム属に属する植物について、トバモウイルスに対する抵抗性の有無を識別できるL抵抗性遺伝子型の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ピーマンやトウガラシ等のカプシクム属植物において、トバモウイルスに対する抵抗性は、L抵抗性遺伝子座の遺伝子型によって決定される。L抵抗性遺伝子座には4種類の対立遺伝子(L1、L2、L3、L4)が存在し、それぞれ対応できるトバモウイルスの病原型(P0、P1、P1,2、P1,2,3)が異なる。L抵抗性遺伝子をもたない品種は、全ての病原型に対して感受性となる。これに対してL1遺伝子をもつ品種はP0に対して、L2遺伝子をもつ品種はP0とP1に対して、L3遺伝子をもつ品種はP0、P1、P1,2に対して抵抗性を示す。さらにL4遺伝子をもつ品種は、全ての病原型に対して抵抗性を示す(非特許文献1及び2)。
【0003】
カプシクム属植物の栽培においてトバモウイルスに対する抵抗性品種を用いることは、安定した収量を得る上で必要不可欠なことである。そのためピーマンやトウガラシの品種改良では、L抵抗性遺伝子の新品種への導入が長年行われてきた。新品種を開発する過程では、交配を行うごとに次世代の中から抵抗性個体を選抜する必要があり、従来は植物体から切り取った葉にトバモウイルスを接種し、えそ斑形成の有無を指標にして抵抗性個体を選抜してきた。このようなウイルス接種による判定では、ウイルスを接種できる大きさまで植物を育成する必要があるとともに、異なるL抵抗性遺伝子で構成されるヘテロ接合型を判定することができないという問題点があった。さらに、トバモウイルスに対する抵抗性が全く不明な品種を扱う際には、各病原型のウイルスを別々に接種する必要があり手間と時間がかかっていた。このような理由から、短期間でL抵抗性遺伝子型を識別できる方法の開発が必要とされていた。
【0004】
【非特許文献1】Boukema,I. W.(1980) Allelism of genes controlling resistance to TMV in Capsicum L. Euphytica 29: 433-439.
【非特許文献2】Boukema,I. W. (1982) Resistance to TMV in Capsicum chacoense Hunz. is governed by an allele of the L-locus. Capsicum Newsl 3: 47-48
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、上述した実状に鑑み、カプシクム属の植物について、接種のためのウイルスを必要とせず、迅速に、且つ高精度でトバモウイルス抵抗性遺伝子型を判別することができる識別方法並びに、当該識別方法に使用できるプライマーセット及びマーカーDNA断片を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、これまでにHEGS(High Efficiency Genome Scanning)/AFLP(Amplified Fragment Length Polymorphism)法を用いて、トバモウイルスのトウガラシマイルドモットルウイルス(P1,2)に抵抗性を示すL3抵抗性個体とL抵抗性遺伝子をもたない感受性個体を識別できるSCAR(Sequence Characterized Amplified Region)マーカーの開発に成功している(特開2004-97107号公報)。今回は、そのSCARマーカーの近傍領域の塩基配列から新規なトバモウイルス抵抗性識別マーカーを取得し、このマーカーの制限酵素断片長多型を指標にすることでカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型の識別が可能であることを明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は以下を包含する。
(1)カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなる一対のプライマーを用いて増幅できる増幅DNA断片の一部又は全部を含むマーカーDNA断片を増幅するように設計されたプライマーセット
【0008】
(2)配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなる(1)記載のプライマーセット。
【0009】
(3)上記増幅DNA断片は、配列番号5乃至14のうちいずれか1で表される塩基配列を含むものであることを特徴とする(1)記載のプライマーセット。
【0010】
(4)カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなるプライマーセットを用いて増幅できる増幅DNA断片の一部又は全部を含むマーカーDNA断片。
【0011】
(5)上記増幅DNA断片は、配列番号5乃至14のうちいずれか1で表される塩基配列を含むものであることを特徴とする(4)記載のマーカーDNA断片。
【0012】
(6)カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし(1)乃至(3)いずれか1に記載のプライマーセットを用いて、マーカーDNA断片を増幅する工程と、得られたマーカーDNA断片を制限酵素で処理する工程と、制限酵素処理によって得られたDNA断片を検出する工程とを含む、カプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【0013】
(7)上記制限酵素処理はGTACを認識配列とする制限酵素を使用することを特徴とする(6)記載のカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【0014】
(8)上記制限酵素処理はGTACを認識配列とする制限酵素及びATTAATを認識配列とする制限酵素を使用することを特徴とする(6)記載のカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【0015】
(9)上記DNA断片を検出する工程では、制限酵素処理によって得られたDNA断片を電気泳動によって分離することを特徴とする(6)記載のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【0016】
(10)上記DNA断片を検出する工程で行った電気泳動の結果として得られた泳動パターンからL抵抗性遺伝子型を特定する工程を更に含むことを特徴とする(9)記載のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、カプシクム属に属する植物におけるL抵抗性遺伝子型を識別できる新規なマーカーDNA断片を提供することができる。また、本発明に係る新規なマーカーDNA断片の制限酵素断片長多型を指標にすることによって、カプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型を容易に識別することができる。従って本発明に係るカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法を利用すれば、育苗段階等での迅速かつ高感度なL抵抗性遺伝子型の識別が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係るカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法は、従来の識別方法では不可能であったヘテロ接合体を含むL抵抗性遺伝子型を判定できるものであり、座乗するL抵抗性遺伝子の近傍領域(マーカーDNA断片)に基づいてL抵抗性遺伝子型の識別を行う方法である。ここで、「マーカーDNA断片」とは、L抵抗性遺伝子型の違いに関わらず抵抗性品種全般で増幅されるDNA領域のことを指し、トバモウイルスに対する抵抗性遺伝子型を識別できる共優性マーカーのことをいう。トバモウイルス属に属するウイルスとしては、例えば、トウガラシマイルドモットルウイルス(PMMoV)、タバコモザイクウイルス(TMV)、トマトモザイクウイルス (ToMV)、パプリカマイルドモットルウイルス (PaMMV)を挙げることができる。
【0019】
また、L抵抗性遺伝子とは、カプシクム属の植物に存在する、トバモウイルスに対する抵抗性/感受性を決定する遺伝子を意味する。L抵抗性遺伝子座には4種類の対立遺伝子(L1、L2、L3、L4)が存在し、それぞれ抵抗性を示すトバモウイルスの病原型(P0、P1、P1,2、P1,2,3)が異なる。L抵抗性遺伝子をもたない品種は、全ての病原型に対して感受性となる。これに対してL1遺伝子をもつ品種はP0に対して、L2遺伝子をもつ品種はP0とP1に対して、L3遺伝子をもつ品種はP0、P1、P1,2に対して抵抗性を示す。
【0020】
本発明に係るマーカーDNA断片とは、カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、本発明に係るプライマーセットを用いて増幅されるDNA断片を意味する。本発明に係るプライマーセットは、カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなる一対のプライマーを用いて増幅できる増幅DNA断片の一部又は全部を増幅するように設計される。なお、本発明に係るプライマーセットの一例としては、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなるセットを挙げることができる。
【0021】
配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなる一対のプライマーを用いて、カプシクム属植物ゲノムを鋳型としてPCRを行うことで、例えば、配列番号5乃至14のいずれかに表される塩基配列からなるマーカーDNA断片を増幅することができる。ここで、配列番号5で表される塩基配列は、L1抵抗性遺伝子を有するCapsicum annuum cv. Verbeterde Glas由来のゲノムDNAを鋳型として増幅されるマーカーDNA断片の一方の鎖であり、配列番号10で表される塩基配列は、その他方の鎖である。また、配列番号6で表される塩基配列は、L2抵抗性遺伝子を有するCapsicum frutescens cv. Tabasco由来のゲノムDNAを鋳型として増幅されるマーカーDNA断片の一方の鎖であり、配列番号11で表される塩基配列は、その他方の鎖である。さらに、配列番号7で表される塩基配列は、L2抵抗性遺伝子を有するCapsicum baccatum KC 602由来のゲノムDNAを鋳型として増幅されるマーカーDNA断片の一方の鎖であり、配列番号12で表される塩基配列は、その他方の鎖である。さらにまた、配列番号8で表される塩基配列は、L3抵抗性遺伝子を有するCapsicum chinense PI 159236由来のゲノムDNAを鋳型として増幅されるマーカーDNA断片の一方の鎖であり、配列番号13で表される塩基配列は、その他方の鎖である。さらにまた、配列番号9で表される塩基配列は、L4抵抗性遺伝子を有するCapsicum chacoense SA 815由来のゲノムDNAを鋳型として増幅されるマーカーDNA断片の一方の鎖であり、配列番号14で表される塩基配列は、その他方の鎖である。
【0022】
また、本発明に係るマーカーDNA断片としては、配列番号5乃至14のいずれかに表される塩基配列からなるポリヌクレオチドに限定されない。配列番号5乃至14の塩基配列はカプシクム属植物ゲノムにおける所定の領域に存在するが、本発明に係るマーカーDNA断片は、当該領域と当該領域に隣接する領域を含むポリヌクレオチドであってもよい。
【0023】
さらに、本発明に係るマーカーDNA断片は、配列番号5乃至14のいずれかに表される塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換又は挿入された塩基配列からなり、トバモウイルスに対する抵抗性の有無を識別できる共優性マーカー機能を有するポリヌクレオチドであっても良い。ここで、複数個とは、例えば、2〜200個、好ましくは2〜100個、より好ましくは2〜50個、最も好ましくは2〜25個である。
【0024】
さらにまた、本発明に係るマーカーDNA断片は、配列番号5乃至14のいずれかに表される塩基配列からなるポリヌクレオチドに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つトバモウイルスに対する抵抗性の有無を識別できる共優性マーカー機能を有するポリヌクレオチドであっても良い。ここで、ストリンジェント条件とは、ナトリウム濃度が25〜500mM、好ましくは25〜300mMであり、温度が42〜68℃、好ましくは42〜65℃である。より具体的には、5×SSC(83mM NaCl、83mMクエン酸ナトリウム)、温度42℃である。
【0025】
本発明に係るカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法においては、先ず、被検体のカプシクム属植物からゲノムDNAを抽出する。ゲノムDNAの抽出方法は、特に限定されず、従来公知の手法を適宜使用することができる。ゲノムDNAの抽出には、CTAB法[Murrayら、Nucleic Acid Res. 8: 4321-4325 (1980)]やDNA抽出キット(例えば、Amersham Biosciences 社の Nucleon PhytoPure)を用いることができる。また組織の破砕は、乳鉢を用いて行うことも可能であるが、DNA抽出を簡便で効率よく行うためにビーズ式細胞破砕装置(例えば、TOMY社のMS-100)を使用することが好ましい。抽出に使用する植物組織としては、特に限定されないが、葉、特に植物の育成に要する時間を短縮できるという点から子葉を用いるのが好ましい。
【0026】
カプシクム属に属する植物としては、Capsicum chinense、Capsicum baccatum、Capsicum frutescens、Capsicum chacoense及びCapsicum annuum等を挙げることができる。なお、トバモウイルス抵抗性識別マーカーを見いだすことのできるCapsicum annuumに属する野菜としては、ピーマン、トウガラシ及びパプリカ等を例示できる。
【0027】
次に、抽出したゲノムDNAを鋳型として、上述した本発明に係るプライマーセット(一例として、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなるセット)を用いてPCRを行う。これにより、識別対象のカプシクム属植物由来のマーカーDNA断片を増幅することができる。なお、PCRでは、反応条件や反応装置、反応試薬等何ら限定されないが、例えば、MJ Research社のPeltier thermal cycler PTC-225を用い、反応条件として94℃で4分間の反応の後、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で30秒間の反応を35回繰り返し、最後に72℃で7分間の反応を実行する条件を挙げることができる。PCRの後、その一部を1%のアガロースゲルで電気泳動し、ゲルのエチジウムブロマイド染色を行ってPCR増幅断片の確認を行う。
【0028】
次に、PCRの後の反応液から増幅断片(マーカーDNA断片)を、例えば電気泳動法及びそれに続く増幅断片の切り出し等の手法によって単離する。また、増幅されたマーカーDNA断片は、Promega社のPCR産物精製キット(Wizard SV Gel and PCR Clean-Up System)を用いて精製してもよい。
【0029】
次に、単離したマーカーDNA断片を所定の制限酵素で処理する。制限酵素としては、カプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型を識別できる制限酵素断片長多型を生ずるような認識配列である制限酵素であれは特に限定することなく使用することができる。例えば、制限酵素としては、AfaI(認識配列;GTAC)及びPshBI(認識配列;ATTAAT)を挙げることができる。また、本処理では、複数の制限酵素を同時に又は順次使用してもよい。制限酵素による処理条件は、制限酵素の種類に依存するが、例えば37℃で12〜16時間とすることができる。なお、マーカーDNA断片を制限酵素で処理した後、DNAの精製方法として公知であるフェノール処理とアルコール沈殿を行って精製することが望ましい。
【0030】
次に、制限酵素処理後のマーカーDNA断片(望ましくは、制限酵素処理後に精製したマーカーDNA断片)を2%のアガロースゲルで電気泳動した後、ゲルのエチジウムブロマイド染色を行って制限酵素断片長多型を検出する。当該被検体のカプシクム属植物がL1遺伝子をホモにもつ品種は、AfaI処理によって長さが158bp、187bp、197bp、222bp及び432bpの5つのDNA断片が、L2遺伝子をホモにもつ品種は、C. frutescensで2つ(419bp及び749bp)、C. baccatumで3つ(307bp、417bp及び473bp)のDNA断片が、L3遺伝子をホモにもつ品種は、291bp、419bp及び460bpの3つのDNA断片が、L4遺伝子をホモにもつ品種は、418bp及び779bpの2つのDNA断片が検出される。また、PshBI処理では、L2遺伝子をホモにもつC. baccatumとL4遺伝子をホモにもつ品種で359bp及び838bpの2つのDNA断片が検出される。さらに、L抵抗性遺伝子をヘテロにもつ場合(例えば、L1/L2、L2/L3等)は、両方で検出されるDNA断片が全て検出される。このように、AfaI処理断片を指標にすることで全てのL抵抗性遺伝子型の識別が可能であるが、L2遺伝子をホモにもつC. frutescensとL4遺伝子をホモにもつ品種の識別、ならびにL2遺伝子をホモにもつC. baccatumとL3遺伝子をホモにもつ品種の識別では、PshBI処理断片の多型解析と併用することによってより正確な判定が可能となる。
【実施例】
【0031】
以下に、本発明を実施例を示して具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0032】
[実施例1] 新規なトバモウイルス抵抗性識別マーカーの探索
(1)トバモウイルスに対する抵抗性カプシクム属植物からのゲノムDNA抽出
L3遺伝子をホモにもつC. chinense PI 159236の約1gの本葉をTOMY社のビーズ式細胞破砕装置(MS-100)で破砕し、Amersham Biosciences社のNucleon PhytoPureを用いてゲノムDNAを抽出した。
【0033】
(2)Inversee PCRによる、既知のトバモウイルス抵抗性識別SCARマーカーの近傍領域の解析
抽出したゲノムDNAをBamHI、EcoRI、HindIIIで別々に制限酵素処理(BamHI:30℃で16時間、EcoRI、HindII:37℃で16時間)し、フェノール処理とアルコール沈殿を行って精製した後、Takara社のDNA Ligation Kit ver.2.1を用いてセルフライゲーション(16℃で16時間)を行った。これを鋳型とし、配列番号3と4で示されるプライマーを用いてInverse PCRを行った。PCRは、MJ Research社のPeltier thermal cycler PTC-225を用い、反応条件として、94℃で4分間の反応の後、94℃で10秒間、55℃で10秒間、72℃で10分間の反応を35回繰り返し、最後に72℃で7分間の反応を実行した。PCRの後、1%のアガロースゲルで電気泳動を行い、ゲルのエチジウムブロマイド染色を行ってPCR増幅断片を検出した。PCR増幅断片をPromega社のWizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いてアガロースゲルから抽出した後、Invitrogen社のTOPO TA Cloning KitでPCR増幅断片のクローニングを行った。QIAGEN社のQIAprep Spin Miniprep Kitを用いてPCR増幅断片が挿入されたプラスミドDNAの抽出と精製を行い、これを鋳型とし、Applied Biosystems社の遺伝子解析キット(BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit)と解析システム(ABI PRISM 3100 Genetic Analyzer)を用いてPCR増幅断片の塩基配列を決定した。最終的に、既知のトバモウイルス抵抗性識別SCARマーカーと隣接する、長さ13.796 kbpの塩基配列を決定することができた。
【0034】
[実施例2] 新規なトバモウイルス抵抗性識別マーカーの同定とL抵抗性遺伝子型を識別できる共優性マーカーの選抜
実施例1で決定した近傍領域の塩基配列からプライマーを設計し、抵抗性品種(C. chinense PI 159236)と感受性品種(C. annuum cv. Shoosuke)から抽出したゲノムDNAを鋳型にしてPCRを行った。PCRは、94℃で4分間の反応の後、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で30秒間の反応を35回、最後に72℃で7分間の反応、という反応条件で行った。PCR増幅産物が抵抗性品種にだけ検出された場合は、このPCR増幅産物を直ちに新規なトバモウイルス抵抗性識別マーカーとした。また、PCR増幅産物が感受性個体でも検出された場合は、そのPCR増幅産物の塩基配列を決定した後、抵抗性個体の塩基配列と比較し、改めてトバモウイルス抵抗性識別マーカー用のプライマーを設計した。
【0035】
得られた新規なトバモウイルス抵抗性識別マーカーの中からL抵抗性遺伝子型を識別できる共優性マーカーを選抜し、その多型と遺伝子型との対応を決定するために、L1品種としてC. annuum cv. Verbeterde Glas、L2品種としてC. frutescens cv. TabascoとC. baccatum KC 602、L3品種としてC. chinense PI 159236、L4品種としてC. chacoense SA 815のゲノムDNAを抽出し、これらを鋳型に用いて増幅させたトバモウイルス抵抗性識別マーカーの塩基配列を比較した。C. annuum cv. Verbeterde Glas由来の共優性マーカーの塩基配列を配列番号5及び10に示し、C. frutescens cv. Tabasco由来の共優性マーカーの塩基配列を配列番号6及び11に示し、C. baccatum KC 602由来の共優性マーカーの塩基配列を配列番号7及び12に示し、C. chinense PI 159236由来の共優性マーカーの塩基配列を配列番号8及び13に示し、C. chacoense SA 815由来の共優性マーカーの塩基配列を配列番号9及び14に示した。
【0036】
その結果、配列番号1と2のプライマーで増幅されるDNA断片がヘテロ接合体を含むL抵抗性遺伝子型を識別できるCAPSマーカー(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)、すなわちマーカーDNA断片となることが明らかとなった。すなわち、このトバモウイルス抵抗性識別マーカーをAfaI処理(37℃で16時間)して2%のアガロースゲルで電気泳動すると、L1品種では158bp、187bp、197bp、222bp及び432bpの5つのDNA断片が、L2品種ではC. frutescensで2つ(419bp及び749bp)、C. baccatumで3つ(307bp、417bp及び473bp)のDNA断片が、L3品種では291bp、419bp及び460bpの3つのDNA断片が、そしてL4品種では418bp及び779bpの2つのDNA断片が検出された(図1、2)。L2品種のC. frutescensとC. baccatumが異なるバンドパターンを示したが、これら2品種のバンドパターンが他のL抵抗性遺伝子型のバンドパターンと区別できるものであったことから、L2遺伝子型におけるfrutescens型、baccatum型として識別することが可能であると判明した(図1、2)。同様の反応条件でこのトバモウイルス抵抗性識別マーカーをPshBI処理すると、L2品種のC. baccatumとL4品種で共に359bp及び838bpの2つのDNA断片が検出された(図1、3)。さらに、L抵抗性遺伝子をヘテロにもつ場合は、両方で検出されるDNA断片が全て検出された。以上の結果から、AfaI処理によって、全ての遺伝子型を識別できることが明らかとなった。また、L2遺伝子型のC. frutescensとL4遺伝子型の識別、ならびにL2遺伝子型のC. baccatumとL3遺伝子型の識別では、PshBI処理の多型解析と併用することによって、より正確な識別が可能であることも明らかとなった。したがって、配列番号1と2のプライマーで増幅されるトバモウイルス抵抗性識別マーカーは、カプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型を識別できるCAPSマーカーとして利用できることが判明した。
【0037】
[実施例3] CAPSマーカーを用いたカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型の識別
本発明のL抵抗性遺伝子型を識別できるCAPSマーカーの汎用性を検証するために、すでにL抵抗性遺伝子型が明らかとなっているカプシクム属植物(表1)を用いて、L抵抗性遺伝子型と制限酵素断片長多型との対応を検証した。
【0038】
【表1】

【0039】
実施例1及び2の手順に従ってCAPSマーカーの多型解析を行った。その結果、L1品種、L2品種のC. baccatum、C. frutescens、L3品種、L4品種において各遺伝子型に共通した期待通りの制限酵素断片長多型が確認できた(図4、5)。以上の実験結果から、本発明のL抵抗性遺伝子型を識別できるCAPSマーカーの汎用性が証明された。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】配列番号1と2のプライマーで増幅されるマーカーDNA断片を、AfaI又はPshBI処理(37℃で16時間)して2%のアガロースゲルで電気泳動した結果を示す写真である。
【図2】配列番号1と2のプライマーで増幅されるマーカーDNA断片におけるAfaI認識領域を示す模式図である。
【図3】配列番号1と2のプライマーで増幅されるマーカーDNA断片におけるPshBI認識領域を示す模式図である。
【図4】L1品種、L2品種のC. baccatum、C. frutescens、L3品種、L4品種由来のゲノムDNAを鋳型とし配列番号1と2のプライマーで増幅したマーカーDNA断片の制限酵素断片長多型(AfaI処理)を電気泳動で確認した結果を示す写真及び当該写真を模式的に示す図である。
【図5】L1品種、L2品種のC. baccatum、C. frutescens、L3品種、L4品種由来のゲノムDNAを鋳型とし配列番号1と2のプライマーで増幅したマーカーDNA断片の制限酵素断片長多型(PshBI処理)を電気泳動で確認した結果を示す写真及び当該写真を模式的に示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなる一対のプライマーを用いて増幅できる増幅DNA断片の一部又は全部を含むマーカーDNA断片を増幅するように設計されたプライマーセット。
【請求項2】
配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなる、請求項1記載のプライマーセット。
【請求項3】
上記増幅DNA断片は、配列番号5乃至14のうちいずれか1で表される塩基配列を含むものであることを特徴とする請求項1記載のプライマーセット。
【請求項4】
カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、配列番号1で表されるオリゴヌクレオチド及び配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドからなるプライマーセットを用いて増幅できる増幅DNA断片の一部又は全部を含むマーカーDNA断片。
【請求項5】
上記増幅DNA断片は、配列番号5乃至14のうちいずれか1で表される塩基配列を含むものであることを特徴とする請求項4記載のマーカーDNA断片。
【請求項6】
カプシクム属植物ゲノムを鋳型とし、請求項1乃至3いずれか一項記載のプライマーセットを用いて、マーカーDNA断片を増幅する工程と、
得られたマーカーDNA断片を制限酵素で処理する工程と、
制限酵素処理によって得られたDNA断片を検出する工程と
を含む、カプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【請求項7】
上記制限酵素処理はGTACを認識配列とする制限酵素を使用することを特徴とする請求項6記載のカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【請求項8】
上記制限酵素処理はGTACを認識配列とする制限酵素及びATTAATを認識配列とする制限酵素を使用することを特徴とする請求項6記載のカプシクム属植物のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【請求項9】
上記DNA断片を検出する工程では、制限酵素処理によって得られたDNA断片を電気泳動によって分離することを特徴とする請求項6記載のL抵抗性遺伝子型識別方法。
【請求項10】
上記DNA断片を検出する工程で行った電気泳動の結果として得られた泳動パターンからL抵抗性遺伝子型を特定する工程を更に含むことを特徴とする請求項9記載のL抵抗性遺伝子型識別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−246838(P2006−246838A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−70779(P2005−70779)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(390025793)岩手県 (38)
【出願人】(505093725)財団法人日本園芸生産研究所 (1)
【Fターム(参考)】