説明

トラクション制御装置

【課題】トラクション制御中のフェール時に、ユーザに過度な負担を強いる限定しすぎたフェール処理を回避することができるトラクション制御装置を提供する。
【解決手段】アクセル開度αAに応じてモータ57でスロットル制御を行うスロットルバイワイヤ手段(TBW)61を備え、駆動輪WRのスリップ検出時にTBW61によってスロットル弁開度θTHを第1予定値θTHTCSに低減する。スロットル弁開度θTHを第1予定開度θTHTCSに低減している間にフェールを検出した場合にTBW61によってスロットル弁開度θTHを第2予定値θTHidleまでさらに低減させる。スロットル弁開度θTHを第2予定値θTHidleに低減している間にアクセルグリップ24Rが全閉位置に操作された場合はTBW61による制御を停止し、アクセル開度αAに応じて直接アクセルグリップ24Rの操作によるスロットル制御を行えるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トラクション制御装置に関し、特に、トラクション制御中に発生したフェールからの復帰にすばやく対応することができるトラクション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車や四輪車において、発進時や加速時にタイヤが空転するのを防止するためのトラクション制御が知られており、このトラクション制御中にフェールが発生した場合の対応策も考えられている。例えば、特許文献1では、アクセルペダル操作によらずスロットル制御される自律走行時にトラクション制御系の故障が検出された場合、トラクション制御用のスロットル弁(サブスロットル弁)に対する電流を遮断して該サブスロットル弁を閉じるように制御されるフェールセーフ装置が提案されている。このフェールセーフ装置では、サブスロットル弁を閉じた後、ユーザが行う自律走行選択スイッチのオフ操作によってスロットル弁の開度を復帰させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−229263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されているフェールセーフ装置は、フェール発生時にスロットル弁を閉方向に操作することで、アイドル制御系による必要最低限の走行を確保する構成を有している。しかし、特許文献1の装置では、ユーザが自律走行選択スイッチをオフ操作するまではアイドル制御モードから通常のスロットル制御モードに戻ることができない。このような従来の制御では、例えば、車輪回転速度センサの1つが故障してトラクション制御ができなくなったとしても、通常のスロットル制御モードでの運転が可能なフェールであった場合には、スロットル弁開度が全閉となったままとなり、過度なフェール対応による不便な走行または操作をユーザに強いることになる。特に、点火ノイズ等の影響を受けやすい自動二輪車において、一時的なセンサのフェール状態であっても、トラクション制御系のフェール検知時に電源を遮断するようなフェールセーフモードを継続させることは運転を限定的にしすぎるという課題がある。
【0005】
本発明の目的は、トラクション制御中のフェール発生時に、走行状態を過度に限定しないです早く通常のスロットル弁制御に移行することができるトラクション制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するための本発明は、アクセルグリップの操作を電磁連結手段を介してスロットル弁に伝達するための伝達手段と、アクセルグリップの操作開度を検知するアクセル開度センサと、前記電磁連結手段を非付勢にして前記伝達手段を遮断した状態でアクセルグリップの操作開度に応じてアクチュエータを駆動してスロットル弁開度を制御するスロットルバイワイヤ制御手段と、駆動輪のスリップ状態を検出するスリップ検出手段と、エンジン制御システムのフェールを検知するフェール検知手段と、スリップ状態の検出に応答して前記スロットルバイワイヤ制御手段によってスロットル弁開度を第1予定値に低減させるスロットル低減手段と、スロットル弁開度を前記第1予定開度に低減している間にエンジン制御システムのフェールを検出した場合に前記スロットルバイワイヤ制御手段によってスロットル弁開度を前記第1予定値よりさらに小さい第2予定値に低減させるトラクションフェール制御手段とを有するトラクション制御装置において、前記トラクションフェール制御手段によってスロットル弁開度を前記第2予定値に低減しているトラクションフェール処理中にアクセルグリップが全閉位置に操作されたことを検知した場合はトラクションフェール処理を終了し、前記電磁連結手段を付勢して前記伝達手段を連結した状態にし、前記アクセル操作開度に応じたスロットル弁開度によるスロットル制御を可能にするように構成した点に第1の特徴がある。
【0007】
また、本発明は、前記第2予定値がアイドルスロットル弁開度である点に第2の特徴がある。
【0008】
さらに、本発明は、前記駆動力抑制中および前記トラクションフェール処理中であることを示すトラクションインジケータが設けられている点に第3の特徴がある。
【0009】
さらに、本発明は、前記トラクションインジケータが、車両の運転状態を示すメータ装置に設けられており、トラクション制御中には点滅され、トラクション制御停止中は消灯されるトラクションオン表示灯と、トラクション制御中には消灯され、トラクション制御停止中は点灯されるトラクションオフ表示灯とからなり、トラクションフェール処理中は、前記トラクションオン表示灯が点灯され、前記トラクションオフ表示灯が消灯されるように構成されている点に第4の特徴がある。
【0010】
また、本発明は、前記所定の閉操作が、前記アクセルグリップの全閉位置への操作である点に第5の特徴がある。
【0011】
また、本発明は、アクセルグリップの操作を電磁連結手段を介してスロットル弁に伝達するための伝達手段を備え、スロットル弁開度を前記第2予定値に低減しているトラクション処理中にアクセルグリップが所定の閉操作されたことを検知した場合はトラクションフェール処理を停止し、前記電磁連結手段を付勢して前記伝達手段を連結した状態にして前記アクセル操作開度に応じたスロットル弁開度によるスロットル制御を可能にするように構成した点に第6の特徴がある。
【0012】
また、本発明は、駆動輪のスリップ率が所定値より小さい時には、スロットル弁開度制御を実行し、前記スリップ率が前記所定値よりも大きくなると、スロットル弁開度制御に加えてスロットル弁開度にかかわらない燃料噴射低減制御を実行し、前記スリップ率が所定値よりも大きい状態で前記トラクションフェール処理を実行する場合には、前記燃料噴射低減制御を終了し、スロットル弁開度に応じた燃料噴射制御を行うように構成されている点に第7の特徴がある。
【発明の効果】
【0013】
第1および第5の特徴を有する本発明によれば、通常のアクセル操作によるスロットル制御が可能なフェールがトラクション制御中に発生したとしても、アクセルグリップを全閉にする操作をすることによりスロットル制御が可能になるので、システムを再起動させる操作など、運転者に過度なフェール対応による負担を強いることを防止できる。特に、フェール時にアイドル回転数でしかエンジンを運転できないという従来技術の課題も克服することができる。
【0014】
第2の特徴によれば、フェール時にアクセル開度を全閉にしなければエンジンをアイドル回転数に維持することができる。
【0015】
第3の特徴によれば、トラクション制御およびトラクションフェール処理によって出力が抑制されていることを運転者に認識させることができるので、減速による異和感を持たせることがなくなるとともに、アクセルグリップの操作によるスロットル制御への移行を喚起することができる。
【0016】
第4の特徴によれば、二つの表示灯を使用してフェールインジケータを形成しているので、インジケータの視認性を向上させることができる。
【0017】
第6の特徴によれば、スロットルの開度(アイドル開度)とアクセルグリップの開度を対応させることができるので、その後に、アクセルグリップの操作に応じたスロットル弁開度の操作を素早く行うことができる。
【0018】
第7の特徴によれば、アクセルグリップが閉操作される前に、スロットル弁開度に応じた燃料噴射を行っているので、フェール処理の終了後に速やかにスロットル弁開度制御に応じた空燃比制御に移行することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係るトラクション制御装置を有する自動二輪車の左側面ある。
【図2】本発明の一実施形態に係るトラクション制御装置を有する自動二輪車の前部拡大図である。
【図3】エンジンとその周辺機器との結線図である。
【図4】トラクション制御中のフェール処理のためのECUの要部機能を示すブロック図である。
【図5】トラクションフェール処理に係る動作タイミングチャートである。
【図6】トラクションフェール動作に対応する処理(TCSフェール処理)のフローチャートである。
【図7】メータ装置の正面図である。
【図8】トラクションフェール制御インジケータの点灯条件を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を説明する。図1は、本発明の一実施形態に係るトラクション制御装置を有する自動二輪車の左側面図であり、図2は自動二輪車の前部拡大図である。自動二輪車1は、水冷4サイクルV型4気筒エンジン2を有し、エンジン2の動力は、変速装置3を介してシャフトドライブ機構(スイングアーム4に内蔵される)によって駆動輪である後輪WRに伝達される。変速装置3には自動モード・手動モードの切り換えが可能であって、複数クラッチ(ツインクラッチ)を有する油圧式変速機構が採用される。前後V型に開いて配置されるエンジン2のシリンダ間に変速機構3の油圧装置5が設けられる。エンジン2に設けられる前後のシリンダ間にあって、前記油圧装置5の上方にはスロットル弁6aを収容するスロットルボディ6が設けられる。スロットルボディ6はスロットル弁6aの他、該スロットル弁6aのアクチュエータ(スロットルモータ)57と、スロットル弁6aの開度を検知するスロットル弁開度センサ(後述)とを有する。スロットル弁6aの上流側つまりエアクリーナ側には燃料噴射弁56が取り付けられる。スロットルボディ6のさらに上方には、スロットルボディ6を介してエンジン2に供給される空気を清浄化するエアクリーナ7が設けられる。エアクリーナ7の前部に形成される凹部にはECU41が配置される。エンジン2の前部シリンダならびに後部シリンダからそれぞれ引き出される排気管8は、車体後部に配置されるマフラ9に連結される。エンジン2の前方にはエンジン冷却水が循環されるラジエータ10が設けられる。
【0021】
上記エンジン2、変速装置3、スイングアーム機構4、油圧装置5、スロットルボディ6、エアクリーナ7、排気管8、およびマフラ9等を支持する車体フレーム11が設けられる。車体フレーム11は、車体前部にあって後傾姿勢で上下方向に延在されたヘッドパイプ12と、ヘッドパイプ12に接合されて、車体後方に延在している左右1対のメインフレーム13と、メインフレーム13に結合されてさらに車体後方に延在しているシートフレーム14とを備える。エンジン2等はメインフレーム13に懸架され、シャフトドライブ機構を内蔵するスイングアーム4は、その前部を枢軸15でメインフレーム13に支持されるとともに、中間部がリヤクッション16を介してシートフレーム14に支持される。後輪WRはスイングアーム4の後部に支持される。メインフレーム13の下部にはサイドスタンド17およびメインスタンド18が設けられる。
【0022】
ヘッドパイプ12を上下に貫通するステアリングシャフト(図示せず)の下部にはフロントフォーク19が結合され、フロントフォーク19の上端部に設けられるトップブリッジ80上にはステアリングハンドル20が結合される。ステアリングハンドル20の左右には、それぞれ前後ブレーキ用の油圧マスタシリンダ81L、81Rが設けられ、中央前部にはイグニッションスイッチ82が配置される。フロントフォーク19の下端には前輪WFが回転可能に支持される。前輪WFには、ブレーキディスク21が設けられ、フロントフォーク19にはブレーキディスク21に対して油圧で制動作用を及ぼすブレーキキャリパ22が固定される。さらに、フロントフォーク19は前輪WFの上部を覆うフロントフェンダ23を支持する。
【0023】
ステアリングハンドル20の左右端にグリップ24L、24Rがそれぞれ設けられ、右側のグリップ24Rはアクセル操作のため回動可能なアクセルグリップとして構成される。そして、このアクセルグリップ24Rの回動角度(アクセル開度)を検知するアクセル開度センサ(後述する)が右側のスイッチケース25R内に設けられる。検知されたアクセル開度はハーネス75を通じて後述のECUにスロットル弁開度指令として伝送され、エンジン2の制御に利用される。
【0024】
左側スイッチケース25Lおよび右側スイッチケース25Rがグリップ24L、24Rに隣接して設けられ、スイッチケース25L、25Rにはミラー26L、26Rがそれぞれ立設される。左右のグリップ24L、24Rを覆うナックルガード27L、27Rがそれぞれに設けられる。
【0025】
メインフレーム13の上には燃料タンク28が搭載され、シートフレーム14の上には乗員シートおよびパッセンジャシートを一体にしたシート29が搭載される。シートフレーム14の下部には後輪WRの上方に位置するリヤフェンダ30が取り付けられ、リヤフェンダ30にはテールライトアッセンブリ(テールライト、リヤウィンカ、ライセンスライト等を含む)31が取り付けられる。
【0026】
車体フレーム11には、その外側を覆うフロントカウル32およびリヤカウル33が取り付けられる。フロントカウル32の前部はメインフレーム13に取り付けられるガードパイプ34によって保護される。ヘッドパイプ12から前方に左右1対のステー35が延びており、このステー35によってヘッドライト36、ウインドスクリーン37、フロントウィンカ38L、38Rおよびメータ装置70が取り付けられる。前記フロントカウル32は前部が拡張されてヘッドライト36の下方を保護するヘッドライトカバー部分39を構成している。メータ装置70は左右のステー35の間に配置することができる。
【0027】
フロントカウル32は、ヘッドライトカバー部分39から左右後方に連なり、フロントフォーク19の上部に対して左右から回り込んで構成される。フロントカウル32のうち、前記左側スイッチケース25Lおよび燃料タンク28の前方でハンドル下の部位32Lの上面にトラクション制御モードオフスイッチ(TCSオフスイッチ)40が設けられる(図2参照)。TCSオフスイッチ40は上面を前記部位32Lから露出させて設けられており、プッシュ(押す)操作可能に配置される。TCSオフスイッチ40は、ライダによって押されている間、ECU41に対するTCS入力スイッチポートをローにして、トラクション制御の作動を停止させる。
【0028】
図3は、エンジンECUとその周辺機器との結線図である。ECU41はマイクロコンピュータを含み、トラクション制御、点火制御、燃料噴射制御(FI制御)、スロットルバイワイヤ制御、メータ表示用通信制御およびABS制御等が行われる。
【0029】
制御に使用される各種センサが設けられる。まず、トラクション制御に関するセンサとしてアクセルグリップ24Rの操作量(アクセル開度)を検知するグリップ開度センサ42と、前輪回転速度センサ(FRセンサ)43および後輪回転速度センサ(RRセンサ)44とが設けられる。前輪および後輪回転速度センサ43、44は、それぞれ前輪WFおよび後輪WRに取り付けられて車軸と同期回転するパルサリングに形成される複数のスリットを検知し、その検知信号をトリガとしてオン・オフ信号(またはハイ・ロー信号)を出力する。これら前輪および後輪回転速度センサ43、44で検知される車輪回転速度はABS制御にも用いられる。トラクション制御に関しては、さらに、該トラクション制御を禁止するTCSオフスイッチ40が設けられるのは既述のとおりである。
【0030】
点火およびFI制御に関するセンサとして、大気圧センサ(PAセンサ)45、吸気管負圧センサ(PBセンサ)46、吸気温センサ(TAセンサ)47、冷却水温センサ(TWセンサ)48、酸素濃度センサ(O2センサ)49、クランク角センサ50、変速段センサ(ギヤポジションセンサ)51、およびノックセンサ52等が設けられる。
【0031】
スロットルバイワイヤ制御では、前記グリップ開度センサ42の他、スロットル弁開度を検知するスロットル弁開度センサ53が設けられる。
【0032】
なお、ECU41で行われる各制御は独立しているわけではなく、各制御間で連関して行われるものであるから、上記各センサは、制御毎に専用に設けられるものとは限らず、各センサの検知情報は複数の制御で共通に利用可能である。
【0033】
また、上記センサの検知情報に基づいてECU41から出力される指示で動作する周辺機器として、燃料ポンプ54、点火装置55、燃料噴射弁56、スロットルモータ(DCブラシレスモータが使用される)57、および既述のメータ装置70が設けられる。
【0034】
上記ECU41によって行われるトラクション制御中のフェール処理について説明する。図4は、トラクション制御中のフェール処理のためのECU41の要部機能を示すブロック図である。スリップ率判定部60は、前輪および後輪回転速度センサ43、44で検知される前輪WFおよび後輪WRの回転速度の差(つまりスリップ率)を常時算出して、スリップ率が、予め設定されている許容スリップ率を超えていた場合にスロットル低減部59を付勢してスロットルバイワイヤ(TBW)制御部61にスロットル弁開度を低減するためのモータ駆動制御指示を行わせる。
【0035】
スロットルバイワイヤ制御部61は、スリップ率が許容スリップ率に収束するようにスロットル開閉モータ57を駆動してスロットル弁を閉じる方向に制御し、トルク抑制を行う。なお、スリップ率が極端に大きい場合は燃料噴射間を引いてトルク抑制を補助してもよい。
【0036】
トラクションフェール制御部62は各種センサ(図中、「センサ類SS」として統合して示す)の異常を検知してトラクションフェール処理を行う。トラクションフェール処理では、トラクション制御中にセンサ類のフェールが検知されるとスロットル弁開度をアイドル回転数開度まで低減させる。アクセル全閉判定部63は、スロットル弁開度を低減させるフェール処理を行っている状態で、グリップ開度センサ42によってアクセル開度の全閉が検知されたことを検知してトラクションフェール停止指示をフェールモード選択部64に入力する。
【0037】
フェールモード選択部64は、トラクションフェール停止指示に応答してトラクションフェール制御部62による処理を通常フェール制御部65の処理に切り換える。通常フェール制御部65は、トラクションフェール処理とは異なる通常フェール処理を行う。すなわち、通常フェール処理では、スロットルバイワイヤ制御を停止して通常のスロットル制御を行う。具体的には、アクセルグリップ24Rの回動をスロットル弁に伝達するスロットルケーブルを、スロットルバイワイヤ制御時に切り離し、通常スロットル制御時には接続するための断接手段として電磁クラッチ66を設ける。電磁クラッチ66はスロットルボディ6内でスロットルケーブルを断接できるように配置するのがよい。
【0038】
そして、通常フェール処理時には、この電磁クラッチ66を接続位置に作動させてアクセルグリップ24Rとスロットル弁との間に設けられるスロットルケーブルを連結し、スロットルケーブルを介してアクセルグリップ24Rの操作開度に対応してスロットル弁を開閉する通常のスロットル制御を行う。インジケータ制御部67は、トラクション制御システムの状態に応じて、メータ装置70に設けられるトラクションインジケータ68の点灯、点滅および消灯制御を行う。
【0039】
なお、通常フェール処理において、前輪および後輪回転速度センサ43、44、PBセンサ46、TAセンサ47、TWセンサ48および変速段センサ51のフェール時は、通常のスロットル制御とする一方、スロットル弁開度センサ54やスロットル弁のリターンスプリングやスロットルバイワイヤリレー(スロットルバイワイヤ制御装置に車載バッテリから動作電源を供給するためのリレー)がフェール状態になったときは、トラクション制御を停止するとともにスロットル弁開度を予定の低開度(例えば、アイドル開度)に制限する。リターンスプリングのフェールは、スロットル弁が全閉位置に戻らない状態であり、スロットル弁開度センサ53の出力によってフェール判定できる。またスロットルバイワイヤリレーのフェールは該リレーを跨ぐ位置での電圧の異常により判定できる。
【0040】
図5はトラクションフェール処理に係る動作タイミングチャートである。図5では横軸が時間軸、縦軸がアクセル開度およびスロットル弁開度である。トラクション制御が開始されると(タイミングt0)、スロットル弁開度θTHが、グリップ開度αAに拘わらず、アクセル開度αAで決定されるスロットル弁開度θAよりも小さいTCSスロットル弁開度θTHTCSに制限される。アクセルグリップ24Rが開かれている間はこのTCSスロットル弁開度θTHTCSが維持される。このトラクション制御中にフェールが発生すると(タイミングt1)、TCSスロットル弁開度θTHTCSはアイドル開度θTHidleまで減少される。このとき、トラクションインジケータ68によりフェール発生およびスロットル弁開度抑制中であることを表示する。この表示に応じて、ユーザが、アクセル開度αAが全閉になる位置にアクセルグリップ24Rが操作されると(タイミングt2)、トラクションフェール制御から通用のフェール制御に切り替わり、アクセル開度αAに応じたスロットル弁開度θTHに収束する制御が行われる。
【0041】
図6は図5のトラクションフェール動作に対応する処理(TCSフェール処理)のフローチャートである。図6においてステップS1ではフェール発生に有無を判断する。フェール発生と判断されると、ステップS1からステップS2に進み、トラクション制御中か否かが判断される。トラクション制御中であれば、ステップS2からステップS3に進み、スロットル弁開度θTHをアイドル開度θTHidleに低減させるトラクションフェール制御を行う。トラクション制御中でなければ、ステップS2からステップS5に進み、通常のフェール制御を行う。ステップS4ではアクセルグリップ24Rが全閉(アクセル開度が全閉)であるか否かが判断される。アクセルグリップ24Rが全閉ならばステップS4からステップS5に進んで通常のフェール制御を行う。アクセルグリップ24Rが全閉でないときはこのフローチャートの処理を終了してメインルーチンに戻る。
【0042】
図7はメータ装置70の正面図であり、要部の拡大図も併せて示す。メータ装置70には、トラクションインジケータ68の他、車速計71、エンジン回転計72、変速段表示器73、左右方向指示器74L、74R等が設けられる。トラクションインジケータ68は、LED等の表示灯からなるトラクションオン(TCS)インジケータ68a、およびトラクションオフ(TCS−OFF)インジケータ68bを備える。
【0043】
図8は、トラクションフェール制御インジケータ68の点灯条件を示す図である。図8において、イグニッションスイッチがオン操作されてシステムの所定初期診断が完了するまではTCSインジケータ68aおよびTCS−OFFインジケータ68bはいずれも点灯し、自動二輪車1の通常の走行中はTCSインジケータ68aおよびTCS−OFFインジケータ68bはいずれも消灯する。そして、トラクション制御中はTCSインジケータ68aが点灯し、TCS−OFFインジケータ68bは消灯するとともに、TCSオフスイッチ40が押された時は、TCSインジケータ68aが消灯し、TCS−OFFインジケータ68bは点灯する。また、トラクションフェール制御中あるいはECU38とメータ装置70間の通信線の断線フェールを生じた場合にはTCSインジケータ68aが点灯し、TCS1−OFFインジケータ68bは消灯する。なお、トラクションコントロールの作動状態は、トラクションコントロールが作動できる状態で、TCSオフスイッチ40が操作されるとトラクションコントロールが非作動となる状態に移行する一方、トラクションコントロールが非作動状態でTCSオフスイッチスイッチ40が操作されると、トラクションコントロールは作動できる状態になり、TCSインジケータ68aおよびTCS−OFFインジケータ69は消灯するように構成される。
【0044】
なお、TCS−OFFインジケータ68bに付加されているマークと同じ図柄のマークをTCSオフスイッチ40の操作部(押圧部)に付加すると誤操作を回避することができる。
【符号の説明】
【0045】
1…自動二輪車、 24R…アクセルグリップ、 40…TCSオフスイッチ、 42…グリップ開度センサ、 57…アクチュエータ、 59…スロットル低減部、 60…スリップ率判定部、 61…スロットルバイワイヤ制御部、 68…インジケータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクセルグリップ(24R)の操作開度(αA)を検知するグリップ開度センサ(42)と、アクセルグリップの操作開度(αA)に応じてアクチュエータ(57)を駆動してスロットル弁の開度(θTH)を制御するスロットルバイワイヤ制御手段(61)と、駆動輪(WR)のスリップ状態を検出するスリップ検出手段(60)と、エンジン制御システムのフェールを検知するフェール検知手段と、スリップ状態の検出に応答して前記スロットルバイワイヤ制御手段(61)によってスロットル弁開度(θTH)を第1予定値(θTHTCS)まで低減させるスロットル低減手段(59)と、スロットル弁開度(θTH)を前記第1予定開度(θTHTCS)に低減している間にエンジン制御システムのフェールを検出した場合に前記スロットルバイワイヤ制御手段(61)によってスロットル弁開度(θTH)を前記第1予定値(θTHTCS)よりさらに小さい第2予定値(θTHidle)に低減させるトラクションフェール制御手段(62)とを有するトラクション制御装置において、
前記トラクションフェール制御手段(62)によってスロットル弁開度(θTH)を前記第2予定値(θTHidle)に低減しているトラクションフェール処理中にアクセルグリップ(24R)が所定の閉操作されたことを検知した場合はトラクションフェール処理を終了し、前記アクセル操作開度(αA)に応じたスロットル弁開度(θTH)によるスロットル制御を可能にするように構成したことを特徴とするトラクション制御装置。
【請求項2】
前記第2予定値がアイドルスロットル弁開度(θTHidle)であることを特徴とする請求項1記載のトラクション制御装置。
【請求項3】
前記駆動力抑制中および前記トラクションフェール処理中であることを示すトラクションインジケータ(68)が設けられていることを特徴とする請求項1または2記載のトラクション制御装置。
【請求項4】
前記トラクションインジケータ(68)が、車両の運転状態を示すメータ装置(70)に設けられており、トラクション制御中には点滅され、トラクション制御停止中は消灯されるトラクションオン表示灯(68a)と、トラクション制御中には消灯され、トラクション制御停止中は点灯されるトラクションオフ表示灯(68b)とからなり、トラクションフェール処理中は、前記トラクションオン表示灯(68a)が点灯され、前記トラクションオフ表示灯(68b)が消灯されるように構成されていることを特徴とする請求項3記載のトラクション制御装置。
【請求項5】
前記所定の閉操作が、前記アクセルグリップ(24R)の全閉位置への操作であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のトラクション制御装置。
【請求項6】
アクセルグリップ(24R)の操作を電磁連結手段(66)を介してスロットル弁(6a)に伝達するための伝達手段を備え、
スロットル弁開度(θTH)を前記第2予定値(θTHidle)に低減しているトラクション処理中にアクセルグリップ(24R)が所定の閉操作されたことを検知した場合はトラクションフェール処理を停止し、前記電磁連結手段(66)を付勢して前記伝達手段を連結した状態にして前記アクセル操作開度(αA)に応じたスロットル弁開度(θTH)によるスロットル制御を可能にするように構成したことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のトラクション制御装置。
【請求項7】
駆動輪のスリップ率が所定値より小さい時には、スロットル弁開度制御を実行し、前記スリップ率が前記所定値よりも大きくなると、スロットル弁開度制御に加えてスロットル弁開度にかかわらない燃料噴射低減制御を実行し、前記スリップ率が所定値よりも大きい状態で前記トラクションフェール処理を実行する場合には、前記燃料噴射低減制御を終了し、スロットル弁開度(θTH)に応じた燃料噴射制御を行うように構成されている請求項1〜6のいずれかに記載のトラクション制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−202285(P2012−202285A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−67338(P2011−67338)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】