説明

トランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法

【課題】簡易に製造することが可能であり、純度の高いトランス−シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「t−CHDC」と称する)を提供する。
【解決手段】本発明に係るt−CHDCの製造方法は、シス−シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「c−CHDC」と称する)を含む粗シクロヘキサンジカルボン酸と、水溶性有機溶媒中で加熱することにより、上記c−CHDCをt−CHDCに異性化させる。これにより高い純度のt−CHDCを得ることが可能であり、さらに、当該t−CHDCは、簡易に反応器から取り出すことができる。さらに上記水溶性有機溶媒は、水で洗浄することにより簡単に除去できる。よって、例えば高純度なトランス−1,4−シクロヘキサンジカルボン酸を簡易に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法に関するものである。さらに詳しくは、シス−シクロヘキサンジカルボン酸を異性化することにより、透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等に優れた樹脂や繊維の原料として有用な高純度のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸を得る方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
トランス−シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「t−CHDC」と称する)は、透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等に優れたポリアミド樹脂や繊維の原料として有用な化合物である。
【0003】
従来、t−CHDCの製造方法として、シス−シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「c−CHDC」と称する)を異性化して得る製造方法が用いられてきた。上記製造方法として、例えば特許文献1〜5が報告されている。
【0004】
特許文献1に記載の上記製造方法は、以下の通りである。c−CHDC単独を、又はc−CHDCとt−CHDCとの混合物を310〜320℃に加熱することにより、c−CHDCを異性化する。次に、常温まで冷却した後、活性炭を用いて水から再結晶することで、t−CHDCを得る。
【0005】
特許文献2に記載の上記製造方法は、以下の通りである。c−CHDCを、窒素ガス封入下において300℃に加熱してt−CHDCの溶解物を得る。上記溶解物と流動パラフィンとを混合したスラリーを濾過した後、イソブタノールで洗浄し、さらに水で洗浄して、t−CHDCを得る。
【0006】
特許文献3に記載の上記製造方法は、以下の通りである。c−CHDCと2倍量の純水との混合物を、窒素雰囲気下で245℃〜250℃に加熱攪拌して得たスラリーを熱水で洗浄してt−CHDCを得る。
【0007】
しかし、上記特許文献1〜3に係る方法は、いずれも操作が煩雑であったり、異性化率が低かったり、着色したt−CHDCしか得られないなどの問題があった(特許文献4参照)。
【0008】
そこで、特許文献4には、窒素ガス雰囲気下でc−CHDCを異性化する製造方法が記載されている。つまり、テレフタル酸を水素化して得たc−CHDCを含む粗1,4シクロヘキサンジカルボン酸をフラスコに仕込み、真空ポンプで減圧して窒素ガスを常圧まで導入する操作を5回繰り返す。そして、酸素濃度2容量ppm〜2容量%の窒素ガス雰囲気下となった上記フラスコを250℃に加熱してc−CHDCを異性化することで、t−CHDCを得る。当該製造方法では、濃度が95.9%、400nm波長における光透過率が99.8%のt−CHDCを得ることができると記載されている。
【0009】
また、特許文献5においても上記問題点が指摘されており、その解決手段として、以下の製造方法が記載されている。t−CHDCの含有割合がc−CHDCとt−CHDCとの総量に対して0.5以上である混合物を粉砕して、粒径を例えば300μm以下などに調整する。次に、窒素、アルゴン、水蒸気などの不活性ガスを流通させながら、上記混合物を180℃以上t−CHDCの融点(312℃〜313℃)以下の温度に加熱する。このとき上記混合物は、連続的に供給され、回転ドラム又はスクリューコンベアにより流動されながら加熱される。これにより、上記混合物は粉粒状を維持したままt−CHDCに異性化される。当該製造方法により、濃度が90%以上97.8%以下、340nm波長における光透過率が85%以上97.8%以下のt−CHDCを得ることができると記載されている。
【特許文献1】特公昭39−27244号公報(1964年11月28日公開)
【特許文献2】特開昭49−81349号公報(1974年8月6日公開)
【特許文献3】特開昭49−82648号公報(1974年8月8日公開)
【特許文献4】特開2003−128620号公報(2003年5月8日公開)
【特許文献5】特開2004−43426号公報(2004年2月12日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したとおり、t−CHDCは透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等に優れた樹脂や繊維などの原料として有用である。そして、近年、より高純度のt−CHDCが望まれている。
【0011】
しかしながら、上記従来の製造方法では、純度が低く着色したt−CHDCしか得ることができないという問題、製造後のt−CHDCの取り扱いが困難であるという問題、製造において煩雑な操作が必要であるため製造コストが高くなるという問題、耐食性の装置が必要であるため製造コストが高くなるという問題などが生じる。
【0012】
具体的には、上記特許文献1に係る製造方法は、トランス体の融点以上に加熱することで、シス体を異性化しているため、得られたt−CHDCは、非常に硬く、取り扱いが困難である。
【0013】
上記特許文献2に係る製造方法は、反応系全体の溶融温度以上に加熱することで、流動パラフィンを用いてt−CHDCを分散させる必要がある。そして、上記流動パラフィンはイソブタノールおよび水を用いて洗浄するとされている。しかし、本発明者らが追試したところ、洗浄しても流動パラフィンを除去することは困難であり、この製造方法により得られるt−CHDCの取り扱いは非常に困難なものであった。
【0014】
上記特許文献3に係る製造方法は、c−CHDCと純水との混合物を245℃〜250℃に加熱しているため、圧力が30〜32kg/cmとなり、高い耐圧性を有する反応器が必要となる。また、カルボン酸の水溶液は腐食性があるため、高価な耐食性材料を用いた反応器が必要である。よって、この製造方法では、反応の制御が困難であり、さらに、製造コストが高くなる。
【0015】
さらに、これらの問題の解決手段として報告された上記特許文献4および5においても、本発明者らによる追試の結果、同様の問題が生じた。
【0016】
上記特許文献4に係る製造方法を、本発明者らがスケールアップした上で追試したところ、異性化反応の途中で攪拌が停止した。さらに、当該反応系を室温まで冷却して得た生成物は、反応器内に融着していたため、取り出しが困難であった。反応系内で局部加熱が起こるため、当該生成物には着色が生じ、異性化率も低かった。よって、上記特許文献4に係る製造方法では、現在求められている高純度のt−CHDCを、工業的に製造することは困難である。
【0017】
上記特許文献5に記載の実施例では、異性化反応に供するc−CHDCとt−CHDCとの混合物は1g〜100gである。これをスケールアップすると上記特許文献4の場合と同様に、反応器から生成物を取り出すことが困難であることが考えられる。よって、上記特許文献5に係る製造方法も、工業的に利用可能であるとは言えない。また、上記特許文献5に記載の実施例24〜29では、250℃水蒸気を流通させている。この場合、上記特許文献3と同様に、高価な耐食性材料を用いた反応器が必要であり、製造コストが高くなるという問題を生じる。
【0018】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、純度の高いt−CHDCおよびその簡易な製造方法の提供を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、少なくともc−CHDCを含む粗シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「粗CHDC」と称する」)を、水溶性有機溶媒中で加熱することにより、異性化させることを特徴としている。
【0020】
上記の構成によれば、溶液の状態で生成物を取り扱うことができるので、異性化反応後の生成物を反応器から容易に取り出すことが可能であり、さらに上記水溶性有機溶媒は、水で洗浄することにより容易に除去することが可能である。
【0021】
従って、純度の高いt−CHDCを簡易に製造することができる。
【0022】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記c−CHDCが、下記式(1)、
【0023】
【化1】

【0024】
(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
下記式(2)、
【0025】
【化2】

【0026】
(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
又は下記式(3)
【0027】
【化3】

【0028】
(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
で表されるc−CHDCであることがより好ましい。
【0029】
上記の構成によれば、上記c−CHDCを異性化した、高純度なt−CHDCを簡易に得ることができる。上記t−CHDCは樹脂や繊維の原料としてさらに有用である。よって、透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等に優れた樹脂や原料を提供できる。
【0030】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記c−CHDCが、シス−1,4−シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「c−1,4−CHDC」と称する)であることがより好ましい。
【0031】
上記の構成によれば、上記c−1,4−CHDCを異性化した、高純度なトランス−1,4−シクロヘキサンジカルボン酸(以下、「t−1,4−CHDC」と称する)を簡易に得ることができる。上記t−1,4−CHDCは樹脂や繊維の原料としてさらに有用である。よって、透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等に優れた樹脂や原料を提供できる。
【0032】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記水溶性有機溶媒の沸点が160℃以上であることがより好ましい。
【0033】
上記の構成によれば、上記異性化を行なうときに、上記水溶性有機溶媒の蒸気圧が高くならないため、高耐圧性の反応器を用いる必要が無い。
【0034】
従って、製造コストを低減することができ、純度の高いt−CHDCを簡易かつ安価に製造することができる。
【0035】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記水溶性有機溶媒が、下記式(4)
【0036】
【化4】

【0037】
(式中、nは2〜8の整数である。また、RおよびRは、互いに独立して、水素原子、ヒドロキシル基、又は炭素数1〜4の1価の有機基を表し、上記有機基では窒素原子および/又は酸素原子を含んでもよい。)
で表される水溶性有機溶媒であることがより好ましい。
【0038】
上記の構成によれば、上記式(4)で表される水溶性有機溶媒は熱的に安定であるため、その分解物が生成物中に混入することがない。また、上記式(4)で表される水溶性有機溶媒は、上記異性化に係る反応に対して不活性であるため、上記異性化を阻害することがない。よって、上記異性化の制御が容易となり、さらに、高純度のt−CHDCを得ることができる。
【0039】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記水溶性有機溶媒は、トリグライム又はテトラグライムであることがより好ましい。
【0040】
上記の構成によれば、上記トリグライム又は上記テトラグライムは熱的に安定であるため、その分解物が生成物中に混入することがない。また、上記トリグライム又は上記テトラグライムは、上記異性化に係る反応に対して不活性であるため、上記異性化を阻害することがない。よって、上記異性化の制御が容易となり、さらに、高純度のt−CHDCを得ることができる。さらに、トリグライム(沸点216℃)又はテトラグライム(沸点275℃)は高沸点溶媒であるため、上記異性化を低圧で行なうことができる。よって、異性化において、圧力などの制御が容易であり、高耐圧性の反応器を用いる必要が無い。
【0041】
従って、t−CHDCの製造コストを低減することができ、純度の高いt−CHDCを簡易かつ安価に製造することができる。
【0042】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記異性化は、180℃〜310℃で行なうことがより好ましい。
【0043】
上記の構成によれば、生成したt−CHDCは上記水溶性有機溶媒中に析出し、異性化しなかったc−CHDCは上記水溶性有機溶媒に溶解しているので、異性化に係る反応後の反応物を濾過するだけでt−CHDCを得ることができる。また、異性化に係る反応速度が向上するため、反応時間を短縮することが可能であり、さらに、異性化率を向上することが可能である。よって、高純度のt−CHDCを簡易かつ安価に得ることができる。なお、本発明において異性化率とは、原料に含まれるc−CHDCの内、t−CHDCに異性化した割合を言う。
【0044】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、上記課題を解決するため、上記異性化により得たt−CHDCを取り出した後の溶液を、再度用いることがより好ましい。
【0045】
上記の構成によれば、上記t−CHDCを取り出した後の溶液には、前の製造において異性化しなかったc−CHDCが残存している。そして、次の製造において、上記残存したc−CHDCを再度異性化に供することができるため、これに由来するt−CHDCを得ることができる。よって、これを再度用いることで、原料及び溶媒に係る製造コストを低減することができる。
【発明の効果】
【0046】
本発明に係るt−CHDCの製造方法は、以上のように、少なくともc−CHDCを含む粗CHDCを、水溶性有機溶媒中で加熱することにより、上記c−CHDCをt−CHDCに異性化させる。これにより、加熱後の上記混合物は反応器から容易に取り出すことが可能であり、さらに上記水溶性有機溶媒は、水で洗浄することにより容易に除去することができる。
【0047】
従って、純度の高いt−CHDCを簡易に製造することができるという効果を奏する。
【0048】
さらに、本発明に係るt−CHDCは、高純度であるため、上記t−CHDCを用いることで、透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等の優れた樹脂や繊維を提供することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0049】
本実施の形態は、c−CHDCを含む粗CHDCを、水溶性有機溶媒中で加熱することにより、上記c−CHDCを異性化し、高純度のt−CHDCを得るものである。しかし、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0050】
(粗CHDC)
本実施の形態で原料として用いる粗CHDCは、少なくともc−CHDCを含むものであれば特に限定されるものではない。例えば、公知の製造方法により得てもよく、市販品を用いてもよい。上記c−CHDCとしては、例えば、下記式(1)、
【0051】
【化5】

【0052】
(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
下記式(2)、
【0053】
【化6】

【0054】
(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
又は下記式(3)
【0055】
【化7】

【0056】
(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
で表されるc−CHDCが挙げられる。
【0057】
上記有機基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、メトキシ基、エトキシ基、プロピルオキシ基、イソプロピル基、イソプロピルオキシ基等が挙げられる。
【0058】
上記公知の製造方法とは、例えば、c−1,4−CHDCであれば、テレフタル酸(以下、「TPA」と称する)、TPAアルカリ金属塩又はTPAエステルを水素化する製造方法が挙げられる。
【0059】
また、後述する異性化反応後の溶液から、得られたt−CHDCを分離して残存した溶液を、再度、粗CHDCとして用いてもよい。
【0060】
(異性化)
異性化に用いる反応溶媒は、水溶性有機溶媒であれば、限定されるものではないが、上記水溶性有機溶媒の沸点は160℃以上が好ましく、さらに好ましくは200℃以上である。沸点が160℃未満の水溶性有機溶媒では、異性化時における当該水溶性有機溶媒の蒸気圧が高圧となるため、高い耐圧性を有する反応器を用いる必要が生じ、製造コストが高くなる。なお、上記反応溶媒としては、上記異性化によって生成したt−CHDCを取り出した後、再度、新たに異性化に用いることができるため、回収が容易なものであることがより好ましい。例えば沸点が300℃以下の水溶性有機溶媒であれば、蒸留によって容易に回収できる。なお、上記水溶性有機溶媒とは、任意の量を水に均一に混合することができる有機溶媒をいう。
【0061】
また、上記水溶性有機溶媒としては、下記式(4)
【0062】
【化8】

【0063】
(式中、nは2〜8の整数である。また、RおよびRは、互いに独立して、水素原子、ヒドロキシル基、又は炭素数1〜4の1価の有機基を表し、上記有機基では窒素原子および/又は酸素原子を含んでもよい。)
で表される水溶性有機溶媒が好ましく、さらに好ましくは、ジエチレングリコール、ジエチレングリコールエチルメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールブチルメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリグライム、テトラグライムであり、特にトリグライムおよびテトラグライムが好ましい。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0064】
上記反応溶媒として、当該異性化後に、t−CHDCを取り出した後の溶液を用いてもよい。当該溶液は、上記水溶性有機溶媒を大量に含むため、反応溶媒として用いることが可能であり、さらに、当該溶液には、当該異性化において異性化しなかったc−CHDCが残存しているため、再度当該溶液を原料(粗CHDC)として用いることによって、上記残存したc−CHDCを異性化してt−CHDCを得ることができる。よって、反応溶媒および原料に係る製造コストをさらに低減することができる。
【0065】
上記異性化における反応温度(当該反応系を加熱することにより達する温度)は、目的とする異性化率およびt−CHDCの物性などにより適宜設定すればよいが、180℃以上310℃以下の範囲が好ましく、さらに好ましくは180℃以上280℃以下の範囲であり、特に好ましくは190℃以上250℃以下の範囲である。
【0066】
上記異性化における反応時間は、上記反応温度、目的とする異性化率により適宜設定すればよいが、10時間以下が好ましく、さらに好ましくは5時間以下であり、特に好ましくは4時間以下である。10時間を越える場合は、生産効率の観点から好ましくない。また、上記反応時間は、1時間以上が好ましく、さらに好ましくは2時間以上であり、特に好ましくは3時間以上である。上記反応時間が1時間未満の場合は、目的とする異性化率を達成できない場合がある。
【0067】
上記異性化に用いる反応器は、用いる反応溶媒等に応じて、適宜選択すればよく、特に限定されるものではないが、攪拌機および温度制御装置を備えたステンレス製の反応器が好ましい。なお、上記反応器が耐食性を備える必要は無い。また、本発明に係る異性化反応は、特に反応圧力を設定する必要が無いため、用いる反応溶媒の蒸気圧に耐えうる反応器であれば限定されない。そして、上述したように沸点が160℃以上の水溶性有機溶媒を用いれば、蒸気圧が高圧になることが無いため、高い耐圧性の反応器を用いる必要が無い。
【0068】
(t−CHDCの回収方法)
上記異性化反応により得られた反応物から、生成物を取り出す方法は、特に限定されるものではなく、例えば、当該反応系を冷却した後、加圧濾過、減圧濾過、遠心濾過により上記異性化後の反応液から生成物を取り出せばよい。中でも遠心濾過が簡便であるため好ましい。また、得られた生成物を水で洗浄することが好ましい。生成物中に含まれる上記水溶性有機溶媒の残存量は、可能な限り少ないことが要求される。しかし、上記反応溶媒は水溶性であるため、水で洗浄することで、さらに上記水溶性有機溶媒を生成物から分離することが可能であり、生成物中のt−CHDCの純度を向上させることができる。
【0069】
(t−CHDCの組成)
上記異性化反応により得られたt−CHDCにおける、t−CHDCの純度および当該t−CHDC中に残存する反応溶媒の含有量は公知の方法で測定すればよく、例えば、ガスクロマトグラフィーにより測定することができる。
【0070】
上記t−CHDCの光透過率は、公知の方法で測定すればよく、例えば、アルカリ溶液に上記生成物を溶解させて、分光光度計を用いて測定することができる。なお、上記アルカリ溶液としては、水酸化カリウムなどが挙げられる。
【0071】
上記t−CHDCのアルカリ金属及びアルカリ土類金属の含有量は、発光分析等により測定することができる。また、酸根とは、硫酸イオン、硫酸の金属塩、硫酸に由来するS、塩素イオン、塩酸の金属塩、塩酸に由来するClをいい、その含有量は、イオンクロマトグラフィー等でイオン種を、発光分析等によりS及びClの総量を分析できる。
【0072】
そして本発明に係るt−CHDCには、上述の方法で異性化して得られるものが包含され、これにより、純度が95重量%以上であり、2N−水酸化カリウム溶液10mlに1gを溶解したときにおける340nmの光透過率が95%以上のt−CHDCを得ることができる。さらに、2N−水酸化カリウム溶液10mlに1gを溶解したときにおける400nmの光透過率が95%以上であるt−CHDCを得ることができる。
【実施例】
【0073】
以下に、c−CHDCとしてc−1,4−CHDC(融点170℃〜171℃)を用いることで、t−1,4−CHDC(融点312℃〜313℃)を製造した実施例について述べる。
【0074】
〔実施例1〕
容積50リットルの攪拌機付オートクレーブ(ハステロイ製)にTPA6.0kg、水24.0kg、Pd/C触媒0.6g(エヌ・イー ケムキャット製)を仕込んだ。
【0075】
その後、上記オートクレーブ内を0.5MPa窒素で5回、0.5MPa水素で5回置換した後に、水素を導入して、1MPa、150℃で2時間、TPAの水素化反応を行なった。
【0076】
次に、上記水素化反応後の反応物を150℃に保った状態で、上記Pd/C触媒を濾別して、室温まで冷却した後、遠心濾過することにより、白色結晶を得た。上記白色結晶を、窒素気流下、140℃で、5時間乾燥することにより、粗CHDC5.7kgを得た。
【0077】
なお、上記粗CHDCを、1N−塩酸およびメタノールを用いてメチルエステル化した上で、ガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は23.8重量%、c−1,4−CHDCの含有量は76.2重量%であった。
【0078】
次に、上記粗CHDCの異性化を以下のようにして行なった。
【0079】
温度計、冷却管および攪拌機を備えた容積10リットルの反応器(ステンレス製)に、上記粗CHDC2.0kg、反応溶媒としてトリグライム4.0kgを仕込み、上記反応器内を0.5MPa窒素で5回置換した。
【0080】
次に、上記反応器内を、240℃まで昇温した後、240℃を維持しながら4時間攪拌した。その後、60℃まで冷却した上で、遠心濾過により反応溶媒を回収した。ここで回収した反応溶媒は4.6kgであった。また、当該回収した反応溶媒を、ガスクロマトグラフィーで分析した結果、0.6kgのc−1,4−CHDCが回収されていた。次に、遠心濾過によって得られた結晶に水1.5kgを噴霧して、結晶を洗浄した。その後、遠心濾過により脱水した後、窒素気流下、140℃で、5時間乾燥させて、白色針状結晶の生成物1.4kgを得た。
【0081】
本実施例によって得た上記生成物を、ガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は98.7重量%、c−1,4−CHDCの含有量は1.3重量%、トリグライムの含有量は50ppm以下であった。なお、CHDCおよびトリグライムなどの分解物は検出されなかった。
【0082】
上記ガスクロマトグラフィーによる分析には、1N−塩酸およびメタノールにより上記生成物をメチルエステル化したものを用いた。
【0083】
また、本実施例によって得た上記生成物の、340nmおよび400nmの波長における光透過率(以下、それぞれ「T340」および「T400」と称する)を測定した結果を表1に示す。
【0084】
なお、T340およびT400は、上記生成物1gを、2N−水酸化カリウム溶液10mlに溶解した後、厚さ1cmの石英セルに入れて、分光光度計により測定した。
【0085】
〔実施例2〕
反応溶媒として実施例1で回収して得た反応溶媒4.6kgを用い、粗CHDCは、実施例1と同様の方法により得た粗CHDC1.2kgを用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。これにより、反応溶媒4.6kgを回収し、1.2kgの生成物を得た。
【0086】
実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物をガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は98.1重量%、c−1,4−CHDCの含有量は1.9重量%、トリグライムの含有量は50ppm以下であった。なお、CHDCおよびトリグライムなどの分解物は検出されなかった。なお、同様に、回収した反応溶媒をガスクロマトグラフィーで分析した結果、c−1,4−CHDCが0.6kg回収されていた。
【0087】
また、実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物のT340およびT400を測定した結果を表1に示す。
【0088】
〔実施例3〕
反応溶媒として実施例2で回収して得た反応溶媒4.6kgを用い、粗CHDCは、実施例1と同様の方法により得た粗CHDC1.2kgを用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。これにより、反応溶媒4.6kgを回収し、1.2kgの生成物を得た。
【0089】
実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物をガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は98.8重量%、c−1,4−CHDCの含有量は1.2重量%、トリグライムの含有量は50ppm以下であった。なお、CHDCおよびトリグライムなどの分解物は検出されなかった。なお、同様に、回収した反応溶媒をガスクロマトグラフィーで分析した結果、c−1,4−CHDCが0.6kg回収されていた。
【0090】
また、実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物のT340およびT400を測定した結果を表1に示す。
【0091】
なお、実施例1〜3で示したように、反応溶媒であるトリグライムは、繰り返し使用できる。また、異性化されなかったc−1,4−CHDCもトリグライムとともに回収され、再度使用することができる。
【0092】
〔実施例4〕
反応溶媒としてテトラグライム4.0kgを用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。これにより、反応溶媒4.6kgを回収し、白色針状結晶の生成物1.4kgを得た。
【0093】
実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物をガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は98.7重量%、c−1,4−CHDCの含有量は1.3重量%、テトラグライムの含有量は50ppm以下であった。なお、CHDCおよびテトラグライムなどの分解物は検出されなかった。なお、同様に、回収した反応溶媒をガスクロマトグラフィーで分析した結果、c−1,4−CHDCが0.6kg回収されていた。
【0094】
また、実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物のT340およびT400を測定した結果を表1に示す。
【0095】
〔実施例5〕
反応溶媒として実施例4で回収した反応溶媒4.6kgを用い、粗CHDCとして、実施例1と同様の方法により得た粗CHDC1.2kgを用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。これにより反応溶媒4.6kgを回収し、1.2kgの生成物を得た。
【0096】
さらに、当該回収した反応溶媒4.6kgを用い、実施例1と同様の方法により得た粗CHDC1.2kgを用いて、実施例1と同様の操作を行なった。これにより、反応溶媒4.6kgを回収し、1.2kgの生成物を得た。
【0097】
当該生成物を、実施例1と同様にして、ガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は98.3重量%、c−CHDCの含有量は1.7重量%、テトラグライムの含有量は50ppm以下であった。なお、CHDCおよびテトラグライムなどの分解物は検出されなかった。なお、同様に、回収した反応溶媒をガスクロマトグラフィーで分析した結果、c−1,4−CHDCが0.6kg回収されていた。
【0098】
また、実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物のT340およびT400を測定した結果を表1に示す。
【0099】
なお、本実施例で示したように、反応溶媒であるテトラグライムは、繰り返し使用できる。また、異性化されなかったc−1,4−CHDCもテトラグライムとともに回収され、再度使用することができる。
【0100】
〔実施例6〕
内容積2リットルの攪拌機、冷却管および温度計付三つ口フラスコに粗CHDC(イーストマンケミカル製)300gとテトラグライム600gを仕込んだ。なお本実施例に用いた上記粗CHDC中におけるt−1,4−CHDCとc−1,4−CHDCとの総量に対するt−1,4−CHDCの割合は25重量%であった。なお、上記粗CHDC(イーストマンケミカル製)に含まれる、Naは40ppm、Sの総量は130ppm、Clの総量は27ppmであった。
【0101】
次に、上記三つ口フラスコ内を窒素で置換した上で、240℃まで昇温した後、240℃を維持しながら4時間攪拌した。その後、60℃まで冷却した上で、遠心分離機を用いてテトラグライムを除去して、結晶を得た。上記結晶に水150gを加えて上記テトラグライムを洗浄した後、遠心分離機で脱水した。その後、窒素気流下140℃で5時間乾燥させた。これにより白色針状結晶の生成物190gを得た。
【0102】
実施例1と同様にして、本実施例により得た上記生成物をガスクロマトグラフィーで分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は98.5重量%、c−1,4−CHDCの含有量は1.5重量%、テトラグライムの含有量は50ppm以下であった。なお、CHDCおよびテトラグライムの分解物などは検出されなかった。
【0103】
また、実施例1と同様にして、本比較例により得た生成物のT340およびT400を測定した結果を表1に示す。
【0104】
なお、カールフィッシャー水分計で測定したところ、水分は0.03%であった。また、高温燃焼イオンクロマトグラフィーで測定したところ、Naは14ppm、Sの総量は110ppm、Clの総量は33ppmであった。
【0105】
〔比較例〕
容積50リットルの温度計付オートクレーブ(ハステロイ製)に、実施例1により得た粗CHDC15kgを仕込み、0.5MPa窒素で5回置換した。次に、上記オートクレーブ内を、230℃に加熱して、攪拌することなく、230℃を1時間保った。その後、上記オートクレーブを一晩放冷した。これにより得られた生成物の結晶は、上記オートクレーブ内に融着しており、取り出しが困難であった。
【0106】
実施例1と同様にして、本比較例により得た上記生成物を分析した結果、t−1,4−CHDCの含有量は75.4重量%、c−1,4−CHDCの含有量は24.6重量%であった。
【0107】
また、実施例1と同様にして、本比較例により得た生成物のT340およびT400を測定した結果を表1に示す。なお、表1には、上記実施例1〜6及び上記比較例におけるt−CHDCの純度も示す。
【0108】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によって得られるt−CHDCは、透明性、耐熱性、耐候性、物質的強度等に優れたポリアミド樹脂や繊維の原料として好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともシス−シクロヘキサンジカルボン酸を含む粗シクロヘキサンジカルボン酸を、水溶性有機溶媒中で加熱することにより、異性化させることを特徴とするトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項2】
上記シス−シクロヘキサンジカルボン酸が、下記式(1)、
【化1】

(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
下記式(2)、
【化2】

(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
又は下記式(3)
【化3】

(式中、RおよびRは、互いに独立して、水素原子又は炭素数1〜3の1価の有機基を表し、上記有機基では1つ以上の酸素原子を含んでもよい。)
で表されるシス−シクロヘキサンジカルボン酸であることを特徴とする請求項1に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項3】
上記シス−シクロヘキサンジカルボン酸が、シス−1,4−シクロヘキサンジカルボン酸であることを特徴とする請求項1に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項4】
上記水溶性有機溶媒の沸点が160℃以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項5】
上記水溶性有機溶媒が、下記式(4)
【化4】

(式中、nは2〜8の整数である。また、RおよびRは、互いに独立して、水素原子、ヒドロキシル基、又は炭素数1〜4の1価の有機基を表し、上記有機基では窒素原子および/又は酸素原子を含んでもよい。)
で表される水溶性有機溶媒であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項6】
上記水溶性有機溶媒は、トリグライム又はテトラグライムであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項7】
上記異性化は、180℃〜310℃で行なうことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。
【請求項8】
上記異性化により得たトランス−シクロヘキサンジカルボン酸を取り出した後の溶液を、再度用いることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載のトランス−シクロヘキサンジカルボン酸の製造方法。

【公開番号】特開2008−63311(P2008−63311A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−245852(P2006−245852)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【出願人】(000158301)岩谷瓦斯株式会社 (56)
【Fターム(参考)】