説明

トランスアミネーション反応を用いてタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法及びタンパク質の末端配列決定法

【課題】タンパク質断片化処理物について、αアミノ基とεアミノ基とを確実性高く区別すること、具体的にはαアミノ基のみを選択的にカルボニル基に変換することが可能であり、且つ、ペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を与えることができる、タンパク質切断処理物からの末端ペプチドフラグメントの選択的回収方法を提供する。
【解決手段】リジン残基を有しない末端ペプチドフラグメント(a)とリジン残基を末端に有するペプチドフラグメント(b)とを含む、タンパク質の切断処理物をトランスアミネーション反応に供し、改変末端ペプチドフラグメント(a)及び改変ペプチドフラグメント(b’)を得て、アミノ基と結合可能な支持によって改変ペプチドフラグメント(b’)を捕捉し、改変ペプチドフラグメント(a’)を溶出させ、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質のアミノ酸配列決定分野に関する。より具体的には、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法及びそれを用いたタンパク質の末端配列決定法(Method for Selective Recovery of Terminal Peptide Fragment from Proteolytic Digest of Protein and Method for Determining Terminal Sequence of Protein)に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、さまざまな修飾反応・プロセッシング(翻訳後修飾)を経て、成熟タンパク質となる。そのため、実際に生体内で機能している成熟タンパク質のアミノ酸配列は、ゲノム情報から得られる配列とは違っている場合が多い。そのため、そのアミノ酸配列を知るための解析法が求められている。その一例として、タンパク質のN末端又はC末端部分のペプチドを単離し、単離されたペプチドのアミノ酸配列をMS/MS解析によって同定する方法が取られている。このような、末端配列の決定を行うことの最も大きな利点のひとつは、N末端からたった4残基のアミノ酸配列を決定するだけで、43〜83%ものタンパク質を、C末端からでも4残基のアミノ酸配列の決定で74〜97%ものタンパク質を特定することができることである(Journal of Molecular Biology 278, 599-608 (1998))。
【0003】
de novo配列解析法のためのタンパク質N末端フラグメントの回収法の例として、タンパク質のアミノ酸残基の側鎖アミノ基を保護した後、酵素消化し、タンパク質のN末端に由来する1種のN末端ペプチドフラグメントと、それ以外のペプチドフラグメントを得て、DITCレジンによりN末端ペプチドフラグメントとそれ以外のペプチドフラグメントを分離し、N末端ペプチドを回収する方法がある(日本国特開2004−219412号公報)。
【0004】
また、日本国特開2004−219412号公報に記載の技術が、ORFinder(登録商標)-NB(島津製作所)に応用されている。ORFinder-NBを用いた手法においては、タンパク質のリジンの側鎖アミノ基(εアミノ基)をグアニジノ化した後、蛋白質のN末端アミノ基(αアミノ基)を活性エステル試薬で修飾し、その後、酵素消化によって蛋白質をペプチド断片とし、DITCレジンを用いてN末端部分以外のペプチドを回収する。
【0005】
de novo配列解析法のためのタンパク質N末端フラグメントの回収法の他の例として、蛋白質を担子菌(マイタケ)由来メタロエンドペプチダーゼ消化によってペプチドフラグメント混合物とした後、スクシンイミジルオキシカルボニルメチルトリス(2,4,6−トリメトキシフェニル)ホスホニウムブロミドにより各ペプチドフラグメントのN末端アミノ基を修飾し、アミノ基に反応する樹脂を用いてN末端ペプチドフラグメント以外のペプチドを、リジン残基の側鎖アミノ基を介して捕捉することにより、N末端ペプチドフラグメントを回収する方法がある(Analytical Biochemistry 380, 291-296 (2008))。
【0006】
また、de novo配列解析法のためのタンパク質C末端フラグメントの回収法の例として、蛋白質をリジルエンドペプチダーゼ消化によってペプチドフラグメント混合物とした後、スクシンイミジルオキシカルボニルメチルトリス(2,4,6−トリメトキシフェニル)ホスホニウムブロミドにより各ペプチドフラグメントのN末端アミノ基を修飾し、アミノ基に反応する樹脂を用いてC末端ペプチドフラグメント以外のペプチドを、リジン残基の側鎖アミノ基を介して捕捉することにより、C末端ペプチドフラグメントを回収する方法がある(Proteomics 8, 1539-1550 (2008))。
【0007】
上記のように単離されたペプチドは、MS/MS解析に供され、アミノ酸配列が同定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】日本国特開2004−219412号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「ジャーナル・オブ・モレキュラー・バイオロジー(Journal of Molecular Biology)」、1998年、第278巻、p.599−608
【非特許文献2】「アナリティカル・バイオケミストリー(Analytical Biochemistry)」、2008年、第380巻、p.291−296
【非特許文献3】「プロテオミクス(Proteomics)」、2008年、第8巻、p.1539−1550
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
日本国特開2004−219412号公報に記載の方法や、ORFinder-NBを用いた方法においては、選択的に回収されるペプチドフラグメント以外のペプチドフラグメントは、タンパク質の断片化により生じた無置換のαアミノ基を介して担体に捕捉される。また、これらの方法において用いられるタンパク質のN末端標識試薬は、タンパク質のN末端のαアミノ基への反応性だけでなく、Lys残基側鎖のεアミノ基への反応性も有する。このため、Lys残基側鎖のεアミノ基は、タンパク質のN末端標識に先立ってあらかじめ保護されることが必須であった。
【0011】
Analytical Biochemistry 380, 291-296 (2008)や、Proteomics 8, 1539-1550 (2008)に記載の方法においては、選択的に回収されるペプチドフラグメント以外のペプチドフラグメントは、Lys残基側鎖のεアミノ基を介して担体に捕捉される。このため、Lys残基側鎖のεアミノ基は保護されない。そこでタンパク質の断片化の後に、タンパク質のN末端のαアミノ基と当該断片化によって生じた無置換のαアミノ基との修飾を選択的に行わなければならない。しかしながら、εアミノ基とαアミノ基とにおいて、αアミノ基を選択的に修飾することができる試薬は前述のスクシンイミジルオキシカルボニルメチルトリス(2,4,6−トリメトキシフェニル)ホスホニウムブロミドのように非常に限られており、その他の活性エステル試薬のほとんどで、そのような選択的な修飾は困難である。
【0012】
また、このように導入される修飾基の自由度が非常に限られてしまうと、以下のような問題を招来する場合がある。すなわち、ペプチドフラグメントのN末端に修飾基を導入すると、場合によっては、当該修飾基の存在により、MS解析やMS/MS解析において感度が落ち、配列解析が困難となることがある。
【0013】
そこで本発明の目的は、タンパク質断片化処理物について、αアミノ基とεアミノ基とを確実性高く区別すること、具体的にはαアミノ基のみを選択的にカルボニル基に変換することが可能であり、且つ、ペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を与えることができる、タンパク質切断処理物からの末端ペプチドフラグメントの選択的回収方法を提供することにある。
【0014】
さらに、本発明の目的は、上述のようにペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を確保することを利用し、例えば質量分析におけるフラグメントイオンの検出数を増やすことができる修飾基などを導入することによって、質量分析においてより多くの配列情報を得ることもできる、タンパク質の末端配列決定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意検討の結果、タンパク質消化物を、トランスアミネーション反応に供することにより、上記本発明の目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は、以下の発明を含む。
より具体的には、本発明は、下記(1)〜(6)に記載するタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法と、下記(7)〜(10)に記載するタンパク質の末端配列決定法とを含む。
【0017】
下記(1)は、タンパク質切断処理物をトランスアミネーション工程に供し、分離工程によって末端フラグメントを回収する形態に向けられる。
【0018】
(1)
εアミノ基含有アミノ酸残基を有しない末端ペプチドフラグメント(a)と、εアミノ基含有アミノ酸残基を有するペプチドフラグメント(b)とを含む、タンパク質の切断処理物を用意する工程と、
前記切断処理物をトランスアミネーション反応に供し、前記末端ペプチドフラグメント(a)及び前記ペプチドフラグメント(b)のN末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)をα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換することによって、前記末端ペプチドフラグメント(a)から、改変された末端ペプチドフラグメント(a’)を、前記ペプチドフラグメント(b)から、改変されたペプチドフラグメント(b’)を得る工程と、
アミノ基と結合可能な支持体に、前記改変末端ペプチドフラグメント(a’)及び前記改変ペプチドフラグメント(b’)を接触させ、前記改変ペプチドフラグメント(b’)を、前記εアミノ基を介して前記支持体に捕捉し、前記改変末端ペプチドフラグメント(a’)を溶出させる工程と、
を含む、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0019】
本明細書において、N末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)及びα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)におけるRは、H又は限定されない有機基である。
εアミノ基含有アミノ酸残基を有するペプチドフラグメント(b)において、εアミノ基含有アミノ酸残基は、ペプチドフラグメント(b)の末端に存在してよい。
本明細書においては、上記のトランスアミネーション反応によって得られる、改変された末端ペプチドフラグメント(a’)と改変されたペプチドフラグメント(b’)とを含む反応生成物を、改変された切断処理物と記載することがある。
【0020】
下記(2)は、上記(1)に記載の方法のうち、タンパク質切断処理物をトランスアミネーション工程に供し、分離工程によってN末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図2に模式的に示される。)に向けられる。
【0021】
(2)
前記タンパク質の切断処理物は、タンパク質をメタロエンドペプチダーゼによって消化することにより得られうるものであり、前記ペプチドフラグメント(a)が前記タンパク質のN末端ペプチドフラグメントである、(1)に記載のタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0022】
下記(3)は、上記(1)に記載の方法のうち、タンパク質切断処理物をトランスアミネーション工程に供し、分離工程によってC末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図1に模式的に示される。)に向けられる。
【0023】
(3)
前記タンパク質の切断処理物は、タンパク質をリジルエンドペプチダーゼによって消化することにより得られうるものであり、前記ペプチドフラグメント(a)が前記タンパク質のC末端ペプチドフラグメントである、(1)に記載のタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0024】
(4)
前記支持体は、p−フェニレンジイソチオシアナートが固定化されたものである、(1)〜(3)のいずれかに記載のタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0025】
下記(5)は、上記(1)に記載の方法の変形形態に向けられ、より具体的には、トランスアミネーション工程及びタンパク質切断処理工程を経て、分離工程によってN末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図3に模式的に示される。)に向けられる。
【0026】
(5)
タンパク質をトランスアミネーション反応に供し、前記タンパク質のN末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)をα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換することによって、改変されたタンパク質を得る工程と、
前記改変されたタンパク質を切断反応に供し、前記α−ジカルボニル基を有する構造をN末端に有し且つεアミノ基含有アミノ酸残基を有しない改変N末端ペプチドフラグメント(a’)と、αアミノ基含有アミノ酸残基を有しεアミノ基含有アミノ酸残基を有してよいペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得る工程と、
アミノ基と結合可能な支持体に、前記改変N末端ペプチドフラグメント(a’)及び前記ペプチドフラグメント(b)を含む前記タンパク質切断処理物を接触させ、前記ペプチドフラグメント(b)を、前記支持体に捕捉し、前記改変N末端ペプチドフラグメント(a’)を溶出させる工程と、
を含む、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0027】
本明細書においては、上記の切断反応によって得られる、改変された末端ペプチドフラグメント(a’)とペプチドフラグメント(b)とを含む反応生成物も、改変された切断処理物と記載することがある。
εアミノ基含有アミノ酸残基を有するペプチドフラグメント(b)において、εアミノ基含有アミノ酸残基は、ペプチドフラグメント(b)のN末端に存在してよい。
【0028】
下記(6)は、上記(5)に記載の方法の変形形態に向けられ、より具体的には、トランスアミネーション工程、修飾工程及びタンパク質切断処理工程を経て、分離工程によってN末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図8に模式的に示される。)に向けられる。
【0029】
(6)
タンパク質をトランスアミネーション反応に供し、前記タンパク質のN末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)をα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換することによって、改変されたタンパク質を得る工程と、
前記改変されたタンパク質を修飾反応に供し、前記α−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)をO−置換オキシム構造(A−O−N=C(R)CO−)に変換することによって、修飾された改変タンパク質を得る工程と、
前記修飾された改変タンパク質を切断反応に供し、前記修飾基を有する構造をN末端に有し且つεアミノ基含有アミノ酸残基を有しない修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、αアミノ基含有アミノ酸残基を有しεアミノ基含有アミノ酸残基を有してよいペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得る工程と、
アミノ基と結合可能な支持体に、前記修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)及び前記ペプチドフラグメント(b)を含む前記タンパク質切断処理物を接触させ、前記ペプチドフラグメント(b)を、前記支持体に捕捉し、前記修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)を溶出させる工程と、
を含む、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0030】
本明細書において、O−置換オキシム構造(A−O−N=C(R)CO−)における置換基Aは、限定されない有機基である。
本明細書においては、上記の切断反応によって得られる、修飾改変された末端ペプチドフラグメント(a’ ’)とペプチドフラグメント(b)とを含む反応生成物も、改変された切断処理物と記載することがある。
εアミノ基含有アミノ酸残基を有するペプチドフラグメント(b)において、εアミノ基含有アミノ酸残基は、ペプチドフラグメント(b)のN末端に存在してよい。
【0031】
前記切断工程において、前記タンパク質切断処理物は、前記タンパク質をメタロエンドペプチダーゼによって消化することにより得られうるものである、上記(5)又は(6)に記載のタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0032】
前記支持体は、p−フェニレンジイソチオシアナートが固定化されたものである、上記(5)又は(6)に記載のタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【0033】
(7)
(1)〜(6)のいずれかに記載の方法によってタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する精製工程と、
回収された末端ペプチドフラグメントを質量分析に供し、アミノ酸配列を決定する質量分析工程とを含む、
タンパク質の末端配列決定法。
【0034】
(8)
(1)〜(5)のいずれかに記載の方法によってタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する精製工程と、
回収された末端ペプチドフラグメントに、カルボニル反応性基を有する修飾試薬を反応させる修飾工程と、
修飾された末端ペプチドフラグメントを質量分析に供し、アミノ酸配列を決定する質量分析工程とを含む、
タンパク質の末端配列決定法。
【0035】
下記(9)は、上記(6)に記載の方法から、分離工程(すなわち修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)を溶出させる工程)を除き、当該分離工程を行うことなく、質量分析を行う形態に向けられる。
【0036】
(9)
タンパク質をトランスアミネーション反応に供し、前記タンパク質のN末端アミノ酸残基をα−ジカルボニル基を有する構造に変換することによって、改変されたタンパク質を得る工程と、
前記改変されたタンパク質を修飾反応に供し、前記α−ジカルボニル基を有する構造をO−置換オキシム構造に変換することによって、修飾された改変タンパク質を得る工程と、
前記修飾された改変タンパク質を切断反応に供し、前記修飾基を有する構造をN末端に有し且つεアミノ基含有アミノ酸残基を有しない修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、αアミノ基含有アミノ酸残基を有しεアミノ基含有アミノ酸残基を有してよいペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得る工程と、
得られたタンパク質切断処理物を質量分析に供し、N末端ペプチドフラグメントのピークを識別してアミノ酸配列を決定する質量分析工程とを含む、
タンパク質の末端配列決定法。
【0037】
(10)
前記修飾反応を、質量分析において特徴的なピークを示す構造を有する試薬を用いることによって行い、前記特徴的なピークを示す構造を有する修飾改変ペプチドフラグメント(a’’)と、ペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得て、
前記質量分析工程において、前記特徴的なスペクトルを修飾改変ペプチドフラグメント(a’’)のピークとして識別し、識別された修飾改変ペプチドフラグメント(a’’)のピークに基づいてアミノ酸配列を決定する、請求項9に記載のタンパク質の末端配列決定法。
【発明の効果】
【0038】
本発明によると、タンパク質断片化処理物について、αアミノ基とεアミノ基とを確実性高く区別すること、具体的にはαアミノ基のみを選択的にカルボニル基に変換することが可能であり、それによって、タンパク質断片化処理物中の回収すべき末端ペプチドフラグメント/その他のペプチドフラグメントの間に、無置換アミノ基を有しない/有するの構造的差異を生じさせることが可能であり、且つ、回収すべき末端ペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を与えることができる、タンパク質切断処理物からの末端ペプチドフラグメントの選択的回収方法が可能になる。
【0039】
また、本発明によると、上述のように末端ペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を確保することを利用し、(例えば質量分析におけるフラグメントイオンの検出数を増やすことができる修飾基などを導入することによって、)質量分析においてより多くの配列情報を得ることもできる、タンパク質の末端配列決定法が可能になる。すなわち、末端ペプチドフラグメントに導入すべき修飾基を柔軟性高く選択することが可能になることによって、構造解析の困難なターゲットに対しても広い解析可能性を提供することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の方法において、タンパク質のC末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合の形態を模式的に示したものである。
【図2】本発明の方法において、タンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合の形態を模式的に示したものである。
【図3】本発明の方法において、タンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合の他の形態を模式的に示したものである。
【図4】実施例1において、タンパク質消化物に相当するペプチド混合物をトランスアミネーション反応に供した後であって、分離工程(DITCグラスとの反応)を行う前のサンプルのMSスペクトル(図4(a))と、分離工程(DITCグラスとの反応)を行った後のサンプルのMSスペクトル(図4(b))とを示したものである。
【図5】実施例2において、実施例1で単離したペプチドを、ダブシルヒドラジン修飾反応に供する前のMS/MSスペクトル(図5(a))と当該ダブシルヒドラジン修飾反応に供した後のMS/MSスペクトル(図5(b))とを示したものである。
【図6】実施例3において、タンパク質を消化及びトランスアミネーション反応に供した後であって、分離工程(DITCグラスとの反応)を行う前のサンプルのMSスペクトル(図6(a))と、分離工程(DITCグラスとの反応)を行った後のサンプルのMSスペクトル(図6(b))とを示したものである。
【図7】実施例4において、実施例3で単離したC末端ペプチドを、DNPH修飾に供した後のMSスペクトル(図7(a))及びMS/MSスペクトル(図7(b))を示したものである。
【図8】本発明の方法において、タンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合のさらなる他の形態を模式的に示したものである。
【図9】実施例5において、タンパク質をトランスアミネーション反応、修飾反応及び消化に供した後であって、分離工程(DITCグラスとの反応)を行う前のサンプルのMSスペクトル(図9(a))と、分離工程(DITCグラスとの反応)を行った後のサンプルのMSスペクトル(図9(b))とを示したものである。
【図10】実施例5において単離されたN末端ペプチドの配列解析結果を示すMS/MSスペクトルである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明は、トランスアミネーションを用いた、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法と、その回収方法を用いた、タンパク質の末端配列決定法とを含む。
トランスアミネーションを用いた、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法に属するいくつかの形態として、以下の形態が挙げられる。
・ タンパク質切断処理工程及びトランスアミネーション工程を経て、分離工程によってC末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図1に模式的に示される。)
・ タンパク質切断処理工程及びトランスアミネーション工程を経て、分離工程によってN末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図2に模式的に示される。)
・ トランスアミネーション工程及びタンパク質切断処理工程を経て、分離工程によってN末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図3に模式的に示される。)
・ トランスアミネーション工程、修飾工程及びタンパク質切断処理工程を経て、分離工程によってN末端フラグメントを回収する形態(その一形態が図8に模式的に示される。)
【0042】
上記の回収方法を用いたタンパク質の末端配列決定法においては、回収された末端フラグメントを質量分析工程に供する。
また、本発明は、上記の回収方法を用いたタンパク質の末端配列決定法の他に、以下のタンパク質の末端配列決定法、すなわち、トランスアミネーション工程、修飾工程及びタンパク質切断処理工程を経て、分離工程を行うことなく、質量分析する形態に向けられた方法も含む。
【0043】
無論、本発明の形態はこれらに限定されるものではないが、以下の本発明の詳細な説明に当たり、具体的な形態を挙げるためにこれらの形態を挙げて説明することがある。
【0044】
[1.タンパク質の切断処理物]
本発明の一形態においては、まず、タンパク質の切断処理物を用意する。
本発明における切断処理物には、εアミノ基含有アミノ酸残基を有しないペプチドフラグメント(a)と、εアミノ基含有アミノ酸残基を有するペプチドフラグメント(b)とが含まれる。
【0045】
本発明において通常、εアミノ基含有アミノ酸残基は、リジン残基を指す。
そこで、このようなタンパク質の切断処理物の調製法の一形態として、目的のタンパク質を、リジン残基のC末端側のペプチド結合又はN末端側のペプチド結合を切断する方法が挙げられる。この場合、上記εアミノ基含有アミノ酸残基がC末端又はN末端に存在するペプチドフラグメント(b)が得られる。そのような方法としては、当業者に公知のものが適宜用いられて良い。
【0046】
リジン残基のC末端側のペプチド結合を切断する方法の具体例としては、リジルエンドペプチダーゼ(Lys-C)を用いた消化が挙げられる。リジルエンドペプチダーゼとして用いられる消化酵素としては、リジン残基のC末端側のペプチド結合を特異的に切断することができるものであれば特に限定されない。
また、リジルエンドペプチダーゼ以外の酵素を用いて、本発明の切断処理物を調製しても良い。例えば、トリプシンがリジン残基及びアルギニン残基のC末端側のペプチド結合を特異的に切断することから、アルギニン残基を化学的に修飾しておき、その後、トリプシン消化を行うことによって、本発明の切断処理物を調製することができる。
【0047】
リジン残基のN末端側のペプチド結合を切断する方法の具体例としては、メタロエンドペプチダーゼ(Lys-N)を用いた消化が挙げられる。メタロエンドペプチダーゼとして用いられる消化酵素としては、リジン残基のN末端側のペプチド結合を特異的に切断することができるものであれば特に限定されない、例えば、担子菌(特にマイタケ)由来メタロエンドペプチダーゼなどが挙げられる。
【0048】
図1に、本発明の方法において、タンパク質のC末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合の形態を模式的に示す。なお、図1においては、リジン残基のεアミノ基を強調表示するために、リジン残基を便宜上Lys-NH2と表記している。
図1に示すように、Lys-C消化によるLys-C消化物の調製によって、タンパク質から、C末端ペプチドフラグメント(a)と、その他のペプチドフラグメント(b)とが得られる。ペプチドフラグメント(b)は、εアミノ基を有するリジン残基をC末端に有する。一方、C末端ペプチドフラグメント(a)は、リジン残基を有しない。
【0049】
図2に、本発明の方法において、タンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合の形態を模式的に示す。なお、図2においても、リジン残基のεアミノ基を強調表示するために、リジン残基を便宜上Lys-NH2と表記している。
図2に示すように、Lys-N消化によるLys-N消化物の調製によって、タンパク質から、N末端ペプチドフラグメント(a)と、その他のペプチドフラグメント(b)とが得られる。ペプチドフラグメント(b)は、εアミノ基を有するリジン残基をN末端に有する。一方、N末端ペプチドフラグメント(a)は、リジン残基を有しない。
【0050】
[2.トランスアミネーション工程]
タンパク質の切断処理物は、トランスアミネーション工程に供される。
トランスアミネーション反応は、タンパク質切断処理物を、アミノ基受容体としての試薬と混合することにより行われる。当該反応は、適宜、塩基の存在下、又は塩基及び金属イオンの存在下で行うことができる。
【0051】
アミノ基受容体としての試薬の例としては、グリオキシル酸、グリオキシルアミド、α−ケトグルタル酸、フェニルグリオキサール、ピリドキサール、ピリドキサール-5-リン酸などが挙げられる。
【0052】
上記の試薬は、例えば反応液において、10mM〜1Mの濃度で、好ましくは100〜500mMの濃度で用いることができる。
【0053】
金属イオンの例としては、銅イオン(Cu2+)、亜鉛イオン(Zn2+)、ニッケルイオン(Ni2+)、コバルトイオン(Co2+)などが挙げられる。
【0054】
金属イオンを用いる場合、金属イオンは、反応液中で、例えば10mM以下の濃度で、好ましくは1〜6mMの濃度で用いることができる。
【0055】
塩基の例としては、ピリジン、イミダゾールなどのヘテロ環式化合物類及び酢酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0056】
塩基を用いる場合、塩基は、例えば反応液において、3M以下の濃度で、好ましくは0.2M〜1Mの濃度で用いることができる。
【0057】
金属イオン及び塩基を不要とすることができる場合の例としては、アミノ基受容体としてピリドキサール−5−リン酸を用いる場合が挙げられる(Angewandte Chemie International Edition 45, 5307-5311 (2006))。
【0058】
トランスアミネーション反応は、上記成分を含む水溶液又は緩衝液を溶媒とする反応系にて行うことができる。当該溶媒のpHは、4〜8、好ましくは5〜7に調製することが望ましい。
トランスアミネーション反応の条件としては、例えば、反応温度を20〜80℃、好ましくは、例えば20〜25℃の室温とし、反応時間を5分〜12時間、好ましくは30〜60分とすることができる。
【0059】
トランスアミネーション反応によって、各ペプチドフラグメントにおけるN末端のαアミノ基が試薬に転移し、その結果、各ペプチドフラグメントにおけるN末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)がα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換される。その一方で、εアミノ基はこの工程の影響を受けることなく維持される。
なお、上記式において、RはH又は限定されない有機基であり、具体的には、アミノ酸の側鎖となりうるものである。ここでいうアミノ酸とは、20種の基本アミノ酸に限定されず、翻訳後修飾又は人工的修飾を受けて生じる修飾アミノ酸や、タンパク質中に存在しないものであって人工的に導入されうる異常アミノ酸のいかなるものであっても良い。
【0060】
これにより、末端ペプチドフラグメント(a)からは改変末端ペプチドフラグメント(a’)が、その他のペプチドフラグメント(b)からはその他の改変ペプチドフラグメント(b’)が得られ、反応混合物中にはN末端のαアミノ基が存在しない状態となる。しかしながら、回収すべき改変末端ペプチドフラグメント(a’)は、N末端のαアミノ基もεアミノ基も有さない一方で、その他の改変ペプチドフラグメント(b’)は、N末端のαアミノ基は有さないがεアミノ基を有する。
【0061】
例えば本発明においてタンパク質のC末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合、図1に示すように、C末端ペプチドフラグメント(a)及びその他のペプチドフラグメント(b)各々のN末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)がα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換され、それぞれ、改変C末端ペプチドフラグメント(a’)及びその他の改変ペプチドフラグメント(b’)を与える。これらのペプチドフラグメントのうち、その他の改変ペプチドフラグメント(b’)は、C末端のリジン残基のεアミノ基が維持されたものとして得られる。
【0062】
例えば本発明においてタンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合、図2に示すように、N末端ペプチドフラグメント(a)のN末端アミノ酸残基(NHCH(R)CO−)がα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換され、改変N末端ペプチドフラグメントを与える。また、その他のペプチドフラグメント(b)のN末端リジン残基(NHCH(CNH)CO−)がα−ジカルボニル基を有する構造(CO(CNH)CO−)に変換され、その他の改変ペプチドフラグメント(b’)を与える。これらのペプチドフラグメントのうち、その他の改変ペプチドフラグメント(b’)は、改変前より存在していたN末端リジン残基のεアミノ基が改変後も維持されたものとして得られる。
【0063】
このように、両ペプチドフラグメントの間におけるεアミノ基を有するか否かの違いが、後述の分離工程で、当該両ペプチドフラグメントの区別を可能にする。
【0064】
[3.N末端ペプチド回収法の変形形態]
なお、N末端ペプチドフラグメントを回収する方法の変形形態として、上記項目1に記載したタンパク質の切断処理と上記項目2に記載したトランスアミネーションと工程の順序を入れ替えた形態も挙げられる。
【0065】
[3−1.]
この場合における末端ペプチド(N末端ペプチド)回収法の一形態について、図3に模式的に示す。図3に示すように、タンパク質の切断処理前にトランスアミネーション反応を行えば、タンパク質のN末端部分のみのN末端アミノ酸残基(NHC(R)CO−)がα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)に変換される。トランスアミネーション反応については、当該反応に供される試料が切断処理されていないタンパク質であってタンパク質切断処理物ではない点を除いて、上記項目2に記載したとおりである。
【0066】
その後、タンパク質の切断処理を行えば、αアミノ基及びεアミノ基を有しない改変N末端ペプチドフラグメント(a’)と、αアミノ基を有しεアミノ基を有してよいその他のペプチドフラグメント(b)とが得られる。タンパク質の切断処理については、当該処理に供される試料が改変されたタンパク質であって改変されていないタンパク質ではない点を除いて、上記項目1に記載したとおりである。
【0067】
また、タンパク質切断処理方法は、αアミノ基及びεアミノ基を有しない改変N末端ペプチドフラグメント(a’)を含むタンパク質切断処理物を得られる方法であれば、どのような方法であっても良い。具体的には、上記項目1に記載した方法以外にも適用可能な方法がある。例えば、リジン残基でないアミノ酸残基のN又はC末端側のペプチド結合を切断する酵素を用いた方法が挙げられる。このような酵素としては、ごくいくつかの例を挙げると、アスパラギン酸のN末端側で切断するもの(エンドプロテイナーゼAsp-N)、グルタミン酸のC末端側で切断するもの(エンドプロテイナーゼGlu-C)などが挙げられる。
【0068】
このような方法は、例えばN末端の配列解析をしようとするタンパク質の適当な位置にリジン残基がないことが予想される場合や、当該酵素を用いた場合にリジン残基を有しないN末端ペプチドフラグメントが得られることが予想される場合や、得られたN末端ペプチドフラグメントが配列解析を行うにはサイズが大きすぎるような場合(例えば分子量が5000以上)などにおいて有用である。このような方法は、より多くの種類の酵素から用いるべき酵素を選択することを可能とするものであり、上記項目1に記載した方法で用いられる酵素だけでなく、別の酵素の代用も可能にするという点で好ましい。
【0069】
この場合において、当該その他のペプチドフラグメント(b)の全てが必ずしもεアミノ基を含んでいるとは限らないが、改変されていないためαアミノ基を必ず有しており、αアミノ基もεアミノ基も、当該その他のペプチドフラグメント(b)のみに存在する。一方、改変N末端ペプチドフラグメント(a’)にはそのような無置換アミノ基は存在しない。
従ってこの場合においても、両ペプチドフラグメントの間における、アミノ基を有するか否かの違いが、後述の分離工程で、当該両ペプチドフラグメントの区別を可能にする。
【0070】
[3−2.]
上記3−1に記載の方法の変形形態として、トランスアミネーション反応の後、タンパク質の切断処理工程の前において、修飾反応を行うこともできる。
この修飾反応は、トランスアミネーション反応により得られた改変タンパク質のα−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)を、O−置換オキシム構造(A−O−N=C(R)CO−)に変換するものである。
【0071】
この場合における末端ペプチド(N末端ペプチド)回収法の一形態について、図8に模式的に示す。図8に示すように、当該修飾反応を行うと、後のタンパク質切断処理によって、αアミノ基及びεアミノ基を有しない修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、αアミノ基を有しεアミノ基を有してよいその他のペプチドフラグメント(b)とが得られる。タンパク質の切断処理については、当該処理に供される試料が改変及び修飾を受けたタンパク質であって改変のみを受けたタンパク質ではない点を除いて、上記項目3−1に記載した方法と共通する。
【0072】
得られた修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)は、α−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)の代わりにO−置換オキシム構造(A−O−N=C(R)CO−)を有することを除いて、上記項目3−1で言及した図3における改変N末端ペプチドフラグメント(a’)と共通する。従ってこの場合においても、当該その他のペプチドフラグメント(b)は、その全てが必ずしもεアミノ基を含んでいるとは限らないが、改変も修飾も受けていないためαアミノ基を必ず有しており、αアミノ基もεアミノ基も、当該その他のペプチドフラグメント(b)のみに存在する。一方、修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)にはそのような無置換アミノ基は存在しない。
従ってこの場合においても、両ペプチドフラグメントの間における、アミノ基を有するか否かの違いが、後述の分離工程で、当該両ペプチドフラグメントの区別を可能にする。
【0073】
当該O−置換オキシム構造(A−O−N=C(R)CO−)は、当該α−ジカルボニル基を有する構造(CO(R)CO−)よりも反応性の低いものであれば、特に限定されない。より具体的には、後に行われるタンパク質切断処理や分離工程の条件(たとえばpH条件)の影響を受けない程度の安定性があることが好ましい。従って置換基Aは、このような機能的側面から、様々な構造のものが広く許容され、当業者によって適宜決定される。なお、置換基Aが、後に行われる分離工程において担体に捕捉される無置換アミノ基を有さないように決定されるべきことはいうまでもない。
【0074】
構造的側面からは、置換基Aは、限定されない有機基である。当該有機基は、置換されていてもよい炭化水素基や、置換されていてもよい芳香族基などを含むことができる。
【0075】
また、置換基Aは、後に行われ得る工程であってタンパク質切断処理工程以外の工程を考慮した観点から、ユーザーの所望の基として選択されることもできる。例えば、後に行われ得る解析工程(具体的には質量分析工程)を考慮した場合、以下の観点から、置換基Aが当業者によって適宜決定され得る。
【0076】
例えばde novo シーケンスを感度よく行う目的から電荷を有する基を選択したり、使用され得るマトリックスとの相性を向上させる目的から当該マトリックスに応じた適切な基を選択したりすることができる(構造的側面からより具体的には、後述項目5で述べるとおりである)。
【0077】
また、質量分析において特徴的なスペクトルを示す構造を含む基を置換基Aとして選択することもできる。特徴的なピークの例としては、通常のタンパク質を構成している元素には見られない特徴的な同位体分布を呈するピークや、特定のニュートラルロスを呈するピークなどが挙げられる。
構造的側面からより具体的には、通常のタンパク質を構成している元素には見られない特徴的な同位体分布を呈する元素としては、臭素やホウ素や銅などが挙げられる。また、特定のニュートラルロスを起こし得る構造を含む官能基としては、ニトロベンジル基などが挙げられる。
【0078】
このように、特徴的なピークを示す構造を含む基を置換基Aとして選択する場合、断片化処理後であって単離が行われない段階で質量分析を行ったとしても、目的のN末端ペプチドフラグメントに由来するピークを、当該特徴的なピークとして検出することが可能である。さらに、そのような特徴的なピークとして検出されたN末端ペプチドフラグメントのピークが十分な感度で検出できていれば、単離の工程を行わなくとも、そのピークに基づいてN末端ペプチドフラグメントの配列解析を行うことも可能である。
【0079】
修飾反応を行うための具体的なプロトコルは、特に限定されない。適当なカルボニル反応性基(ヒドラジノ基、ヒドロキシルアミノ基、セミカルバジド基、アミノ基など)を有する試薬と改変タンパク質を混合させることにより行うことができる。溶媒は両者を可溶化させることができかつ反応に最適なpHを維持できるものを適宜選択することができる。上記溶媒の例としては、リン酸緩衝液や酢酸緩衝液などが挙げられる。これらの緩衝液の濃度としては例えば10mM〜500mM程度、好ましくは50mM〜200mM、pHとしては例えば3〜8好ましくは4〜6の範囲で用いることができる。
【0080】
上述のように、タンパク質切断処理に先立ってα−ジカルボニル構造を、より安定なO−置換オキシム構造に変換することは、上記項目3−1に記載のα−ジカルボニル構造を有するタンパク質を切断処理に供する場合に比べて、タンパク質切断処理や分離工程の条件の自由度が高いという点で好ましい。例えば、タンパク質切断処理工程において、比較的pHが高い(例えばpH8以上)最適pHを有する酵素を用いる場合であっても、安定な状態で切断反応を行うことができ、副反応によるサンプルロスを最小限にとどめることに寄与する点で好ましい。
【0081】
[4.分離工程]
改変された切断処理物は、分離工程に供される。
具体的には、改変された切断処理物としては、末端ペプチドフラグメント(a)に由来する改変ペプチドフラグメント(a’)と、その他のペプチドフラグメント(b)に由来する改変ペプチドフラグメント(b’)とを含むもの(例えば図1及び図2に示される);末端ペプチドフラグメント(a)に由来する改変ペプチドフラグメント(a’)と、その他のペプチドフラグメント(b)とを含むもの(例えば図3に示される);及び末端ペプチドフラグメント(a)に由来する修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、その他のペプチドフラグメント(b)とを含むもの(例えば図8に示される)が挙げられる。分離工程においては、改変ペプチドフラグメント(a’) 又は修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、その他のペプチドフラグメント(b)又は改変ペプチドフラグメント(b’)とを分離する。
以下、改変ペプチドフラグメント(a’) と改変ペプチドフラグメント(b’)とを分離する形態、及び改変ペプチドフラグメント(a’)とペプチドフラグメント(b)とを分離する形態について説明する。同様の説明が、修飾改変ペプチドフラグメント(a’’) とペプチドフラグメント(b)とを分離する形態についても当てはまる。
【0082】
分離手段としては、アミノ基を介して捕捉することができるものを特に限定することなく用いることができる。より具体的には、無置換アミノ基と共有結合を形成することができる基を有する担体を用いることができる。
無置換アミノ基と共有結合を形成することができる基としては特に限定されないが、例えば、イソチオシアナート基、イミド基、イソ尿素基、アルデヒド基、シアノ基、アセチル基、サクシニル基、マレイル基、アセトアセチル基、ジニトロフェニル基、トリニトロベンゼンスルホン酸基などが挙げられる。本発明においては、イソチオシアナート基、特にp−フェニレンジイソチオシアナート(DITC)基であることが好ましい。
担体部としては特に限定されないが、例えば、レジンやガラスを用いることができる。より具体的には、シリカゲル、ポリスチレン、多孔質ガラスなどが挙げられる。
【0083】
改変された切断処理物において、無置換アミノ基を有するペプチドフラグメントは、すなわちεアミノ基を有する改変ペプチドフラグメント(b’)である。従って、本工程においては、改変ペプチドフラグメント(b’)を、εアミノ基を介して分離手段に捕捉することができる。より具体的には、改変ペプチドフラグメント(b’)を、分離手段と反応させて、εアミノ基を介して共有結合を形成することができる。このことによって、改変された切断処理物のうち、その他の改変ペプチドフラグメント(b’)のみを担体に捕捉し、改変末端ペプチドフラグメント(a’)を溶出することができる。このように、タンパク質の末端ペプチドフラグメントを選択的に回収することが可能になる。
【0084】
例えば本発明においてタンパク質のC末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合、図1(担体としてDITC固定化支持体を使用した例)に示すように、εアミノ基を有するその他の改変ペプチドフラグメント(b’)が当該εアミノ基を介してDITC固定化支持体に結合し、εアミノ基を有しない改変C末端ペプチドフラグメントのみが回収される。
【0085】
例えば本発明においてタンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合、図2(担体としてDITC固定化支持体を使用した例)に示すように、εアミノ基を有するその他の改変ペプチドフラグメント(b’)が当該εアミノ基を介してDITC固定化支持体に結合し、εアミノ基を有しない改変N末端ペプチドフラグメントのみが回収される。
【0086】
さらに、本発明において、図3に例示される他の方法によりタンパク質のN末端ペプチドフラグメントを回収及び解析する場合、末端ペプチドフラグメント(a)に由来する改変ペプチドフラグメント(a’)と、その他のペプチドフラグメント(b)とを含む切断処理物が、分離工程に供される。分離工程においては、改変ペプチドフラグメント(a’)とその他のペプチドフラグメント(b)とを分離する。使用される分離手段としては上述のものと同様(具体的には、無置換アミノ基と共有結合を形成することができる基を有する担体)である。
【0087】
この場合、切断処理物において無置換アミノ基を有するペプチドフラグメントは、すなわちαアミノ基を有しεアミノ基を有してよいペプチドフラグメント(b)である。従って、本工程においては、ペプチドフラグメント(b)を、アミノ基を介して分離手段に捕捉することができる。より具体的には、ペプチドフラグメント(b)を、分離手段と反応させて、εアミノ基及び/又はαアミノ基を介して共有結合を形成することができる。このことによって、切断処理物のうち、ペプチドフラグメント(b)のみを担体に捕捉し、改変末端ペプチドフラグメント(a’)を溶出することができる。このように、タンパク質のN末端ペプチドフラグメントを選択的に回収することが可能になる。
【0088】
例えば、図3(担体としてDITC固定化支持体を使用した例)に示すように、εアミノ基及びαアミノ基を有するペプチドフラグメント(b)がアミノ基を介してDITC固定化支持体に結合し、アミノ基を有しない改変C末端ペプチドフラグメントのみが回収される。なお、図3においては、便宜上、εアミノ基を介してDITC固定化支持体に結合しているように示しているが、実際には、αアミノ基を介して当該支持体に結合することもあり得る。
【0089】
[5.質量分析工程]
回収された末端ペプチドフラグメントは、α−ジカルボニル構造を有する。
回収されたα−ジカルボニル構造を有するペプチドフラグメントを直接質量分析に供してもよいし、当該回収されたペプチドフラグメントに、カルボニル反応性を有する修飾試薬を反応させることにより所望の修飾基を導入した後、得られた当該修飾ペプチドフラグメントを質量分析に供してもよい。
【0090】
当該修飾試薬としては、カルボニル基に対する反応性基と修飾基とを有するものであれば特に限定さない。
当該反応性基としては、ヒドラジノ基、ヒドロキシルアミノ基、セミカルバジド基、アミノ基などが挙げられる。
【0091】
当該修飾基としては、ユーザーの所望する機能を有する基を選択することができる。例えば、de novoシーケンスをより感度良く行う目的で、例えば、電荷を有する基を選択することができる。また、質量分析における検出感度を向上させる目的で、例えば、電荷を有する基や、使用するマトリックスとの相性を向上させることができる基などを選択することができる。
【0092】
電荷を有する基の具体例としては、陽電荷を有する基あるいは系のpHを調節することで陽電荷を持ちうる基が挙げられる。そのような基としては、アミノ基、グアニジノ基、ホスホニウム基、ピリジニウム基、アルキルアンモニウム基、4−ジメチルアミノアゾベンゼン−4−スルホニル基(ダブシル基)、5−ジメチルアミノナフタレン−1−スルホニル基(ダンシル基)などが挙げられる。
また、電荷を有する基の他の具体例としては、負電荷を有する基あるいは系のpHを調節することで負電荷を持ちうる基が挙げられる。そのような基としては、スルホン酸基、リン酸基、カルボン酸基などが挙げられる。
【0093】
使用するマトリックスとの相性を向上させることができる基としては、マトリックスに応じて当業者が適宜決定することができる。
例えば、マトリックスとして、3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンなどを用いる場合、当該マトリックスとの相性を向上させることができる基として2,4−ジニトロフェニル基などを選択することができる。
【0094】
アミノ酸配列の同定手段としては、ESI法を利用した質量分析装置によるMS/MS解析、MALDI−TOF型質量分析装置によるPSD解析、MALDI法を利用した質量分析装置によるMS/MS解析などの方法から当業者が適宜選択することができる。
【実施例】
【0095】
以下に実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0096】
[実施例1]
本実施例では、以下の4種のペプチド混合物を用いた。
ペプチド1:VYIHPF(配列番号1)
ペプチド2:MHRQETVDCLK-NH2(配列番号2:C末端はアミド化されている)
ペプチド3:TRDIYETDYYRK(配列番号3)
ペプチド4:AAKIQASFRGHMARKK(配列番号4)
【0097】
この4種のペプチド混合物は、タンパク質のLys-C消化物に相当する。ペプチド1は、配列中にリジン残基を含まないため、タンパク質のC末端部分の消化断片に相当する。
このペプチド混合物(各々のペプチドを500pmolずつ含む)を、0.5Mグリオキシル酸、6 mM CuSO4、10(v/v)%ピリジンを含む水溶液50μLに加えた。室温で30分静置(トランスアミネーション反応)した後、5分の1量のアリコート(すなわち各ペプチドを100pmolずつ含む)をziptipTMにより脱塩した。脱塩後のサンプルは、スピードバックにより乾固させ、50 mM NaHCO3水溶液に溶かした後、p-フェニレンイソチオシアナートグラス(DITCグラス)に加え、60℃で2時間反応させた。
【0098】
図4に、DITCグラスとの反応前のサンプルのMSスペクトル(図4(a))と、DITCグラスとの反応後のサンプルのMSスペクトル(図4(b))とを示す。DITCグラスとの反応前のサンプルでは、ペプチド1〜4についてN末端のアミノ基がケトンへと変換されたペプチドが検出された。一方、DITCグラスとの反応後には、配列中にリジン残基を含まない、末端ペプチドフラグメントに相当するペプチド1のみが検出された。
【0099】
[実施例2]
上記実施例1で単離したペプチド1を、ダブシルヒドラジンのアセトニトリル飽和溶液(1(v/v)%の酢酸を含む)10μLに溶かし、37℃で2時間反応させた。図5に、ダブシルヒドラジン修飾反応前のMS/MSスペクトル(図5(a))と当該修飾反応後のMS/MSスペクトル(図5(b))とを示す。図5に示すように、修飾反応後では、修飾反応前に比べてより多くのフラグメントイオンが検出され、アミノ酸配列に関する情報が多く得られた。
【0100】
[実施例3]
本実施例では、タンパク質bovine α-caseinを用いた。
30 pmolのタンパク質を、SDS-PAGEにて分離、染色し、タンパク質を含むゲル断片を切り出した。
切り出した蛋白質を含むゲル断片は、100μLの50(v/v)%アセトニトリル-50mM NaHCO3中にて洗浄した後、アセトニトリルで脱水させ、スピードバックにより乾燥させた。
【0101】
蛋白質のLys-C消化は以下の通りに行った。
乾燥させたゲル片に、Lys-C溶液(50ng/μL 50mM NaHCO3)を2μL加えて、室温で5分間静置させた。さらに18μLの50mM NaHCO3-10(v/v)%アセトニトリル溶液を加えて37℃で一晩反応させた。
【0102】
ゲル断片からのペプチド抽出は、次の通りに行った。
40μLの50(v/v)%アセトニトリル−0.1(v/v)%トリフルオロ酢酸をゲル断片に加えて、10分間超音波処理を行った後、溶液を回収した。この抽出操作をさらに2回繰り返し、回収した溶液を一つにして、スピードバックにて乾固させた。
【0103】
トランスアミネーション反応は以下の通りに行った。
乾固させたサンプルに、0.5Mグリオキシル酸、6 mM CuSO4、10(v/v)% ピリジンを含む水溶液10μLを加えて、室温で30分反応させた後、ziptipTMにより脱塩した。脱塩後のサンプルは、スピードバックにより乾固させ、50 mM NaHCO3水溶液に溶かした後、p-フェニレンイソチオシアナートグラス(DITCグラス)に加えて60℃で2時間反応させた。
【0104】
図6に、DITCグラスとの反応前のサンプルのMSスペクトル(図6(a))と、DITC樹脂との反応後のサンプルのMSスペクトル(図6(b))とを示す。DITC処理前のサンプルでは,複数の消化ペプチドの断片が検出されている。DITC処理後のスペクトルでは、C末端ペプチド(配列:VIPYVRYL(配列番号5), [M+H]+:1021.06(α-アミノ基がカルボニル基へと変換された後の理論分子量))のみが検出されている。
【0105】
[実施例4]
上記実施例3で単離したC末端ペプチドを、さらに2,4-dinitrophenylhydrazine(DNPH)による修飾反応に供した。DITC処理後のサンプルは,ziptipTMにより脱塩を行った。脱塩後のサンプル(50(v/v)%acetonitrile-0.1(v/v)% TFA中5μL)とDNPH溶液(50(v/v)%acetonitrile-0.1(v/v)% TFA中1mg/mL)とを混合し、37℃で一時間反応させた。反応後のサンプルは直接MALDI-MS解析に用いた。
図7に、DNPH修飾後のMSスペクトル(図7(a))及びMS/MSスペクトル(図7(b))を示す。図7(a)が示すように、修飾後のピーク([M+H]+:1201.06)のみが検出されたことが確認された。また、図7(b)が示すように、MS/MSスペクトルにより配列情報が得られた。
【0106】
[実施例5]
モデルタンパク質としてα−ラクトアルブミン(bovine)を用いた。200mMグリオキシル酸、6mM CuSO4、10%(v/v)ピリジン、及び2M尿素を含む水溶液50μLに、ラクトアルブミン100μgを溶かした。室温で1時間静置した後、microcon(R)により2M尿素を含む100mMリン酸緩衝溶液(pH6.0)へとバッファ交換した。(総溶液量は25μLに調製した。)バッファ交換後のサンプルに、4-ニトロベンジルヒドロキシルアミン水溶液(100mM、2M尿素を含む100mMリン酸緩衝溶液(pH6.0)に溶解させて調製したもの)を25μL加えて、37℃で2時間反応させた。
【0107】
反応後、microcon(R)により、2M尿素を含む50mM炭酸水素ナトリウム溶液(pH8.2)へとバッファ交換させ(総溶液量は48μLに調製した。)、TCEP水溶液(5.7mgを水100μLに溶解させて調製したもの)を1μL加え、37℃で30分間反応させた。次いで、ヨードアセトアミド水溶液(9.3mgを水100μLに溶解させて調製したもの)を1μL加えて室温、遮光下、1時間反応させてアルキル化した。アルキル化後のタンパク質溶液5μLに、LysN水溶液(20μgを50mM NaCO3水溶液400μLに溶解させて調製したもの)を5μL加えて、室温で一晩反応させて消化を行った。
【0108】
4−ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)溶液(5mgをアセトニトリル-0.1(v/v)%TFA(体積比1:1)水溶液500μLに溶解させて調製したもの)をマトリックスとして用い、得られた消化物をMALDI-TOF-MSにより解析した。図9(a)に、得られたスペクトルを示す。図が示すように、複数の消化物由来のピークが検出されている。図中矢印で示したピーク(m/z 661.3)が、修飾後のN末端ペプチドフラグメントのものである。(なお、ナトリウム付加イオンとして検出されている。)
【0109】
本実施例では、4-ニトロベンジル基がN末端ペプチドに導入される。ニトロベンゼン構造を有する物質をMALDI-TOF-MSにより測定した場合、−16Daのニュートラルロスピークが観測されることが知られている。図9(a)中にスペクトルを一部拡大して示すが、N末端ペプチドフラグメント由来のピーク(m/z 661.3)から−16Daのピーク(m/z 645.3)が観測されていることから、このピークが修飾を受けたN末端ペプチドフラグメント由来のピークであることが予測できる。
【0110】
次に、DITCグラスを用いてN末端ペプチドフラグメントの単離を行った。DITCグラス(5mg)をアセトニトリル100μLで2回洗浄した後、50mMトリエタノールアミン水溶液(pH8.2)とアセトニトリルとの9:1(体積比)混合溶液100μLでさらに2回洗浄した。得られたペプチドフラグメントのうち0.5μL分(タンパク質のモル数にして約30pmolに相当する)をとり、あらかじめ洗浄したDITCグラス(5mg)に加えて、60℃で2時間反応させた。
【0111】
CHCA溶液(5mgをアセトニトリル-0.1(v/v)%TFA(体積比1:1)水溶液500μLに溶解させて調製したもの)と3H4NBA(3−ヒドロキシ−4−ニトロ安息香酸)溶液(mgをアセトニトリル-0.1(v/v)%TFA(体積比1:1)水溶液500μLに溶解させて調製したもの)とを等量混合したものをマトリックスとして用い、反応後の上清をサンプリングし、質量分析測定を行った。得られたマススペクトルを図9(b)に示した。図が示すように、N末端ペプチドフラグメントが単離されたことが確認された。
単離されたN末端ペプチドフラグメント(NBHA-EQLT(配列番号6、NBHAは4−ニトロベンジルヒドロキシルアミンによる修飾基を表す))の配列解析を、MS/MS測定(PSDモード)により行った。解析結果を図10に示す。図が示すように、複数のフラグメントイオンが検出され、それらフラグメントイオンを解読することにより、配列の推定を行うことができた。
【0112】
また、上記実施例においては、N末端ペプチドフラグメントを単離する工程を行ったが、上述のように、消化物のスペクトルの中にN末端ペプチドフラグメントを識別することができれば、この単離工程を行うことなく、当該識別されたN末端ペプチドフラグメントに基づいて構造解析を行うことも可能である。
【0113】
上記実施例では、本発明の範囲における具体的な形態について示したが、本発明は、これらに限定されることなく他の色々な形態で実施することができる。そのため、上記実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、クレームの均等範囲に属する変更は、すべて本発明の範囲内である。
なお、配列表フリーテキスト(人工配列の記載(Description of Artificial Sequence))において、配列番号1〜4は、合成ペプチドである。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明によると、タンパク質断片化処理物について、αアミノ基とεアミノ基とを確実性高く区別すること、具体的にはαアミノ基のみを選択的にカルボニル基に変換することが可能であり、それによって、タンパク質断片化処理物中の回収すべき末端ペプチドフラグメント/その他のペプチドフラグメントの間に、無置換アミノ基を有しない/有するの構造的差異を生じさせることが可能であり、且つ、回収すべき末端ペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を与えることができる、タンパク質切断処理物からの末端ペプチドフラグメントの選択的回収方法が可能になる。
【0115】
また、本発明によると、上述のように末端ペプチドフラグメントのN末端に導入する修飾基について高い自由度を確保することを利用し、(例えば質量分析におけるフラグメントイオンの検出数を増やすことができる修飾基などを導入することによって、)質量分析においてより多くの配列情報を得ることもできる、タンパク質の末端配列決定法が可能になる。すなわち、末端ペプチドフラグメントに導入すべき修飾基を柔軟性高く選択することが可能になることによって、構造解析の困難なターゲットに対しても広い解析可能性を提供することが期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
εアミノ基含有アミノ酸残基を有しない末端ペプチドフラグメント(a)と、εアミノ基含有アミノ酸残基を有するペプチドフラグメント(b)とを含む、タンパク質の切断処理物を用意する工程と、
前記切断処理物をトランスアミネーション反応に供し、前記末端ペプチドフラグメント(a)及び前記ペプチドフラグメント(b)のN末端アミノ酸残基をα−ジカルボニル基を有する構造に変換することによって、前記末端ペプチドフラグメント(a)から、改変された末端ペプチドフラグメント(a’)を、前記ペプチドフラグメント(b)から、改変されたペプチドフラグメント(b’)を得る工程と、
アミノ基と結合可能な支持体に、前記改変末端ペプチドフラグメント(a’)及び前記改変ペプチドフラグメント(b’)を接触させ、前記改変ペプチドフラグメント(b’)を、前記εアミノ基を介して前記支持体に捕捉し、前記改変末端ペプチドフラグメント(a’)を溶出させる工程と、
を含む、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【請求項2】
前記タンパク質の切断処理物は、タンパク質をメタロエンドペプチダーゼによって消化することにより得られうるものであり、前記末端ペプチドフラグメント(a)が前記タンパク質のN末端ペプチドフラグメントである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記タンパク質の切断処理物は、タンパク質をリジルエンドペプチダーゼによって消化することにより得られうるものであり、前記末端ペプチドフラグメント(a)が前記タンパク質のC末端ペプチドフラグメントである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記支持体は、p−フェニレンジイソチオシアナートが固定化されたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
タンパク質をトランスアミネーション反応に供し、前記タンパク質のN末端アミノ酸残基をα−ジカルボニル基を有する構造に変換することによって、改変されたタンパク質を得る工程と、
前記改変されたタンパク質を切断反応に供し、前記α−ジカルボニル基を有する構造をN末端に有し且つεアミノ基含有アミノ酸残基を有しない改変N末端ペプチドフラグメント(a’)と、αアミノ基含有アミノ酸残基を有しεアミノ基含有アミノ酸残基を有してよいペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得る工程と、
アミノ基と結合可能な支持体に、前記改変N末端ペプチドフラグメント(a’)及び前記ペプチドフラグメント(b)を含む前記タンパク質切断処理物を接触させ、前記ペプチドフラグメント(b)を、前記支持体に捕捉し、前記改変N末端ペプチドフラグメント(a’)を溶出させる工程と、
を含む、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【請求項6】
タンパク質をトランスアミネーション反応に供し、前記タンパク質のN末端アミノ酸残基をα−ジカルボニル基を有する構造に変換することによって、改変されたタンパク質を得る工程と、
前記改変されたタンパク質を修飾反応に供し、前記α−ジカルボニル基を有する構造をO−置換オキシム構造に変換することによって、修飾された改変タンパク質を得る工程と、
前記修飾された改変タンパク質を切断反応に供し、前記修飾基を有する構造をN末端に有し且つεアミノ基含有アミノ酸残基を有しない修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、αアミノ基含有アミノ酸残基を有しεアミノ基含有アミノ酸残基を有してよいペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得る工程と、
アミノ基と結合可能な支持体に、前記修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)及び前記ペプチドフラグメント(b)を含む前記タンパク質切断処理物を接触させ、前記ペプチドフラグメント(b)を、前記支持体に捕捉し、前記修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)を溶出させる工程と、
を含む、タンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する方法。
【請求項7】
請求項1又は6に記載の方法によってタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する精製工程と、
回収された末端ペプチドフラグメントを質量分析に供し、アミノ酸配列を決定する質量分析工程とを含む、
タンパク質の末端配列決定法。
【請求項8】
請求項1又は5に記載の方法によってタンパク質切断処理物から末端ペプチドフラグメントを選択的に回収する精製工程と、
回収された末端ペプチドフラグメントに、カルボニル反応性基を有する修飾試薬を反応させる修飾工程と、
修飾された末端ペプチドフラグメントを質量分析に供し、アミノ酸配列を決定する質量分析工程とを含む、
タンパク質の末端配列決定法。
【請求項9】
タンパク質をトランスアミネーション反応に供し、前記タンパク質のN末端アミノ酸残基をα−ジカルボニル基を有する構造に変換することによって、改変されたタンパク質を得る工程と、
前記改変されたタンパク質を修飾反応に供し、前記α−ジカルボニル基を有する構造をO−置換オキシム構造に変換することによって、修飾された改変タンパク質を得る工程と、
前記修飾された改変タンパク質を切断反応に供し、前記修飾基を有する構造をN末端に有し且つεアミノ基含有アミノ酸残基を有しない修飾改変N末端ペプチドフラグメント(a’’)と、αアミノ基含有アミノ酸残基を有しεアミノ基含有アミノ酸残基を有してよいペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得る工程と、
得られたタンパク質切断処理物を質量分析に供し、N末端ペプチドフラグメントのピークを識別してアミノ酸配列を決定する質量分析工程とを含む、
タンパク質の末端配列決定法。
【請求項10】
前記修飾反応を、質量分析において特徴的なピークを示す構造を有する試薬を用いることによって行い、前記特徴的なピークを示す構造を有する修飾改変ペプチドフラグメント(a’’)と、ペプチドフラグメント(b)とを含むタンパク質切断処理物を得て、
前記質量分析工程において、前記特徴的なピークを修飾改変ペプチドフラグメント(a’’)のピークとして識別し、識別された修飾改変ペプチドフラグメント(a’’)のピークに基づいてアミノ酸配列を決定する、請求項9に記載のタンパク質の末端配列決定法。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−10649(P2011−10649A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207427(P2009−207427)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】