説明

トランスグルタミナーゼを抑制するペプチド

本発明は、トランスグルタミナーゼを抑制するトランスグルタミナーゼペプチド抑制剤、および有効成分として少なくとも一つのトランスグルタミナーゼペプチド抑制剤を含む薬学的組成物を開示する。この抑制剤または組成物は、トランスグルタミナーゼの非正常的活性により引き起こされる様々な疾患、例えば炎症疾患および癌を予防および治療するのに有効である。また、各種炎症疾患と癌を治療する方法、およびトランスグルタミナーゼを抑制可能なペプチドの変異体を製造する方法を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスグルタミナーゼペプチド抑制剤に関する、さらに詳しくは、本発明は、トランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制することにより、トランスグルタミナーゼの活性により引き起こされる疾患を効果的に予防および治療するランスグルタミナーゼ特異的なペプチド抑制剤に関する。また、本発明は、有効成分として少なくとも一つのトランスグルタミナーゼペプチド抑制剤を含む薬学的組成物、およびこれを用いて、トランスグルタミナーゼの活性により引き起こされる疾患を予防または治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トランスグルタミナーゼ(Transglutaminase)は、正常的な状況では血液凝固や傷治癒などの保護的作用をする酵素である。ところが、その発現が調節されない場合には、多くの疾病の病理的メカニズムで主要な役割をするものと知られている(Soo-Youl Kim: New Target Against Inflammatory Diseases: Transglutaminase 2. Archivum Immunologiae & Therapiae Experimentalis 52, 332-337, 2004. Soo-Youl Kim. Transglutaminase 2 in inflammation. Front Biosci. 11, 3026-3035, 2006)。特に炎症性疾患、すなわち退行性関節炎(rheumatoid arthritis)、糖尿病(diabetes)、自己免疫筋肉炎(inflammatory myositis)、動脈硬化(atherosclerosis)、脳卒中(stroke)、肝硬変(liver cirrhosis)、乳癌(breast cancer)、アルツハイマー病(Alzheimer's disease)、パーキンスン病(Parkinson's disease)、ハンチントン病(Huntington's disease)、脳膜炎(encephalitis)、および炎症性胃潰瘍(celiac disease)などでトランスグルタミナーゼの発現が多く増加する。また、癌の転移(metastasis)、化学的耐性(chemo-resistance)および放射性耐性(radio-resistance)においてもNF−κBの発現増加およびトランスグルタミナーゼの発現増加が観察された(Soo-Youl Kim. Transglutaminase 2 in inflammation. Front Biosci. 11, 3026-3035, 2006)。
【0003】
未だ癌の化学的耐性とトランスグルタミナーゼがどのように連関しているかは解明されていないが、化学的耐性を持つ乳癌細胞株に対してトランスグルタミナーゼの発現を抑制する場合、癌細胞が抗癌剤に敏感に反応して死滅するものと明らかになった(Antonyak et al., Augmentation of tissue transglutaminase expression and activation by epidermal growth factor inhibit doxorubicin-induced apoptosis in human breast cancer cells. J Biol Chem. 2004 Oct 1;279(40):41461-7.; Dae-Seok Kim et al. Reversal of Drug Resistance in Breast Cancer Cells by Transglutaminase 2 Inhibition and NF-kB Inactivation. Cancer Res. 2006. 66, 10936-10943)。
【0004】
また、最近、トランスグルタミナーゼが活性化される分子水準の病理的メカニズムが解明されることにより、トランスグルタミナーゼ抑制の妥当性が一層さらに具体化された(Key Chung Park, Kyung Cheon Chung, Yoon-Seong Kim, Jongmin Lee, Tong H. Joh, and Soo-Youl Kim. Transglutaminase 2 induces nitric oxide synthesis in BV-2 microglia. Biochem. Biophys. Res. Commun. 323, 1055-1062, 2004; Jongmin Lee, Yoon-Seong Kim, Dong-Hee Choi, Moon S. Bang, Tay R. Han, Tong H. Joh, and Soo-Youl Kim. Transglutaminase 2 induces NF-κB activation via a novel pathway in BV-2 microglia. J. Biol. Chem. 279, 53725-53735, 2004; Dae-Seok Kim et al. Reversal of Drug Resistance in Breast Cancer Cells by Transglutaminase 2 Inhibition and Nuclear Factor-KB Inactivation. Cancer Res. 2006. Cancer Res. 2006. 66, 10936-10943)。
【0005】
炎症は、主にNF−κB転写物質の活性化に起因する。NF-κBは、信号伝達体系によるキナーゼ(kinase)によって活性化されるものと知られている。ところが、キナーゼの助けなしにもNF-κBの活性化がなされることが知られることにより、キナーゼ抑制剤の実効性が減少することになった(Tergaonkar et al., I-kappaB kinase-independent I-kBa degradation pathway: functional NF-kappaB activity and implications for cancer therapy. Mol Cell Biol. 2003 Nov;23(22):8070-83.)。
【0006】
本発明者は、以前の研究でトランスグルタミナーゼがキナーゼIKK、NAKの助けなしにI−κBαを架橋結合してNF-κBを活性化させることを解明したことがある(Jongmin Lee, et al. Transglutaminase 2 induces NF-κB activation via a novel pathway in BV-2 microglia. J. Biol. Chem. 279, 53725-53735, 2004)。トランスグルタミナーゼは、カルシウム依存性酵素なので、細胞内カルシウムの増加のみでもNF-κBを活性化させることができる。
【0007】
炎症反応において、NF-κB転写因子の活性により、トランスグルタミナーゼを含む炎症性因子とその抑制剤I−κBαの発現が増加するので、正常的な場合にはI−κBαによってNF-κBの連続活性がなされないが、慢性炎症疾患では続いてNF-κBが活性化される。興味深い現象は、TNF−αまたはLPS(lipopolysaccharide)などによるNF-κBの活性によってトランスグルタミナーゼの発現が誘導されることである。したがって、非正常的に活性化されたトランスグルタミナーゼが、炎症細胞でNF-κBを直接活性化させ或いは活性化されたNF-κBをさらに維持させることにより、炎症を持続させる役割を果たすものと予想される(図1)。また、このような悪性回路は、癌組織において癌の転移および薬物抵抗性を誘発する主原因になれる(Jongmin Lee, et al. Transglutaminase 2 induces NF-κB activation via a novel pathway in BV-2 microglia. J. Biol. Chem. 279, 53725-53735, 2004)。
【0008】
したがって、トランスグルタミナーゼの抑制剤は、NF-κBの連続環を切る重要な物質になれる。本発明者によって提示された、ステロイド製剤を代替すべき効果は、ここに根拠したものと思われる(Sohn, J., Kim, T.-I., Yoon, Y.-H., and Kim, S.-Y.: Transglutaminase Inhibitor: A New Anti-Inflammatory Approach in Allergic Conjunctivitis. J. Clin. Invest. 111, 121-8, 2003)。
【0009】
トランスグルタミナーゼの活性を抑制する物質としては、アミン化合物が知られており、代表的に、シスタミン(Nature Genetics 18, 111-117, 1998; Nature Medicine 8, 143-149, 2002)とプトレッシン(putrescine)がある。また、モノダンシルカダベリン(monodansylcadaverine) (J. Med. Chem. 15, 674-675, 1972)、w−ジベンジルアミノアルキルアミン(w-dibenzylaminoalkylamine)(J. Med. Chem. 18, 278-284, 1975)、3−ハロ−4,5−ジヒドロイソオキサゾル(3-halo-4,5-dihydroisoxazole)(Mol. Pharmacol. 35, 701-706, 1989)、2−[2−(オキソプロピル)チオ]イミダゾリウム誘導体(2-[(2-oxopropyl)thio]imidazolium derivatives)(Blood, 75, 1455-1459, 1990)などの化学的抑制剤が開発されているが、いずれも、生体で非特異的に他の酵素の抑制を誘発する毒性が知られている。
【0010】
したがって、安全且つ効果的なトランスグルタミナーゼ特異的な抑制剤の開発が要求されている。最近、Sohn等は、モルモットに花粉を用いて誘発させたアレルギー結膜炎モデルから、ペプチドからなるトランスグルタミナーゼ抑制剤を用いてステロイド水準の効果を得ることに成功した(Sohn, J., Kim, T.-I., Yoon, Y.-H., and Kim, S.-Y.: Transglutaminase Inhibitor: A New Anti-Inflammatory Approach in Allergic Conjunctivitis. J. Clin. Invest. 111, 121-8, 2003)。アンチフラミン(anti-flammin)タンパク質(PLA2抑制剤)とエラフィン(elafin)タンパク質(最も強力なトランスグルタミナーゼ基質、Nara, K., et al. 1994. Elastase inhibitor elafin is a new type of proteinase inhibitor which has a transglutaminase-mediated anchoring sequence termed “cementoin”. J Biochem (Tokyo). 115:441-448)でトランスグルタミナーゼ触媒部位をミミックして合成したペプチドを使用した。
【0011】
このような事項に基づき、本発明者は、トランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合に関与するグルタミン残基とリジン残基の位置を確認し、このような残基を含むI−κBα由来のペプチドまたはその変異体がトランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制することにより、トランスグルタミナーゼ抑制剤として作用することを確認し、本発明を完成した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明の目的は、I−κBαに由来した断片またはその変異体を含む、トランスグルタミナーゼを抑制するペプチドを提供することにある。
本発明の他の目的は、前記ペプチドを含むトランスグルタミナーゼ抑制用組成物を提供することにある。
本発明の別の目的は、前記ペプチドを投与してトランスグルタミナーゼを抑制する方法を提供することにある。
【0013】
本発明の別の目的は、前記ペプチドのアミノ酸配列の少なくとも一つのアミノ酸残基を置換または欠失させ、或いは前記ペプチドのアミノ酸配列に少なくとも一つのアミノ酸配列を挿入することにより、トランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制する前記ペプチドの変異体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
一つの様態として、本発明は、I−κBαに由来したトランスグルタミナーゼを抑制するペプチドに関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
トランスグルタミナーゼ(TGase)は、リジンとグルタミンとの間でNε−(γ−glutamyl)−L−lysineイソペプチド結合形成を促進するCa2+依存性酵素である(図2)。Nε−(γ−glutamyl)−L−lysine架橋結合は、上皮細胞における防御壁機能、並びに細胞消滅および細胞外基質を形成し、細胞内および細胞外に存在するタンパク質を安定化させる機能をするものと知られている。トランスグルタミナーゼは、様々な組織において正常的な状態では低い数値で発現され、いろいろ病理的な状態では非正常的に活性化され、特にトランスグルタミナーゼの水準は炎症疾患と癌において増加するものと知られている。本発明者は、以前の研究によって、トランスグルタミナーゼが免疫反応を誘導するメカニズムが、トランスグルタミナーゼがI−κBαの重合を誘導しながらNF-κBが活性化されることにより誘導されることを解明した(Jongmin Lee, et al. Transglutaminase 2 induces NF-κB activation via a novel pathway in BV-2 microglia. J. Biol. Chem. 279, 53725-53735, 2004)。本発明は、トランスグルタミナーゼの活性化メカニズムでI−κBαの重合を遮断する方式によってトランスグルタミナーゼ特異的なペプチド抑制剤を開発した(Park S.-S., et al. Transglutaminase 2 mediates polymer formation of I-kappa Balpha through C-terminal glutamine cluster. J Biol Chem. 2006 Sep 20; [Epub ahead of print].)。
【0016】
本発明において、「ペプチド」とは、アミド結合(またはペプチド結合)で連結されたアミノ酸からなるアミノ酸ポリマーを意味する。本発明のペプチドは、トランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制し、トランスグルタミナーゼ特異的な抑制剤として作用するペプチドである。
【0017】
より具体的には、配列番号1に表されるI−κBαの、(i)11〜30番のアミノ酸配列に由来し且つ21と22番のリジンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、(ii)81〜100番のアミノ酸配列に由来し且つ87番のリジンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、(iii)151〜200番のアミノ酸配列に由来し且つ177番のリジンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、(iv)261〜290番のアミノ酸配列に由来し且つ266〜268番のグルタミンまたは271番のグルタミンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、または(v)301〜317番のアミノ酸配列に由来し且つ313番のグルタミンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片を含む、トランスグルタミナーゼを抑制するペプチドである(Park S.-S., et al. Transglutaminase 2 mediates polymer formation of I-kBathrough C-terminal glutamine cluster. J Biol Chem. 2006, 281, 34965-72)。
【0018】
具体的な一実施例において、本発明者は、トランスグルタミナーゼによって重合が起こるI−κBα部位を確認するために、分離されたI−κBαとトランスグルタミナーゼとを反応させてI−κBαの重合を誘導した。I−κBα重合体をタンパク質分解酵素で分解し、分解されたペプチドをMALDI−TOF mass spectrometry(4700 Proteomics Analyzer、Applied Biosystems)を用いて分析し、トランスグルタミナーゼによって重合が起こるI−κBαの部位を確認した。その結果、21番と22番のリジン、87番のリジン、177番のリジン、266番〜268番のグルタミン、271番のグルタミン、および313番のグルタミンが、トランスグルタミナーゼによって重合が誘導される残基であることを確認することができた。
【0019】
トランスグルタミナーゼによって重合が誘導される残基を明らかにしたので、当分野の専門家は、容易に前記重合が誘導される残基を含むようにして、トランスグルタミナーゼを抑制する活性を持つ様々な種類のペプチドを製作することができる(Park S.-S., et al. Transglutaminase 2 mediates polymer formation of I-kappa Balpha through C-terminal glutamine cluster. J Biol Chem. 2006, 281, 34965-72)。
本発明の具体的な別の一実施例では、前記残基を含む配列番号2のRDGLKKERLL、配列番号3のIHEEALTM、配列番号4のHSILATNY、配列番号5のILAT、配列番号6のGVLTSCTT、配列番号7のENLMLP、配列番号8のVFGGRLTL、配列番号9のTRIQQQLGLTL、配列番号10のRIQQQLG、または配列番号11のLGLTのアミノ酸配列を持つペプチドを製作し、このトランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合抑制を確認した。
【0020】
また、本発明のペプチドは、その変異体を含む。変異体とは、少なくとも一つのアミノ酸残基が欠失、挿入、非保全的または保全的置換、またはこれらの組み合わせによって、I−κBαに由来した天然のペプチド配列と相異なる配列を持つペプチドを意味する。
本発明の具体的な実施例では、配列番号12のRIEELG、配列番号13のRIEELGまたは配列番号14のRIEELGのアミノ酸配列を持つ変異体ペプチドがトランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制することを確認した。
【0021】
本発明のペプチドにおけるアミノ酸は、L形態またはD形態、または組み合わせ形態である。また、前記ペプチドは、目的に応じて特定の原子または原子団がヒドロキシル基およびメチル基などで置換された誘導体であり得る。そして、ぺプチドのC末端のカルボキシル基はアミドおよびエステルなどで置換でき、N末端のアミノ基は水素などで置換できる。
また、本発明のペプチドは、標的化配列、タグ(tag)、標識された残基またはペプチドの安定性を増加させるための特定の目的で考案された追加のアミノ酸配列を含むことができる。また、ペプチドの細胞内移動を促進する細胞透過性ペプチド(cell permeable peptide)を含むことができる。
【0022】
本発明のぺプチドは、当分野で広く公知になっている様々な方法で獲得することができる。化学的合成法、無細胞タンパク質合成法または遺伝子組み換え方法で獲得可能である。
本発明のペプチドは、塩の形態が可能である。本発明のペプチドは、酸を添加することにより塩を形成することができ、例えば無機酸(塩酸、臭化水素酸、リン酸、硝酸または硫酸など)、有機カルボン酸(酢酸、トリフルオロ酢酸などのハロ酢酸、プロピオン酸、マレイン酸、琥珀酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸またはサリチル酸)、および酸性糖(グルクロン酸、ガラクツロン酸、グルコン酸またはアスコルビン酸など)、酸性多糖(ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、またはアルギニン酸など)、またはコンドロイチン硫酸などのスルホン酸糖エステルを含む有機スルホン酸(メタンスルホン酸またはp−トルエンスルホン酸など)などを含む。
【0023】
前記トランスグルタミナーゼペプチド抑制剤は、トランスグルタミナーゼが非正常的に活性化されて誘発される全ての疾患を予防および治療することができる。より具体的には、トラングスルタミナーゼの非正常的活性が確認される炎症疾患または癌を予防または治療することができる。
別の様態として、本発明は、前記ペプチドを少なくとも一つ含むトランスグルタミナーゼ抑制用組成物に関する。
【0024】
本発明において、用語「炎症疾患」は、紅斑、浮腫、圧痛、痛み、熱および機能喪失の症候を持つ状態(物理的、化学的および生物学的状態)の有害な影響に対する生体の防御反応または炎症性反応によって誘発された全ての疾患を意味する。本発明の組成物を用いて、トランスグルタミナーゼの過発現によって引き起こされる全ての炎症疾患の予防または治療が可能である。具体的に、このような疾患には、退行性関節炎(rheumatoid arthritis)、糖尿病(diabetes)、自己免疫筋肉炎(inflammatory myositis)、動脈硬化(atherosclerosis)、脳卒中(stroke)、肝硬変(liver cirrhosis)、乳癌(breast cancer)、アルツハイマー病(Alzheimer's disease)、パーキンスン病(Parkinson's disease)、ハンチントン病(Huntington's disease)、脳膜炎(encephalitis)、および炎症性胃潰瘍(celiac disease)などがある。
【0025】
また、転移される癌、または化学的耐性または放射性耐性を持つ癌において、NF-κBおよびトランスグルタミナーゼの顕著な発現増加が確認されるところ、トランスグルタミナーゼの抑制は、炎症疾患だけでなく、癌の予防または治療の面からも重要である。本発明のトランスグルタミナーゼペプチド抑制剤を用いて予防または治療することが可能な癌は、トランスグルタミナーゼの発現増加が現れる癌、例えば大腸癌、小腸癌、直腸癌、肛門癌、食道癌、膵臓癌、胃癌、腎臓癌、子宮癌、乳癌、肺癌、リンパ腺癌、甲状腺癌、前立腺癌、白血病、皮膚癌、結腸癌、脳腫瘍、膀胱癌、卵巣癌および胆嚢癌などが挙げられるが、これに制限されない。
本発明において、用語「予防」とは、組成物の投与によって、炎症疾患または癌を抑制させ或いは遅延させる全ての行為を意味する。本発明において、用語「治療」とは、組成物の投与によって、症疾患または癌が好転され或いは有利に変更される全ての行為を意味する。
【0026】
本発明の組成物は、ヒトだけでなく、炎症疾患または癌が発生し且つ本発明のペプチド投与によって炎症疾患が抑制または減少できる牛、馬、羊、豚、山羊、駱駝、かもしか、犬または猫などの家畜にも使用できる。
前記発明の組成物は、前記ペプチドを少なくとも1種含むか、前記ペプチドの他に糖鎖化合物、脂質化合物、核酸化合物、他の種類のペプチドまたはタンパク質などを含むことができる。例えば、脂質化合物にはジパルミトイルフォスファチジルコリン(DPPC)、パルミトイルオレイルフォスファチジルグリセロール(POPG)、フォスファチジルグリセロール(PG)、C18飽和脂肪酸、C16不飽和脂肪酸、およびC18-不飽和脂肪酸などがある。
【0027】
本発明の組成物は、投与方式に応じて許容可能な担体を含んで適切な製剤に製造できる。投与方式に適した製剤は、公知になっており、典型的に膜を通過する、移動を容易にする製剤を含むことができる。
前記ペプチドを有効成分として含む組成物は、一般な医薬品製剤の形態で使用できる。非経口投与用製剤の場合には滅菌した水溶液、非水性溶剤、懸濁剤、乳剤または凍結乾燥製剤、経口投与用製剤の場合には錠剤、トローキ、カプセル、エリキシル剤、懸濁剤、シロップまたはウエハーなどに製造することができ、注射剤の場合には単位投薬アンプルまたは多数回投薬の形に製造することができる。
【0028】
また、本発明の薬学的組成物は、薬学的に許容される担体と共に投与できる。例えば、経口投与の場合には結合剤、滑沢剤、崩解剤、賦形剤、可溶化剤、分散剤、安定化剤、懸濁化剤、色素または香料などを使用することができ、注射剤の場合には緩衝剤、保存剤、無痛化剤、可溶化剤、等張剤、安定化剤などを混合して使用することができ、局所投与用の場合には基剤、賦形剤、潤滑剤、保存剤などを使用することができる。
また、本発明の組成物のペプチドは、細胞内でペプチドが生成されるように、ペプチドを暗号化する核酸を含むことができる。
【0029】
別の様態において、本発明は、前述した少なくとも1つのペプチドまたはこれを含む組成物を投与してトランスグルタミナーゼを抑制する方法に関する。
好ましくは、少なくとも1つのペプチドまたはこれを含む組成物を投与してトランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制することにより免疫疾患を予防または治療する方法を提供する。
【0030】
具体的な一様態として、本発明のトランスグルタミナーゼ抑制方法は、適切な方法によって、患者に所定の物質を導入される一般な経路を介して投与することを含む。前記投与方法としては、腹腔内投与、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、経口投与、局所投与、鼻内投与、肺内投与および直腸内投与があるが、これに制限されない。ところが、経口投与の際にペプチドは消化されるため、経口用組成物は、活性薬剤をコートし或いは胃における分解から保護されるように剤形化することが好ましい。また、製薬組成物は、活性物質が標的細胞へ移動し得る任意の装置によって投与できる。好適な投与方式および製剤は、静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤または点滴注射剤などである。注射剤は、生理食塩液またはリンゲル液などの水性溶剤、植物油、高級脂肪酸エステル(例えばオレイン酸エチルなど)、アルコール類(例えばエタノール、ベンジルアルコール、プロピレングリコールまたはグリセリンなど)などの非水性溶剤などを用いて製造することができ、変質防止のための安定化剤(例えばアスコルビン酸、亜硫酸水素ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、BHA、トコフェロール、EDTAなど)、乳化剤、pH調節のための緩衝剤、微生物の発育を阻止するための保存剤(例えば、硝酸フェニル水銀、チメロサール、塩化ベンザルコニウム、フェノール、クレゾール、ベンジルアルコールなど)などの薬学的担体を含むことができる。
【0031】
好ましくは、本発明に係るトランスグルタミナーゼを抑制する方法は、本発明のペプチドまたはこれを含む組成物を薬学的に有効量で投与することを含む。前記薬学的有効量は、疾患の種類、患者の年齢、体重、健康、性別、患者の薬物に対する敏感度、投与経路、投与方法、投与回数、治療期間、配合、または同時に使用される薬物など、医薬分野によく知られている要素に応じて当業者によって容易に決定できる。
別の様態として、本発明は、ペプチドのアミノ酸配列の少なくとも1つのアミノ酸残基を置換または欠失させ、或いは前記ペプチドのアミノ酸配列に少なくとも一つのアミノ酸配列を挿入することにより、トランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制する前記ペプチドの変異体を製造する方法に関する。
【0032】
具体的な一実施例において、本発明者は、I−κBαに由来したトランスグルタミナーゼの変異体またはトランスグルタミナーゼ抑制活性を持つことを確認することができた。
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明する。これらの実施例は、本発明を例示するためのもので、本発明の範囲を制限するものと解釈されてはならない。
【実施例】
【0033】
実施例1:トランスグルタミナーゼによって重合現象が起こるI−κBα部位
TGaseを用いたI−κBαの重合(polymerization)
ヒトI−κBαは、大腸菌BL21(DE3)で大量発現し精製して使用した。ヒトI−κBαの遺伝子がクローニングされたpET−30 EK/LICベクターを含んだ大腸菌BL21を100ppmカナマイシン条件の下にLBブロスを用いて37℃で培養した。培養液のO.D.が0.2〜0.3になったとき、0.2〜1.0mMのIPTG(Isopropyl-β-D-Thiogalactopyranoside)を添加して3〜12時間I−κBαの発現を誘導し、遠心分離によって収去して大腸菌を音波粉砕した後、I−κBαをNi−NTAレジンを用いて一次的に分離した。発現されたI−κBαは、アミノ末端にヒスタグが修飾されているため、Ni−NTAレジンに結合して簡単に分離することができる。分離されたI−κBαのアミノ末端に存在するタグはエンテロキナーゼを用いて切断し、切断されたタグはさらにNi−NTAレジンに結合させて完全な形態のI−κBαを獲得した。分離されたI−κBαのトランスグルタミナーゼによる重合反応は、50Tris−HCl pH7.5と10mM CaClの条件の下に10mgのI−κBα当り1mU TGase(guinea pig liver、Sigma)を用いて行った。重合反応が起こったことは4〜12%のNuPAGE(Invitrogen)で確認した(図3)。重合化されたI−κBαは、Centrifugal filter device(Centricon、M.W.cut−off 100kDa、Millipore)を用いて分離した。図3から分かるように、I−κBα、リン酸化部位を変形させた突然変異I−κBαまたは全てのトランスグルタミナーゼによって重合化され、巨大なタンパク質分子になる。トランスグルタミナーゼは、カルシウム依存性酵素なので、EDTAを処理する場合に反応が抑制された。
【0034】
I−κBαポリマーのタンパク質分解(Proteolysis)
分離精製されたI−κBα重合体は、(10μg)4Mウレアと10mMジチオスレイトールを用いて55℃で変性させ、100mM NHHCOを用いて1Mに希釈した。重合体を一晩37℃でトリプシン(Promega)またはエンドプロテイナーゼGlu−C(V8、Roche)で分解させた。
【0035】
MALDI−TOF MS分析
分解されたペプチドをMALDI−TOF mass spectrometry(4700 Proteomics Analyzer、Applied Biosystems)を用いて分析した(図4および図5)。試料は、Zip−Tips C18(Millipore)を用いて脱塩させ、マトリックス溶液(1:1割合の0.1% TFA/CANに溶けているCHCA)でマス分析用ターゲットに直ちに溶出させて乾燥させた。分析は、陽イオンリフレクトロンモードで施行された。測定されたマス値は、4700Cal Mix(Applied Biosystems)に含まれた標準試料を用いて50ppm以内の誤差で矯正された。使用された標準試料は、次の6つである;des−Arg−bradykinin(Mr904.4681)、angiotensin1(Mr1296.6853)、Glu−fibrinopeptide B(Mr1570.6774)、ACTH1−17 clip(Mr2093.0867)、ACTH18−39 clip(Mr2465.1989)、およびACTH7−38 clip(Mr3657.9294)。データ処理は、Data Explorer(Applied Biosystems)ソフトウェアを用いた。ケラチンまたはプロテアーゼ自分からの汚染ピークを除去した後、測定されたピーク値を理論的に可能なペプチドのピーク値と比較した。この過程のために、Paws(Genomic Solutions)プログラムを100ppm以内の誤差で用いた。
【0036】
実施例2:重合されたI−κBαをGlu−Cで分解した後で得られたタンパク質の分析
コンペティションアッセイ(competition assay)
I−κBα(2μg)を50mM Tris pH7.5、10mM CaClバッファで0.5mU TGaseを用いて架橋結合させた。これを表1のペプチド(2nmol)を添加して競争させた。表1のペプチドは、Peptron社に依頼して製作した。37℃で10分間定温放置した後、反応物をSDS−PAGEで分離し、coomassie染色で確認した。バンドの強度はAdobe Photoshopを用いて測定した(図7および図8)。
図7および図8に示すように、特にC末端に寄せられているグルタミン密集地域(Q266〜Q268)、177番のリジン残基、313番のグルタミン残基を含むペプチドが良い競争力を示しており、21、22番のリジン残基も競争をしている。
【0037】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0038】
上述したように、本発明のペプチドまたはこれを含む薬学的組成物は、トランスグルタミナーゼ抑制剤として使用され、トランスグルタミナーゼの非正常的活性により引き起こされる疾患、具体的に炎症疾患と癌を効果的に予防および治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
本発明の前記および他の目的、特徴および利点は添付図面を参照する以降の詳細な説明からより明らかに理解可能であろう。
【図1】図1は免疫細胞の活性中のトランスグルタミナーゼの役割を示すモデルである(NTHi, nontypeable Haemophilus influenza; TLR, toll-like receptor; TNFR, tumor necrosis factor-a receptor; IKK, I-kB kinase; CKII, casein kinase II; TK, tyrosine kinase; COX-2, cyclooxygenase-2; PLA2, soluble phospholipase A2; NO, nitric oxide)。
【図2】図2はトラングルタミナーゼの酵素反応を示すものである。基質2はリジン残基を提供する(アシル受容体、アミン供与体)、結合反応は、イソペプチド結合を[Nε−(γ−glutamyl)−L−lysine(GGEL)]による共有結合によって形成された。GQCWVFAはトランスグルタミナーゼの活性部位のアミノ酸配列を示す。中央の絵は、中間誘導体(intermediate)の形成によってthioester covalent enzyme intermediateを示す。前記の反応は「ピンポン(ping-pong)」反応であって、リジン残基に代えてアミン化合物(アミン、ジアミン、ポリアミン)がアシル受容体の役割にすることができる。
【図3】図3はI−κBαの重合反応を示すために分離されたI−κBαのトランスグルタミナーゼによる重合反応が行ったことを4〜12%NuPAGE(Invitrogen)で確認したものである。
【図4】図4はI−κBαをトランスグルタミナーゼで架橋結合させた後、タンパク質分解酵素で分解してMLADI−TOFで分析した結果を示すものである。
【図5】図5はI−κBαをトランスグルタミナーゼで架橋結合させた後、タンパク質分解酵素で分解してMLADI−TOFで分析した結果を示すものである。
【図6】図6はI−κBαのアミノ酸配列を示すもので、赤字はトランスグルタミナーゼと結合する部位である。
【図7】図7はトランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合化反応がペプチドによって抑制されることを観察した結果である。
【図8】図8はトランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合化反応がペプチドによって抑制されることを観察した結果である。
【図9】図9はI−κBαで確認された機能を示すドメインおよびアミノ酸残基を示す。ユビキチン化される2つのリジン残基、リン酸化される2つのセリン残基、およびリン酸化される一つのチロシン残基がアミノ末端部分に位置する。カルボキシ末端部分には、PEST配列、およびこれに近接し且つグルタミンおよびロイシン残基が非常に豊富なQL−rich部分が存在する。5つのAnkyrinドメインは斜線付きボックスで表示し、相互結合する残基は図面の上部に太字で表示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に表されるI−κBαの、(i)11〜30番のアミノ酸配列に由来し且つ21と22番のリジンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、
(ii)81〜100番のアミノ酸配列に由来し且つ87番のリジンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、
(iii)151〜200番のアミノ酸配列に由来し且つ177番のリジンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、
(iv)261〜290番のアミノ酸配列に由来し且つ266〜268番のグルタミンまたは271番のグルタミンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片、
または(v)301〜317番のアミノ酸配列に由来し且つ313番のグルタミンを含む5つ以上の連続したアミノ酸配列を持つ断片を含む、トランスグルタミナーゼを抑制するペプチド。
【請求項2】
配列番号2〜14から選択される少なくとも一つのアミノ酸配列を持つ、請求項1に記載のトランスグルタミナーゼを抑制するペプチド。
【請求項3】
請求項1に記載の少なくとも一つのペプチドを含む、トランスグルタミナーゼ抑制用薬学的組成物。
【請求項4】
トランスグルタミナーゼを抑制して炎症疾患または癌を予防または治療する、請求項3に記載の薬学的組成物。
【請求項5】
請求項1に記載の少なくとも一つのペプチドを投与してトランスグルタミナーゼを抑制する方法。
【請求項6】
トランスグルタミナーゼを抑制して炎症疾患または癌を予防または治療する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1に記載のペプチドのアミノ酸配列のうち少なくとも一つのアミノ酸残基を置換または欠失させ、或いは前記ペプチドのアミノ酸配列に少なくとも一つのアミノ酸配列を挿入することにより、トランスグルタミナーゼによるI−κBαの重合を抑制する前記ペプチドの変異体を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2009−519323(P2009−519323A)
【公表日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−545475(P2008−545475)
【出願日】平成18年10月11日(2006.10.11)
【国際出願番号】PCT/KR2006/004089
【国際公開番号】WO2007/069817
【国際公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【出願人】(507151124)ナショナル キャンサー センター (9)
【Fターム(参考)】