説明

トランス,トランス−4,4’−ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造方法

【課題】 医薬品、農薬、液晶材料等の原材料として有用なトランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】 4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸のシス体とトランス体の混合物を、沸点130℃以上のプロトン性溶媒中、アルカリ金属塩存在下で加熱することにより異性化させることを特徴とするトランス-トランス体の4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造方法を提供する。本願発明の製造方法は、反応に高い温度を要することなく高純度のトランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶材料や医薬品化合物を製造する上で有用なビシクロヘキシルジカルボン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸は、医薬品、農薬、液晶材料等の原料として有用であるが、4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の異性体混合物はその構造から、シス-シス体、トランス-シス体、トランス-トランス体の異性体混合物をとして得られ、その中でも特にトランス-トランス体は物性的に有用だと考えられる。
【0003】
具体的に、4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸を製造する方法としては、ビフェニルジカルボン酸誘導体のベンゼン環を水素化して得る方法が一般的に行われている。しかし、この方法によると上記3つの異性体が生成し、目的とするトランス-トランス体の割合は5〜30%と低い。
【0004】
脂環式ジカルボン酸の異性体混合物から単一の異性体を得る方法として、その異性体の溶融温度以上に加熱して異性化させる方法が知られている。例えば、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸は、その構造からシス体とトランスとの異性体混合物として得られるが、250℃以上、好ましくはトランス体の溶融温度(310〜313℃)以上に加熱してトランス体を得る方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。また、同様に、4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の場合は、350℃〜400℃、好ましくは350℃〜380℃で加熱することによりトランス-トランス体が89%の割合で得ることができる(特許文献2参照)。しかしながら、これらの方法は極めて高温度域での反応であり、安全性や設備の問題から制約が多くなりがちである。
【0005】
一方、脂環式ジカルボン酸の異性体混合物から単一の異性体を得る別の方法として、塩基存在下で加熱して異性化させる方法が知られている。例えば、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸の場合、水酸化カリウムを用いて炭化水素系溶媒やエーテル系溶媒で130℃以上に加熱することにより異性化できることが知られている(特許文献3参照)。この場合、炭化水素系溶媒としては1,3-ジイソプロピルベンゼン又はイソパラフィン(炭素鎖10〜12)、またエーテル系溶媒としてはジエチレングリコールジエチルエーテルやパラ-クメンを用いることができる。しかしながら、この方法をシクロヘキサン環が一つ多い4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸に適用した場合、目的とするトランス-トランス体の割合は70%程度しか得ることができない問題があった。
【0006】
【特許文献1】特公昭39−27244号公報
【特許文献2】特開平2004−307468号公報
【特許文献3】欧州特許出願公開第0814073号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の異性体混合物を高純度のトランス-トランス体に異性化させることによる効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、適当なアルカリ金属と溶媒の組み合わせにより、140℃〜180℃という比較的温度の低い条件で、短時間で90%以上の高純度でトランス-トランス体に異性化することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本願発明は、4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸のシス体とトランス体の混合物を、沸点130℃以上のプロトン性溶媒中、アルカリ金属塩存在下で加熱することにより異性化させることを特徴とするトランス-トランス体の4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本願発明のトランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸は、該骨格を有する液晶化合物の製造に好適に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明について詳細に説明する。
本願発明の製造方法において、出発原料となる4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の異性体混合物の製造方法は特に限定されず、公知の方法で製造されたものを用いることができる。例えば、ビフェニルジカルボン酸のベンゼン環を適当な溶媒中で触媒存在下、高圧水素化で得られたものを用いることができる。溶媒は、例えば、水、酢酸、1,4-ジオキサン、モノグライム、ジグライム等のエーテル系溶媒、メタノール、エタノール等のアルコール系溶媒などの中で水素化して得られたものを用いることができる。また触媒としては、ルテニウム、パラジウム、白金等の貴金属触媒を用いることができ、活性炭に担持しているのを用いるのが好ましい。水素化反応の水素圧は、1MPa〜20 Mpaが必要である。この場合、得られる4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の異性体比は、通常シス-シス体が、15〜65%、トランス-シス体が30〜65%、トランス-トランス体が5〜35%である。
【0012】
本願発明の製造方法において、出発原料となる4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の異性体混合物において目的物であるトランス-トランス体の含有量が、70%以下であることが好ましく、50%以下がより好ましい。
【0013】
本発明の製造方法において、適当なアルカリ金属塩を用いる。アルカリ金属塩としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムを用いることができるか、水酸化カリウムが特に好ましい。
【0014】
又、沸点130℃以上のプロトン性溶媒を用いるが、反応を進行させるには130℃以上の加熱が必要であるである。プロトン性溶媒の沸点は反応速度の観点から、140℃以上であることが好ましく、安全性や設備の観点から140℃以上180℃以下が更に好ましい。
【0015】
使用できるプロトン性溶媒としては、脂肪族アルコールを用いることが好ましく、例えば炭素鎖5以上の1級アルコール、炭素鎖6以上の2級アルコール等を用いることができる。具体的には、入手容易さから1-オクタノールや2-エチルヘキサノールがより好ましい。また、前記の各溶媒を単独で使用しても、2種もしくはそれ以上の溶媒を混合して使用してもよい。
【0016】
反応温度は130℃以上が好ましく、反応の進行速度の点から140℃以上がより好ましく、安全性や設備の観点から140℃〜180℃がさらに好ましい。
【実施例】
【0017】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。化合物の構造は、4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸をジメチルエステルに変換した後、核磁気共鳴スペクトル(NMR)、質量スペクトル(MS)等により確認した。同様に、異性体比の測定もジメチルエステルに変換して行った。4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸のジメチルエステルへの変換はメタノール中、硫酸触媒を用いる方法を用いた。
(実施例) トランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造
【0018】
【化1】

【0019】
4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸(シス-シス体;19%、トランス-シス体;50%、トランス-トランス体;31%)50gと水酸化カリウム52gを1-オクタノール250 mLに分散し、145℃で3時間攪拌した。25℃に放冷後、水250 mLを加えて固体を溶解させた。水層を分取し、トルエンで洗浄後、10%塩酸でpH3程度にし、析出した固体をろ取し、減圧下で乾燥した。ジメチルエステルに変換後、異性体比をGCで測定すると、シス-シス体;5%、トランス-シス体;2%、トランス-トランス体;93%であった。本願発明の製造方法により93%の高い純度でトランス-トランス体を得ることができた。
【0020】
(比較例1)
実施例において、使用したプロトン性溶媒である1-オクタノールをトリグライム(トリエチレングリコールジメチルエーテル)に変更した以外は同様にしてトランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造を行った。実施例と同様ジメチルエステルに変換後異性体比をGCで測定すると、シス-シス体;10%、トランス-シス体;21%、トランス-トランス体;69%であった。比較例1の製造方法ではトランス-トランス体の割合が本願発明の製造方法より24%も低いものであった。
【0021】
(比較例2)
実施例において、使用したプロトン性溶媒である1-オクタノールをN-メチルピペリドンに変更した以外は同様にしてトランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造を行った。実施例と同様に、ジメチルエステルに変換後異性体比をGCで測定すると、シス-シス体;19%、トランス-シス体;24%、トランス-トランス体;55%であった。比較例2の製造方法ではトランス-トランス体の割合が本願発明の製造方法より38%も低いものであった。
【0022】
(比較例3)
実施例において、使用したプロトン性溶媒である1-オクタノールを1,3-ジイソプロピルベンゼンに変更した以外は同様にしてトランス,トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造を行った。実施例と同様に、ジメチルエステルに変換後異性体比をGCで測定すると、シス-シス体;18%、トランス-シス体;51%、トランス-トランス体;31%であった。比較例3の製造方法ではトランス-シス体が主成分となり、トランス-トランス体を実用的な純度で得ることができないものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸のシス体とトランス体の混合物を、沸点130℃以上のプロトン性溶媒中、アルカリ金属塩存在下で加熱することにより異性化させることを特徴とするトランス-トランス-4,4'-ビシクロヘキシルジカルボン酸の製造方法。
【請求項2】
プロトン性溶媒が沸点130℃以上の脂肪族アルコールである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
アルカリ金属塩が水酸化カリウムである請求項1記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−231075(P2008−231075A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−76675(P2007−76675)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】