説明

トリアジン単位含有ポリ(フェニレンチオエーテル)

【課題】高い屈折率、及び可視領域での高い透明性を同時に達成する、硫黄原子とトリアジン単位を含有する新規な重合体を提供する。
【解決手段】下記式(1)


で表される構造単位を有する重合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリアジン単位含有ポリ(フェニレンチオエーテル)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高い透明性及び低い複屈折を有する高屈折率重合体の、カメラレンズ、反射防止コーティング、及び通信システム等への光学的用途に多くの注目が集まっている(非特許文献1〜4)。重合体の屈折率を向上させるアプローチとしては、ローレンツ・ローレンスの式に従い、高いモル屈折及び低いモル容積を有する置換基の導入が一般的である(非特許文献5)。従って、従来は芳香環、フッ素以外のハロゲン(Cl、Br、及びI)、硫黄及び金属元素を重合体に導入して屈折率を高めていた(非特許文献6〜8)。それ故、これまで光透過率が高く、かつ屈折率が高い、エポキシ樹脂(非特許文献9)、ポリウレタン(非特許文献10)、ポリメタクリレート(非特許文献4)、及びポリ(アリーレンスルフィド)(非特許文献11)等の多くの重合体の、光学装置への適用が報告されてきた。しかしながら、これらの重合体は波長589nm(ナトリウムD線)又は633nmでの屈折率が1.5〜1.7の範囲である。
【0003】
近年、我々は光学用途用の硫黄含有芳香族ポリイミド(PIs)を開発した。PIsは熱的、酸化的、化学的、及び機械的に高い安定性を有する(非特許文献12〜18)。それらの多くは屈折率が1.75〜1.77の範囲と非常に高いが、それらから製造されたフィルムは着色していることが問題点であった。ポリ(アリーレンエーテルケトン)、ポリ(アリーレンエーテルスルホン)及びポリ(フェニレンスルフィド)等のポリ(アリーレンエーテル)及びポリ(アリーレンチオエーテル)は、高性能のエンジニアリング熱可塑性樹脂であることは周知である。これらの重合体は高い熱的、酸化的、化学的安定性のみならず高い剛性及び強靱性という複数の利点を有する(非特許文献19)。近年、フルオレン基、スルホン基、及びオキサジアゾール基で置換されたポリ(チオエーテルケトン)及びポリ(アリールチオエーテル)が光学用途用に開発された(非特許文献20〜22)。これらの重合体の殆どが高い熱安定性及び優れた透明度と低い複屈折を示した。しかしながら、これらの重合体の屈折率は波長589nm(ナトリウムD線)において1.66〜1.72の範囲である。これらは高屈折率材としては十分に高い屈折率であるが、近年さらに高い屈折率を有する材料が要求されている。さらに高い屈折率が達成できていないのは主として次の二つの要因による。一つは、低い硫黄含量である。硫黄含有重合体の屈折率は、主として繰り返し単位中の硫黄含量に依存しているためである(非特許文献23)。もう一つは、フルオレン基及びスルホン基等の立体的に嵩高い置換基が、ポリマー鎖中に大きな空隙を形成し、この空隙が屈折率を低下させる。このように、重合体の屈折率と透明性の両立は重要な課題である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Dislich, H. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1979, 18, 49−59.
【非特許文献2】Masuda, T.; Fuena, Y.; Yoshida, M.; Yamamoto, T.; Takaya, T. J. Appl. Polym. Sci. 2000, 76, 50−54.
【非特許文献3】Nebioglu. A.; Leon, J. A.; Khudyakov. I. V. Ind. Eng. Chem. Res. 2008, 47, 2155−2159.
【非特許文献4】Liu, J. G.; Ueda, M. J. Mater. Chem. 2009, 19, 8907−8919.
【非特許文献5】Ando, S.; Fujigaya, T.; Ueda, M. Jpn. J. Appl. Phys. 2002, 41, L105−L108.
【非特許文献6】Liu, J. G.; Nakamura, Y.; Terraza, C. A.; Suzuki, Y.; Shibasaki, Y.; Ando, S.; Ueda, M. Macromol Chem Phys 2008, 209, 195−203.
【非特許文献7】Liu, J. G.; Nakamura, Y.; Ogura, T; Shibasaki, Y.; Ando, S.; Ueda, M. Chem. Mater. 2008, 20, 273−281.
【非特許文献8】Choi, M−C.; Wakita, J.; Ha, C−S.; Ando, S. Macromolecules. 2009, 42, 5112−5120.
【非特許文献9】Lu, C. L.; Cui, Z. C.; Wang Y. X.; Yang B.; Shen, J. C. J. Appl. Polym. Sci. 2003, 89, 2426−2430.
【非特許文献10】Matsuda, T.; Funae, Y.; Yoshida, M.; Yamamoto, T.; Takaya, T. J. Appl. Polym. Sc. 2000, 76, 45−49.
【非特許文献11】Robb, M. J.; Knauss, D. M. J Polym Sci Part A: Polym Chem. 2009, 47, 2453−2461.
【非特許文献12】Liu, J. G.; Nakamura, Y.; Shibasaki, Y.; Ando, S.; Ueda, M. Macromolecules. 2007, 40, 4614−4620.
【非特許文献13】Terraza, C. A.; Liu, J. G.; Nakamura, Y.; Shibasaki, Y.; Ando, S.; Ueda, M. J Polym Sci Part A: Polym Chem 2008, 46, 1510−1520.
【非特許文献14】You N−H.; Suzuki, Y.; Yorifuji D.; Ando, S.; Ueda, M. Macromolecules. 2008, 41, 6361−6366.
【非特許文献15】You N−H.; Suzuki, Y.; Higashihara, T.; Ando, S.; Ueda, M. Polymer. 2009, 50, 789−795.
【非特許文献16】You N−H.; Fukuzaki, N.; Suzuki, Y.; Nakamura, Y.; Higashihara, T.; Ando, S.; Ueda, M. J Polym Sci Part A: Polym Chem. 2009, 47, 4428−4434.
【非特許文献17】You N−H.; Nakamura, Y.; Suzuki, Y.; Higashihara, T.; Ando, S.; Ueda, M. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem. 2009, 47, 4886−4894.
【非特許文献18】You N−H.; Higashihara, T.; Ando, S.; Ueda, M. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem. 2010, 48, 656−662.
【非特許文献19】Hergenrother, P. M.; Jensen, B. J.; Havens, S. J. Polymer. 1988, 29, 358−369.
【非特許文献20】Matsumura, S.; Kihara, N.; Takata, T. J. Appl. Polym. Sc. 2004, 92, 1869−1874.
【非特許文献21】Seesukphronrarak, S.; Kawasaki, S.; Kobori, K.; Takata, T. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem. 2007, 45, 3073−3082.
【非特許文献22】Kawasaki, S.; Yamada, M.; Kobori, K.; Jin, F.; Kondo, Y.; Hayashi, H.; Suzuki, Y.; Takata, T. Macromolecules. 2007, 40, 5284−5289.
【非特許文献23】Paquet, C.; Cry, P.W.; Kumacheva, E.; Manners, I. Chem. Mater. 2004, 16, 5205−5211.
【非特許文献24】Chem Soc Jap Ed, Chemical Handbook Basic II, Maruzen, Tokyo, 1979, p 520.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、高い屈折率、及び可視領域での高い透明性を同時に達成する、硫黄原子とトリアジン単位を含有する重合体及びその製造方法を提供することである。
【0006】
重合体の屈折率を高めるのに効果的な手段として、−C=N−結合を含有する複素芳香族環等の置換基を重合体中に導入することも可能である。−C=N−結合は、−C=C−結合(モル屈折1.73)に比べて比較的高いモル屈折(4.10)を示すことが報告されている(非特許文献24)。事実、フェニル単位の代わりにピリダジン単位及びピリミジン単位等の複素環を用いると、重合体の高い透明性を維持しつつ屈折率を向上させることができる(非特許文献17)。
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を行い、硫黄原子を含有するトリアジン単位及びその二塩化物が、重合体の屈折率を高めるのに効果的な置換基であることを見出した。
さらに、トリアジン単位及びトリアジン単位の二塩化物は屈折率を向上させる3つの−C=N−結合を含有し、かつチオール基及び水酸基と反応性が高く、穏和な条件で重合体を製造することができることを見出し、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、以下の重合体(ポリ(フェニレンチオエーテル))が提供される。
1.下記式(1)
【化1】

(式中、R及びRは、それぞれ独立して炭素数1〜3のアルキル基及びシアノ基からなる群から選択される基であり、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、m及びnは、0〜4の整数であり、m及び/又はnが2以上である場合、複数存在するR及び/又はRは、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。)で表される構造単位を有する重合体。
2.下記式(1−1)で表される構造単位を有する、上記1に記載の重合体。
【化2】

【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高い屈折率、及び可視領域での高い透明性を同時に達成する、硫黄原子とトリアジン単位を含有する新規な重合体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の重合体の実験的屈折率の波長分散を示すグラフである。
【図2】本発明の重合体の紫外−可視スペクトル(膜厚約10μm)である。
【図3】重合体のTGA及びDSC(2回目のスキャン)トレース(窒素下、10℃/分)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の重合体は、下記式(1)で表される構造単位を有する。
【化3】

【0011】
式(1)中、R及びRは、それぞれ独立して炭素数1〜3のアルキル基及びシアノ基からなる群から選択される基であり、好ましくはシアノ基である。
は炭素数1〜3のアルキル基であり、好ましくはメチル基である。
m及びnは、0〜4の整数であり、m及び/又はnが2以上である場合、複数存在するR及び/又はRは、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
スルフィド基は、ベンゼン環のパラ位に結合していることが好ましい。
【0012】
上記式(1)で表される重合体としては、下記式(1−1)で表される構造単位を有するものが好ましい。
【化4】

【0013】
上記式(1−1)で表される構造単位を有する重合体は、633nmにおける屈折率が1.7492であり、複屈折が0.0041であり、波長400nmにおける光透過率が90%であり、高屈折率と高い透明性を同時に有している。
【0014】
本発明の式(1)で表される重合体は、下記式(2)
【化5】

(式中、R及びR、並びにm及びnは上記式(1)で定義した通りである。)で表されるチオビスベンゼンチオールと、下記式(3)
【化6】

(式中、Rは上記式(1)で定義した通りであり、Halはハロゲン原子である。)で表される6−アルキルチオ−2,4−ジハロ−1,3,5−トリアジンとを相間移動触媒の存在下、室温で重縮合させることによって製造することができる。
【0015】
上記式(3)中のHalは、塩素であることが好ましい。
【0016】
上記式(3)で表される6−アルキルチオ−2,4−ジハロ−1,3,5−トリアジン(硫黄含有トリアジン単量体)は、ハロゲン化シアヌル及びアルキルチオールから、公知の方法で容易に製造できる。
【0017】
上記式(3)で表されるトリアジンジハロゲン化物は芳香族置換反応に対して一般に非常に反応性が高いので、ニトロベンゼン−アルカリ水溶液等の溶媒中、室温で重縮合反応を行うことが好ましい。
【0018】
相間移動触媒としては、例えば、ベンジルトリエチルアンモニウムクロライド(BTEAC)、ベンジルトリフェニルホスホニウムクロライド及びセチルトリメチルアンモニウムブロマイド(CTMAB)等のポリスルフィドの重縮合に広く用いられているものを用いることができる。
【0019】
本発明の重合体の数平均分子量は、通常1,000〜1,000,000である。
本発明の重合体の分子量は、反応時間、反応温度、触媒量等によって調整することができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例によって何ら限定されるものではない。
【0021】
実施例1
式(1−1)で表されるトリアジン単位含有ポリ(フェニレンチオエーテル)の製造
【化7】

【0022】
4,4’−チオビスベンゼンチオール25.04g(0.1モル)と6−メチルチオ−2,4−ジクロロ−1,3,5−トリアジン19.61g(0.1モル)とを、セチルトリメチルアンモニウムブロマイド(CTMAB)の存在下、ニトロベンゼン−アルカリ水溶液中、室温で反応させた。
重合はスムーズに進行し、数平均分子量13000及び重量平均分子量21900の白色固体状の重合体を得た。得られた重合体は、クロロホルム、テトラヒドロフラン、及びテトラクロロエタンに可溶であった。
重合体の構造をH−NMR及びFT−IR分光法で同定した。1473、1245cm−1にIRの特徴的なピークが観察され、それらはトリアジン単位中の−C=N−基及びチオール基(−SH)によるものである。H−NMRスペクトルでは、7.38、7.27、及び2.21ppmで共振するシグナルが、所望の重合体構造と一致している。さらに、13C−NMRスペクトルでは、所望の構造とよく一致する6つの炭素のシグナルが観察された。
【0023】
得られた重合体フィルムの硫黄含量、膜厚、面内屈折率(nTE)、面外屈折率(nTM)、平均屈折率(nav)、複屈折(Δn)を表1に示す。
【表1】

【0024】
重合体の633nmにおける面内屈折率(nTE)及び面外屈折率(nTM)及び633nmにおけるnav値は上記の通りであり、これまでに報告されたポリ(アリーレンスルフィド)のnav値(n<1.72)に比べて非常に高い。
【0025】
波長λ=633、845、1324、及び1558で測定した重合体の屈折率(nav)をプロットし、図1に示す。波長に依存する屈折率(nλ)は簡易化コーシーの公式、nλ=n+D/λ(nは無限大の波長での屈折率であり、Dは分散係数である)に適合する。
【0026】
重合体の高い屈折率は、硫黄原子及びトリアジン単位の、嵩高い置換基を有しない重合体への導入によることは明らかである。さらに、重合体の分子鎖中のチオエーテル結合は、0.0041という低い複屈折Δを与える。
全ての結果が、トリアジン部分を硫黄原子と共に導入することが、高屈折率と、可視領域での高い透明性を有する重合体を製造するのに有効であることを示している。
【0027】
重合体の光の透過スペクトル(無色、約10μm厚)を図2に示す。重合体フィルムのカットオフ波長(λcutoff)は348nmである。トリアジン基はメタ位の結合で主鎖を構成し、トリアジン基に結合したチオメチル基が導入されており、高分子鎖間のパッキングが効果的にされている。そのため、400nmの光透過率は80%を超えている。これらの結果は、重合体にトリアジン単位を導入しても透明性は低下しないことを示している。
【0028】
熱重量分析(TGA)及び示査走査熱量測定(DSC)によって重合体の熱特性を評価し、図3に示した。重合体は、窒素雰囲気で、5%重量損失温度(T5%)が367℃と比較的高い熱安定性を示す。DSCによって測定したガラス転移温度(T)は116℃と比較的高い。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の重合体は、カメラレンズ、反射防止コーティング、通信システム等の光学的用途のための良好な材料となる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化8】

(式中、R及びRは、それぞれ独立して炭素数1〜3のアルキル基及びシアノ基からなる群から選択される基であり、Rは炭素数1〜3のアルキル基であり、m及びnは、0〜4の整数であり、m及び/又はnが2以上である場合、複数存在するR及び/又はRは、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。)で表される構造単位を有する重合体。
【請求項2】
下記式(1−1)で表される構造単位を有する、請求項1に記載の重合体。
【化9】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−219643(P2011−219643A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−91118(P2010−91118)
【出願日】平成22年4月12日(2010.4.12)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】