説明

トリシリルアミンの製造方法

【課題】 より安価かつ容易に高純度なトリシリルアミンを得ることができるトリシリルアミンの製造方法を提供することを目的とする
【解決手段】 ペルヒドロポリシラザンを、無酸素または低酸素雰囲気下で加熱分解するトリシリルアミンの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリシリルアミン(N(SiH)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリシリルアミン(以下、「TSA」とも略記する)は、CVDによる成膜を行う際のケイ素源として有用な化合物として知られている。例えば特許文献1では、窒化珪素膜を成膜する際にTSAを用いることで、高い成膜速度と高い膜の均一性が得られることを報告している。また特許文献2では、高誘電率金属を含有する窒化酸化ケイ素膜を成膜する際に、TSAをケイ素源として使用することにより、シランと有機アミド化合物を用いた場合に比較して炭素不純物量を下げ、かつ金属含有量の制御が容易になることを報告している。
【0003】
一般的合成法を考えた場合、TSAはモノクロロシランとアンモニアより得られるものであるが、モノクロロシランはジクロロシランあるいはトリクロロシランの合成をおこなう際の微量副生成物として得られるものの、それを目的としては量産されていない。一方、モノシランと同様安全に扱うことも難しいことから、従来の合成の報告はモノブロモシランを用いるものが多い(例えば非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第4200666号
【特許文献2】特開2006−16641号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of the American Chemical Society(1954),76,4631−6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の通り、従来法によるTSAの合成法は、特殊な原料を必要とするものであったり、危険なガスを原料とする反応であったりして、工業化する際に問題があった。また、副生するアンモニウム塩酸塩が昇華性のある固体であることから、分離精製が困難で、特に成膜材料として重要なクロルフリーの製品を得ることが困難であった。本発明は、より安価かつ容易に高純度なTSAを得ることができるTSAの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、酸素雰囲気下の焼結によって酸化ケイ素膜の形成に用いる材料であるペルヒドロポリシラザンを、酸素を遮断した雰囲気で熱分解することで容易にTSAが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、ペルヒドロポリシラザンを、無酸素または低酸素雰囲気下で、加熱分解するトリシリルアミンの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
ペルヒドロポリシラザンは、大量に製造されているジクロロシランとアンモニアより一般に製造され、電子材料用としても用いることができるほどの純度が確保されることから、比較的安価かつ安全に取り扱うことが可能な材料であるが、これを熱分解反応させることによってTSAを得ることができる。従って、本発明によれば、安価かつ容易に高純度なTSAを得ることが可能となるTSAの製造方法を提供することができる。さらに、本発明に係るTSAの製造方法では、生成混合物からのTSAの分離精製が容易である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
原料であるペルヒドロポリシラザンは、ケイ素、窒素、水素のみから構成される無機ポリマーであり、全ての側鎖に水素を持つ構造を有している。形状は、直鎖状、一部分岐した直鎖状、分岐状、または網状であってよい。ペルヒドロポリシラザンは、通常、大量入手可能なジクロロシランとアンモニアより製造される(例えば、特開昭60−257824号公報参照)。電子材料用として高純度の物がキシレン、ジブチルエーテル、または炭化水素溶液として市販されており、これを本発明に係るTSAの製造方法の原料として用いることができる。TSA溶液の溶媒は、TSAの沸点と大きく異なる沸点を有するものが分離上好ましく、ペルヒドロポリシラザンの加熱分解時に存在させる場合は、ペルヒドロポリシラザンの分解温度で分解しないものが好ましい。好ましい溶媒としては、トルエン、キシレン、ジブチルエーテル、イソオクタン等が挙げられる。ペルヒドロポリシラザンの分子量は、特に限定されないが、揮発性、溶解性と溶液粘度の点からGPCによる重量平均分子量が200〜10,000であることが好適である。ペルヒドロポリシラザン溶液は、通常、5〜25質量%の濃度で市販されており、そのまま使用しても濃縮してもよいが、好ましい濃度は、バッチ収率と溶液粘度の点から15〜50質量%である。
【0012】
熱分解は、無酸素または低酸素雰囲気下、例えば、減圧下、またはTSAおよびペルヒドロポリシラザンに対し不活性な気体雰囲気中で行う。無酸素または低酸素雰囲気とは、好ましくは、酸素濃度が100ppm以下(酸素濃度0を含む)の雰囲気である。減圧下は、酸素を排除する点から、好ましくは、0.01〜0.9atmの減圧条件である。該不活性な気体としては、水素、窒素や、ヘリウム、ネオン、アルゴン等のいわゆる還元性ガスや希ガス類を挙げることができ、得られたTSAがCVD用に用いるものである場合、製品充填等においてガス交換をする必要がないように、水素、あるいは水素とヘリウム、水素とアルゴンのような水素ガスと希ガスの混合気体を用いることが好ましい。雰囲気ガスを水素ガスおよび/または希ガスより選択される単一ガスまたは混合ガスとして反応系を組むことにより、精製回収されたTSAは、そのままCVD反応用原料ガスとして用いることができる。
【0013】
ペルヒドロポリシラザンのTSAへの熱分解は、特別な触媒を用いることなく、好ましくは300℃以上600℃以下で実効的な反応速度が得られ、それ以上の加熱は装置の安全性等を考慮した場合不要である。また、触媒を用いない場合、例えば300℃以上といった高温条件が必要となるが、不純物の混入が防止されるというメリットがある。300℃未満の温度条件ではペルヒドロポリシラザンの分解がSiH等のTSAとは異なる生成物を主生成物として与える場合があり、また、600℃超の加熱に於いてはTSAの分解を引き起こしてしまう場合があるので好ましくない。
【0014】
一方、上記ペルヒドロポリシラザンのTSAへの熱分解反応は、金属触媒により熱分解温度を下げることができる。好適な金属触媒例としては、アルミニウム化合物を挙げることができる。
【0015】
得られるTSAは、沸点が51℃の物質であり、ペルヒドロポリシラザンと容易に分離可能である。
【0016】
熱分解反応によるTSAの製造方法の具体例の一つとしては、(1)ペルヒドロポリシラザン溶液を減圧下または不活性ガス気流中で加熱して溶媒を除去する工程、(2)溶媒の除去後または溶媒の除去と同時に、減圧下または不活性ガス気流中で、加熱によりペルヒドロポリシラザンを熱分解させる工程、(3)(2)の工程で得られた生成物の蒸留を行う工程を含む製造方法により実施することができる。上記(2)の工程と上記(3)の工程の間に、上記(2)の工程での生成物を冷却して一旦凝縮させる工程を任意に加えることもできる。
【0017】
熱分解させる工程では、例えば、上記不活性なガスで置換した反応容器中にペルヒドロポリシラザン有機溶剤溶液を導入し、有機溶剤を留去しつつ、あるいは留去後に上記温度での加熱を行うことで分解反応を起こすことができる。ペルヒドロポリシラザンは、無触媒の場合、上記300℃以上の熱分解温度に加熱されると、TSAへの熱分解反応を起こし、TSAが生成する。該熱分解反応では、副生成物として、極めて少量のシラン、アンモニア、シクロトリシラザン等が生成する場合もある。また、溶剤留去後、300℃に達するまでの間、上記副生成物が生成し、混入する可能性がある。これらの副生成物は、TSAと沸点が大きく異なるため、副生成物から容易にTSAを分離精製することができる。また、上記温度範囲で生じる熱分解成績体混合物は殆ど残渣を含まないため、熱分解反応は連続操作でも回分操作によっても行うことができる。
【0018】
熱分解反応を連続で行う場合、例えば、反応用装置の反応器中に上記不活性なガスを導入し、上記熱分解反応温度が得られるよう表面温度が管理された反応用装置に上記ペルヒドロポリシラザンの有機溶剤溶液を滴下していく方法をとることができる。
【0019】
上記反応用装置としては、例えば発熱体で回りを覆ったガラス管や、赤外線照射により所定領域を加熱するランプ加熱装置、または高周波照射により特定の金属をキュリーポイントまで加熱する装置などを用いることができる。
【0020】
上記反応用装置の表面温度が上記熱分解温度の範囲に入るようにペルヒドロポリシラザン溶液を滴下することにより、溶剤が留去され、同時に熱分解反応が起き、TSAが発生する。
【0021】
上記反応工程で熱分解反応により生じたTSAは蒸留精製を行うことによって単離することができるが、より高純度なTSAを得るためには、上記連続反応工程で発生したTSAを含む生成ガスを反応器から冷却器に送って冷却し、一旦液化したものの蒸留を行うことが好ましい。この際、比較的コンパクトな冷却器で、発生したTSAをできる限り完全に回収するようにするためには、冷却部の温度は0℃以下とすることが好ましく、更に好ましくは−20℃以下である。
【0022】
更に、上記液化回収されたTSAを含む熱分解反応成績体の蒸留を行うことにより、沸点51℃のTSAを単体として回収することができる。
【0023】
一方、回分反応で行う場合、例えば次のような方法を採ることができる。すなわち、連続反応で行う場合と同様反応器中に上記不活性なガスを導入し、反応容器に上記ペルヒドロポリシラザン有機溶剤溶液を入れ、加熱して大半の溶剤を留去する。次に反応容器温度を上記熱分解温度範囲まで上昇させることで、TSAを発生させることができる。
【0024】
また、別法として、分解反応が得られる温度に保たれた反応領域に上記ペルヒドロポリシラザン溶液を滴下する代わりに、ペルヒドロポリシラザン溶液を内包するボートを挿入する方法とすることもできる。
【0025】
あるいは反応容器より発生する生成ガスとして、有機溶剤含有量のなるべく低いものを得たい場合には、あらかじめ予備加熱により溶媒を蒸発させたペルヒドロポリシラザン膜を装置の所定領域に導入して加熱する方法を用いることができる。
【0026】
発生したTSAは連続反応の場合と同様、冷却することで回収することができるが、回分で行った場合には、有機溶剤を予め別回収することにより、熱分解生成物を回収した際の成績体としてTSA濃度の高い混合物を得ることができる。有機溶剤の別回収は、留去等の公知の方法を使用し、有機溶剤の種類に応じた適当な温度で行うことができる。また、最終的に精製TSAは連続反応と同様、蒸留することにより得ることができる。
【0027】
また、上記熱分解反応は残渣を殆ど生じないため、1回の反応を終了した後、一旦反応容器の温度を下げ、再び前駆体であるペルヒドロポリシラザンを導入して、次の反応を行うことができる。
【0028】
なお、上記熱分解反応は、金属触媒を用いることによって熱分解温度を下げることができる。
【0029】
本発明に係るTSAの製造方法によれば、20〜90%の収率でTSAを製造することも可能である。ペルヒドロポリシラザン溶液を用いた場合、溶媒の沸点とTSAの沸点との差が大きいと、純度の高いTSAを得ることができる。
【実施例1】
【0030】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明に係るTSAの製造方法は下記実施例によって制限されるものではない。
【0031】
以下の実施例において、熱反応は、日本分析工業製キュリーポイントパイロライザー JHP−22を用いて行い、生成物の解析は、ガスクロマトグラフィー装置として島津製作所製GC−17Aを、また、生成物の同定には、GC−MS装置として島津製作所製GCMS−QP5050Aを用いて行った。ペルヒドロポリシラザンはクラリアント社製のアクアミカ NN110(20質量%キシレン溶液)を用いた。
【0032】
[実施例1−16、比較例1、2]
パイロホイルで包んだアルミカップ中に、20質量%のペルヒドロポリシラザンのキシレン溶液(5mg)を仕込み、不活性ガス雰囲気(Heガスまたは水素ガス)中で加熱しキシレンを揮発させた後、キュリーポイントパイロライザーにセットし、15秒間高周波を印加することにより590℃、500℃、485℃、445℃、423℃、386℃、358℃、333℃、または280℃の温度にそれぞれ加熱した。熱分解生成物はそのままGC−MSに導入され、得られたマススペクトルを標準物質と比較することにより同定した。熱分解雰囲気は、ヘリウム、あるいは水素を用いた。表1において、○は熱反応によりTSAの生成が確認されたもの、×はTSAの生成が確認されなかったものを示す。なお、×として示したものは、加熱終了後にアルミカップの中にペルヒドロポリシラザンが残存していたが、○で示したものでは、内容物は消失していた。
【表1】

【0033】
[実施例17]
排気系にガス処理設備(シランガス用)を備えたガラス製真空ラインに2口のフラスコをセットし、ペルヒドロポリシラザンの20質量%キシレン溶液を30g仕込み、0.1atmの減圧にしてキシレンを揮発除去し、ペルヒドロポリシラザン膜を得た。次いでアルゴンを通じながら1.0atmの常圧に戻し、同様、アルゴン流下で、上記2口フラスコを壁温が400℃になるまで徐々に加熱し、さらに400℃にて30分温度を維持した。熱分解して発生したガスは、フラスコよりドライアイス/メタノールで−78℃に冷却したトラップに誘導し、凝縮させて回収した。次に、得られた混合物を徐々に室温に戻し、緩やかに加熱し精留することにより50〜51℃の留分として3.8gのTSAを得た。得られたTSAの純度は、99.8%であり、収率は63%であった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、より安価かつ容易に高純度なTSAを得ることができるTSAの製造方法を提供することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペルヒドロポリシラザンを、無酸素または低酸素雰囲気下で加熱分解するトリシリルアミンの製造方法。
【請求項2】
前記加熱分解が、300〜600℃で行われる、請求項1に記載のトリシリルアミンの製造方法。
【請求項3】
前記無酸素または低酸素雰囲気下が、ペルヒドロポリシラザンおよびトリシリルアミンに対し不活性ガスの雰囲気下、または減圧下である、請求項1または2に記載のトリシリルアミンの製造方法。
【請求項4】
前記不活性ガスが、水素ガスおよび希ガスからなる群より選択される1種以上のガスを含む、請求項3に記載のトリシリルアミンの製造方法。
【請求項5】
前記ペルヒドロポリシラザンが、有機溶剤に溶解させたものである、請求項1〜4のいずれかに記載のトリシリルアミンの製造方法。


【公開番号】特開2011−162543(P2011−162543A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3356(P2011−3356)
【出願日】平成23年1月11日(2011.1.11)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】