説明

トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤

【課題】ヒトを含む動物感染性トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤として臨床できる。
【解決手段】下記式





で示されるKS−505aを有効成分として含有するヒトを含む動物感染トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト感染性トリパノソーマ原虫類として、例えばガンビアトリパノソーマ原虫及びローデシアトリパノソーマ原虫、動物感染性トリパノソーマ原虫類として、例えばTrypanosoma brucei brucei(ナガナ病) 、ツェツェバエ非媒介性トリパノソーマ原虫類として、例えば Trypanosoma evansi ( スーラ病) 等の原虫の増殖をテトラテルペノイド系抗生物質KS−505aで抑制することによりトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療に有効なトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
世界保健機関(WHO )の熱帯病特別研究訓練計画は人類の中で制圧しなければならない8大熱帯病として、主に開発途上国での疾患であるマラリア、トリパノソーマ症(アフリカ睡眠病とシャーガス病) 、リーシュマニア症、住血吸虫症、フィラリア症、ハンセン氏病、結核及びテング熱を挙げている。これらの疾患のうち、アフリカ睡眠病またはアフリカトリパノソーマ症とも呼ばれるトリパノソーマ症は、主にアフリカ地域で流行している再興原虫感染症であり、年間推定感染者が1830万人以上で年間死亡者が約5万人に及ぶとされている。
【0003】
特にヒトに寄生するトリパノソーマ原虫類にはTrypanosoma 亜属の原虫であるガンビアトリパノソーマ原虫 (Trypanosoma brucei gambiense) 及びローデシアトリパノソーマ原虫 (Trypanosoma brucei rhodesiense) の2種類に分類され、前者は慢性睡眠病、後者は急性睡眠病を引き起こす。感染末期には中枢神経系に原虫が移行し、トリパノソーマ原虫感染者の80%以上が昏睡状態に陥り、死に至るという死亡率の高い感染症である。これらのトリパノソーマ原虫はツェツェバエによって媒介される。
【0004】
さらに、ガンビアトリパノソーマ原虫及びローデシアトリパノソーマ原虫は人畜共通寄生種でもあり、ウシ、ウマ、ヒツジ等の家畜及びガゼルやヌー等の野生動物にも寄生する。これらの動物は保有宿主となるが発症しない。またヒトに寄生せず、家畜動物に寄生するその他のトリパノソーマ原虫も存在する。Trypanosoma 亜属の原虫であるTrypanosoma brucei brucei(ナガナ病) 、Nannomonas亜属の原虫であるTrypanosoma congolense (ナガナ病) 、Duttonella亜属の原虫であるTrypanosoma vivax vivax (ズーマ病) 等があり、これらの原虫が感染すると動物種により致死的な感染経過をたどる。これらもまたアフリカにのみ生息するツェツェバエによって媒介される。
【0005】
ツェツェバエが生息する地域はアフリカ大陸のサハラ砂漠以南の東海岸から西海岸の36カ国1,000 万平方Kmに及ぶ地域で1億5000万頭以上の家畜動物がこれらのトリパノソーマ症の脅威に曝されている現状である。さらに、アブ、サシバエ等の各種吸血昆虫の機械的伝搬等により動物に感染するツェツェバエ非媒介性トリパノソーマ原虫類として、Trypanosoma 亜属の原虫であるTrypanosoma equiperdum (媾疫病) 、Trypanosoma evansi (スーラ病) 、Duttonella亜属の原虫であるTrypanosoma vivax viennei (セカデラ病) がある。特にスーラ病はアフリカ、中南米、東南アジア、中国、中近東、インド等世界的流行がみられる。近年さらに流行が拡大傾向にあり、日本への侵入を警戒する最も高い動物トリパノソーマ症である。
【0006】
これらのトリパノソーマ原虫類に対する既存のヒトの抗トリパノソーマ原虫剤としては、過去半世紀の間スラミン(1923年開発)、ペンタミジン(1939年開発)、メラルソプロール(1953年開発) 等の古典的薬剤及びエフロニチン(1978年開発) 等の化学合成医薬品が長く用いられていた。スラミンはガンビアトリパノソーマ原虫及びローデシアトリパノソーマ原虫の感染初期に有効であるが腎毒性がある。
【0007】
ペンタミジンは、ガンビアトリパノソーマ原虫の感染初期に有効であるがローデシアトリパノソーマ原虫には無効であり、血圧低下や血糖減少の副作用がある。砒素剤のメラルソプロールは血液脳関門を通過することより、ガンビアトリパノソーマ原虫及びローデシアトリパノソーマ原虫の感染末期(中枢神経症状)に有効であるが、中枢神経系への副作用が強いために脳症を起こす。また、メラルソプロールに対する耐性原虫株も出現している。
【0008】
エフロニチンは血液脳関門を通過することより、メラルソプロールが効かない耐性のガンビアトリパノソーマ原虫の感染末期に有効であるが、ローデシアトリパノソーマ原虫には無効である。これらの薬剤は古く、有効性は徐々に低下している。また、動物のアフリカトリパノソーマ症の治療にはジミナゼン、イソメタジウム、変異原性物質のホミジウム、スラミン、キナピラミン等が使用されてきた。特にこれらの薬剤が長期間大量に使用されてきたため、現在、薬剤耐性原虫が各地で出現し、これらの抗トリパノソーマ剤としての有用性は著しく低下しており、大きな問題となっている。
【0009】
アフリカ睡眠病では新規な薬剤の開発の遅れから古典的な副作用の強い既存薬剤が治療に用いられているのが現状であり、いずれも世界規模で有効な新規な薬剤等の開発が求められている。このように、既存のヒトの抗トリパノソーマ剤は原虫の種類及び感染のステージによって有効性が異なるものや薬剤耐性原虫株の出現がみられるものがある。抗トリパノソーマ原虫剤として原虫の種類及び感染のステージを問わず有効な薬剤、ローデシアトリパノソーマ原虫や感染末期(中枢神経症状)に特異性のある薬剤でしかも副作用の少ない新規な骨格を持った抗トリパノソーマ剤の開発が地球規模で望まれている。
【0010】
特にアフリカ睡眠病の流行地域は、1960年頃までには多くの植民地政権がアフリカ各地にツェツェバエのコントロール等を行いアフリカ睡眠病が一時制圧されかけていた様相であったが、1960年〜1975年にアフリカの国々の独立運動及び内乱等による政情の悪化や、民族独立政権樹立後の経済力低下等の影響でアフリカ睡眠病が再興感染症として流行しており、これらの地域に属する開発途上国では極めて深刻な問題であり、寄生虫感染症による死亡原因の第1位はマラリアであるが第2位はトリパノソーマ症である。
【0011】
本発明者らは、トリパノソーマ原虫にin vitro及び in vivoで有効な化合物を微生物代謝産物より探索すべく鋭意研究したところ、意外にもカルモジュリン依存性環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ阻害作用を有するテトラテルペノイド構造の生理活性物質KS−505aがトリパノソーマ原虫類の増殖抑制に対して優れた有効性を有することを見出した。
【0012】
KS−505aはストレプトマイセス・アルゲンテオルスA−2(FERM BP-2065)より生産されることは既に知られている。例えばジャーナル・オブ・アンチビイオティクス(J. Antibiot.)第45巻、341〜347頁(1992年)及び特許第2779855号に製造法及び性状が記載されており、各種NMR等による構造解析により絶対構造が第33回天然物有機化合物討論会講演要旨集、707〜713頁(1992)に報告され、カルモジュリン依存性環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ阻害作用を有すること、さらに培養神経系細胞NG108−15の突起伸長作用を有することが報告されたが、抗トリパノソーマ原虫剤としての有効性についての報告はなされていなかった。
【0013】
本発明者らは、既に報告されたテトラテルペノイド構造の生理活性物質KS−505a [Nakanishi S.; K. Osawa, Y. Saito, I. Kawamoto, K. Kuroda & H. Kase: KS-505a, a novel inhibitor of bovine brain Ca2+ and Calmodulin-dependent cyclic-nucleotidephosphodiesterase from Streptomyces argenteolus. J. Antibiot. 45 :341 〜347, 1992]が、抗トリパノソーマ原虫活性を有することを新たに見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、化学療法によりヒト感染トリパノソーマ原虫類、例えば、ガンビアトリパノソーマ原虫やローデシアトリパノソーマ原虫及び家畜感染性トリパノソーマ原虫類の増殖抑制を生理活性物質KS−505aで行うことによって、臨床に有効なヒト及び動物感染トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の如く課題を解決すべく、本発明は請求項1に記載した下記式
【0016】
【化1】

で表されるKS−505aを有効成分として含有する、ヒト及び家畜感染トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤である。
【0017】
本発明はさらに、トリパノソーマ原虫類の増殖を抑制することからなるトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤に関し、ヒト感染性及び動物感染性トリパノソーマ原虫類であって、該トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤が注射剤、点滴剤等として非経口的投与形態で用いられるヒト及び家畜感染トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤である。
【0018】
前記の式で表されるKS−505aの製造方法及び各種NMR等による構造解析による絶対構造は、Nakanishi S.; K. Osawa, Y. Saito, I. Kawamoto, K. Kuroda & H. Kase: KS-505a, a novel inhibitor of bovine brain Ca2+ and Calmodulin-dependent cyclic-nucleotide phosphodiesterase from Streptomyces argenteolus. J. Antibiot.45: 341〜347, 1992、特許第2779855号(1988年)及び齋藤裕、生稲洋二、安澤亨、垣田信吾、中西聡、好田真由美、佐野浩:第33回天然物有機化合物討論会講演要旨集、707〜713、1992に詳細に記載されている。その作用は、カルモジュリン依存性環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ阻害剤、培養神経系細胞NG108−15の突起伸長作用物質として報告されている。
【0019】
KS−505aの製造方法は、適量の組成の炭素源、窒素源、無機塩類等を含む種培地にKS−505a生産菌を接種し、27℃で48〜96時間振盪培養を行い、種母とする。この種母を各々30L容ジャー・ファーメンター2基の中に入った適量の組成の炭素源、窒素源、無機塩類等を含むKS−505a生産液体培地18Lに植菌し、27℃で120時間通気攪拌培養する。
【0020】
このようにして得られる培養液36Lを遠心分離し、上清と菌体に分離した。上記の培養上清液をダイアイオンHP−20カラムクロマトグラフィー、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、さらに逆相のODSのHPLCにて白色粉末33mgのKS−505aを得た。
【0021】
上記において用いられる炭素源としては、例えばブドウ糖、ショ糖、糖蜜、澱粉、デキストリン、セルロース、グリセリン等が単独または組み合わせて用いられる。窒素源としては、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、大豆粉、コーン・スティ−プ・リカー、綿実粕、カゼイン等が単独または組み合わせて用いられる。更に無機塩類としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、リン酸塩等が挙げられ、必要に応じて添加される。
【0022】
本化合物を各種疾病の予防・治療剤として投与する場合、注射剤、点滴剤、座剤として非経口的に投与してもよい。投与量は症状の程度、年齢、疾患の種類等により異なるが、通常成人1日当たり約50mg〜500mgを1日1〜数回に分けて投与する。製剤化の際は通常の製剤担体を用い、常法により製造する。注射剤を調製する場合には、主薬に必要によりpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、可溶化剤等を添加し、常法により皮下、筋肉内及び静脈内用注射剤とする。
【発明の効果】
【0023】
化合物KS−505aはヒトを含む動物感染性トリパノソーマ原虫類にin vitroで抗トリパノソーマ原虫活性を有し、in vivo 系の Trypanosoma brucei brucei(ナガナ病)及びローデシアトリパノソーマ原虫急性感染実験モデルに対して治癒、増殖抑制または延命効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
化合物KS−505aは中西らの方法によるJ. Antibiot.45: 341〜347, 1992に記載の方法を若干改良して調製した。すなわち、適量の組成の炭素源、窒素源、無機塩類等を含む種母培養液体培地300ml にストレプトミセス・アルゲンテオルスA−2(FERM BP-2065)株を接種し、27℃で48時間振盪培養を行い、種母とした。
【0026】
この種母を各々60L容ジャー・ファーメンタ1基に適量の組成の炭素源、窒素源、無機塩類等を含むKS−505a生産培養培地30Lに植菌し、27℃で120時間通気攪拌培養した。このようにして得られた培養液30Lを遠心分離し、上清と菌体に分離した。上清からのKS−505aの精製方法は、得られた培養上清をダイアイオンHP−20カラムクロマトグラフィーに吸着させ、水、50%メタノール溶液、メタノール溶液で順次水洗後、1%アンモニア−メタノール溶液にて溶出し、この溶出液を水溶液まで減圧濃縮し、得られた水溶液を酢酸エチルで抽出し、減圧濃縮し、抽出物を得る。
【0027】
上記の抽出物をクロロホルム−メタノール−エタノ−ル−水を溶出溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、KS−505aを含む溶出画分を濃縮し、この精製物を逆相のODSのHPLCにてKS−505aの白色粉末30mgを得た。
【実施例2】
【0028】
前記のトリパノソーマ原虫のナガナ病の起因原虫 Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1株(名古屋市立大学医学部藪義貞講師より分与可能)及びローデシアトリパノソーマ原虫 (Trypanosoma brucei rhodesiense )のSTIB900 株 [Prof. R. Brun (Swiss Tropical Institute, Basel, スイス国)より分与可能]に対するin vitroでのKS−505aの抗トリパノソーマ活性の測定は、乙黒らの方法 [Otoguro, K., Ishiyama, A. Namatame, M.Nishihara, A. Furusawa, T. Masuma R. Shiomi, K., Takahashi, Y. Yamada, H. and Omura, S.: Selective and potent in vitro antitrypanosomal activities of ten microbial metabolites. J. Antibiotics, 61: 372〜378, (2008)]に従って行った。
【0029】
試験原虫として Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1株は、藪らの方法 [Yabu T, Koide T, Ohta N, Nose M, Ogihara Y. Continuous growth of bloodstream forms of Trypanosoma brucei brucei in axenic culture system containing a low concentration ofserum. Southeast Asian J. Trop. Med. Public Health, 29: 591-595 (1998)] を若干改変し、維持、継代を行ったものを用いた。すなわち、24well plateの各well内で、10%非動化牛胎児血清(FBS)、抗生物質及び種々の補給剤添加IMDM培地を用い、37℃にて5%CO2 −95%air下で培養を行い、1〜3日毎に培地交換して連続培養を行った。
【0030】
試験原虫として Trypanosoma brucei rhodesiense STIB900 株は、BALTZ らの方法[Baltz T, Baltz D, Giroud Ch, Crockett J. Cultivation in a semi-defined medium of animal infective forms of Trypanosoma brucei, T. equiperdum, T. evansi, T. rhodesiense and T. gambiense. EMBO J. 4:1273-1277 (1985)]を若干改変し、維持、継代を行ったものを用いた。すなわち、24well plateの各well内で、15%非動化馬血清(HS)、抗生物質及び種々の補給剤添加MEM培地を用い、37℃にて5%CO2 −95%air下で培養を行い、1〜3日毎に培地交換して連続培養を行った。
【0031】
薬剤感受性試験及び原虫増殖の測定は、RAZ らの方法 [Raz B, Iten M, Grether-Buhler Y, Kaminsky R, Brun R. The Alamar Blue assay to determine drug sensitivity of African trypanosomes (T. b. rhodesiense and T. b. gambiense) in vitro. Acta Trop. 68: 139-147 (1997)] 及びTASDEMIRらの方法 [Tasdemir D, Kaiser M, Brun R, Yardley V, Schmidt T. J, Tosun F, Ruedi P. Antitrypanosomal and antileishmanial activites of flavoids and their analogues: In vitro, in vivo, structure-activity relationship, and quantitative structure-activity relationship studies. Antimicrob. Agents Chemother. 50: 1352-1364 (2006)]を改変し、Alamar Blue試薬(Sigma-Aldrich 社製、米国)にて原虫の酸化還元電位を蛍光定量する方法で行った。
【0032】
すなわち、薬剤感受性試験は96well plateの各wellに前培養された各原虫浮遊液 (Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1 株の場合には原虫数2.0-2.5 x 104 個/mlに調整し、Trypanosoma brucei rhodesiense STIB900株の場合には原虫数2.0-3.0 x 104 個/mlに調整する) 95μl と化合物の溶液(5%ジメチルスルホキサイド溶液)5μl を添加し、混和後、5%CO2 −95%air下で72時間培養を行った。
【0033】
培養終了後、原虫増殖の測定は96well plateの各wellにAlamar Blue 試薬10μl を添加、混和し、5%CO2 −95%air下で3−6時間培養後、原虫の酸化還元電位を蛍光マイクロプレートリーダー (Bio-Tek 社製、米国) にて励起波長528/20nm、蛍光波長590/35nmでの蛍光強度を測定することにより、原虫の増殖の有無を比色定量した。本化合物の50%原虫増殖阻止濃度(IC50値)は蛍光マイクロプレートリーダー付属softwareのKC-4(Bio-Tek 社製、米国)の化合物濃度作用曲線より求めた。本発明に用いたKS−505aと既知の抗トリパノソーマ原虫剤の培養トリパノソーマ原虫類に対する抗トリパノソーマ原虫活性は下記に示す通りであった。
【0034】
培養トリパノソーマ原虫類に対する既知の抗トリパノソーマ原虫剤としては、スラミン、メラルソプロール及びエフロニチン[(Prof. R. Brun, Swiss Tropical Institute, Basel, スイス国)より分与]及びペンタミジン(Sigma-Aldrich 社製、米国)がそれぞれ用いられた。また、試験原虫株として、Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1 株及びTrypanosoma brucei rhodesiense STIB900株を用いた。
【0035】
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IC50値 (μg/ml)
Trypanosoma brucei
化合物 brucei GUTat 3.1 株 rhodesiense STIB900 株
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KS-505a 1.03 1.66
メラルソプロール 0.000011 0.00094
ペンタミジン 0.0016 0.0015
スラミン 1.58 0.052
エフロニチン 2.27 1.04
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【0036】
本発明に用いた化合物KS−505aは Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1株に対して優れた抗トリパノソーマ原虫活性を示した。その活性は既存の抗トリパノソーマ原虫剤と比較すると、スラミン及びエフロニチンと同等かそれ以上の抗トリパノソーマ原虫活性を示すが、メラルソプロール及びペンタミジンの1/644 〜1/93,636倍の抗トリパノソーマ原虫活性を示した。
【0037】
さらに、Trypanosoma brucei rhodesiense STIB900株に対してTrypanosoma brucei brucei GUTat 3.1 株と同等の優れた抗トリパノソーマ原虫活性を示した。その活性は既存の抗トリパノソーマ原虫剤と比較すると、エフロニチンと同程度の抗トリパノソーマ原虫活性を示すが、メラルソプロール、ペンタミジン及びスラミンの1/32〜1/1,766 倍の抗トリパノソーマ原虫活性を示した。
【0038】
このことから、本化合物KS−505aは Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1株とTrypanosoma brucei rhodesiense STIB900株に対して同程度の活性があり、しかもTrypanosoma brucei brucei GUTat 3.1 株に対して既存のスラミン及びエフロニチンと同等かそれ以上の優れた活性を示し、Trypanosoma brucei rhodesiense STIB900株に対して既存のエフロニチンと同等の活性を示す。
【実施例3】
【0039】
本発明に用いた生理活性物質KS−505aの細胞毒性試験は乙黒らの方法 [Otoguro,K., Kohana, A., Manabe, C., Ishiyama, A., Ui, H., Shiomi, K., Yamada, H. and Omura, S.: Potent antimalarial activity of polyether antibiotic, X-206. J. Antibiotics, 54: 658-663, (2001)] に準じて行った。すなわち、宿主細胞のモデルとしてヒト胎児肺由来正常繊維芽細胞MRC−5細胞 [Dr. L. Maes (Tibotec NV, Mechelen,ベルギー国) より分与可能] を10%牛胎児血清 (FCS)及び抗生物質添加MEM培地にて維持、継代培養を行ったものを用いた。
【0040】
ヒト胎児肺由来正常繊維芽細胞MRC−5細胞を10%FCS−MEMにて1 x 103 cell/wellになるように浮遊液を調整し、96well plateに100μl を添加し混和後、37℃にて5%CO2 −95%air下で24時間培養を行った後、各wellに10%FCS−MEM90μl とKS−505aの溶液(5%ジメチルスルホキサイド溶液)10μl を添加し、混和後、前述のガス下で7日間培養を行った。MRC−5細胞の増殖の有無はMTT法にて比色定量した。KS−505aの50%原虫増殖阻止濃度 (IC50値) は化合物濃度作用曲線より求めた。その結果は下記の通りであった。
【0041】
培養ヒト細胞に対するKS-505aの細胞毒性
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IC50値 (μg/ml)
化合物 MRC-5 細胞
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KS-505a >27.33
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【0042】
本発明に用いた生理活性物質KS−505aのヒト胎児肺由来正常繊維芽細胞MRC−5細胞に対する細胞毒性 (IC50値) は >27.33 μg/mlであり、抗トリパノソーマ原虫活性との選択毒性比 (細胞毒性のIC50値/抗トリパノソーマ原虫活性のIC50値) は Trypanosoma brucei brucei GUTat 3.1株で >26.5、Trypanosoma brucei rhodesiense STIB900株で>16.5 であり、中程度の選択毒性を示した。
【実施例4】
【0043】
本発明に用いた化合物KS−505aのトリパノソーマ原虫類 T. b. brucei S427株 (大阪大学微生物病研究所木下タロウ教授より分与可能) 及び T. b. rhodesiense STIB900株による急性感染実験モデルに対するin vivo での治療効果の測定は以下の通り行った。
【0044】
すなわち、供試動物としてはICRマウス(日本チャールス・リバー社、日本国) の雌、体重20〜25gの一群4匹を用いた。T. b. brucei S427 株の急性感染実験モデルは、凍結保存されていた原虫を融解し、原虫数1 x 104 個/マウスに調整し、腹腔内接種にて感染させた。治療実験は、感染日をday 0とすると、感染24時間 (day 1)後に本化合物の溶液 (10% ジメチルスルホキサイド-Tween 80/エタノール (7:3) 溶液) を腹腔内(i.p.)投与し、以後1日1回3日間連続投与し (days 2〜4)、day 4 で尾静脈血をスライドグラスに取り、顕微鏡下で血中原虫数(parasitaemia)を観察し、以後 day 30 まで週2回parasitaemiaを観察した。
【0045】
さらに、各マウスの感染死亡日から各投与群の平均生存日数(Mean Survival Day: MSD)を算出する。感染後day 30までparasitaemiaが観察されず生存している場合を治癒とした。本化合物非投与群のマウスの parasitaemia 及び MSDより治療効果を判定した。
【0046】
T. b. rhodesiense STIB900 株の急性感染実験モデルは、凍結保存されていた原虫を融解し、原虫数3.0 x 104 個/マウスに調整し、腹腔内接種にて感染させた。治療実験は、感染日をday 0とすると、感染3日(day 3) 後に本化合物の溶液 (10% ジメチルスルホキサイド-Tween 80/エタノール(7:3) 溶液) を腹腔内 (i.p.) 投与し、以後1日1回3日間連続投与し (days 4〜6)、day 6 で尾静脈血をスライドグラスに取り、顕微鏡下で血中原虫数(parasitaemia)を観察し、以後day 60まで週2回parasitaemiaを観察した。
【0047】
さらに、各マウスの感染死亡日から各投与群のMSDを算出する。感染後day 60まで parasitaemia が観察されず生存している場合を治癒とした。本化合物非投与群のマウスのparasitaemia及びMSDより治療効果を判定した。
【0048】
2種のトリパノソーマ原虫感染モデル、すなわち T. b. brucei S427株及びT. b. rhodesiense STIB900 株の急性感染実験モデルに対する化合物KS−505a及び既存薬剤ペンタミジンの腹腔内投与による治療効果、すなわち化合物による治癒効果及び平均生存日数(Mean Survival Day: MSD)を求めた。その結果は下記の通りであった。
【0049】
──────────────────────────────────────
平均生存日数
治癒マウス数/ 投与群: 非投与群:
化合物 投与量 感染させたマウス数 MSD (day) MSD (day)
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T. b. brucei S427株の急性感染実験モデル
KS-505a 30 x 4 4/4 >30 4.4
KS-505a 10 x 4 0/4 13.0 4.4
ペンタミジン 1 x 4 4/4 >30 4.4
ペンタミジン 0.2 x 4 1/4 >17.3 6.0
T. b. rhodesiense STIB900株の急性感染実験モデル
KS-505a 42 x 4 1/4 >28.5 8.0
ペンタミジン 20 x 4 2/4 >49.3 8.5
ペンタミジン 10 x 4 1/4 >45.8 8.5
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【0050】
T. b. brucei S427 株の急性感染実験モデルにおいて、化合物KS−505aは投与量30mg/kgで原虫を感染させたマウス4匹全てにday 30まで parasitaemia が観察されず、さらに生存が見られたことより治癒する効果が認められた。さらに、投与量10mg/kgでは、治癒効果は見られなかったが、非投与群 (MSD:4.4)に比べて約3倍 (MSD:13.0) の延命効果が認められた。
【0051】
既存の抗トリパノソーマ剤のペンタミジンは投与量1mg/kgで原虫を感染させたマウス4匹全てに治癒する効果が認められ、投与量 0.2mg/kgでは、25%の治癒効果が見られ、非投与群 (MSD:6.6)に比べて>2.9倍 (MSD:>17.3)の延命効果が認められた。このことより少なくとも化合物KS−505aは T. b. brucei S427株の急性感染実験モデルにおいて、ペンタミジンの1/30〜1/50の治療効果を有することが示された。
【0052】
さらに、T. b. rhodesiense STIB900 株の急性感染実験モデルにおいて、化合物KS−505aは投与量42mg/kgで原虫を感染させたマウスの25%に治癒効果が見られ、非投与群の(MSD:8.0) に比べて>3.6倍(MSD:>28.5) の延命効果が認められた。
【0053】
既存の抗トリパノソーマ剤のペンタミジンは投与量20及び10mg/kgで各々原虫を感染させたマウスの50%及び25%に治癒効果が見られ、非投与群 (MSD:8.5)に比べて各々>5.8倍 (MSD:>49.3)及び>5.3倍 (MSD:>45.8)の延命効果が認められた。このことより少なくとも化合物KS−505aは T. b. rhodesiense STIB900株の急性感染実験モデルにおいて、ペンタミジンの1/4の治療効果を有することが示された。
【0054】
マウスを供試動物とした連続投与毒性試験 (5, 25, 30, 50 mg/kg を2時間毎に投与) でKS−505aを腹腔内投与した場合、総投与量100mg/kg投与において致死するに至らなかった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
化合物KS−505aはヒトを含む動物感染性トリパノソーマ原虫類にin vitroで抗トリパノソーマ原虫活性を有し、in vivo系のTrypanosoma brucei brucei(ナガナ病)及びローデシアトリパノソーマ原虫急性感染実験モデルに対して増殖抑制、治癒または延命治療効果を示すことから、トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤として臨床できることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式
【化1】






で表されるKS−505aを有効成分として含有する、トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤。
【請求項2】
トリパノソーマ原虫類の増殖を抑制することからなる請求項1記載のトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤
【請求項3】
トリパノソーマ原虫類が、ヒトを含む動物感染性トリパノソーマ原虫であって、ガンビアトリパノソーマ原虫、ローデシアトリパノソーマ原虫、Trypanosoma brucei brucei(ナガナ病) 、Trypanosoma evansi (スーラ病) の群から選ばれた一つである請求項1または2に記載のトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤。
【請求項4】
トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤がトリパノソーマ原虫に対して有効である請求項1ないし3のいずれかに記載のトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤。
【請求項5】
トリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤が非経口的投与形態である請求項1ないし3のいずれかに記載のトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤。
【請求項6】
ヒトを含む動物感染性トリパノソーマ原虫であって、ガンビアトリパノソーマ原虫、ローデシアトリパノソーマ原虫、Trypanosoma brucei brucei (ナガナ病) 、Trypanosoma evansi (スーラ病) の群から選ばれた疾患の感染予防及び治療のための医薬の製造に用いられるトリパノソーマ原虫類の感染予防・治療剤。


【公開番号】特開2010−18562(P2010−18562A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−181066(P2008−181066)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】