説明

トリフルオロメタンスルホン酸を用いたアリールO−グリコシドおよびアリールC−グリコシドのアシル化

【課題】 簡便で様々な置換基に応用が可能なアリールO-グリコシドおよびアリールC-グリコシドの誘導体の合成法を提供すること。
【解決手段】 アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドのアリール基をフリーデルクラフツ反応によりアシル化する方法であって、アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドを、トリフルオロメタンスルホン酸およびカルボン酸ハロゲン化物と反応させることを含み、該反応は、グリコシドに対して8当量以上のトリフルオロメタンスルホン酸を用いて、15℃以下の温度で、1時間以内の時間で行うことを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アリールO-グリコシドならびにアリールC-グリコシドの誘導体を合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖は生命現象において重要な役割を担っており、生化学の分野では古くから研究されてきている。その中でもアリールグリコシド骨格の天然物質は自然界に広く存在しており、重要な生理活性をもつものが多数知られている。これらのアリールグリコシドの代表的なものとして、O-グリコシドおよびC-グリコシドがある。これらアリールグリコシドはその結合様式によってそれぞれに利点をもっており、またベンゼン環上の置換基は構造活性相関を知る上で重要な役割を担っていると考えられる。
【0003】
このようなアリールグリコシドの合成手法については、これまでにも数多く報告されてきたが、ベンゼン環上に様々な置換基を持つアリールO-グリコシドを合成するためには、その置換基ごとに対応するフェノール誘導体を合成した上で、縮合反応(Koenigs-Knorr glycosidation;ケーニッヒークノルグリコシド化)を行わなければならなかった。
【化1】

【0004】
一方、有機合成においてアリール基の核にアルキル基やアシル基を導入する反応としては、フリーデルクラフツ反応がよく知られ、かつ広く用いられている。しかし、グリコシド等の炭水化物は、フリーデルクラフツ反応に通常用いられる多くの有機溶媒に対して溶解度がきわめて低い。さらに、グリコシド結合はフリーデルクラフツ反応条件(酸性条件)では不安定であり、例えば、フリーデルクラフツ反応においてしばしば用いられるトリフルオロメタンスルホン酸は、糖鎖分析ではO-グリコシド結合の切断に用いられている(非特許文献1)。したがって、アリールグリコシドの合成においてフリーデルクラフツ反応を利用することはきわめて困難であると考えられていた。
【非特許文献1】A. S. B. Edge, C. R. Faltynek, L. Hof, L. E. Reichert, Jr. and P. Weber, Anal. Biochem., 1981, 118, 131
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、簡便で様々な置換基に応用が可能なアリールO-グリコシドおよびアリールC-グリコシドの誘導体の合成法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、炭水化物を溶解する溶媒として、かつフリーデルクラフツ反応を進行させるためにトリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)を用いて、特定の条件下でフリーデルクラフツ反応を行うことにより、アリールグリコシドのアリール基上にアシル基を導入しうることを見いだした。すなわち、本発明は、アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドのアリール基をフリーデルクラフツ反応によりアシル化する方法であって、アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドを、トリフルオロメタンスルホン酸およびカルボン酸ハロゲン化物と反応させることを含み、該反応は、グリコシドに対して8当量以上のトリフルオロメタンスルホン酸を用いて、15℃以下の温度で、1時間以内の時間で行うことを特徴とする方法を提供する。好ましくは、反応は16当量以上のトリフルオロメタンスルホン酸を用いて行う。また好ましくは、反応は0−5℃の温度で行う。また好ましくは、反応は10−20分間行う。
【発明の効果】
【0007】
様々なアシル化剤を用いて本発明の方法を実施することにより、アリールO-グリコシドならびにアリールC-グリコシドの種々の誘導体を簡便に合成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の方法は、アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドをアクセプターとし、TfOH存在下でカルボン酸ハロゲン化物を作用させ、芳香環上にアシル基を導入することを特徴とする。本発明では、TfOH並びにアシル化剤を触媒兼溶媒として用いることができ、このことにより反応の効率性が向上する。
【0009】
一例として、β-O-フェニルグルコシドを出発物質とし、アシル化剤としてアセチルクロライドを用いて本発明の方法を実施すると、下記のようにフリーデルクラフツ反応が進行して、フェニル基をアシル化することができる。なお、この際にベンゼン環へのフリーデルクラフツ反応だけではなく、糖の水酸基のアシル化も同時に起こる。
【化2】

【0010】
本発明の方法の出発物質である、アリールO-グリコシドおよびアリールC-グリコシドは、それぞれ、[糖−O−アリール基]および[糖−CH−アリール基]の構造を有する。アリール基の結合の位置は、糖の環上のいずれの位置であってもよい。−O−とアリール基の間、または−CH−とアリール基との間にさらにアルキル鎖が存在していてもよい。糖としては、例えば、グルコース、マンノース、ガラクトース、アラビノース、リボース等の単糖類、スクロース、マルトース、ラクトース、トレハロース等の二糖類などが挙げられ、あるいは多糖類の末端の単糖であってもよい。これらの糖の水酸基は保護基により保護されていてもよい。アリール基としては、フェニル基およびナフチル基が挙げられ、これらはさらに芳香族環上の任意の位置に、ハロゲン、アルキル基、アルコキシ基、アシル基などの置換基を有していてもよい。なお、これらの置換基の種類および位置の組み合わせによっては、本発明のフリーデルクラフツ反応が進行しないかまたは収率が著しく低い場合もありうるが、有機合成の分野の当業者であれば、本発明の方法においてアリール基上にどのような置換基が許容されるかを容易に理解することができる。
【0011】
カルボン酸ハロゲン化物は、フリーデルクラフツ反応において一般に用いられる触媒であり、導入すべきアシル基の種類に応じて適宜選択することができる。カルボン酸ハロゲン化物はグリコシドに対して過剰量で、例えば約100当量で用いる。フリーデルクラフツ反応によりアシル化する場合に、カルボン酸ハロゲン化物を過剰量で用いることはよく知られている。
【0012】
本発明の方法は、無溶媒で、すなわち反応に用いられるTfOHおよびカルボン酸ハロゲン化物自体を溶媒として行ってもよく、フリーデルクラフツ反応において一般に用いられるハロゲン化炭化水素等の溶媒をさらに加えてもよい。好ましくは反応は無溶媒で行う。
【0013】
本発明の方法は、グリコシドに対して8当量以上のTfOHを用いて行う。8当量より少ないと、酢酸フェニルやフェノールなどの副生成物の生成量が増える。特に、2当量以下では糖の水酸基のアセチル基保護反応のみが進行し、アリール基へのアシル基の付加はほとんど生じない。好ましくは16当量以上のTfOHを用いる。なお、TfOHは反応系の溶媒も兼ねているため、その量の上限はない。
【0014】
反応は、−76℃から15℃の温度で行う。一般に、反応温度が高いほうが反応速度が速くなるが、本発明の方法においては、反応温度を15℃以上とすると、TfOHによるO-グリコシド結合の切断反応が進行して、収率が低くなる。好ましくは−20℃から10℃、より好ましくは0℃から5℃で行う。反応時間は1時間以内であることが好ましく、より好ましくは20分以内、さらに好ましくは10分以内である。1時間を超えるとO-グリコシド結合の切断反応が進行して、収率が低くなる。
【0015】
アリールC-グリコシドの場合にも、アリールO-グリコシドの場合と同様の条件でフリーデルクラフツ反応による芳香環上へのアシル基導入が可能である。反応は、−76℃から15℃の温度で行う。一般に、反応温度が高いほうが反応速度が速くなるが、本発明の方法においては、好ましくは−20℃から10℃、より好ましくは0℃から5℃で行う。反応時間は2時間以内であることが好ましく、より好ましくは20分以内である。この際、O-グリコシドの際に見られるようなC-グリコシド結合の切断は見られないが、反応速度はO-グリコシドよりも遅い。これはC-フェニル結合よりO-フェニル結合の方がベンゼン環への電子供与性が大きく、反応性が高くなるためだと考えられる。
【0016】
このようにして得られたアリールO-グリコシド誘導体およびアリールC-グリコシド誘導体の脱アシル化は、MeOHなどの溶媒中で、Bu2SnO、NH3、NaOH等の試薬を用いて、定法にしたがって容易に行うことができる。
【0017】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
実施例1
【化3】

β-O-フェニルグルコシド(1)(18 mg, 0.07 mmol)を塩化アセチル(0.5ml, 7 mmol)に懸濁し、0℃に冷却した後、トリフルオロメタンスルホン酸(0.1 ml, 1.12 mmol)を加えると溶液に変化した。0℃で10 分間撹拌後、冷水−酢酸エチル混合溶液に注加した。有機相を分離し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、1M 塩酸、飽和食塩で洗浄し、硫酸マグネシウムで洗浄後、濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供し、無色固体(2)を得た(27mg, 83%)。さらに、(2)をMeOH中でBu2SnOで処理して、(3)を得た。(2)および(3)のNMRデータは、それぞれ、CAS 25876-45-3およびCAS 530-14-3に報告されている値と一致した。
【0019】
実施例2
【化4】

実施例1と同様にして、β-O-(4-メトキシ)フェニルグルコシド(4)から(5)を合成し、脱アセチル化して(6)を得た。
(5) FAB-MS m/z: 497 (MH+), 1H-NMR (CDCl3) 7.41 (1H, d, J = 2.9 Hz), 7.13 (1H, dd, J = 9.2, 2.9 Hz), 6.90 (1H, d, J = 9.2 Hz), 5.30 - 5.23 (1H, m), 5.15 (1H, t, J = 9.2 Hz), 5.03 (1H, d, J = 7.4 Hz), 4.26 (1H, dd, J = 12.0, 5.1 Hz), 4.18 (1H, dd, J = 12.0, 2.3 Hz), 3.90 (3H, s), 3.87 - 3.84 (1H, m), 2.41 (3H, s), 2.08 (3H, s), 2.05 (3H, s), 2.03 (3H, s), 2.00(3H, s).
(6) FAB-MS m/z: 329 (MH+), 1H-NMR (CD3OD) 7.42 (1H, d, J = 3.4 Hz), 7.30 (1H, dd, J = 9.2, 3.4 Hz), 7.07 (1H, d, J = 9.2 Hz), 4.80 (1H, d, J = 8.0 Hz), 3.89 (3H, s), 3.87 (1H, m), 3.70 (1H, dd, J = 11.7, 4.9 Hz), 3.68 (1H, dd, J = 11.7, 2.3 Hz), 3.45 - 3.39 (2H, m), 2.57(3H, s).
【0020】
実施例3
【化5】

まず、アルカリ条件化にて糖とジケトンを反応させC-グリコシドを合成した。文献(Aust. J. Chem., 55, 147-154 (2002))に従い、グルコースを原料として、1-フェニル1,3-ブタジオンと反応させ、続いてカルボニルの還元を行って(8)を得た。次に、合成した(8)を用いて実施例1と同様にしてフリーデルクラフツ反応を行った結果、非常に効率よく、収率90%で(9)を得ることに成功した。さらに脱アセチル化して(10)を得た。
(9) FAB-MS m/z: 479 (MH+), 1H-NMR (CDCl3) 7.89 (2H, d, J = 8.0 Hz), 7.27 (2H, d, J = 8.0 Hz), 5.14 (1H, t, J = 9.2 Hz), 5.06 (1H, t, J = 9.7 Hz), 4.93 (1H, t, J = 9.7 Hz), 4.26 (1H, dd, J = 12.0, 6.0 Hz), 4.15 (1H, dd, J = 12.0, 3.2 Hz), 4.08 (1H, m) 3.63 - 3.59 (1H, m), 2.77 - 2.71 (2H, m), 2.43 (3H, s), 2.05 (3H, s), 2.03 (3H, s), 2.02 (3H, s), 2.00(3H, s), 1.83-1.79 (2H, m).
(10) FAB-MS m/z: 311 (MH+), 1H-NMR (CD3OD) 7.91 (2H, d, J = 8.0 Hz), 7.36 (2H, d, J = 8.0 Hz), 4.32-4.24 (2H, m), 4.05-3.92 (3H, m), 3.89 (1H, dd, J = 12.0, 2.3 Hz), 3.66 (1H, dd, J = 12.0, 6.0 Hz), 2.84 - 2.78 (2H, m), 2.57(3H, s), 1.83-1.79 (2H, m).
【0021】
実施例4
実施例1〜3で合成した化合物、ならびに既知のグルコシド化合物のβグルコシダーゼ阻害剤能を簡便に測定した。βグルコシダーゼの基質となる4-ニトロフェニル-β-D-グルコピラノシドの加水分解に対して、20mMのアリールグルコシドを共存させた後の、遊離PNPの吸光度を測定することにより阻害活性を評価した。反応は、1mM 4-ニトロフェニル-β-D-グルコピラノシドを含む100mM酢酸バッファー(pH 5.0) 0.1ml中に、試験化合物であるグルコシドを終濃度20mMで加え、37℃で5分間プレインキュベーションした後、1.25 IUのβグルコシダーゼを加えて、37℃でさらに15分間インキュベーションした。Na2CO3を加えて反応を停止させた後、400nmで吸光度を測定した。その結果、いずれの化合物もβグルコシダーゼの阻害能が確認できた(阻害率:1,26%;3,34%;6.19%;7,30%;8,49%;10,45%)。特に、C-グルコシドは加水分解されずに比較的高い阻害活性を示した。またグルコシルアジドとアルキンを用いてクリック反応により合成したN-グルコシドは以前より阻害能があることが知られているが、今回合成したグルコシドも同程度の阻害能があることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明にしたがう誘導体化反応や、この反応により得られる化合物は、糖の構造活性相関などの解明に役立つものと期待される。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドのアリール基をフリーデルクラフツ反応によりアシル化する方法であって、アリールO-グリコシドまたはアリールC-グリコシドを、トリフルオロメタンスルホン酸およびカルボン酸ハロゲン化物と反応させることを含み、該反応は、グリコシドに対して8当量以上のトリフルオロメタンスルホン酸を用いて、15℃以下の温度で、1時間以内の時間で行うことを特徴とする方法。
【請求項2】
反応は、16当量以上のトリフルオロメタンスルホン酸を用いて行う、請求項1記載の方法。
【請求項3】
反応は、0−5℃の温度で行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
反応は、10−20分間行う、請求項1−3のいずれかに記載の方法。



【公開番号】特開2010−59073(P2010−59073A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−224811(P2008−224811)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 学会名 日本農芸化学会2008年度(平成20年度)大会 主催 社団法人日本農芸化学会 会期 平成20年3月27日〜29日
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】