説明

トルクリミッタ用潤滑油、潤滑グリースおよびトルクリミッタ

【課題】耐樹脂性に優れ、運転時のスティックスリップを防ぐとともに、長期間安定したトルクを示すトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースおよびそれを用いたトルクリミッタを提供する。
【解決手段】ポリ-α-オレフィン油である基油に添加剤、または増ちょう剤および添加剤を配合してなるトルクリミッタ用潤滑油、またはトルクリミッタ用潤滑グリースであって、上記添加剤は、ジアルキルジチオリン酸金属塩、または、下記の式(1)で表されるグリセリン誘導体である。


(R1は 炭素原子数 5〜20 の炭化水素基を表わす。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、事務機等に使用されるトルクリミッタにおいて、潤滑に厳しい高温高湿の環境にも影響されず、発生トルクの安定化と軸受寿命の延長を図るために用いられる潤滑油、潤滑グリースおよびトルクリミッタに関する。
【背景技術】
【0002】
トルクリミッタには、ばねの内輪に対するラジアル方向の緊縛力を利用したもの、摩擦をばねで摩擦板にスラスト方向に押し当ててすりあわせてトルクを発生させるものがあるが、いずれも摩擦力によりトルクを発生させている。トルクリミッタに関しては、多くの先行技術が知られている(例えば、特許文献1〜特許文献4参照)。
これらトルクリミッタの内輪とばねまたは摩擦板、摩擦板と摩擦板間の摩耗、異常発熱、焼付き異音等を防止するために潤滑油、潤滑グリースが用いられている。また、トルクリミッタの内輪は金属の焼結材となっており、潤滑油を含浸させて使用する潤滑機構となっている。トルクリミッタに必要とされる性能は、長期間に渡っての油膜確保・維持であり、いかに金属接触を抑制し、摩擦係数を安定化できるかによりトルクリミッタの性能が左右される。特に、複写機、プリンタ等の紙送り装置やリボン・シート等のテンション機構に使用されるトルクリミッタには、トルクの変動が極めて少なく、かつ金属接触音を発生しない潤滑剤が要望されている。
従来、トルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースには、鉱物油、芳香族化合物、エステルなどを基油に使用し、耐摩耗剤等の各種添加剤を用途に応じて添加したものが多く使用されている。
【0003】
また、トルクリミッタ使用の複写機等の事務機は、使用環境が異なるため、様々な環境下で問題なく使用できることが求められている。特に油膜形成が困難な高温・高湿(例えば、40℃、相対湿度RH 90%付近を想定)環境下において、トルクの変動が極めて少なく、かつ金属接触音を発生しない潤滑油等が要望されている。
さらに、トルクリミッタの周辺部品には加工性の良いポリカーボネート(以下、PCと記す)樹脂やアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン(以下、ABSと記す)樹脂などの樹脂が使用され、トルクリミッタに使用される潤滑油等の漏洩等による油やその蒸気等の接触によって樹脂材にヒビ、ワレや面粗れが発生し、いわゆるケミカルアタック現象が生じる場合がある。例えば、エステルや芳香族化合物を基油に用いた潤滑油等は、油膜形成能力が高くトルクリミッタに必要とされるトルク性能等を満足させる潤滑油等として知られているが、そのような分子内に芳香環や極性基を持つ基油を主体とする潤滑油等は、ケミカルアタックを起こしやすく、また、エステル系基油は高温・高湿下で加水分解を生じやすいという問題がある。
【0004】
耐ケミカルアタック性を抑えるために、基油に防錆剤および酸化防止剤が配合された防錆油が知られており、該防錆油は、上記基油がポリオレフィン油を含有し、上記防錆剤がスルホン酸の金属塩およびモノカルボン酸の金属塩から選ばれた少なくとも一つの金属塩であり、上記酸化防止剤がフェノール系酸化防止剤としている(特許文献5参照)。
また、トルクの変動が少なく、油膜切れによる金属接触を抑制することによりトルクリミッタの長寿命化を可能とし、かつ耐樹脂性に優れたトルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースとして、基油が、合成飽和炭化水素化合物であり、かつ、潤滑油全量に対し、脂肪族系のリン酸エステルおよび亜リン酸エステルから選択される少なくとも1種のリン酸系エステルを 1〜8 重量%配合してなるトルクリミッタ用含浸軸受潤滑油または潤滑グリースが知られている(特許文献6参照)。
【0005】
しかしながら、複写機、プリンタの給紙部にはトルクリミッタが持つ発生トルクを利用して、紙さばき機構部品として使用される。高温・高湿環境下では、潤滑油の粘度が低下して油膜厚さが小さくなるとともに、空気中の水分が水滴状となって潤滑油に浸入し、潤滑面に水が介入する。そのため、油膜切れが早期に発生してビビリ(トルク異常)を引き起こし、給紙機能の低下を引き起こすという問題がある。特に露点温度付近の高湿環境下においてビビリが発生しやすいという問題がある。
また、近年事務機等の小型化、高性能化の要求にともないトルクリミッタも、コンパクト化および高精度化への対応がますます必要となる。コンパクト化への対応では、小さな径で従来と変わらないトルクを発生させる必要があるため、ばねの締め付け力を従来より大きく(面圧が増える)する必要があるが、面圧大のために油膜形成が不安定になる可能性があり、摩耗が激しくなるという問題がある。また、高精度化への対応では、発生トルクの変動(スティックスリップ)を防止する必要がある。
【特許文献1】特開平8−270675号公報
【特許文献2】特開平7−301248号公報
【特許文献3】特開平6−235447号公報
【特許文献4】実開平5−8062号公報
【特許文献5】特開2002−348688号公報
【特許文献6】特開2002−249794号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような問題に対処するためになされたものであり、小型化、高精度化されたトルクリミッタにおいて、高温・高湿環境下においても、トルクの変動が少なく、油膜切れによる金属接触を抑制することにより軸受の長寿命化を可能とし、かつ耐ケミカルアタック性に優れたトルクリミッタ用潤滑油、潤滑グリースおよびそれを用いたトルクリミッタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のトルクリミッタ用潤滑油は、ポリ-α-オレフィン(以下、PAOと記す)油からなる基油に添加剤を配合してなるトルクリミッタ用潤滑油であって、上記添加剤は、ジアルキルジチオリン酸金属塩、または、下記の式(1)で表されるグリセリン誘導体であることを特徴とする。
【化1】

(R1は 炭素原子数 5〜20 の炭化水素基を表わす。)
【0008】
上記添加剤の配合割合は、潤滑油全体に対して、ジアルキルジチオリン酸金属塩は 3 重量%以上 かつ 9 重量%未満、グリセリン誘導体は 1 重量%以上 かつ 5 重量%未満であることを特徴とする。
【0009】
本発明のトルクリミッタ用潤滑グリースは、PAO油からなる基油に、増ちょう剤および添加剤を配合してなるトルクリミッタ用潤滑グリースであって、上記添加剤は、ジアルキルジチオリン酸金属塩、または、下記の式(1)で表されるグリセリン誘導体であることを特徴とする。
【化2】

(R1は 炭素原子数 5〜20 の炭化水素基を表わす。)
【0010】
上記添加剤の配合割合は、潤滑グリース全体に対して、ジアルキルジチオリン酸金属塩は 3 重量%以上 かつ 9 重量%未満、グリセリン誘導体は 1 重量%以上 かつ 5 重量%未満であることを特徴とする。
【0011】
本発明のトルクリミッタは、外部部材の内部に内輪を嵌合し、該内輪と上記外部部材との間にトルク伝達部材を介在し、上記内輪と上記外部部材との相対回転時に上記内輪と上記トルク伝達部材との間の摩擦により所定のトルクを生じさせるようにしたトルクリミッタであって、上記各部材間の摺動が、上記のトルクリミッタ用潤滑油、または、トルクリミッタ用潤滑グリースを含浸させてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースは、添加剤としてジアルキルジチオリン酸金属塩またはグリセリン誘導体を配合するので、耐樹脂性に優れ、運転時のスティックスリップを防ぐとともに、長期間安定したトルクを得ることができる。
【0013】
本発明のトルクリミッタは、添加剤としてジアルキルジチオリン酸金属塩またはグリセリン誘導体を配合した上記トルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースを各部材の摺動部に使用するので、耐樹脂性に優れ、運転時のスティックスリップを防ぐとともに、長期間安定したトルクを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の潤滑油または潤滑グリースに用いることができる基油は、合成飽和炭化水素油である。好ましくは α-オレフィンのオリゴマーであり、例えばブテン−1、イソブチレン−1、α−オクテン、デセン−1等の炭素原子数 3〜20 程度 α-オレフィンの重合体または共重合体であり、これらは通常、常温液状のオリゴマーである。共重合体としては、エチレンと上記 α-オレフィンの共重合体がある。
【0015】
好ましい基油としては、下記の式(2)で示されるPAO油、あるいは、下記の式(3)で示されるエチレン-α-オレフィン共重合体の水素化物が挙げられる。PAO油としては炭素原子数 6〜18 の α-オレフィンのオリゴマー水素化物が好ましく使用され、エチレン-α-オレフィン共重合体としては、エチレンと炭素原子数 3〜10 の α-オレフィンの共重合体水素化物が好ましく使用される。
【化3】

ここで、nは 4〜16 の整数、mは 1〜6 の整数である。
【化4】

ここで、nは 1〜8 の整数、mは 1〜3 の整数、qは 1〜3 の整数、pはポリオレフィン油の粘度により異なる整数である。
【0016】
上記の基油は粘度が高いため、油膜形成能力が高い。従って、トルクリミッタのビビリならびに軸受の摩耗を抑制する効果が大きく、軸受の長寿命化が図れる。これらの基油は耐ケミカルアタック性に優れるため、何らかの原因によりトルクリミッタ外部に潤滑油化合物が漏洩した場合、周辺部品の合成樹脂成形品に接触した場合にも、ケミカルアタックを生じない。
【0017】
また、本発明では上記基油に増ちょう剤を配合することにより潤滑グリースとして使用することができる。
潤滑グリースとする場合の増ちょう剤は、基油中に分散し、ミセル構造をとって半固体状を呈する役割を担うものであり、ナトリウム石けん、リチウム石けん、カルシウム石けん、バリウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウムコンプレックス石けん、リチウムコンプレックス石けん、バリウムコンプレックス石けん等の金属石けん等やべントン、シリカエアロゲル、ナトリウムテレフタレート、ウレア、ポリテトラフルオロエチレン、ヒドロキシアパタイト、ポリエチレンパウダー等の無機物、ウレア化合物、ワックス類等の非石けん系を用いることができる。好ましくは、機械的安定性や耐熱性、耐水性などトー夕ル的にバランスのとれた性能を有するリチウム系の石けんやウレア化合物等の増ちょう剤が好適である。
【0018】
本発明の潤滑油または潤滑グリースは、添加剤としてジアルキルジチオリン酸金属塩、または、下記の式(1)で表されるグリセリン誘導体を配合する。
【化5】

(式中、R1は 炭素原子数 5〜20 、より好ましくは 10〜20 の炭化水素基である。)
【0019】
ジアルキルジチオリン酸金属塩を構成する金属としては、モリブデン、亜鉛等が挙げられるが、トルク低下の問題からモリブデンを用いることが好ましい。
また、ジアルキルジチオリン酸金属塩におけるアルキル基としては、例えば、メチル、ブチル、オクチル、オクタデシルテトラコシル基等が挙げられる。
【0020】
上記のジアルキルジチオリン酸金属塩の配合割合としては、潤滑油または潤滑グリース全量に対し、3 重量%以上 かつ 9 重量%未満配合する。配合割合が 3 重量%未満であると、摩耗低減効果やトルク安定性の改善に効果がなく、配合割合が 9 重量%以上であると耐ケミカルアタック性に悪影響を及ぼす。このようなトルクリミッタの性能と耐ケミカルアタック性を考慮すると、より好ましい配合量は 4〜8 重量%である。
【0021】
上記式(1)のグリセリン誘導体における炭化水素基R1としては、例えば、アルキル基、アルケニル基、アリール基、シクロアルキル基、シクロアルケニル基等が挙げられる。これらの中で、アルキル基またはアルケニル基が好ましい。
上記アルキル基としては、例えば、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、2−エチルヘキシル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ヘキサデシル、ステアリル、イコシル基等が挙げられる。
上記アルケニル基としては、例えば、イソブテニル、ペンテニル、イソペンテニル、ヘキセニル、ヘプテニル、オクテニル、ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル、テトラデセニル、オレイル基等が挙げられる。
上記アリール基としては、例えば、フェニル、トルイル、キシリル、クメニル、メシチル、ベンジル、フェネチル、スチリル、シンナミル、ベンズヒドリル、トリチル、エチルフェニル、プロピルフェニル、ブチルフェニル、ペンチルフェニル、ヘキシルフェニル、ヘプチルフェニル、オクチルフェニル、ノニルフェニル、デシルフェニル、α−ナフチル、β−ナフチル基等が挙げられる。
上記シクロアルキル基及びシクロアルケニル基としては、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、メチルシクロペンチル、メチルシクロヘキシル、メチルシクロヘプチル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル、シクロヘプテニル、メチルシクロペンテニル、メチルシクロヘキセニル基等が挙げられる。
【0022】
上記のグリセリン誘導体の配合割合としては、潤滑油または潤滑グリース全量に対し、1 重量%以上 かつ 5 重量%未満配合する。配合割合が 1 重量%未満であると、スティックスリップ防止効果がなく、配合割合が 5 重量%以上であると耐樹脂性に悪影響を及ぼす。このようなスティックスリップ防止効果と耐樹脂性とを考慮すると、より好ましい配合量は 2〜4 重量%である。
【0023】
上記潤滑油または潤滑グリースが用いられているトルクリミッタの例を説明する。トルクリミッタの内輪とばねまたは摩擦板、摩擦板と摩擦板間の摩耗、異常発熱、焼付き異音等を防止するために上述した潤滑油または潤滑グリースが用いられている。
図1に示すトルクリミッタは、コイルばね2の内輪1に対する緊縛力によりトルクを発生させる摩擦式リミッタである。トルクリミッタは金属製内輪1の外側に、大径部、小径部のあるコイルばね2が設けられ、ばねのフック2a、2bで蓋3、外套4に係り止めされている。外套4に圧入されている蓋3を回転させることにより、ばね2の内輪に対する緊迫力が連続的に変化してトルク調整は自由自在である。ばねの巻き方向により内輪の回転方向は制限される一方向回転トルクリミッタである。
【0024】
図2に示すトルクリミッタは金属製内輪1の外側に円筒状のコイルばね2が設けられており、ばねのフック2bにて外套4に係り止めされている。また、円筒状バネであるため、トルク調整は出来ないが、内輪に対する締め代を変化させたものを組み合せることによりばねの緊迫力は変化し、トルク値は決まり、トルク調整は可能となる。本形状もばねの巻き方向により内輪の回転方向は制限される一方向回転トルクリミッタである。
【0025】
図3に示すトルクリミッタは、セパレート型の金属製内輪1の外側に図2と同様に円筒状のコイルばね2が設けられている。また、ばねは円筒状のため、トルク調整は出来ないが内輪に対するばねの締め代によりトルク値は決定される。本形状もばねの巻き方向により内輪の回転方向は制限される。
【0026】
図4に示すトルクリミッタは金属製内輪1に摩擦板5がばね2により押し当てられており、内輪−摩擦板間に働く摩擦力にてトルクを発生させるものである。ばね2の押し当て力により摩擦力を変化させることができるために、トルク調整は可能である。本形状は内輪の回転方向はばねの巻き方向に依存しない。
【実施例】
【0027】
次に、トルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースを実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
実施例および比較例に用いた配合成分は以下のとおりである。
PAO油:モービル社製、SHF−82、40℃における動粘度 50 mm2/sec
ジアルキルジチオリン酸モリブデン:旭電化工業社製、サクラルーブ474
グリセリン誘導体:旭電化工業社製、FM618
【0028】
実施例1〜実施例2、比較例1〜比較例9
表1に示す割合で各成分を配合したトルクリミッタ用潤滑油を製造した。
実施例3〜実施例4、比較例10〜比較例18
表2に示す割合で各成分を配合したトルクリミッタ用潤滑グリースを製造した。
【0029】
得られた潤滑油および潤滑グリースを以下の方法で評価した。結果を表1および表2に併記する。
<トルク安定性試験>
試験機は内製化したものを用い、評価に使用したトルクリミッタは、弊社(NTN)製NTS18を用いた。図5はそのトルク安定性試験機の構造を説明するための図であり、軸回転用のモー夕6とトルク検出用のロードセル7、カップリング8、歪計9および記録計10からなる。回転軸に各サンプルオイルを含浸させた焼結内輪を用いたトルクリミッタ11をセットし、リミッタのトルク発生方向に回転させることにより、発生トルクはロードセルに伝わり、記録計により記録させるものである。なお、低速モー夕12は、高速モー夕6と切り替えて使用するものである。また、図5の左側の図は、上部から見た図である。
試験条件は、設定トルク 300 gf・cm 、回転数 200 rpm 、運転サイクル 2 秒間運転−0.2 秒間停止の間欠運転、雰囲気温度:40℃、湿度:90%、試験時間 1000 時間とし、測定項目は試験後の手感、100 時間、500 時間、1000 時間毎のトルクの変化(経時変化、1 分間のトルク変動)、運転中のビビリ有無の確認を実施した。図5に示すトルク測定試験機により時間毎のトルク測定を行なった。試験結果表1中の「○」、「×」はトルクの安定性試験における結果を表す記号であり、1 分間のトルク測定の結果、初期の値と比較しトルク低下が 30 gf・cm 以下を「○」、30 gf・cm をこえるものを「×」とした。それ以外の項目では、試験後の手感が良好だったものには「○」、不良だったものは「×」とした。
【0030】
<耐樹脂性試験>
トルクリミッタの周辺部品には加工性の良いPC樹脂やABS樹脂などが用いられ、トルクリミッタに用いられる潤滑剤の漏洩などによる、潤滑油または潤滑グリースとの接触により、樹脂材にヒビやワレが発生する可能性がある。そこで、本発明の潤滑油の耐ケミカルアタック性を確認するために、PC樹脂、ABS樹脂にて耐ケミカルアタック性のテストを行なった。
耐樹脂性は、潤滑グリース等が表面に塗布されたPC樹脂板およびABS樹脂板に機械的応力を加えた後の樹脂板表面を観察するベンディング試験法により評価できる。
ベンディング試験法について説明する。
(1)試験装置
ベンディング試験装置の模式図を図6に示す。
試験装置13は、所定の試験片支持点距離(L)をおいて両端が移動自在に支持された試験片14と、この試験片14を載置できる試験台15と、試験片14にたわみ量(B)を与えるプローブ16と、このプローブ16を支持して、プローブ16の前進後退を可能とするたわみ量調整装置17とから構成される。
(2)試験条件
曲げ試験片: 127 mm(長さ)×12.7 mm(幅)×6.5 mm(板厚)
試験片支持点距離: 100 mm
試験片撓み量(支持点間距離の中心部の撓み量): 3.5 mm
試験温度: 70℃
保持時間: 60 時間
試験片材質1:ユーピロン S2000R(PC樹脂;三菱エンジニアリングプラスチックス社製)
試験片材質2:スタイラック 321(ABS樹脂;旭化成社製)
(3)試験方法
三点曲げ試験による。120℃で 2 時間アニール処理をした曲げ試験片の表面に潤滑油または潤滑グリースを塗布し、上記支持点距離で支持して塗布面の裏面より 6%の歪み量を与えて 70℃×60 時間空気中にて保持する。歪み量は図6においてB/Lの値である。保持後のクラック有無を目視で確認する。試験片に割れ、ヒビが発生しなかった場合を「○」、試験片に割れ、ヒビが発生した場合を「×」とした。
【0031】
【表1】

【表2】

【0032】
表1および表2に示すように、PAO単独の場合、およびPAOにオレイン酸を配合した場合ではトルクの安定性、音響が劣る。しかし、ジチオリン酸金属塩を 3 重量%以上 かつ 9 重量%未満配合した場合では、トルク安定性、手感、音響、耐樹脂性等のトルクリミッタの要求特性を満足できる。
比較例5および14に示すように、ジチオリン酸金属塩の配合量が 3 重量%未満であると効果が少ない。また、比較例6および15に示すように、9 重量%以上であると耐樹脂性が悪くなる。また、金属としてモリブデン、亜鉛が候補として挙げられる。
【0033】
同様に、潤滑油にグリセリン誘導体を 1 重量%以上 かつ 5 重量%未満配合した場合では、トルク安定性、手感、音響、耐樹脂性等のトルクリミッタの要求特性を満足できる。
比較例7に示すように、グリセリン誘導体の配合量が場合 1 重量%未満であると効果が少ない。また、比較例8、9、17および18に示すように、5 重量%以上になると耐樹脂性が悪くなる。
環境保護の点からすると金属化合物を使用しないほうがよいため、添加剤としてはグリセリン誘導体がより望ましい。
【0034】
以上の結果より、高温・高湿環境下においてもトルク安定性能に優れかつ耐ケミカルアタック性にも優れるトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースとしては、基油がPAO油であり、潤滑油または潤滑グリース全体に対してジアルキルジチオリン酸金属塩を 3 重量%以上 かつ 9 重量%未満またはグリセリン誘導体を 1 重量%以上 かつ 5 重量%未満配合したものが好適と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースは、高温・高湿環境下においても、トルクの変動が少なく、良好なトルク安定性が得られるとともに、耐ケミカルアタック性に優れるので、潤滑に厳しい高温高湿の環境下で使用されるトルクリミッタに好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】トルクリミッタの一例を示す断面図である。
【図2】トルクリミッタの他の一例を示す断面図である。
【図3】トルクリミッタの他の一例を示す断面図である。
【図4】トルクリミッタの他の一例を示す断面図である。
【図5】トルク安定性試験の模式図である。
【図6】ベンディング試験装置の模式図である。
【符号の説明】
【0037】
1 内輪
2 コイルばね
3 蓋
4 外套
5 摩擦板
6 高速モー夕
7 ロードセル
8 カップリング
9 歪計
10 記録計
11 トルクリミッタ
12 低速モー夕
13 ベンディング試験装置
14 試験片
15 試験台
16 プローブ
17 たわみ量調整装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ-α-オレフィン油からなる基油に添加剤を配合してなるトルクリミッタ用潤滑油であって、
前記添加剤は、ジアルキルジチオリン酸金属塩、または、下記の式(1)で表されるグリセリン誘導体であることを特徴とするトルクリミッタ用潤滑油。
【化1】

(R1は 炭素原子数 5〜20 の炭化水素基を表わす。)
【請求項2】
前記添加剤の配合割合は、潤滑油全体に対して、ジアルキルジチオリン酸金属塩は 3 重量%以上 かつ 9 重量%未満、グリセリン誘導体は 1 重量%以上 かつ 5 重量%未満であることを特徴とする請求項1記載のトルクリミッタ用潤滑油。
【請求項3】
ポリ-α-オレフィン油からなる基油に、増ちょう剤および添加剤を配合してなるトルクリミッタ用潤滑グリースであって、
前記添加剤は、ジアルキルジチオリン酸金属塩、または、下記の式(1)で表されるグリセリン誘導体であることを特徴とするトルクリミッタ用潤滑グリース。
【化2】

(R1は 炭素原子数 5〜20 の炭化水素基を表わす。)
【請求項4】
前記添加剤の配合割合は、潤滑グリース全体に対して、ジアルキルジチオリン酸金属塩は 3 重量%以上 かつ 9 重量%未満、グリセリン誘導体は 1 重量%以上 かつ 5 重量%未満であることを特徴とする請求項3記載のトルクリミッタ用潤滑グリース。
【請求項5】
外部部材の内部に内輪を嵌合し、該内輪と前記外部部材との間にトルク伝達部材を介在し、前記内輪と前記外部部材との相対回転時に前記内輪と前記トルク伝達部材との間の摩擦により所定のトルクを生じさせるようにしたトルクリミッタであって、
前記各部材間の摺動が、請求項1記載のトルクリミッタ用潤滑油、または、請求項3記載のトルクリミッタ用潤滑グリースを含浸させてなることを特徴とするトルクリミッタ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−106885(P2007−106885A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−299183(P2005−299183)
【出願日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】