説明

トレハロース誘導体の製造方法

【課題】安全な界面活性剤として飲食物、化粧品、医薬品などに有用な高品質のトレハロース誘導体(エーテル類、エステル類)を収量良く、廉価に製造し得る方法を提供する。
【解決手段】カールフィッシャー法で測定した水分含量が3%未満の無水トレハロースに、無水条件下で非アノマー性ヒドロキシル基に対して反応性を有する試薬を反応させ、エステル化又はエーテル化反応により該トレハロース誘導体を得る方法(例:オクタアセチルトレハロース、脂肪酸エステル化トレハロース、ドデシルエーテル化トレハロース、硫酸エステル化トレハロース)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はトレハロース誘導体の新規な製造方法、殊に、無水トレハロースに無水条件下で反応性試薬を反応させることを特徴とするトレハロース誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、脂肪酸エステル、硫酸エステルを始めとするトレハロースの酸エステルやアルキルエーテルが脚光を浴びている。すなわち、非特許文献1において、トレハロースのステアリン酸エステル、パルミチン酸エステル及びミリスチン酸エステルが生体内外で悪性腫瘍の増殖を顕著に抑制したと報告し、これら誘導体が抗腫瘍剤として有望であることを示唆している。硫酸エステルは、例えば、特許文献1にも見られるように、皮膚の水分をバランス良く保ち、潤いを与える作用が顕著であり、優秀な保湿剤、美肌剤として既に一部の化粧品に配合使用されている。また、炭素数8乃至25のアルキルとのエーテルは、安全且つ高活性な界面活性剤として有用であることが知られている。
【0003】
非特許文献2や非特許文献3にも見られるように、トレハロース誘導体は、通常、トレハロース含水結晶に無水条件下で反応性試薬を反応させて調製されており、高品質のトレハロース誘導体を収量良く得られるかどうかは、偏に、反応系から水分を除去しきれるかどうかに掛かっている。ところが、トレハロース含水結晶は、固状にしても、通常、10%(w/w)前後の水分を含んでおり、そのまま反応に供したのでは良い結果は得られない。そのため、これまでは、反応に先立ち、五酸化燐などの乾燥剤により無水状態にまで乾燥する試みがなされていたものの、結晶水として含まれている水分まで除去するのは容易ではなかった。それ故、従来、高品質のトレハロース誘導体を高収量且つ廉価に調製するのが極めて困難な状況にあった。
【0004】
【特許文献1】特開平4−290808号公報
【非特許文献1】西川ら、『日本化学会誌』、第10号、第1,661乃至1,666頁(1982年)
【非特許文献2】シー・ケー・リー『デベロップメンツ・イン・フード・カルボハイドレート』、1980年、アプライッド・サイエンス・パブリッシャーズ社発行、第1乃至89頁
【非特許文献3】ケー・ヨシモトら『ケミカル・アンド・ファーマシューティカル・ブレティン』、第30巻、第4号、第1,169乃至1,174頁(1982年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
斯かる状況に鑑み、この発明の目的は、高品質のトレハロース誘導体を収量良く、廉価に製造し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、上記課題を、無水トレハロースに無水条件下で反応性試薬を反応させることを特徴とするトレハロース誘導体の製造方法により解決するものである。
【発明の効果】
【0007】
この発明において基質に使用する無水トレハロースは、実質的に水分を含まない。これにより、この発明の製造方法によるときには、無水トレハロースをごく簡単に乾燥するか、場合に依っては乾燥することなく、そのまま反応に供しても、高品質のトレハロース誘導体が収量良く生成する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、実験例、実施例等に基づきこの発明を説明するに、この発明でいうトレハロース誘導体とは、トレハロースに無水条件下で反応性試薬を反応させて得られるエステル、エーテル、ハライド、含窒素誘導体及び含硫黄誘導体を始めとするトレハロース誘導体全般を包含するものとする。したがって、この発明でいう反応性試薬とは、トレハロースに無水条件下で反応させて斯かる誘導体を与える酸、塩基、アルコール、ケトン、ハロゲン、アミン及びそれらの反応性誘導体を意味することとなる。これにより、この発明は、例えば、反応系の水分が反応性試薬の反応性を低下させたり、望ましくない副反応を惹起するか主反応を阻害して所期のトレハロース誘導体の品質及び/又は収量を低下させたり、その製造コストの高騰を招くような化学反応全般に適用し得ることとなる。
【0009】
この発明でいう無水トレハロースとは、通常、カールフィッシャー法により水分含量3%(w/w)未満の実質的に水分を含まない結晶性又は非晶質の無水トレハロースを意味する。これら無水トレハロースはこの発明において同様に使用し得るが、結晶性無水トレハロースは一般にトレハロース含量が高く、比較的廉価に入手し得るので特に有用である。反応の種類や誘導体の用途にも依るが、一般に、無水トレハロース中のトレハロース含量は高ければ高いほどよく、通常、固形分当たり70%以上、望ましくは、80%以上のものが使用される。
【0010】
斯かる無水トレハロースのうち、非晶質無水トレハロースは、例えば、トレハロースを少量の水に溶解し、水溶液をそのまま凍結乾燥するか、噴霧乾燥などにより、トレハロース含水結晶の融点を上回る温度、通常、100℃を越える温度で乾燥することにより得ることができる。一方、結晶性無水トレハロースは、例えば、特開平6−170221号公報に開示されているように、固形分当たりトレハロースを60%以上含む糖組成物を水分含量10%(w/w)未満、望ましくは、2.0%(w/w)を越え、9.5%(w/w)を越えないシロップ状物とし、これに種晶として結晶性無水トレハロースを固形分当たり0.01乃至20%加え、40乃至140℃に保ちつつ助晶し、得られるマスキットから結晶性無水トレハロースを採取するか、マスキットのまま乾燥して固状物とすることにより得ることができる。斯くして得られる無水トレハロースは、通常、水分含量3%(w/w)未満と実質的に水分を含まない。
【0011】
無水トレハロースの原料となるトレハロースの出所・由来について、特に制限はない。トレハロースが酵母の菌体から得られたものであっても、マルトースにマルトース・フォスフォリラーゼとトレハロース・フォスフォリラーゼからなる複合酵素系を作用させて得られたものであっても、あるいは、マルトース・トレハロース変換酵素によりマルトースを直接トレハロースに変換するか、澱粉部分加水分解物を酵素糖化して得られたものであってもよい。ただし、高品質のトレハロース誘導体を廉価に製造するという経済的見地に立てば、上記第三又は第四の方法により得られたものが望ましい。
【0012】
澱粉からトレハロースを調製するには、まず、澱粉を酸及び/又はα−アミラーゼにより糊化・液化して得られる、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオースなどのグルコース重合度3以上のマルトオリゴ糖を含んでなる還元性澱粉部分加水分解物に特願平5−349216号明細書(特開平7−143876号)、特願平6−90705号明細書(特開平7−322883号)、特願平6−166011号明細書(特開平8−66188号)又は特願平6−190183号明細書(特開平8−84586号)に開示されている非還元性糖質生成酵素を作用させ、マルトオリゴ糖を末端にトレハロース構造を有する非還元性糖質に変換する。そして、この非還元性糖質に特願平6−59834号明細書(特開平7−298880号)、特願平6−79291号明細書(特開平7−213283号)、特願平6−166126号明細書(特開平8−66187号)又は特願平6−190180号明細書(特開平8−336388号)に開示されているトレハロース遊離酵素を作用させ、該非還元性糖質からトレハロースを遊離する。このとき、非還元性糖質生成酵素とトレハロース遊離酵素とは同時に反応させても逐次に反応させてもよく、また、両酵素にイソアミラーゼやプルラナーゼなどの澱粉枝切酵素を併用すると、生成物中のトレハロース含量が一段と向上する。一方、マルトースを直接トレハロースに変換するには、マルトース又はマルトースを含む糖組成物に、例えば、特願平6−144092号明細書(特開平7−170977号)、特願平6−156399号明細書(特開平8−263号)、特願平6−187901号明細書(特開平9−9986号)又は特願平6−260984号明細書(特開平8−149980号)に開示されているマルトース・トレハロース変換酵素を作用させればよい。これら明細書にはマルトース・トレハロース変換酵素を使用するトレハロースの製造方法が開示されており、いずれもこの発明で使用する無水トレハロースの調製に有利に適用できる。より高純度のトレハロースが必要な場合には、斯くして得られる生成物に塩型強酸性カチオン交換樹脂を固定床方式、移動床方式又は擬似移動床方式で使用するカラムクロマトグラフィーを適用してトレハロース高含有画分を採取すればよい。斯くして得られる生成物及び画分は固形分当たりトレハロースを70%以上含んでおり、無水トレハロースの原料に好適である。
【0013】
無水トレハロースに無水条件下で反応性試薬を反応させるには、斯界における慣用の方法を採用することができる。例えば、シー・ケー・リー『デベロップメンツ・イン・フード・カルボハイドレート』、1980年、アプライッド・サイエンス・パブリッシャーズ社発行、第1乃至89頁、ケー・ヨシモトら『ケミカル・アンド・ファーマシューティカル・ブレティン』、第30巻、第4号、第1,169乃至1,174頁(1982年)及び『カルボハイドレーツ・アズ・オーガニック・ロー・マテリアルズ』、1991年、VCH社発行に記載された反応はいずれもこの発明において無水トレハロースに適用可能であり、所望のトレハロース誘導体に応じて適宜選択することができる。
【0014】
代表的なトレハロース誘導体の製造方法につき概説すると、酢酸や安息香酸などとのカルボン酸エステルは、ピリジンなどの塩基性有機溶媒中、無水トレハロースに対応する酸無水物又は酸ハライドを反応させれば得ることができる。硫酸エステルを製造するには、不活性ガス又は希ガス気流中、三酸化硫黄とジメチルスルホキシド又はピリジンとの錯体を反応させればよい。ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸などとの脂肪酸エステルは、塩基性触媒下で縮合反応させるか、対応する脂肪酸ハライドと反応させることにより得ることができる。メチルエーテル、ベンジルエーテル、トリチルエーテル、メチルシリルエーテル、ドデシルエーテルなどのエーテルは、酸触媒下で無水トレハロースに過剰量の対応するアルコールを反応させるか、塩基性触媒下で対応するアルキルハライドと反応させることにより得ることができる。
【0015】
用途にも依るが、斯くして得られるトレハロース誘導体を含む反応物は、通常、例えば、濾過、抽出、分液、分別沈澱、透析、蒸留などにより未反応の反応性試薬及び/又は溶媒を除去した後、そのまま使用される。さらに高純度のトレハロース誘導体が必要な場合には、例えば、薄層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、蒸留、結晶化などの糖又は糖誘導体を精製するための斯界における慣用の方法を適用すればよく、これらの精製方法は、必要に応じて組合わせて適用される。なお、周知のように、トレハロースは、非アノマー性ヒドロキシル基を主体とする通常の置換反応において反応性官能基を8個提供する。このことは、反応の種類と条件に依っては、置換度の相違するトレハロース誘導体をいろいろな割合で含む組成物が生成し得ることを意味している。斯かる組成物は、通常、そのまま使用されるが、必要とあれば、使用に先立って上記精製方法の1種又は2種以上を適用し、所望の成分のみ単離すればよい。
【0016】
この発明の製造方法により得られるトレハロース誘導体は、食品工業、化粧品工業、医薬品工業などの諸分野に広範な用途を有する。脂肪酸エステル及びアルキルエーテルは、活性高く、安全な界面活性剤として飲食物、化粧品、医薬品などに有用であり、脂肪酸に依っては、抗腫瘍剤としての用途が期待される。硫酸エステルは優秀な保湿剤、美肌剤として化粧品に有利に配合使用でき、また、ハライドは種々の誘導体を合成するための中間体として有用である。
【0017】
次に、実験例に基づきこの発明の作用効果を説明する。
【0018】
<実験例1 酵素の調製>
【0019】
<実験例1−1 非還元性糖質生成酵素の調製>
500ml容三角フラスコに2.0%(w/v)マルトース、0.5%(w/v)ペプトン、0.1%(w/v)酵母エキス、0.1%(w/v)燐酸水素二ナトリウム及び0.1%(w/v)燐酸二水素ナトリウムを含む液体培地(pH7.0)を100mlずつとり、120℃で20分間オートクレーブして滅菌した。冷却後、三角フラスコ内の液体培地にリゾビウム・スピーシーズM−11(FERM BP-4130)を接種し、回転振盪下、27℃で24時間種培養した。その後、30l容ジャーファーメンタに上記と同一組成の液体培地を20lとり、滅菌後、上記で調製した種培養液を1%(v/v)接種し、pHを6乃至8に保ちつつ、30℃で24時間通気攪拌培養した。
【0020】
次に、上記で調製した培養物約18lを超高圧菌体破砕装置にとり、菌体を破砕後、遠心分離により採取した上清約16lに硫酸アンモニウムを20%飽和になるように加え、4℃で1時間静置後、遠心分離により沈澱部を除去した。得られた上清に60%飽和になるように硫酸アンモニウムを加え、4℃で24時間静置後、沈澱部を遠心分離により採取し、最少量の10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に溶解し、10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に対して24時間透析後、遠心分離により不溶物を除去した。新たに得られた上清を予め10mM燐酸緩衝液(pH7.0)により平衡化させておいた東ソー製イオン交換クロマトグラフィー用カラム『DEAE−トヨパール』に負荷し、0Mから0.5Mに上昇する塩化ナトリウムの濃度勾配下、カラムに10mM燐酸緩衡液(pH7.0)を通液した。溶出液より酵素活性ある画分を採取し、2M硫酸アンモニウムを含む50mM燐酸緩衝液(pH7.0)に対して10時間透析後、遠心分離により不溶物を除去した。その後、上清を予め2M硫酸アンモニウムを含む50mM燐酸緩衝液(pH7.0)により平衡化させておいた東ソー製疎水クロマトグラフィー用カラム『ブチルトヨパール』に負荷し、2Mから0Mに下降する硫酸アンモニウムの濃度勾配下、カラムに50mM燐酸緩衡液(pH7.0)を通液した。溶出液から酵素活性ある画分を採取し、予め50mM燐酸緩衝液(pH7.0)により平衡化させておいた東ソー製ゲル濾過カラムクロマトグラフィー用カラム『トヨパールHW−55』に負荷し、カラムに50mM燐酸緩衝液(pH7.0)を通液し、溶出液から酵素活性ある画分を採取した。このようにして精製した非還元性糖質生成酵素の比活性は約195単位/mg蛋白質であり、収量は培養物1l当たり約220単位であった。
【0021】
なお、この発明において、非還元性糖質生成酵素の活性を次の方法により測定し、活性値(単位)で表示する。すなわち、マルトペンタオースを1.25%(w/v)含む50mM燐酸緩衝液(pH7.0)を4mlとり、これに酵素液を1ml加え、40℃で60分間インキュベートして反応させた後、反応液を100℃で10分間加熱して反応を停止させる。反応液を蒸留水で10倍希釈した後、ソモギ・ネルソン法により還元力を測定する。対照には、予め100℃で10分間加熱して失活させた酵素を上記と同様に処置する。非還元性糖質生成酵素の1単位とは、上記条件下において、1分間にマルトペンタオース1μmolに相当する還元力を低下させる酵素の量と定義する。
【0022】
<実験例1−2 トレハロース遊離酵素の調製>
500ml容三角フラスコに松谷化学工業製澱粉部分加水分解物『パインデックス#4』を2.0%(w/v)、ペプトンを0.5%(w/v)、酵母エキスを0.1%(w/v)、燐酸水素二ナトリウムを0.1%(w/v)及び燐酸二水素ナトリウムを0.1%(w/v)含む液体培地(pH7.0)を100mlずつとり、120℃で20分間オートクレーブして滅菌した。冷却後、三角フラスコ内の液体培地にリゾビウム・スピーシーズM−11(FERM
BP−4130)を接種し、回転振盪下、27℃で24時間種培養した。その後、30l容ジャーファーメンタに上記と同一組成の液体培地を20lとり、滅菌後、上記で調製した種培養液を1%(v/v)接種し、pH6乃至8に保ちつつ、30℃で24時間通気攪拌培養した。
【0023】
このようにして調製した培養物約18lを実験例1−1と同様に破砕し、破砕物を精製したところ、比活性約240単位/mg蛋白質のトレハロース遊離酵素が培養物1l当たり約650単位得られた。
【0024】
なお、この発明において、トレハロース遊離酵素の活性を次の方法により測定し、活性値(単位)で表示する。すなわち、α−マルトトリオシルトレハロースを1.25%(w/v)含む50mM燐酸緩衝液(pH7.0)を4mlとり、これに酵素液を1ml加え、40℃で30分間インキュベートして反応させる。そして、反応液を1mlとり、ソモギ銅液2mlに加えて反応を停止させた後、ソモギ・ネルソン法により還元力を測定する。対照には、予め100℃で10分間加熱して失活させた酵素を上記と同様に処置する。トレハロース遊離酵素の1単位とは、上記条件下において、1分間に1μmolのグルコースに相当する還元力を増加させる酵素の量と定義する。
【0025】
<実験例2 トレハロースの調製>
【0026】
<実験例2−1 トレハロース含水結晶の調製>
馬鈴薯澱粉1重量部を水10重量部に懸濁し、常法にしたがって細菌液化型α−アミラーゼを加え、90℃に加熱してDE0.5まで糊化・液化した後、直ちに130℃に加熱して酵素反応を停止させた。得られた澱粉液化液を45℃まで急冷後、澱粉固形分1g当たり、実験例1−1で調製した非還元性糖質生成酵素を1単位、実験例1−2で調製したトレハロース遊離酵素を1単位、林原生物化学研究所製イソアミラーゼ剤を200単位加え、pHを6.0付近に保ちながら48時間糖化して固形分当たりトレハロースを80.5%含む反応物を得た。この反応物を常法にしたがって活性炭により脱色し、イオン交換樹脂により脱塩精製し、75%(w/w)まで濃縮し、助晶缶にとり、50℃に加熱後、種晶としてトレハロース含水結晶粉状物を固形分当たり1%加え、緩やかに攪拌しながら24時間で30℃まで冷却した。斯くして得られたトレハロース含水結晶を含むマスキットをバスケット型遠心機により分蜜し、採取した結晶に水を少量スプレーして洗浄したところ、固形分当たりトレハロースを99.0%含むトレハロース含水結晶が原料澱粉固形分当たり47%の収量で得られた。
【0027】
<実験例2−2 結晶性無水トレハロースの調製>
実験例2−1で調製したトレハロース含水結晶の一部をとり、少量の水に加熱溶解後、蒸発釜に移し、減圧下で煮詰めて水分含量9.5%(w/w)のシロップ状物とした。このシロップ状物を助晶機にとり、種晶として結晶性無水トレハロース粉状物を固形分当たり1%加え、攪拌下、100℃で5分間助晶した後、マスキットをプラスチック製バットに分注し、70℃で3時間静置して熟成させた。その後、バットよりブロック状に固化したマスキットを取出し、常法により粉砕し、流動乾燥して、水分含量約1%(w/w)の結晶性無水トレハロース粉状物を原料固形分当たり約90%の収率で得た。
【0028】
<実験例2−3 非晶質無水トレハロースの調製>
実験例2−1で調製したトレハロース含水結晶の一部をとり、濃度約40%(w/w)になるように水に溶解し、凍結乾燥後、粉砕したところ、水分含量約2%(w/w)の非晶質無水トレハロース粉状物が原料固形分当たりほぼ100%の収量で得られた。
【0029】
<実験例3 オクタアセチルトレハロースの調製>
反応容器に無水酢酸50gを含む乾燥ピリジン65gをとり、0℃に冷却後、実験例2−1乃至2−3で調製したトレハロース含水結晶、結晶性無水トレハロース又は非晶質無水トレハロースのいずれかを3g加え、同じ温度で緩やかに攪拌して完全に溶解した。溶液を室温下で18時間静置して反応させた後、反応物を氷水に注ぎ、暫時静置した後、傾斜により分液して有機溶媒層を採取し、濃縮した。濃縮物をガスクロマトグラフィーを使用する通常の方法により分析し、反応により生成したオクタアセチルトレハロースを定量するとともに、その着色状態を肉眼観察した。結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

(表中、「++」は、肉眼観察により着色が著しかったことを、「±」は、肉眼観察により着色が少なかったことを示す。)
【0031】
表1の結果は、基質にトレハロース含水結晶を使用すると、着色著しいオクタアセチルトレロハースが理論値の僅か60%しか得られないところ、結晶性又は非晶質無水トレハロースを基質にすると、着色少なく、高品質のオクタアセチルトレハロースがほぼ理論値で生成することを示している。このことは、基質に無水トレハロースを使用するこの発明の製造方法によるときには、トレハロース含水結晶を使用する場合と比較して、トレハロース誘導体の収量及び品質が有意に向上することを裏付けている。
【0032】
以下、この発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0033】
<リノール酸エステル>
実験例2−3の方法により得た非晶質無水トレハロース10gと無水ピリジン200mlを反応容器にとり、アルゴン気流下、無水ピリジン5mlに溶解したチアゾリチオン−リノール酸アミドを4g加えた。60%(w/w)油性水素化ナトリウムを85mg加え、室温下で2時間反応させ、反応物に飽和塩化アンモニウム水溶液を1.5ml加えた後、ピリジンを減圧留去し、残渣8.5gを得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製したところ、平均置換度1.4のトレハロースリノール酸エステルが5.3g得られた。
【0034】
無味、無臭で高活性な本品は、安全な非イオン性界面活性剤として、飲食物、化粧品、医薬品などに有利に配合使用できる。なお、対照として、実験例2−1の方法により得たトレハロース含水結晶を同様に反応させたところ、着色著しいトレハロースリノール酸エステルが僅か2.3g得られたに過ぎなかった。
【実施例2】
【0035】
<ミリスチン酸エステル>
実験例2−2の方法により得た結晶性無水トレハロース220gをN,N´−ジメチルホルムアミド800mlに溶解し、ミリスチン酸メチルエステル60gと炭酸カルシウムを4g加え、100乃至200mmHgの減圧下、攪拌しながら85乃至95℃で24時間反応させた。その後、反応物から溶媒を減圧留去し、残渣をアセトン300mlに2回浸漬し、浸出液を濃縮し、ベンゼン及び石油エーテルで洗浄して得られる粘性の油状物を再度アセトン300mlに浸漬した。浸出液を氷冷し、沈澱部を採取し、乾燥したところ、平均置換度1.7のトレハロースミリスチン酸エステルが310g得られた。
【0036】
無味、無臭で高活性な本品は、安全な非イオン性界面活性剤として、飲食物、化粧品、医薬品などに有利に配合使用できる。また、本品には生体内外で悪性腫瘍の増殖を抑制する作用があり、医薬品の有効成分としても有用である。なお、対照として、実験例2−1の方法により得たトレハロース含水結晶を同様に反応させたところ、着色著しいトレハロースミリスチン酸エステルが僅か90g得られたにすぎなかった。
【実施例3】
【0037】
<ドデシルエーテル>
n−ドデカノール390gを反応容器にとり、125℃に加熱後、触媒としてp−トルエンスルホン酸を1g加え、容器内を5乃至10mmHgに減圧した。別途、実験例2−3の方法により得た非晶質無水トレハロース100gをn−ドデカノール130gに懸濁し、2.3g/分の割合で100分間かけて反応容器内に滴々加えて反応させた。その後、反応物を飽和炭酸ナトリウム水溶液で中和し、未反応のアルコールを留去したところ、固形分当たりトレハロースドデシルエーテルを79.9%含む組成物が約140g得られた。
【0038】
高活性な本品は、安全な界面活性剤として、洗濯用洗剤、台所用洗剤、シャンプーを始めとする洗剤一般に有利に配合使用できる。なお、対照として、実験例2−1の方法により得たトレハロース含水結晶を同様に反応させたところ、トレハロースドデシルエーテルを27.5%含む着色著しい組成物が約80g得られたにすぎなかった。
【実施例4】
【0039】
<硫酸エステル>
実験例2−3の方法で得た非晶質無水トレハロース1重量部を反応容器にとり、窒素気流下、常法にしたがって別途調製した三酸化硫黄−ジメチルホルムアミド錯体5重量部を滴々加え、室温下で4時間、その後、70℃でさらに1時間反応させた。5N水酸化ナトリウムを適量加えて中和し、メチルアルコールを5倍容加え、暫時静置した後、沈澱部を吸引濾過により採取したところ、平均置換度7.7のトレハロース硫酸エステルが約95%の収量で得られた。
【0040】
高品質の本品は、保湿剤、美肌剤として化粧品一般に有利に配合使用できる。なお、対照として、実験例2−1の方法により得たトレハロース含水結晶を同様に反応させたところ、平均置換度6.5の着色著しいトレハロース硫酸エステルが約63%の収量で得られたにすぎなかった。
【実施例5】
【0041】
<硫酸エステル>
【0042】
<実施例5−1 マルトース・トレハロース変換酵素の調製>
500ml容フラスコに2.0%(w/v)グルコース、0.5%(w/v)ポリペプトン、0.1%(w/v)酵母エキス、0.1%(w/v)燐酸水素二カリウム、0.06%(w/v)燐酸二水素ナトリウム、0.05%(w/v)硫酸マグネシウム7水塩、0.5%(w/v)炭酸カルシウム及び水からなる液体培地(pH7.2)を100mlずつとり、115℃で30分間加熱して滅菌し、冷却後、ピメロバクター・スピーシーズR48(FERM
BP−4315)を接種し、27℃、200rpmで24時間種培養した。その後、30l容ジャーファーメンタに上記と同一組成の新鮮な液体培地を20lずつとり、同様に滅菌し、27℃まで冷却後、上記で得た種培養液を1%(v/v)ずつ接種し、培地のpHを6.0乃至8.0に保ちつつ、27℃で40時間通気攪拌培養した。
【0043】
培養物を遠心分離し、得られた菌体(湿重量約0.5kg)を10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に浮遊させ、常法により粉砕後、遠心分離して粗酵素液約4.5lを得た。この粗酵素液に硫酸アンモニウムを30%飽和になるように加え、4℃で4時間静置して塩析した後、遠心分離して上清を採取した。この上清に硫酸アンモニウムを80%飽和になるように加え、4℃で一夜静置後、遠心分離により沈澱部を採取し、少量の10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に溶解し、10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に対して24時間透析した。透析内液を遠心分離して採取した上清を予め10mM燐酸緩衝液(pH7.0)により平衡化させておいた東ソー製イオン交換クロマトグラフィー用カラム『DEAEトヨパール』に負荷し、0Mから0.4Mに上昇する塩化ナトリウムの濃度勾配下、カラムに10mM燐酸緩衝液(pH7.0)を通液した。溶出液より酵素活性ある画分を採取し、1M硫酸アンモニウムを含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0)に対して10時間透析後、遠心分離して上清を採取した。この上清を予め1M硫酸アンモニウムを含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0)により平衡化させておいた東ソー製疎水クロマトグラフィー用カラム『ブチルトヨパール』に負荷し、1Mから0Mに低下する硫酸アンモニウムの濃度勾配下、カラムに10mM燐酸緩衝液(pH7.0)を通液した。溶出液から酵素活性ある画分を採取し、予め10mM燐酸緩衝液(pH7.0)により平衡化させておいたファルマシア製イオン交換クロマトグラフィー用カラム『モノQ HR5/5』に負荷し、0Mから0.5Mに上昇する塩化ナトリウムの濃度勾配下、カラムに10mM燐酸緩衝液(pH7.0)を通液し、溶出液より酵素活性ある画分を採取した。このようにして精製したマルトース・トレハロース変換酵素の比活性は約17単位/mg蛋白質であり、収量は培養物11当たり約46単位であった。
【0044】
なお、この発明において、マルトース・トレハロース変換酵素の活性を次の方法により測定し、活性値(単位)で表示する。すなわち、マルトースを20%(w/v)含む10mM燐酸緩衝液(pH7.0)を1mlとり、適宜濃度に希釈した酵素液を1ml加え、25℃で60分間インキュベートして反応させた後、100℃で10分間加熱して反応を停止させる。反応物を50mM燐酸緩衝液(pH7.5)で11倍希釈し、その希釈した反応物を0.4mlとり、これにトレハラーゼを1単位/ml含む溶液を0.1ml加え、45℃で120分間インキュベート後、反応物中のグルコース量をグルコースオキシダーゼ法で定量する。同時に、100℃で10分間加熱して失活させた酵素液を用いる系を設け、上記と同様に処置して対照とする。このようにして求めたグルコース量から反応により生成したトレハロースの量を推定する。マルトース・トレハロース変換酵素の1単位とは、上記条件下において、1分間に1μmolのトレハロースを生成する酵素の量と定義する。
【0045】
<実施例5−2 結晶性無水トレハロースの調製>
玉蜀黍澱粉を濃度15%(w/w)になるように水に懸濁し、pH5.5に調整後、ナガセ生化学工業製液化型α−アミラーゼ剤『スピターゼHS』を澱粉固形分1g当たり2単位加え、攪拌下、90℃に加熱して澱粉を糊化・液化した。澱粉液化液を120℃で20分間オートクレーブして酵素を失活させ、55℃に急冷し、pH5.0に調整後、澱粉固形分1g当たり、林原生物化学研究所製イソアミラーゼ剤とナガセ生化学工業製α−アミラーゼ剤をそれぞれ300単位又は20単位加え、24時間反応させて固形分当たりマルトースを92%含む反応物を得た。この反応物を100℃で20分間加熱して酵素を失活させ、20℃、pH7.0に調整後、実施例5−1で調製したマルトース・トレハロース変換酵素を澱粉固形分1g当たり1.5単位加え、72時間反応させて固形分当たりトレハロースを71%含む反応物を得た。この反応物を95℃で10分間加熱して酵素を失活させ、酵素を失活させ、冷却し、実験例2−1と同様に精製後、水分含量9.5%(w/w)まで濃縮した。濃縮物を助晶機にとり、種晶として結晶性無水トレハロース粉状物を固形分当たり1%加え、攪拌下、110℃で10分間助晶した後、マスキットをプラスチック製バットに分注し、70℃で3時間静置して熟成させた。その後、バットよりブロック状に固化したマスキットを取出し、常法により粉砕し、流動乾燥して、水分含量約2%(w/w)の結晶性無水トレハロース紛状物を原料澱粉固形分当たり約95%の収率で得た。
【0046】
<実施例5−3 硫酸エステルの調製>
実施例5−2で調製した結晶性無水トレハロースを100gとり、実施例4の方法により硫酸化したところ、平均置換度約8のトレハロース硫酸エステルを含む組成物が約240g得られた。
【0047】
高品質の本品は、保湿剤、美肌剤として化粧品一般に有利に配合使用できる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上説明したごとく、この発明は、無水トレハロースに無水条件下で反応性試薬を反応させることにより、従来方法では容易に得られなかった高品質のトレハロース誘導体を高収率で製造することを可能ならしめるものである。トレハロース含水結晶と違って、無水トレハロースは結晶水を持たないので、反応前の乾燥工程を著しく短縮するか、場合に依っては省略することさえ可能となり、トレハロース誘導体の製造コストを大幅に引下げることができることとなる。そして、この発明の方法により得られたトレハロース誘導体は、界面活性剤、保湿剤、美肌剤、抗腫瘍剤、合成中間体などとして飲食物、化粧品、医薬品、洗剤、化学品の製造又は合成に多種多様の用途を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カールフィッシャー法で測定した水分含量が3%(w/w)未満の無水トレハロースに無水条件下で非アノマー性ヒドロキシル基に対して反応性を有する試薬を反応させ、エステル化反応又はエーテル化反応により、カルボン酸エステル及び脂肪酸エステルから選ばれるエステル又はメチルエーテル、ベンジルエーテル、トリチルエーテル、メチルシリルエーテル及びドデシルエーテルから選ばれるトレハロース誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2006−342168(P2006−342168A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−183970(P2006−183970)
【出願日】平成18年7月4日(2006.7.4)
【分割の表示】特願平6−341189の分割
【原出願日】平成6年11月30日(1994.11.30)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】