説明

トロポニン含有医薬組成物

【課題】平滑筋に起因する疾患の治療に有効な医薬組成物、平滑筋収縮薬及び平滑筋弛緩薬の提供。
【解決手段】トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターから選択される少なくとも1種含む医薬組成物。気管支拡張症、尿失禁、尿閉及び逆流性食道炎等の平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患、或いは高血圧、虚血性疾患、気管支喘息、過活動膀胱、尿失禁及び門脈圧亢進等の平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患に有効な医薬組成物として使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トロポニン含有医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、平滑筋の収縮力調整のアンバランスに資する代表的な疾患として、血管では高血圧、虚血性疾患 (狭心症、心筋梗塞、脳梗塞等)、気管支では喘息、さらに下部尿路系では過活動膀胱、尿失禁などが知られている。この中には、患者のQOL(Quality of Life)を著しく低下させるものや、生命を脅かすものなど重篤な疾患も少なくない。
これらの疾患に対する治療としては、血管ステントなどの根治的な治療法も認められるようになってきたが、ほとんどは従来どおりの薬物療法が行われているのが現状である。
しかしながら、薬物療法では、服用期間が長期に及ぶため、薬剤コンプライアンス、副作用、薬剤耐性の問題などによって、治療が奏功しない場合も多い。
【0003】
近年、癌や閉塞性動脈硬化症に対して、遺伝子導入技術を用いた治療が試験的に行われている。しかしながら、平滑筋に起因する疾患に対しては、遺伝子導入技術を用いた治療は、現在のところ行われていない。
【0004】
ところで、心筋や骨格筋の収縮メカニズムにおいて中心的な役割を果たすタンパク質として、トロポニン複合体が知られている。トロポニン複合体は、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCから構成される三量体タンパク質である。これまで、トロポニン複合体及びその構成タンパク質は、心筋及び骨格筋にのみ存在し、平滑筋には存在しないと報告されてきた(非特許文献1〜3)。現在のところ、トロポニン複合体の構成タンパク質が平滑筋に存在することは報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Gordon A. M., Homsher E. & Regnier M. Regulation of Contraction in Striated Muscle. Physiol. Rev. 2000; 80: 853-924
【非特許文献2】Wang Q, Reiter RS, Huang QQ, Jin JP, Lin JJ. Comparative studies on the expression patterns of three troponin T genes during mouse development. Anat Rec. 2001; 263(1): 72-84
【非特許文献3】Watanabe M, Yoshino Y & Morimoto S. Troponin I inhibitory peptide suppresses the force generation in smooth muscle by directly interfering with cross-bridge formation. Biochem Biophys Res Commun. 2003; 307(2): 236-240
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、平滑筋に起因する疾患の治療に有効なトロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターを含む医薬組成物、平滑筋収縮薬及び平滑筋弛緩薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、心筋トロポニン三量体の構成タンパク質のうち、心筋トロポニンT(cardiac Troponin T: cTnT)が、マウス及びヒトにおけるほとんどの平滑筋組織に存在していることを見出した。
また、平滑筋脱膜化標本を用い、心筋トロポニン三量体の構成タンパク質である心筋トロポニンI(cardiac Troponin I:cTnI)及び/又は心筋トロポニンC(cardia Troponin C:cTnC)を平滑筋に導入することにより、平滑筋中にトロポニン収縮システムを形成させ、平滑筋の収縮を増強又は抑制させることに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0008】
(1)トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、医薬組成物。
(2)トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質が、平滑筋中の筋収縮又は弛緩に関与することができるものである、上記(1)に記載の医薬組成物。
(3)トロポニン複合体の構成タンパク質が、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCからなる群から選択される少なくとも1種である、上記(1)又は(2)に記載の医薬組成物。
(4)トロポニン複合体の構成タンパク質が、トロポニンI、又はトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせである、上記(1)又は(2)に記載の医薬組成物。
(5)平滑筋の収縮の低下若しくは不全又は平滑筋の弛緩の低下若しくは不全に起因する疾患を治療するための、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の医薬組成物。
(6)平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患が、気管支拡張症、尿失禁、尿閉及び逆流性食道炎からなる群から選択される少なくとも1種である、上記(5)に記載の医薬組成物。
(7)平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患が、高血圧、虚血性疾患、気管支喘息、過活動膀胱、尿失禁及び門脈圧亢進からなる群から選択される少なくとも1種である、上記(5)に記載の医薬組成物。
(8)虚血性疾患が、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、肺梗塞及び複雑性腸閉塞からなる群から選択される少なくとも1種である、上記(7)に記載の医薬組成物。
(9)トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、平滑筋収縮薬。
(10)トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質が、平滑筋中の筋収縮に関与することができるものである、上記(9)に記載の平滑筋収縮薬。
(11)トロポニン複合体の構成タンパク質が、トロポニンC、又はトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせである、上記(9)又は(10)に記載の平滑筋収縮薬。
(12)トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、平滑筋弛緩薬。
(13)トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質が、平滑筋中の筋弛緩に関与することができるものである、上記(12)に記載の平滑筋弛緩薬。
(14)トロポニン複合体の構成タンパク質がトロポニンIである、上記(12)又は(13)に記載の平滑筋弛緩薬。
【0009】
本発明における発現ベクターとしては、ウイルスベクター又は非ウイルスベクターが挙げられる。また、本発明における平滑筋には、血管平滑筋、気管支平滑筋、消化器平滑筋、尿路平滑筋又は分泌管の平滑筋が含まれる。本発明において、トロポニンとしては、心筋トロポニンが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、平滑筋に起因する疾患の新たな治療法が提供される。本発明において、トロポニン複合体又はその構成タンパク質は、平滑筋中に導入することにより、機能低下又は不全に陥った平滑筋の機能を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】各種平滑筋におけるトロポニン構成タンパク質cTnT、cTnI及びcTnCの発現を示す図である。
【図2A】ヒト膀胱平滑筋組織由来の心筋トロポニンTのDNAシークエンス結果を示す図である。PCRプライマーの結合位置及び心筋トロポニンTのDNAアラインメントを示す。
【図2B】ヒト膀胱平滑筋組織由来の心筋トロポニンIのDNAシークエンス結果を示す図である。PCRプライマーの結合位置及び心筋トロポニンIのDNAアラインメントを示す。
【図2C】ヒト膀胱平滑筋組織由来の心筋トロポニンCのDNAシークエンス結果を示す図である。PCRプライマーの結合位置及び心筋トロポニンCのDNAアラインメントを示す。
【図3】心筋トロポニンT(cTnT)の発現及び細胞内局在性を示す図である。
【図4】透過処理したヒト排尿筋線維における、Ca2+により誘導される張力に対するトロポニンI及びCの効果を示す図である。
【図5】β-エスチンで透過処理した標本におけるCa2+誘発性の収縮に対する心筋トロポニンI(cTnI)及び心筋トロポニンC(cTnC)の効果を示す図である。
【図6】cTnI 及び cTnCを導入した後の脱膜化標本に対するウエスタンブロットの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
【0013】
1.概要
トロポニン複合体又はその構成タンパク質は、これまで平滑筋には存在しないと報告されてきた。しかしながら、本発明者らは、トロポニン複合体の構成タンパク質の一つであるトロポニンTが、マウス及びヒトのほとんどの平滑筋組織に存在することを見出した。さらに、本発明者らは、平滑筋にトロポニンI及び/又はトロポニンCを導入すると、これらのタンパク質は平滑筋中のトロポニンTと三量体を形成し、トロポニン収縮システムを構築できることを見出した。構築された平滑筋のトロポニン収縮システムは、機能低下又は不全に陥った平滑筋機能を代償することができる。
本発明はこれらの知見に基づき完成されたものである。
【0014】
本発明の医薬組成物、平滑筋収縮薬又は平滑筋弛緩薬(以下、「医薬組成物等」という)を用いることにより、平滑筋収縮・弛緩機能の低下又は不全に関する疾患の根治的治療法を実現できる可能性がある。例えば、尿失禁は、尿道平滑筋の収縮機能の低下又は膀胱平滑筋の弛緩機能の低下により起こる疾患であり、50〜70代女性のほぼ半数に認められ、外出がままならないなど著しくQOLを低下させる。この症状は、本発明の医薬組成物等を用いてトロポニンI及びCの双方を尿道へ投与し、尿道平滑筋の収縮機能を回復させるか、トロポニンIを膀胱平滑筋へ投与し、膀胱平滑筋の弛緩機能を回復させることにより、改善し得る。
【0015】
また、本発明の医薬組成物等は、従来の薬物療法と比較し、薬剤コンプライアンスの問題、薬剤による副作用の問題において優れている。また、平滑筋全般の疾患を対象としているので、応用範囲は相当な広範囲なものとなる。
【0016】
2.トロポニン複合体
トロポニン複合体は、3種類のタンパク質から構成される三量体タンパク質である。当該構成タンパク質としては、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCが知られている。トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCは、二者又は三者複合体を形成することにより、筋収縮システムに関与する調節タンパク質として機能する。
本発明において、「トロポニン複合体」とは、トロポニン複合体の構成タンパク質であるトロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCからなる群から選択される少なくとも2種類のタンパク質で構成される複合体を指す。トロポニン複合体としては、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCから構成される三者複合体、又はトロポニンT及びトロポニンI、トロポニンT及びトロポニンC、若しくはトロポニンI及びトロポニンCから構成される二者複合体が挙げられるが、好ましくはトロポニンI及びトロポニンCから構成される二者複合体である。
【0017】
本発明において、トロポニン複合体は、トロポニン複合体の構成タンパク質のうち少なくとも2種類を、任意の細胞中で共発現させる方法などにより作製することができる。任意のタンパク質を任意の細胞中で共発現させる方法は当業者に公知である。
【0018】
本発明において、「トロポニン複合体」、「トロポニンT」、「トロポニンI」及び「トロポニンC」における「トロポニン」としては、心筋トロポニン又は骨格筋トロポニンが挙げられるが、好ましくは心筋トロポニンである。
【0019】
3.トロポニン複合体の構成タンパク質
(1)トロポニン複合体の構成タンパク質
本発明において、「トロポニン複合体の構成タンパク質」とは、トロポニンT、トロポニンI、トロポニンCからなる群から選択される少なくとも1種を指す。トロポニンT(tropomyosin binding component)は、トロポミオシンと結合し、トロポニン複合体を筋肉内のアクチンフィラメント上につなぎとめる機能を有するタンパク質である。また、トロポニンTは、Ca2+感受性を調節する機能も有する。トロポニンI(inhibitory component)は、Ca2+の非存在下でアクチンフィラメントがミオシン頭部と結合するのを防ぎ、筋収縮を抑制するタンパク質である。また、トロポニンIは、Ca2+感受性を調節する機能も有する。トロポニンC(Ca2+-binding component)は、Ca2+結合部分においてCa2+を4個結合するいわゆるEFハンドタイプのタンパク質である。トロポニンCは、Ca2+の存在下でトロポニンIをアクチンから解離させることにより、トロポニンIによる抑制を解除し、筋収縮を惹起する。
【0020】
(2)トロポニンT
本発明におけるトロポニンTとしては、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。また、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドのほか、当該ポリペプチドの変異体にも、平滑筋において筋収縮又は弛緩に関与することができるポリペプチドが存在しうる。従って、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、トロポニンT活性を有するポリペプチドも、本発明の医薬組成物等に使用することが可能である。
【0021】
本発明において、「トロポニンT活性」とは、トロポニンC若しくはトロポミオシンとの結合活性を意味する。また、変異型の「トロポニンT活性」とは、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるトロポニンTの活性と比較して、少なくとも30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは90%以上の活性を有することを意味する。
トロポニンTとトロポニンCとの結合活性の有無については、例えば免疫沈降法、プルダウンアッセイなどの公知の方法を用いることにより、検出することができる。
【0022】
本発明において、トロポニンTには、上記の通り配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列からなり、かつ、トロポニンT活性を有するポリペプチドも含まれる。
【0023】
配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が、欠失、置換、若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列としては、例えば、
(i) 配列番号2で表されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、
(ii) 配列番号2で表されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、
(iii) 配列番号2で表されるアミノ酸配列に1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、
(iv) 上記(i)〜(iii) の組合せにより変異されたアミノ酸配列
などが挙げられる。
【0024】
また、トロポニンTの変異型は、配列番号2で表されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、トロポニンT活性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。
【0025】
ホモロジーは、インターネットを利用したホモロジー検索サイトを利用して行うことができる。例えば日本DNAデータバンク(DDBJ)において、FASTA、BLAST、PSI-BLAST等の相同性検索が利用できる。
【0026】
トロポニンTには、配列番号1で表される塩基配列によりコードされるポリペプチド、及び、配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチドであって、トロポニンT活性を有するポリペプチドも含まれる。
本発明において、後述するトロポニンTをコードするポリヌクレオチドは、トロポニンT又はこれらの変異体を作製する際に使用される。
【0027】
本明細書において、ストリンジェントな条件は、ハイブリダイゼーション後の洗浄条件として、例えば、「2×SSC、0.1%SDS、42℃」、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」、よりストリンジェントな条件としては、例えば、「1×SSC、0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS、50℃」等の条件を挙げることができる。
【0028】
ハイブリダイゼーションは、公知の方法によって行うことができる。ハイブリダイゼーションの方法は、例えば、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons(1987-1997))等を参照することができる。
【0029】
また、本明細書において、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドには、例えば、配列番号1で示される塩基配列と少なくとも80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上の同一性(相同性)を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドが含まれる。同一性を示す値は、BLASTなどの公知のプログラムを利用することにより算出することができる。
【0030】
(3)トロポニンI
本発明におけるトロポニンIとしては、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。また、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドのほか、当該ポリペプチドの変異体であっても、平滑筋において筋収縮又は弛緩に関与することができるポリペプチドが存在しうる。したがって、配列番号4で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、トロポニンI活性を有するポリペプチドも、本発明の医薬組成物等に使用することが可能である。
【0031】
本発明において、「トロポニンI活性」とは、トロポニンCとの結合活性を意味する。また、変異型の「トロポニンI活性」とは、配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるトロポニンIの活性と比較して、少なくとも30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは90%以上の活性を有することを意味する。
トロポニンIのトロポニンCとの結合活性の有無については、前記と同様の公知の方法を用いることにより、判断することができる。
【0032】
本発明において、トロポニンIには、上記の通り配列番号4で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列からなり、かつ、トロポニンI活性を有するポリペプチドも含まれる。
【0033】
配列番号4で示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が、欠失、置換、若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列としては、例えば、
(i) 配列番号4で表されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、
(ii) 配列番号4で表されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、
(iii) 配列番号4で表されるアミノ酸配列に1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、
(iv) 上記(i)〜(iii) の組合せにより変異されたアミノ酸配列
などが挙げられる。
【0034】
また、トロポニンIの変異型は、配列番号4で表されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、トロポニンI活性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。ホモロジーの検索方法は、上記と同様である。
【0035】
トロポニンIには、配列番号3で表される塩基配列によりコードされるポリペプチド、及び、配列番号3で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチドであって、トロポニンI活性を有するポリペプチドも含まれる。また、本発明においては、トロポニンIをコードするポリヌクレオチドは、トロポニンI又はこれらの変異体を作製する際に使用される。
ストリンジェントな条件の定義、ハイブリダイゼーションの方法、変異の態様、PCR法などは、塩基配列及びアミノ酸配列がそれぞれ配列番号3、配列番号4である点を除き、前記と同様である。
【0036】
(4)トロポニンC
本発明におけるトロポニンCとしては、配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。
また、配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドのほか、当該ポリペプチドの変異体であっても、平滑筋において筋収縮又は弛緩に関与することができるポリペプチドが存在しうる。したがって、配列番号6で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、トロポニンC活性を有するポリペプチドも、本発明の方法に使用することが可能である。
【0037】
本発明において、「トロポニンC活性」とは、トロポニンT若しくはトロポニンIとの結合活性を意味する。また、変異型の「トロポニンC活性」とは、配列番号6に示されるアミノ酸配列からなるトロポニンCの活性と比較して、少なくとも30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは90%以上の活性を有することを意味する。
トロポニンCのトロポニンT若しくはトロポニンIとの結合活性の有無については、前記と同様の公知の方法を用いることにより、判断することができる。
【0038】
本発明において、トロポニンCには、上記の通り配列番号6で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列からなり、かつ、トロポニンC活性を有するポリペプチドも含まれる。
【0039】
配列番号6で示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が、欠失、置換、若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列としては、例えば、
(i) 配列番号6で表されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、
(ii) 配列番号6で表されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、
(iii) 配列番号6で表されるアミノ酸配列に1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、
(iv) 上記(i)〜(iii) の組合せにより変異されたアミノ酸配列
などが挙げられる。
【0040】
また、トロポニンCの変異型は、配列番号6で表されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、トロポニンC活性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。ホモロジーの検索方法は、上記と同様である。
【0041】
トロポニンCには、配列番号5で表される塩基配列によりコードされるポリペプチド、及び、配列番号5で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチドであって、トロポニンC活性を有するポリペプチドも含まれる。また、本発明においては、トロポニンCをコードするポリヌクレオチドは、トロポニンC又はこれらの変異体を作製する際に使用される。
ストリンジェントな条件の定義、ハイブリダイゼーションの方法、変異の態様、PCR法などは、塩基配列及びアミノ酸配列がそれぞれ配列番号5、配列番号6である点を除き、前記と同様である。
【0042】
cTnT、cTnI及びcTnCのポリペプチド並びにその変異体は、公知の方法により作製することができる。例えば、cTnT、cTnI及びcTnC並びにその変異体のポリヌクレオチド(cDNA等)をそれぞれ後述する方法により取得し、大腸菌BL21(DE3)などにおいて発現させることにより作製することができる。タンパク質精製は、既に報告されている方法により行うことができる(Yanaga et al J. Biol. Chem. Vol 274, pp8806-8812, 1999)。なお、各トロポニン構成タンパク質は、市販のものを購入することにより取得することも可能である。
【0043】
4.トロポニン複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド
(1)トロポニン複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド
本発明の医薬組成物等に含まれる、トロポニン複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、以下の方法により取得することができる。
例えば、心筋トロポニンT(cTnT)、心筋トロポニンI(cTnI)、心筋トロポニンC(cTnC)をコードするポリヌクレオチドの塩基配列は公知であり、それぞれ配列情報をGenBankなどから入手することができる。従って、cTnT、cTnI、cTnCをコードするポリヌクレオチドは、以下の配列情報に基づき適切なプライマーを設計し、心筋トロポニンcDNAから遺伝子増幅技術(PCR)(Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons(1987)Section 6.1-6.4)により得ることができる。
また、各ポリヌクレオチドは、以下の配列情報から、所望の配列が得られるようにプライマーを設計し、ヒト検体より精製したゲノムから逆転写反応およびPCR法により得ることができる。逆転写反応は、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))を参照することができる。
【0044】
各ポリヌクレオチドの塩基配列のGenBankアクセッション番号及び配列番号を以下に示す。
ヒトcTnT:NM_000364(配列番号1)
ヒトcTnI:NM_000363(配列番号3)
ヒトcTnC:NM_003280(配列番号5)
【0045】
本発明において、塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができる。例えば、ジデオキシヌクレオチドチェーンターミネーション法(Sanger et al.(1977)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74: 5463)等により行うことができる。また、適当なDNAシークエンサーを利用して配列を解析することも可能である。
【0046】
(2)トロポニンTをコードするポリヌクレオチド
本発明におけるトロポニンTをコードするポリヌクレオチドとしては、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。
また、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのほか、当該ポリヌクレオチドの変異体であっても、平滑筋において筋収縮又は弛緩に関与することができるポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが存在しうる。したがって、配列番号1で表される塩基配列からなるヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、トロポニンT活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドも、本発明の医薬組成物等に使用することが可能である。
【0047】
配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、例えば、配列番号1で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0048】
ここで、配列番号1で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドとしては、例えば、
(i) 配列番号1で表される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が欠失した塩基配列、
(ii) 配列番号1で表される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が他の核酸で置換された塩基配列、
(iii) 配列番号1で表される塩基配列に1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が付加した塩基配列、
(iv)上記(i)〜(iii)の組合せにより変異された塩基配列などが挙げられる。
【0049】
配列番号1で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドは、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons(1987-1997))、Kunkel(1985)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 488-92、Kramer and Fritz(1987)Method. Enzymol. 154: 350-67、Kunkel(1988)Method. Enzymol. 85: 2763-6等に記載の部位特異的変異誘発法等の方法に従って調製することができる。
【0050】
ポリヌクレオチドに変異を導入するには、Kunkel法やGapped duplex法等の部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)等を用いて行うことができる。
【0051】
さらに、配列番号1で表される塩基配列と50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上又は99%以上の相同性を有し、かつ、トロポニンT活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを用いることができる。
【0052】
本発明における「トロポニンT活性」及びその測定方法については上記の通りである。また、ストリンジェントな条件の定義、ハイブリダイゼーションの方法、PCR法、ホモロジーの検索方法などは、前記と同様である。
【0053】
(3)トロポニンIをコードするポリヌクレオチド
本発明におけるトロポニンIをコードするポリヌクレオチドとしては、配列番号3で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。
また、配列番号3で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのほか、当該ポリヌクレオチドの変異体であっても、平滑筋において筋収縮又は弛緩に関与することができるポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが存在しうる。したがって、配列番号3で表される塩基配列からなるヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、トロポニンI活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドも、本発明の医薬組成物等に使用することが可能である。
【0054】
配列番号3で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、例えば、配列番号3で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0055】
ここで、配列番号3で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドとしては、例えば、
(i) 配列番号3で表される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が欠失した塩基配列、
(ii) 配列番号3で表される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が他の核酸で置換された塩基配列、
(iii) 配列番号3で表される塩基配列に1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が付加した塩基配列、
(iv)上記(i)〜(iii)の組合せにより変異された塩基配列などが挙げられる。
【0056】
さらに、配列番号3で表される塩基配列と50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上又は99%以上の相同性を有し、かつ、トロポニンI活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを用いることができる。
本発明における「トロポニンI活性」及びその測定方法については上記の通りである。また、ストリンジェントな条件の定義、ハイブリダイゼーションの方法、PCR法、ホモロジーの検索方法などは、前記と同様である。
【0057】
(4)トロポニンCをコードするポリヌクレオチド
本発明におけるトロポニンCをコードするポリヌクレオチドとしては、配列番号5で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。
また、配列番号5で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのほか、当該ポリヌクレオチドの変異体であっても、平滑筋において筋収縮又は弛緩に関与することができるポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが存在しうる。したがって、配列番号5で表される塩基配列からなるヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、トロポニンC活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドも、本発明の医薬組成物等に使用することが可能である。
【0058】
配列番号5で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、例えば、配列番号5で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0059】
ここで、配列番号5で表される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドとしては、例えば、
(i) 配列番号5で表される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が欠失した塩基配列、
(ii) 配列番号5で表される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が他の核酸で置換された塩基配列、
(iii) 配列番号5で表される塩基配列に1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が付加した塩基配列、
(iv)上記(i)〜(iii)の組合せにより変異された塩基配列などが挙げられる。
【0060】
さらに、配列番号5で表される塩基配列と50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上又は99%以上の相同性を有し、かつ、トロポニンC活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを用いることができる。
本発明における「トロポニンC活性」及びその測定方法については上記の通りである。また、ストリンジェントな条件の定義、ハイブリダイゼーションの方法、PCR法、ホモロジーの検索方法などは、前記と同様である。
【0061】
5.発現ベクター
本発明の医薬組成物等には、トロポニン複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを有効成分として使用することができる。
このような発現ベクターとしては、ウイルスベクター又は非ウイルスベクターを使用することができる。ここで、ウイルスベクターとしては、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、パラミクソウイルスベクター等を用いることができ、好ましくは、レンチウイルスベクターあるいはパラミクソウイルスベクターである。また、非ウイルスベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(pCR4、pBR322、pUC12など)、酵母由来のプラスミド(pSH19、pSH15など)、コスミドベクター、人工染色体(YAC 、BACなど)等を用いることができる。
上記発現ベクターのうち、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、及びパラミクソウイルスベクターは、遺伝子治療用のベクターとして使用することができる。
また、本発明のポリヌクレオチドを発現させるためのプロモーターとしては、CMVプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター等を用いることができる。また、本発明のポリヌクレオチドを平滑筋で特異的に発現させるためのプロモーターとして、SM1プロモーター、SM22プロモーター等を用いることができる。
上記プロモーターのうち、CMVプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター及びSM22プロモーターは、遺伝子治療用のプロモーターとして使用することができる。
【0062】
発現ベクターの作製は、例えば、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989))等を参照し、通常の遺伝子工学的手法を用いて行うことができる。
例えば、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの試料をPCR等により調製する。PCRは、Taqポリメラーゼまたはその他のDNAポリメラーゼを用いる通常の方法によって実施することができる。増幅したポリヌクレオチド断片は、制限酵素で消化した後、上記各発現ベクターの制限酵素部位またはマルチクローニング部位に挿入する。前記ポリヌクレオチド断片を発現ベクターに挿入後、前記ポリヌクレオチド配列をシークエンサーで確認し、正しい配列を含む発現ベクターを選択する。
【0063】
6.医薬組成物
本発明の医薬組成物は、トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、医薬組成物である。
本発明の医薬組成物は添加剤を含んでいてもよく、当該添加剤としては、例えば、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、着色剤、矯味矯臭剤、乳化剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤、吸収促進剤などが挙げられる。これらを単独又は適宜組み合わせ、定法により本発明の医薬組成物を製造することができる。
【0064】
医薬組成物の投与形態としては、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤などの経口剤、坐剤、軟膏剤、眼軟膏剤、テープ剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤などの外用剤又は注射剤を挙げることができる。
【0065】
経口剤は、前記添加剤を適宜組み合わせて製剤化する。なお、必要に応じてこれらの表面をコーティングしてもよい。
外用剤は、前記添加剤のうち、特に賦形剤、結合剤、矯味矯臭剤、乳化剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤又は吸収促進剤を適宜組み合わせて製剤化する。
注射剤は、前記添加剤のうち、特に乳化剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤又は吸収促進剤を適宜組み合わせて製剤化する。
注射剤などの液体製剤は、使用前に生理食塩水等で溶解する用時調製用粉末(例えば凍結乾燥粉末)の形態であってもよい。
【0066】
本発明の医薬組成物の投与経路としては、経口投与、組織内投与(皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、静脈内投与など)、皮内投与、局所投与(経皮投与、眼球内投与など)又は経直腸的に投与することができる。例えば、本発明の医薬組成物は、哺乳動物の各種平滑筋に筋肉内投与することができる。本発明の医薬組成物は、これらの投与経路に適した投与形態で投与される。
【0067】
本発明の医薬組成物は哺乳動物に対して投与することができる。ここで、哺乳動物としては、例えば、ヒト、ウサギ、モルモット、ラット、マウス、ハムスター、ネコ、イヌ、ヤギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、ウマ、サルなどが挙げられる。
【0068】
本発明の医薬組成物に含まれるトロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターの有効投与量は、症状の程度、患者の年齢、性別、体重、感受性差、投与方法、投与時期、投与間隔、投与期間、又は調剤の種類などにより異なるが、当業者であれば、適宜設定することができる。
また、本発明のトロポニン複合体の構成タンパク質を発現するウイルスベクターを投与する場合、成人(体重60kg)に週に1回〜7回、好ましくは1〜2回投与することができ、その投与量は、1回当たり下限は5x107活性ウイルス粒子であり、上限は5x1012活性ウイルス粒子である。好ましくは、1回あたり下限は5x108活性ウイルス粒子であり、上限は5x1010活性ウイルス粒子である。より好ましくは1x109〜5x109活性ウイルス粒子である。
さらに、本発明のトロポニン複合体の構成タンパク質を発現するプラスミドベクターを投与する場合、成人(体重60kg)に週に1回〜7回、好ましくは1〜2回投与することができ、その投与量は、1回当たり下限は1mgであり、上限は50 mgである。好ましくは、1回あたり下限は2 mgであり、上限は40 mgである。より好ましくは4 mg〜20 mg、さらに好ましくは8 mg〜10 mgである。
投与時期は、症状に応じて適宜定めることができ、複数回分を同時に又は時間を置いて別々に投与することができる。
【0069】
また、本発明の構成タンパク質であるトロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCは、それぞれ別々に投与してもよく、また、同時に投与してもよい。「別々」とは、一つの投与スケジュールにおいて異なるタイミングで投与されることを意味する。「同時」とは、一つの投与スケジュールにおいて同一のタイミングで投与されることを意味し、投与の時分が完全に同一である必要はない。
例えば、トロポニンI及びトロポニンCは、いずれかのみを投与してもよいし、両者を別々に連続投与してもよく、さらに両者を同時に投与してもよい。トロポニンIのみを投与した場合、筋収縮は抑制され、筋弛緩の効果が示される。一方、トロポニンCのみを投与した場合、トロポニンI及びトロポニンCを同時に投与した場合、並びにトロポニンIの投与後にトロポニンCを投与した場合は、筋収縮の増強効果が示される。
このような投与時期については、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCをコードするポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターについても同様である。
【0070】
また、本発明においては、トロポニン複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含む非ウイルスベクター(プラスミドベクター等)をリポソームなどのリン脂質小胞体に導入し、その小胞体を投与することも可能である。
リポソーム構造を形成するための脂質としては、リン脂質、コレステロール類や窒素脂質等が用いられるが、一般に、リン脂質が好適であり、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、卵黄レシチン、大豆レシチン、リゾレシチン等の天然リン脂質、あるいはこれらを定法に従って水素添加したものが挙げられる。また、ジセチルホスフェート、ジステアロイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルセリン、エレオステアロイルホスファチジルコリン、エレオステアロイルホスファチジルエタノールアミン等の合成リン脂質を用いることができる。
リポソームの製造方法は、本発明のトロポニン複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含む非ウイルスベクターが保持されるものであれば特に限定されるものではなく、慣用の方法、例えば、逆相蒸発法、エーテル注入法、界面活性剤法等を用いて製造できる。
これらのリン脂質を含む脂質類は単独で用いることができるが,2種以上を併用することも可能である。このとき、エタノールアミンやコリン等の陽性基をもつ原子団を分子内に有するものを用いることにより、電気的に陰性である本発明のポリヌクレオチド又は非ウイルスベクターの結合率を増加させることもできる。これらリポソーム形成時の主要リン脂質の他に一般にリポソーム形成用添加剤として知られるコレステロール類、ステアリルアミン、α−トコフェロール等の添加剤を用いることもできる。このようにして得られるリポソームには、患部の細胞又は目的とする組織の細胞内への取り込みを促進するために、膜融合促進物質、例えばポリエチレングルコール等を添加することができる。
【0071】
本発明の医薬組成物に含まれるトロポニン複合体の構成タンパク質は、平滑筋中の筋収縮又は弛緩に関与することができる。本発明において、「平滑筋中の筋収縮又は弛緩に関与する」とは、平滑筋中に投与された本発明のトロポニン複合体の構成タンパク質が、平滑筋中にトロポニン収縮システムを形成することにより、平滑筋の筋収縮又は弛緩に寄与することを意味する。
【0072】
ここで、本明細書において、「トロポニン収縮システム」とは、トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質を含む筋収縮又は弛緩機構であって、当該複合体又はその構成タンパク質が、筋収縮又は弛緩を調節するタンパク質として機能する、前記機構をいう。
トロポニン収縮システムは、アクチンとミオシンのすべり説によって説明される筋肉の収縮機構である。アクチンとミオシンとの連携を繋ぐタンパク質としては、トロポミオシン及びトロポニンが知られている。トロポミオシン及びトロポニンは、特に心筋及び骨格筋において、アクチン上に存在し、カルシウムイオン収縮機構における重要なタンパク質として知られている。
トロポニン収縮システムのモデルは、端々結合して繊維状に伸びたトロポニンが2重らせんを形成し、形成された2重らせんの間にアクチンとトロポニンが7対1の割合で並んでいるというものである。トロポニンは、トロポニンT、I、Cの三つの成分によって構成される複合タンパク質である。トロポニンTは、トロポニン複合体全体をトロポミオシンに結合する性質を有する。トロポニンIは、トロポニンの作用において、Ca2+の非存在下で収縮系抑制作用を担う。トロポニンCは、Ca2+結合部分で、Ca2+を4個結合するいわゆるEFハンドタイプのタンパク質である。このように三つの構成タンパク質は、それぞれが相異なるトロポニンの特徴的な性質を分担し、トロポニン収縮システムの調節タンパク質として機能する。
本発明においては、医薬組成物等を平滑筋に投与することにより、トロポニンI及び/又はトロポニンCが平滑筋中のトロポニンTと共にトロポニン収縮システムを形成する。平滑筋中にトロポニン収縮システムが形成されると、平滑筋の筋収縮及び/又は弛緩機能が改善される。従って、本発明の医薬組成物等は、平滑筋の収縮の低下若しくは不全又は平滑筋の弛緩の低下若しくは不全に起因する疾患を治療するために用いることができる。
より具体的には、トロポニンI及びトロポニンCを含む医薬組成物は、平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患を治療するために用いることができ、トロポニンIを含む医薬組成物は、平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患を治療するために用いることができる。さらに、トロポニンIを含む医薬組成物を投与した後にトロポニンCを含む医薬組成物を投与することにより、双方の医薬組成物を平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患の治療に用いることができる。
【0073】
なお、トロポニン収縮機構は、心筋及び骨格筋に存在することは報告されているが、平滑筋に存在することは報告されていない。平滑筋は、その収縮および弛緩のシグナルが、細胞内の遊離のCa2+の増減により開始される点で心筋及び骨格筋と共通する。しかしながら、平滑筋はトロポニン複合体が未発達である点で心筋及び骨格筋と相違する。
平滑筋では、構造的にも機能的にもトロポニンCに類似しているカルモジュリンと、ミオシン軽鎖のリン酸化酵素が、収縮又は弛緩の制御の中心的役割を果たしている。ミオシン分子は、分子量200kDの2本の重鎖と、4本の軽鎖(分子量20kDと17kDが2本ずつ)とからなる。細胞内のCa2+濃度が上昇すると、Ca2+はカルモジュリンと結合する。次に、このCa2+/カルモジュリン複合体は、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)の触媒サブユニットに結合し、MLCKを不活性型から活性型に変換する。活性型MLCKは、20kDのミオシン軽鎖の19番目のセリンをリン酸化し、その結果、ミオシン頭部に存在するMg2+-ATPaseの、アクチンによる活性化が引き起こされ、収縮がおこる。
【0074】
本発明の医薬組成物は、平滑筋の収縮の低下若しくは不全又は平滑筋の弛緩の低下若しくは不全に起因する疾患を治療するために使用することができる。
本発明において「平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患」としては、呼吸器系では気管支拡張症、尿路系では尿失禁及び尿閉、消化器系では逆流性食道炎などが挙げられる。
また、本発明において、「平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患」としては、循環器系では、高血圧、特に重篤な疾患である肺性高血圧、及び虚血性疾患、呼吸器系では気管支喘息、尿路系では過活動膀胱及び尿失禁、消化器系では門脈圧亢進症などが挙げられる。「虚血性疾患」としては、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、肺梗塞及び複雑性腸閉塞などが挙げられる。
なお、「尿失禁」は、尿道平滑筋の収縮の低下又は不全に起因するもの及び膀胱平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因するものがあるため、「平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患」及び「平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患」の双方に含まれる。
【0075】
本発明における「平滑筋」とは、哺乳動物の平滑筋であれば限定されるものではないが、例えば、血管平滑筋、気管支平滑筋、消化器平滑筋(例えば、食道、胃、空腸、回腸、大腸等の平滑筋など)、尿路平滑筋(例えば、尿管、膀胱、尿道等の平滑筋など)、及び胆管、膵管などに代表される各種分泌管の平滑筋が挙げられる。
【0076】
本発明の医薬組成物は、トロポニン複合体の構成タンパク質として、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCからなる群から選択される少なくとも一種を含むことができる。
ここで、本発明の医薬組成物を平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患を治療するために使用する場合、医薬組成物に含まれるトロポニン複合体の構成タンパク質としては、好ましくはトロポニンC、又はトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせであり、より好ましくはトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせである。
他方、本発明の医薬組成物を平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患を治療するために使用する場合、医薬組成物に含まれるトロポニン複合体の構成タンパク質としては、好ましくはトロポニンIである。
また別の態様において、本発明の医薬組成物を平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患を治療するために使用する場合、トロポニンIを含む医薬組成物とトロポニンCを含む医薬組成物とを連続投与することもできる。この場合、トロポニンIを含む医薬組成物を投与した後にトロポニンCを含む医薬組成物を投与することが好ましい。
【0077】
7.平滑筋収縮薬
本発明は、トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、平滑筋収縮薬に関する。
本発明の平滑筋収縮薬に含まれるトロポニン複合体の構成タンパク質は、平滑筋中の筋収縮に関与することができる。本発明において、「平滑筋中の筋収縮に関与することができる」とは、平滑筋中に投与された本発明のトロポニン複合体の構成タンパク質が、平滑筋においてトロポニン収縮システムを形成することにより、平滑筋の筋収縮に寄与することを意味する。
トロポニン収縮システムの説明については上記の通りである。
【0078】
本発明の平滑筋収縮薬に用いられるトロポニン複合体の構成タンパク質としては、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCが挙げられるが、好ましくはトロポニンC又はトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせである。トロポニンCは、平滑筋の筋収縮を増強する。また、トロポニンCは、トロポニンIの投与後に投与することにより、平滑筋の収縮をさらに増強する。
従って、本発明のトロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターは、平滑筋収縮薬として使用することができる。
本発明の平滑筋収縮薬は、哺乳動物の治療に用いることができ、その投与形態、添加物、投与経路、投与対象、投与量、対象疾患、対象とする平滑筋の種類などは、上記「6.医薬組成物」の記載に準じて適宜選択することができる。
【0079】
8.平滑筋弛緩薬
本発明は、トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、平滑筋弛緩薬に関する。
本発明の平滑筋弛緩薬に含まれるトロポニン複合体の構成タンパク質は、平滑筋中の筋弛緩に関与することができる。本発明において、「平滑筋中の筋弛緩に関与することができる」とは、平滑筋中に投与された本発明のトロポニン複合体の構成タンパク質が、平滑筋においてトロポニン収縮システムを形成することにより、平滑筋の筋弛緩に寄与することを意味する。
トロポニン収縮システムの説明については上記の通りである。
【0080】
本発明の平滑筋収縮薬に用いられるトロポニン複合体の構成タンパク質としては、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCが挙げられるが、好ましくはトロポニンIである。トロポニンIは、平滑筋の筋収縮を抑制し、筋弛緩を促進する。
従って、本発明のトロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターは、平滑筋弛緩薬として使用することができる。
本発明の平滑筋弛緩薬は、哺乳動物の治療に用いることができ、その投与形態、添加物、投与経路、投与対象、投与量、対象疾患、対象とする平滑筋の種類などは、上記「6.医薬組成物」の記載に準じて適宜選択することができる。
【0081】
9.キット
本発明は、平滑筋に起因する疾患の治療用キットを提供する。
本発明のキットは、本発明のトロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターの他に、溶解液、緩衝液、使用説明書、注射器など、平滑筋に起因する疾患の治療に必要な他の任意の構成要素を適宜含めることができる。
【0082】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0083】
1.RT-PCR法によるトロポニン構成タンパク質の発現検討
(1)トロポニン構成タンパク質をコードするmRNAの発現解析
mRNAの発現解析を行うためのヒト膀胱平滑筋は、膀胱癌の手術に伴い膀胱切除術を受けた平均年齢68.9±6.9歳の男性患者5人及び女性患者4人のうち2人の患者から取得した。患者の排尿機能はほとんど正常であった。全ての患者は、九州大学病院倫理委員会により承認された同意書を提出した。
全RNAは、2人の患者から取得したヒト膀胱平滑筋組織からトリゾール試薬(Gibco)により抽出した。一方、市販のヒト膀胱全RNA、ヒト胃全RNA、ヒト大腸全RNA、ヒト小腸全RNA、ヒト心臓全RNA、ヒト気管全RNA及びヒト大動脈全RNAは、Clontechから購入した。1μgのRNAを用いて、cTnT、cTnI、cTnC及びGAPDHのmRNAの発現を逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により解析した。
RT-PCRの条件、及びRT-PCRに用いたプライマーは、以下の通りである。
【0084】
RT-PCR反応条件
逆転写反応は、市販の逆転写反応用試薬を用い、30℃で10分、42℃で30分、その後95℃で5分反応させる条件で行った。
また、PCR反応は、市販のPCR用試薬を用い、94℃で2分反応させた後、「94℃で0.5分、55℃で0.5分、72℃で1分」というサイクルを35サイクル行い、その後72℃で10分反応させる条件で行った。
RT-PCRに用いたプライマー
ヒトcTnT:
フォワードプライマー(配列番号7):5’-TTCATGCCCA ACTTGGTGC
リバースプライマー(配列番号8):5’-CTCTCTTCAG CCAGGCGGA
ヒトcTnI:
フォワードプライマー(配列番号9):5’-TAAGATCTCC GCCTCGAGAA
リバースプライマー(配列番号10):5’-CCTCCTTCTTCA CCTGCTTG
ヒトcTnC:
フォワードプライマー(配列番号11):5’-CTACAAGGCT GCGGTAGAGC
リバースプライマー(配列番号12):5’-AGGTCGTGT AGCCATCAGC
【0085】
RT-PCRの結果、トロポニン複合体の構成タンパク質(cTnT、cTnI及びcTnC)の全ての発現が検出された。結果を図1Aに示す。図1Aは、ヒト膀胱平滑筋におけるトロポニン構成タンパク質cTnT、cTnI及びcTnCの発現を示す図である。図1Aにおける各レーンの説明は以下の通りである。
レーン1及び2:膀胱癌患者の膀胱平滑筋由来の精製RNA。
レーン3:市販のヒト膀胱平滑筋RNA。
レーン4:マウス心筋由来の精製RNA。
【0086】
(2)DNAシークエンシング
上記RT-PCRにより得られたcTnT、cTnI及びcTnCのPCR産物は、それぞれTAクローニングによりpCR2.1にサブクローニングし、DNAシークエンシングを行った。
その結果、当該PCR産物(図2A-2Cにおいて「sample」)の塩基配列は、それぞれヒトcTnT、ヒトcTnI及びヒトcTnCのcDNAの部分配列とそれぞれ一致することが示された(図2A-2C)。
【0087】
(3)各種平滑筋における心筋トロポニンTのmRNA発現解析
上記と同様の方法を用いて、マウスの大動脈、膀胱平滑筋、心筋、大腸平滑筋、回腸平滑筋、大腿骨格筋、胃平滑筋における心筋トロポニンTのmRNAの発現解析をRT-PCRにより行った。
RT-PCRの条件は、上記ヒトcTnT、cTnI、cTnCのRT-PCRに用いたものと同様である。
RT-PCRに用いたプライマーは、以下の通りである。
RT-PCRに用いたプライマー
マウスcTnT:
フォワードプライマー(配列番号13):5’-TTCATGCCCA ACTTGGTGC
リバースプライマー(配列番号14):5’-CTCTCTTCAG CCAGGCGGA
【0088】
その結果、全ての組織で心筋トロポニンTのmRNA発現を確認した。結果を図1Bに示す。図1Bは、マウスの各種平滑筋における心筋トロポニンTの発現を示す図である。図1Bにおける各レーンの説明は以下の通りである。
レーン1:マウス大動脈。レーン2:マウス膀胱平滑筋。レーン3:マウス大腸平滑筋。レーン4:マウス心筋。レーン5:マウス回腸平滑筋。レーン6:マウス大腿骨格筋。レーン7:マウス胃平滑筋。
【0089】
2.ウエスタンブロット法によるトロポニン構成タンパク質の発現検討
ウエスタンブロットや免疫染色に用いる抗体はそれぞれ市販のものを用いた。具体的には、抗心筋TnTモノクローナル抗体は、Hytestから入手し、抗心筋TnIモノクローナル抗体は、Fitzgeraldから入手した。また、抗遅筋TnCモノクローナル抗体及び抗心筋TnCモノクローナル抗体はAbnovaから入手し、抗トロポミオシンモノクローナル抗体は、Sigmaから入手した。
試料は、12 % SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により分離し、セミドライ転写システム(1時間、15 V)を用いて、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)膜に転写した。5 %スキムミルクで1時間ブロッキングした後、当該膜に対して一次抗体を反応させた。当該膜を3回洗浄し、ホースラディッシュペルオキシダーゼ結合抗マウスIgG(BioRad)を加えて1時間インキュベートした。当該膜上の免疫反応性タンパク質は、検出試薬(LumiGLO, Cell Signaling Technology)で処理することにより視覚化した。
その結果、cTnTタンパク質の発現レベルのみが、抗体によって検出できるレベルに達したことが示された。他のトロポニン構成タンパク質であるcTnI及びcTnCは、検出されなかった。結果を図1Cに示す。図1Cは、トロポニン構成タンパク質のウエスタンブロットの解析結果を示す図である。図1Cにおいて、「HUB」はヒト膀胱平滑筋を表し、「MC」はマウス心筋を表す。
【0090】
3.免疫染色によるヒト心筋型トロポニンTの局在性の検討
本発明者らは、ヒト膀胱組織及び当該組織から単離した平滑筋細胞を用いて、cTnTの発現及びその局在性について検討した。
(1)組織染色
ヒト組織標本は、mRNAの発現解析と同様、膀胱癌の治療に伴い膀胱切除術を受けた平均年齢68.9±6.9歳の男性5人及び女性4人から取得した。膀胱の非癌部分から得た組織から尿路上皮粘膜及び結合組織を除去し、未処理のまま実体顕微鏡下で組織を切断し、幅約0.5 mm、長さ約1.0 mmの標本にした。これらの標本を、通常の生理食塩水(PSS)(pH7.4、123 mM NaCl, 4.7mM KCl, 1.25 mM CaCl2, 1.2 mM MgCl2, 1.2 mM KH2PO4, 15.5 mM NaHCO3 及び11.5 mM D-glucose含有)中で、5% CO2 、95% O2下で保存した。
【0091】
ヒト膀胱由来のホルマリン固定組織塊及びパラフィン包理組織塊を切断し、3μmの薄さの切片にした。当該切片は、脱パラフィン化し、乾燥させた。その後、当該切片を10 nmol/Lクエン酸緩衝液(pH 6.0)に浸し、オートクレーブで20分間加熱することにより抗原回復(heat-based antigen retrieval)を行った。5% 脱脂乳でブロッキングを行った後、当該切片を、抗心筋TnTモノクローナル抗体(5% BSA及び0.1% Tween 20を含有するPBSで100倍希釈)とともに4℃で終夜インキュベートした。内在性ペルオキシダーゼ活性は、1% H2O2含有メタノールでブロックし、当該切片を二次抗体であるHRP標識抗マウス抗体(HistoFine (DAKO, Glostrup, Denmark))とともに30分間インキュベートした。トロポニンの発現は、ペルオキシダーゼ染色DABキット(Nacalai Tesque, Kyoto, Japan)で視覚化した。細胞核は、ヘマトキシリンで対比染色した。一次抗体で処理した当該切片は、二次抗体であるビオチン化ヤギ抗マウスIgG(1:200; Vector Laboratories, Burlingame, CA)とともにインキュベートした。その後、r-フィコエリスリン結合ストレプトアビジン(1:100; BD Biosciences, San Diego, CA)をアプライし、その後、4,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール (DAPI)で核を対比染色した。免疫蛍光画像は、蛍光顕微鏡(BZ-8000, Keyence Co, Osaka Japan)を用いて得た。
【0092】
その結果を図3Aに示す。図3Aは、抗TnT抗体を用いてヒト膀胱組織の免疫組織化学染色を行った結果を示す図である。各パネルの説明は以下の通りである。
上パネル:光学画像:cTnT(茶色)、核(青)。
下パネル:蛍光画像:cTnT(赤)、核(青)。黄色の矢印は小静脈を示す。
図3Aに示されるように、cTnTは、膀胱組織(静脈を含む)の平滑筋中で発現した(矢印で示す)。一方、cTnTは、結合組織では発現しなかった。この結果は、cTnTが結合組織では発現せず、平滑筋組織で特異的に発現したこと示す。
【0093】
(2)細胞染色
上記のとおり、患者からヒト組織標本を得た後、未処理の平滑筋組織を細かく刻み、1 mg/ml のI型コラーゲン (Worthington, Lakewood, NJ) 及び10 U/ml エラスターゼ(Wako, Osaka, Japan)を含有するDulbecco's modified Eagle's培地 (DMEM) (Sigma Chemical Company, St. Louis, MO)中で1時間インキュベートした。コラゲナーゼ及びエラスターゼで消化した後、細胞を洗浄し、37℃のCO2インキュベーターにおいてプラスチック製培養皿に播種した。細胞は、10% FBS, 100 μg/ml ストレプトマイシン、 100 units/ml ペニシリン及び50 μg/ml アスコルビン酸を添加したDMEM で維持した。細胞は、6-10回継代した後、本実施例に用いた。
Lab-Tek (Nunc)に播種した細胞は、4%ホルムアルデヒドで固定し、0.1% TritonX-100含有PBSで透過処理した。
細胞におけるcTnTの局在性について分析するために、cTnTだけではなく、細胞骨格タンパク質であるトロポミオシン(TM)及び細胞核も染色した。抗心筋TnTモノクローナル抗体及び抗トロポミオシンモノクローナル抗体をZenon mouse IgG labeling kit (Invitrogen)を用いて標識した。細胞の染色は、製造業者のプロトコールに従って行った。細胞核はDAPIで染色した。細胞は、蛍光顕微鏡(BZ-8000, Keyence Co, Osaka Japan)を用いて観察した。
【0094】
その結果を図3Bに示す。図3Bは、IgGラベリングキット(Invitrogen)を用い、抗cTnT抗体(緑)及び抗トロポミオシン抗体(赤)で細胞を染色した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。細胞核はDAPI(青)で染色した。cTnTの発現は、細胞において広範囲に認められるが、大部分はTMと共局在していた。これらの結果は、TnTが収縮機構の一部分としてTMと共に機能することを示す。
なお、平滑筋マーカーであるMYL6について、RT-PCR分析を行い、細胞のタイプを確認した。MYL6は、培養細胞において明瞭に検出された。
【0095】
以上より、心筋トロポニンTは、膀胱平滑筋、血管平滑筋、胃平滑筋、腸管平滑筋などほぼ全ての組織で発現し、収縮機構の一部として存在していることが明らかとなった。
【実施例2】
【0096】
1.β-エスチンにより透過処理した標本の張力測定
脱膜化前の標本において、高濃度カリウム溶液 (80 mM)及び/又は10μMカルバコール(CCh)で安定的な反応(張力)を確認した後、当該標本を弛緩溶液に移し、数分間インキュベートした。次に、Tugba Durlu-Kandilci & Brading (2009)に記載された方法に基づき、β-エスチンを用いて平滑筋細胞膜の透過処理を行った。ヒト排尿筋の標本(幅約0.5 mm、長さ約1.0 mm)は、二本のタングステンワイヤーの間に配置し、そのワイヤーの一本を固定し、もう一方のワイヤーを力変換器(force transducer)(UL2; Minebea Co., Japan)に固定した。
この標本はPerspex(登録商標)ブロック上の60μlの液滴の中心位置に乗せた。溶液の交換は、Perspexブロックを移動させることにより行った。当該標本は、20μMのβ-エスチン含有弛緩溶液(メタンスルホン酸カリウム 100 mM、Na2ATP 2.2 mM、MgCl2 3.38 mM、エチレングリコール-ビス(β-アミノエチルエーテル)- N',N',N',N'-四酢酸(EGTA) 10 mM、クレアチンリン酸 10 mM、Tris-マレイン酸 20 mM(pH=6.8))中で20分間透過処理した。所定濃度の遊離Ca2+を含有する活性化溶液(activating solution)は、106/Mの Ca2+-EGTA結合定数(Saida & Nonomura, 1978)を用いて、弛緩溶液に適切な量のCaCl2を添加することにより調製した。透過処理した組織の張力測定は、全て室温で実施した。弛緩溶液における張力及び1μMCa2+により誘導された張力を、それぞれ0%及び100%とした。
【0097】
2.平滑筋脱膜化標本に対する1μM Ca2+の存在下におけるcTnI及び/又はcTnCの効果
本発明者らは、ヒト排尿筋の前収縮平滑筋脱膜化標本(the precontracted skinned smooth muscle fiber)の収縮に対するcTnI 及び/又は cTnCの効果を検討した。当該脱膜化標本の収縮は、1μM Ca2+の存在下で認められる。
cTnI及びcTnCの各タンパク質は、cTnI及びcTnCのcDNAをそれぞれクローニングし、大腸菌BL21(DE3)において発現させることにより取得した。タンパク質精製は、既に報告されている方法により行った(Yanaga et al J. Biol. Chem. Vol 274, pp8806-8812, 1999)。
また、平滑筋脱膜化標本へのcTnI及び/又はcTnCの導入は、以下の操作により行った。
Tugba Durlu-Kandilci & Brading (2009)に記載の方法を改変した方法により、β-エスチンを用いて平滑筋細胞膜の透過処理を行った。β-エスチンによる透過処理により、最大約150kDaのタンパク質の膜の通過が可能となる。従って、20kDa程度の各種トロポニン(cTnI、cTnC)は、容易に膜を通過することができる。
平滑筋脱膜化標本を透過処理した後、cTnI及び/又はcTnCは、人工細胞内溶液に加えて一定時間静置することにより、平滑筋の脱膜化標本に導入した。
【0098】
その結果を図4に示す。図4は、透過処理したヒト排尿筋線維における、Ca2+により誘導される張力に対するトロポニンI及びCの効果を示す図である。
図4Aは、前収縮平滑筋脱膜化標本に対するcTnI(0.5mg/ml)の効果を示す。cTnIは、1μM Ca2+による収縮を明確に阻害した(27.5 ±11.2 %(n=6))。図4Bは、前収縮平滑筋脱膜化標本に対するcTnC(0.5mg/ml)の効果を示す。cTnCは、1μM Ca2+による収縮をわずかに抑制した(84.4±5.7 %(n=4))(図4B)。さらに、cTnI及びcTnCの複合体の効果も試験した(図4C)。cTnI及びcTnCの複合体は、1μM Ca2+による収縮を抑制した(31.4±12.0 %(n=4))。図4Dは、図4A〜Cの結果を棒グラフとして表した図である。
【0099】
この結果により、cTnIは、平滑筋内のCa2+が比較的高濃度に存在する場合でも、平滑筋に投与することにより、平滑筋の収縮を抑制し、平滑筋の弛緩の低下若しくは不全に起因する疾患を治療できることが示された。
【0100】
図4Bに示されるように、cTnCは、人工細胞内溶液中にCa2+が存在する場合は、単独で平滑筋に投与すると若干の収縮抑制をもたらした。また、図4Cに示されるように、cTnI及びcTnCは、人工細胞内溶液中にCa2+が存在する場合に同時投与すると、平滑筋の収縮を抑制した。これらの結果は、cTnI及び/又はcTnCが、筋内へ導入される前に人工細胞内溶液中でフリーのCa2+と結合し、筋内で奏功しないことが原因と考えられる。
以上の結果より、平滑筋においてトロポニン複合体を構築するためには、Ca2+非存在下においてcTnI及び/又はcTnCを細胞内へ導入することが好ましいと考えられた。
そこで、以下の手法を選択した。
【0101】
3.β-エスチンで透過処理したヒト排尿筋束に対するcTnI及びcTnCの効果
上記のとおり、cTnI及び/又はcTnCは、β-エスチンによる透過処理により、平滑筋の脱膜化標本に導入することができる。実際に、理論上十分な過剰量のcTnI (>0.5mg/ml)を人工細胞内溶液中に加え、少なくとも10分以上経過したところ、cTnIは濃度依存的、また時間依存的に、脱膜化標本を弛緩させた。さらに、cTnI構成後の平滑筋脱膜化標本に、同様に過剰量のcTnC (>0.5mg/ml)を溶液に加えたところ、cTnCでは濃度依存的、時間依存的にCa感受性を増幅した。
図5は、β-エスチンで透過処理した標本におけるCa2+誘発性の収縮に対する心筋トロポニンI(cTnI)及び心筋トロポニンC(cTnC)の効果を示す。20μMのβ-エスチンで処理した後、標本に対して1μM Ca2+の活性化溶液を反応させ、張力を生じさせた。図5Aaは、1μM Ca2+を15分間反応させる操作と弛緩溶液で10分間洗浄する操作とを繰り返し行った結果を示す。図5Abは、図5Aaの結果を棒グラフとして表した図である。
1μM Ca2+を繰り返し反応させることによる脱感作はほとんど認められなかった(1μM Ca2+含有活性化溶液の1回目の添加による収縮振幅を100%として標準化した場合において、活性化溶液の2回目及び3回目の添加による収縮振幅は、それぞれ96.9 ± 4.4 % 及び93.6 ± 5.7 %であった。n=5)(図5Ab)。
【0102】
標本を過剰量のcTnI(0.5mg/ml)で15分間前処理した場合、1μM Ca2+により誘導される収縮は、有意に抑制された(74.5 ± 9.6 % (n= 5))。この結果を図5Ba及び図5Bbに示す。図5Baは、過剰量のcTnI(0.5mg/ml)で15分間標本を前処理した後、1μM Ca2+を人工細胞内溶液へ添加した結果を示す図である。30分間で活性化溶液を弛緩溶液に交換した後、再度1μM Ca2+を添加した。図5Bbは、図5Baの結果を棒グラフとして表した図である。
これに対し、cTnC(0.5mg/ml)をさらに反応させた場合は、cTnIの処理により抑制された1μM Ca2+による収縮を増強させた。(98.4 ±12.6% n=5)。この結果を図5Ca及び図5Cbに示す。図5Caは、過剰量のcTnI(0.5mg/ml)で15分間標本を前処理した後、cTnC(0.5mg/ml)で処理した結果を示す図である。cTnCで処理した後、1μM Ca2+を人工細胞内溶液へ添加した。図5Caは、図5Cbの結果を棒グラフとして表した図である。
同じ結果は、ブタの排尿筋においても認められた。
なお、上記のとおり、β-エスチンは、最大約150 kDaの分子を透過することができる細孔を細胞膜に形成する。このことから、カルモジュリン(19 kDa)などの平滑筋収縮に必要不可欠な収縮関連分子は、容易に漏出することが推測される。そこで、全ての実験プロトコールにおいて、過剰量のカルモジュリン(1μM)を人工細胞内液(60μlの液滴)中に存在させた。
【0103】
上記の結果により、cTnI及び/又はcTnCは、平滑筋中においてcTnTと共にトロポニン収縮システムを形成し、平滑筋の筋収縮又は弛緩に寄与することが示された。
さらに、cTnIは、Ca2+非存在下でも、単独で平滑筋に投与することにより、平滑筋の収縮を抑制し、平滑筋の弛緩の低下若しくは不全に起因する疾患を治療できることが示された。
また、cTnCは、Ca2+非存在下でcTnIを投与した後に連続投与することにより、筋収縮を増強し、平滑筋の収縮の低下若しくは不全に起因する疾患を治療できることが示された。
【0104】
4.cTnI及びcTnCの平滑筋への導入の確認
実験プロトコールを完了した後、本発明者らは、平滑筋脱膜化標本へのcTnI及びcTnCの導入について、確認試験を行った。本実施例に使用した透過処理後の標本を弛緩溶液で洗浄した後、当該標本に対してウエスタンブロット分析を実施した。
その結果、未処理の標本では認められなかったcTnI及びcTnCのバンドが、cTnI及びcTnC構成後の標本で確認された(図6)。図6において、未処理の標本及び脱膜化処理後の標本はそれぞれレーン1及び2に示す。βエスチン及びα毒素で透過処理し、cTnI及びcTnC構成後の標本はそれぞれレーン3及び4に示す。
この結果により、透過処理した標本へのcTnI及びcTnCの導入が成功したことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明の医薬組成物、平滑筋収縮薬及び平滑筋弛緩薬は、機能低下又は不全に陥った平滑筋機能を改善することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0106】
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
配列番号9:合成DNA
配列番号10:合成DNA
配列番号11:合成DNA
配列番号12:合成DNA
配列番号13:合成DNA
配列番号14:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、医薬組成物。
【請求項2】
トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質が、平滑筋中の筋収縮又は弛緩に関与することができるものである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
トロポニン複合体の構成タンパク質が、トロポニンT、トロポニンI及びトロポニンCからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
トロポニン複合体の構成タンパク質が、トロポニンI、又はトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせである、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
トロポニンが心筋トロポニンである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
平滑筋の収縮の低下若しくは不全又は平滑筋の弛緩の低下若しくは不全に起因する疾患を治療するための、請求項1〜5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
平滑筋の収縮の低下又は不全に起因する疾患が、気管支拡張症、尿失禁、尿閉及び逆流性食道炎からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
平滑筋の弛緩の低下又は不全に起因する疾患が、高血圧、虚血性疾患、気管支喘息、過活動膀胱、尿失禁及び門脈圧亢進からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項9】
虚血性疾患が、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、肺梗塞及び複雑性腸閉塞からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
発現ベクターがウイルスベクター又は非ウイルスベクターである、請求項1〜9のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
平滑筋が、血管平滑筋、気管支平滑筋、消化器平滑筋、尿路平滑筋及び分泌管の平滑筋からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、平滑筋収縮薬。
【請求項13】
トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質が、平滑筋中の筋収縮に関与することができるものである、請求項12に記載の平滑筋収縮薬。
【請求項14】
トロポニン複合体の構成タンパク質が、トロポニンC、又はトロポニンIとトロポニンCとの組み合わせである、請求項12又は13に記載の平滑筋収縮薬。
【請求項15】
トロポニンが心筋トロポニンである、請求項12〜14のいずれか1項に記載の平滑筋収縮薬。
【請求項16】
発現ベクターがウイルスベクター又は非ウイルスベクターである、請求項12〜15のいずれか1項に記載の平滑筋収縮薬。
【請求項17】
平滑筋が、血管平滑筋、気管支平滑筋、消化器平滑筋、尿路平滑筋及び分泌管の平滑筋からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項12〜16のいずれか1項に記載の平滑筋収縮薬。
【請求項18】
トロポニン複合体、該複合体の構成タンパク質、該複合体の構成タンパク質をコードするポリヌクレオチド及び該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターからなる群から選択される少なくとも1種を含む、平滑筋弛緩薬。
【請求項19】
トロポニン複合体又は該複合体の構成タンパク質が、平滑筋中の筋弛緩に関与することができるものである、請求項18に記載の平滑筋弛緩薬。
【請求項20】
トロポニン複合体の構成タンパク質がトロポニンIである、請求項18又は19に記載の平滑筋弛緩薬。
【請求項21】
トロポニンが心筋トロポニンである、請求項18〜20のいずれか1項に記載の平滑筋弛緩薬。
【請求項22】
発現ベクターがウイルスベクター又は非ウイルスベクターである、請求項18〜21のいずれか1項に記載の平滑筋弛緩薬。
【請求項23】
平滑筋が、血管平滑筋、気管支平滑筋、消化器平滑筋、尿路平滑筋及び分泌管の平滑筋からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項18〜22のいずれか1項に記載の平滑筋弛緩薬。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−20943(P2011−20943A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−165881(P2009−165881)
【出願日】平成21年7月14日(2009.7.14)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】