説明

トロロアオイの保存方法とその粘性の改善方法

【課題】トロロアオイの品質を維持しながら長期間保存することができ、しかも、粘性物質の抽出量や粘性を向上させることを可能としたトロロアオイの保存方法とその粘性の改善方法とを提供する。
【解決手段】このトロロアオイの保存方法は、収穫したトロロアオイを収納した真空密閉工程と、この真空密閉状態でトロロアオイを緩慢凍結手段で行なう緩慢凍結工程とを経てトロロアオイを長期保存できるようにしたものである。また、トロロアオイの粘性の改善方法は、真空密閉工程と、緩慢凍結工程と、解凍工程とを経た後に、トロロアオイから粘性物質を抽出する抽出工程を経て粘性を向上させたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、手漉き和紙の抄造時に、繊維を均一に分散させるための、いわゆる、ネリとして用いるトロロアオイ(以下、単に「トロロアオイ」という。)の保存方法と、その粘性の改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、手漉き和紙の抄造時においては、ネリと呼ばれる液体が補助材料として用いられ、このネリとしては、通常、トロロアオイの繊維から搾取する粘性の強い液体が使用されている。ネリは、トロロアオイを破砕してその繊維から抽出されることにより得られ、ネリを手漉き和紙の抄造に用いた場合、紙料の繊維を均一に分散させて丈夫な和紙を作ることができ、また、ネリにより紙漉き時の粘性を調節できるようにもなっている。一方、トロロアオイ以外から得られる粘液としては、例えば、アクリパーズ等の化学ネリと呼ばれるものがある。しかし、トロロアオイから得られるネリは、化学ネリに比較して自然や環境に配慮でき、また、化学ネリでは得られない素材にこだわった手漉き和紙本来の風合いが得られるため、手漉き和紙に使用する粘液としてより好まれている。
【0003】
トロロアオイは、通常、9〜10月までの収穫時期に収穫され、収穫後には全て保存される。そして、手漉き和紙を抄造する際に、この保存したトロロアオイの中からその都度適宜量が用いられる。しかし、トロロアオイは、そのままでは長期の保存が難しいため、一般的には、風通しの良い暗所で乾燥することで保存したり、或は、例えば、特許文献1に示されるように、クレゾール等の防腐剤などを用いて保存されることが多くなっている。乾燥させたトロロアオイは水で戻すことにより使用される。
【0004】
一方、非特許文献1においては、トロロアオイを、乾燥凍結法(いわゆる、フリーズドライ)により保存する方法が開示されている。この保存方法では、トロロアオイの根を厚さ3cm程度に輪切りし、これを凍結乾燥装置にて乾燥凍結処理している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−226490号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】岐阜県産業技術センター発行、「岐阜県産業技術センター研究報告 No.1 手漉き和紙の製造がかかえる問題の追究(野村貴徳、立川英治)」、平成19年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、トロロアオイを乾燥させたり、クレゾール等の防腐剤を用いて保存する場合には、時間の経過に伴ってネリの搾取量が少なくなり、その結果、収穫から時間の経過した夏場には手漉き和紙抄造時のネリが不足する。また、このうち、トロロアオイを乾燥させた場合には、ネリの粘性が低くなったり、ネリに含まれる灰汁(アク)が多くなって手漉き和紙の品質に悪影響を与えることがあった。また、防腐剤を用いた場合には、手漉き和紙に有害物質が含まれることになるため健康被害が発生したり、環境汚染に繋がる危険性があり、抄造後の手漉き和紙の価値も低下していた。
【0008】
一方、非特許文献1は、乾燥凍結法によりトロロアオイを保存しているため、凍結及び乾燥工程において物理的変化が起こり、収穫直後のトロロアオイから得られるネリと比較すると粘性や抽出量が低下するおそれがある。また、吸湿や酸化しやすいことから変質が起こりやすく、密封による包装や酸化防止剤の混入等が必要になっていた。更には、乾燥凍結法により得られるトロロアオイは、衝撃や振動等に対して弱いため、破損等を防ぐための包装が必要になり、乾燥後の容積変化が少ないことも相まって保存効率が悪くなっていた。
これらのことから、防腐剤等を使用することなくトロロアオイを長期保存でき、抽出されるネリの粘性や抽出量の低下を抑えつつ品質を維持することができる技術の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、上記の課題点を解決するために開発したものであり、その目的とするところは、トロロアオイの品質を維持しながら長期間保存することができ、しかも、粘性物質の抽出量や粘性を向上させることを可能としたトロロアオイの保存方法とその粘性の改善方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明は、収穫したトロロアオイを収納した真空密閉工程と、この真空密閉状態でトロロアオイを緩慢凍結手段で行なう緩慢凍結工程とを経てトロロアオイを長期保存できるようにしたトロロアオイの保存方法である。
【0011】
また、本発明は、緩慢凍結工程を、トロロアオイを降温させたときの最大氷結晶生成帯を通過する時間が、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間以上となるように凍結速度を遅くした工程としたトロロアオイの保存方法である。
【0012】
また、本発明は、収穫したトロロアオイを真空袋に収納して真空密閉し、その後、この袋を−30℃まで緩慢凍結したトロロアオイの保存方法である。
【0013】
一方、他の発明は、収穫したトロロアオイを収納した真空密閉工程と、この真空密閉状態でトロロアオイを緩慢凍結手段で行なう緩慢凍結工程と、解凍工程とを経た後に、トロロアオイから粘性物質を抽出する抽出工程を経て粘性を向上させたトロロアオイの粘性の改善方法である。
【0014】
また、他の発明は、緩慢凍結工程を、トロロアオイを降温させたときの最大氷結晶生成帯を通過する時間が、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間以上となるように凍結速度を遅くした工程としたトロロアオイの粘性の改善方法である。
【0015】
また、他の発明は、抽出工程を経て得られる粘性物質は、少なくとも19回程度の抽出工程を繰り返したときに略同程度の粘性物質を抽出可能としたトロロアオイの粘性の改善方法である。
【0016】
また、他の発明は、粘性物質の吸光度を0.349Abs以下としたトロロアオイの粘性の改善方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、トロロアオイの品質を維持しながら長期間保存でき、粘性物質であるネリの抽出量や粘性を向上させ、これらを長期に亘って確保できるトロロアオイの保存方法である。しかも、得られたネリに含まれる灰汁の量を抑えて良質の手漉き和紙を抄造することができ、また、化学薬品等の有害物質も含まれないため、抄造後の手漉き和紙によるシックハウス症候群などの健康被害の発生を防いだり、環境汚染に繋がることを防ぐこともでき、手漉き和紙としての価値を向上させることが可能である。このため、このネリを使用して抄造した手漉き和紙を用いて、より装飾性の高い装飾品等を作ることもできる。
【0018】
また、本発明によると、トロロアオイが完全に凍結するまでの最大氷結晶生成帯を、トロロアオイが細胞組織を破壊する時間以上とすることで、細胞内に含まれる水分を細胞の外部に出た状態で凍らせて、トロロアオイのネリをより多く抽出させることができる。
【0019】
また、本発明によると、真空袋に真空密閉したトロロアオイを−30℃まで緩慢凍結することで、細胞が壊死することからエチレンガスの発生による腐敗の進行が抑制されるため、防腐剤等の薬剤を用いることなく長期の保存が可能になる。
【0020】
一方、他の発明によると、トロロアオイの機能性を維持しながら保存でき、トロロアオイから長期に亘って収穫時とほぼ同等の抽出量及び粘性を有するネリを得ることが可能なトロロアオイの粘性の改善方法である。
【0021】
また、他の発明によると、トロロアオイが完全に凍結するまでの最大氷結晶生成帯を、トロロアオイが細胞組織を破壊する時間以上とすることで、細胞内に含まれる水分を細胞の外部に出た状態で凍らせ、これを解凍したときには細胞から外に出た水分を多く溶け出させてトロロアオイからより多くのネリを抽出させることができる。
【0022】
また、他の発明によると、保存後のトロロアオイから同程度の粘度のネリを繰り返し抽出することができ、収穫したトロロアオイから効率良く大量のネリを抽出することができる。
【0023】
また、他の発明によると、長期保存後に得られるネリに発生する灰汁等の不純物の量を抑えることが可能となり、このネリを用いて上質の和紙を抄造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明のトロロアオイの保存方法と粘性の改善方法との一例を示したフローチャートである。
【図2】緩慢凍結と急速凍結との関係を示したグラフである。
【図3】氷の結晶の成長過程を示した模式図である。(a)は、緩慢凍結時における氷の結晶の成長過程を示した模式図である。(b)は、急速凍結時における氷の結晶の成長過程を示した模式図である。
【図4】吸光度測定試験の結果を示すグラフである。
【図5】粘度測定試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明のトロロアオイの保存方法の好ましい実施形態並びに作用を図面に基づいて説明する。図1のフローチャートにおいては、本発明のトロロアオイの保存方法の一例を示している。本発明のトロロアオイの保存方法は、真空密閉工程と、緩慢凍結工程とを有し、本実施形態においては、これらの工程を含む、収穫工程、洗浄工程、真空密閉工程、緩慢凍結工程の各工程を経てトロロアオイを保存する方法を述べる。
【0026】
前記工程において、収穫工程では、例えば、9〜10月までの一般的な収穫時期にそれまで栽培していたトロロアオイを収穫する。そして、収穫後には、トロロアオイを、他の部分(茎や葉など)から分けておく。
次に、洗浄工程において、収穫したトロロアオイを洗浄する。この洗浄は、一般的な水洗いでよく、トロロアオイに付着した泥や虫などを洗い流すようにすればよい。
【0027】
続いて、真空密閉工程において、収穫したトロロアオイを真空密閉する。真空密閉工程では、洗浄したトロロアオイを、例えば、真空袋に収納して真空密閉する。この真空密閉工程により、トロロアオイの酸素や湿気を遮断し、また、細菌の繁殖を防いでトロロアオイの腐食を防いでいる。真空密閉工程時には、必ずしもトロロアオイを真空袋に収納する必要はなく、真空容器等の容器に収納してもよい。この場合には、ポリエチレン等の合成樹脂製の袋にトロロアオイを予め入れるようにするとよい。
【0028】
次に、緩慢凍結工程により、真空密閉したトロロアオイを、−30℃まで緩慢凍結する。本実施形態における緩慢凍結工程とは、トロロアオイを降温させたときの最大氷結晶生成帯を通過する時間が、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間以上となるように凍結速度を遅くした工程である。
【0029】
これを詳述すると、図2において、最大氷結晶生成帯とは、物質の温度を低下させたときにこの物質が凍結を開始してから完全に凍結するまでの氷が結晶化する温度帯のことを指し、この温度帯では、凍結曲線、すなわち、冷却時間に対する温度の変化を示す勾配がそれまでの勾配に比較して緩やかになっている。つまり、トロロアオイを降温させたときの最大氷結晶生成帯を通過する時間とは、トロロアオイが凍結し始めてから完全に凍結するまでの凍結曲線の緩やかな温度低下にかかる時間である。これを、凍結所要時間、或は、有効凍結速度といい、一般的には、凍結所要時間が30分以内であれば、「急速凍結」、それよりも大きければ「緩慢凍結」とみなされている。
【0030】
また、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間とは、物質を凍結するときにその体積の膨張に伴って成長した氷の結晶が、細胞膜を破壊してこの細胞の外側で凍結するまでにかかる時間をいう。その際、凍結時の体積は、凍結前に比較して、一般的に6〜9%程度膨張する。
これらのことから、上記の緩慢凍結工程においては、トロロアオイを降温したときに、このトロロアオイの細胞が破壊するまで緩慢凍結を施すようにする。
【0031】
この場合、図2において、トロロアオイが凍結し始めてから氷の結晶によりその細胞膜が破壊されるまでには30分よりも大きい時間がかかるものとし、これにより、本発明においては、緩慢凍結工程に必要な時間Tを、凍結所要時間(30分)よりも大きくする。図中、Tは急速凍結時における凍結所要時間を表しており、この凍結所要時間Tは30分以内である。
なお、緩慢凍結時の冷却温度は、−30℃に限ることなく、−30℃から−18℃まで程度の範囲内の適宜の温度であってもよい。このため、緩慢凍結工程は、一般の冷却能力を有する冷凍庫を用いて実施することも可能である。
【0032】
次に、トロロアオイの粘性の改善方法を説明する。図1において、トロロアオイの粘性の改善方法の一例を示している。他の発明におけるトロロアオイの粘性の改善方法は、前記したトロロアオイの保存方法において、真空密閉工程と緩慢凍結工程と経た後に、抽出工程を経たものであり、この抽出工程を経ることでトロロアオイの粘性を向上させるようにしたものである。この粘性の改善方法における工程を以下に説明するが、収穫工程と、洗浄工程と、真空密閉工程と、緩慢凍結工程とは、トロロアオイの保存方法と共通であるから、その説明を省略する。
【0033】
本実施形態における抽出工程は、解凍工程と、打潰し工程と、浸漬工程とを有している。
解凍工程においては、緩慢凍結工程により凍結したトロロアオイを、冷蔵庫による解凍、自然解凍、水による解凍などの適宜の解凍手段により解凍させる。その際、この解凍工程を緩慢凍結工程と同様に、トロロアオイの最大氷結晶生成帯を通過する時間が、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間以上となるように解凍速度を遅くすることが好ましい。解凍工程後には、袋を開封してトロロアオイを取り出し、必要に応じて水に浸すようにする。水に浸す時間は、例えば、2〜3日程度が好ましく、これは、収穫直後のトロロアオイからネリを抽出する場合と同様である。
【0034】
次いで、打潰し工程において、解凍したトロロアオイを打潰して繊維を破壊する。この作業は、例えば、木槌で叩くことにより実施し、このとき、トロロアオイの繊維を必要以上に潰しすぎない程度に力を調整しながら根の先端まで潰すようにする。
【0035】
浸漬工程では、緩慢凍結後に解凍工程と打潰し工程とを経たトロロアオイを直接水に浸すようにする。浸漬用の容器は、適宜のものであればよく、例えば、一般的なバケツを用いるようにすればよい。この浸漬用容器に打潰し工程で打潰したトロロアオイを入れ、その上から適宜量、例えば、トロロアオイ1kgに対して10〜20L程度の水を加えてトロロアオイを水に浸すようにする。そして、ある程度の灰汁が抜けるまで水を何度か入れ替えることで、手漉き和紙に好適なトロロアオイから粘性物質、すなわちネリを抽出する。このネリは、粘性が高い状態にあるため、実際に和紙を漉くときには抽出したネリを薄めて使用することが望ましい。
【0036】
浸漬工程は、解凍工程と打潰し工程とを経たトロロアオイに対して繰り返し施すことができ、抽出工程を経て得られるネリは、少なくとも19回程度の抽出工程を繰り返したときに略同程度の粘性物質を抽出可能としている。
【0037】
なお、浸漬工程後には、必要に応じてネリを適宜のろ過装置によってろ過するようにしてもよく、このように、抽出工程には、ろ過工程が含まれていてもよい。
また、上述した真空密閉工程や緩慢凍結工程及び抽出工程、並びに、収穫工程、洗浄工程は、トロロアオイの保存方法とその粘性の改善方法における各工程の好ましい一例を示したものであり、各工程は実施に応じて適宜の態様とすることができる。
【0038】
本発明のトロロアオイの保存方法と、その粘性の改善方法は、抽出工程により抽出したトロロアオイのネリが上述した緩慢凍結工程を経ていることにより、トロロアオイの細胞が壊死してエチレンガスの発生による腐敗の進行が抑制されることで、防腐剤等の薬剤を用いることなく長期間保存することができる。このため、健康被害や環境被害の発生を抑えつつ手漉き和紙としての価値を向上させながら、トロロアオイが不足する夏場においても必要量のトロロアオイを確保してこのトロロアオイからネリを抽出できる。
【0039】
また、緩慢凍結工程では、凍結所要時間が長いため、図3(a)に示すように氷結晶の成長が促進され、解凍時のドリップが多くなることで細胞や組織の破壊が起こる。その結果、乾燥させたり防腐剤を用いたりしてトロロアオイを保存する場合と比較して、ネリの粘性が著しく向上し、また、得られるネリの量も、約5倍程度まで増量させることができる。更に、手漉き和紙の品質に悪影響を与える灰汁を抑えることも可能になるため、手漉き和紙の品質をより高めることが可能となる。
なお、図3(b)においては、急速凍結による比較例を示している。この場合には、急速に凍結していることで氷の結晶が成長し難くなり、解凍時のドリップが少なくなる。
【実施例1】
【0040】
次に、トロロアオイのネリについて、保管の違いによる灰汁の排出状況などの変化を観察するために、分光高度計を用いて吸光度の測定試験を実施した。この試験に使用したトロロアオイの条件は、以下のとおりである。
試料Aに用いたトロロアオイは、収穫後に冷暗所にて乾燥させたもの(一般的な抄紙で使用されるトロロアオイ)240gとした。
試料Bに用いたトロロアオイは、上述したトロロアオイの保存方法と粘性の改善方法とに準じるものとし、トロロアオイを、収穫後に真空密閉工程において真空パックし、次いで、緩慢凍結工程において約3ヶ月の凍結期間で凍結し、更に、解凍工程において冷蔵庫で約1ヶ月保存するようにしたもの240gとした。
【0041】
次に、上記の各トロロアオイから、抽出工程によってネリを抽出する。抽出工程において、解凍工程により各トロロアオイを約8時間水に浸し、打潰し工程により木槌で叩いて繊維をほぐし、浸漬工程により水を張ったバケツでネリを抽出した。そして、測定時には、試料A、Bを入れた各バケツから500mLずつネリを採取したものを用いた。
これらを、3000rpmの回転数で10分間、遠心分離したのちに、その上澄液を採取し、これを蒸留液で希釈したものを分光高度計により測定した。その際、265nmにおける吸光度を測定した。この測定結果を表1に示し、表1をグラフ化したものを図4に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1、図4より、試料Bの吸光度は0.349であり、また、試料Aの吸光度は、1.875となった。この結果より、試料Bの吸光度は、試料Aの吸光度の約1/5以下になっており、より灰汁等の不純物が少ないネリが得られた。また、肉眼で視認した場合においても、試料Bは試料Aよりも濁りが少なく、より不純物が少ないことが確認された。
【実施例2】
【0044】
続いて、トロロアオイのネリについて、保管方法の違いによる粘性の変化を観察するために、粘度測定を行なった。この粘度測定試験に使用したトロロアオイの条件は、以下のとおりである。
試料Cに用いたトロロアオイは、上述したトロロアオイの保存方法とその粘性の改善方法とに準じるものとし、真空密閉工程において真空パックし、これを一旦冷凍した後に解凍させたもの520gとした。
試料Dに用いたトロロアオイは、収穫後に冷暗所にて約1年6ヶ月程度乾燥させたもの(一般的な抄紙で使用されるトロロアオイ)52gとした。
【0045】
これらの各トロロアオイを、約48時間水に浸し、その後木槌で叩いて繊維をほぐし、水を張ったバケツでネリを抽出した。このネリの抽出は、繊維をほぐした後のトロロアオイに対して繰り返し実施し、粘性を測定する際には、試料C、Dを入れた各バケツのネリをろ過し、この中から500mLずつ採取したものを用いた。更に、ろ過後には、1回の測定の後に水を全て入れ替え、各測定時において毎回4Lの水を追加した後にろ過したものを試料とした。
【0046】
また、測定時においては、各試料の温度を20℃に調整し、B型粘度計(東京計器株式会社製B8H型 回転数:0.5〜100rpm、粘度:±2%対定格値)を用いて第1回から第22回に分けて粘度を測定した。この測定結果を表2に示し、表2をグラフ化したものを図5に示す。なお、これらの粘度と比較するために、一般的な溶媒であり、比較用の基準として用いられるイオン交換水の粘度の測定結果を記す。
【0047】
【表2】

【0048】
表2、図5の結果より、試料Cと試料Dの粘度は、イオン交換水の粘度よりも高い。これにより、トロロアオイによりネリが抽出されたことが確認された。
試料Cの粘性は、継続的に高い数値、具体的には第19回目まで高い数値を示している。これにより、上述したトロロアオイの粘性の改善方法により得られるネリの粘性は、抽出工程を19回繰り返したときにも同程度であることが確認された。一方、試料Dの粘性が維持されるのは、第4回目までであり、このことから、試料Cと比較して、同量のトロロアオイから得られるネリの抽出量が少なくなるということがいえる。
以上の実施例の結果より、上述したトロロアオイの保存方法とその粘性の改善方法とによって得られるネリは、トロロアオイを乾燥させて保存させた場合と比較して、長期間保存する場合においても粘性が低下することが抑えられ、その抽出量を多く確保できることが確認された。
【符号の説明】
【0049】
T 最大氷結晶生成帯通過時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
収穫したトロロアオイを収納した真空密閉工程と、この真空密閉状態でトロロアオイを緩慢凍結手段で行なう緩慢凍結工程とを経てトロロアオイを長期保存できるようにしたことを特徴とするトロロアオイの保存方法。
【請求項2】
請求項1において、緩慢凍結工程を、トロロアオイを降温させたときの最大氷結晶生成帯を通過する時間が、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間以上となるように凍結速度を遅くした工程としたトロロアオイの保存方法。
【請求項3】
収穫したトロロアオイを真空袋に収納して真空密閉し、その後、この袋を−30℃まで緩慢凍結した請求項1又は2に記載のトロロアオイの保存方法。
【請求項4】
収穫したトロロアオイを収納した真空密閉工程と、この真空密閉状態でトロロアオイを緩慢凍結手段で行なう緩慢凍結工程と、解凍工程とを経た後に、トロロアオイから粘性物質を抽出する抽出工程を経て粘性を向上させたことを特徴とするトロロアオイの粘性の改善方法。
【請求項5】
請求項4において、緩慢凍結工程を、トロロアオイを降温させたときの最大氷結晶生成帯を通過する時間が、氷の結晶によりトロロアオイが細胞破壊する時間以上となるように凍結速度を遅くした工程としたトロロアオイの粘性の改善方法。
【請求項6】
前記抽出工程を経て得られる粘性物質は、少なくとも19回程度の抽出工程を繰り返したときに略同程度の粘性物質を抽出可能とした請求項4又は5に記載のトロロアオイの粘性の改善方法。
【請求項7】
粘性物質の吸光度を0.349Abs以下とした請求項4乃至6の何れか1項に記載のトロロアオイの粘性の改善方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−229082(P2010−229082A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−78477(P2009−78477)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(391017849)山梨県 (19)
【出願人】(303060756)
【Fターム(参考)】