トンネルの変状解析方法
【課題】適用範囲に大きな制限がなく、かつ長期間に亘ってトンネルの変状解析を行うこと。
【解決手段】覆工コンクリート及び周辺地山を要素モデル化する工程と、地山要素モデルに対する覆工構造体要素モデルからのカルシウムイオンの拡散分布を算出する工程と、覆工コンクリートのセメント成分からカルシウムイオンが地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定する工程と、覆工構造体要素モデルからのカルシウムイオンの拡散に伴う地山要素モデルの変形特性の変化及び強度特性の変化を地山要素モデルの劣化として演算する工程と、地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出する工程とを含んでいる。
【解決手段】覆工コンクリート及び周辺地山を要素モデル化する工程と、地山要素モデルに対する覆工構造体要素モデルからのカルシウムイオンの拡散分布を算出する工程と、覆工コンクリートのセメント成分からカルシウムイオンが地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定する工程と、覆工構造体要素モデルからのカルシウムイオンの拡散に伴う地山要素モデルの変形特性の変化及び強度特性の変化を地山要素モデルの劣化として演算する工程と、地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出する工程とを含んでいる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トンネルの覆工構造体に発生する内空変位等の変状を解析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国では、道路及び鉄道を含めてトンネルの総数が10000カ所以上存在し、その総延長距離も4000kmを越える状況にある。しかも、現在供用されているトンネルの中には戦前に建設されたものも多く存在しており、その維持管理は重要な課題となっている。とりわけ、トンネルの補強対策は、覆工構造体の耐力向上やトンネル周辺部地山の安定化を図る上できわめて重要である。
【0003】
トンネルの補強対策を検討する場合には、有限要素法や有限差分法の要素モデルを用いて地山と覆工構造体の両方を表現し、地山の長期的な変形と覆工構造体との相互作用からトンネル全体の安全性を検討する方法がある。この場合、トンネル周辺地山の経時的な変形挙動の取り扱いには、クリープモデル、粘弾塑性モデル、地山劣化モデル等の解析モデルを適用するのが一般的である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、実際のトンネルの維持管理に関わる補強検討においては、トンネル周辺地山の経時的な変形挙動をクリープモデルや粘弾塑性モデルを用いて検討された事例がほとんどない。この理由には、クリープモデルや粘弾塑性モデルを用いて解析を行う場合、トンネルの設計段階から現状に至るまでの数多くの情報が必要になることが挙げられる。例えば、解析に必要となる情報の開示が制限されている場合、あるいは戦前に建設されたもの等、建設から長期間経過して必要となる情報が現存しない場合には、いずれも解析を行うことが困難となる。
【0005】
一方、地山劣化モデルでは、強度定数が時間経過とともに低下するという想定で地山の経時変化を表現することが可能であり、覆工構造体の耐力向上やトンネル周辺部地山の安定化を図るための検討を行うことができる。
【0006】
しかしながら、地山劣化モデルにあっては、地山の応力が残留強度となった時点、例えば建設後20年程度の時間が経過すると変形挙動が収束することになり、その後の変状挙動を検討することができない。実際には20年を経過した後にも地山の劣化は依然として進行しており、その変状挙動は必須の検討事項である。
【0007】
また、地山劣化モデルを用いて解析を行う場合には、比較的大きな初期地圧が必要となる。このため、例えば解析対象となるトンネルにおいて土被りが小さい場合等、十分な初期地圧が得られない場合には、地山劣化に伴うトンネルの変位量も小さいものとなり、変状現象を十分に表現できない虞れがある。換言すれば、地山劣化モデルを適用する場合には、トンネルの建設状態として土被りが十分に確保され、地山劣化に伴うトンネルの変位量が十分に大きくなることが条件となり、その適用範囲が著しく制限されることになる。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みて、適用範囲に大きな制限がなく、かつ長期間に亘ってトンネルの変状解析を行うことのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明の請求項1に係るトンネルの変状解析方法は、コンクリート製の覆工構造体を備えたトンネルの変状を解析する方法であって、覆工構造体及び周辺地山を要素モデル化する工程と、地山要素モデルに対する覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散分布を算出する工程と、覆工構造体のセメント成分からイオン化物が地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定する工程と、覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散に伴う地山要素モデルの劣化を前記損傷パラメータに従ってシミュレートする工程と、地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出する工程とを含むことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の請求項2に係るトンネルの変状解析方法は、上述した請求項1において、前記損傷パラメータは、覆工構造体からのカルシウムイオンの溶出に伴って地山中の粘土鉱物に発生する化学的劣化の割合として設定することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の請求項3に係るトンネルの変状解析方法は、上述した請求項1において、前記損傷パラメータに従った変形特性の変化及び強度特性の変化を地山要素モデルの劣化としてシミュレートし、当該地山要素モデルの劣化に起因した塑性圧を覆工構造体要素モデルに作用させてその変位を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、覆工構造体のセメント成分からイオン化物が溶出したことによる地山の化学的劣化度を損傷パラメータとして地山要素モデルの構造劣化をシミュレートし、この地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出するようにしているため、土被りが十分に大きくなければならない等、適用範囲としてトンネルの力学的な建設条件に左右されることがない。しかも、覆工構造体が存在する以上、そのコンクリートのセメント成分から継続的に地山に対してイオン化物が溶出することになり、長期間に亘ってトンネルの変状解析を行うことができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に添付図面を参照して、本発明に係るトンネルの変状解析方法の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
まず、初期地圧の小さな条件下においてもトンネルの変状挙動を長期的に解析するには、その変状要因の経時的な影響を考慮して解析モデルを構築する必要がある。但し、上述したように変形挙動に直接影響を及ぼす応力や圧力といった力学的条件を変状要因とした場合には、種々の制限が存在する。そこで本発明者は、発想を大きく転換し、トンネルのコンクリート製覆工構造体(以下、単に「覆工コンクリート」と称する)からの地山に対する化学的な劣化度という間接的要因に着目し、この地山の化学的な劣化がトンネルに長期的な変状を来す要因であると想定した。具体的に説明すると、覆工コンクリートのセメント成分からはイオン化物が地山の地下水中に溶出しており、この溶出したイオン化物による地山の劣化に伴って地山の経時的なトンネル内への押し出し挙動が生じると想定して本発明を創作するに至った。
【0015】
覆工コンクリートの間隙中には、セメント成分に含まれる水和物から溶解したカルシウムイオン(Ca2+)及び水酸化イオン(OH-)が一定の濃度で共存している。この覆工コンクリートの間隙中に存在するカルシウムイオンの濃度が周辺地山の地下水より高い場合には、濃度拡散が生じてカルシウムイオンが周辺地山へ拡散する。一方、覆工コンクリートにおいては、カルシウムイオンの濃度と水酸化イオンの濃度とが一定に保たれるようにセメント成分の水酸化カルシウム(Ca(OH)2)やカルシウムシリケート水和物(C-S-H)からカルシウムイオン及び水酸化イオンの溶解が生じる。これにより、覆工コンクリートからは、周辺地山に対してイオン化物が定常的に供給されていると考えることができる。
【0016】
覆工コンクリートから溶出するイオン化物の中で地山の劣化に対してもっとも影響を与えるのは、以下に示す理由により、カルシウムイオンであると想定することができる。
【0017】
(1)地下水と地山の粘土鉱物との間のイオン交換反応による地山の膨潤圧減少
地下水に溶出したカルシウムイオンと、地山の粘土鉱物であるNa-モンモリロナイトとの間において以下に示すイオン交換反応が発生する。
Ca2++6[Na-モンモリロナイト]=[Ca-モンモリロナイト]+2Na+
【0018】
この反応は数時間から数週間という比較的短時間に化学平衡状態に達する。このイオン交換反応による影響については、図1に示すように、ナトリウムイオンがカルシウムイオンに置換されることにより膨潤圧が低下することが分かる。すなわち、トンネルの建設前後において周辺地山が地下水面下にあり、地山中のNa-モンモリロナイトが十分に飽和しているとすれば、膨潤性を有していたと考えることができる。従って、これがカルシウムイオンに置換されれば膨潤圧が減少し、トンネル周辺地山の支持力が低下することになる。
【0019】
(2)粘土鉱物のイオン交換によるコンシステンシーの変化
粘土鉱物は含水量により変形の仕方や抵抗の度合い(コンシステンシー)が異なることが知られている。コンシステンシーは、液態、プラスチックな状態、半固態、固態の4つの段階に分け、その境界をそれぞれ液性限界、塑性限界、収縮限界と呼び、含水比で与えられる。これを用いた分類はAtterbergのコンシステンシー限界と呼ばれている。主要粘土鉱物のAtterberg限界試験結果を図2に示す。図2からも明らかなように、各粘土鉱物は地下水中のカルシウムイオンが粘土鉱物中のナトリウムイオンと交換することにより、液性限界や塑性限界の含水比が低下する傾向にあり、特にモンモリロナイトの液性限界の含水比が小さくなることが分かる。つまり、モンモリロナイトのナトリウムイオンがカルシウムイオンに置換された場合、液性限界が低くなり、例えばプラスチックな状態にあったものが液態となってその変形の仕方や抵抗の度合いが大きく変化することになる。
【0020】
トンネル建設時に周辺地山の変形が静止状態であれば、このコンシステンシーの変化が及ぼす影響は小さいと考えられるが、地山が長期的に変形を生じる場合、変形の仕方や抵抗の度合いが変化することによる影響も無視できないと考えられる。
【0021】
(3)地下水の高アルカリ化に伴う粘土鉱物の溶解
覆工コンクリートからのカルシウムイオンの溶出に伴ってトンネルの周辺地下水は高pH環境となる。このような環境下にあっては、以下に示すような粘土鉱物の加水分解・溶解が生じやすい。
3[Na-モンモリロナイト]+11/2H2O=3/2[カオリナイト]+4H2SiO4+2Na+
[カオリナイト]+5H2O=2Al(OH)3+2H2SiO4
【0022】
これらの溶解は、地山要素モデルのマトリックス(要素部分)を考慮した場合、マトリックスの容積減少に繋がり、マトリックス中の実質応力増大や強度(粘着力)低下を招来することが考えられる。
【0023】
以上の考察を前提として、有限要素法等による解析を行う場合の地山要素モデルを以下のように定式化した。尚、以下においては、トンネル周辺地山には地下水が存在し、かつ地山が低透水性であるため大きな地下水流動が生じることがなく、その影響も小さいためカルシウムイオンが濃度拡散するものと仮定する。
【0024】
トンネル周辺地山に対するカルシウムイオンの拡散により、地山に含まれるNa-モンモリロナイトがCa-モンモリロナイトに置換される等、上述の化学的変化が発生して地山が劣化したと仮定すると、その劣化の度合いである損傷パラメータは以下の式で表される。
Dp=Mc/M0
ここで、M0(mol/m3)はNa-モンモリロナイトの初期含有量である。Mc(mol/m3)は化学的変化後におけるNa-モンモリロナイトの含有量であり、計算の各ステップにおいて以下のように算出することとした。
Mc(i)=Mc(i-1)−n・DCa・Ac・dt
ここで、n,DCa,Ac,dtはそれぞれ地山の間隙率、カルシウムイオン濃度、イオン置換率、解析ステップ(i-1)から(i)の時間間隔である。
【0025】
この損傷パラメータを用いて地山要素モデルの変形特性及び強度特性を次式のように表すこととした。
G=G0・Fd
K=K0・Fd
Fd=1+(1−Rm)(Dp−1)
C=C0+(C0−Cres)(Dpa−1)
Φ=Φ0+(Φ0−Φres)(Dpb−1)
ここで、G,K,C,Φは損傷パラメータDpのときの地山のせん断弾性係数、体積弾性係数、せん断強度及び内部摩擦角である。添え字「0」は初期強度のとき、添え字「res」は残留強度のときを意味する。また、Rm,a,bは定数である。
【0026】
図3は、本発明で適用する解析装置の構成を示したブロック図である。ここで例示する解析装置は、パーソナルコンピュータ等の数値演算装置にプログラムを読み込ませることによって具現化されるもので、要素モデル生成部10、拡散分布演算部11、パラメータ設定部12、劣化演算部13、変位演算部14を備えている。要素モデル生成部10は、キーボード等の入力手段20を通じて解析対象となるトンネルの覆工コンクリート及び周辺地山の諸元や物性、境界条件等のデータが与えられた場合にそれぞれを要素モデル化するものである。拡散分布演算部11は、入力手段20を通じて拡散係数が与えられた場合に、覆工コンクリートの要素モデル(以下、「覆工構造体要素モデル」と称する)からの地山要素モデルに対するカルシウムイオンの拡散濃度分布を演算するものである。パラメータ設定部12は、覆工コンクリートのセメント成分からカルシウムイオンが地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定するものである。劣化演算部13は、拡散分布演算部11が算出したカルシウムイオンの拡散濃度分布から、損傷パラメータに従って地山要素モデルにおける変形特性の変化及び強度特性の変化を算出するものである。変位演算部14は、劣化演算部13によって地山要素モデルにおける変形特性の変化及び強度特性の変化が算出された場合、当該地山要素モデルにおける変形特性の変化及び強度特性の変化に起因した塑性圧を覆工構造体要素モデルに作用させてその変位を演算するものである。
【0027】
図4は、上述した解析装置が実施する処理の手順を示したフローチャートである。この解析装置では、要素モデル生成部10を通じて、覆工コンクリート及び周辺地山の要素モデル化を行い、建設時の初期状態を求める(ステップS100)。次いで、解析装置は拡散分布演算部11を通じて、覆工構造体要素モデルから地山要素モデルに対してカルシウムイオンの拡散濃度分布を演算する処理を行う(ステップS101)。
【0028】
次いで、解析装置は演算したカルシウムイオンの拡散濃度分布に基づき、パラメータ設定部12を通じて、覆工コンクリートのセメント成分からカルシウムイオンが地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算してこれを地山要素モデルの各マトリックス(要素部分)に設定し(ステップS102)、さらに劣化演算部13を通じて、覆工構造体要素モデルからのカルシウムイオンの拡散に伴う地山要素モデルの変形特性及び強度特性を個々の損傷パラメータに従ってシミュレートするとともにその変化を演算する(ステップS103)。
【0029】
最後に、変位演算部14を通じて、覆工構造体要素モデルに地山要素モデルの変形特性の変化及び強度特性の劣化に伴う塑性圧を作用させ、当該覆工構造体要素モデルの変位を算出する(ステップS104)。以降、経過年数が終了するまでステップS101からの処理を繰り返し実施することにより(ステップS105)、覆工構造体要素モデルの変位からトンネルの変状挙動を解析することができるようになる。尚、要素モデル生成部10で生成した要素モデル、拡散分布演算部11が演算したカルシウムイオンの拡散濃度分布状況、パラメータ設定部12が設定した損傷パラメータ、劣化演算部13が演算した変形特性の変化や強度特性の変化、変位演算部14が演算した覆工構造体要素モデルの変位状況は、ディスプレイやプリンタ等の出力手段30を通じて都度出力を行うことが可能である。
【0030】
以下、上述した解析装置により、実際のトンネルを解析対象とした本発明の実施例について説明する。
【0031】
・物性の設定
本実施例では、要素モデル生成部10に与える基本物性として、従来の検討(熊坂博夫,朝倉俊弘,小島芳之,松長剛:地山の時間依存性を考慮したトンネル変状解析手法の適用性に関する検討,第32回岩盤力学に関するシンポジウム,pp.34-40,2003)と同様にトンネルの梁−ばねモデルに用いられた条件(鉄道総合技術研究所:変状トンネル対策工設計マニュアル,p.215,1998)と、アイダンら(アイダン オメール,赤木知之,伊東孝,川本眺万:スクイーズィング地山におけるトンネルの変形挙動とその予測方法について,土木学会論文集,No.448/III,pp.73-82,1992)、蒋ら(蒋宇静,江崎哲郎,横田康行,禿英和:地山特性曲線に影響を及ぼす要因の定量的分析,第9回岩の力学国内シンポジウム講演論文集,pp.767-772,1994)の相関式から得られた物性値とを用いた。尚、ダイレイタンシー角については、降伏後の変形(体積増加)が過度とならないようにするためピーク強度の内部摩擦角の1/2とした。残留強度状態のCres,Φresから求まる一軸圧縮強度、せん断強度は上述したアイダンら、蒋らの相関値の1/2とした。解析に用いた地山及び覆工コンクリートの物性値を図5に示す。拡散分布演算部11に与える拡散係数としては、希薄水溶液中の電解質の拡散係数を参考として1.0×10-5(cm2/s)とした。
【0032】
・解析モデルと境界条件
本実施例では、トンネル周辺地山が長期的に劣化することで塑性圧が等方的に覆工コンクリートへ作用し、トンネル内部に押し出す現象を表現することに着目している。このため、要素モデル生成部10においては、対称条件を考慮して右半断面として覆工コンクリート及び地山をそれぞれ要素モデル化した。トンネルの諸元を図6に、解析領域と境界条件及び要素モデルの分割状況を図7に、覆工コンクリートの要素モデル化と境界条件について図8にそれぞれ示す。
【0033】
尚、変状調査により、解析対象となるトンネルには、天端付近に位置する覆工コンクリートの背面に空洞が存在することが判明している。このため、梁−ばねモデルと同様の条件として上半部天端から円中心を半径として左右に30°の範囲で地山要素モデルの3要素分を空洞とした。
【0034】
覆工コンクリートと地山との接触の要素モデル化については、本トンネルの施工が在来工法であるため、覆工コンクリートと地山とが一体でないとし、Coulomb則によるすべりとして取り扱った。また、覆工コンクリートは片持ち梁のような変形となるため、覆工コンクリートと地山との間が分離できるようにインターフェース要素を用いてモデル化した。
【0035】
覆工コンクリートは、図5に示した物性でMohr-Coulomb則による非線形な材料として要素モデル化し、また側壁中央部の内側には、引張強度を越える応力が発生することが考えられるため、クラックが開口することを考慮して覆工コンクリートの引張強度を持つインターフェース要素を用いてモデル化した。
【0036】
・解析手順
本実施例における拡散分布演算部11、劣化演算部13及び変位演算部14での解析は以下のとおりである。
(1)初期地圧解析
垂直方向応力は自重を考慮し、水平方向応力は側圧係数を1とする静水圧状態を仮定した。境界条件としては図7に示すように、上方、右側方境界から初期地圧相当の分布荷重を与えて各要素モデルの初期応力を設定した。
【0037】
(2)掘削解析
トンネルの建設が在来工法による全断面掘削によって行われたことにより、100%応力解放の解析を実施した。
【0038】
(3)建設後のトンネル変形解析
前ステップまでの変位をリセットし、覆工コンクリートの要素モデル部分を挿入する。覆工コンクリートからのカルシウムイオンの拡散を1年ごとに計算し、この拡散濃度分布から上述の損傷パラメータに従った地山の劣化を考慮して覆工構造体要素モデルの変形を予測する解析を実施した。
【0039】
・予測解析結果及び考察
(1)カルシウムイオン濃度分布について
図9は、拡散分布演算部11において算出された30年後のトンネル周辺地山中のカルシウムイオン濃度分布を色の濃さで示したものであり、図10は、地山壁面からの距離とカルシウムイオン濃度分布との関係を示したものである。これらの図から明らかなように、覆工コンクリートから溶出したカルシウムイオンはトンネル近傍の2〜3mに分布し、経過年数とともにその濃度が高くなることが分かる。
【0040】
(2)損傷パラメータの分布について
図11は、地山壁面からの距離と損傷パラメータの分布との関係を示したものである。図11に示すように、覆工コンクリートから溶出したカルシウムイオンによる地山の劣化領域はトンネル近傍の2〜3mに分布する。これは図10に示した地山壁面からの距離とカルシウムイオン濃度分布との関係と対応したものである。また、経過年数とともに領域の損傷パラメータが小さくなり、つまり劣化度が大きくなり、これが地山壁面に近いところで著しいことが分かる。
【0041】
(3)水平方向内空変位について
図12は、図6に示した内空変位計測位置における経過年数と内空変位量との関係を示したもので、図13は、地山壁面からの距離と水平方向変位量との関係を示したものである。図12中の破線は、トンネルの各内空変位計測の平均的な初期変位速度6mm/年による経過変数と内空変位との関係を示したものである。一方、解析から得られた経過年数と内空変位量との関係は直線関係ではなく、当所は平均的な初期変位速度6mm/年と同程度であるが、10〜20年の間で変位速度が大きくなり、それ以降、再度、初期変位速度に戻るようなS字曲線となった。
【0042】
加えて、以前に検討した地山劣化モデルでは、長期の変位は約22年で収束していたが、本実施例では50年以上に亘り、変状に伴う変形が生じる結果となった。
【0043】
また、図13に示すように、地山中の水平方向変位は、図11の損傷パラメータの低下と対応してトンネル近傍の2〜3mにおいて顕著となり、その変位量はトンネル近傍ほど大きく、経過年数とともに増加する結果となった。
【0044】
以上説明したように、本実施例の解析によれば、土被りが十分に大きくなければならない等、適用範囲としてトンネルの力学的な建設条件に左右されることがなく、長期間に亘ってトンネルの変状解析の予測を行うことができるようになる。
【0045】
尚、上述した実施例では、トンネルの覆工コンクリート及び周辺地山を要素モデル化する場合に、インターフェース要素を用いるようにしているが、必ずしもインターフェース要素を用いる必要はなく、覆工コンクリート及び周辺地山を単に要素モデル化して解析を実施しても構わない。また、解析を行う場合の物性や諸元はあくまでも例示のものであり、適用するトンネルに応じて適宜変更して良いのはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ベントナイトの膨潤圧と垂直ひずみとの関係を示すグラフである。
【図2】主要粘土鉱物のAtterberg限界試験値を示す図表である。
【図3】本発明で適用する解析装置の構成を示すブロック図である。
【図4】図3に示した解析装置が実施する処理の手順を示したフローチャートである。
【図5】本発明の実施例で適用した地山及びコンクリート製覆工構造体の物性値を示す図表である。
【図6】本発明の実施例で適用する解析モデルの諸元を示す概念図である。
【図7】本発明の実施例で適用する解析モデルの解析領域と境界条件及び要素モデルの分割状況を示す概念図である。
【図8】本発明の実施例で適用する解析モデルにおいて覆工構造体の要素モデル化と境界条件について示す概念図である。
【図9】本発明の実施例で適用する解析モデルにおいて30年後のトンネル周辺地山中のカルシウムイオン濃度分布を示した概念図である。
【図10】地山壁面からの距離とカルシウムイオン濃度分布との関係を示したグラフである。
【図11】地山壁面からの距離と損傷パラメータの分布との関係を示したグラフである。
【図12】図6に示した内空変位計測位置における経過年数と内空変位量との関係を示したグラフである。
【図13】地山壁面からの距離と水平方向変位量との関係を示したグラフである。
【符号の説明】
【0047】
10 要素モデル生成部
11 拡散分布演算部
12 パラメータ設定部
13 劣化演算部
14 変位演算部
17 基礎工学
20 入力手段
30 出力手段
【技術分野】
【0001】
本発明は、トンネルの覆工構造体に発生する内空変位等の変状を解析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国では、道路及び鉄道を含めてトンネルの総数が10000カ所以上存在し、その総延長距離も4000kmを越える状況にある。しかも、現在供用されているトンネルの中には戦前に建設されたものも多く存在しており、その維持管理は重要な課題となっている。とりわけ、トンネルの補強対策は、覆工構造体の耐力向上やトンネル周辺部地山の安定化を図る上できわめて重要である。
【0003】
トンネルの補強対策を検討する場合には、有限要素法や有限差分法の要素モデルを用いて地山と覆工構造体の両方を表現し、地山の長期的な変形と覆工構造体との相互作用からトンネル全体の安全性を検討する方法がある。この場合、トンネル周辺地山の経時的な変形挙動の取り扱いには、クリープモデル、粘弾塑性モデル、地山劣化モデル等の解析モデルを適用するのが一般的である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、実際のトンネルの維持管理に関わる補強検討においては、トンネル周辺地山の経時的な変形挙動をクリープモデルや粘弾塑性モデルを用いて検討された事例がほとんどない。この理由には、クリープモデルや粘弾塑性モデルを用いて解析を行う場合、トンネルの設計段階から現状に至るまでの数多くの情報が必要になることが挙げられる。例えば、解析に必要となる情報の開示が制限されている場合、あるいは戦前に建設されたもの等、建設から長期間経過して必要となる情報が現存しない場合には、いずれも解析を行うことが困難となる。
【0005】
一方、地山劣化モデルでは、強度定数が時間経過とともに低下するという想定で地山の経時変化を表現することが可能であり、覆工構造体の耐力向上やトンネル周辺部地山の安定化を図るための検討を行うことができる。
【0006】
しかしながら、地山劣化モデルにあっては、地山の応力が残留強度となった時点、例えば建設後20年程度の時間が経過すると変形挙動が収束することになり、その後の変状挙動を検討することができない。実際には20年を経過した後にも地山の劣化は依然として進行しており、その変状挙動は必須の検討事項である。
【0007】
また、地山劣化モデルを用いて解析を行う場合には、比較的大きな初期地圧が必要となる。このため、例えば解析対象となるトンネルにおいて土被りが小さい場合等、十分な初期地圧が得られない場合には、地山劣化に伴うトンネルの変位量も小さいものとなり、変状現象を十分に表現できない虞れがある。換言すれば、地山劣化モデルを適用する場合には、トンネルの建設状態として土被りが十分に確保され、地山劣化に伴うトンネルの変位量が十分に大きくなることが条件となり、その適用範囲が著しく制限されることになる。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みて、適用範囲に大きな制限がなく、かつ長期間に亘ってトンネルの変状解析を行うことのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明の請求項1に係るトンネルの変状解析方法は、コンクリート製の覆工構造体を備えたトンネルの変状を解析する方法であって、覆工構造体及び周辺地山を要素モデル化する工程と、地山要素モデルに対する覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散分布を算出する工程と、覆工構造体のセメント成分からイオン化物が地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定する工程と、覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散に伴う地山要素モデルの劣化を前記損傷パラメータに従ってシミュレートする工程と、地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出する工程とを含むことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の請求項2に係るトンネルの変状解析方法は、上述した請求項1において、前記損傷パラメータは、覆工構造体からのカルシウムイオンの溶出に伴って地山中の粘土鉱物に発生する化学的劣化の割合として設定することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の請求項3に係るトンネルの変状解析方法は、上述した請求項1において、前記損傷パラメータに従った変形特性の変化及び強度特性の変化を地山要素モデルの劣化としてシミュレートし、当該地山要素モデルの劣化に起因した塑性圧を覆工構造体要素モデルに作用させてその変位を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、覆工構造体のセメント成分からイオン化物が溶出したことによる地山の化学的劣化度を損傷パラメータとして地山要素モデルの構造劣化をシミュレートし、この地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出するようにしているため、土被りが十分に大きくなければならない等、適用範囲としてトンネルの力学的な建設条件に左右されることがない。しかも、覆工構造体が存在する以上、そのコンクリートのセメント成分から継続的に地山に対してイオン化物が溶出することになり、長期間に亘ってトンネルの変状解析を行うことができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に添付図面を参照して、本発明に係るトンネルの変状解析方法の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
まず、初期地圧の小さな条件下においてもトンネルの変状挙動を長期的に解析するには、その変状要因の経時的な影響を考慮して解析モデルを構築する必要がある。但し、上述したように変形挙動に直接影響を及ぼす応力や圧力といった力学的条件を変状要因とした場合には、種々の制限が存在する。そこで本発明者は、発想を大きく転換し、トンネルのコンクリート製覆工構造体(以下、単に「覆工コンクリート」と称する)からの地山に対する化学的な劣化度という間接的要因に着目し、この地山の化学的な劣化がトンネルに長期的な変状を来す要因であると想定した。具体的に説明すると、覆工コンクリートのセメント成分からはイオン化物が地山の地下水中に溶出しており、この溶出したイオン化物による地山の劣化に伴って地山の経時的なトンネル内への押し出し挙動が生じると想定して本発明を創作するに至った。
【0015】
覆工コンクリートの間隙中には、セメント成分に含まれる水和物から溶解したカルシウムイオン(Ca2+)及び水酸化イオン(OH-)が一定の濃度で共存している。この覆工コンクリートの間隙中に存在するカルシウムイオンの濃度が周辺地山の地下水より高い場合には、濃度拡散が生じてカルシウムイオンが周辺地山へ拡散する。一方、覆工コンクリートにおいては、カルシウムイオンの濃度と水酸化イオンの濃度とが一定に保たれるようにセメント成分の水酸化カルシウム(Ca(OH)2)やカルシウムシリケート水和物(C-S-H)からカルシウムイオン及び水酸化イオンの溶解が生じる。これにより、覆工コンクリートからは、周辺地山に対してイオン化物が定常的に供給されていると考えることができる。
【0016】
覆工コンクリートから溶出するイオン化物の中で地山の劣化に対してもっとも影響を与えるのは、以下に示す理由により、カルシウムイオンであると想定することができる。
【0017】
(1)地下水と地山の粘土鉱物との間のイオン交換反応による地山の膨潤圧減少
地下水に溶出したカルシウムイオンと、地山の粘土鉱物であるNa-モンモリロナイトとの間において以下に示すイオン交換反応が発生する。
Ca2++6[Na-モンモリロナイト]=[Ca-モンモリロナイト]+2Na+
【0018】
この反応は数時間から数週間という比較的短時間に化学平衡状態に達する。このイオン交換反応による影響については、図1に示すように、ナトリウムイオンがカルシウムイオンに置換されることにより膨潤圧が低下することが分かる。すなわち、トンネルの建設前後において周辺地山が地下水面下にあり、地山中のNa-モンモリロナイトが十分に飽和しているとすれば、膨潤性を有していたと考えることができる。従って、これがカルシウムイオンに置換されれば膨潤圧が減少し、トンネル周辺地山の支持力が低下することになる。
【0019】
(2)粘土鉱物のイオン交換によるコンシステンシーの変化
粘土鉱物は含水量により変形の仕方や抵抗の度合い(コンシステンシー)が異なることが知られている。コンシステンシーは、液態、プラスチックな状態、半固態、固態の4つの段階に分け、その境界をそれぞれ液性限界、塑性限界、収縮限界と呼び、含水比で与えられる。これを用いた分類はAtterbergのコンシステンシー限界と呼ばれている。主要粘土鉱物のAtterberg限界試験結果を図2に示す。図2からも明らかなように、各粘土鉱物は地下水中のカルシウムイオンが粘土鉱物中のナトリウムイオンと交換することにより、液性限界や塑性限界の含水比が低下する傾向にあり、特にモンモリロナイトの液性限界の含水比が小さくなることが分かる。つまり、モンモリロナイトのナトリウムイオンがカルシウムイオンに置換された場合、液性限界が低くなり、例えばプラスチックな状態にあったものが液態となってその変形の仕方や抵抗の度合いが大きく変化することになる。
【0020】
トンネル建設時に周辺地山の変形が静止状態であれば、このコンシステンシーの変化が及ぼす影響は小さいと考えられるが、地山が長期的に変形を生じる場合、変形の仕方や抵抗の度合いが変化することによる影響も無視できないと考えられる。
【0021】
(3)地下水の高アルカリ化に伴う粘土鉱物の溶解
覆工コンクリートからのカルシウムイオンの溶出に伴ってトンネルの周辺地下水は高pH環境となる。このような環境下にあっては、以下に示すような粘土鉱物の加水分解・溶解が生じやすい。
3[Na-モンモリロナイト]+11/2H2O=3/2[カオリナイト]+4H2SiO4+2Na+
[カオリナイト]+5H2O=2Al(OH)3+2H2SiO4
【0022】
これらの溶解は、地山要素モデルのマトリックス(要素部分)を考慮した場合、マトリックスの容積減少に繋がり、マトリックス中の実質応力増大や強度(粘着力)低下を招来することが考えられる。
【0023】
以上の考察を前提として、有限要素法等による解析を行う場合の地山要素モデルを以下のように定式化した。尚、以下においては、トンネル周辺地山には地下水が存在し、かつ地山が低透水性であるため大きな地下水流動が生じることがなく、その影響も小さいためカルシウムイオンが濃度拡散するものと仮定する。
【0024】
トンネル周辺地山に対するカルシウムイオンの拡散により、地山に含まれるNa-モンモリロナイトがCa-モンモリロナイトに置換される等、上述の化学的変化が発生して地山が劣化したと仮定すると、その劣化の度合いである損傷パラメータは以下の式で表される。
Dp=Mc/M0
ここで、M0(mol/m3)はNa-モンモリロナイトの初期含有量である。Mc(mol/m3)は化学的変化後におけるNa-モンモリロナイトの含有量であり、計算の各ステップにおいて以下のように算出することとした。
Mc(i)=Mc(i-1)−n・DCa・Ac・dt
ここで、n,DCa,Ac,dtはそれぞれ地山の間隙率、カルシウムイオン濃度、イオン置換率、解析ステップ(i-1)から(i)の時間間隔である。
【0025】
この損傷パラメータを用いて地山要素モデルの変形特性及び強度特性を次式のように表すこととした。
G=G0・Fd
K=K0・Fd
Fd=1+(1−Rm)(Dp−1)
C=C0+(C0−Cres)(Dpa−1)
Φ=Φ0+(Φ0−Φres)(Dpb−1)
ここで、G,K,C,Φは損傷パラメータDpのときの地山のせん断弾性係数、体積弾性係数、せん断強度及び内部摩擦角である。添え字「0」は初期強度のとき、添え字「res」は残留強度のときを意味する。また、Rm,a,bは定数である。
【0026】
図3は、本発明で適用する解析装置の構成を示したブロック図である。ここで例示する解析装置は、パーソナルコンピュータ等の数値演算装置にプログラムを読み込ませることによって具現化されるもので、要素モデル生成部10、拡散分布演算部11、パラメータ設定部12、劣化演算部13、変位演算部14を備えている。要素モデル生成部10は、キーボード等の入力手段20を通じて解析対象となるトンネルの覆工コンクリート及び周辺地山の諸元や物性、境界条件等のデータが与えられた場合にそれぞれを要素モデル化するものである。拡散分布演算部11は、入力手段20を通じて拡散係数が与えられた場合に、覆工コンクリートの要素モデル(以下、「覆工構造体要素モデル」と称する)からの地山要素モデルに対するカルシウムイオンの拡散濃度分布を演算するものである。パラメータ設定部12は、覆工コンクリートのセメント成分からカルシウムイオンが地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定するものである。劣化演算部13は、拡散分布演算部11が算出したカルシウムイオンの拡散濃度分布から、損傷パラメータに従って地山要素モデルにおける変形特性の変化及び強度特性の変化を算出するものである。変位演算部14は、劣化演算部13によって地山要素モデルにおける変形特性の変化及び強度特性の変化が算出された場合、当該地山要素モデルにおける変形特性の変化及び強度特性の変化に起因した塑性圧を覆工構造体要素モデルに作用させてその変位を演算するものである。
【0027】
図4は、上述した解析装置が実施する処理の手順を示したフローチャートである。この解析装置では、要素モデル生成部10を通じて、覆工コンクリート及び周辺地山の要素モデル化を行い、建設時の初期状態を求める(ステップS100)。次いで、解析装置は拡散分布演算部11を通じて、覆工構造体要素モデルから地山要素モデルに対してカルシウムイオンの拡散濃度分布を演算する処理を行う(ステップS101)。
【0028】
次いで、解析装置は演算したカルシウムイオンの拡散濃度分布に基づき、パラメータ設定部12を通じて、覆工コンクリートのセメント成分からカルシウムイオンが地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算してこれを地山要素モデルの各マトリックス(要素部分)に設定し(ステップS102)、さらに劣化演算部13を通じて、覆工構造体要素モデルからのカルシウムイオンの拡散に伴う地山要素モデルの変形特性及び強度特性を個々の損傷パラメータに従ってシミュレートするとともにその変化を演算する(ステップS103)。
【0029】
最後に、変位演算部14を通じて、覆工構造体要素モデルに地山要素モデルの変形特性の変化及び強度特性の劣化に伴う塑性圧を作用させ、当該覆工構造体要素モデルの変位を算出する(ステップS104)。以降、経過年数が終了するまでステップS101からの処理を繰り返し実施することにより(ステップS105)、覆工構造体要素モデルの変位からトンネルの変状挙動を解析することができるようになる。尚、要素モデル生成部10で生成した要素モデル、拡散分布演算部11が演算したカルシウムイオンの拡散濃度分布状況、パラメータ設定部12が設定した損傷パラメータ、劣化演算部13が演算した変形特性の変化や強度特性の変化、変位演算部14が演算した覆工構造体要素モデルの変位状況は、ディスプレイやプリンタ等の出力手段30を通じて都度出力を行うことが可能である。
【0030】
以下、上述した解析装置により、実際のトンネルを解析対象とした本発明の実施例について説明する。
【0031】
・物性の設定
本実施例では、要素モデル生成部10に与える基本物性として、従来の検討(熊坂博夫,朝倉俊弘,小島芳之,松長剛:地山の時間依存性を考慮したトンネル変状解析手法の適用性に関する検討,第32回岩盤力学に関するシンポジウム,pp.34-40,2003)と同様にトンネルの梁−ばねモデルに用いられた条件(鉄道総合技術研究所:変状トンネル対策工設計マニュアル,p.215,1998)と、アイダンら(アイダン オメール,赤木知之,伊東孝,川本眺万:スクイーズィング地山におけるトンネルの変形挙動とその予測方法について,土木学会論文集,No.448/III,pp.73-82,1992)、蒋ら(蒋宇静,江崎哲郎,横田康行,禿英和:地山特性曲線に影響を及ぼす要因の定量的分析,第9回岩の力学国内シンポジウム講演論文集,pp.767-772,1994)の相関式から得られた物性値とを用いた。尚、ダイレイタンシー角については、降伏後の変形(体積増加)が過度とならないようにするためピーク強度の内部摩擦角の1/2とした。残留強度状態のCres,Φresから求まる一軸圧縮強度、せん断強度は上述したアイダンら、蒋らの相関値の1/2とした。解析に用いた地山及び覆工コンクリートの物性値を図5に示す。拡散分布演算部11に与える拡散係数としては、希薄水溶液中の電解質の拡散係数を参考として1.0×10-5(cm2/s)とした。
【0032】
・解析モデルと境界条件
本実施例では、トンネル周辺地山が長期的に劣化することで塑性圧が等方的に覆工コンクリートへ作用し、トンネル内部に押し出す現象を表現することに着目している。このため、要素モデル生成部10においては、対称条件を考慮して右半断面として覆工コンクリート及び地山をそれぞれ要素モデル化した。トンネルの諸元を図6に、解析領域と境界条件及び要素モデルの分割状況を図7に、覆工コンクリートの要素モデル化と境界条件について図8にそれぞれ示す。
【0033】
尚、変状調査により、解析対象となるトンネルには、天端付近に位置する覆工コンクリートの背面に空洞が存在することが判明している。このため、梁−ばねモデルと同様の条件として上半部天端から円中心を半径として左右に30°の範囲で地山要素モデルの3要素分を空洞とした。
【0034】
覆工コンクリートと地山との接触の要素モデル化については、本トンネルの施工が在来工法であるため、覆工コンクリートと地山とが一体でないとし、Coulomb則によるすべりとして取り扱った。また、覆工コンクリートは片持ち梁のような変形となるため、覆工コンクリートと地山との間が分離できるようにインターフェース要素を用いてモデル化した。
【0035】
覆工コンクリートは、図5に示した物性でMohr-Coulomb則による非線形な材料として要素モデル化し、また側壁中央部の内側には、引張強度を越える応力が発生することが考えられるため、クラックが開口することを考慮して覆工コンクリートの引張強度を持つインターフェース要素を用いてモデル化した。
【0036】
・解析手順
本実施例における拡散分布演算部11、劣化演算部13及び変位演算部14での解析は以下のとおりである。
(1)初期地圧解析
垂直方向応力は自重を考慮し、水平方向応力は側圧係数を1とする静水圧状態を仮定した。境界条件としては図7に示すように、上方、右側方境界から初期地圧相当の分布荷重を与えて各要素モデルの初期応力を設定した。
【0037】
(2)掘削解析
トンネルの建設が在来工法による全断面掘削によって行われたことにより、100%応力解放の解析を実施した。
【0038】
(3)建設後のトンネル変形解析
前ステップまでの変位をリセットし、覆工コンクリートの要素モデル部分を挿入する。覆工コンクリートからのカルシウムイオンの拡散を1年ごとに計算し、この拡散濃度分布から上述の損傷パラメータに従った地山の劣化を考慮して覆工構造体要素モデルの変形を予測する解析を実施した。
【0039】
・予測解析結果及び考察
(1)カルシウムイオン濃度分布について
図9は、拡散分布演算部11において算出された30年後のトンネル周辺地山中のカルシウムイオン濃度分布を色の濃さで示したものであり、図10は、地山壁面からの距離とカルシウムイオン濃度分布との関係を示したものである。これらの図から明らかなように、覆工コンクリートから溶出したカルシウムイオンはトンネル近傍の2〜3mに分布し、経過年数とともにその濃度が高くなることが分かる。
【0040】
(2)損傷パラメータの分布について
図11は、地山壁面からの距離と損傷パラメータの分布との関係を示したものである。図11に示すように、覆工コンクリートから溶出したカルシウムイオンによる地山の劣化領域はトンネル近傍の2〜3mに分布する。これは図10に示した地山壁面からの距離とカルシウムイオン濃度分布との関係と対応したものである。また、経過年数とともに領域の損傷パラメータが小さくなり、つまり劣化度が大きくなり、これが地山壁面に近いところで著しいことが分かる。
【0041】
(3)水平方向内空変位について
図12は、図6に示した内空変位計測位置における経過年数と内空変位量との関係を示したもので、図13は、地山壁面からの距離と水平方向変位量との関係を示したものである。図12中の破線は、トンネルの各内空変位計測の平均的な初期変位速度6mm/年による経過変数と内空変位との関係を示したものである。一方、解析から得られた経過年数と内空変位量との関係は直線関係ではなく、当所は平均的な初期変位速度6mm/年と同程度であるが、10〜20年の間で変位速度が大きくなり、それ以降、再度、初期変位速度に戻るようなS字曲線となった。
【0042】
加えて、以前に検討した地山劣化モデルでは、長期の変位は約22年で収束していたが、本実施例では50年以上に亘り、変状に伴う変形が生じる結果となった。
【0043】
また、図13に示すように、地山中の水平方向変位は、図11の損傷パラメータの低下と対応してトンネル近傍の2〜3mにおいて顕著となり、その変位量はトンネル近傍ほど大きく、経過年数とともに増加する結果となった。
【0044】
以上説明したように、本実施例の解析によれば、土被りが十分に大きくなければならない等、適用範囲としてトンネルの力学的な建設条件に左右されることがなく、長期間に亘ってトンネルの変状解析の予測を行うことができるようになる。
【0045】
尚、上述した実施例では、トンネルの覆工コンクリート及び周辺地山を要素モデル化する場合に、インターフェース要素を用いるようにしているが、必ずしもインターフェース要素を用いる必要はなく、覆工コンクリート及び周辺地山を単に要素モデル化して解析を実施しても構わない。また、解析を行う場合の物性や諸元はあくまでも例示のものであり、適用するトンネルに応じて適宜変更して良いのはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ベントナイトの膨潤圧と垂直ひずみとの関係を示すグラフである。
【図2】主要粘土鉱物のAtterberg限界試験値を示す図表である。
【図3】本発明で適用する解析装置の構成を示すブロック図である。
【図4】図3に示した解析装置が実施する処理の手順を示したフローチャートである。
【図5】本発明の実施例で適用した地山及びコンクリート製覆工構造体の物性値を示す図表である。
【図6】本発明の実施例で適用する解析モデルの諸元を示す概念図である。
【図7】本発明の実施例で適用する解析モデルの解析領域と境界条件及び要素モデルの分割状況を示す概念図である。
【図8】本発明の実施例で適用する解析モデルにおいて覆工構造体の要素モデル化と境界条件について示す概念図である。
【図9】本発明の実施例で適用する解析モデルにおいて30年後のトンネル周辺地山中のカルシウムイオン濃度分布を示した概念図である。
【図10】地山壁面からの距離とカルシウムイオン濃度分布との関係を示したグラフである。
【図11】地山壁面からの距離と損傷パラメータの分布との関係を示したグラフである。
【図12】図6に示した内空変位計測位置における経過年数と内空変位量との関係を示したグラフである。
【図13】地山壁面からの距離と水平方向変位量との関係を示したグラフである。
【符号の説明】
【0047】
10 要素モデル生成部
11 拡散分布演算部
12 パラメータ設定部
13 劣化演算部
14 変位演算部
17 基礎工学
20 入力手段
30 出力手段
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート製の覆工構造体を備えたトンネルの変状を解析する方法であって、
覆工構造体及び周辺地山を要素モデル化する工程と、
地山要素モデルに対する覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散分布を算出する工程と、
覆工構造体のセメント成分からイオン化物が地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定する工程と、
覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散に伴う地山要素モデルの劣化を前記損傷パラメータに従ってシミュレートする工程と、
地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出する工程と
を含むことを特徴とするトンネルの変状解析方法。
【請求項2】
前記損傷パラメータは、覆工構造体からのカルシウムイオンの溶出に伴って地山中の粘土鉱物に発生する化学的劣化の割合として設定することを特徴とする請求項1に記載のトンネルの変状解析方法。
【請求項3】
前記損傷パラメータに従った変形特性の変化及び強度特性の変化を地山要素モデルの劣化としてシミュレートし、当該地山要素モデルの劣化に起因した塑性圧を覆工構造体要素モデルに作用させてその変位を算出することを特徴とする請求項1に記載のトンネルの変状解析方法。
【請求項1】
コンクリート製の覆工構造体を備えたトンネルの変状を解析する方法であって、
覆工構造体及び周辺地山を要素モデル化する工程と、
地山要素モデルに対する覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散分布を算出する工程と、
覆工構造体のセメント成分からイオン化物が地山に溶出した場合の化学的劣化度を損傷パラメータとして演算し、これを地山要素モデルに設定する工程と、
覆工構造体要素モデルからのイオン化物の拡散に伴う地山要素モデルの劣化を前記損傷パラメータに従ってシミュレートする工程と、
地山要素モデルの劣化に伴う覆工構造体要素モデルの変位を算出する工程と
を含むことを特徴とするトンネルの変状解析方法。
【請求項2】
前記損傷パラメータは、覆工構造体からのカルシウムイオンの溶出に伴って地山中の粘土鉱物に発生する化学的劣化の割合として設定することを特徴とする請求項1に記載のトンネルの変状解析方法。
【請求項3】
前記損傷パラメータに従った変形特性の変化及び強度特性の変化を地山要素モデルの劣化としてシミュレートし、当該地山要素モデルの劣化に起因した塑性圧を覆工構造体要素モデルに作用させてその変位を算出することを特徴とする請求項1に記載のトンネルの変状解析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−309008(P2007−309008A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−140372(P2006−140372)
【出願日】平成18年5月19日(2006.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年12月1日 社団法人土木学会発行の「トンネル工学報告集Vol.15」に発表
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年5月19日(2006.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年12月1日 社団法人土木学会発行の「トンネル工学報告集Vol.15」に発表
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】
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