説明

ドコサヘキサエン酸高含有油脂の製造方法

【課題】簡便な操作で、短時間でグリセリド中へのドコサヘキサエン酸含有量を上昇させ、ドコサヘキサエン酸高含有油脂を提供すること。
【解決手段】構成脂肪酸としてドコサヘキサエン酸を含有する原料油脂に油脂分解用酵素を作用させてドコサヘキサエン酸高含有油脂を製造する方法において、前記原料油脂に、構成脂肪酸としてドコサヘキサエン酸を含有する未精製油脂の、SP値が12以上である溶媒による抽出物を添加する、ドコサヘキサエン酸高含有油脂の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドコサヘキサエン酸高含有油脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高度不飽和脂肪酸(以下、「PUFA」とする)の生理活性が注目され、PUFAのうち、特にドコサヘキサエン酸(以下、「DHA」ともいう)は、血小板凝集抑制作用、血中中性脂肪低下作用、血中コレステロール低下作用、制癌作用、脳機能向上効果等を有することが知られている。このため、PUFA含有油脂中にPUFAを濃縮する方法が精力的に研究開発されている。PUFAは熱安定性に乏しいため、非加熱処理による濃縮法が主に開発されており、代表的処理方法として油脂分解酵素を利用した方法がある。特に、リパーゼの脂肪酸選択性を利用し、特定のリパーゼを用いた加水分解法、エステル交換法、エステル化法が多数報告されている。
【0003】
例えば、キャンディダ(Candida)属由来のリパーゼを利用して魚油を加水分解し、DHA、EPA(エイコサペンタエン酸)等の高度不飽和脂肪酸をグリセリド中に濃縮する方法は、この分野の草分け的な技術として挙げられる(特許文献1参照)。酵素は、その特徴に応じた反応速度、加水分解率が得られるため、DHAをグリセリド中へ濃縮する効果的な方法が種々紹介されている。ここで、酵素は触媒であり、酵素の種類が決まればその活性の高さは加水分解率には影響しない。そのため、油脂のDHA濃縮率にはその酵素毎に限界があり、魚油などの原料油を酵素法でそのまま酵素分解した場合、その酵素の活性を高めたのみではDHA含有率を高めるには限界がある。
【0004】
そこで、DHA高含有油脂を製造する際には、酵素による加水分解の前に、原料油にウィンタリング等の物理的処理を施し、予めDHA含有量を高めた上で酵素分解に付しているのが現状である。
【0005】
DHA含有油脂を製造する際に、安価でハンドリング性を向上させる方法として、油脂分解酵素を担体に固定化して使用し、酵素を回収し再利用する方法がある。例えば、セライト担体に固定化したキャンディダ属由来のリパーゼを使用した加水分解法によるDHA濃縮油脂の製造方法が報告されている(特許文献2参照)。この文献による固定化酵素の調製法は、真空乾燥を行ってリパーゼを固定化している。また、酵素を固定化した後にトリグリセライドを接触させることにより水分を低減させた固定化酵素を使用することにより、加水分解率を向上させる方法がある(特許文献3参照)。
【0006】
更に、その他の低コスト化の方法としては、添加剤による反応促進の例が報告されている。例えば、添加剤として酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウムの中から選ばれた少なくとも1種の化合物、及び少量の水の存在下で、高度不飽和脂肪酸を含有する油脂をリパーゼを用いたアルコリシス反応に付し、高度不飽和脂肪酸が濃縮されたグリセリド画分を分離する方法が挙げられる(特許文献4参照)。
【0007】
また、エステル交換反応を行う際、低い水分濃度で、レシチンを共存させると、反応が促進することが報告されている(非特許文献1参照)。
【0008】
そこで、より簡便な操作で、グリセリド中のDHA含有量を上昇させ、DHA高含有油脂を得る方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭58−165796号公報
【特許文献2】国際公開第03/029392号パンフレット
【特許文献3】特開2004−41188号公報
【特許文献4】国際公開第2007/119811号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】パーム油・パーム核油の利用 加藤編著、幸書房、93頁、1990年7月31日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記従来技術において、ウィンタリングを行う方法は、収率の低下を招き、また極低温冷凍機等の高価な設備が必要となり、その結果、製造コスト増に繋がっている。また、固定化酵素の調製法で真空乾燥を行う前記技術では、酵素が一部失活することにより十分な活性を発現しない場合がある。更に、前記アルコリシス反応による技術は、高価なエタノールを多量に使用すること、酸化マグネシウム等の化学触媒も併用するため、反応後に油脂から分離、除去するという煩雑な工程を必要とすることから、コスト面で不利である。また、レシチンを共存させて反応を促進する方法は、反応速度を向上させることはできるが、反応率を向上させるというものではない。なお、酵素を固定化した後にトリグリセライドを接触させることにより水分を低減させた固定化酵素を使用することによって、ある程度の効果は達成されるが、処理工程を余分に要することから、他の有効な手段が望まれるところである。
よって、本発明は、簡便な操作で、短時間にグリセリド中へのDHA含有量を上昇させることができる、DHA高含有油脂の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、DHA高含有油脂の製造方法を種々検討した結果、油脂分解用酵素による加水分解反応を利用してDHA高含有油脂を製造する際に、構成脂肪酸としてDHAを含有する未精製油脂の、水又は特定の溶媒による抽出物を酵素反応時に添加することで、反応速度、並びに、DHAのグリセリド中への濃縮化を促進すること、すなわち短時間でグリセリド中へのDHA含有量を上昇させ、DHA高含有油脂が得られることを見出した。
さらに、DHA高含有油脂の製造方法において、到達加水分解率が数%でも上昇すると操作性向上や製造コスト低減の点から工業的に有利であるが、構成脂肪酸としてDHAを含有する未精製油脂の、水又は特定の溶媒による抽出物を利用すれば、従来の非固定化酵素では到達し得なかった加水分解率が得られ、又は加水分解率60%到達時間を極めて短縮できることも見出した。
【0013】
すなわち本発明は、構成脂肪酸としてDHAを含有する原料油脂に油脂分解用酵素を作用させてDHA高含有油脂を製造する方法において、前記原料油脂に、構成脂肪酸としてDHAを含有する未精製油脂の、SP値が12以上である溶媒による抽出物を添加する、DHA高含有油脂の製造方法を提供するものである。
ここで、DHA高含有油脂とは、加水分解率の上昇とともに反応液中の油脂中に蓄積されるDHAの含有率が原料油脂に比べて増大した油脂をいう。
なお、「構成脂肪酸としてDHAを含有する油脂」は、以下単に「DHA含有油脂」、「構成脂肪酸としてDHAを含有する原料油脂」は、以下単に「DHA含有原料油脂」又は「原料油脂」、「構成脂肪酸としてDHAを含有する未精製油脂」は、以下単に「DHA含有未精製油脂」又は「未精製油脂」とも記載する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法によれば、簡便な操作で、酵素反応速度が向上し、また反応率が増大することによりグリセリド中のドコサヘキサエン酸含有量を向上させることができるので、効率よく高濃度のドコサヘキサエン酸高含有油脂を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明で使用する油脂分解用酵素としては、リパーゼが好ましく、特にキャンディダ属起源のものが好ましい。当該酵素によれば、油脂の構成脂肪酸中のPUFAとグリセリンとのエステル結合はほとんど加水分解されないかわずかに加水分解される一方で、PUFA以外の脂肪酸とグリセリンとのエステル結合が容易に加水分解されるので、DHA高含有油脂を効率的に製造することができる。
【0016】
また、本発明で使用する油脂分解用酵素は、固定化しないもの(以下、非固定化酵素ともいう)又は担体に固定化したもの(以下、固定化酵素ともいう)のいずれを用いてもよいが、酵素の再利用の点から固定化酵素を用いることが好ましい。更に、固定化酵素を調製した後に、油脂を接触させることにより水分を低下させた固定化酵素を用いることが、DHA高含有油脂を効率的に製造することができる点から好ましい。
【0017】
油脂分解用酵素を、固定化して利用する際は、担体として、陰イオン交換樹脂、特に多孔質弱アニオン交換樹脂を用いるのが好ましい。このような多孔質担体は、大きな表面積を有するため、酵素のより大きな吸着量を得ることができる。樹脂の粒子径は50〜1000μmが好ましく、細孔径は100〜600μmが好ましい。材質としては、フェノールホルムアルデヒド系、ポリスチレン系、アクリルアミド系、ジビニルベンゼン系等が挙げられ、特にフェノールホルムアルデヒド系樹脂(例えば、Rohm and Haas社製DuoliteA-568)が好ましい。
このとき、用いる酵素量は、担体100質量部に対して5〜200質量部、特に10〜100質量部が好ましい。固定化の際、酵素、特にリパーゼを溶液状態にするが、この溶液を緩衝剤を用いてpH5〜7に調整することが好ましい。また、固定化時の温度は0〜60℃、特に5〜40℃が好ましい。
【0018】
なお、固定化酵素の活性を高めるために、酵素の固定化前に予め脂溶性脂肪酸又はその誘導体を担体に吸着させる処理を施しても良い。使用する脂溶性脂肪酸としては、炭素数8〜18の飽和又は不飽和の、直鎖又は分岐鎖の、水酸基が置換していても良い脂肪酸が挙げられる。具体的には、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸、リシノール酸等が挙げられる。またその誘導体としては、これらの脂肪酸と一価又は多価アルコールとのエステル、リン脂質、及びこれらのエステルにエチレンオキサイドを付加した誘導体が挙げられる。具体的には、上記脂肪酸のメチルエステル、エチルエステル、モノグリセリド、ジグリセリド、それらのエチレンオキサイド付加体、ポリグリセリンエステル、ソルビタンエステル、ショ糖エステル等が挙げられる。これらの脂溶性脂肪酸又はその誘導体は、2種以上を併用しても良い。
【0019】
本発明で酵素反応に使用するDHA含有原料油脂とは、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド又はこれら2種以上の混合物であって、構成脂肪酸としてDHAを含有するものである。
DHA含有原料油脂としては、一般的には、鰯油、鮪油、鰹油等の魚油、鯨油等の海獣油、微生物油、植物油及び藻類油等が挙げられ、これらを単独で又は2種以上組み合わせて用いてもよい。このうち、構成脂肪酸としてDHAを多く含有する点から、魚油、海獣油が好ましい。また、市販されているDHA含有油脂を用いても良い。DHA含有原料油脂は、酵素反応前に、不純物を除くために、適宜、液−液分液、濾過、遠心分離等公知の分離・精製手段を行なうのが好ましい。
なお、「DHA含有油脂」とは、構成脂肪酸として少なくとも1つ以上のDHAがグリセリンに結合しているグリセリドを含有する油脂であり、具体的には、DHAを構成脂肪酸の一部に含んだトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリドの1種又はこれらを2種以上含有する油脂であればよく、その他構成脂肪酸としてDHAが結合していないグリセリドを含んでいてもよい。
DHA含有原料油脂中のDHA濃度は、22〜37質量%であることが好ましく、更に27〜32質量%であることが好ましい。なお、本発明でいう原料油脂中の「DHA濃度」とは、原料油脂の全構成脂肪酸中のDHAの質量%をいう。
【0020】
本発明で使用するDHA含有未精製油脂の、SP値(25℃の溶解度パラメーター値)が12〔(cal/cm31/2〕以上である溶媒による抽出物(以下、「未精製油脂抽出物」とする)の原料として使用するDHA含有未精製油脂としては、例えば市販されているDHA含有油脂で未精製のものであれば特に問題なく用いることができる。
DHA含有未精製油脂としては、鰯油、鮪油、鰹油等の魚油や鯨油等の海獣油等が挙げられ、これらを単独で又は2種以上組み合わせて用いてもよい。このうち、鰯油、鮪油、鰹油及び鮪鰹混合油が好ましい。また、コスト低減や作業効率の点から、油脂分解用酵素反応前の未だ精製していない上記油脂を用いることが好ましい。
なお、本発明において「未精製」とは、脱ガム、脱酸、脱色、脱臭のいずれの操作も行っていない油脂であることをいう。
【0021】
また、SP値(25℃の溶解度パラメーター値)が12以上の溶媒としては、例えば水(SP値23.4)、メタノール(SP値14.5)、エタノール(SP値13.0)、1−プロパノール(SP値12.0)、エチレングリコール(SP値16.1)、ジエチレングリコール(SP値14.6)、グリセリン(SP値16.5)等が挙げられる。これらは単独で2種以上を組み合わせても用いることができる。
また、SP値が12未満の溶媒、例えばアセトン(SP値10.0)、酢酸エチル(SP値9.0)等と水、エタノール、メタノール等の上記溶媒とを適宜混合し、SP値が12以上になるように調整した混合溶媒を用いてもよい。
前記SP値は、平衡分解率の向上に有効な物質を抽出することができる点から、SP値13以上とすることが好ましく、更に14以上とすることが好ましい。具体的には、水、水メタノール混合液、メタノール、水エタノール混合液、エタノールが好ましく、更に水、水メタノール混合液、メタノールが好ましく、特に水が好ましい。
ここで、水とは、蒸留水、イオン交換水、水道水又は井戸水の何れでもよい。
【0022】
未精製油脂抽出物は、DHA含有未精製油脂にSP値12以上の溶媒を作用させ、液−液分液、攪拌、遠心分離、シリカゲル等の吸着剤カラム、イオン交換樹脂カラム等により抽出操作を行い、通常の分離手段を用いて得ることができる。このときSP値の低い溶媒から高い溶媒の順で各画分を分取してもよい。
抽出温度は、抽出速度の点から、0〜100℃が好ましく、溶媒が水の場合は20〜85℃が好ましく、特に50〜80℃が好ましく、有機溶媒の場合は5〜40℃が好ましく、特に15〜30℃が好ましい。
上記溶媒の使用量は、DHA含有未精製油脂100質量部に対して5〜500質量部であることが好ましく、特に50〜100であることが好ましい。カラム抽出の場合の通液速度は、100〜1000g/Hrが好ましく、特に300〜500g/Hrが好ましい。
また、抽出時間は、10〜120分間であることが好ましく、攪拌した場合、200〜700回/分で10〜120分間であることが好ましい。
得られた未精製油脂抽出物は、抽出直後の液体のまま(例えば、溶媒として水を用いた場合には、水洗に使用した水そのもの(以下「水洗水」という)等)で使用してもよいし、適宜、粉末状、液状、固体状等の状態に調製してもよい。
【0023】
本発明においては、DHA含有原料油脂に未精製油脂抽出物を添加し、油脂分解用酵素を作用させて加水分解することにより、DHA高含有油脂を製造する。
酵素反応の具体的な形態の一例としては、DHA含有原料油脂に、油脂分解用酵素、未精製油脂抽出物及び水を同時又は別々に添加して、一定温度で攪拌しながら加水分解反応を行う方法や、固定化酵素をカラムに充填して、そこへDHA含有原料油脂、未精製油脂抽出物及び水を供給して通液循環させる方法等がある。
また、DHA含有未精製油脂から特定の溶媒で処理して未精製油脂抽出物を得、一方処理された油脂を更に精製して精製油脂を得、この精製油脂に、当該未精製油脂抽出物を添加し、油脂分解用酵素を作用させることが、原料油脂中に含まれる組成物を利用するのみで反応を促進させることができるので作業効率やコスト低減の点から、好ましい。
【0024】
本発明においては、酵素反応に用いる非固定化酵素又は固定化酵素の量は、酵素活性を考慮して適宜決定することができるが、原料油脂100質量部に対して、酵素量換算で、0.1〜30質量部、更に0.3〜15質量部、特に0.5〜10質量部とすることが好ましく、反応時間を短縮する観点からは、5〜30質量部、更に10〜20質量部とすることが好ましい。
また、酵素反応に用いる水の総量は、原料油脂100質量部に対して10〜200質量部、特に、20〜100質量部が好ましい。また、用いる水は、必要に応じて、酵素の安定性が維持できるように、pH5〜7となるように調整したものが好ましい。
また、酵素反応の際に添加剤として用いる未精製油脂抽出物の量は、原料油脂100質量部に対して、乾燥物換算で0.1〜20質量部、更に0.3〜10質量部、特に、0.5〜5質量部が好ましい。
【0025】
酵素反応の反応温度は、非固定化酵素或いは固定化酵素が失活せず、分解により生じた遊離脂肪酸が結晶とならない温度である20〜60℃が好ましく、特に30〜45℃が好ましい。また反応は、空気との接触ができるだけ回避されるように、窒素ガス等の不活性ガス存在下で行うのが好ましい。
【0026】
酵素反応における加水分解反応では、以下の式(1)で示される分解率によって管理し、所定の分解率に到達した時点で終了すればよい。分解率の上昇と共に、特に反応油脂中のジグリセリド、トリグリセリド中に蓄積されるDHAの含有率が増大する。
【0027】
式(1):分解率(%)=反応油脂の酸価(AV)/原料油脂のケン化価(SV)×100
【0028】
なお、酵素反応において油脂分解用酵素と未精製油脂抽出物を併用すると、油脂分解用酵素のみを使用した場合では不可能であった高い分解率まで加水分解を行うことが可能であり、よって、未精製油脂抽出物を使用しない場合の到達分解率を超える分解率まで加水分解反応を行うのが好ましい。
具体的には、未精製油脂抽出物を使用しない場合の分解率を1質量%以上超えることが好ましく、更に2質量%以上、特に3質量%以上超えることが好ましい。到達分解率が増大することは、触媒を使用した場合でも反応平衡は影響されないことを考慮すれば、通常では予測のつかない効果であるといえる。更に具体的には、分解率が60%以上となるまで、更には62%以上、特に65%以上となるまで加水分解を行うのが好ましい。到達分解率までの時間は、酵素活性や使用する酵素量にもよるが、100時間以内、更に70時間以内とすることが好ましく、DHA高含有油の製造効率の点から、更に60時間以内、特に50時間以内、殊更40時間以内とすることが好ましい。
酵素反応における加水分解率60%到達時間は、酵素活性や使用する酵素量にもよるが、60時間以内、更に30時間以内とすることが好ましく、DHA高含有油の製造効率の点から、更に24時間以内、特に12時間以内、殊更5時間以内とすることが好ましい。
酵素反応後の油脂中のDHAの濃度は、DHA高含有油の製造における生産性向上の点から、49質量%以上、より50質量%以上であることが好ましい。
本発明方法により得られるDHA高含有油脂とは、原料油脂に比べDHA濃度が好ましくは22質量%以上、より好ましくは27質量%以上、特に好ましくは32質量%以上増大した油脂である。
【0029】
以上の酵素反応で得られた反応後の油脂は、遊離脂肪酸、モノグリセリド、ジグリセリド及びトリグリセリドを含んでいる。これらの混合物から、遊離脂肪酸、より好ましくはモノグリセリド及び遊離脂肪酸を蒸留等の分離手段により除去することが、製造されたDHA高含有油脂の食品への用途、ハンドリング性を向上する点から好ましい。
【0030】
本発明のように油脂分解用酵素と未精製油脂抽出物を併用すれば、収率の低下を招くウィンタリング等の原料油脂の前処理を必要とすることなく、また、極低温冷凍機等の高価な設備なども必要としないため、DHA含有油脂の生産コストを大幅に低減することができ、工業的生産に有用である。しかも、原料油脂中に含まれる組成物を利用するのみで、酵素反応を促進させ、また反応率を増大させて、グリセリド中へのDHA含有量を上昇させることができる。そして、DHA高含有油脂を得ることができる。
【実施例】
【0031】
〔固定化酵素の調製〕
本願発明で使用した固定化酵素は、次のように調製した。
担体:Duolite A−568(Rohm and Hass社製)54gをN/10のNaOH溶液5L中で1時間攪拌した。濾過後、1Lの蒸留水で洗浄し、500mMの酢酸緩衝液(pH5)5LでpHを平衡化した。その後50mMの酢酸緩衝液(pH5)5Lで2時間ずつ2回、pH平衡化を行った。濾過して担体を回収した後、エタノール2.5Lで置換を30分行った。濾過後、リシノール酸を100g含むエタノール溶液5Lと担体を30分間接触させた。濾過後、50mMの酢酸緩衝液(pH5)5Lで0.5時間ずつ4回緩衝液置換を行った。濾過後、10質量%濃度のLipaseAY30G(アマノエンザイム社製:Candida属由来)溶液1Lと室温で4時間接触させ、酵素の吸着を行った。吸着後、濾過を行い、50mMのリン酸緩衝液(pH5)5Lで0.5時間洗浄した。洗浄後濾過によって固定化酵素を回収した。この固定化酵素に200gの菜種油を添加し、40℃、12時間、回転速度150回/分でシェーカー攪拌した。その後、固定化酵素を濾過により回収した。この時の固定化酵素の残存水分量は、1.5質量%であった。
【0032】
本願発明で、非固定化酵素は、LipaseAY30G(アマノエンザイム社製)を使用した。
【0033】
〔DHA含有原料油脂の調製〕
鮪鰹混合油(焼津ミール社製、DHA含有量27%、以下同じ)1000gに対して、75質量%リン酸水溶液を50g添加し、70℃で1時間、500回/分で攪拌処理を行った。減圧脱水後、活性白土を100g添加して、70℃、30分減圧(400Pa)、500回/分で攪拌処理をし、脱色を行った。濾過後、70℃温水を油脂重量に対して、等量添加し、500回/分で30分間攪拌処理した後、水相除去、油相を脱水し、精製鮪鰹混合油を調製した。
【0034】
加水分解反応する際に添加する未精製油脂抽出物は、次のように調製した。
〔未精製油脂抽出物の調製1〕
DHA含有未精製油脂として鮪鰹混合油(焼津ミール社製)100gを用い、これに70℃に加温した熱水を100g添加し、30分間500回/分で攪拌した。遠心分離により、油水を分相させた後、水相を分取した。この水相を鮪鰹混合油の水洗水とした。この水洗水を60℃で加温しながら、0.1MPa以上で10時間減圧乾燥し、未精製油脂抽出物の乾燥物1.8gを得た。
【0035】
〔未精製油脂抽出物の調製2〕
吸着剤を使用して、未精製油脂抽出物の調製を行った。内径55mmのカラムに、ワコーゲルC-200を650mmの高さまで、ヘキサンを分散媒体として使用し充填した。吸着質である鮪鰹混合油(焼津ミール社製)100gをヘキサン100cm3に溶解させ、通液速度450g/Hrにてカラム中の吸着剤に吸着質を吸着させた。カラム温度は、25℃に調整した。
抽出溶媒としては、ヘキサン(SP値7.3)、アセトン(SP値10.0)、メタノール(SP値14.5)及び蒸留水(SP値23.4)を使用した。はじめにSP値の低いヘキサンを1000g通液した。ヘキサン画分を回収し、50℃で加温しながら、0.1MPa以上で減圧留去を行った。溶媒を留去したところ、吸着質のうち82gが抽出された。次にアセトン5000gを通液した。アセトン画分を回収し、前記同様に溶媒を留去したところ、吸着質のうち16gが抽出された。次にメタノール9000gを通液した。メタノール画分を回収し、前記同様に溶媒を留去し、未精製油脂抽出物1gを得た。最後に蒸留水5000gを通液した。蒸留水画分を回収し、前記同様に溶媒を留去し、未精製油脂抽出物1gを得た。なお、いずれの抽出溶媒も通液速度は450g/Hrとした。
【0036】
〔分析方法〕
以下の実施例及び比較例において、グリセリド組成の分析は、液体クロマトグラフィー[GPCカラム;KF-801、KF-802(Shodex製),KF−802(ショデx製)、キャリア溶媒;テトラヒドロフラン]を使用して行った。
また、DHA含有率は、メチルエステル化し、キャピラリーガスクロマトグラフィー[カラム;CP-Sil88(CHROMPACK製)]で分析した。
【0037】
実施例1
上記で調製した固定化酵素1.5gを200mL容の四つ口フラスコに仕込んだ。次に、反応原料として上記精製した鮪鰹混合油を100g添加し、200回/分で攪拌しながら、温度コントローラーにて、液温度を40℃に調整し、さらに蒸留水60g、上記未精製油脂抽出物の調製2で得た蒸留水画分を0.5g添加した。その後、攪拌回転数は500回/分に調整し反応を開始した。その後、経時的にサンプリングを行い、反応が平衡状態になったところを反応終点とした。反応油から蒸留操作により遊離脂肪酸を留去し、得られたグリセリド中のDHA濃度の分析を行った。結果を表1に示す。
【0038】
実施例2
未精製油脂抽出物として、上記未精製油脂抽出物の調製2で得たメタノール画分を0.5g用いた以外は、実施例1と同じ操作により反応を行った。
【0039】
実施例3
実施例1において、加水分解に使用した蒸留水60g及び未精製油脂抽出物の調製2で得た蒸留水画分0.5gに換え、未精製油脂抽出物の調製1で得た鮪鰹混合油の水洗水を60g(未精製油脂抽出物としては、1.8×60/100=1.08g)を用いた以外は、実施例1と同じ操作により反応を行った。
【0040】
実施例4
実施例3において、固定化酵素1.5gに換えて非固定化酵素LipaseAY30Gを1.5gを用いた以外は、実施例3と同じ操作により反応を行った。
【0041】
比較例1
未精製油脂抽出物として、上記未精製油脂抽出物の調製2で得たヘキサン画分を0.5g用いた以外は、実施例1と同じ操作により反応を行った。
【0042】
比較例2
未精製油脂抽出物として、上記未精製油脂抽出物の調製2で得たアセトン画分を0.5g用いた以外は、実施例1と同じ操作により反応を行った。
【0043】
比較例3
実施例1において、未精製油脂抽出物の調製2で得た蒸留水画分0.5gに換え、大豆レシチンを0.5g用いた以外は、実施例1と同じ操作により反応を行った。
【0044】
比較例4
未精製油脂抽出物を用いなかった以外は、実施例1と同じ操作により反応を行った。
【0045】
比較例5
比較例4において、固定化酵素1.5gに換えて非固定化酵素LipaseAY30Gを1.5gを用いた以外は、比較例4と同じ操作により反応を行った。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
表1及び2から明らかなように、未精製油脂抽出物としてDHA含有未精製油脂からSP値12以上の溶媒で抽出したカラム画分を使用して反応を行った場合(実施例1、2)、及び原料水に鮪鰹混合油の水洗水を利用した場合(実施例3)は、SP値12未満の溶媒で抽出した画分を使用した場合(比較例1、2)や、未精製油脂抽出物に換えてレシチンを添加した場合(比較例3)、並びにこれらを使用しない場合(比較例4)と比較して、到達加水分解率、並びに油脂中のDHA濃度が向上した。
また、未精製油脂抽出物としてDHA含有未精製油脂からSP値12未満の溶媒で抽出したカラム画分を使用して、反応を行った場合(比較例1、2)は、未精製油脂抽出物を使用しない場合(比較例4)と比較して、到達加水分解率、並びに油脂中のDHA濃度はほぼ同じであり、加水分解率60%到達時間は大きくなる傾向にあった。また、添加物として大豆レシチンを使用した場合(比較例3)でも、同様に加水分解率60%到達時間は大きくなる傾向にあった。
更に、非固定化酵素を使用した場合(実施例4)でも、原料水に鮪鰹混合油の水洗水を利用すると、これを使用しない比較例5に比べ、到達加水分解率、油脂中のDHA濃度、並びに加水分解率60%到達時間が大きく向上した。
【0049】
本発明方法によれば、未精製油脂抽出物としてSP値12以上の溶媒で抽出したカラム画分を使用して、反応を行った場合(実施例1、2)、或いは、DHA含有未精製油脂の水洗水を使用すると(実施例3、4)、極めて効率よく反応が終了し、また極めて高い到達加水分解率を達成することもでき、DHA高含有油脂を効率的に得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成脂肪酸としてドコサヘキサエン酸を含有する原料油脂に油脂分解用酵素を作用させてドコサヘキサエン酸高含有油脂を製造する方法において、前記原料油脂に、構成脂肪酸としてドコサヘキサエン酸を含有する未精製油脂の、SP値が12以上である溶媒による抽出物を添加する、ドコサヘキサエン酸高含有油脂の製造方法。
【請求項2】
前記原料油脂100質量部に対して、前記抽出物を乾燥物換算で0.1〜20質量部添加する、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記溶媒が、水及び/又はメタノールである、請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記未精製油脂が、鰯油、鮪油、鰹油及び鮪鰹混合油から選ばれる1種以上のものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項5】
前記抽出物を添加せずに油脂分解用酵素を用いて反応を行った場合における到達分解率を超える分解率まで加水分解反応を行う、請求項1〜4のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項6】
前記油脂分解用酵素が、リパーゼである請求項1〜5のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項7】
前記リパーゼがキャンディダ属由来のものである請求項6記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−183881(P2010−183881A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31028(P2009−31028)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】