説明

ドネペジルの多形結晶及びその製造方法

【課題】医薬として優れた作用を有する塩酸ドネペジルの製造前駆体であり、活性本体であるドネペジルの、取り扱い性に優れた新規多形結晶(F)、及びその工業的製造法。
【解決手段】本発明の新規多形結晶(F)は、下記式(I)で表されるドネペジルの、粉末X線回折パターン、IR吸収ピーク、固体NMRスペクトル等によって特徴付けられる。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー型認知症治療薬塩酸ドネペジルの中間体であるドネペジルの新規な結晶多形及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩酸ドネペジル(Donepezil Hydrochloride、化学名:1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン・塩酸塩)はアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を有する各種認知症治療薬であり、特にアルツハイマー型認知症の予防剤又は治療剤として極めて有用である(特許文献1)。
【0003】
塩酸ドネペジルは、遊離体であるドネペジル(Donepezil、化学名:1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン)を塩酸塩とすることで製造される。ドネペジルは、塩酸ドネペジルの製造前駆体として利用されており、現在10種類の結晶形が知られている(結晶形A、B及びCについては特許文献2を、結晶形D及びEについては特許文献3を、結晶形III及びIVについては特許文献4を、結晶形IV、V、VI及びVIIについては特許文献5を参照のこと)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭64−79151号公報
【特許文献2】国際公開第99/29668号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2008/050351号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2005/089511号パンフレット
【特許文献5】欧州特許出願公開第1669349号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
医薬品の原薬として用いる結晶は、工業的生産において取り扱いやすい性質を有することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究を進めてきた結果、以下の新規でより安定なドネペジルの結晶を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、ドネペジルの多形結晶(F)とその製造方法に関する。
すなわち本発明は以下を含む。
(1) 粉末X線回折パターンにおいて、2θで表される下記回折角度
【表1】

にピークを有することを特徴とする、下記化学式で表されるドネペジルの多形結晶(F)。
【化1】

(2) 13C固体NMRスペクトルにおいて、ケミカルシフト132.3、104.4、及び41.8ppmにピークを有することを特徴とする、ドネペジルの多形結晶(F)。
(3) 臭化カリウム中の赤外吸収スペクトルにおいて、波数3008、2918、1688、1591、1498、747、及び704cm−1にピークを有することを特徴とする、ドネペジルの多形結晶(F)。
(4) ドネペジル多形結晶(A)を溶媒に懸濁し、撹拌し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
(5) ドネペジル多形結晶(B)を溶媒に懸濁し、撹拌し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
(6) ドネペジル多形結晶(C)を溶媒に懸濁し、撹拌し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
(7) ドネペジル溶液に多形結晶(F)の種結晶を加え、析出し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】Type−Fドネペジル結晶の粉末X線回折パターンである。
【図2】Type−Fドネペジル結晶の赤外吸収スペクトルである。
【図3】Type−Fドネペジル結晶の13C固体NMRスペクトルである。
【図4】Type−Fドネペジル結晶の示差走査熱量測定(DSC)の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、ドネペジルの多形結晶(A、B、C及びF)をそれぞれType−A、Type−B、Type−C及びType−F結晶とも記載する。
ドネペジルは、塩酸ドネペジルの製造前駆体として利用されるが、生体内においてアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を発揮する活性本体である。ドネペジル自体は水溶性に乏しいため、遊離体で経口剤とせず、水溶性に優れた塩酸ドネペジルを用いた経口剤として開発された。アルツハイマー病の患者には経口剤を投与することが困難な患者が比較的多いため、パッチ剤に代表される経皮吸収剤の開発は患者のみならず介護者へのコンプライアンス向上に有意義である。遊離体はその塩に比べて高い皮膚透過性を有することが知られており、経皮吸収剤の開発においては遊離体自体を用いることが多い。そこで、ドネペジルを主成分としたアルツハイマー病治療剤としての経皮吸収剤の開発が期待されている。
【0009】
従ってドネペジル自体を製剤化する上での物性としては、ベトベトせずサラサラした結晶であって結晶化後の濾過性に優れるという原薬製造上の操作性の利点の他に、製剤化中に他の結晶多形に転移しない、分解しないなどの原薬安定性が極めて重要な特性となる。また、ドネペジルを製剤化用に供給する場合、大量合成に適した結晶多形、すなわち、いかなるスケールで製造しても再現性が確保される結晶多形を見出すことが安定供給の観点から重要となる。ドネペジルには上記特許文献2〜5に記載の多形結晶が存在することが報告されているが、どのドネペジル多形結晶が製剤化に最適であるかは分かっていなかった。
【0010】
本発明者らは、製剤化において最適なドネペジル多形結晶の探索を鋭意進めてきた。特許文献2(国際公開第99/29668号パンフレット)に記載の多形結晶A、B及びCをエタノール等の溶媒中、長時間撹拌することで、より安定な新規多形結晶(F)に転移することを見出した。本発明者らはさらに、この新規多形結晶(F)のより簡便な製造法の開発にも成功した。
【0011】
ドネペジル新規多形結晶(F)が、サラサラしていること、カラムクロマトグラフィーを使用せずに精製が可能なこと、さらには残留溶媒が著しく少ないことに加え、極めて安定に存在し、かつ製造再現性に優れ大量合成に適した医薬品として極めて好ましい原薬であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、他の結晶多形よりも安定性に優れる新規ドネペジル多形結晶(F)、及びその工業的製造方法を提供するものである。
【0013】
本発明は、より具体的には、下記化学式で表されるドネペジルの、粉末X線回折パターン、臭化カリウム中の赤外吸収ピーク及び/又は13C固体NMRピークによって特徴付けられる、以下の新規多形結晶(F)である。
【化2】

【0014】
粉末X線回折パターン測定方法及び条件
(1)測定方法
試料約100mgを用い、以下の測定条件にて粉末X線回折パターンを測定した。
(2)測定条件
ターゲット:Cu
フィルター:モノクロメーター
電圧:35KV
電流:40mA
スリット:DS 0.3
スキャンスピード:2°/min
範囲:5−30°
波長:1.5406A
サンプリング間隔:0.020°
【0015】
赤外吸収スペクトル測定方法及び条件
日本薬局方、一般試験法、赤外吸収スペクトル、臭化カリウム錠剤法に従ってFT−IR(SCAN:2mm/sec、4.0cm−1)で測定した。
【0016】
固体NMRの測定条件
装置:AVANCE400 7mm CP/MAS probe(BRUKER)
観測核:13C(100.6248425MHz)
化学シフト基準:グリシンのカルボニル炭素を176.03ppmとした外部基準
パルスモード:CP−TOSS
パルス待ち時間:10秒
試料回転数:5000Hz
温度:室温
【0017】
(1)Type−F結晶
粉末X線回折パターンにおけるピークを図1に示す。
臭化カリウム中の赤外吸収スペクトルにおけるピークを図2に示す。Type−F結晶に特徴的なピークが波数704、747、1498、1591、1688、2918及び3008cm−1に見られる。
13C固体NMRスペクトルにおけるピークを図3に示す。Type−F結晶に特徴的なピークがケミカルシフト132.3、104.4及び41.8ppmに見られる。
【0018】
また本発明のドネペジル多形結晶(F)は、以下の条件による示差走査熱量測定(Differential scanning Calorimetry:DSC)の結果も他の多形結晶とは異なり、今日まで知られている多形結晶とは全く別の結晶形である(図4参照)。
【0019】
示差走査熱量測定(DSC)の方法及び条件
試料1.04mgを秤取した。下記の条件にて熱分析を行った。
参照:空
スキャンスピード:10℃/min
サンプリング:1.0sec
上限:300℃
下限:室温
熱電対:PL
【0020】
次に、ドネペジルType−F結晶を実際に製造する方法について、具体的に述べる。なお、本発明におけるドネペジルとは、特開昭64−79151号公報の実施例4に記載された塩酸ドネペジルの遊離体、すなわち1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジンを意味する。
【0021】
本発明にかかるドネペジルType−F結晶は、通常の結晶化操作法によって得ることができるが、Type−F結晶をより確実に得るには、結晶化に際して、目的とするType−F結晶の種結晶を加えることが好ましい。ここで種結晶とは、極少量の、結晶形既知の結晶を意味する。
【0022】
ドネペジルType−F結晶は、実施例に記載の方法で製造することができる。すなわち、
1)ドネペジルType−A,B及びC結晶から転移によってドネペジルType−F結晶を得る方法、
2)ドネペジルをエタノール単独又はエタノール−水混合溶媒に溶解後、Type−F種結晶を加えてドネペジルType−F結晶を得る方法。
【0023】
ここで用いるドネペジルは乾燥したもの、エタノール、水等の溶媒を含むものの何れであってもよい。
【0024】
結晶化において攪拌の有無は任意であり、静置下又は攪拌下に結晶化を行うことができる。結晶化温度も限定されないが、通常は氷水浴〜室温〜温水浴温度にて結晶化を実施することにより、好ましい結果が得られる。種結晶の添加も任意であるが、添加によりさらに短時間で目的とする多形結晶を確実に得ることもできる。
【0025】
析出した結晶は、通常の濾取法、例えば自然濾過、吸引(減圧)濾過、遠心分離等によって取り出すことができるが、その際、本発明にかかる新規多形結晶(F)はサラサラしているため、短時間で極めて容易に濾別することができ、取り扱い性・生産効率において優れた物性を有している。また濾別した結晶は、通常の乾燥法、例えば自然乾燥、減圧(真空)乾燥、加熱乾燥、減圧加熱乾燥等によって、確実かつ容易に残留溶媒を取り除くことができる。
【0026】
本発明で得られたドネペジル新規結晶(F)は、ベトベトせずサラサラしている、結晶化後の濾過性に優れる、また濾過ケーキを取り出す際にもかき取り易い等、取り扱い性に優れており、医薬品の原薬として極めて好ましい。
【0027】
続いて本発明をさらに具体的に説明するため、以下に実施例を掲げるが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0028】
実施例1
Type−A結晶0.3gにメタノール3mlを加え、室温下攪拌を行って溶解させた後、更に攪拌を継続させると結晶が析出した。その後、6日間攪拌を継続後、析出物を濾取し、50℃で1時間乾燥してType−F結晶0.074gを得た。
【0029】
実施例2
Type−A結晶0.3gにメタノール1.5mlを加え、室温攪拌下、7日間結晶を懸濁させた後、結晶を濾取し、50℃で1時間乾燥してType−F結晶0.19gを得た。
【0030】
実施例3
Type−A結晶0.3gに2−プロパノール3mlを加え、室温攪拌下、8日間結晶を懸濁させた後、結晶を濾取し、50℃で1時間乾燥してType−F結晶0.22gを得た。
【0031】
実施例4
Type−A結晶0.3gにエタノール3mlを加え、室温攪拌下、3日間結晶を懸濁させた後、結晶を濾取し、50℃で1時間乾燥してType−F結晶0.20gを得た。
【0032】
実施例5
Type−B結晶0.3gにエタノール3mlを加え、室温攪拌下、9日間結晶を懸濁させた後、結晶を濾取し、50℃で2時間45分乾燥してType−F結晶0.19gを得た。
【0033】
実施例6
Type−C結晶0.3gにエタノール3mlを加え、室温攪拌下、3日間結晶を懸濁させた後、結晶を濾取し、50℃で1時間乾燥してType−F結晶0.19gを得た。
【0034】
実施例7
(1)塩酸ドネペジル 100g(240mmol)を水900ml及びエタノール600mlに溶解し、40℃加熱下、溶液のpHが約10になるまで25%苛性ソーダ水38gを滴下した。滴下終了1時間後溶液温度を5℃まで冷却し、終夜撹拌放置し、翌日濾過してドネペジル湿体77.0gを得た。
(2)得られたドネペジル湿体77.0gをエタノール462mlに50℃水浴加熱で溶解後冷却し、実施例1で得たType−F結晶を26.4℃で添加した。室温まで冷却し4日間室温で撹拌後、析出した結晶を濾過・乾燥し、58.7gのType−F白色結晶を得た。
得られた結晶は以下の実施例8及び9において種結晶として用いた。
【0035】
実施例8
ドネペジル114.7gをエタノール688mlに50℃加熱下溶解、40℃まで冷却し、Type−Fの種結晶5.7gを添加し、20時間40℃を維持した後、30℃まで2℃/hrで冷却、その後約10℃/hrで8℃まで冷却し、8℃に達してから38時間後に結晶を濾取・乾燥し、107.5gのType−F白色結晶を得た。
H−NMR(600MHz,CDCl):δ 7.31(m,4H)、7.24(m,1H)、7.17(s,1H)、6.85(s,1H)、3.96(s,3H)、3.90(s,3H)、3.50(s,2H)、3.23(dd,1H)、2.90(m,1H)、2.89(m,1H)、2.70(m,2H)、1.98(m,1H)、1.96(m,1H)、1.92(m,1H)、1.73(m,1H)、1.66(m,1H)、1.49(m,1H)、1.38(m,1H)、1.32(m,1H)、1.31(m,1H).
HRMS(ESI)理論値:C2429NOについて[M+H]:380.2220,測定値:380.2215.
IR(KBr,cm−1):3008、2918、1688、1591、1498、747、704.
【0036】
実施例9
実施例7(1)と同様にして得られたドネペジル湿体155.8g(乾燥ドネペジルとして120g、水分含量13.5%)をエタノール720ml、水10mlの混合液にて50℃加熱下溶解、40℃まで冷却し、Type−Fの種結晶6.0gを添加した後、段階的に8℃まで徐々に冷却し、種結晶添加から47時間後に結晶を濾取、乾燥し、103.5gのType−F白色結晶を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末X線回折パターンにおいて、2θで表される下記回折角度
【表1】

にピークを有することを特徴とする、下記化学式で表されるドネペジルの多形結晶(F)。
【化1】

【請求項2】
13C固体NMRスペクトルにおいて、ケミカルシフト132.3、104.4、及び41.8ppmにピークを有することを特徴とする、ドネペジルの多形結晶(F)。
【請求項3】
臭化カリウム中の赤外吸収スペクトルにおいて、波数3008、2918、1688、1591、1498、747、及び704cm−1にピークを有することを特徴とする、ドネペジルの多形結晶(F)。
【請求項4】
ドネペジル多形結晶(A)を溶媒に懸濁し、撹拌し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
【請求項5】
ドネペジル多形結晶(B)を溶媒に懸濁し、撹拌し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
【請求項6】
ドネペジル多形結晶(C)を溶媒に懸濁し、撹拌し、得られた懸濁液からドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。
【請求項7】
ドネペジル溶液に多形結晶(F)の種結晶を加え、析出したドネペジルの多形結晶(F)を濾別することを含む、ドネペジル多形結晶(F)の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2012−512133(P2012−512133A)
【公表日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−522719(P2011−522719)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【国際出願番号】PCT/JP2009/071198
【国際公開番号】WO2010/071216
【国際公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【Fターム(参考)】