説明

ドライイースト製造用組成物

【課題】ドライイーストの製造に適した、高温・乾燥ストレスに対してより耐性の強いパン酵母を含む組成物、および該パン酵母を用いた耐久性の高いドライイーストの製造方法を提供。
【解決手段】特定配列に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼ、あるいは、該配列に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された、または、Phe65がLeuに置換された、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子を含むパン酵母を含む、ドライイースト製造用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾燥ストレスに対する耐性の高いパン酵母を含む、ドライイースト製造用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
パン酵母、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)は、パン製造の際に、乾燥、高温、高浸透圧および凍結乾燥などの多くの環境ストレスに曝されている(非特許文献1)。近年、ドライイーストが、生イーストよりも長い貯蔵期間および低い輸送コストのために、パン製造に用いられるようになってきている。ドライイーストはその製造の際に特に風乾ストレスに曝される。風乾ストレスは、例えば、誤って折りたたまれたタンパク質の蓄積 (非特許文献2)、ミトコンドリアの機能不全および液胞の酸性化(非特許文献3)などの多くの有害な影響を及ぼし、酵母の発酵能を低下させる。それゆえ、高い風乾ストレス耐性を示す酵母株が求められている。
【0003】
ドライイースト製造に際して、熱風の流れが風乾ストレスをもたらす。酵母細胞の温度はおよそ37℃となる。風乾ストレスは高温ストレスと乾燥ストレスとの組合せであると考えられる。
【0004】
本発明者らは以前にN-アセチルトランスフェラーゼMpr1が、酵母を、熱ショック、過酸化水素処理、エタノール、および低温などの酸化ストレスから防御していることを見いだした(非特許文献4、5、6)。
【0005】
本発明者が先に酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)Σ1278b系統株に見いだしたMpr1(非特許文献7)はアミノ酸プロリンの毒性アナログであるアゼチジン−2−カルボン酸(AZC)をアセチル化して解毒する、N−アセチルトランスフェラーゼ(Mpr1)をコードしている(図1)(非特許文献8)。
【0006】
AZCはプロリンのパーミアーゼによって細胞内に入り、タンパク質合成の際にプロリンと競合して取り込まれる。その結果、構造が異常になり、機能を失ったタンパク質が蓄積し、生育が阻害される。Mpr1を発現する細胞ではAZCは細胞質でNアセチル化され、新生タンパク質に取り込まれないため、AZC耐性を獲得すると考えられる(非特許文献9)。
【0007】
一方、本発明者らはアミノ酸の1つであるプロリンが、冷凍や乾燥・酸化等のストレスから酵母を防御する性質を有することを見出している(特許文献1)。さらに本発明者らは遺伝子工学的手法によって、プロリン分解酵素をコードする遺伝子を破壊した酵母株が細胞にプロリンを蓄積することでエタノール耐性となることを見出している(特許文献2)。
【0008】
また、本発明者らは、酵素機能や熱安定性が野生型酵素よりも向上し、酸化ストレスに対する耐性が上昇した2つの変異型Mpr1(K63RおよびF65L)を単離している(特許文献3)。
【0009】
実験室用のサッカロミセス(Saccharomyces) 株である、Σ1278b 株はMPR遺伝子を2コピー有しているが (MPR1およびMPR2、MPR1とMPR2の唯一の塩基の相違により、Mpr1およびMpr2タンパク質のアミノ酸85位が相違している)、全ゲノムが最初に配列決定された株であるS288C 株はMPR遺伝子を有していない。工業用株においては、パン酵母はMPR1遺伝子に相同的な配列を有することがPCR分析によって示されているが、正確なコピー数は決定されていない。
【0010】
ドライイーストの製造を行なうには優れた乾燥耐性を備えた実用パン酵母株が必要である。しかし、従来の乾燥耐性パン酵母については、多種類のパン生地に対応でき、かつ優れた発酵特性を有する菌株がなかった。また、特許文献3の酵母では、変異株の生存率が10倍に増加しているが、実際の生存率は0.1%から1%への変化であり非常に低い。また、乾燥ストレスが実験室レベルでの試験であり、実際のドライイースト製造条件とは乖離しており、現実的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−234058号公報
【特許文献2】特開2006−67806号公報
【特許文献3】国際公開2008/007475公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Nat. Biotechnol. 15:1351-1357 (1997)
【非特許文献2】J. Biosci. Bioeng. 106:405-408 (2008)
【非特許文献3】Yeast 25:179-190 (2008)
【非特許文献4】Appl. Microbiol. Biotechnol. 75:1343-1351 (2007)
【非特許文献5】J. Biochem. 138:391-397 (2005)
【非特許文献6】Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 101:12616-12621 (2004)
【非特許文献7】J. Bacteriol. 182:4249-4256 (2000)
【非特許文献8】J. Biol. Chem. 276:1998-42002 (2001)
【非特許文献9】Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 100:11505-11510 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
したがって、本発明はドライイーストの製造に適した、高温・乾燥ストレスに対してより耐性の強いパン酵母を含む組成物、および該パン酵母を用いた耐久性の高いドライイーストの製造方法を提供することを目的とする。より具体的には、本発明は、遺伝子組換え(セルフクローニング)により、変異型Mpr1を効率良く発現させた形質転換パン酵母、特に乾燥、高温に対する優れた耐性を有するパン酵母を含む組成物、および該組成物を用いた耐久性の改善されたドライイーストの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、このたび、実用パン酵母二倍体において変異型Mpr1を発現させ、各種ストレス処理後のCO2発生量を測定し、ストレス耐性能を評価した。ゲノム上の野生型Mpr1遺伝子を変異型遺伝子(K63R、F65L)に置換した二倍体株を作製した。作製した変異型Mpr1発現株は、乾燥ストレス処理後のCO2発生量が野生型と比較して約1.5-1.8倍増加していた。さらに、細胞保護作用を示すプロリンを蓄積するパン酵母においても、変異型Mpr1の発現により乾燥ストレス耐性の向上を確認した。さらに、本発明者らは、パン酵母においてMpr1破壊株を作成することにより、Mpr1が発酵能に寄与していることも明らかにした。
【0015】
即ち、本発明は、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼ、あるいは、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された、または、Phe65がLeuに置換された、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子を含むパン酵母を含む、ドライイースト製造用組成物を提供する。
【0016】
好ましくは、本発明のドライイースト製造用組成物は、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された、または、Phe65がLeuに置換された、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子を含むパン酵母を含む。
【0017】
本発明のドライイースト製造用組成物において、好ましくはパン酵母は二倍体のものである。二倍体の酵母は一倍体と比較して発酵速度が速い。
【0018】
本発明はまた、パン酵母が、野生型γグルタミン酸リン酸化酵素遺伝子のAsp154位がAsnで置換されてなるプロリン多産性型酵母である、上記のドライイースト製造用組成物を提供する。
【0019】
本発明はさらに、上記のドライイースト製造用組成物を用いることを含む、ドライイーストの製造方法、該方法により製造されたドライイースト、ならびに該ドライイーストを用いることを含む、パン生地の製造方法を提供する。好ましくは、パン生地は冷凍パン生地である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によるドライイースト製造用組成物は、優れた乾燥耐性を備えた実用パン酵母株を含むため、高温・乾燥条件に曝されるドライイーストの製造に好適である。さらに、本発明によるドライイースト製造用組成物に含まれるパン酵母は、低温耐性も示すため、本発明のドライイースト製造用組成物は、長期保存可能な冷凍パン生地などの各種パン生地の製造に好適である。
【0021】
また、本発明によるドライイースト製造用組成物に含まれるパン酵母は、すべて酵母の遺伝子からなり、外来遺伝子を一切含まないセルフクローニング技術で作成されたものであるため、通常の食品微生物と同様に扱うことが出来るものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】Mpr1によるアゼチジン−2−カルボン酸(AZC)のアセチル化機構を示す。
【図2】パン酵母におけるMPR1遺伝子の染色体位置。(A) S. cerevisiae 一倍体株からのゲノムDNAのパルスフィールドゲル電気泳動。(B) サザンハイブリダイゼーション。電気泳動後、各ゲノムDNAをナイロンメンブレンにブロットし、MPR1遺伝子についてのおよそ 1.6 kb DNA断片をプローブとして用いてハイブリダイズさせた。レーン1、S288C; レーン2、Σ1278b; レーン3、MB329-17C; レーン4、LD1014; レーン5、3346; レーン6、3347。
【図3】パン酵母におけるMPR1遺伝子の乾燥ストレス下での効果。(A) 酵母細胞を24時間30℃で廃密糖培地で培養した。回収した細胞を洗浄し、膜フィルターに回収した。フィルター上の細胞を4 時間乾燥ストレスに供した。各株およそ 2.5×108 細胞の10-1 から10-4 の段階希釈(左から右)をYPD寒天プレートに播き、プレートを30℃で2日間インキュベートした。(B)乾燥ストレス処理後、細胞内ROSレベルを測定した。乾燥ストレス前のWT株の蛍光強度 (ストレス無し)を100%とした。値は3回の独立した実験からの平均±標準偏差である。
【図4】生地における二倍体パン酵母株の乾燥ストレス耐性。等量の圧搾イーストを乾燥ストレスで4時間37℃で処理した。ストレス処理したイーストを含む生地を3時間発酵させ、残りのCO2 ガス生産を測定した。(A)野生型パン酵母およびΔmpr1の乾燥ストレス処理前後の相対発酵能。乾燥ストレス処理前のWT株のCO2生産量を100%とした。 (B)Mpr1および変異型Mpr1を発現するパン酵母の乾燥ストレス処理の後の相対発酵能。乾燥ストレス処理前のWT株のCO2生産量を100%とした。値は3回の独立した実験からの平均±標準偏差である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本明細書および請求の範囲において「ドライイースト」とは、生イーストを乾燥させ顆粒状にしたもの、およびかかる顆粒状のドライイーストをさらに特殊処理して得られる細粒状のインスタントドライイーストの両方を含む。
【0024】
本発明の組成物に含まれるパン酵母は、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼあるいは、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された、または、Phe65がLeuに置換された、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子が含まれる実用パン酵母であれば特に限定されない。本発明により、野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼは、パン酵母の発酵力に重要であることが示された。
【0025】
好ましくは、本発明の組成物に含まれるパン酵母は、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された(本明細書中、単にK63Rとも称する)、または、Phe65がLeuに置換された(本明細書中単にF65Lとも称する)、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子が導入されてなるものである。本発明により、かかる変異型Mpr1アセチルトランスフェラーゼは、野生型Mpr1と比較して乾燥耐性が上昇していることが見いだされた。
【0026】
本発明の組成物は、上記の野生型または変異型Mpr1の他に、酸化剤、還元剤、酵素、乳化剤および脂肪物質を含むパン改良材などの成分を含んでいてもよい。
【0027】
本発明の組成物に含まれるパン酵母が、野生型Mpr1をコードする遺伝子を含むものである場合、内在性の野生型Mpr1をコードする遺伝子を有するパン酵母をそのまま用いてもよいし、内在性の野生型Mpr1をコードする遺伝子を有さないパン酵母に、野生型Mpr1をコードする遺伝子を導入したものを用いてもよい。
【0028】
以下、特に、変異型Mpr1をコードする遺伝子を含むパン酵母について詳細に説明する。
【0029】
変異型Mpr1をコードする遺伝子が導入される酵母としては、実用パン酵母であれば、特に限定的ではなく、例えば、一般用、冷凍用、冷蔵用、高糖生地用、低糖生地用パン酵母などが挙げられる。また、変異型変異型Mpr1をコードする遺伝子を導入する場合、宿主となるパン酵母は内在性のMpr1もしくは同等の機能を有するそのホモログ遺伝子を有していているものであっても有していないものであってもよい。
【0030】
変異型Mpr1遺伝子が導入される酵母としては、他の有益な性質を有するよう、別途遺伝子操作やその他の方法によって改変された酵母も挙げられる。有益な性質を有するように改変された酵母としては、例えば本願発明者による特開2006−67806に記載のプロリン分解酵素遺伝子が破壊された酵母が例示される。この酵母は細胞内にプロリンを蓄積し、その結果高いエタノール耐性を有するものである。
【0031】
酵母への遺伝子の導入は、対象となる酵母に応じて従来公知の方法のいずれを用いてもよく、特に限定されない。酵母へ遺伝子を導入する方法は例えば「バイオマニュアルシリーズ10 酵母による遺伝子実験法」(羊土社)、及び「生物化学実験法39 酵母分子遺伝子実験法」(学会出版センター)等の教科書の記載に順じて行えばよい。
【0032】
具体的には、変異型Mpr1遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)をPCR法等の公知の方法によって調製し、これを酵母で発現可能なプロモーターの下流に接続して遺伝子カセットを作成し、酵母発現のためのベクターとすればよい。
【0033】
かかるベクターは、例えばPCRにより調製された遺伝子の両端に適切な制限酵素サイトを付加し、当該制限酵素で切断し、これを別途適切な制限酵素で切断したプラスミドベクターへDNAライゲースを用いて導入することによって構築することができる。プラスミドに導入されたDNAは大腸菌を用いることによって容易に増幅、単離、精製が可能である。
【0034】
酵母プロモーターとしては、酵母における発現に用いることが知られているものであれば、いずれのプロモーターを用いてもよく、例えばGAL1GAL10PHO5PGK1ADH1AOX1等のプロモーターが例示される。特に好適には、GAL1およびADH1が例示される。
【0035】
かかるベクターは、複製開始点、例えば2μmDNA由来のもの、選択マーカー、例えばLEU2URA3TRP1等を含んでいることが好適であり、さらに必要に応じてエンハンサー、ターミネーター、リボソーム結合部位、ポリアデニル化シグナル配列等を含んでいてもよい。酵母用ベクターとして、種々の市販品があり、宿主となる酵母に応じて適宜選択すれすればよい。
【0036】
酵母が内在性のMPR1遺伝子あるいはそのホモログを有している場合には、内在性のMPR1あるいはそのホモログ遺伝子と変異型Mpr1遺伝子を置き換えても、あるいは内在性遺伝子と変異型Mpr1遺伝子とを共存させてもよい。
【0037】
内在性のMPR1あるいはそのホモログと本発明の変異型Mpr1遺伝子を共存させる場合、もしくは酵母がMPR1あるいはそのホモログを有していない場合には、自律複製するプラスミドベクターを用いて形質転換を行えばよい。自律複製するプラスミドベクターとしては、例えば実施例で用いたpAD4(LEU2マーカー)やpYES2(URA3マーカー)等の2μmプラスミド由来の複製開始点を有しているベクターが例示される。
【0038】
酵母染色体の内在性MPR1を、変異型Mpr1をコードする遺伝子で置き換える場合には、酵母における選択マーカー遺伝子を含むが、自律複製配列を持たないプラスミドベクターを用いればよい。かかるベクターを用いると、染色体上のMPR1もしくはそのホモログ配列とプラスミドの配列が相同組み換えを起こし、プラスミドが染色体DNAに挿入されたものが形質転換体として得られる。かかるプラスミドベクターとしては市販のものが知られており、Stratagene社のpRS405(LEU2マーカー)、pRS406(URA3マーカー)などが例示される。かかるプラスミドベクターを用いる場合には、予めMPR1の内部をユニークな制限酵素で1個所切断し、直鎖状にしたプラスミドを用いて形質転換すればよい。
【実施例】
【0039】
実施例において、本発明者らは、パン酵母が1つのMPR遺伝子(MPR1)を有すること、および該遺伝子がパン酵母に乾燥ストレス耐性を与え、最適の発酵能に必須であることを示す。本発明者らはまた、変異型Mpr1の発現により、乾燥ストレス耐性および生地における発酵能が上昇することを示す。
【0040】
パン酵母の染色体におけるMPR遺伝子のコピー数の判定
一倍体パン酵母である3346 株および3347 株におけるMPR遺伝子のコピー数を判定するために、パルスフィールドゲル電気泳動を行い、次いでMPR1遺伝子をプローブとして用いてサザン分析を行った(図2)。パルスフィールドゲル電気泳動は以前に記載されたようにして、いくらか改変を加えて行った(J. Bacteriol. 182:4249-4256)。最初の切り替え時間間隔を50秒とし、最後の切り替え時間間隔を75秒とした。総泳動時間は30時間であった。サザンブロッティング分析のために用いたプローブは、以前に記載されているMPR1遺伝子のコード領域を含む1.6 kb Bgl II-Mlu I 断片とした(J. Bacteriol. 182:4249-4256)。結果は明らかに、両方の株 3346 および3347がX染色体に1つのMPR遺伝子を有していることを示した。一方、Σ1278b 株およびMB329-17C 株は2コピーのMPR遺伝子を有し(XIV染色体上にMPR1およびX染色体上にMPR2)、S288C 株はMPR遺伝子を有さない。LD1014 株はMPR1およびMPR2遺伝子の両方の遺伝子破壊株であり、これをネガティブコントロールとして用いた。パン酵母におけるMPR遺伝子をMPR1と命名した。パン酵母におけるMPR遺伝子のヌクレオチド配列を配列決定したところ、推定アミノ酸配列(配列番号1)は、Σ1278b 株のMpr2と全く同一であった(データ示さず)。
【0041】
変異型Mpr1を発現する二倍体パン酵母またはMpr1を欠損する二倍体パン酵母の構築
本実施例で用いたすべての酵母株はS. cerevisiae 一倍体株、3346−ura3および3347−ura3由来のものであった。本実施例にて用いたすべての株の関連する遺伝子型を表1に列挙する。変異型Mpr1を発現するパン酵母株を構築するために、変異型Mpr1の発現のためのプラスミド、pRS406−K63RおよびpRS406−F65Lを構築した。pRS406-K63Rは、URA3マーカーをもつYIp型のプラスミドpRS406のマルチクローニングサイト内に含まれるKpnIサイトに、変異型MPR1遺伝子の上流、コーディング領域、下流領域を含む約5.5 kbのKpnI断片を挿入して作製した。pRS406-F65Lは変異型MPR1遺伝子のORFを開始コドン側にHindIIIサイト、終止コドン側にSac Iサイトを付加した下記プライマーでPCRにて増幅し、pRS406のマルチクローニングサイト内のhindIIIとSac Iに挿入した。
開始コドン側 5'-GGCCAAGCTTAGATGGATGCGGAATC-3'(配列番号2)
終止コドン側 5'-CCCCGAGCTCTGTCTATGATTATTCCATGG-3'(配列番号3)
【0042】
表1:本発明に用いたS. cereviseae
【表1】

【0043】
線状化したプラスミドを相同組換えにより3346−ura3および3347−ura3株の両方のMPR1遺伝子座に組み込んだ。SD 培地 (0.67% アミノ酸を含まない酵母窒素塩基 [Difco Laboratories、Detroit、MI]、2% グルコース)で培養したUra+ 形質転換体をYPD 培地 (2% グルコース、2% バクトペプトン、1% バクトイーストエクストラクト)で30℃で24時間撹拌しながら培養し、同じ培地で希釈し、数日間インキュベートして、プラスミドが切り出され相同乗換えにより重複領域の2コピーの1つが失われた株、3346−K63R−ura3、3346−F65L−ura3、3347−K63R−ura3、および3347−F65L−ura3を、5-フルオロオロト酸を含有するプレートから得た。染色体中に残っているMPR1 遺伝子が変異型mpr1であることを確認するために、MPR1 遺伝子領域をPCRで増幅し、直接配列決定した。
【0044】
3346−ura3、3347−ura3、3346-K63R-ura3、3346-F65L-ura3、3347-K63R-ura3、および3347-F65L-ura3株のウラシル栄養要求性を補完するために、線状化したpRS406をこれら株のURA3座に組み込み、その結果得られたウラシル原栄養株をそれぞれ、3346、3347、3346-K63R、3346-F65L、3347-K63R、および3347-F65Lと命名した。生地の発酵に用いるために、3つの二倍体株、WT、K63R、およびF65Lを、3346と3347、3346-K63Rと3347-K63R、および3346-F65Lと3347-F65Lとをそれぞれ接合させることにより作成した。
【0045】
接合体形成が顕微鏡下で観察されると、培養物をYPD プレートに播いた。より大きいコロニーを選択し、細胞を、胞子形成培地 (1.0% 酢酸カリウム、0.1% バクトイーストエクストラクト、0.05% グルコース および2.0% 寒天)で25℃で1週間培養して胞子形成能を確認した。
【0046】
プロリン蓄積型酵母での変異型Mpr1の発現のために、PRO-3346−ura3およびPRO-3347−ura3 (Appl. Environ. Microbiol. 74:5845-5849)を、5-フルオロオロト酸選択から自然突然変異によって得た。プロリン蓄積型二倍体パン酵母株を3346−ura3および3347−ura3と同じ手順によってこれら2つの株から構築した。
【0047】
パン酵母におけるMPR1遺伝子の破壊のために 、pMPR1U(J. Bacteriol. 182:4249-4256)の3.3 kb SacI-SacI 断片を3346−ura3 株および3347−ura3 株のMPR座に組み込んだ。MPR1遺伝子の欠損はPCRにより確認した(データ示さず)。これら2つの一倍体株を接合させることにより、二倍体株△mpr1を構築した。
pMPR1Uは以下のとおり作製したプラスミドである。MPR1遺伝子の上流、下流域を含む約5.4 kbのSau3AI断片をpYES2(インビトロジェン)ベクターのBamHIサイトに挿入したプラスミドpMH1を作製した。pMH1の1.6 kbのBglII-MluI断片を取り除き、そこにURA3遺伝子、プロモーター、ターミネーターを含む1.2 kbのHindIII断片をベクター、インサートとも平滑化したのちライゲーションして作製した。
【0048】
Mpr1を欠損するパン酵母の乾燥ストレス感受性
ストレス条件下でのパン酵母におけるMPR1遺伝子の寄与を評価するために、乾燥ストレス下でのmpr1-破壊二倍体パン酵母の細胞生存率および細胞内ROSレベルを試験した。
【0049】
まず、酵母細胞を撹拌しながら対数増殖期まで5 mlのYPD 培地中30℃で培養し、すべての培養細胞を廃密糖(cane molasses)培地 (30 g/リットルの糖 (スクロース換算)、1.93 g/リットルの尿素、および0.46 g/リットルの KH2PO4)に接種し、30℃で24時間培養した。回収した細胞を0.9% NaClで洗浄し、およそ 2.5×108 細胞を滅菌膜フィルターに回収した。フィルターを4℃で1時間放置し、次いで、ハイブリダイゼーションインキュベーター (HB80、TAITEC、Saitama、Japan)を用いて37℃で4時間の乾燥ストレスに供した。ストレス処理の後、フィルター上の細胞を水に再懸濁し、乾燥ストレス有りまたは無しにて処理した細胞アリコートをYPD プレートに播き、プレートを30℃で2日間インキュベートした。図3Aに示すように、△mpr1株はWT株よりも乾燥ストレスに対して感受性であった。
【0050】
次いで、細胞内ROSレベルを乾燥ストレス処理の前後に、酸化体感受性プローブである2’,7’-ジクロロフルオレセインジアセテート(DCFDA) (Molecular Probes、Eugene、OR)を用いて測定した。このプローブは細胞内エステラーゼによりジアセテートの切断の後に細胞内にトラップされる(Arch. Biochem. Biophys. 302:348-355)。それは次いでラジカル種により酸化され、より蛍光の化合物が生じる(Methods Enzymol. 233:128-140)。
【0051】
乾燥ストレス処理の後、酵母細胞を10 μM DCFDA を含む100 mM リン酸カリウムバッファー (pH 7.4)に再懸濁し、30℃で30分間インキュベートした。次いで細胞を洗浄し、200 μlの蒸留水に再懸濁し、Multi-Beads Shocker (MB601U、Yasui Kikai、Osaka、Japan)中で5分間ガラスビーズにより破砕した。
【0052】
細胞抽出液(50 μl)を450 μlの蒸留水と混合し、蛍光をλEX = 490 nm およびλEM = 524 nmにて蛍光分光光度計(F-7000; Hitachi、Tokyo、Japan)を用いて測定した。λEM = 524 nmの値を混合物中のタンパク質により標準化した。図3Bに示すように、乾燥ストレス処理後の細胞内ROSレベルはWT 株と比較して△mpr1 株において上昇していた。
【0053】
この結果から、パン酵母においてMPR1遺伝子は、乾燥ストレス中の細胞内ROS蓄積の阻害に寄与し、高い細胞生存率を導くことが示された。
【0054】
Mpr1を欠損するパン酵母の発酵能
パン製造中の発酵プロセスにおけるMPR1遺伝子の関与を調べるために、生地中の△mpr1株の乾燥ストレス耐性をアッセイした。
【0055】
まず、市販のパン酵母製造プロセスを模倣する廃密糖培地において培養した定常期細胞を蒸留水で2回洗浄し、過剰の水を濾紙を用いて除いた。濾紙を4℃で1時間放置し、細胞を空気循環乾燥機 (PV-210、Tabai、Osaka、Japan)を用いて37℃で4時間風乾し、生地と混合した。生地の処方は以下の通りであった: 50 gのパン製造粉、2.5 gのスクロース、1 gのNaCl、2 gのイースト、および32.5 mlの水。
【0056】
成分を3分間スワンソン型ミキサー (National Mfg. Co.、Ltd.、Sterling、IL)により混合した。混合した生地をそれぞれ40gの片に分け、ねじ口びんに維持し、発酵能を Fermograph II (Atto、Tokyo、Japan)を用いてCO2ガス生産量を測定することによりアッセイした。発酵能は、Nishida et al. (Biosci. Biotechnol. Biochem. 68:1442-1448)の方法にしたがって生地中の酵母細胞によって生産されるCO2量により評価した。
【0057】
図4Aに示すように、乾燥ストレス処理された△mpr1細胞は、WT 細胞と比較して発酵能が低下していた。一方、乾燥ストレス処理前にはWTおよび△mpr1株の間に差はなかった。これらの結果は、パン酵母中のMPR1遺伝子が、パン製造における最適の発酵のために不可欠であることを示す。
【0058】
酵素機能が増強したMpr1を発現するパン酵母の発酵能
以前の研究により、本発明者らは酵素機能が改良された変異型Mpr1を単離し、K63RまたはF65L突然変異がそれぞれMpr1の抗酸化活性または熱安定性の上昇を示すことを見いだしている(国際公開2008/007475公報)。それゆえ、パン酵母における元のMpr1の代わりに変異型Mpr1を発現させることを試み、WT、K63R、F65L 株の発酵能を評価した。
【0059】
図4Bは、K63RおよびF65L株が、WT株と比較して発酵能が上昇していることを示す。特に、F65Lはほぼ1.8-倍の上昇を示した。すなわち、変異型Mpr1のパン酵母における発現は、細胞を乾燥ストレスに耐性のものとし、発酵能を上昇させた。
【0060】
また、本発明者らは、プロリン蓄積型パン酵母における変異型Mpr1の効果を評価した。プロリンは凍結保護活性を有することが知られている。 実験室用S. cerevisiae 株において、細胞内プロリン蓄積は、乾燥および凍結ストレスに対する耐性を向上させる(FEMS Microbiol. Lett. 184:103-108)。最近の研究ではまた、プロリンを蓄積するパン酵母細胞は生地において増強した凍結耐性を示すことが示されている(Appl. Environ. Microbiol. 74:5845-5849)。
【0061】
それゆえ、本発明者らは、パン酵母における乾燥ストレス耐性に対するプロリン蓄積の効果を調べ、変異型Mpr1の発現が、プロリン蓄積型パン酵母の場合に相加効果を示すかを調べた。
【0062】
結果として、PRO-WTはWTと比較して高い発酵能を示し(図4B)、プロリン蓄積はパン酵母における発酵能を向上させることが示唆された。さらに、変異型Mpr1の発現はプロリン蓄積型パン酵母において相加効果を示した。
【0063】
本実施例において、本発明者らは、変異型Mpr1を発現するパン酵母株は、野生型株よりも高い発酵能を示すことを見いだした。変異型Mpr1のプロリン蓄積型株での発現はまた、発酵能を増強した。パン酵母におけるMPR1 遺伝子の破壊はROSの蓄積および低い発酵能をもたらした。この結果から、パン酵母においてMpr1はパン製造の最適の発酵に不可欠であることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼ、あるいは、配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された、または、Phe65がLeuに置換された、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子を含むパン酵母を含む、ドライイースト製造用組成物。
【請求項2】
配列番号1に示される野生型Mpr1アセチルトランスフェラーゼのアミノ酸配列の、Lys63がArgに置換された、または、Phe65がLeuに置換された、変異型アセチルトランスフェラーゼMpr1のいずれかをコードする遺伝子を含むパン酵母を含む、ドライイースト製造用組成物。
【請求項3】
パン酵母が二倍体である請求項1または2に記載のドライイースト製造用組成物。
【請求項4】
パン酵母が、野生型γグルタミン酸リン酸化酵素遺伝子のAsp154位がAsnで置換されてなるプロリン多産性型酵母である、請求項1〜3のいずれかに記載のドライイースト製造用組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかのドライイースト製造用組成物を用いることを含む、ドライイーストの製造方法。
【請求項6】
請求項5の方法により製造されたドライイースト。
【請求項7】
請求項6のドライイーストを用いることを含む、パン生地の製造方法。
【請求項8】
パン生地が冷凍パン生地である。請求項7の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−183887(P2010−183887A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31277(P2009−31277)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】