説明

ドリン系化合物の分解方法

【課題】土壌中、水中などでの実施が可能であり、有機塩素系殺虫剤として使用されていたドリン系化合物を安全かつ容易に分解できる分解方法の提供。
【解決手段】鉄粉を、ドリン系化合物を含有する被処理物へ付与しドリン系化合物を分解するドリン系化合物の分解方法である。ドリン系化合物が、アルドリンである態様が好ましい。鉄粉が、鉄粒子の表面に該鉄粒子よりも微細な銅粒子及び銅塩粒子の少なくともいずれかが付着した銅付着鉄粒子である態様が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機塩素系殺虫剤として使用されていたドリン系化合物の分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルドリン、ディルドリン、エンドリンなどのドリン系化合物は、有機塩素系殺虫剤として使われてきた。
前記アルドリンは、日本では土壌害虫の駆除に使用されていたが、昭和46年以降実質的に使用は中止された。農薬取締法に基づく登録は昭和50年に失効し、昭和56年10月には化学物質審査規制法に基づく第1種特定化学物質に指定され、製造、販売、使用が禁止となり、その使用が全面的に制限された。
前記ディルドリンの農薬としての使用は、昭和30年代がピークであったと言われ、昭和46年に農薬取締法に基づく土壌残留性農薬に指定され使用範囲が制限され、昭和48年には同法に基づく登録が失効した。しかし、ディルドリンはその後も白蟻防除剤として使われていた。昭和56年10月、化学物質審査規制法に基づく第1種特定化学物質に指定され、農薬としての規制と併せて、その使用が全面的に中止された。
前記エンドリンは、殺虫剤、殺鼠剤として利用されたが、昭和51年に農薬取締法に基づく登録は失効した。昭和56年10月に化学物質審査規制法に基づく第1種特定化学物質に指定され、製造、販売、使用が禁止となり、農薬としての規制と併せて、その使用は全面的に制限された。
【0003】
残留性有機汚染物質については、国際的に協調してこれらの物質の廃絶、削減を行なうべく、2001年5月にストックホルム条約(POPs条約)が採択され、現在までに多くの国がこの条約に締結している。このような取組みに伴い、残留性有機汚染物質についての環境モニタリングなどの調査研究報告も蓄積されている。
【0004】
ドリン系化合物であるアルドリン、ディルドリン、エンドリンについても、POPs条約の対象物質であり、日本においても環境モニタリングが実施されている。
アルドリン、ディルドリン、エンドリンなどのドリン系化合物については、上記のように使用が中止されてから約30年が経つものの、環境モニタリングの結果、土壌などでの残留が確認されており、生態系への影響が懸念されている。
そのため、ドリン系化合物の分解方法が求められている。
【0005】
そこで、アルドリン、エンドリンなどの有機ハロゲン化合物の分解方法として、金属ナトリウム分散体及び金属触媒を含む脱ハロゲン処理剤を用いた有機ハロゲン化合物の分解方法が提案されている(特許文献1)。
しかし、この提案の技術では、反応性が非常に高い金属ナトリウムを用いているため、金属ナトリウムの取扱いが難しく、簡単に行いにくいという問題がある。また、金属ナトリウムは水と激しく反応することや、土壌粒子に吸着した有機ハロゲン化合物分子との均一な反応が困難であるという点で、土壌中、水中での有機ハロゲン化合物の分解には適用できないという問題がある。
【0006】
また、硫化鉄鉱を用いたディルドリンの脱塩素化反応について提案されている(非特許文献1)。
しかし、この提案の技術では、天然の硫化鉄鉱物によるディルドリンの脱塩素効果を示しているため、脱塩素効果を持つ鉱物が産業利用に有効な程度に地域的な偏在がなく、定常的に得られるかという問題や、偏在があり海外資源を活用しなければならない場合に、天然硫化鉄鉱物の採掘・輸入・加工のプロセスにおいて多大な環境負荷を与える可能性があるという問題がある。
【0007】
また、ドリン系化合物の生物的処理について、底質にて生育した嫌気性細菌を用いることが提案されている(非特許文献2、及び3)。また、好気性細菌を用いることが提案されている(特許文献2)。
しかし、これら生物的処理法は、処理に適する微生物の培養・管理に専門的なスキルを要し、処理工程においてもその条件制御が困難であるという問題がある。
【0008】
したがって、土壌中、水中などでの実施が可能であり、有機塩素系殺虫剤として使用されていたドリン系化合物を安全かつ容易に分解できる分解方法が求められているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−294539号公報
【特許文献2】特開2010−17086号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】硫化鉄鉱を用いた残留性有機塩素系化合物の脱塩素化反応、第16回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会(2010) 公演集、p.534〜535
【非特許文献2】A.Maule,S.Plyte,A.V.Quirk,Dehalogenation of Organochlorine Insecticides by Mixed Anaerobic Microbial Populations.,Pesticide Biochemistry and Physiology 27,229-236(1987)
【非特許文献3】T.P.Baczynski,T.Grotenhuis,P.Knipscheer,The dechlorination of cyclodiene pesticides by methanogenic granular sludge.Chemosphere 55,653-659(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、土壌中、水中などでの実施が可能であり、有機塩素系殺虫剤として使用されていたドリン系化合物を安全かつ容易に分解できる分解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 鉄粉を、ドリン系化合物を含有する被処理物へ付与しドリン系化合物を分解することを特徴とするドリン系化合物の分解方法である。
<2> ドリン系化合物が、アルドリン、ディルドリン、エンドリン、及びイソドリンの少なくともいずれかである前記<1>に記載のドリン系化合物の分解方法である。
<3> ドリン系化合物がアルドリンである前記<1>から<2>のいずれかに記載のドリン系化合物の分解方法である。
<4> 鉄粉が、鉄粒子の表面に、該鉄粒子よりも微細な銅粒子及び銅塩粒子の少なくともいずれかが付着した銅付着鉄粒子である前記<1>から<3>のいずれかに記載のドリン系化合物の分解方法である。
<5> 被処理物が、土壌、地下水、河川水、湖沼水、及び工場廃水のいずれかである前記<1>から<4>のいずれかに記載のドリン系化合物の分解方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、従来における前記諸問題を解決することができ、土壌中、水中などでの実施が可能であり、有機塩素系殺虫剤として使用されていたドリン系化合物を安全かつ容易に分解できる分解方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、鉄粉によるアルドリンの低減率と脱塩素率を示すグラフである。
【図2】図2は、鉄粉によるディルドリンの低減率と脱塩素率を示すグラフである。
【図3】図3は、アルドリンの分解によるアルドリンの濃度の経時変化を示すグラフである。
【図4】図4は、アルドリンの分解によるアルドリンの濃度、塩素の濃度、及び生成物の濃度の経時変化を示すグラフである。
【図5】図5は、実施例3における保管期間1日及び132日のサンプルのGC/MSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(ドリン系化合物の分解方法)
本発明のドリン系化合物の分解方法は、鉄粉を、ドリン系化合物を含有する被処理物に付与しドリン系化合物を分解する工程(以下、「分解工程」と称すことがある。)を少なくとも含み、更に必要に応じて、その他の工程を含む。
【0016】
前記分解方法におけるドリン系化合物の分解は、鉄粉表面での電池反応により生ずる電子需給に起因するドリン系化合物の脱塩素及び水素付加反応により生ずるものと推測される。
(アノード反応)2Fe → 2Fe2++4e
(カソード反応)2R−Cl+2HO+4e → 2R−H+2Cl+2OH
ただし、R−Clは、有機塩素化合物分子を表す。
【0017】
<鉄粉>
前記鉄粉としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、異種金属が鉄粒子の表面に付着した鉄粉が好ましい。前記異種金属が鉄粒子の表面に付着した鉄粉としては、例えば、鉄粒子の表面に、該鉄粒子よりも微細な銅粒子及び銅塩粒子の少なくともいずれかが付着した銅付着鉄粒子、鉄粒子の表面に該鉄粒子よりも微細なニッケルが付着したニッケル付着鉄粒子などが挙げられる。これらの中でも、鉄粒子の表面に、該鉄粒子よりも微細な銅粒子及び銅塩粒子の少なくともいずれかが付着した銅付着鉄粒子が、活性点である鉄と銅の界面が、小さく、密に分布していることから、ドリン系化合物の分解性に優れる点で好ましい。
【0018】
−銅付着鉄粒子−
前記銅付着鉄粒子としては、鉄粒子の表面に該鉄粒子よりも微細な銅粒子及び銅塩粒子の少なくともいずれかが付着したものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記銅塩としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、硫酸銅が挙げられる。
【0019】
前記銅付着鉄粒子における前記銅粒子及び銅塩粒子の付着量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記鉄粒子の鉄に対する前記銅粒子及び銅塩粒子の銅の割合、すなわちCu/Fe(質量比)として、0.01質量%〜10質量%が好ましく、1質量%〜5質量%がより好ましい。前記付着量が、0.01質量%未満であると、ドリン系化合物の分解性が低いことがあり、10質量%を超えると、銅粒子及び銅塩粒子のコスト増加に対して分解性向上効果が低下したり、土壌及び地下水への施工後に銅に起因する二次汚染が発生する危険性があることがある。前記より好ましい範囲であると、ドリン系化合物の分解性に優れる点で有利である。
前記銅粒子及び銅塩粒子の付着量は、JIS M8121に準じた方法により測定することができる。
【0020】
前記鉄粒子の形状としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、より多くの活性面を有する点からは、扁平な形状であることが好ましい。
前記扁平な形状としては、板状比2以上の扁平な形状であることが好ましい。板状比の上限値としては、15以下が好ましい。前記板状比が、2未満であると、ドリン系化合物の分解性が低下することがある。したがって、前記板状比は2〜15の範囲であるのがよい。
前記板状比は、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観測される鉄粒子の平面径と平均厚みの比である。測定に際してはSEM像内でランダムに50個の粒子を選び、それらの平面径と平均厚みを測定する。SEM像の写真を基にして計測するときは、1個の粒子の最大直径が10mm前後となるように拡大した写真とするのがよい。より具体的には、倍率100倍〜150倍でSEM観察し、その画像をデジタルノギスなどのスケールを用いて直接に実測して求めることができる。
その際、平面径、厚み、板状比は、次のようにして求める。視野内の50個の鉄粒子について扁平面方向における長径とこれと直交する短径を測定し、平面径=(長径+短径)/2を求め、50個の鉄粒子についての平均平面径を求める。さらに、鉄粒子の厚みについても測定し、50個の鉄粒子についての平均厚みを求める。そして、板状比を次式で求める。
板状比=平均平面径/平均厚み
【0021】
前記鉄粒子を扁平な形状にする方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記鉄粒子をミルに投入して鉄粒子を扁平に加工する方法が挙げられる。
前記ミルとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、筐体の内部に直径数mmの硬質の多数のボールを充填した状態で筐体に振動を付与する方式の振動ボールミルが好ましい。筐体に振動が付与されると内部のボールに振動と衝突が起き、その中に前記鉄粒子が存在すると、前記鉄粒子が押し潰されて伸展が図られる。振動の時間、振幅、ボールの充填量、鉄粒子の投入量、雰囲気を調整することによって、目標とする扁平形状に加工された鉄粒子が得られる。その際に、適量の銅塩粉を共存させておくと、扁平な形状の銅付着鉄粒子が得られる。
【0022】
前記鉄粉における鉄粒子としては、例えば、鉄鉱石の還元により製造された還元鉄、溶鉄のアトマイズなどにより製造されたアトマイズ鉄などを、必要により粉砕したものを用いることができる。
【0023】
前記鉄粉は、市販品を用いてもよく、市販品としては、例えば、DOWA IP クリエイション株式会社製のE−401(銅付着鉄粒子に相当)などが挙げられる。
【0024】
前記鉄粉の添加量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記被処理物100質量部に対し、0.1質量部〜10質量部が好ましい。前記添加量が、前記0.1質量部未満であると、十分な分解速度が期待されないことがあり、10質量部を超えると、効果が飽和しコストが過大となってしまうことがある。
【0025】
前記鉄粉は、空気中で安定であることから、例えば、フレコン(フレキシブルコンテナバック)、紙袋などの市販の包装容器に保管できることから、ハンドリング及び保管のいずれにおいても優れている。
【0026】
<被処理物>
前記被処理物は、ドリン系化合物を少なくとも含有し、更に必要に応じて、その他の成分を含有する。
【0027】
−ドリン系化合物−
前記ドリン系化合物としては、例えば、アルドリン、ディルドリン、エルドリン、イソドリンなどが挙げられる。これらの中でも、前記鉄粉がアルドリンの分解に対して効果が高いことから、アルドリンが好ましい。
【0028】
前記被処理物としては、前記ドリン系化合物を含有すれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、土壌、地下水、河川水、湖沼水、工場廃水などが挙げられる。
【0029】
前記被処理物のpHとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、pH5〜pH10であることが、前記鉄粉表面での電池反応に適切な条件である点で好ましい。前記pHが、5未満であると、前記鉄粉表面からの水素ガス発生により、ドリン系化合物の前記鉄粉への吸着、及び水分子とドリン系化合物分子との電子需給が阻害されることがあり、10を超えると、前記鉄粉表面が水酸化鉄、オキシ水酸化鉄などの不働体膜で覆われ、反応活性を失うことがある。
【0030】
前記被処理物の温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、10℃〜30℃であることが、実際の浄化施工にあたって、施工環境下の温度に合わせて、特に温度調整のためのエネルギーを費やす必要がない点で好ましい。前記温度が、10℃未満であると、分解の効率が低下することがある。
【0031】
前記被処理物は、Na、Caなどの海水塩成分中の元素の含有量が少ない方が、前記鉄粉表面の反応活性を低下させにくい点で好ましい。
【0032】
<分解工程>
前記分解工程としては、前記鉄粉を、前記ドリン系化合物を含有する前記被処理物に付与しドリン系化合物を分解する工程であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記被処理物が、土壌、地下水、河川水、湖沼水などの場合には、自然環境中のそれらへ直接前記鉄粉を付与してドリン系化合物を分解してよいし、それらをサンプリングしたものへ前記鉄粉を付与してドリン系化合物を分解してもよい。
【0033】
前記分解工程においては、継続的に酸素が供給されないような環境であることが好ましい。前記継続的に酸素が供給されないような環境にする方法としては、例えば、土壌の原位置処理において、前記土壌にシートをかぶせる方法が挙げられる。
【0034】
−付与−
前記付与の方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記被処理物が土壌の場合には、例えば、前記鉄粉を水に分散させた鉄粉分散体を、土壌に噴霧する方法、散水する方法などが挙げられる。また、例えば、原位置処理の場合において、前記鉄粉を土壌に付与する方法としては、空気、窒素などの高圧ガス又は水などの高圧媒体を利用して地中に前記鉄粉を散布する方法、地盤改良工事で利用される土木機械を用いて機械的に掘削混合する方法などが挙げられる。掘削混合の場合は、ニーダー、ミキサー、ブレンダー等の混合装置の利用も可能である。また、特許第4401675号公報に記載の浄化装置を用いることも有効である。
前記被処理物が河川水、地下水などの水を主成分とする被処理物の場合であって、原位置処理のときには、前記鉄粉を前記被処理物に投入する方法が挙げられる。また、前記被処理物(例えば、前記ドリン系化合物を含有する、地下水を揚水した水、工場廃水など)を反応槽に入れ、前記鉄粉を所定量(この所定量は、前記ドリン系化合物の前記被処理物における初期濃度、目標浄化期間などの条件により決定される。)を入れる方法が挙げられる。この際、前記鉄粉と前記ドリン系化合物との接触を促進するため撹拌操作を実施してもよい。なお、定期的に採水を行い、水検体中の前記ドリン系化合物及び分解生成物の定性・定量分析を行い、所望の浄化を達成した時点で、次工程に送液してもよい。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は下記実施例に何ら限定されるものではない。
【0036】
(鉄粉)
鉄粉として、以下の鉄粉を用いた。
<鉄粉1>DOWA IP クリエイション株式会社製のE−401(鉄粒子の表面に該鉄粒子よりも微細な硫酸銅粒子が付着した硫酸銅付着鉄粒子で構成された鉄粉であり、板状比が2.26、BET比表面積が0.37m/g、硫酸銅の付着量が0.92質量%(Cuとして)である。)
<鉄粉2>DOWA IP クリエイション株式会社製のE−200(鉄鉱石を主成分とする酸化鉄原料に炭素粒との共存下で還元熱処理を施した鉄粉であり、ポーラス状の形状を有し、BET比表面積が2.52m/g、硫酸銅などの銅塩の付着はなく、銅分析値も定量下限未満である。)
<鉄粉3>前記鉄粉2(E−200)に硫酸銅溶液を添加した後に加熱乾燥を行った鉄粉であり、BET比表面積が1.95m/g、硫酸銅が鉄粒子表面上で還元された銅、及び硫酸銅の付着量が0.97質量%(Cuとして)である。
【0037】
(分析方法)
以下の実施例1から3におけるドリン系化合物の分解の確認は、以下の分析方法により行った。
(1)褐色バイアル瓶中のヘッドスペースガス(気相部のガス)を0.1mL抜き取り、GC/MS(HITACHI社製、G−7000M、M−9000)で測定を行った。
(2)褐色バイアル瓶中の液相を3mL採取し、0.45μmメンブランフィルターでろ過した後に、IC(Metrohm社製、761 Compact IC)を用いてイオンクロマト測定を行った。
(3)褐色バイアル瓶へヘキサンを7mL添加し、密栓した後、アルミホイルで包み遮光し、12時間振とうした。
(4)褐色バイアル瓶中のヘキサン相を0.005mL採取し、GC/MS(HITACHI社製、G−7000M、M−9000)で測定を行った。
(5)褐色バイアル瓶中のヘキサンを全て抜き取った後、ヘキサンを7mL添加し、前記褐色バイアル瓶を密栓した後、アルミホイルで包み遮光し、12時間振とうした。
(6)褐色バイアル瓶中のヘキサン相を0.005mL採取し、GC/MS(HITACHI社製、G−7000M、M−9000)で測定を行った。
なお、ヘッドスペースガスの測定においては、揮発性有機化合物を測定した。水相の測定においては、塩素ガスを測定した。ヘキサン相の測定においては、難揮発性有機化合物を測定した。
また、GC/MSによるアルドリンの同定は、m/z=299の分子イオンピークと、m/z=66、224、238、259、297のフラグメントイオンピークを確認することにより行った。
【0038】
(実施例1)
<実施例1−1 鉄粉1によるアルドリンの分解>
褐色バイアル瓶50mLに、蒸留水10mLを入れ、蒸留水に30分間窒素を噴きつけた。続いて、鉄粉1を0.1g、及びアルドリン(100mg/L(メタノール希釈))100μLを前記褐色バイアル瓶に入れ、前記褐色バイアル瓶の気相に窒素を1分噴きつけ、窒素置換をした。続いて、前記褐色バイアル瓶を密栓した後、アルミホイルで包み遮光し、振とうしつつ25℃で保管した。
192日間保管後に前記分析方法によりアルドリンの分解を確認した。
【0039】
<実施例1−2 鉄粉2によるアルドリンの分解>
実施例1−1において、鉄粉1を鉄粉2に代えた以外は、実施例1−1と同様にして、アルドリンの分解を確認した。
【0040】
<実施例1−3 鉄粉3によるアルドリンの分解>
実施例1−1において、鉄粉1を鉄粉3に代えた以外は、実施例1−1と同様にして、アルドリンの分解を確認した。
【0041】
<結果>
上記のように鉄粉1から鉄粉3を用いてアルドリンの分解を行った結果、鉄粉1から鉄粉3のうち、アルドリンの分解性に最も優れていたのは鉄粉1であり、続いて鉄粉3であり、鉄粉2は最もアルドリンの分解性が低かった。
【0042】
(実施例2)
鉄粉1によるアルドリン及びディルドリンの分解を確認した。
<鉄粉1によるアルドリンの分解>
褐色バイアル瓶50mLに、蒸留水10mLを入れ、蒸留水に30分間窒素を噴きつけた。続いて、鉄粉1を0.1g、及びアルドリン(100mg/L(メタノール希釈))100μLを前記褐色バイアル瓶に入れ、前記褐色バイアル瓶の気相に窒素を1分噴きつけ、窒素置換をした。続いて、前記褐色バイアル瓶を密栓した後、アルミホイルで包み遮光し、振とうしつつ25℃で保管し、測定サンプルとした。
8日間保管後に前記分析方法によりアルドリンの分解を確認した。
【0043】
<鉄粉1によるディルドリンの分解>
褐色バイアル瓶50mLに、蒸留水10mLを入れ、蒸留水に30分間窒素を噴きつけた。続いて、鉄粉1を0.1g、及びディルドリン(100mg/L(メタノール希釈))100μLを前記褐色バイアル瓶に入れ、前記褐色バイアル瓶の気相に窒素を1分噴きつけ、窒素置換をした。続いて、前記褐色バイアル瓶を密栓した後、アルミホイルで包み遮光し、振とうしつつ25℃で保管し、測定サンプルとした。
6日間保管後に前記分析方法によりディルドリンの分解を確認した。
【0044】
<結果>
分析結果を図1及び図2に示した。アルドリンについては8日後、ディルドリンについては6日後の分析において、それぞれ100%消失していることが確認できた。また、その際の塩素発生量から計算した脱Cl率(%)(分子中の全ての塩素が脱離した場合を100%とする)は、アルドリンについては39%、ディルドリンについては38%であり、一分子あたり平均2つの塩素原子が脱離した結果となった。
【0045】
(実施例3)
鉄粉1によるアルドリンの分解を経時で確認した。
<鉄粉1によるアルドリンの分解>
褐色バイアル瓶50mLに、蒸留水10mLを入れ、蒸留水に30分間窒素を噴きつけた。続いて、鉄粉1を0.1g、及びアルドリン(100mg/L(メタノール希釈))100μLを前記褐色バイアル瓶に入れ、前記褐色バイアル瓶の気相に窒素を1分噴きつけ、窒素置換をした。続いて、前記褐色バイアル瓶を密栓した後、アルミホイルで包み遮光し、振とうしつつ25℃で保管し、測定サンプルとした。
上記測定サンプルを11個用意し、所定の日数保管後に測定サンプル1個について、次の操作を行い、アルドリンの分解を経時で確認した。
また、上記測定サンプルにおいてアルドリンを添加していないサンプルを作製し、それをcontrol用のサンプルとした。
【0046】
<結果>
分析結果を図3に示した。なお、図3において、「control」は、上記測定サンプルにおいて、アルドリンを添加していない測定サンプルの測定データである。「微生物」は、トリクロロエチレン脱塩素菌(Dehalococcoides属細菌群)を用いたアルドリンの分解データである。「E−401」は、上記測定サンプルの測定データである。
【0047】
分析結果より、鉄粉1によるアルドリンの分解が確認できた。本実施例における分解速度定数は0.0250day−1であり、半減期は約40日であった。また、鉄粉1を用いたアルドリンの分解速度は、トリクロロエチレン脱塩素菌(Dehalococcoides属細菌群)を用いた場合の約10倍であった。なお、鉄粉1を用いた測定サンプルにおいて保管0日でアルドリンの濃度が1mg/Lを下回っているのは、鉄粉1へアルドリンが吸着したことによるものと考えられる。
【0048】
また、図4にアルドリンの濃度変化及び生成物の濃度変化を示した。生成物(符号は「未知」)のうち塩素以外は、構造の同定が困難なため、濃度ではなく、ピーク面積比で表した。このピーク面積比は、GC/MS分析によるピークの面積比であって、アルドリン1ppmのピーク面積に対する生成物のピーク面積比である。
図4に示した結果より、経時でアルドリンの濃度が減少し、アルドリンが分解されていることが確認できた。また、試験開始から1ヶ月後までの間では、塩素濃度に変化がないものの、生成物(未知1、2、3、4)が減少していることから、結合の変化を主とするアルドリンの分解が起こっているものと考えられる。1ヵ月後から4ヶ月後の間では、塩素濃度が増加し、かつ生成物(未知3、5)が増加していることから、アルドリンの脱塩素を主とするアルドリンの分解が起こっているものと考えられる。4ヶ月後以降では、塩素濃度が更に増加し、かつ4ヶ月まではほとんど生成が確認されなかった生成物(未知7)が増加していることから、アルドリンの脱塩素が更に起こっているものと考えられる。
【0049】
図5に、実施例3における保管期間1日と保管期間132日のサンプルについてのGC/MSスペクトル分析の結果を示した。また、表1には、アルドリンが脱塩素した場合の算出m/zとそのピークが観測された図5におけるRT(リテンションタイム)を示した。なお、表1において、塩素数0、算出m/z=158.2は、アルドリンの6つの塩素全てが脱塩素した状態を指し、塩素数6、算出m/z=364.0は、アルドリンを指す。
図5及び表1より、脱塩素によりアルドリンが分解していることが確認できた。
【0050】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のドリン系化合物の分解方法は、安全かつ容易に実施できることから、土壌、地下水、河川水、湖沼水などの処理へ好適に使用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄粉を、ドリン系化合物を含有する被処理物へ付与しドリン系化合物を分解することを特徴とするドリン系化合物の分解方法。
【請求項2】
ドリン系化合物が、アルドリン、ディルドリン、エンドリン、及びイソドリンの少なくともいずれかである請求項1に記載のドリン系化合物の分解方法。
【請求項3】
ドリン系化合物がアルドリンである請求項1から2のいずれかに記載のドリン系化合物の分解方法。
【請求項4】
鉄粉が、鉄粒子の表面に、該鉄粒子よりも微細な銅粒子及び銅塩粒子の少なくともいずれかが付着した銅付着鉄粒子である請求項1から3のいずれかに記載のドリン系化合物の分解方法。
【請求項5】
被処理物が、土壌、地下水、河川水、湖沼水、及び工場廃水のいずれかである請求項1から4のいずれかに記載のドリン系化合物の分解方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−70889(P2012−70889A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−217464(P2010−217464)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(506347517)DOWAエコシステム株式会社 (83)
【Fターム(参考)】