説明

ナイシンの殺菌上有効な使用方法

【課題】グラム陽性菌およびグラム陰性菌の両方に作用することが可能な、微生物に対して幅広い殺菌活性を有する組成物および微生物の殺菌方法を提供する。
【解決手段】たとえばナイシンAまたはナイシンZであるナイシンを、2〜50,000IU/mLで含み、pH4.0〜10.5に調整されていて、さらに界面活性剤を含んでいてもよい、グラム陰性またはグラム陽性である微生物の少なくとも一種の殺菌用の組成物、またはその調製のためのキット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナイシンの殺菌上有効な使用方法に関する。より詳細には、本発明は、ナイシンを殺菌上有効なpH条件で使用すること、およびそのための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ナイシンは、乳酸菌が生産する抗菌性のペプチドであるが、アメリカでは一般的に安全(generally recognized as safe:GRAS)と認定され、チーズ等の保存料として実際に用いられているほか、世界50カ国以上で食品添加物として認可されている。したがって、ナイシンを抗菌剤に使用すれば、安全性の高い抗菌剤を提供することができる。
【0003】
ナイシンは、グラム陽性菌に対して幅広い抗菌活性を示すが、グラム陰性菌に対しては抗菌活性が弱いことが知られている。この点に関し、ナイシンをエチレンジアミン四酢酸(EDTA)等のキレート剤や有機酸と組み合わせて用いることによって、グラム陰性菌に対する抗菌活性が高まるとの報告(非特許文献1、非特許文献2)や、金属イオンの存在により、グラム陰性菌に対する抗菌活性が低下するという報告がある(非特許文献3)。
【0004】
他方、ナイシンが十分な抗菌活性を発揮するためには、ナイシンが物理的に安定に存在することが前提となる。ナイシンの安定性に関しては、メチオニンを安定剤として配合すること(特許文献1)、洗浄剤組成物に用いるに際しては適切な界面活性剤を選択すること(特許文献2)などが検討されてきた。ナイシンはまた、pH3で最も安定であることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平8−510716号公報
【特許文献2】特開2007−99809号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Applied and Environmental Microbiology , 58 (5), p.1786-88, 1992
【非特許文献2】International Journal of Food Microbiology, 21, p.305-314, 1994
【非特許文献3】International Journal of Antimicrobial Agents, 26, p.396-402, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らの検討によると、ナイシンへEDTAを添加した場合には、ナトリウムイオンの存在によってグラム陰性菌に対する抗菌効果が期待したほどには得られず、また有機酸を添加した場合には、グラム陰性菌に対する抗菌効果は高くなるが、pHが非常に低くなり実用性に乏しくなるという問題があった。さらに界面活性剤とナイシンの混合液においてEDTAや有機酸を添加し、pHを弱酸性にしたものについては、抗菌効果はほとんど確認できなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の事情に鑑み、鋭意検討を行った結果、pH4.0〜10.5において、ナイシンの殺菌活性が向上することを見出した。このような抗菌活性の向上は、従来から知られているナイシンのグラム陽性菌に対する殺菌活性が向上することに加えて、ナイシン単独では作用しないと考えられてきた、グラム陰性菌に対する殺菌活性が向上することにも基づく。また、pH5.0〜6.5において、グラム陽性菌に対する殺菌活性がさらに向上すること、pH4.0〜6.5において、グラム陰性菌に対する殺菌活性がさらに向上することを見出した。上記の結果から、ナイシンは、pH5.0〜6.5においてグラム陽性菌およびグラム陰性菌の両方に対する殺菌活性をより一層向上させることが導き出された。本発明は、かかる知見に基づいて完成された。
【0009】
本発明は、以下を提供する。
1)ナイシンを2〜50,000IU/mLで含む、pH4.0〜10.5に調整されている、グラム陰性またはグラム陽性である微生物の少なくとも一種の殺菌用の組成物、またはその調製のためのキット。
【0010】
2)ナイシンが、ナイシンAまたはナイシンZである、1)に記載の組成物、またはキット。
3)ナイシンが、ナイシンAであり、pHが5.0〜6.5に調整されている、グラム陽性である微生物の少なくとも一種の殺菌用であり、かつグラム陰性である微生物の少なくとも一種の殺菌用である、1)に記載の組成物、またはキット。
【0011】
4)グラム陽性菌が、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ストレプトコッカス・ソブリナス(Streptococcus sobrinus)、スタフィロコッカス・オーレウス(Staphylococcus aureus)、スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)、またはプロピオニバクテリウム・アクネス(propionibacterium acnes)から選択され、グラム陰性菌が、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)から選択される、1)に記載の組成物、またはキット。
【0012】
5)さらに界面活性剤を含む、1)に記載の組成物、またはキット。
6)pH4.0〜10.5において、グラム陽性またはグラム陰性である微生物の少なくとも一種を、ナイシン1IUあたり10〜10,000cfuの割合で10〜180秒間接触させて殺菌する工程を含む、微生物の殺菌方法。
【0013】
7)ナイシンが、ナイシンAまたはナイシンZである、6)に記載の殺菌方法。
8)ナイシンが、ナイシンAであり、pH5.0〜6.5において、グラム陽性菌(好ましくは、ストレプトコッカス属、スタフィロコッカス属、ラクトバチルス属、プロピオニバクテリウム属から選択される菌、より好ましくはストレプトコッカス・ミュータンス、ストレプトコッカス・ソブリナス、スタフィロコッカス・オーレウス、スタフィロコッカス・エピデルミディス、ラクトバチルス・プランタルム、プロピオニバクテリウム・アクネスから選択される菌)の少なくとも一種を殺菌するための、かつグラム陰性菌(好ましくは、エッシェリヒア属から選択される菌、より好ましくはエッシェリヒア・コリから選択される菌)の少なくとも一種以上を殺菌するための、7)に記載の殺菌方法。
【0014】
9)pH4.0〜10.5において、ナイシン1IUと微生物10〜10,000cfuを10〜180秒間接触させて、グラム陽性菌を殺菌し;pH4.0〜8.0において、ナイシンと微生物を10〜180秒間接触させて、グラム陰性菌を殺菌する;
微生物の殺菌方法。
【0015】
10)さらに界面活性剤で処理する工程を含む、8)または9)に記載の殺菌方法。
11)pHを5.0〜7.0に調整することを特徴とする、ナイシンの殺菌力の向上方法。
【0016】
本明細書でいう「組成物」とは、ナイシンを含む限り、特に限定されない。当該組成物は、組成物の用途に適した形態とすることができる。例えば、液状、粉状、顆粒状、ゲル状、固形状、または適切な担体に固定化させた形態とすることがあげられる。さらに、本発明の技術分野において知られている成分を本発明の組成物に配合することができる。例えば、界面活性剤、乳化剤、湿潤剤、着香剤、芳香剤、研磨剤、潤滑剤、キレート剤、分散剤(再付着防止剤)、溶剤、保湿剤、殺菌剤(抗菌剤)、安定化剤、洗浄用酵素、粘度調整剤、防腐剤、防黴剤、着色料、香料を適宜選択し、本発明の組成物に配合することができる。一態様として、上記の成分を配合して、本発明の組成物が殺菌作用に加えて洗浄作用を発揮できるようにしてもよい。なお、当該組成物に含まれるナイシンは、単独でグラム陰性菌を殺菌できるため、組成物がキレート剤を含有しなくても幅広い殺菌活性を発揮することができる。ここで、キレート剤とは、金属イオンに配位し、キレート化合物を与えるような多座配位子を意味する。例えば、EDTAのようなポリアミノカルボン酸類およびクエン酸のようなオキシカルボン酸などがあげられる。
【0017】
本発明の組成物は、微生物の殺菌を必要とする様々な分野に広く利用することができる。例えば、食品分野での利用があげられる。一態様として、本発明の組成物は、家庭用・業務用の厨房、調理器具、食品加工工場、食品素材製造工場などにおいて、食中毒微生物および食品危害微生物の殺菌に使用できる。特に、高度な衛生管理が求められる食品関連産業においては、食中毒微生物および食品危害微生物の殺菌は必須事項であるため、効果的かつ安全な殺菌方法が強く要請されている。ここで、食中毒微生物として、下痢原性大腸菌(腸管出血性大腸菌O157など)、黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・オーレウス)、サルモネラ(Salmonella)、リステリア(Listeria)、腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)、カンピロバクター(Campylobacter)、ウエルッシュ菌(Clostridium welchii)、エルシニア エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)、セレウス菌(Bacillus cereus)、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)、ナグビブリオ(nonagglutinable vibrios)、エロモナス(Aeromonas)、プレシオモナス シゲロイデス(Plesiomonas shigelloides)などがあげられる。また、食品危害微生物として、食中毒微生物に加え、乳酸菌、シュードモナス属(Pseudomonas)、バチルス属(Bacillus)、マイクロコッカス属(Micrococcus)、ビブリオ属、セラチア属(Serratia)、クロストリジウム属(Clostridium)などがあげられる。
【0018】
別の例として、本発明の組成物は、家屋、ホテル、レストランなどの室内、家具備品、床などに存在する微生物を殺菌することに使用できる。
別の例として、本発明の組成物の医療分野での利用があげられる。医療分野では、ヒトに対する治療行為が行われることから、高度な衛生管理が要求されているが、近年、抗生物質耐性菌、例えば、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、カルバペネム耐性緑膿菌、カルバペネム耐性セラチア、第三世代セファロスポリン耐性大腸菌、第三世代セファロスポリン耐性肺炎桿菌、多剤耐性アシネトバクター、クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)による院内感染が大きな問題になっている。このような観点から、本発明の組成物を医療施設の殺菌に広く使用することができる。
【0019】
本発明の組成物は、皮膚疾患の予防や治療用に適している。通常、ヒトの皮膚上には、表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス エピデルミディス)やアクネ菌等の多種多様な微生物が常在し、これらの微生物が過度に増殖すること等が原因となって皮膚疾患が発症する。皮膚に存在するこれらの微生物を殺菌する目的で従来から使用されている殺菌剤は、皮膚刺激性であり、かつ標的とする細菌のみならず皮膚組織の修復に寄与する細胞、例えば免疫細胞、線維芽細胞、及び表皮細胞に対しても毒性を示す等の問題がある。例えば、一般的な皮膚疾患であるニキビ(尋常性座瘡)は、皮脂分泌の増加、毛嚢皮脂線の閉塞、及びアクネ菌(プロピオニバクテリウム・アクネス)の異常増殖が原因で起こることが知られている。ニキビの予防や治療においては、抗生物質や角質の剥離剤が従来から使用されてきたが、抗生物質の使用は、副作用や耐性菌が発生するという問題があり、イオウやサルファ剤等の角質の剥離剤の使用は、皮膚刺激性およびニキビの予防または治療効果が不十分という問題がある。
【0020】
これらのことから、皮膚への刺激性が低く、標的微生物に対する特異性が高く、かつ安全性の高い、皮膚疾患の予防や治療用の組成物が求められている。本発明は、そのような組成物を提供することができる。例えば、本発明の組成物は、皮膚への刺激性が極めて低く、アクネ菌を効率的に殺菌できるので、ニキビの予防や治療用の組成物を提供することができる。
【0021】
さらに、本発明の組成物は、口腔内微生物の殺菌用にも適している。本明細書でいう「殺菌」とは、微生物を死滅させることのみでなく、微生物の成長を停止、阻害または遅延させることも含む。したがって、本明細書でいう「殺菌用の組成物」とは、微生物の殺菌に適した組成物を意味する。ここで、組成物が殺菌に適しているか否かは、例えば、抗菌性評価(MBC変法)による評価結果に基づいて判断することができる。MBC法とは最小殺菌濃度を測定する方法であり、MBC変法とは、MBC法を基本としつつ培養条件、殺菌剤濃度、接触時間、接触温度、供試菌濃度等の諸条件を任意に設定し、その条件下での生残菌数を測定する方法である。例えば、供試菌(例えば、大腸菌)をSCDブイヨン培地(日水製薬株式会社製)中、37℃で24時間培養後、培養液を滅菌精製水で希釈し、菌数を調整する(10cfu/mL)。該希釈した培養液(100μL)を、試験液(ナイシン含有組成物、5mL)に添加し、混合させることにより、試験液と供試菌を室温で接触(30秒)させた後、該液(100μL)を分取し、不活化剤を含む培地(SCDLP培地、5mL)で希釈する。当該不活化剤を含む培地中に生残する菌数を混釈板法により培養(37℃、24時間)し、出現したコロニーを計数し、以下の計算式:
殺菌率(%)=[1−(試験液中での生残菌数/供試菌数)]×100
により、殺菌率を算出する。
【0022】
MBC変法は、殺菌剤濃度、接触時間、接触温度、供試菌濃度などの諸条件を、試験目的により適宜変更することができ、培地、培養条件を、供試菌の種類により適宜変更することができる。また、試験液と供試菌を接触させた後、不活化剤を含む液体培地を用いて培養し、培養後の培地の濁度に基づいて、当該培地中に生残する菌の有無および生育の程度を定性的に判定することも可能である。ここで、不活化剤とは、殺菌剤を不活性化する化合物や組成物であって、例えば、ミセルを形成し、殺菌成分を取り込む界面活性剤が汎用される。その他、殺菌剤の種類によっては中和剤、例えばアニオン界面活性剤やチオ硫酸ナトリウムなどを使用してもよい。例えば、界面活性剤ポリソルベートをナイシンの不活性化剤として使用することができる。
【0023】
上記MBC変法において、微生物の殺菌率が90%以上であれば、組成物は殺菌効果があると判断することができる。求められる殺菌効果の程度は、使用分野・用途・使用方法により異なるが、組成物による殺菌率は、例えば、好ましくは90〜100%、より好ましくは99〜100%、さらに好ましくは99.9〜100%である。一般的な殺菌剤としての用途および環境殺菌用途であれば、99.9%の殺菌率で十分であるが、食品が接触する無菌設備の殺菌用途では、99.999%以上の殺菌率が要求されることもある。
【0024】
また、本発明の組成物が殺菌に適しているかは、微生物の菌体内から菌体外に流出するATPの量を指標にして判断することができる。ナイシンは、微生物の細胞膜(リピッドII)に作用し、細胞膜に孔を形成することによって殺菌効果を発揮するため、形成された孔から菌体外に流出するATPの量が多いほど殺菌活性が高いと判断できる。ATP量の測定は、例えば、ルシフェラーゼによって触媒されるATPとルシフェリンの反応で生じる発光を相対発光量(Relative Light Unit: RLU)として測定することによって行うことができる。相対発光量は、前記反応により生じる発光を、例えば光電子増倍管を検出器とした測定装置を用いて測定することができる。このような測定は、市販の測定キットを用いて行ってもよい。また試料中のATP濃度と相対発光量の関係を両対数グラフにプロットすると、両測定値の間には例えばATP濃度で2×10−12〜2×10−8Mの範囲において良好な直線関係が得られるため、必要に応じてATP標準試薬を使用して検量線を作成し、相対発光量をATP濃度に換算することも可能である。
【0025】
菌体外に流出するATPの量を指標にする判断方法の例を示す。プロピオニバクテリウム属の微生物を、適切な培地で前培養し、当該培養液を新たな培地に接種し、嫌気的環境下で旋回培養を行い、この培養液を供試菌液とする。ナイシン溶液に供試菌液を添加することにより、ナイシンと微生物を3分間接触させ、当該液を試験液とする。一方、ナイシンを含まない溶液に供試菌液を添加し、同様に処理したものを対照試験液とする。試験液および対照試験液を測定に用いる緩衝液で適宜希釈し、市販のキットを用いて菌体外に存在するATPの量を相対発光量として測定する。試験液の相対発光量から、対照試験液の相対発光量を差し引いた値を、微生物の菌体内から菌体外に流出したATPの量とする。この例に示した条件でATPの量を測定した場合、相対発光量が20,000RLU以上、好ましくは50,000RLU以上、より好ましくは100,000RLU以上であれば、組成物に殺菌効果があると判断することができる。
【0026】
本明細書における微生物は、グラム陽性菌とグラム陰性菌に分類できる。グラム陽性菌とグラム陰性菌に属する微生物は、例えば、Bergey's Manual Of Systematic Bacteriology: The Proteobacteria; The Alpha-, Beta-, Delta-, and Epsilonproteobacteria (Bergey's Manual of Systematic Bacteriology (Springer-Verlag)) George Garrity、Don J. Brenner、Noel R. Krieg、 James T. Staleyに収載されている。本発明の組成物は、グラム陽性菌、例えば、バチルス属、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)、ストレプトコッカス属(Streptococcus)、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、クロストリジウム属、リステリア属、マイクロコッカス属、プロピオニバクテリウム属、好ましくは、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)、スタフィロコッカス・オーレウス、スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、およびプロピオニバクテリウム・アクネスに属する微生物に対して殺菌活性を発揮する。本発明の組成物は、グラム陰性菌、例えば、エッシェリヒア属(Escherichia)、シュードモナス属、エンテロバクター属(Enterobacter)、クレブシエラ属(Klebsiella)、シトロバクター属(Citrobacter)、プロテウス属(Proteus)、セラチア属、エルウィニア属(Erwinia)、ビブリオ属(Vibrio)、アシネトバクター属(Acinetobacter)、好ましくは、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)に属する微生物に対して殺菌活性を発揮する。
【0027】
本明細書でいう「口腔内微生物」とは、上記で定義された微生物のうち、特に口腔内に存在し、または存在し得る微生物を意味する。口腔内微生物の種類は多種多様であるが、例えば、ストレプトコッカス属、ナイセリア属(Neiseria)、ミクロコッカス属(micrococcus)、ラクトバチルス属、スピロヘータ属(Spirochaetes)などがあげられる。
【0028】
口腔内ストレプトコッカス属としては、ストレプトコッカス・ミュータンス、ストレプトコッカス・ソブリナス(Streptococcus sobrinus)ストレプトコッカス・サングイス(Streptococcus sanguis)、ストレプトコッカス・ミチオール(Streptococcus mitior)、ストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)、ストレプトコッカス・ミレリ(Streptococcus milleri)などがあげられる。ナイセリア属としては、ナイセリア・フラバ(Neiseria flava)、ナイセリア・サブフラバ(Neiseria subflava)、ナイセリア・シッカ(Neiseria sicca)などがあげられる。
【0029】
口腔内ラクトバチルス属としては、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)およびラクトバチルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)などがあげられる。スピロヘータ属としては、トレポネマ・デンチコラ(Treponema denticola)、トレポネマ・マクレデンチアム(Treponema macredentium)トレポネマ・オラリス(Treponema oralis)などがあげられる。
【0030】
口腔内微生物のうち、グラム陽性菌に属するものとしては、例えば、ストレプトコッカス属、ペプトコッカス属(Peptococcus)、ペプトストレプトコッカス属、(Peptostreptococcus)、ミクロコッカス属、アクチノマイセス属(Actinomyces)、ラクトバチルス属、バクテリオネマ属(Bacterionema)、アラクニア属(Arachnia)、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)に属する微生物が含まれる。例えば、ストレプトコッカス属に属する微生物として、ストレプトコッカス・ミュータンスおよびストレプトコッカス・ソブリナスをあげることができる。これらは、う蝕原因菌として知られている。
【0031】
一方、口腔内微生物のうち、グラム陰性菌に属するものとしては、例えば、ナイセリア属、ブランハメラ属(Branhamella)、ベイロネラ属(Veillonella)、バクテロイデス(Bacteroides)、ヘモフィルス属(Haemophilus)、スピロヘータ属、およびセレノモナス属(Selenomonas)に属する微生物が含まれる。
【0032】
本明細書でいう「ナイシン」とは、特に示した場合を除き、ナイシンAおよびナイシンZをその範囲に含む。ナイシンAとナイシンZの構造は類似している。ナイシンAでは、そのポリペプチド鎖のN末端から27番目のアミノ酸がヒスチジンであるが、ナイシンZではアスパラギンであるという点でのみ異なる。組成物中のナイシン活性は、微生物に対する殺菌活性を示す限り、限定されないが、例えば、2〜50,000IU/mL、好ましくは10〜10,000IU/mL、より好ましくは50〜1,000IU/mLである。
【0033】
本発明の組成物は、特定のpH範囲での使用に特に適している。すなわち、当該組成物を特定のpH範囲で微生物と接触させた場合、当該微生物に対して高い殺菌活性を示す。ここで、殺菌活性とは、上記MBC法またはMBC変法による殺菌率で表現することができる。高い殺菌活性とは、例えば、殺菌率が好ましくは、90〜100%、より好ましくは99〜100%、さらに好ましくは99.9〜100%である。上記特定のpH範囲とは、例えば、pH4.0〜10.5、好ましくはpH4.0〜7.0、より好ましくはpH4.5〜6.5とすることができる。一態様として、本発明の組成物をpH4.0〜10.5、好ましくはpH4.0〜7.0、より好ましくはpH4.5〜6.5で微生物と接触させた場合、当該微生物に対して高い殺菌活性を示すことができる。
【0034】
また、本発明の組成物は、微生物と接触させる際のpHを変動させることによって、特定の微生物群、例えば、グラム陽性菌またはグラム陰性菌に対する殺菌活性を高めることができる。一態様として、本発明の組成物とグラム陽性菌を、例えば、pH4.0〜10.5、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは5.0〜7.5、本発明の組成物とグラム陰性菌を、例えば、pH4.0〜8.0、好ましくは4.5〜7.0、より好ましくは5.0〜6.5で接触させることができる。
【0035】
限定されないが、個別の微生物に対するナイシンの接触pHの一例を以下に示す:
スタフィロコッカス・オーレウスに対しては、pH4.5〜10.5、好ましくはpH5.0〜9.0、より好ましくはpH7.0〜8.0;
ストレプトコッカス・ミュータンスに対しては、pH4.0〜7.0、好ましくはpH4.5〜6.5、より好ましくはpH4.5〜6.0(ナイシンAの場合、pH4.5〜5.5としてもよく、ナイシンZの場合、pH5.0〜6.0としてもよい。);
エッシェリヒア・コリに対しては、pH4.5〜7.0、好ましくはpH5.0〜6.6、より好ましくはpH6.0〜6.5;
プロピオニバクテリウム・アクネスに対しては、pH4.0〜8.0、好ましくはpH4.0〜7.0、より好ましくはpH5.0〜6.0。
【0036】
本発明は、微生物の殺菌方法にも適用することもできる。ここで、当該殺菌方法において、「pH4.0〜10.5において」という場合は、ナイシンと微生物が接触している際のpHを意味する。当該pHは、微生物と接触させる前のナイシンを含有する組成物自体のpHと同じであってもよいし、異なっていてもよいことを意味する。すなわち、pHが2.0〜4.0に調整された本発明の組成物を、微生物と接触させる前または接触させた後に、接触時のpHが4.0〜10.5になるように組成物のpHを調整しておくことができる。pHの調整は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ剤などにより行うことができる。
【0037】
本発明の殺菌方法において、ナイシンと微生物を特定の割合で接触させることができる。例えば、ナイシン1IUあたりの微生物数を10〜10,000cfu、好ましくは10〜5,000cfu、より好ましくは10〜1,000cfuとすることができる。
【0038】
ナイシンと微生物の接触時間は、ナイシンが殺菌活性を発揮するために必要な時間であればよく、例えば、上記MBC法またはMBC変法によって算出される殺菌率に基づいて設定することができる。接触時間は、例えば、10〜180秒、好ましくは10〜60秒、より好ましくは20〜30秒に設定することができる。即効性が要求されない用途では、特に接触時間を設定しなくてもよいが、例えば、3分〜24時間、好ましくは1〜12時間に設定してもよい。また、抗菌作用の持続性が要求される用途では、ナイシンを交換または追加することにより、微生物に継続的に作用させてもよい。
【0039】
ここで、cfuとは、コロニー形成ユニット(colony forming unit)を意味し、寒天培地上で形成されたコロニー数と希釈倍数に基づいて算出する。
本発明の殺菌方法においては、さらに、グラム陽性菌およびグラム陰性菌それぞれの殺菌に適した条件を段階的に適用することができる。例えば、微生物をグラム陽性菌の殺菌に適した条件で本発明の組成物と接触させた後、さらにグラム陰性菌の殺菌に適した条件で本発明の組成物と接触させる。この方法により、微生物の殺菌率をさらに高めることができる。なお、この2つの処理の順序を入れ替えても同様の効果が得られることは容易に理解できる。
【0040】
本発明の殺菌方法は、ナイシンと微生物を接触させる工程に加えて、界面活性剤で処理する工程を含んでもよい。当該工程は、例えば、ナイシンと微生物を接触させる工程の前、後、または同時に行うことができる。
【0041】
本発明の殺菌方法はまた、ナイシンを2〜50,000IU/gで含有するpH4.0〜8.0に調整された組成物を、皮膚に塗布する工程含む、皮膚の殺菌方法とすることができる。
【0042】
本発明の殺菌方法はまた、ナイシンを2〜50,000IU/mLで含有するpH4.0〜7.0に調整された液で、殺菌上有効な時間、口腔内をすすがせる工程を含む、口腔内の殺菌方法とすることができる。
【0043】
本発明により、pHを5.0〜7.0に調整することを特徴とする、ナイシンの殺菌力の向上方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】ナイシンAのストレプトコッカス・ミュータンスXcに対する殺菌活性。棒グラフはcfuを表し、折れ線グラフはpHを表す。
【図2】ナイシンAのストレプトコッカス・ミュータンスXcに対する殺菌活性における、pHの影響。●:ナイシン活性2IU/mL;○:ナイシン活性10IU/mL;▲:ナイシン活性50IU/mL;□:ナイシン活性100IU/mL。
【図3】ナイシンAとナイシンZのストレプトコッカス・ミュータンスXcに対する殺菌活性における、pHの影響。●:ナイシンA 50IU/mL;□:ナイシンZ 50IU/mL。
【図4】ナイシンAのスタフィロコッカス・オーレウスIFO13276に対する殺菌活性における、pHの影響。△:ナイシンA 0IU/mL、接触時間30秒;▲:ナイシンA 500IU/mL、接触時間30秒;■:ナイシンA 4,000IU/mL、接触時間30秒;○:ナイシンA 0IU/mL、接触時間60分;●:ナイシンA 500IU/mL、接触時間60分;□:ナイシンA 4,000IU/mL、接触時間60分。
【図5】ナイシンAのエッシェリヒア・コリNBRC3972に対する殺菌活性における、pHの影響。△:ナイシンA 0IU/mL、接触時間30秒;▲:ナイシンA 5,000IU/mL、接触時間30秒;■:ナイシンA 20,000IU/mL、接触時間30秒;○:ナイシンA 0IU/mL、接触時間60分;●:ナイシンA 5,000IU/mL、接触時間60分;□:ナイシンA 20,000IU/mL、接触時間60分。
【図6】ナイシンAのスタフィロコッカス・オーレウスATCC31885に対する殺菌活性における、ナイシン濃度の影響。□:接触pH未調整、接触時間30秒;▲:接触pH未調整、接触時間60分;●:接触pH5.0、接触時間30秒;■:接触pH5.0、接触時間60分。
【図7】ナイシンAのエッシェリヒア・コリNBRC3972に対する殺菌活性における、ナイシン濃度の影響。■:接触pH未調整、接触時間30秒;□:接触pH未調整、接触時間15分;▲:接触pH5.0、接触時間30秒;●:接触pH5.0、接触時間15分。
【図8】ナイシンAとスタフィロコッカス・オーレウスの接触時間の検討。●:ナイシン活性0IU/mL、接触pH5.0;■:ナイシン活性1,000IU/mL、接触pH5.0;▲:ナイシン活性4,000IU/mL、接触pH5.0;○:ナイシン活性0IU/mL、接触pH未調整;□:ナイシン活性1,000IU/mL、接触pH未調整;△:ナイシン活性4,000IU/mL、接触pH未調整。
【図9】ナイシンAとエッシェリヒア・コリNBRC3972の接触時間の検討。●:ナイシン活性0IU/mL、接触pH5.0;■:ナイシン活性5,000IU/mL、接触pH5.0;▲:ナイシン活性20,000IU/mL、接触pH5.0;○:ナイシン活性0IU/mL、接触pH未調整;□:ナイシン活性5,000IU/mL、接触pH未調整;△:ナイシン活性20,000IU/mL、接触pH未調整。
【図10】ナイシンAを含有するマウスウォッシュのストレプトコッカス・ミュータンスXc、ストレプトコッカス・ミュータンスJCM5707およびストレプトコッカス・ソブリナスAHT−Kに対する殺菌活性。白抜きの棒グラフ:コントロール;斜線模様の棒グラフ:pH3.0に調整したマウスウォッシュによる処理;黒塗りの棒グラフ:pH5.0に調整したマウスウォッシュによる処理。SM−Xc:ストレプトコッカス・ミュータンスXc、SM−JCM:ストレプトコッカス・ミュータンスJCM5707;SB−AHT:ストレプトコッカス・ソブリナスAHT−K。
【図11】ナイシンAと標的細胞(プロピオニバクテリウム・アクネス)の反応におけるpHおよびナイシン活性の影響。○:ナイシン活性1,000IU/mL;□:ナイシン活性500IU/mL。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明は、微生物に対して殺菌活性を示す、ナイシンを含む微生物の殺菌用の組成物を提供する。ナイシンとは、バクテリオシンの一種であって、ランチオニンを含む34アミノ酸残基からなる低分子タンパク質である。本発明におけるナイシンとは、例えば、ナイシンAおよびナイシンZを含む。ナイシンは、乳酸菌を公知の方法により培養し、精製することによって得ることができる。例えば、乳酸菌をエムアールエス培地(MRS培地、Oxoid社製)で培養後、培養上清をアンバーライトXAD−16(シグマ社製)で処理してナイシンを吸着させる。アンバーライトを蒸留水および40%エタノールで洗浄後、0.1%のトリフルオロ酢酸を含む70%イソプロパノールでナイシンを溶出させ、溶出画分を陽イオン交換カラム(SP-Sepharose FF、GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)に供することによって、ナイシンの精製品を得ることができる。必要な場合、逆相クロマトグラフィーに供することによって、さらに精製度を高めてもよい(Biosci. Biotechnol. Biochem.,67(7),p1616−1619,2003を参照)。また、市販品、例えば、ナイサプリン(Nisaplin、商標、ダニスコ株式会社製)を購入してもよい。ナイサプリンは、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)由来のナイシンと塩化ナトリウムとの混合物であり、無脂肪乳または糖培地由来の成分を含む。必要な場合、上記精製方法により精製度を高めてもよい。
【0046】
組成物中のナイシン活性は、微生物に対する殺菌活性を示す限り限定されないが、例えば2〜50,000IU/mL、好ましくは10〜10,000IU/mL、より好ましくは50〜1,000IU/mLである。ナイシンの活性は、特開2002−369672に記載されている方法にしたがって、ナイシン(1μg=40IU、ICN Biomedical Inc製)を標準品として、HPLCのピーク面積の比較によって算出することができる。HPLCの条件を以下に示す:
HPLC: 日立EZ Chrom Elite HPLC L−2000;
カラム: Shodex Asahipak ODP−50 6E;
ガードカラム: Shodex Asahipak ODP−50G 6A;
カラム温度: 25℃;
溶離液: 0.05%TFAを含むアセトニトリル;
流速: 1.0 mL/min。
【0047】
本明細書においてナイシンの殺菌活性を表すときは、特に示した場合を除き、上記のMBC法またはMBC変法で算出した値である。また、ナイシンの量または活性は、最小阻止円濃度検定法によっても測定することができる。
【0048】
本発明における組成物には、ナイシン以外の成分を配合してもよい。例えば、界面活性剤(乳化剤、分散剤(再付着防止剤))、湿潤剤、着香剤、芳香剤、研磨剤、潤滑剤、キレート剤、溶剤、保湿剤、殺菌剤(抗菌剤)、安定化剤、洗浄用酵素、粘度調整剤、防腐剤、防黴剤、着色料、香料などを配合してもよい。
【0049】
界面活性剤としては、ノニオン系界面活性剤:例えば、ポリエトキシル化ソルビトールエステル、酸化エチレンと酸化プロピレンとのポリ縮合物(ポロキサマー)、プロピレングリコール縮合物、ポリエトキシル化水素添加ヒマシ油、ソルビタン脂肪族エステル;両性界面活性剤:例えば、長鎖イミダゾリン誘導体、長鎖アルキルベタイン、長鎖アルキルアミドアルキルベタイン;カチオン界面活性剤:例えば、N−ココイル−L−アルギン酸エチルのD,L−2−ピロリドン−5−カルボン酸塩、コカミドプロピルPGジモニウムクロライドホスフェート、ラウラミドプロピルPGジモニウムクロライドホスフェート;があげられる。
【0050】
界面活性剤を配合する場合、有効成分の殺菌効力を低下させないものがよい。また、医療または食品衛生上許容されるものが好ましく、例えば食品添加物として許可されている界面活性剤をあげることができる。具体的には、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリンエステル(ジグリセリンモノカプレート、ジグリセリンモノラウレート、ジグリセリンモノステアレート、ジグリセリンモノオレート、デカグリセリンモノラウレート、デカグリセリンモノステアレート、ヘキサグリセリン縮合リシノレート)、有機酸モノグリセライド(酢酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、ジアセチル酒石酸モノグリセライド、コハク酸モノグリセライド)、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、レシチン(レシチン、酵素分解レシチン)、ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステル、ショ糖ラウリン酸エステル、ショ糖ベヘニン酸エステル、ショ糖エルカ酸エステル、ショ糖混合脂肪酸(オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸)エステルなどである。
【0051】
界面活性剤の配合量は、当業者であれば適宜設定することができるが、例えば、本発明の組成物が液状または半固形状組成物である場合、1〜50重量%、好ましくは、1〜30重量%、より好ましくは、5〜25重量%である。
【0052】
キレート剤としては、EDTA、クエン酸、クエン酸水素二ナトリウムなどがあげられる。キレート剤の配合量は、当業者であれば適宜設定することができるが、例えば、本発明の組成物が液状または半固形状組成物である場合、0.1〜10重量%、好ましくは、0.1〜5重量%、より好ましくは、0.5〜2重量%で本発明の組成物に配合してもよい。
【0053】
湿潤剤としては、例えば、グリセリン、ソルビトール、プロピレングリコールまたはポリエチレングリコールがあげられる。湿潤剤の配合量は、当業者であれば適宜設定することができるが、例えば、本発明の組成物が液状または半固形状組成物である場合、0.5〜50重量%、好ましくは、1〜10重量%、より好ましくは、2〜5重量%で本発明の組成物に配合してもよい。
【0054】
研磨剤としては、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、ピロリン酸カルシウム、不溶性メタリン酸ナトリウム、アルミノケイ酸ナトリウム、アルミナ、水素化アルミナ、オルトリン酸亜鉛、プラスチック粒子、シリカがあげられる。研磨剤の配合量は、当業者であれば適宜設定することができるが、例えば、本発明の組成物が液状または半固形状組成物である場合、0.1〜70重量%、好ましくは、10〜50重量%、より好ましくは、20〜50重量%で本発明の組成物に配合してもよい。
【0055】
殺菌剤としては、カチオン抗微生物剤:第4級アンモニウム化合物、例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化ドデシルトリメチルアンモニウム、塩化ベンジルジメチルステアリルアンモニウム、臭化セチルトリメチルアンモニウム、塩ベンゼトニウム、塩化メチルベンゼトニウム;抗微生物剤:クロルヘキシジン、アレキシジン、クロルヘキシジン・二グルコン酸塩、クロルヘキシジン・酢酸塩、塩化セチルピリジニウム、ヘキセチジン・クエン酸塩、トリクロサン、サリチル酸フェニル、グラミジシン、チロスリシン、塩化セチルピリジニウム;抗真菌剤:ミコナゾール、トリコナゾール;などがあげられる。殺菌剤の配合量は、当業者であれば適宜設定することができるが、例えば、本発明の組成物が液状または半固形状組成物である場合、1〜15重量%、好ましくは、5〜15重量%、より好ましくは、5〜10重量%で本発明の組成物に配合してもよい。
【0056】
粘度調整剤としては、例えば、増粘剤:メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースがあげられる。粘度調整剤の配合量は、当業者であれば適宜設定することができるが、例えば、本発明の組成物が液状または半固形状組成物である場合、0.05〜5重量%、好ましくは、0.1〜2重量%、より好ましくは、0.5〜2重量%で本発明の組成物に配合してもよい。
【0057】
本発明の組成物は、微生物の殺菌が必要な、あらゆる用途に使用することができる。例えば、家庭用・業務用の厨房、調理器具、食品加工工場、食品素材製造工場、家屋、ホテル、レストランなどの室内、家具備品、床などに存在する微生物の殺菌に使用できる。
【0058】
別の例として、医療施設、例えば、病室、医療機器などの殺菌に使用できる。具体的には、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、カルバペネム耐性緑膿菌、カルバペネム耐性セラチア、第三世代セファロスポリン耐性大腸菌、第三世代セファロスポリン耐性肺炎桿菌、多剤耐性アシネトバクター、クロストリジウム・ディフィシルなどの抗生物質耐性菌の殺菌に使用することができる。
【0059】
本発明の組成物は、皮膚の殺菌用に使用することができる。当該用途に用いる組成物は、ナイシンに加えて、例えば、界面活性剤、乳化剤、油性成分、保湿剤、抗炎症剤、収斂剤、溶剤、エタノール、皮膚軟化剤、安定化剤、分散剤、酸化防止剤、キレート剤、色剤、香料、紫外線吸収剤、緩衝剤、保存料等を配合することができる。
【0060】
本発明の組成物をニキビの予防・治療用に使用する場合、種々の形態、例えば洗顔料、化粧水、乳液、美容液とすることができる。その一態様として、ニキビの予防・治療用の化粧水は、次のように調製することができる。精製水に精製ナイシン(1,000IU/mL)、グリセリン(3.0重量%)、1,3−ブチレングリコール(1.0重量%)を溶解する。さらにパラオキシ安息香酸メチル(0.05重量%)を溶解したエタノール(5.0重量%)を添加し、塩酸(0.1N)または水酸化ナトリウム(0.1N)で目的のpH、例えばpH5.5に調整する。塩酸または水酸化ナトリウムによるpH調整の代わりに、緩衝剤、例えばクエン酸およびクエン酸ナトリウムを化粧水が目的のpHとなるように予め精製水に添加してもよい。さらに別の態様としては、ナイシンを含有する酸性溶液と他の成分を含有するアルカリ性溶液を予め調製し、使用時に両者を混合することにより目的のpHを有する化粧水を調製してもよい。
【0061】
さらに、本発明の組成物は、口腔内微生物の殺菌用に使用することができる。当該用途に用いる組成物は、ナイシンに加えて、例えば、抗菌剤、酵素、抗炎症剤、フッ化物、研磨剤、湿潤剤、発泡剤、増結剤、香味剤(甘味剤、香料、フレーバー)、着色剤、保存料を配合することができる。その一態様として:精製ナイシンを滅菌精製水で希釈し、ナイシン活性を10,000IU/mLに調製した溶液に、ソルビトールまたはキシリトール(5重量%)およびローズマリーエキス(0.1重量%)を配合し、塩酸(0.1N)または水酸化ナトリウム(0.1N)でpH3〜5に調整する。
【0062】
本発明の組成物は、特定のpH範囲で、微生物に対する優れた殺菌活性を示す。特定のpH範囲としては、例えば、pH4.0〜10.5、好ましくはpH4.0〜7.0、より好ましくはpH5.0〜6.5である。このpH範囲において、本発明の組成物を微生物に接触させると、グラム陽性菌およびグラム陰性菌の両方を殺菌することができる。
【0063】
本発明の別の側面として、本発明の殺菌用組成物を、グラム陽性を殺菌するためにより適したpH範囲において、微生物と接触させることができる。グラム陽性菌を殺菌するためにより適したpH範囲とは、例えば、pH4.0〜10.5、好ましくはpH4.5〜8.0、より好ましくはpH5.0〜7.5である。このようなpH範囲で本発明の組成物と微生物を接触させれば、グラム陽性菌に対する殺菌活性をより高めることができる。
【0064】
本発明の別の側面として、本発明の殺菌用組成物を、グラム陰性菌を殺菌するためにより適したpH範囲において、微生物と接触させることができる。グラム陰性菌を殺菌するためにより適したpH範囲とは、例えば、pH4.0〜8.0、好ましくはpH4.5〜7.0、より好ましくはpH5.0〜6.5を含む。このようなpH範囲で本発明の組成物と微生物を接触させれば、グラム陰性菌に対する殺菌活性をより高めることができる。
【0065】
本発明において、pHの測定は、例えば、pHメーター(堀場製作所F−52、電極型式9611−10D、測定温度25℃)を用いて行うことができる。また、pH調整剤としては、例えば、酸性側のpH調整剤として、塩酸、リンゴ酸やクエン酸などの有機酸、アルカリ側のpH調整剤として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどを使用することができる。pH調整剤の濃度は、例えば、0.001〜1N、好ましくは0.01〜0.5N、さらに好ましくは0.1〜0.2Nとすることができる。
【0066】
上記グラム陽性菌としては、例えば、ストレプトコッカス属の微生物:ストレプトコッカス・ミュータンス、およびストレプトコッカス・ソブリナス、スタフィロコッカス属の微生物:スタフィロコッカス・オーレウス、そしてプロピオニバクテリウム属の微生物:プロピオニバクテリウム・アクネスがあげられる。この中で、ストレプトコッカス・ミュータンスおよびストレプトコッカス・ソブリナスは、う蝕原因菌として知られ、そしてスタフィロコッカス・オーレウスは、黄色ブドウ球菌として知られている。プロピオニバクテリウム・アクネスは、ヒトや動物の皮膚などに存在する菌であり、皮膚疾患、例えばニキビの起因菌として知られている。
【0067】
上記グラム陰性菌としては、例えば、エッシェリヒア属:エッシェリヒア・コリがあげられる。エッシェリヒア・コリは、様々な環境において広く存在する菌であり、その中には毒性の強いものも存在する。
【0068】
以上のことから、本発明の組成物は、微生物の殺菌が必要な、あらゆる対象に使用することができる。例えば、ヒトを含む動物の身体の一部(口腔、歯および歯周、皮膚、鼻腔、手指、顔、足等)、器具・機械(医療器具、調理器具、衛生器具、介護用品、ベビー用品、おもちゃ、食品製造機、医療機器、食卓、机、椅子、家具備品等)、場所(家庭用・業務用の厨房、食品加工工場、食品素材製造工場、家屋、ホテル、レストランなどの室内、医療施設、病室、床、作業台、等)を微生物学的に清浄にするために使用することができる。
【0069】
本発明の組成物は、微生物の殺菌方法において使用することができる。例えば、特定のpH範囲において、ナイシンと微生物を一定の割合で所定時間接触させることを含む、微生物の殺菌方法に使用できる。特定のpH範囲は、例えば、pH4.0〜10.5、好ましくはpH4.0〜7.0、より好ましくはpH5.0〜6.5とすることができる。個別の微生物に対するpH範囲は、上記に記載の通りである。ナイシンと微生物の接触は、例えば、ナイシン1IUあたり微生物10〜10,000cfu、好ましくは10〜5,000cfu、より好ましくは10〜1,000cfuの割合で接触させることができる。接触時間は、例えば、10〜180秒、好ましくは10〜60秒、より好ましくは20〜30秒とすることができる。
【0070】
別の側面において、本発明の組成物はまた、第1段階:グラム陽性菌の殺菌に適したpH範囲でナイシンと微生物を一定の割合で所定時間接触させた後、第2段階:グラム陰性菌の殺菌に適したpH範囲でナイシンと微生物を所定時間接触させることによる微生物の殺菌方法に使用することができる。
【0071】
前記第1段階において、ナイシンと微生物の割合は、例えば、ナイシン1IUあたりグラム陽性菌を10〜10,000cfu、好ましくは10〜5,000cfu、より好ましくは10〜1,000cfuで接触させることができる。pH範囲は、例えば、pH4.0〜10.5、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは5.0〜7.5とすることができる。接触時間は、例えば、10〜180秒、好ましくは10〜60秒、より好ましくは20〜30秒とすることができる。
【0072】
前記第2段階において、pH範囲は、例えば、pH4.0〜8.0、好ましくは4.5〜7.0、より好ましくは5.0〜6.5とすることができる。接触時間は、例えば、10〜180秒、好ましくは10〜60秒、より好ましくは20〜30秒とすることができる。
【0073】
このように、グラム陽性菌の殺菌に適した第1段階に係る方法、およびグラム陰性菌の殺菌に適した第2段階に係る方法を組み合わせることにより、微生物をさらに効率的に殺菌することができる。第1段階と第2段階の順序を入れ替えても、同様の効果を得ることができる。
【0074】
本発明の組成物は、あらかじめ殺菌に適した成分濃度およびpH範囲に調整しておくことができる。さらに、運搬保管等の取り扱いまたは保存安定性の観点から都合がよいと考えられる場合は、使用時に殺菌に適した成分濃度およびpH範囲に調整してもよい。後者の形態の例としては、キットがあげられる。当該キットは、各成分が独立して存在していてもよいし、混合状態で存在してもよいし、粉末、固体、液体など任意の形態にすることができる。例えば、保存上有効な形態で各成分を独立してまたは組み合わせて含む一または複数のプレミックス、溶剤等を含んでもよい。プレミックスとは、用途に則した各成分が特定の量または配合比であらかじめ調合されており、使用時に適切な溶媒で溶解、希釈、および/または混合して用いるための組成物を意味する。
【0075】
本発明の別の側面は、pHが2.0〜5.0、より好ましくはpHが3.0〜4.0である組成物が提供される。ナイシンは酸性pHにおいて安定かつ溶解度が高いことが知られている。このため、未使用時にはこのpH範囲で保存し、使用直前に微生物の殺菌に適したpHに調整することがナイシンの保存安定性の観点から好ましいといえる。したがって、pH2.0〜5.0に調整された組成物は、微生物の殺菌用組成物のプレミックスとして使用することができる。別の態様として、ナイシンを高濃度で含む組成物をプレミックスとし、使用時にこれを希釈した場合、殺菌に適したpHに調整された希釈液が得られるようにすることも可能である。このよう使用態様は、利用の簡便性の観点から、実用的な使用において好ましい。
【0076】
以下の実施例において、本発明の具体例を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0077】
[実施例1] ナイシンAによる殺菌活性の検討
(1−1)試験液の調製
精製ナイシンA(オーム乳業株式会社製)を滅菌精製水で溶解してナイシン水溶液(2,000IU/mL)を調製し、該水溶液のpHを0.1N塩酸でpH3.4に調整した。該水溶液を滅菌精製水で2倍ずつ5段階希釈し、以下の表に示すナイシン活性を有する試験液を調製した。併せて、該希釈液のpHを測定した(表1)。
【0078】
【表1】

【0079】
(1−2)殺菌活性試験
う蝕原因菌ストレプトコッカス・ミュータンスXcをSCDブイヨン培地(日水製薬株式会社製)中、37℃で24時間培養した。培養液を滅菌精製水で希釈し、菌数を調整した(10〜10cfu/mL)。該希釈した培養液(100μL)を、上記各試験液1〜6(5mL)に添加した。室温で30秒間接触させた後、該液(100μL)をSCDブイヨン培地(5mL)に添加・混合し、直ちに該混合液(100μL)をSCD寒天培地(日水製薬株式会社製)上にプレーティングして、37℃で培養した。48時間培養後の生菌数を計測し(図1)、以下の式に基づいて殺菌率(%)を算出した。
【0080】
殺菌率(%)=[1−(試験液中での生残菌数/供試菌数)]×100
(1−3)結果
ストレプトコッカス・ミュータンスXcに対する各試験液の殺菌率は、試験液3(ナイシン活性500IU/mL、pH4.7)で99.6%であった(図1)。試験液3よりナイシン活性が高い試験液1(ナイシン活性2,000IU/mL、pH3.4)および試験液2(ナイシン活性1,000IU/mL、pH3.8)の殺菌率は、それぞれ20%および43%であった。一方、試験液3よりナイシン活性が低い試験液4(250IU/mL、≧pH6.9)、試験液5(125IU/mL、≧pH6.9)および試験液6(63IU/mL、≧pH6.9)は、殺菌活性をほとんど示さなかった。
【0081】
この結果から、ナイシンAの殺菌活性はpHの影響を受けることが示された。このことは、ナイシンの殺菌活性は、pHによって調節、例えば増強、できることを示唆する。
[実施例2] ナイシンの殺菌活性におけるpHの影響
(2−1)試験液の調製
精製ナイシンA(オーム乳業株式会社製)を滅菌精製水で溶解してナイシンA水溶液(活性4,000IU/mL)を調製し、該水溶液のpHを塩酸(0.1N)でpH3.5に調整した。該水溶液を滅菌精製水で希釈してナイシン活性を調整し(100、50、10、2IU/mL)、塩酸(0.1N)または水酸化ナトリウム(0.1N)で各希釈液のpHを調整し(pH3.5、4.0、4.5、5.0、5.5、6.0、6.5、7.0)、これを試験液とした。
【0082】
(2−2)殺菌活性試験
上記実施例1(1−2)で示した方法にしたがって試験を行った(図2)。
(2−3)結果
ストレプトコッカス・ミュータンスXcに対するナイシンの活性のpH依存性は、ナイシンAを50IU/mL含む試験液で最も顕著であった。また、殺菌活性はpH5.0で最大を示した。さらに、ナイシン活性が50IU/mL以上であれば、pH4.5〜7.0の範囲において十分な殺菌活性を発揮することが示された。
【0083】
[実施例3] ナイシンAまたはナイシンZの殺菌活性におけるpHの影響
(3−1)試験液の調製
上記実施例2(2−1)にしたがって、ナイシンAおよびナイシンZ(Shanghai Nicechem社製)、の水溶液(4,000IU/mL、pH3.5)を調製した。該水溶液を滅菌精製水で希釈してナイシン活性を調整(50IU/mL)し、塩酸(0.1N)または水酸化ナトリウム(0.1N)で希釈液のpHを調整し(pH3.5、4.0、4.5、5.0、5.5、6.0、6.5、7.0)、これを試験液とした。
【0084】
(3−2)殺菌活性試験
上記実施例1(1−2)で示した方法にしたがって試験を行った。
(3−3)結果
結果を図3に示す。ストレプトコッカス・ミュータンスXcに対するナイシンAの殺菌活性は、pH5.0付近で最大になることが示唆された。一方、ナイシンZの殺菌活性は、pH5.5付近で最大になることが示された。これらの結果から、ナイシンAとナイシンZは、共に至適pHでストレプトコッカス・ミュータンスXcに対する高い殺菌活性を有することが示された。
【0085】
[実施例4] ナイシンのグラム陽性微生物に対する殺菌活性におけるpHの影響
(4−1)試験液の調製
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pHが2.8〜10.5に調整された、ナイシン水溶液(ナイシン活性0、500、4,000IU/mL)を調製した。前記pHの調整は、塩酸(0.1N)または水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0086】
(4−2)殺菌活性試験
スタフィロコッカス・オーレウスIFO13276をSCDブイヨン培地(日水製薬株式会社製)中、37℃で24時間培養した。培養液を滅菌精製水で希釈し、菌数を調整した(10cfu/mL)。該希釈した培養液(100μL)を、上記試験液(10mL)に添加した。室温で30秒または60分間接触させた後、該液(100μL)を、不活性化剤としてポリソルベート80を含むSCDLP培地(10mL)に添加・混合し、該混合液の希釈系列を作成し、これをSCD寒天培地(日水製薬株式会社製)と混釈し、37℃で培養した。48時間培養後の生菌数を計測し、以下の式に基づいて殺菌率(%)を算出した。
【0087】
殺菌率(%)=[1−(試験液中での生残菌数/供試菌数)]×100
(4−3)結果
ナイシンAは、黄色ブドウ球菌スタフィロコッカス・オーレウスに対しても殺菌活性を示した(図4)。試験液は、少なくとも60分の接触時間で十分な殺菌効果を示した。更に、60分の接触時間において、ナイシン活性500IU/mLの試験液ではpH5.5以上、ナイシン活性4,000IU/mLの試験液ではpH5.0以上、のpHで高い殺菌活性を示した。このpHより低いpHでは、殺菌活性は著しく低下した。一方、接触時間30秒において、ナイシン活性4,000IU/mLの試験液は、pH7.5付近で最大の殺菌活性を示し、pH6.0〜10.5で抗菌活性が認められた。このpH範囲を外れると、殺菌活性は著しく低下した。
【0088】
上記の結果から、ナイシンが安定である酸性領域よりpHを高くすることにより、ナイシンの殺菌活性を向上できることが明らかになった。
[実施例5] ナイシンのグラム陽性微生物に対する殺菌活性におけるpHの影響
(5−1)試験液の調製
試験液の調製は、上記実施例4(4−1)に記載の方法に従った。
【0089】
(5−2)殺菌活性試験
試験菌として、エッシェリヒア・コリNBRC3972を使用した以外は、上記実施例4(4−2)で示した方法にしたがって試験を行った。
【0090】
(5−3)結果
ナイシンAは、グラム陰性菌であるエッシェリヒア・コリに対しても殺菌効果を示した(図5)。pH5.1〜6.6の範囲を外れると、殺菌活性は急激に低下した。一方、ナイシンが安定である酸性領域の試験液では、殺菌活性はほとんど確認できなかった。
【0091】
ナイシンはグラム陰性菌に対しては作用しないという従来の知見を鑑みれば、この効果は全くの予想外であった。
[実施例6] ナイシンのグラム陽性微生物に対する殺菌活性におけるナイシン活性の影響
(6−1)試験液の調製
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整またはpH5.0に調整されたナイシン水溶液(ナイシン活性:0、10、50、100、250、500、750、1,000、1,500、2,000、4,000、5,000IU/mL)を調製し、これを試験液とした。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0092】
(6−2)殺菌活性試験
試験菌として、スタフィロコッカス・オーレウスATCC31885を使用した以外は、上記実施例4(4−2)で示した方法にしたがって試験を行った。
【0093】
(6−3)結果
殺菌活性は、スタフィロコッカス・オーレウスATCC31885とナイシンの接触pHを5.0に調整した場合にのみ認められた(図6)。少なくとも、ナイシン2,000IU/mL以上、接触時間60分の条件において、90%以上の殺菌率を達成できた。一方、ナイシン(2,000IU/mL以上)が存在していても、pH未調整(pH2.8〜3.1)の試験液では、殺菌活性をほとんど確認できなかった。
【0094】
[実施例7] ナイシンのグラム陰性微生物に対する殺菌活性におけるナイシン活性の影響
(7−1)試験液の調製
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整またはpH5.0に調整されたナイシン水溶液(ナイシン活性:0、500、2,500、5,000、10,000、20,000、40,000IU/mL)を調製し、これを試験液とした。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0095】
(7−2)殺菌活性試験
試験菌として、エッシェリヒア・コリNBRC3972を使用し、接触時間を30秒または15分とした以外は、上記実施例4(4−2)で示した方法にしたがって試験を行った。
【0096】
(7−3)結果
殺菌活性は、エッシェリヒア・コリNBRC3972とナイシンの接触時のpHを5.0に調整した場合にのみ認められた(図7)。少なくとも、ナイシン活性10,000IU/mL以上、接触時間30秒以上の条件で90%以上の殺菌率が達成された。一方、ナイシン(10,000IU/mL以上)が存在していても、pH未調整(pH2.6〜2.8)の試験液では、殺菌活性をほとんど確認できなかった。
【0097】
[実施例8] ナイシンとグラム陽性微生物の接触時間の検討
(8−1)試験液の調製
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整(pH2.6〜3.0)またはpH5.0に調整されたナイシン水溶液(ナイシン活性0、1,000、4,000IU/mL)を調製し、これを試験液とした。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0098】
(8−2)殺菌活性試験
試験菌として、スタフィロコッカス・オーレウスATCC31885を使用し、接触時間を0.5、1、2、5、10、15、30、60分とした以外は、上記実施例4(4−2)で示した方法にしたがって試験を行った。
【0099】
(8−3)結果
殺菌活性は、スタフィロコッカス・オーレウスとナイシンとの接触時のpHを5.0に調整した場合にのみ認められた(図8)。少なくとも、ナイシン活性4,000IU/mL以上、接触時間30分以上の条件で、90%以上の殺菌率が達成された。
【0100】
[実施例9] ナイシンとグラム陰性微生物の接触時間の検討
(9−1)試験液の調製
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整(pH3.0〜3.2)またはpH5.0に調整されたナイシン水溶液(ナイシン活性:0、5,000、20,000IU/mL)を調製し、これを試験液とした。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0101】
(9−2)殺菌活性試験
試験菌として、エッシェリヒア・コリNBRC3972を使用し、接触時間を0.5、1、5、10、15、30、60分とした以外は、上記実施例4(4−2)で示した方法にしたがって試験を行った。
【0102】
(9−3)結果
殺菌活性は、エッシェリヒア・コリとナイシンとの接触pHを5.0に調整した場合にのみ認められた(図9)。少なくとも、ナイシン活性5,000IU/mL以上、接触時間0.5分以上の条件で、90%以上の殺菌率が達成された。
【0103】
[実施例10] ナイシン含有マウスウォッシュ
(10−1)ナイシン含有マウスウォッシュの調製
精製ナイシン(オーム乳業株式会社製)を滅菌精製水で溶解してナイシン水溶液を調製(10,000IU/mL)した。該ナイシン水溶液にソルビトール(5重量%、花王株式会社製)およびローズマリーエキス(0.1重量%、香栄工業株式会社製)を配合し、塩酸(0.1N)でpHを3.5に調整し、マウスウォッシュの原液を調製した。
【0104】
上記原液を滅菌精製水で希釈してナイシン活性を調整(500IU/mL)し、塩酸(0.1N)または水酸化ナトリウム(0.1N)でpHを3.0または5.0に調整した。前記pH3.0に調整された組成物を対照のマウスウォッシュ、そして、前記pH5.0に調整された組成物を本発明のマウスウォッシュとして、以下の試験に供した。
【0105】
(10−2)殺菌活性試験
試験菌として3種類のう蝕原因菌:ストレプトコッカス・ミュータンスXc、ストレプトコッカス・ミュータンスJCM5707およびストレプトコッカス・ソブリナスAHT−Kを使用した以外は、上記実施例1(1−2)で示した方法にしたがって試験を行った(図10)。
【0106】
(10−3)結果
ストレプトコッカス・ミュータンスXc、ストレプトコッカス・ミュータンスJCM5707およびストレプトコッカス・ソブリナスAHT−Kに対する殺菌率は、pH3.0の対照のマウスウォッシュによる処理では、それぞれ29%、63%、24%であった。一方、pH5.0の本発明のマウスウォッシュによる処理では、それぞれ100%、99.8%、98.9%と極めて優れた殺菌効果が示された。
【0107】
今回の結果から、本発明の組成物は、う蝕予防用のマウスウォッシュに適していることが明らかになった。
[実施例11]ナイシンと標的細胞の反応におけるpHおよびナイシン活性の影響
(11−1)供試菌液およびナイシン溶液の調製
供試菌液を以下の手順で調製した。プロピオニバクテリウム・アクネスATCC6919を、強化クロストリジア培地(OXOID社製)で前培養し、当該培養液(10μL)を強化クロストリジア培地(10mL)に接種し、37℃で4日間、嫌気的環境下で旋回培養(160rpm)を行った。嫌気的環境は、アネロパック(三菱ガス化学株式会社製)を使用することによって調整した。この培養液を供試菌液として以下の抗菌活性試験に使用した。
【0108】
ナイシン溶液を以下の手順で調製した。ナイシンA(オーム乳業株式会社製)を、pH3.0〜8.0に調整したMcIlvaine緩衝液に溶解し、菌体接触時のナイシン活性が1,000、または500(IU/mL)になるよう調製した。
【0109】
(11−2)抗菌活性試験
ナイシン溶液(450μL)に供試菌液(50μL)を添加することにより、ナイシンと供試菌を室温(25℃)で接触させた。当該液を試験液とした。一方、ナイシンを含まない溶液(450μL)に供試菌液(50μL)を添加したものを対照試験液とした。3分後、試験液および対照試験液の菌体外に存在するATPの量を、ATPとルシフェリンの反応に由来する相対発光量(RLU)として測定した。試験液および対照試験液を測定に用いる緩衝液で100倍に希釈し、測定に使用した。ATP測定用試薬キット(ルシフェール250、キッコーマン株式会社製)、およびルミテスターC−100(キッコーマン株式会社製)を用い、製品に添付の使用説明書の記載にしたがって、相対発光量を測定した。試験液の相対発光量から対照試験液の相対発光量を差し引いた値を、微生物の菌体内から菌体外へ流出したATPの量とした(図11)。
【0110】
(11−3)結果
ナイシンは微生物の細胞膜(リピッドII)を標的として作用し、細胞膜に孔を形成し、殺菌的に作用する。ナイシンが形成する孔は、イオンのみならずATPも流出させる。標的細胞からのATP流出量(菌体外ATP濃度)をナイシンによる殺菌活性の指標として、ナイシンの殺菌活性におけるpHおよびナイシン活性(ナイシン作用濃度)の影響を評価した。
【0111】
アクネ菌(プロピオニバクテリウム・アクネス)からのATP流出量は、ナイシンが安定な酸性域(pH3.0〜4.0付近)および弱アルカリ域(pH8.0付近)に比べ、pH5.0〜6.0で著しく増加しpH6.0付近で最大値を示した。この結果からナイシンと標的細胞との反応(細胞膜の孔形成)がナイシン作用時のpHに著しく影響され、アクネ菌に対してはpH5.0〜6.0で作用させることが効果的であることが明らかとなった。またATP流出量は、ナイシン活性(ナイシン作用濃度)依存的に増加するが、増加の程度はpH5.0〜6.0で顕著に高くなった。
【0112】
この結果から本発明の組成物は、ニキビ起因菌であるアクネ菌に対しても効果的に作用するため、ニキビ予防及び治療用としても有効であることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナイシンを2〜50,000IU/mLで含む、pH4.0〜10.5に調整されている、グラム陰性またはグラム陽性である微生物の少なくとも一種の殺菌用の組成物、またはその調製のためのキット。
【請求項2】
ナイシンが、ナイシンAまたはナイシンZである、請求項1に記載の組成物、またはキット。
【請求項3】
ナイシンが、ナイシンAであり、pHが5.0〜6.5に調整されている、グラム陽性である微生物の少なくとも一種の殺菌用であり、かつグラム陰性である微生物の少なくとも一種の殺菌用である、請求項2に記載の組成物、またはキット。
【請求項4】
グラム陽性菌が、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ストレプトコッカス・ソブリナス(Streptococcus sobrinus)、スタフィロコッカス・オーレウス(Staphylococcus aureus)、スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)、またはラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)、またはプロピオニバクテリウム・アクネス(propionibacterium acnes)から選択され、グラム陰性菌が、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)から選択される、請求項3に記載の組成物、またはキット。
【請求項5】
さらに界面活性剤を含む、請求項1に記載の組成物、またはキット。
【請求項6】
pHを5.0〜7.0に調整することを特徴とする、ナイシンの殺菌力の向上方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−1352(P2011−1352A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−114250(P2010−114250)
【出願日】平成22年5月18日(2010.5.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本農芸化学会発行、日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会講演要旨集、平成21年3月5日発行 平成21年3月29日開催、社団法人 日本農芸化学会主催、平成21年度日本農芸化学会大会[福岡]において発表
【出願人】(593085808)ADEKAクリーンエイド株式会社 (25)
【出願人】(509140559)
【出願人】(502347906)
【出願人】(509140560)
【Fターム(参考)】