説明

ナシ属植物の倍数体の作出方法、およびナシ属植物の倍数体

【課題】ナシ属植物の倍数体を人為的に得ることができる、ナシ属植物の倍数体の作出方法、およびナシ属植物の倍数体を提供する。
【解決手段】ナシ属植物の芽条を減圧下において倍数体誘発剤で処理する減圧倍数化工程を有する、ナシ属植物の倍数体の作出方法とした。このとき、減圧倍数化工程が、ナシ属植物の芽条を倍数体誘発剤を含む倍数体誘発溶液に浸漬させた状態で、周囲の雰囲気を減圧する減圧処理工程と、減圧処理工程で得られた芽条を倍数体誘発溶液に浸漬させた状態のままで、減圧下にある周囲の雰囲気を徐々に常圧に戻す常圧復帰工程と、常圧復帰工程で得られた芽条を常圧雰囲気下で倍数体誘発溶液に所定時間浸漬させておく常圧浸漬工程とを備えることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナシ属植物の倍数体を人為的に作出する方法、および人為的に作出されたナシ属植物の倍数体に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の染色体を倍加して得られる倍数体植物は、生産性や形質を改良する上で有用であり、種々の作物において利用、実用化されている。このような倍数体植物を人為的に作出する方法として、芽条(茎頂)、脇芽、根端部等を倍数体誘発剤で処理する方法が知られている。このような倍数化処理に用いられる倍数体誘発剤としては、コルヒチン、コルセミド、ピンプラスチン、ポドフィロトキシン、笑気ガス、クマリン等がある。
【0003】
ここで、特許文献1には、ユーカリ属であるシトリオドーラ(レモンユーカリ)のシュート(芽条)をコルヒチン処理して倍数体を得る方法が記載されている。また、特許文献2には、薬用ニンジンの不定胚集塊をコルヒチン溶液に浸漬して4倍体を誘導する方法が記載されている。
【0004】
一方、非特許文献1には、本来2倍体であるニホンナシに関し、新潟県月潟村で発見された新興の枝変わりの2系統(友坂系、時田系)が、2倍体細胞と4倍体細胞とが混在したキメラの倍数体である可能性が高い旨、報告されている。
ここで、植物の成長点(頂端分裂組織)は一般的に3層からなり、これらの組織起源層は外側から第1層(L−I)、第2層(L−II)、第3層(L−III)と呼ばれており、キメラの倍数体とはひとつの分裂組織の中に2つ以上の異なる倍数体の細胞が共存している状態を指している。また、キメラの種類は、周縁キメラ、区分キメラ及び周縁区分キメラの3つに分類されている。
【0005】
【特許文献1】特開2001−320994号公報(段落0020、0021)
【特許文献2】特開平6−153731号公報(段落0006)
【非特許文献1】ニホンナシ枝変わり系統の倍数性判別 園学雑72別2,’03[ポ156 遺伝・育種]
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、ナシ属植物においては、上記非特許文献1にあるような突然変異による倍数体の報告例は存在するものの、人為的に倍数体を得ることができなかった。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するものであり、ナシ属植物の倍数体を人為的に得ることができる、ナシ属植物の倍数体の作出方法、およびナシ属植物の倍数体を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明のナシ属植物の倍数体の作出方法は、ナシ属植物の芽条(成長点組織を含んでいる)を減圧下において倍数体誘発剤で処理する減圧倍数化工程を有する、ナシ属植物の倍数体の作出方法とした。
【0009】
本件発明者は、従来の方法では、ナシ属植物について人為的に倍数体を得ることができなかったことに関し、コルヒチン等の倍数体誘発剤がナシ属植物の組織に十分作用していないのではないかと考え、試行錯誤の結果、減圧下において倍数体誘発剤を作用させるという技術的思想に到達し、本発明に至ったのである。
この作出方法によって、人為的にナシ属植物の倍数体を得ることができる。即ち、減圧下において倍数体誘発剤を作用させることによって、植物組織(成長点組織)の間隙に存在する空気が排出され、ここに倍数体誘発剤を浸透させることができ、その結果、倍数体誘発剤を植物組織に有効に作用させることができるのである。
倍数体誘発剤としては、種々のものを用いることが可能であるが、コルヒチンを用いることが好ましい。
【0010】
このとき、減圧倍数化工程が、ナシ属植物の芽条を倍数体誘発剤を含む倍数体誘発溶液に浸漬させた状態で、周囲の雰囲気を減圧する減圧処理工程と、減圧処理工程で得られた芽条を倍数体誘発溶液に浸漬させた状態のままで、減圧下にある周囲の雰囲気を徐々に常圧に戻す常圧復帰工程と、を備える、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることができる。
ここで、周囲の雰囲気を減圧するとは、芽条が浸漬している倍数体誘発溶液の周囲の雰囲気を減圧することを示す。例えば、芽条と倍数体誘発溶液が入った容器(栓等がされておらず容器内側と外側が連通している)を減圧装置の内部に投入して、減圧装置の内部を減圧することで、芽条が浸漬している倍数体誘発溶液の周囲の雰囲気を減圧することができる。
このように周囲の雰囲気を減圧することで、ナシ属植物の植物組織間隙に存在する空気が排出されるのである。
【0011】
この作出方法によれば、ナシ属植物の芽条を倍数体誘発剤を含む倍数体誘発溶液に浸漬させた状態で周囲の雰囲気を減圧する減圧処理工程を備えることで、植物組織間隙に存在する空気が排出され、ここに倍数体誘発剤を浸透させることができる。
また、減圧下にある、倍数体誘発溶液の周囲の雰囲気を徐々に常圧に戻す常圧復帰工程を備えることで、倍数体誘発剤が植物組織間隙の全体にムラなく浸透しやすくなるとともに、植物組織に与えるダメージを少なくできるため、より多くの倍数体を得ることができる。
【0012】
ここで、減圧処理工程では、周囲の雰囲気が50kPa以下に減圧され、常圧復帰工程では、減圧下にある周囲の雰囲気が5分以上の時間をかけて徐々に常圧に戻される、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることが好ましい。
ここで、減圧処理工程における周囲の雰囲気は、より好ましくは30kPa以下の圧力、最も好ましくは10kPa以下の圧力である。
また、常圧復帰工程において減圧下にある周囲の雰囲気を常圧に戻す時間は、より好ましくは10分以上、最も好ましくは15分以上である。周囲の雰囲気を常圧に戻す際には、単位時間あたりの回復圧力がほぼ等しくなるように直線的に常圧に戻すことが好ましい。
【0013】
このとき、減圧倍数化工程が、常圧復帰工程の後、常圧復帰工程で得られた芽条を常圧雰囲気下で倍数体誘発溶液に所定時間浸漬させておく常圧浸漬工程を備える、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることが好ましい。
【0014】
この作出方法によれば、一定期間、倍数体誘発剤を植物組織に作用させることができ、より一層、倍数体を得ることが容易になる。
ここで、「浸漬させておく」とは、静置状態で浸漬させておくだけでなく、例えば、倍数体誘発溶液に浸漬させた芽条を水平ロータリーシェイカー等で撹拌することも含む概念である。
浸漬させておく時間は、頂端分裂組織における始源細胞群のほぼ全てが細胞分裂の中期を迎えるまでの時間が好ましく、ナシ属植物の種類にもよるが、30〜100時間とすることが好ましい。浸漬させておく時間は、より好ましくは40〜85時間であり、最も好ましくは48〜72時間である。
【0015】
またこのとき、倍数体誘発溶液が、界面活性剤を含むものである、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることも好ましい。
【0016】
この作出方法によれば、倍数体誘発剤を植物組織により有効に作用させることができる。その作用メカニズムは十分に解明されていないが、植物組織間隙に倍数体誘発剤をより浸透させることができるとともに、倍数体誘発剤が細胞壁や細胞膜を透過しやすくなるためであると推察される。
【0017】
また、減圧倍数化工程の後に、倍数体誘発剤で処理された芽条を洗浄して、芽条に付着した倍数体誘発剤を除去する芽条洗浄工程と、芽条洗浄工程で得られた芽条のうち、倍数体に変異したものを選別する倍数体選別工程と、を有する、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることもできる。
【0018】
このとき、倍数体選別工程が、芽条洗浄工程で得られた芽条の先端部を切り出して培養する倍数体培養工程と、倍数体培養工程で得られた芽条の先端部から先端葉を採取して倍数体細胞の組織占有率を評価し、倍数体細胞の組織占有率が所定割合以上の芽条のみを選抜する選抜工程と、を備え、倍数体培養工程と選抜工程の後、選抜工程で選抜された芽条を芽条洗浄工程で得られた芽条の代わりに用いて、倍数体培養工程と選抜工程とからなる一連の工程を、複数回繰り返して行う工程である、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることが好ましい。ここで、倍数体選別工程が、倍数体培養工程と選抜工程とからなる一連の工程を、5回以上行う工程である、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることが好ましい。
【0019】
この作出方法によれば、倍数体として安定した、ナシ属植物の倍数体を選別することができるようになる。
【0020】
このとき、複数回行われる各選抜工程のうち最後の選抜工程で、倍数体細胞の組織占有率が50%以上であり、かつ直近の3回の選抜工程(最後の選抜工程を含む)で倍数体細胞の組織占有率が安定していた芽条のみを選抜して、周縁キメラの倍数体又は完全な倍数体を得る、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることが好ましい。ここで、直近の3回の選抜工程で倍数体細胞の組織占有率が、最後の選抜工程における倍数体細胞の組織占有率に対して±10%の範囲で安定していた芽条のみを選抜することが好ましい。
【0021】
この作出方法によれば、2倍体細胞と4倍体細胞とが混在したキメラの倍数体(Chimerae 4X)のナシ属植物のうちでも先祖返りしにくい周縁キメラのものと、完全な倍数体(Solid 4X)のナシ属植物とを選抜することができる。ここで、「完全な倍数体」とは、第1層(L−I)、第2層(L−II)、第3層(L−III)の全てが倍数体(4倍体)の細胞である状態を指している。
また、キメラの倍数体のうち、区分キメラと周縁区分キメラのものは、先祖返りしやすいが、倍数体培養工程と選抜工程を繰り返すうちに倍数体細胞の組織占有率が大きく低下するため、上記作出方法で排除することができる。
【0022】
このとき、複数回行われる各選抜工程のうち最後の選抜工程で、倍数体細胞の組織占有率が100%の芽条のみを選抜して、完全な倍数体を得る、ナシ属植物の倍数体の作出方法とすることが好ましい。
【0023】
この作出方法によれば、完全な倍数体のナシ属植物(ナシ属植物の完全な倍数体)を選抜することができる。完全な倍数体のナシ属植物は、2倍体細胞と4倍体細胞とが混在したキメラの倍数体のものと比較して、より大きな実が得られるとともに、先祖返りする可能性が殆どないものであり、著しく有用性が高い。
【0024】
また、このナシ属植物の倍数体の作出方法で得られうる、ナシ属植物の完全な倍数体も有用である。このナシ属植物の完全な倍数体は人為的に得られたものである。
【0025】
ここで、前述した非特許文献1には、ニホンナシに関し、新潟県月潟村で発見された新興の枝変わりの2系統(友坂系、時田系)が、2倍体細胞と4倍体細胞とが混在したキメラの倍数体である可能性が高い旨記載されているが、仮にそうであったとしても、これらは、4倍体細胞のみからなる完全な倍数体とは異なるものであり、本発明で得られる完全な倍数体(完全な4倍体)のナシ属植物は、今まで存在していなかったものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、ナシ属植物の倍数体を人為的に得ることができる、ナシ属植物の倍数体の作出方法、およびナシ属植物の倍数体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明のナシ属植物の倍数体の作出方法、およびナシ属植物の倍数体を詳細に例示説明する。本発明のナシ属植物の倍数体の作出方法は、ナシ属植物の芽条を減圧下において倍数体誘発剤で処理する減圧倍数化工程を有するものである。なお、図1には、本発明のナシ属植物の倍数体の作出方法のフローを例示してある。
【0028】
A[芽条の準備]
本発明に用いる芽条としては、種々のナシ属植物のものを用いることができる。例えば、ニホンナシ(Pyrus pyrifolia )、セイヨウナシ(Pyrus communis)、チュウゴクナシ(Pyrus ussuriensis)、マメナシ(Pyrus calleryana)、マンシュウマメナシ(Pyrus betulaefolia)等を用いることができる。ここで、ニホンナシ(Pyrus pyrifolia )としては、例えば、二十世紀、幸水、豊水、長十郎、王秋、大原紅、新甘泉、なつひめ等を用いることができる。セイヨウナシ(Pyrus communis)としては、例えば、シルバーベル, ラ・フランス, ル・レクチェ等を用いることができる。チュウゴクナシ(Pyrus ussuriensis)としては、例えば、 鴨梨、慈梨、紅梨等を用いることができる。これらのナシ属植物は、全て2倍体のものである。
【0029】
また、本発明では、ナシ属植物の芽を採取して無菌的に成長点培養して得られた芽条を用いることが好ましい。このとき、培養時には例えばオーキシン、サイトカイニン、及びジベレリンを添加した培地を用いて、頂芽優勢の組織増殖を誘導しておくことが好ましい。
【0030】
B[減圧倍数化工程]
次に、上記ナシ属植物の芽条を倍数化する減圧倍数化工程を説明する。この減圧倍数化工程は、ナシ属植物の芽条を減圧下において倍数体誘発剤で処理して倍数体(4倍体)を得る工程であり、以下に述べるように、例えば、減圧処理工程と常圧復帰工程と常圧浸漬工程とを備えたものとすることができる。
【0031】
1.減圧処理工程
減圧処理工程は、ナシ属植物の芽条を倍数体誘発剤を含む倍数体誘発溶液に浸漬させた状態で、周囲の雰囲気を減圧する工程である。以下、倍数体誘発剤、倍数体誘発溶液、および減圧処理する方法について例示説明する
【0032】
○倍数体誘発剤
減圧処理工程で用いられる倍数体誘発剤は特に制限されず、例えば、コルヒチン、コルセミド、ピンプラスチン、ポドフィロトキシン、笑気ガス、クマリンを用いることができる。なかでも、コルヒチンが、微小管の重合を阻害する能力が高く、好ましい。
【0033】
○倍数体誘発溶液
倍数体誘発剤を含む倍数体誘発溶液としては、例えば、WPM(Loyd and McCown Prop. Int. Plant Prop. Soc.、30:421-427、1980)培地をベースに少量の倍数体誘発剤を配合したものを用いることができる。
倍数体誘発剤の濃度としては、ナシ属植物の種類にも依るが、0.1〜0.5%(W/V)とすることが好ましい。倍数体誘発剤の濃度が0.1%よりも高いと、倍数体がより得られやすくなる。また、倍数体誘発剤の濃度が0.5%よりも低いと、芽条に与えるダメージが少なくなり、やはり倍数体がより得られやすくなる。
【0034】
また、倍数体誘発溶液には、倍数体誘発剤に加えて界面活性剤を加えることが好ましい。これによって、より一層、倍数体が得られやすくなる。界面活性剤としては、例えば、Tween20(=Polyoxyethylene Sorbitan Monolaurate 東京化成工業株式会社)を用いることができる。界面活性剤は、0.01〜0.1%(V/V)配合することが好ましい。界面活性剤を0.01%より多く配合すると、倍数体がより得られやすくなる。また、0.1%より多く配合してもあまり効果に影響を与えない。界面活性剤は、0.02〜0.06%(V/V)配合することがより好ましい。
【0035】
○減圧処理する方法
上記倍数体誘発溶液とナシ属植物の芽条(成長点組織を含んでいる)を、例えば、培養フラスコに入れる。このとき、倍数体誘発溶液は、ナシ属植物の芽条が浸かる程度の量を、培養フラスコに入れる。培養フラスコの開口部には完全に栓をすることなく、例えば、ミリシールや綿栓などのフィルターを取り付けた栓をするなどして周囲の圧力変化に応じて培養フラスコ内の圧力も変化するようにしておく。
【0036】
次に、倍数体誘発溶液とナシ属植物の芽条が入った培養フラスコを、例えば、真空デシケータの内部に投入する。そして、真空デシケータの扉を閉じて、真空デシケータの内部を減圧雰囲気にする。これによって、芽条が浸漬している倍数体誘発溶液の周囲の雰囲気が減圧されることになる。
【0037】
ここで、真空デシケータの内部を圧力が50kPa以下の減圧雰囲気にすることが好ましい。真空デシケータの内部の雰囲気(周囲の雰囲気)が50kPa以下の圧力であると、植物組織間隙に存在する空気がより排出されやすくなり、倍数体誘発剤を植物組織により有効に作用させることができる。真空デシケータの内部の雰囲気は、より好ましくは30kPa以下の圧力、最も好ましくは10kPa以下の圧力である。内部の雰囲気の圧力下限値は特に制限されず、真空ポンプの能力に依り、通常、10-9Paが限界である。
また、常圧から減圧状態になるまでの時間は、特に制限されず、目標とする減圧雰囲気と真空ポンプの能力によるところが大きいが1〜10分であることが好ましく、2〜5分であることがより好ましい。
【0038】
目標とする減圧雰囲気に到達したら、所定時間、減圧雰囲気を維持する。減圧雰囲気を維持する時間(以下、減圧維持時間と称する)は、5分〜1時間であることが好ましい。減圧維持時間が5分以上であると、植物組織間隙に存在する空気をより排出させやすくなり、倍数体誘発剤を植物組織により有効に作用させることができる。一方、減圧維持時間が1時間以下であると、芽条に対するダメージを抑えることができる。減圧維持時間は、より好ましくは10〜30分であり、最も好ましくは15〜25分である。所定時間、減圧雰囲気を維持したら、真空デシケータの内部雰囲気を常圧に戻すことになる。このとき、以下に述べるような常圧復帰工程を経ることができる。
【0039】
2.常圧復帰工程
常圧復帰工程は、前述した減圧処理工程で得られた芽条を、倍数体誘発溶液に浸漬させた状態のままで、減圧下にある周囲の雰囲気を徐々に常圧に戻す工程である。以下、この常圧復帰工程を例示説明する。
【0040】
減圧下にある真空デシケータの内部に、例えば空気流入用のバルブを開いて、空気を徐々に流入させる。これによって、真空デシケータ内部の雰囲気(減圧下にある周囲の雰囲気)を徐々に常圧に戻すことができる。このとき、真空デシケータ内部の雰囲気(減圧下にある周囲の雰囲気)を、5分以上の時間をかけて徐々に常圧に戻すことが好ましい。具体的には、真空デシケータの内部容量と常圧に戻すための目標時間とから決定される単位時間あたりの空気流入量を算出し、この算出数値に空気流量計の値が対応するように、空気流入用のバルブを開くことができる。このようにすれば、真空デシケータ内部の雰囲気(減圧下にある周囲の雰囲気)を、単位時間あたりの回復圧力が等しくなるように直線的に常圧に戻すことができる。
【0041】
この常圧復帰工程の後、以下に述べるような常圧浸漬工程を経ることができる。
【0042】
3.常圧浸漬工程
常圧浸漬工程は、常圧復帰工程の後、この常圧復帰工程で得られた芽条を常圧雰囲気下で倍数体誘発溶液に所定時間浸漬させて、頂端分裂組織における始源細胞群のほぼ全てが細胞分裂の中期に至るまでの一定期間、倍数体誘発剤を細胞に作用させる工程である。以下、この常圧浸漬工程を例示説明する。
【0043】
常圧復帰工程の後、倍数体誘発溶液とナシ属植物の芽条が入った培養フラスコを真空デシケータから取り出す。そして、取り出された培養フラスコを、例えば、水平ロータリーシェイカーで撹拌しながらインキュベーションするのである。ここで、倍数体誘発溶液とナシ属植物の芽条が入った培養フラスコを真空デシケータから取り出さずに、真空デシケータの内部で単に放置してもよい。
【0044】
浸漬させておく時間は、ナシ属植物の種類にもよるが、30〜100時間とすることが好ましい。浸漬させておく時間が30時間より長いと、細胞分裂の中期を迎えた植物組織に倍数体誘発剤を十分作用させることができ、微小管重合を阻害しやすくなる。一方、浸漬させておく時間が100時間より短いと、植物組織に与えるダメージを少なくすることができる。浸漬させておく時間は、より好ましくは40〜85時間であり、最も好ましくは48〜72時間である。
【0045】
以上で減圧倍数化工程が終了する。この後、以下に述べるような芽条洗浄工程を経ることができる。
【0046】
C[芽条洗浄工程]
芽条洗浄工程は、減圧倍数化工程の後に、倍数体誘発剤で処理された芽条を洗浄して、芽条に付着した倍数体誘発剤を除去する工程である。以下、この芽条洗浄工程を例示説明する。
【0047】
倍数体誘発剤で処理された芽条を倍数体誘発溶液から取り出して、例えば滅菌水で洗浄する。細胞間隙に残存している倍数体誘発剤をできるだけ洗い流すため、芽条を液体培地に沈めて、例えば水平ロータリーシェイカーで数時間程度シェイキングしてもよい。
【0048】
この芽条洗浄工程の後、以下に述べるような倍数体選別工程を経ることができる。
【0049】
D[倍数体選別工程]
倍数体選別工程は、上記芽条洗浄工程の終了後、芽条洗浄工程で処理された芽条から、倍数体のものを選別する工程であり、完全な倍数体のものと周縁キメラの倍数体のものを選別するためには、例えば、以下に述べるように、倍数体培養工程と選抜工程からなる一連の工程を複数回繰り返して行う工程とすることができる。例えば、1次倍数体培養工程→1次選抜工程→2次倍数体培養工程→2次選抜工程→3次倍数体培養工程→3次選抜工程→4次倍数体培養工程→4次選抜工程…→N次倍数体培養工程→N次選抜工程といったようにである。倍数体培養工程と選抜工程からなる一連の工程は3〜10回行うことが好ましく、より好ましくは4〜8回、最も好ましくは5回である。
【0050】
1.倍数体培養工程
倍数体培養工程は、芽条洗浄工程又は選抜工程(後で詳説する)で得られた芽条の先端部を切り出して培養する工程である。
培養するための培地は特に限定されないが、WPM培地をベースに、植物ホルモン等を配合したものを使用することができる。
【0051】
また、複数回行われる、倍数体培養工程と選抜工程からなる一連の工程のうち、芽条洗浄工程の後、最初に行う倍数体培養工程では、減圧雰囲気下における倍数化処理でダメージ(ストレス)を受けた植物組織を回復させるために、何度か継代培養を行うことが好ましい。ここで用いる培地は、頂芽優勢の組織増殖を誘導させるために、例えば、オーキシン(IBA)に対するサイトカイニン(BAP)の濃度比率を低下させ、ジベレリン(GA)を添加したものとすることが好ましい。
【0052】
また、複数回行われる、倍数体培養工程と選抜工程からなる一連の工程のうち、最後に行う倍数体培養工程では、腋芽の増殖を誘導するため、オーキシン(IBA)に対するサイトカイニン(BAP)の濃度比率を高めることが好ましい。そして、芽条が4〜8本程度になるまでこの培養を繰り返すことが好ましい。
【0053】
2.選抜工程
選抜工程は、上記倍数体培養工程で得られた芽条の先端部から先端葉を採取して倍数体細胞の組織占有率を評価し、倍数体細胞の組織占有率が所定割合以上の芽条のみを選抜する工程である。
【0054】
具体的には、フローサイトメータを用いて倍数性を評価し、この評価結果において、倍数体細胞(4倍体細胞)の組織占有率が高い芽条を選抜することができる。例えば、倍数体細胞の組織占有率が50%以上の芽条を選抜することができる。また、倍数体培養工程と選抜工程からなる一連の工程を複数回繰り返して行う場合の各選抜工程において、倍数体細胞の組織占有率の選別基準値を異なる値としてもよい。例えば、最初の1次選抜工程では30%以上、次の2次選抜工程では40%以上、次の3次選抜工程では50%以上、次の4次選抜工程では50%以上、次の5次選抜工程では50%以上といったようにである。
【0055】
また、複数回行われる各選抜工程のうち最後の選抜工程で、倍数体細胞の組織占有率が50%以上であり、かつ直近の3回の選抜工程で倍数体細胞の組織占有率が安定していた芽条のみを選抜してもよい。これによって、周縁キメラの倍数体(4倍体)の芽条と完全な倍数体(4倍体)の芽条を選抜することができる。例えば、直近の3回の選抜工程で倍数体細胞の組織占有率が、最後の選抜工程における倍数体細胞の組織占有率に対して±10%の範囲で安定していた芽条のみを選抜することができる。このとき、倍数体細胞の組織占有率に対して±5%の範囲で安定していた芽条のみを選抜することが好ましい。
【0056】
また、複数回行われる各選抜工程のうち最後の選抜工程で、倍数体細胞の組織占有率が100%の芽条のみを選抜してもよい。これによって、完全な倍数体(4倍体)の芽条のみを選抜することができる。
【0057】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に例示説明する。
【実施例1】
【0058】
A[芽条の準備]
本実施例では、ナシ属植物の芽条として、二十世紀、幸水及び大原紅(何れも2倍体である)のものを用いた。具体的には、採取したこれらの芽を、まず、培地(WPM+BAP:1mg/L+IBA:0.1mg/L+Sucrose:20g/L+Ager:8g/L、pH5.8)の入ったカルチャーボトル内において、30日間サイクルで培地を交換しながら培養し、これを12回繰り返した。これによって、多くの脇芽を成長させた。BAPは、サイトカイニンの一種であるベンジルアミノプリン、IBAは、オーキシンの一種であるインドール−3−酪酸のことである。
【0059】
その後、得られた芽条を、培地(WPM+BAP:0.3mg/L+IBA:0.1mg/L+GA:1.0mg/L+Sucrose:20g/L+Ager:7g/L、pH5.8)の入ったカルチャーボトル内において、30日間培養した。この培地は、頂芽優勢の組織増殖を誘導させるために、サイトカイニン(BAP)の濃度を低下させ、ジベレリン(GA)を添加したものである。
【0060】
上記培養の後、得られた芽条の先端から1cm程度を切り出した。このとき、斜め45°にカットして切断面を広くした。
【0061】
B[減圧倍数化工程]
図3は、減圧倍数化工程で用いられる倍数化装置を例示したものである。以降、本図を用いて減圧倍数化工程を説明する。本例では、減圧倍数化工程は、減圧処理工程と常圧復帰工程と常圧浸漬工程とを備えている。
【0062】
1.減圧処理工程
まず、切り出された芽条11を倍数体誘発溶液12とともに200mL培養フラスコ31に入れた。倍数体誘発溶液12は倍数体誘発剤としてのコルヒチンと界面活性剤としてのTween20を含んだものである(WPM+コルヒチン:0.15%(W/V)+Tween20:0.04%(V/V)+Sucrose:20g/L)。培養フラスコ31の内部に撹拌子22を沈めた後、培養フラスコ31の開口部にアルミキャップ33で蓋をし、アルミキャップ33に空いた貫通孔にミリシール32(0.45μm、φ18mm、MILLIPORE製)を貼り付けた。
【0063】
次に、倍数体誘発溶液12とナシ属植物の芽条11が入った培養フラスコ31を、マグネティックスターラー21(OCTOPUS製)の上に載置した状態で、真空デシケータ41(AS ONE製 MVD−100)の内部に投入した。真空デシケータ41には、真空スタビライザー43(SMC製 T203―1―023G)を介してオイルレスの真空ポンプ44(Welch製 2562−56)が接続されており、真空デシケータ41の内部の雰囲気を減圧することができるようになっている。
【0064】
そして、真空デシケータ41の扉を閉じて、真空ポンプ44を作用させると、約3分程度で、真空デシケータ41の内部の圧力が10kPa以下の減圧雰囲気となったので、真空ポンプ44を停止し、この減圧雰囲気を20分間維持した。このとき、マグネティックスターラー21の動作スイッチはONであり、培養フラスコ31の内部の撹拌子22が回転している状態である。
【0065】
2.常圧復帰工程
上記減圧処理工程の終了後、真空デシケータ41(容量約12L)に接続されている空気流入用のニードルバルブ51(KOFLOK製)を開いて真空デシケータ41内部に空気を徐々に流入させた。このとき空気流量計52の値が0.55L/分を指すようにニードルバルブ51を調節した。すると、真空デシケータ41内部の雰囲気(減圧下にある、倍数体誘発溶液の周囲の雰囲気)が、約20分の時間をかけて徐々に常圧に復帰した。
【0066】
3.常圧浸漬工程
上記常圧復帰工程の終了後、倍数体誘発溶液12とナシ属植物の芽条11が入った培養フラスコ31を真空デシケータ41から取り出し、水平ロータリーシェイカー(図示せず)を用いて60rpmで旋回させながら48時間インキュベーションした。
【0067】
C[芽条洗浄工程]
上記常圧浸漬工程の終了後、倍数体誘発剤で処理された芽条を倍数体誘発溶液から取り出して滅菌水で10秒程度洗浄した。さらに、滅菌水を用いてデカンテーションでの表面洗浄を3回行った。最後に、WPM培地にSucrose(20g/L)を加えた溶液中に芽条を入れて水平ロータリーシェイカーで4時間程度シェイキングした。
【0068】
D[倍数体選別工程]
上記芽条洗浄工程の終了後、芽条洗浄工程で得られた芽条から、倍数体のものを選別した。本実施例では、倍数体選別工程として、倍数体培養工程と選抜工程からなる一連の工程を5回(1次〜5次)繰り返して行った。
【0069】
1.1次倍数体培養工程
上記芽条洗浄工程で得られた芽条を、カルチャーボトルで20日間培養した(1次倍数体培養工程a)。カルチャーボトルには、予め、150mLの培地(WPM+BAP:
0.3mg/L+IBA:0.1mg/L+GA:1.0mg/L+Sucrose:20g/L+Ager:7g/L、pH5.8)を入れておいた。
培養後、得られた芽条を除葉し、芽条先端部の約5mmを切断部が斜め45°になるように切り出して上記同様の手順で20日間培養した(1次倍数体培養工程b)。培養後、葉色の濃い芽条と葉の厚い芽条を目視判断して予備選抜し、除葉後、芽条先端部の約5mmを斜めに切り出して上記同様の手順で20日間培養した(1次倍数体培養工程c)。
【0070】
2.1次選抜工程
上記1次倍数体培養工程で得られた芽条に識別番号を付け、芽条の先端葉を24穴プレートに採取した。そして、フローサイトメータ(Partech Inc. PA型)を用いて倍数性を評価した。最後に、フローサイトメータの評価結果において、4倍体細胞の組織占有率が30%以上の芽条を選抜した(フローサイトメトリーによる選抜)。
【0071】
3.2次倍数体培養工程
上記1次選抜工程の終了後、選抜された芽条の先端部5mm程度を切断部が斜め45°になるようにカットし、この先端部を直径40mmの試験管で20日間培養した。試験管には、予め、培地(WPM+BAP:0.5mg/L+IBA:0.2mg/L+GA:1.0mg/L+Sucrose:20g/L+Ager:7g/L、pH5.8)を入れておいた。この培地は、サイトカイニンとオーキシンの濃度を相対的に高めて、頂芽優勢を維持した状態で組織増殖効率を高めるための組成となっている。
【0072】
4.2次選抜工程
上記2次倍数体培養工程の終了後、前記1次選抜工程と同様の手順で、フローサイトメータを用いて倍数性を評価した。本工程では、フローサイトメータの評価結果において4倍体細胞の組織占有率が40%以上の芽条を選抜した。
【0073】
5.3次倍数体培養工程
上記2次選抜工程の終了後、選抜された芽条を前記2次倍数体培養工程と同様の手順で培養した。
【0074】
6.3次選抜工程
上記3次倍数体培養工程の終了後、前記1次選抜工程と同様の手順で、フローサイトメータを用いて倍数性を評価した。本工程では、フローサイトメータの評価結果において、4倍体細胞の組織占有率が50%以上の芽条を選抜した。
【0075】
7.4次倍数体培養工程
上記3次選抜工程の終了後、選抜された芽条を前記2次倍数体培養工程と同様の手順で培養した。
【0076】
8.4次選抜工程
上記4次倍数体培養工程の終了後、前記1次選抜工程と同様の手順で、フローサイトメータを用いて倍数性を評価した。本工程では、フローサイトメータの評価結果において、4倍体細胞の組織占有率が50%以上の芽条を選抜した。
【0077】
9.5次倍数体培養工程
上記4次選抜工程の終了後、選抜された芽条の先端部5mm程度を切断部が斜め45°になるようにカットし、この先端部をプラントボックスで20日間培養した。プラントボックスには、予め、培地(WPM+BAP:1mg/L+IBA:0.1mg/L+GA:1.0mg/L+Sucrose:20g/L+Ager:8g/L、pH5.8)を入れておいた。この培地は、サイトカイニン(BAP)の濃度を相対的に高めて、腋芽増殖を誘導する組成となっている。
また、5次倍数体培養工程では、培養組織を上記同様の培地で、さらに20日間培養した。これによって、芽条の数が1系統につき5本程度にまで培養された。
【0078】
10.5次選抜工程
上記5次倍数体培養工程の終了後、前記1次選抜工程と同様の手順で、フローサイトメータを用いて倍数性を評価した。本工程では、フローサイトメータの評価結果において、4倍体細胞の組織占有率が50%以上であり、かつ直近3回の選抜工程で4倍体細胞の組織占有率が、5次選抜工程における4倍体細胞の組織占有率に対して±10%の範囲で安定していた芽条を選抜した。この様にして選抜された芽条は、完全な4倍体又は周縁キメラで安定した4倍体であった。また、最終の5次選抜工程で4倍体細胞の組織占有率が100%であったものも選抜した。この芽条は完全な4倍体であった。
【0079】
得られた4倍体の芽条は、プラントボックス内で接穂養成の培養を行い、台木への接ぎ木、ガラスハウス内での育苗(5〜12ヶ月)を経て約2mの1年苗となった。この1年苗から穂木を採取し、成木のマチ枝に切り接ぎして側枝を更新し、高接ぎを行って2年後(3年目)に初結果となった。また、図4に、この1年苗を圃場に定植して3年後(4年目)の生育状況を示す。なお、本圃場は研究開発用の圃場であり第三者の入場が禁止されている。
【0080】
得られた二十世紀の4倍体系統について、2倍体従来品種との特性比較を表1に示す。
【0081】
【表1】

【0082】
4倍体の二十世紀は、2倍体の従来品種と比較して果実が顕著に大きくなり(図2参照)、糖度と酸度はほぼ同等で、果肉は若干柔らかくなる傾向があることが明らかになった。
また、4倍体の二十世紀において、1花叢あたりの花数は2倍体の従来品種と比較して1花程度少ないことがわかった。これによって、摘果労力が若干低減できる。
さらに、4倍体の二十世紀について、2倍体従来品種との正逆交雑試験を行い、自家和合性の有無を検討した。その結果を表2に示す。
【0083】
【表2】

【0084】
表2に示すように4倍体の二十世紀は自家和合性を示した。上記結果から、本来具備すべきである自家不和合性の喪失はその花粉に起因していることがわかる。また、上記正逆交雑試験に用いた花粉の発芽率について確認した結果を表3に示す。
【0085】
【表3】

【0086】
表3に示すように、どちらの花粉も発芽率が約55%であり、花粉採取樹の倍数性(花粉の倍数性)の違いによる発芽率の差は認められなかった。
【0087】
また、これらの特徴は、幸水及び大原紅の4倍体においても同様であった。なお、コルヒチンを含んだ倍数体誘発溶液を芽条に作用させる際に、減圧処理を施さなかったものについては、4倍体を得ることができなかった。
【0088】
上記実施例では、二十世紀、幸水及び大原紅について4倍体を得ることができたが、これら以外にも、本発明であるナシ属植物の倍数体の作出方法を用いて、既に多くの品種で4倍体を得ることに成功している(表4及び表5参照)。これらの品種は、いずれも完全な4倍体(Solid 4X)が得られている。また、いずれも自家和合性をはじめとした上記特徴を有していると推定される。
【0089】
また、完全な4倍体のナシ属植物(二十世紀、幸水、なつひめ、及び新甘泉)について、高接ぎを行って3年後(4年目)の成木から葉を採取し、フローサイトメータを用いて倍数性を確認した。その結果は、何れも完全な4倍体であり先祖返りしていなかった。
【0090】
このように、本発明で得られるナシ属植物の倍数体は、自家和合性を有するばかりか、大玉果実となり、加えて、1花叢あたりの花数が少ないため摘果労力が若干低減できるという大きな特徴を有するものであり、その実用性や有用性は非常に高い。
【0091】
【表4】

【0092】
表4において、園芸試験場D、E、G、I、Kは、鳥取県園芸試験場で保有する品種である。園芸試験場Dは、おさ二十世紀の雄しべに秀玉の花粉を交配して得られた群から選ばれたもの(内部番号No.11)である。園芸試験場Eは、筑水の雄しべにおさ二十世紀の花粉を交配して得られた群から選ばれたもの(内部番号No.37)である。園芸試験場Gは、おさ二十世紀の雄しべに鳥幸の花粉を交配して得られた群から選ばれたもの(内部番号No.19)である。園芸試験場Iは、おさ二十世紀の雄しべに豊水の花粉を交配して得られた群から選ばれたもの(内部番号No.78)である。園芸試験場Kは、おさ二十世紀の雄しべに新雪の花粉を交配して得られた群から選ばれたもの(内部番号No.21)である。これらの品種は、本発明の追試験の必要があれば、鳥取県園芸試験場から希望者に提供する。
【0093】
【表5】

【0094】
表5の品種は、主に台木として用いられる品種であり、鳥取県園芸試験場で保有している。H18,H21及びHJは、マメナシ系統であり、PBK,PBT及びPBWは、マンシュウマメナシ系統である。これらの品種も、本発明の追試験の必要があれば、鳥取県園芸試験場から希望者に提供する。
【0095】
なお、表4及び表5において、1次選抜〜4次選抜までの選抜芽条数については、簡易的に、各選抜段階で4倍体細胞の組織占有率が100%の芽条数をSとし、各選抜段階において4倍体細胞の組織占有率が規定値以上であった芽条数から4倍体細胞の組織占有率が100%の芽条数Sを引いた数をCとしてある。
【0096】
以上、特定の実施形態及び実施例を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、当該技術分野における熟練者等により、本出願の願書に添付された特許請求の範囲から逸脱することなく、種々の変更及び修正が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明のナシ属植物の倍数体の作出方法を示すフローである。
【図2】4倍体の二十世紀と2倍体の二十世紀との果実を示す写真である。
【図3】減圧倍数化工程で用いられる倍数化装置を例示した図である。
【図4】本発明で開発した4倍体のナシ属植物が圃場で育成されている様子を示す写真である。
【符号の説明】
【0098】
11 芽条
12 倍数体誘発溶液

21 マグネティックスターラー
22 撹拌子
23 スターラーコントローラー

31 培養フラスコ
32 ミリシール
33 アルミキャップ
34 パラフィンテープ

41 真空デシケータ
42 真空ゲージ
43 真空スタビライザー
44 真空ポンプ

51 ニードルバルブ
52 空気流量計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナシ属植物の芽条を減圧下において倍数体誘発剤で処理する減圧倍数化工程を有する、ナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項2】
減圧倍数化工程が、
ナシ属植物の芽条を倍数体誘発剤を含む倍数体誘発溶液に浸漬させた状態で、周囲の雰囲気を減圧する減圧処理工程と、
該減圧処理工程で得られた芽条を倍数体誘発溶液に浸漬させた状態のままで、減圧下にある周囲の雰囲気を徐々に常圧に戻す常圧復帰工程と、を備える、
請求項1記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項3】
減圧処理工程では、周囲の雰囲気が50kPa以下に減圧され、
常圧復帰工程では、減圧下にある周囲の雰囲気が5分以上の時間をかけて徐々に常圧に戻される、
請求項2記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項4】
減圧倍数化工程が、
常圧復帰工程の後、常圧復帰工程で得られた芽条を常圧雰囲気下で倍数体誘発溶液に所定時間浸漬させておく常圧浸漬工程を備える、
請求項2又は3記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項5】
倍数体誘発溶液が、界面活性剤を含むものである、
請求項2〜4何れか記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項6】
減圧倍数化工程の後に、
倍数体誘発剤で処理された芽条を洗浄して、芽条に付着した倍数体誘発剤を除去する芽条洗浄工程と、
該芽条洗浄工程で得られた芽条のうち、倍数体に変異したものを選別する倍数体選別工程と、を有する、
請求項1〜5何れか記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項7】
倍数体選別工程が、
芽条洗浄工程で得られた芽条の先端部を切り出して培養する倍数体培養工程と、
該倍数体培養工程で得られた芽条の先端部から先端葉を採取して倍数体細胞の組織占有率を評価し、倍数体細胞の組織占有率が所定割合以上の芽条のみを選抜する選抜工程と、を備え、
前記倍数体培養工程と前記選抜工程の後、前記選抜工程で選抜された芽条を芽条洗浄工程で得られた芽条の代わりに用いて、前記倍数体培養工程と前記選抜工程とからなる一連の工程を、複数回繰り返して行う工程である、
請求項6記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項8】
複数回行われる各選抜工程のうち最後の選抜工程で、倍数体細胞の組織占有率が50%以上であり、かつ直近の3回の選抜工程で倍数体細胞の組織占有率が安定していた芽条のみを選抜して、周縁キメラの倍数体又は完全な倍数体を得る、請求項7記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項9】
複数回行われる各選抜工程のうち最後の選抜工程で、倍数体細胞の組織占有率が100%の芽条のみを選抜して、完全な倍数体を得る、請求項7又は8記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項10】
倍数体誘発剤がコルヒチンである、
請求項1〜9いずれか記載のナシ属植物の倍数体の作出方法。
【請求項11】
請求項1〜10いずれか記載のナシ属植物の倍数体の作出方法で得られうる、ナシ属植物の完全な倍数体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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