説明

ナトリウムまたは第2族元素の選択的不溶化剤およびその利用方法

【課題】安全性の高い物質を用いて、溶液中のナトリウムイオン濃度および/または第2族元素イオン濃度を低下させる。
【解決手段】ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを含有する溶液に、水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を添加して、複合体塩における陽イオンをナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンで置換して、水溶解度の低いシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の塩に変換し不溶化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安全性の高い物質を用いて、溶液中のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを水溶解度の低い塩に変換し不溶化させて、さらには固液分離により、溶液中のナトリウムイオン濃度および/または第2族元素イオン濃度を低下させる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナトリウムは周期表において第1族元素として知られ、第1族元素には他に、リチウム、カリウム、ルビジウム、セシウムなどが含まれる。
【0003】
一般に第1族元素の性質としては、最外殻s軌道電子が自由電子として振舞うため、金属的な性質を示す。水溶液中で溶解すると1価の陽イオンとして存在し、その水酸化物は強塩基性を示す。また、低分子の第1族元素の無機塩は、水溶液への溶解度が高いものが多く存在し、その中でもナトリウム塩の水溶解度は特に高い傾向がある。
【0004】
このようにナトリウム塩は水に溶解し易い傾向があるため、他の第1族元素イオンと比較して、アニオンを置換することにより、選択的にナトリウム塩を不溶化させ、沈殿させるのは非常に困難である。
【0005】
有機化合物では、官能基として陰電荷を有するカルボン酸のナトリウム塩などには0.5%以下の低い水溶解度の物質が多く見られるが、これらは有機化合物特有の疎水部分の水溶解性の低さが影響しているため、ナトリウム塩だけでなく、ナトリウムイオンを他の第1族元素イオンやアンモニウムイオンなどの陽イオンへ置換しても水溶解度は低い傾向があり、選択性も低い。
【0006】
既存のナトリウムイオン選択的不溶化剤としては、ヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸塩と、酢酸ウラニル亜鉛複合体、酢酸ウラニルマグネシウム複合体が知られており、これらはナトリウム以外のイオン(共雑イオン)が含まれていてもナトリウムイオンを選択的に不溶化・沈殿させる能力を有する。
【0007】
しかしながら、ヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウムは、アンチモン化合物として劇物に分類されており、肺・心血管系への影響があるとされ、分析用など、用途は限定されている。また、ウランを含有する酢酸ウラニル試薬は放射性物質であるため、使用、保管、使用後の処理は管理しなければならない。そのために用途は限定されている。
【0008】
その他、ナトリウム塩に対してカリウム塩が水に溶解し易い物質の例としてテルル酸、シュウ酸、酒石酸、ピロリン酸が挙げられるが、これらの多価アニオンは、ナトリウム以外のイオン(共雑イオン)が含まれると水溶解度が増加するため、ナトリウムイオンの選択的不溶化剤として機能することは無かった。
【0009】
特許文献1(発明の名称:ナトリウムイオンの選択的除去方法)では、ナトリウムイオンを選択的に除去する物質について記されているが、これは金属、ケイ素、リン、酸素の組成からなる焼成物であり、溶媒に溶解させて使用することができない固体である。
【0010】
第1族元素とは対照的に第2族元素であるベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムのイオンは、水溶液中で2価の陽イオンとして存在するが、これらの元素イオンには、対となる陰イオンの種類や性質によって、選択的な沈殿を起こし易
い元素が多く見られる。代表的な例として、第2族元素イオンは水溶性のリン酸塩と陽イオンを交換してリン酸塩として沈殿し易い。また、カルシウムイオンやストロンチウムイオンやバリウムイオンは水溶性の硫酸塩と陽イオンを交換して、硫酸塩として沈殿し易く、カルシウムイオンやバリウムイオンは水溶性の有機酸塩と陽イオンを交換して、有機酸塩として沈殿し易い性質がある。
【0011】
一方、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体については、非特許文献1と、非特許文献2に、そのナトリウム塩が記載されている。これらの論文はミオ−イノシトールの酸化物であるシロ−イノソースをNaBH4で還元したときに生じる不溶性物質が、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二ナトリウム塩であること確認している。しかしながら、他の陽イオンに置換した時の化学的性質については記載が無く、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の陽イオンの違いによる水溶解度の選択性については知られていない。
【0012】
特許文献2(発明の名称:シロ−イノシトールの製造方法)には、ナトリウムイオン以外に本文の記述の中にマグネシウムイオン、およびカリウムイオンのシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩が記されているが、具体的には、実施例に、ナトリウム塩の形成方法が記載されるのみであり、マグネシウム塩やカリウム塩の水への溶解度については実施例や本文中に性質について記載がなく、その実態は不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−161304号公報
【特許文献2】国際公開WO2005/035774号パンフレット
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】J. Org. Chem.、23巻、1958年、p.329〜330
【非特許文献2】Structure and Bonding、2巻、1967年、p.160〜180
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
安全な試薬を用いて、溶液中のナトリウムイオン濃度および/または第2族元素イオン濃度を低下させる技術開発を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは第一に、第1族元素塩ならびにアンモニウム塩について、溶解度の差が大きく、かつ、ナトリウム塩のみ溶解度が低い塩、かつ、安全性が高い物質を多くの化合物の中から探索した。その結果、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩がナトリウム塩の溶解度に関して特異な選択的性質を有することを発見した。そして、当該物質が既存のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸塩に匹敵する能力を有することを確認した。
【0017】
本発明者は第二に、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の、ナトリウムイオンと第2族元素イオン(ベリリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、コバルトイオン、亜鉛イオン、マンガンイオン、カドミウムイオン、ニッケルイオンなど)との塩は水溶解度が低いこと、そして、ナトリウムイオン以外の第1族元素イオン(リチウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオンなど)およびアンモニウムイオンとの塩は水溶解度が高いことを見出し、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法等を発見し、本発明を完成させた。
【0018】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを含有する溶液に、水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を加え、複合体塩における陽イオンをナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンで置換せしめ、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させることを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法が提示される。
(2) (1)の方法によって、溶液中のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させた後、溶液中から固液分離により、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/または第2族元素塩を除去することを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的除去方法が提示される。
(3) (1)の方法によって、溶液中のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させた後、溶液中の複合体塩を検出することを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的検出方法が提示される。
(4) 水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩が、アンモニウム塩、リチウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩、セシウム塩からなる群から選ばれる、少なくとも1種または2種以上のイオンからなることを特徴とする、(1)〜(3)記載の方法が提示される。
(5) アンモニウム塩、リチウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩およびセシウム塩からなる群から選ばれる、少なくとも1種または2種以上の塩からなるシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩からなることを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化剤が提示される。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、安全な試薬、すなわち、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を用いて、溶液中のナトリウムイオン濃度および/または第2族元素イオン濃度を低下させる技術を提供する。
【0020】
本発明は、医・農薬、化成品の製造・精製工程における選択的金属イオンの除去や、アニオン排除剤の製造、各種イオン測定・LC−MS分析、診断、遺伝子操作におけるサンプル調製や前処理工程などにおける、溶液中に共雑するナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的除去を必要とする場面において利用できる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本方法を詳しく説明する。
(選択的不溶化剤)
本発明において、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化剤として使用するシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、以下の一般式(1)の構造を有する物質である(図中、例としてM+は1価の陽イオンを記す)。
【0022】
【化1】

【0023】
本発明に使用するシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、シロ−イノシトールとホウ酸と水酸化物の複合体であり、例えば水酸化物の電荷が1価の場合、そのモル比が1:2:2で構成されている。水酸化物の電荷が多価である場合、中和に相当する電荷数に応じた比になる。
【0024】
シロ−イノシトールとは、9種類あるイノシトール異性体の内の1つで、水溶液中ではシクロヘキサン環に6つの水酸基が全てエカトリアル側になるように結合した糖であり、動物体内に存在する天然物質である。シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を形成する時は、6つの水酸基が全てアキシャル側になるように反転した形を有する(下式参照)。また、シロ−イノシトールの水溶解度は室温で1.6%であり、一般の糖類と異なり水溶解度は低い。なお、本明細書中において、水溶解度は、水(溶媒)に対する溶質の質量%で示す。
【0025】
【化2】

【0026】
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の中に存在するホウ酸は四面体構造を有し、3つの水酸基はシロ−イノシトールの水酸基と脱水縮合しており、さらにもう1つ水酸基が配位した構造であるため、ホウ素は1価の陰イオンである。従って、1つのシロ−イノシトール当り、2分子のホウ酸が縮合するため、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体は2価のアニオンとして存在する。
【0027】
水酸化物は、ホウ酸の四面体構造を保つために必要な塩基性を与えるために添加される。本発明で使用される水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を調製する場合、使用される水酸化物は、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体におけるホウ酸の四面体構造を保つことができるものであり、かつ形成されるシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩が水溶性、すなわち、水に溶解する性質を有するものである限り限定されないが、使用性の点などから、形成されるシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩が水溶解度の高い塩となるものが好ましい。従って、水酸化物は、例えば、水酸化アンモニウム(アンモニア水溶液)、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムの中から選ばれる。またこれらの混合物であっても良い。すなわち、本発明で使用される好ましいナトリ
ウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化剤であるシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のアンモニウム塩、リチウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩、またはセシウム塩であり、これらの1種または2種以上の混合物であっても良い。上記例示の水酸化物より供される陽イオンは1価の陽イオンである。従って、1つのシロ−イノシトール当り、2つの陽イオンがイオン結合する。
【0028】
本発明に使用するシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の原料化合物であるシロ−イノシトールは、例えば、国際公開WO2005/035774号パンフレットに記載の方法で製造することができ、使用することができる。ホウ酸、水酸化物は、市販されているものを使用することができる。
【0029】
本発明に使用するシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の製造は、上記に記載したシロ−イノシトール、ホウ酸、水酸化物をモル比で、1:2〜3:1〜3の比率でpHを9〜10になるように調製しながら添加・混合し、必要があれば加熱して溶解させる。これらの物質が溶解した後は、50〜95℃で、20分〜3時間加温して、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を十分に形成させる。その後、放熱させ、室温まで冷却した後、水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を得ることができる。なお、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩はpH4以下では複合体が分解するため、保存後使用するためには、反応液のpHを通常6以上、好ましくはpH7〜12に調整する。また、濃縮すれば一定濃度以上で結晶化し、固体として単離することができる。さらに固体は乾燥後粉末として利用が可能である。
【0030】
水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の飽和溶解度(乾燥塩の溶解度:括弧内はシロ−イノシトール換算のモル濃度)は、アンモニウム塩が約5%(200mM)、カリウム塩が約23%(750mM)、リチウム塩が約5%(200mM)、ルビジウム塩が約20%(500mM)、セシウム塩が約20%(400mM)であり、それぞれの溶液は目的に応じて、置換したい陽イオンの種類を選択して使用できる。
【0031】
(選択的不溶化方法)
本発明のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法は、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを含有する溶液に、上記不溶化剤である水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を加え、複合体塩における陽イオンとナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを置換せしめ、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化・沈殿させることを特徴とする。
【0032】
本発明のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法の対象は、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを含有する溶液である。同溶液は、溶媒を水とする水系溶液、溶媒として水と有機溶媒を組み合わせた準水系溶液などを使用することができる。本発明の選択的不溶化方法によれば、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオン以外の陽イオン(共雑イオン)が含まれている溶液中からであっても、選択的にナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの不溶化が可能である。したがって、本発明の選択的不溶化方法の対象である溶液は、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオン以外の陽イオンが含まれているものであっても良い。
【0033】
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩における陽イオンとナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの陽イオンの置換による、本発明のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法においては、目的のサンプル溶液中のナトリウムイオンや第2族元素イオンの濃度がある程度判っている場合、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンのg当量として同じ量か、またはそれ以上になるよう(シロ−イ
ノシトール二ホウ酸複合体塩は2価であることに留意)に水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を固体粉末、または水溶液などの溶液としてサンプル溶液に添加、適宜混合する。陽イオンの置換は、通常室温30分〜3時間以内に終了し、不溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩の結晶が生じ、沈殿する。すなわち、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを選択的に不溶化・沈殿させることができる。
【0034】
目的のサンプル溶液中のナトリウムイオンや第2族元素イオンの濃度が不明の場合、サンプルの一部を小分けにし、それに水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を加えて小スケールの混合テストを行い、結晶量が変化しない添加量(結晶析出限界)を見定めた上で、最終的な添加量を決める手法を取ることができる。
【0035】
また、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩はpH4以下では複合体が分解するため、本発明に供するサンプル溶液はあらかじめ、pHを通常6以上、好ましくはpH7〜12に調整する必要がある。
【0036】
結晶の成長が遅い場合は、種となる結晶を投入したり、溶液を攪拌混合したりすることで結晶の析出が促進される。
【0037】
(選択的除去方法)
本発明のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的除去方法は、上記ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法によって、溶液中のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させた後、溶液中から固液分離により、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/または第2族元素塩を除去することを特徴とする。
【0038】
すなわち、上記ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法によって、生じた不溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩の結晶を、ろ過などの常法の固液分離法によりサンプル溶液より分離することにより、サンプル溶液中のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを選択的に低下・除去することができる。すなわち、複合体塩における陽イオンとサンプル溶液のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを置換した溶液を得ることができる。
【0039】
(選択的検出方法)
本発明のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的検出方法は、上記ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法によって、溶液中のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させた後、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を検出することを特徴とし、例えば、検出方法は析出の有無を目視などにより確認すること、あるいは溶液の濁度を測定することである。
【0040】
すなわち、上記ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法によって不溶化させた結晶の析出は、析出の有無を目視などにより確認することが可能であり、さらには濁度として検出可能であることから、サンプル溶液中のナトリウムイオンや第2族元素イオンの濃度が不明の場合の同イオンの有無および濃度測定にも応用が可能である。すなわち、本発明のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的検出方法においては、目的のナトリウムイオンや第2族元素イオンに対して濃度が既知の
標準液の水希釈系列と、サンプル溶液の水希釈系列に、水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を固体粉末、または水溶液などの溶液にて添加、適宜混合する。陽イオンの置換は室温30分〜3時間以内に終了し、生じた結晶を濁度として比濁計で測定するか、標準液と比較して目視で濃度を判定することにより、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを選択的に検出することができる。
【0041】
特にシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩は、結晶として析出する時は10水和物結晶を形成するために、単位モル当りの結晶の大きさは嵩高くなる性質がある。従って、目視で検出するには濁度が高く、検出し易い利点がある。
【0042】
以下、より具体的に、目的に応じた例を挙げて、本発明の選択的不溶化剤および選択的不溶化方法等の使用方法を記載する。以下の例は、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の特異な性質を利用したものであり、本発明の使用方法をより具体的に説明する目的で記載したのであって、使用方法自体は以下の例に限定されるものではない。
【0043】
診断などにおける酵素反応のサンプル調製において、サンプル溶液中のナトリウムイオンや、マグネシウムイオンが阻害的に作用する場合、これらのイオンをカリウムイオン等に置換し、除去することが可能である。ナトリウムイオンやマグネシウムイオンの濃度が高い場合、最も溶解度の高いシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムを用いるのが望ましい。また、アンモニウムイオンに置換したい場合、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二アンモニウムを用いることができる。これらのシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、粉末または溶液で添加することができる。陽イオンの置換は室温30分〜3時間以内に終了し、生じた結晶をろ過することで陽イオンを置換した溶液を得ることができる。
【0044】
金属イオンの機器分析において、サンプル溶液中のナトリウムイオンや、マグネシウムイオンが阻害的に作用する場合、これらのイオンをアンモニウムイオン等に置換し、除去することが可能である。例えば、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二アンモニウムを用いて、上記と同様に、陽イオンを置換し、上清を乾燥後、灰化させて窒素成分を除去し、得られる金属塩を分析に供することができる。
【0045】
金属イオンの機器分析において、サンプル溶液中のナトリウムイオンや、第2族元素イオンの単離が目的の場合、これらのイオンを水溶解度の低いシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩にすることが可能である。例えば、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム(またはアンモニウム)を用いて、上記と同様に、陽イオンを置換し、結晶を単離した後、結晶に塩酸または硫酸などの酸を添加して、酸性にすると、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は崩壊する。このまま遊離した陽イオンを分析に供することもできるが、酸性水溶液をオクタノール含有ヘキサン溶液等で洗浄してホウ酸を除去し、濃縮過程で生じるシロ−イノシトール結晶を除去し、上清を乾燥後、灰化させて残留するシロ−イノシトールを分解し、金属塩を単離することできる。
【0046】
また、LC−MS分析において、溶液中のナトリウムイオンが阻害的に作用する場合、ナトリウム親和性を利用したナトリウムアダクトの形成にシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を用いることが可能である。例えば、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム(またはアンモニウム)を用いて、上記と同様に陽イオンを置換し、その溶液を分析に供することができる。
【0047】
海水からのリチウム単離が目的の場合、海水中に多量に含まれるナトリウムイオンなどの共雑イオンを除去するために、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を用いることができる。海水1000t中に含まれるリチウムは約250gであり、微量であるため、海水に直接シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を作用させるのは効率が悪い。そのため海水から濃縮
により析出する食塩を取り除き、さらに母液を濃縮することにより、共雑する主な陽イオン(ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム)を塩化物塩結晶や硫酸塩結晶として取り除くと、最終的に母液中には主として、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムの他にリチウム、ストロンチウム、ルビジウムが塩化物として残留する。この濃縮海水の母液に、例えば、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムを加えるか、または、シロ−イノシトールとホウ酸と水酸化カリウムを加えて加熱することにより陽イオンをカリウムに置換して、不溶性の結晶をろ別することで、リチウム、カリウム、ルビジウムなどの塩化物溶液を得ることができる。さらに濃縮液にエタノールを加えて塩化リチウムのみを抽出し、再結晶を行い、塩化リチウムを結晶として得ることができる。尚、ろ別したシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は鉱酸とメタノールを加えて、不溶性のシロ−イノシトールを回収することができる。
【実施例】
【0048】
以下に、実施例を挙げ、本発明に関し更に詳細に説明を加えるが、本発明は、かかる実施例にのみ限定を受けないことは、言うまでもない。
【0049】
[実施例1]シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二アンモニウム溶液の調製
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二アンモニウム溶液は、100mlビーカーにシロ−イノシトール1.8g、ホウ酸1.24g、アンモニア水(14N)1.43mlを入れて約40mlに水で希釈し、70℃〜90℃で攪拌しながら内容物が溶解するまで攪拌し、溶解後、70℃で1時間保温した。この溶液を室温に冷却後、pH7.5にアンモニア水で調整し、50mlになるように水で希釈した。
【0050】
このように調製したシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二アンモニウム溶液は、無色透明、弱いアンモニア臭を有する溶液でシロ−イノシトール換算で200mMの濃度を有する。以下の実施例にこの試験溶液を用いた。
【0051】
本物質の1H−NMR(300MHz,D2O)はδ4.14ppm(6H,s)であった。
【0052】
[実施例2]シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム溶液の調製
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム溶液は、50mlビーカーにシロ−イノシトール1.8g、ホウ酸1.24g、水酸化カリウム1.12gを入れて約18mlに水で希釈し、70℃〜90℃で攪拌しながら内容物が溶解するまで攪拌し、溶解後、70℃で1時間保温した。この溶液を室温に冷却後、pH7.5に水酸化カリウム水溶液で調整し、20mlになるように水で希釈した。
【0053】
このように調製したシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム溶液は、無色透明無臭な溶液でシロ−イノシトール換算で500mMの濃度を有する。以下の実施例にこの試験溶液を用いた。
【0054】
本物質の1H−NMR(300MHz,D2O)はδ4.14ppm(6H,s)であった。
【0055】
[実施例3]シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の各種陽イオン塩の溶解度の測定
実施例1および2で得た試験溶液を用いて、アンモニウムイオン(塩化アンモニウム)、第1族元素イオン類(塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化ルビジウム、塩化セシウム)、第2族元素イオン類(塩化ベリリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化ストロンチウム、塩化バリウム)に対する、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の塩の溶解度の検討を行うため、25℃でのシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の各
種陽イオン塩結晶の析出限界の濃度を測定した。
【0056】
また、比較区において、市販のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウムの飽和水溶液(90mM)を試験溶液として用いた。
【0057】
サンプル溶液は0.5〜3M溶液の塩化物水溶液を用意し、pHが中性であることを確認した。サンプル溶液の希釈系列を作り、ここに実施例1および2で得た試験溶液、および比較区の試験溶液を等量混合した後、25℃、2時間後の結晶の析出程度を目視により測定した。結晶が析出しなくなる限界の濃度を表1に記載した。
【0058】
【表1】

【0059】
表1の結果から明らかなように、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の試験溶液は、アンモニウム塩水溶液であっても、カリウム塩水溶液であっても、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の各種陽イオン塩の結晶の形成に関する傾向は同じであった。
【0060】
すなわち、アンモニウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオンについては、結晶の形成は認められず、溶解したままであった。
【0061】
ナトリウムイオン、ベリリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、ストロンチウムイオンについては、結晶の析出限界濃度が30mM以下であり、溶液中のこれらのイオンは、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の塩として結晶を析出し易く、水溶解度の低い塩を形成していることが判る。特にナトリウムイオンは、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体カリウム溶液を用いると8mMまで結晶が析出した。
【0062】
リチウムイオン、バリウムイオンは試験溶液の種類によって変化するが、リチウムイオンは300mM程度、バリウムイオンは100mM程度の濃度で結晶が析出した。
【0063】
このようにシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二アンモニウム塩または、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム塩を用いることで、溶液中のナトリウムイオン、ベリリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオンの選択的な不溶化・検出が可能であることが判る。
【0064】
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩で、特徴的なのは第1族元素の中でもナトリウムイオン塩のみ、突出して溶解度が低いことである。第2族元素は一様に水溶解度の低い結晶を析出するが、原子番号が小さいものほど析出し易い傾向があった。
【0065】
比較区の市販のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウム試験溶液は、塩の溶解度に関して、本発明区の試験溶液と、ほぼ同じイオンの選択性を示すことが判る。
【0066】
すなわち、アンモニウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオンについては、結晶の形成は認められず、溶解したままであった。
【0067】
ナトリウムイオン、ベリリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオンについては、結晶の析出限界濃度が10mM以下であり、溶液中のこれらのイオンは、ヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウムの塩として結晶を析出し易く、水溶解度の低い塩を形成していることが判る。特にナトリウムイオンは、10mMまで結晶が析出した。
【0068】
リチウムイオンは、600mM程度の濃度で結晶が析出した。
【0069】
このことから明らかなように、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、既存のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウムと比較すると、ナトリウムの選択性は同等であり、第2族元素イオンに対する結晶析出限界濃度は比較的高い。そのため、ナトリウムイオンと低濃度の第2族元素イオンを含むサンプルの場合、第2族元素の塩の沈殿を含まずにナトリウム塩のみを選択的に析出させることが可能である事が判る。
【0070】
また、希釈段階を取り、各希釈液に試験試薬を加え、どの希釈段階まで結晶の析出が認められるかを目視あるいは装置などで確認すれば、溶液中のナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの濃度の測定が可能である事が判る。
【0071】
[実施例4]共雑陽イオン存在下でのシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の形成
実施例2で得た試験溶液を用いて、各種共雑陽イオン存在下でのシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩の結晶の溶解度の検討を行うため、結晶の析出限界の濃度を測定した。
【0072】
サンプル溶液は、3Mの塩化ナトリウム水溶液を用意し、pHが中性であることを確認した。次にサンプル溶液の希釈系列を作り、共雑陽イオン溶液を加えた。共雑陽イオン溶液は、塩化アンモニウム、塩化リチウム、塩化カリウム、塩化ルビジウム、塩化セシウムをサンプル溶液中に各500mMを含有する混合溶液である。ここに実施例2で得た試験溶液または、比較区において実施例3で使用したヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウム試験溶液を等量混合した後、25℃、2時間後の結晶の析出程度を測定し、結晶が析出しなくなる限界の濃度を表2に記載した。
【0073】
陽性対照として、共雑陽イオンを含まない溶液を用いて、25℃、2時間後の結晶の析出程度を測定し、結晶が析出しなくなる限界の濃度を表2に記載した。
【0074】
【表2】

【0075】
表2の結果から明らかなように、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩試験溶液では、共雑陽イオンが存在する場合と、無い場合において、結晶の析出限界濃度は一致し、共雑陽イオンが5種類各250mM(合計1.25M)存在する中でも妨害を受けずに、選択的に結晶が形成されることが判った。
【0076】
比較区の市販のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウム試験溶液も同様に、共雑陽イオンが存在する場合と、無い場合において、結晶の析出限界濃度は一致し、共雑陽イオンの影響を受けずに選択的に結晶が形成されることが判った。
【0077】
このようにシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム塩は、既知のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウムと同等に、他の陽イオンの妨害を受けずに、特定の陽イオンの選択的不溶化・検出に利用することが可能である。
【0078】
[実施例5]各種陽イオンと形成させた塩の溶解度の測定
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の各種陽イオンと形成させた塩の25℃での溶解度を測定した。
【0079】
また、比較区に市販のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸の各種陽イオンと形成させた塩の25℃での溶解度を併記した。
【0080】
各種陽イオンとの塩の試料溶液としては、シロ−イノシトール、ホウ酸およびアンモニア水溶液または第1族元素イオン類の水酸化物(水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム)を、シロ−イノシトール:ホウ酸:アンモニア水溶液または水酸化物のモル比が1:2:2になるように水溶液に加えて混合した。
【0081】
第2族元素イオン類の水酸化物(水酸化ベリリウム、水酸化マグネシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウム)に関しては、シロ−イノシトール:ホウ酸:水酸化物のモ
ル比が1:2:1になるように水溶液に加えて混合した。
【0082】
混合した液は、70℃〜90℃で攪拌し、70℃で1時間保温した。この溶液を室温に冷却後、不溶化した塩が析出した試験区は、その段階でろ過により結晶を取り出した。溶解した試験区は固体が析出するまで濃縮させ、ろ過により結晶を取り出した。
【0083】
取り出された結晶は150℃で1時間乾燥させて、25℃での溶解度測定試験に供した。水溶解度の測定は25℃の一定量の水に一定量の結晶を飽和溶解させ、溶解しなかった結晶をろ別し、乾燥後、結晶の重量測定を行い、溶解に用いた結晶および溶解しなかった結晶の質量から溶解した結晶の質量を求め、水溶解度を算出(溶解した結晶の質量/水の質量の百分率)した。
【0084】
【表3】

【0085】
表3の結果から明らかなようにシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の水溶解度は、実施例3の結晶の析出限界濃度と関連性があり、ナトリウム塩と、第2族元素塩は水溶解度が低い傾向がある。
【0086】
すなわち、カリウム塩、ルビジウム塩、セシウム塩の水溶解度は高く、19%以上であった。
【0087】
ナトリウム塩、ベリリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、ストロンチウム塩の水溶解度は低く、0.4%以下であった。
【0088】
リチウム塩、バリウム塩は3〜6%の水溶解度を有した。
【0089】
このようにシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩、および第2族元素塩は、カリウム塩などの水溶解度と比べて、非常に低いため、これらの塩の結晶を形成させて水溶液中から除去可能であることが判る。
【0090】
比較区の市販のヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸塩の水溶解度は、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩とほぼ同じ陽イオンの選択性を示すことが判る。
【0091】
すなわち、ナトリウム塩、ベリリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩の水溶解は低く、0.25%以下であった。
【0092】
カリウム塩の水溶解度は2.7%であった。
【0093】
ヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸カリウム塩の溶解度は2.7%であり、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩のカリウム塩と比べて、溶解度は低い。
【0094】
[実施例6]シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩の安全性評価
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム塩と、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二ナトリウム塩の安全性を評価するためにマウス急性経口投与試験を行った。
【0095】
評価試験条件は、粉末の各サンプル物質を蒸留水に溶解、あるいは0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液に懸濁して、11週齢のICR系マウスの雌(3匹)に500mg/kg体重になるように単回経口投与して、急性経口毒性を評価した。
【0096】
結果として、2種類のサンプル物質共に、マウスの死亡は認められず、すべてのマウスに臨床症状は認められなかった。また投与後7日目、14日目に測定した体重は、投与前に比べ順調に増加していた。また、投与後14日目に全ての動物を殺処分して剖検を行ったが異常所見は認められなかった。
【0097】
以上のことから、上記の2種類のサンプル物質のLD50値は500mg/kg以上であり、安全性が高いことが判る。
【0098】
なお、本サンプル物質はマウスの胃の中では胃酸により複合体はシロ−イノシトールとホウ酸と第一族元素に分解することが分かっており、これら構成成分はいずれも安全性が高い物質である。
【0099】
ホウ酸は大量に連続経口投与すると毒性が知られる物質であるが、マウスのLD50値は3500mg/kgであり、急性経口毒性は弱い。
【0100】
[実施例7]シロ−イノシトール二ホウ酸複合体及び各種物質のナトリウム塩およびカリウム塩の溶解度差の検討
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体の他、既知の物質の中で、ナトリウム塩の水溶解度が低く、かつ、カリウム塩の水溶解度が高い物質について溶解度差を比較検討した。
【0101】
表4には、不溶化剤としての選択指標となるナトリウム塩とカリウム塩の溶解度、カリウム/ナトリウム選択性(溶解度の倍率)、共雑イオンの影響(共雑イオン存在下での沈殿形成の能力)、ならびに試薬の安全性を記載した。
【0102】
【表4】

【0103】
表4から明らかなように、共雑イオンの影響を受けない物質の中で、カリウム/ナトリウム選択性が高いものは、酢酸ウラニル亜鉛(またはマグネシウム)複合体塩(3150倍)であり、次いでシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩(83倍)、ヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸塩(11倍)であることが判る。
【0104】
なお、これら3種類の物質のうち、酢酸ウラニル亜鉛(またはマグネシウム)複合体塩は放射性物質であり、ヘキサヒドロキソアンチモン(V)酸塩は、カリウム塩が劇物に指定されている。
【0105】
また、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、カリウム塩の溶解度が高い(23.1%)ことが特徴である。カリウム塩の溶解度が高いことは、サンプル溶液中に高濃度で作用させることが可能であるということであり、利点として検出試薬としての鋭敏な検出感度が期待できる。
これらのことから、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、ナトリウム塩等の不溶化剤として、利便性が高いことがわかる。
【0106】
[実施例8]生化学反応におけるナトリウムイオンの除去
ミオ−イノシトールデヒドロゲナーゼ活性を有する細菌(特開2007−20512号公報記載の「グルコノバクター・エスピーAB10289菌株」)では、静止菌体反応溶液中のナトリウムイオンにより、デヒドロゲナーゼ反応(ミオ−イノシトールの酸化によるシロ−イノソースの生成)が阻害される。シロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を利用した、反応溶液中のナトリウムイオンの除去による静止菌体反応(膜酵素による酸化反応)の活性化の効果を検討した。
【0107】
AB10289菌の培養は、1%酵母エキス、1%グルコース、pH5.5に調製した滅菌培養液で行った。微量の菌をバッフル付三角フラスコに入れた培養液に植菌して、27℃、3日間、ロータリーシェーカー(180rpm)で培養を行った。
【0108】
培養終了後、培養液1mlを取り出し、遠心分離後、上清を捨てて、菌体を得た。この菌体を100mMカリウム-リン酸緩衝液pH5.5 1mlに懸濁し、遠心分離後、上清を捨てる操作を2回行ない、洗浄静止菌体を得た。
【0109】
基本反応条件として、この静止菌体に3%ミオ−イノシトール溶液1mlを加えて懸濁(静止菌体反応溶液)後、27℃、レシプロシェーカー(135rpm)、好気条件にて、4時間菌体反応を行なった。反応終了後、3倍希釈し、遠心分離を行ない、上清をHPLCで分析した。HPLC分析条件は、カラム:Wakosil5NH2カラム(φ4.6mm×250mm)、移動相:80%アセトニトリル、カラム温度:20℃、流速:2.0ml/min、検出器:RI検出器であり、この条件で、シロ−イノソース、ミオ−イノシトールの順に溶出し、相互に明瞭に分離し、定量できた。
【0110】
試験として、3%ミオ−イノシトールの他の溶液の組成を変更し反応を行った。組成の変更は、反応液にナトリウムイオンが200mMになるように塩化ナトリウムを加えた試験区、反応液にシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムが100mMになるようにした試験区、反応液にナトリウムイオンが200mMとシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムが100mMになるようにし、不溶性の結晶を除去した試験区(除去後、ナトリウムイオン濃度は8mMになる)、および無添加の試験区を用いた。
【0111】
【表5】

【0112】
無添加の試験区は本来の酸化活性を有しており、相対活性を比較する上で100%の活性とした。一方、表の結果から明らかなように、塩化ナトリウムが200mMの試験区では酸化活性は8%まで低下しており、ナトリウムイオンが静止菌体反応(膜酵素による酸化反応)を阻害していることが判る。また、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムのみ添加した試験区では阻害はされていない。
【0113】
他方、塩化ナトリウムをシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムを加えて処理後、ナトリウムイオンが低下した試験区では酸化活性が89%まで回復しており、ナトリウムイオンによる阻害が解除されていることが判る。
【0114】
このように、本発明のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩による選択的不溶化方法は、生化学反応におけるナトリウムイオンの除去に好適に利用できることが判った。上記例の他、本発明の方法は、血液(ナトリウムイオン濃度140mM)や、その他の生化学反応などにおけるサンプルからのナトリウムイオンの除去などへの応用が可能である。
【0115】
[実施例9]濃縮海水から得られる濃縮海水塩からのリチウムの精製
海水を濃縮処理して得られる濃縮海水塩として、特開2009−161794号公報記載の「濃縮海水」を参考に以下の無機塩組成を有するサンプル溶液を調製した。
【0116】
サンプル溶液(300ml):塩化ナトリウム 25.0g、塩化マグネシウム 2.2g、塩化カルシウム 31.9g、塩化リチウム 10.0g(pH6.5)
【0117】
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム溶液は、以下の組成で混合し、95℃で溶解後、20分間70℃においた後に、室温まで冷却して調製した。
【0118】
シロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム溶液(1000ml):シロ−イノシトール 97.3g、ホウ酸 66.8g、水酸化カリウム 61.2g
【0119】
サンプル溶液とシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウム溶液を混合(1300ml)すると液は白濁し、結晶が多量に析出した。3時間後、結晶をろ過して、ろ液をさらに300mlまで濃縮し、白濁する結晶を再度ろ過し、ろ液を乾固させた。ここにエタノールを100ml加えて、固体からエタノール溶解性の無機塩を抽出した。溶解しない無機塩の主たる物質は塩化カリウムであり、未反応のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体二カリウムもここに含まれていた。
【0120】
抽出されたエタノール溶液を乾固し、白色粉末を10.9g得た。X線解析により、この粉末には、塩化リチウム(純度95%)、他は、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化カリウム、ホウ酸、シロ−イノシトールが含まれていることが判った。
【0121】
さらにこの粉末を水に溶解し、濃縮して、塩化リチウムを晶析し、ろ過を行い純度99%以上の塩化リチウム(7.53g)を得た。
【0122】
また、不溶化してろ別されたシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩は、pH2以下になるまで塩酸を加えて、複合体を分解し、ここにメタノールを加えてシロ−イノシトールを不溶化させた。これをろ別して、水洗し、シロ−イノシトール 94.5gを回収した(回収率97%)。
【0123】
このように、濃縮海水塩からシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を利用して、リチウ
ムの精製が可能である事が判る。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明の溶液中のナトリウムイオン濃度および/または第2族元素イオン濃度を低下させる技術は、医・農薬、化成品の製造・精製工程における選択的陽イオンの除去や、アニオン排除剤の製造、各種イオン測定・LC−MS分析、診断、遺伝子操作におけるサンプル調製や前処理工程などにおける、溶液中に共雑するナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的除去を必要とする場面において利用できる。
【0125】
また、結晶の析出を濁度として目視できることからフィールドワークでのイオンの検出への利用や、高速増殖炉の放射化ナトリウムの洗浄液からの回収などにも利用可能である。
【0126】
また、近年、電池に使用されているリチウムの需要の増加に伴い、海水からのリチウムの製造が注目されているが、当該技術はアルカリ金属イオンへの選択性を生かし、リチウムイオンを残存し、海水中に多量に含まれるナトリウムイオン等を選択的に除去することにより、リチウムの精製方法に応用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンを含有する溶液に、水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩を加え、複合体塩における陽イオンをナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンで置換せしめ、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させることを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化方法。
【請求項2】
請求項1の方法によって、溶液中のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させた後、
溶液中から固液分離により、シロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/または第2族元素塩を除去することを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的除去方法。
【請求項3】
請求項1の方法によって、溶液中のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体のナトリウム塩および/またはシロ−イノシトール二ホウ酸複合体の第2族元素塩を不溶化させた後、
溶液中の複合体塩を検出することを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的検出方法。
【請求項4】
水溶性のシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩が、アンモニウム塩、リチウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩およびセシウム塩からなる群から選ばれる、少なくとも1種または2種以上の塩からなることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
アンモニウム塩、リチウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩およびセシウム塩からなる群から選ばれる、少なくとも1種または2種以上の塩からなるシロ−イノシトール二ホウ酸複合体塩からなることを特徴とする、ナトリウムイオンおよび/または第2族元素イオンの選択的不溶化剤。

【公開番号】特開2012−148238(P2012−148238A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−8716(P2011−8716)
【出願日】平成23年1月19日(2011.1.19)
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【Fターム(参考)】