説明

ナノメートルサイズのpH感知用材料とその製造方法

【課題】
種々のpH値の水溶液に対して侵されない安定なナノメートルサイズのpH感知用材料ならびにその製造方法を提供する。
【解決手段】
窒化ホウ素ナノ構造物をドーパミン水溶液に浸漬してポリドーパミン薄膜をコートした後、該生成物を銀イオン溶液に浸漬して80℃で24時間処理して銀ナノ粒子を付着させ、さらに、この生成物をビオチン-フルオレセイン溶液に浸漬してビオチン-フルオレセインが付着したナノメートルサイズのpH感知用材料を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノメートルサイズのpH感知用材料とその製造方法に関する。より詳しくは、窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインがこの順序で付着しているナノメートルサイズのpH感知用材料とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内の生物化学反応、生物物理機能、体液などはプロトンに対して高度に感受性があり、pH値を調べることが著しく重要な要素となってきた。したがって、このような状況に対処するためには微小なpH感知器を開発することが必要不可欠である。pHによる色変化や吸光度の強度変化、フォトルミネッセンスの強度変化を利用したpH感知器が知られている。これらの感知器はフェノールレッドやフルオレセインを高分子に固定化した材料を用いてpH値を計測感知している(例えば、非特許文献1,2参照。)。また、一次元の単層カーボンナノチューブをフルオレセイン-ポリエチレングリコールで修飾したpH感知器も提案されている(たとえば、非特許文献3参照。)。さらに、最近、4-メルカプト安息香酸と金ナノ粒子との集合体を用いて、ラマンスペクトルとpHの関係を調べた報告もある(たとえば、非特許文献4参照。)。
【0003】
【非特許文献1】「O.Korostynska,ほか、Sensors, 7巻、3027頁、2007年。」
【非特許文献2】「C.G.Cooney,ほか、Sensors and Actuators, B, Chemical, 62巻、177頁、2000年。」
【非特許文献3】「N.Nakayama-Ratchfold,ほか、J.Am.Chem.Soc. 129巻、2448頁、2007年。」
【非特許文献4】「J.Kneipp,ほか、Nano Lett. 7巻、2819頁、2007年。」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
フルオレセイン分子は、pHによって紫外-可視スペクトル強度、フォトルミネッセンス強度、ラマンスペクトル強度が変化するため、pH感知材料として有望である。窒化ホウ素ナノチューブをフルオレセインのテトラヒドロフラン溶液で処理すると、フルオレセイン分子が窒化ホウ素ナノチューブにしっかりと固定化され、黄色の複合体を形成する。この複合体はエタノール溶液に対しては侵されず安定であるが、フルオレセインは親水性であるため、水溶液中では溶け出して窒化ホウ素ナノチューブから離れて、元の白色の窒化ホウ素ナノチューブ単体に戻ってしまう。
本発明は、種々のpH値の水溶液中でもフルオレセイン分子が窒化ホウ素ナノ構造物にしっかりと固定化され、水溶液に侵されることのない安定なナノメートルサイズのpH感知用材料ならびにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するものとして、発明1は、ナノメートルサイズのpH感知用材料であって、窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインがこの順序で付着していることを特徴とする。発明2は、ナノメートルサイズのpH感知用材料の製造方法であって、窒化ホウ素ナノ構造物をドーパミン水溶液に浸漬してドーパミンの自己重合によってポリドーパミンを付着させ、次に、該ポリドーパミンが付着した窒化ホウ素ナノ構造物を銀イオン溶液に浸漬して80℃で24時間処理して銀ナノ粒子を付着させ、該生成物をさらにビオチン-フルオレセイン溶液に浸漬してビオチン-フルオレセインを付着させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインがこの順序で付着させることにより耐水性のナノメートルサイズのpH感知用材料が初めて実現される。また、本発明の方法により、窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインがこの順序で付着したナノメートルサイズのpH感知用材料を簡単な方法で容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】窒化ホウ素ナノチューブにポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインが付着したナノメートルサイズのpH感知用材料の走査型電子顕微鏡像の写真である。
【図2】窒化ホウ素ナノチューブにポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインが付着したナノメートルサイズのpH感知用材料の透過型電子顕微鏡像の写真である。
【図3】窒化ホウ素ナノチューブにポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインが付着したナノメートルサイズのpH感知用材料のエネルギー分散型X線分析の測定結果を示す図である。
【図4】種々のpH値におけるpH感知用材料の紫外-可視吸収スペクトルの測定結果を示す図である。
【図5】種々のpH値におけるpH感知用材料のフォトルミネッセンススペクトルの測定結果を示す図である。
【図6】種々のpH値におけるpH感知用材料のラマンスペクトルの測定結果である。
【図7】pH感知用材料のpH値とラマンスペクトル強度比の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明に使用する窒化ホウ素ナノ構造物は化学的気相堆積法をはじめとする既知の種々の方法で製造され、窒化ホウ素ナノチューブや窒化ホウ素ナノワイヤーとして知られているものであり、その外径は80nm程度である。pHの感知のために使用するフルオレセインは、テトラヒドロフランを溶媒とする溶液中に窒化ホウ素ナノ構造物を浸漬処理することでしっかりと固定化されてエタノール溶液に侵されない付着性を有しているが、親水性であるため水溶液中で容易に窒化ホウ素ナノ構造物から離脱してしまう。この対策として、予め、窒化ホウ素ナノ構造物をドーパミン水溶液で処理して、ドーパミンを自己重合させてポリドーパミンの薄膜を付着させておき、さらに該生成物を銀イオン溶液中に浸漬し、銀イオンをドーパミンで還元して銀ナノ粒子を付着させ、この生成物をフルオレセインにビオチンを化学結合させた化合物のテトラヒドロフラン溶液中に浸漬して超音波処理すると、銀とビオチン分子に含まれる硫黄との反応により、Ag-S結合が生成してしっかりと固定化されると共に、ビオチンに含まれるS原子やO原子が窒化ホウ素ナノ構造物のB原子と強い相互作用を持つため、水溶液中においてフルオレセインは侵されず窒化ホウ素ナノ構造物から離脱せずに安定に存在する。すなわち、上述のように、窒化ホウ素ナノ構造物を修飾することとフルオレセイン単独ではなく、フルオレセインとビオチンとが予め化学結合している化合物を使用することで水溶液中に溶け出さない安定したフルオレセインの付着物となるのである。
上記の処理により、窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子及びビオチン-フルオレセインがこの順序で付着したナノメートルサイズの材料構造物が得られる。
このナノメートルサイズの材料構造物は、種々のpH値を有する水溶液中に浸漬しても侵されず安定であり、ラマンスペクトル、紫外-可視スペクトル、フォトルミネッセンススペクトルなどを測定することにより、予め、スペクトル強度とpH値の関係を求めておけば、スペクトル強度を調べることにより、未知の材料のpH値を知ることができる。
次に、実施例を示して、さらに具体的に説明する。
【実施例1】
【0009】
窒化ホウ素ナノチューブは、文献に示されている既知の方法(Dmitri Golberg, et al: Adv.Mater. 19巻、2413頁、2007年)で製造した。生成した窒化ホウ素ナノチューブの外径は80nm程度であった。
次に、緩衝剤のトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン10ミリモルを脱イオン水1mlの中に添加して水溶液とし、この中にドーパミン2mgを加えて、pH=8.4の水溶液とした。この水溶液の中に窒化ホウ素ナノチューブを浸漬して、窒化ホウ素ナノチューブにドーパミンをコートした。ドーパミンは上記したpH値のアルカリ性では、ポリドーパミンへと自己重合して薄膜を形成している。このポリドーパミンがコートされた窒化ホウ素ナノチューブの水溶液をろ過し、表面に付着している遊離のドーパミンを除去するために脱イオン水で5回洗浄した。その後、このポリドーパミンがコートされた窒化ホウ素ナノチューブを0.01モルの硝酸銀水溶液中に浸漬して、80℃で24時間処理した。この処理によって、銀イオンはポリドーパミンによって還元され、銀のナノ粒子となった。次に、ポリドーパミン及び銀のナノ粒子が付着した窒化ホウ素ナノチューブをアルドリッチ社製のビオチン-フルオレセインのテトラヒドロフラン溶液中に浸漬し、超音波処理を施して、ビオチン-フルオレセインを付着させた。この生成物は、水に不溶であるので、水溶液中に溶出することはなかった。
【0010】
上記の生成物の走査型電子顕微鏡像の写真を図1に示した。この写真から、窒化ホウ素ナノチューブに銀ナノ粒子が付着していることが分かった。また。この生成物の透過型電子顕微鏡像の写真を図2に示したが、窒化ホウ素ナノチューブの外径は80nm程度で銀ナノ粒子の直径は、ほぼ20nmであることが分かった。さらに、この生成物のエネルギー分散型X線分析の結果を図3に示したが、元素状の銀のシグナルが現れており、銀ナノ粒子が付着していることが分かった。なお、この図に現れている銅のシグナルは試料作製時に用いた銅グリッドに由来するものである。
【0011】
次に、燐酸緩衝生理食塩水溶液を調整して種々のpH値を有する水溶液を得た。種々のpH値を有する溶液の紫外-可視スペクトルを測定した結果を図4に示した。498nmに吸収ピークを持ち、pH値が大きくなるほど吸収スペクトルの強度も大きくなっていることが分かる。
【0012】
この溶液のフォトルミネッセンススペクトルを測定した結果を図5に示した。この図から、pH値が大きくなるにつれてフォトルミネッセンスの強度も増大することが分かった。pH値に対して、この強度をプロットした結果を挿入図に示したが、pH値の増大につれてフォトルミネッセンスの強度が大きくなっていることが分かる。
【0013】
種々のpH値におけるラマンスペクトルを測定した結果を図6に示した。この図において、Aのピーク波長1187cm-1およびBのピーク波長1636cm-1が存在することが分かった。そこで、このBの強度とAの強度との比をpH値に対してプロットした結果を図7に示した。pHの値が大きくなるにつれてB/Aの比の値が大きくなることが分かった。
以上のごとく、これらの結果から、この材料系がpHの計測に利用できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明により、窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインがこの順序で付着したナノメートルサイズの材料構造物が簡単な製造方法で得られたので、この系を用いてナノメートルサイズのpH感知器への応用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化ホウ素ナノ構造物にポリドーパミン、銀ナノ粒子およびビオチン-フルオレセインがこの順序で付着していることを特徴とするナノメートルサイズのpH感知用材料。
【請求項2】
窒化ホウ素ナノ構造物をドーパミン水溶液に浸漬して、ドーパミンの自己重合によるポリドーパミンを付着させ、次に、該ポリドーパミンが付着した窒化ホウ素ナノ構造物を銀イオン溶液に浸漬して80℃で24時間処理して銀ナノ粒子を付着させ、該生成物をさらにビオチン-フルオレセイン溶液に浸漬して、ビオチン-フルオレセインを付着させることを特徴とするナノメートルサイズのpH感知用材料の製造方法。

























【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−169458(P2010−169458A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10581(P2009−10581)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】