説明

ナノ炭素材料の細胞培養液中分散方法

【課題】 ナノ炭素材料を簡便で、均一かつ安定した状態で動物細胞培養液中に分散する方法を見いだし、ナノ炭素材料の毒性試験を正確かつ効率的に行う。
【解決手段】 ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合して混合液を作製し、該混合液を、残りの培地成分を含む動物細胞培養液と混合することにより、細胞毒性試験用のナノ炭素材料が分散した細胞培養液を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ炭素材料を動物細胞培養液に分散させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在ナノ炭素材料は、燃料電池用電極材、化粧品、バイオセンサー、ガス担持材などの広範囲な分野への応用が盛んに研究されている。また材料実用化のための安全性評価は欠かすことができない。しかし、ナノ炭素材料の安全性評価を行うためには、動物細胞培養液中にナノ炭素材料を均一、安定に分散することが必要とされている。
【0003】
このような方法として、これまで、ナノ炭素材料分散液を用いて動物細胞培養液中にナノ炭素材料を分散させることが行われてきたが、ナノ炭素材料を細胞培養液中に均一に分散することは、細胞培養液が高いイオン強度を有することから、細胞培養液中ではナノ炭素材料同士が会合凝集しやすいため、極めて困難であった(非特許文献1〜4)。例えば、ナノ炭素材料分散液と細胞培養液の超音波処理が知られているが、この方法によっても、高濃度のナノ炭素材料分散液を作製することはきわめて難しい上に、炭素材料同士の会合、凝集を防ぐことはできず、会合したミクロンオーダーの残渣を遠心処理や濾過処理する操作を必要とするなど問題があった。またこれらの操作をすることで予定する仕込み濃度と大きくかけ離れた材料濃度の分散液が作製されてしまう問題があった。
さらに、微粒子の一般的分散手段として知られている界面活性剤の使用は、動物細胞に対する影響を考慮すると、ナノ炭素材料の安全性評価試験としての細胞試験には適用できない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Particle and Fibre Toxicology 2007, 4:6
【非特許文献2】Particle and Fibre Toxicology 2006, 3:11
【非特許文献3】Toxicology in Vitro 23 (2009) 927-934
【非特許文献4】TOXICOLOGICAL SCIENCES 95(2), 300-312 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点を解消する点にあり、極めて、簡便な方法で、毒性評価対象のナノ炭素材料を動物細胞培養液中に安定、かつ均一に分散させる方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、予め、動物細胞培養用の培地成分であるタンパク質の水溶液と、ナノ炭素材料原末またはその水分散溶液を混和させ、その後、動物細胞培養液中に添加することにより、格別の装置を必要とすることなく、簡便、安価かつ効率的にナノ炭素材料の細胞毒性試験用培養液を作製し得ることを見いだし、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は以下のとおりである。
【0007】
(1)ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合して混合液を作製し、該混合液を、残りの培地成分を含む動物細胞培養液と混合することを特徴する、ナノ炭素材料が分散した細胞毒性試験用培養液の製造方法。
(2)ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液との混合液の作製及び/又は該混合液と残りの培地成分を含む動物細胞培養液との混合を柔軟な密閉容器中で行うことを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3)タンパク質が、ウシ血清アルブミンであることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合した混合液からなることを特徴とする、ナノ炭素材料の動物細胞毒性試験用培養液の作製用試薬。
(5)ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合した混合液が柔軟な密閉容器中に収納されていることを特徴とする、上記(4)に記載の試薬。
(6)タンパク質が、ウシ血清アルブミンであることを特徴とする上記(4)又は(5)に記載の試薬。
【発明の効果】
【0008】
本発明のナノ炭素材料を動物細胞培養液に分散させる方法は、従来法の遠心処理や濾過処理する操作を実施する煩わしさを完全に失くし、誰でも容易に安定な分散液を作製可能で、当作業時間を著しく減少し、ナノ炭素材料の安全性評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明における、ナノ炭素材料を細胞培養液に分散させる方法の手順(その1)を示す図である。
【図2】流動場分離法を用いて、本発明におけるナノ炭素材料に対するタンパク質の吸着状態を解析した結果を示す図である。
【図3】本発明における、ナノ炭素材料を細胞培養液に分散させる方法の手順(その2)を示す図である。
【図4】動的光散乱法を用いて、本発明における細胞培養液中に分散されたナノ炭素材料のサイズと分散安定性を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、予め動物細胞培養液の培地成分であるタンパク質成分の水溶液と、ナノ炭素材料原末またはその分散液とを混和し、その後該動物細胞培養液と混和することにより、ナノ炭素材料が均一安定に分散した上記細胞培養液を得るものであり、特に、イオン強度が高くナノ炭素材料の分散が困難で、しかも界面活性剤を使用できない、ナノ炭素材料の細胞毒性試験用動物細胞培養液を作製するのに好適な方法である。
【0011】
以下に、図1を参酌して、本発明の分散法について説明する。
本発明においては、まず安全性評価の評価対象として選定されたナノ炭素材料を水に分散させて、ナノ炭素材料の水分散液1を作製するが、これには、超音波処理あるいはホモジナイザー等の手段が用いられる。
【0012】
次に、動物細胞培養液に使用する培地成分中のタンパク質成分の一部又は全部を水に溶解させてタンパク質溶液2を調整する。
本発明においては、上記のようにして得られたナノ炭素材料水分散液1とタンパク質水溶液2とを混合して、混合分散液3を得る。
タンパク質水溶液を使用する場合、上記混合は穏和な手段でもよく、例えば、ボルテックスミキサーあるいはマグネチックスタラー等の簡単な攪拌手段でよく、さらに、ナノ炭素材料水分散液1とタンパク質水溶液2とを収容した容器を手で持ちシェイクしたり、あるいは攪拌棒を用いて容器中で攪拌してもよく、極めて容易に混合分散液3を得ることができる。
【0013】
また、より簡便、確実な方法は、ナノ炭素材料水分散液1とタンパク質水溶液2を、プラスチックフィルム等からなる柔軟な密閉容器に収納し、該容器を手で揉むようにして内容物を攪拌するかあるいはシェイクする方法である。このような密閉容器を使用すれば、混合時、混合溶液の飛散が防止され、次の細胞培養液との混合も同様な混合分散手段が適用できるから、次の細胞培養液との混合用容器としても使用できる。また、このような容器としては透明性材料から形成されたものが好ましく、このような透明性のある密閉容器を使用すれば、混合分散状態を、目視で確認でき、また、使い捨ての容器であっても良い。
【0014】
また、図1の手順においては、混合分散液3は、ナノ炭素材料を水に分散させて得たナノ炭素材料の水分散液1とタンパク質溶液2とを混合して得ているが、図3に示すように、ナノ炭素材料の原末6をタンパク質溶液7に混合、分散させて、混合分散液8を作製してもよい。混合分散液8の作製に当たっては、超音波処理あるいはホモジナイザー等の手段が用いられる。
【0015】
このようにして得られた混合分散液3ないし8は、ナノ炭素材料の細胞毒性試験を行うための動物細胞培養液を作製するための試薬として用いられる。
すなわち、該混合液3ないし8は、残りの培地成分を含有する動物細胞培養液4(図3では9)と混合する。
残りの培地成分とは、例えば、KClやNaClなどの無機塩、グルコースや各種アミノ酸・ビタミンなどの細胞栄養成分、フェノールレッドなどのpH指示薬等をいい、また、上記ナノ炭素材料分散液の混合に用いたタンパク質成分量では不足する場合には、さらに不足するタンパク質成分量を追加する。
このときの混合も、ナノ炭素材料水分散液1とタンパク質水溶液2との上記混合手段と同様な手段を用いることができる。これにより、ナノ炭素材料が均一、安定な状態で分散した動物細胞培養液5(図3では10)が得られる。
【0016】
このようにして得た該動物細胞培養液を用いてヒト、その他の動物細胞を培養し、該動物細胞の状態を観察することにより、使用したナノ炭素材料の安全性を評価することができる。
上記したことから明らかなように、本発明においては、ナノ炭素材料分散液を直接培養液中に分散する従来法において必要となる、遠心分離、フィルター、限外濾過処理などの未分散の試料の精製手段を用いることなく、均一、安定なナノ炭素材料が分散した動物細胞培養液を得ることができる。
【0017】
本発明において分散対象のナノ炭素材料は、平均粒子径100〜500nmを有するナノ炭素材料であって、例えばカーボンブラック、ナノダイヤ、フラーレン、カーボンナノチューブ等が挙げられる。特に本発明においては、従来分散が困難であった平均粒子径100〜200nmの超微小ナノ炭素材料であっても、容易に動物細胞培養液中に分散することができる。
【0018】
本発明に用いるタンパク質としては、水などの溶剤に容易に溶解し、細胞培養液の成分として使用するものであればよく、例えばウシ血清アルブミン、ヒト血清アルブミン、ウマ血清アルブミン等が挙げられる。
【0019】
本発明によれば、特別の装置を必要とせず、ナノ炭素材料を動物細胞培養液中に極めて高濃度(例えば、10mg/mL)で均一分散可能であり、安全性評価試験においては、通常設定されるナノ炭素材料の濃度範囲は完全にカバーできる。
本発明においては、動物細胞培養液中のナノ炭素材料分散液におけるナノ炭素材料の目的とする濃度に応じて、ナノ炭素材料水分散液中のナノ炭素材料の濃度を設定すればよく、これにより、動物細胞培養液中のナノ炭素材料分散液におけるナノ炭素材料濃度を任意に調節することができる。
また、予め、ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液との混合に用いられるタンパク質成分含有水溶液中のタンパク質成分の量(濃度)も、残りの動物培養液中のタンパク質成分との合計量が、動物細胞の培養における通常の範囲内にあれば自由に調節可能である。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0021】
実施例1
市販のカーボンブラック水分散液(Aqua-Black001:東海カーボン製:19.2wt%)300μL(図1-1)をウシ血清アルブミン水溶液(33mg/mLまたは66mg/mL)600μL(図1-2)に注ぎ、軽く手で混和する。この分散溶液900μL(図1-3)を5100μLの細胞培養液(主にダルベッコ変法イーグル培地:DMEMと10wt%ウシ胎児血清で構成される)(図1-4)と混和した。完全に均一に分散された0.96wt%のカーボンブラック/細胞培養液分散液(図1-5)6mLが作製された。動的光散乱法にて確認したところ、ミクロンオーダーの粒子を含まない単峰の粒径分布を持つ安定なナノ炭素材料分散液が作製されたことが確認された。このとき、細胞培養液分散液中のカーボンブラック0.96wt%(mg/mL)に対し、約2mg/mLのウシ血清アルブミンが飽和吸着していることが流動場分離法を用いることにより確認された。すなわち、図2の結果によれば、規定濃度のBSA水溶液にナノ炭素材料を入れることによって、実測されるフリーのタンパク質量が軽減していることが明らかである。本発明においては、このような吸着粒子が静電的に反発することにより、均一、安定な分散液が得られたものと推測される。
一方、細胞培養液中にウシ血清アルブミンの次に多く含まれるグルコースで同様の検討を行ったところ、会合を防ぐことはできなかった。
【0022】
実施例2
はじめに市販のカーボンナノチューブ(CNT)原末0.2mg(図3-6)をウシ血清アルブミン水溶液(3.3mg/mL)(図3-7)1mL中にて超音波処理する。このときの超音波処理条件は140W、25Hz、8時間である。次に、この分散溶液(図3-8)1mLを目的濃度になる割合比で細胞培養液(主にダルベッコ変法イーグル培地:DMEMと10wt%ウシ胎児血清で構成される)(図3-9)に注ぎ、軽く手で混和した。完全に均一に分散された分散試料について(図3-10)、全有機炭素法(TOC法)を用いて仕込みCNT濃度から期待される培地分散液におけるCNT濃度が一致するかについて確認した結果を表に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
混和した比率から期待されるCNT濃度と実験誤差範囲内で一致するCNT濃度が観測されたことから、本方法を用いることでCNTが均一且つ容易に期待する目的濃度に調整することができることが確認された。他のナノ炭素材料と同様CNTは細胞培養液中のウシ血清アルブミンを吸着枯渇させるので、仕込み時のCNT水分散液におけるCNTおよびウシ血清アルブミンの媒質濃度を変化させることにより、細胞培養液中のCNTおよびウシ血清アルブミンの濃度を任意の値に調整することが可能である。一方、細胞培養液中での直接分散を超音波照射にて行ったところ、高いイオン強度の影響から完全均一分散は難しく沈澱生成を防ぐことはできなかった。
【0025】
実施例3
市販のナノダイヤ水分散液(7.1wt%)1408.5μLをウシ血清アルブミン水溶液(11.7mg/mlまたは23.4mg/ml)2817μLへ注ぎ、軽く手で混和する。この水分散液を5774.5μLの細胞培養液(主にダルベッコ変法イーグル培地:DMEMと10%ウシ胎児血清で構成される)と混和した。完全に均一に分散された0.98wt%のナノダイヤ/細胞培養液分散液10mLが作製された。動的光散乱法にて確認したところ、市販のナノダイヤ水分散液中におけるナノダイヤの大きさ(図4-N1)に対し、牛血清アルブミン水溶液中(図4-N2)ならびに細胞培養液中(図4-N3)に分散されたナノダイヤの大きさは、大きくなっているものの1週間以上安定に分散されていることがわかった。さらに本発明を用いて細胞培養液中に分散されたナノダイヤの大きさは、混和前の牛血清アルブミン水溶液中に分散されたナノダイヤの大きさと同一であることがわかった。一方、細胞培養液中でナノダイヤ水分散液の直接分散を行ったところ、会合してしまい分散することができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
以上のように、本発明におけるナノ炭素材料を動物細胞培養液に分散する方法は、誰でも短時間かつ容易にナノ炭素材料の安全性評価のための安定な分散液を作製できるだけでなく、イオン強度の高い液体へのナノ炭素材料分散法としても適しており、多様な応用が期待できる。
【符号の説明】
【0027】
1 炭素材料分散液
2 タンパク質を水に溶解させた液
3 1と2を混ぜ合わせて軽く手で混和した液
4 細胞培養液
5 3と4を混ぜ合わせて混和した液
6 CNT原末
7 タンパク質を水に溶解させた液
8 6と7を混ぜ合わせて超音波分散した液
9 細胞培養液
10 8と9を混ぜ合わせて軽く混和した液
N1 ナノダイヤ水分散液中のナノダイヤの大きさ
N2 N1とウシ血清アルブミン水溶液を混和した時のナノダイヤの大きさ
N3 N2と細胞培養液を混和した時のナノダイヤの大きさ
dl 光強度基準平均粒径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合して混合液を作製し、該混合液を、残りの培地成分を含む動物細胞培養液と混合することを特徴する、ナノ炭素材料が分散した細胞毒性試験用培養液の製造方法。
【請求項2】
ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液との混合液の作製及び/又は該混合液と残りの培地成分を含む動物細胞培養液との混合を柔軟な密閉容器中で行うことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
タンパク質が、ウシ血清アルブミンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合した混合液からなることを特徴とする、ナノ炭素材料の動物細胞毒性試験用培養液の作製用試薬。
【請求項5】
ナノ炭素材料原末またはナノ炭素材料水分散液と動物細胞培養液中の成分であるタンパク質成分含有水溶液とを混合した混合液が柔軟な密閉容器中に収納されていることを特徴とする請求項4に記載の試薬。
【請求項6】
タンパク質が、ウシ血清アルブミンであることを特徴とする請求項4又は5に記載の試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−29683(P2012−29683A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−133099(P2011−133099)
【出願日】平成23年6月15日(2011.6.15)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「ナノ粒子特性評価手法の研究開発/キャラクタリゼーション・暴露評価・有害性評価・リスク評価手法の開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】