説明

ナノ物質間の光エネルギーの伝達制御方法および装置、ならびにナノ物質間の光エネルギーの伝達効率評価方法および装置

【課題】ナノ物質間における光エネルギーの伝達を制御するための技術を提供する。
【解決手段】制御装置200は、光源201と、基板固定部202と、検出部203と、振動外場発生部204と、制御部205とを備える。光源201は、ナノ構造体20に含まれるナノ物質(セグメント)に光誘起分極を生じさせる光を発生させる。ナノ構造体は、基板4に固着した第1のナノ物質(セグメント1に相当)と、第2のナノ物質(セグメント2に相当)と、第1および第2のナノ物質を接合する接合ナノ物質とを備える。振動外場発生部204は、接合ナノ物質の特定の振動状態を励振するための振動外場を生じさせる。制御部205は、検出部203による検出結果に基づいて、振動外場発生部204によって発生される振動外場の強度(たとえばテラヘルツ波の強度)、あるいは、光源201のパワーを制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ物質間の光エネルギーの伝達制御方法および装置、ならびにナノ物質間の光エネルギーの伝達効率の評価方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
2つのナノ物質が光の波長以下のスケールまで近接した系に光が照射された場合、それらのナノ物質の各々に、その光による分極が生じる。光誘起分極した2つのナノ物質間の相互作用によって、当該物質間に引力あるいは斥力が生じる。具体的には、光の電場の振動方向、すなわち偏光の方向が2つの物質の配列方向に平行である場合、2つの物質間に引力が働く。一方、偏光の方向が2つの物質の配列方向と垂直である場合には、2つの物質間に斥力が働く。これが物質間光誘起力の基本的なメカニズムである。
【0003】
このようなメカニズムを用いたナノ物質の操作方法が、たとえば特表2006−027863号公報(特許文献1)に開示される。特許文献1によれば、複数のナノ物質からなるナノ物質集団に、当該ナノ物質の電子的励起準位に共鳴する光が照射される。上記方法によれば、その光の偏光方向を変化させることによってナノ物質間に作用する引力または斥力が、ナノ物質の操作に利用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2006−027863号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、環境およびエネルギー問題についての意識が高まることにより、光エネルギー変換に関する研究開発が盛んに行なわれている。たとえば太陽光電池に関しては、光エネルギーから電気エネルギーへの変化効率を高めるための研究開発、あるいは太陽光電池の素材に関する研究開発が盛んに行なわれている。
【0006】
一方では、高いエネルギー変換効率が得られる原理を解明するための試みもなされている。たとえば、光合成に関する機構といった、生態系における光電変換系の機構を解明するための取り組みがなされている。別の例では、光捕集機能を有するデンドリマー(たとえばポルフィリンデンドリマー)におけるエネルギーの移動に関して数多くの研究がなされている。
【0007】
上記デンドリマーでは、光捕集アンテナ(側鎖)からコアに高い効率(たとえば70〜80%の量子効率)でエネルギーを伝達することが可能である。このようなエネルギー伝達に関して、たとえば以下のようなモデルが提案されている。すなわち、光励起によってデンドリマーの最外殻に励起子が形成される。この励起子が分子振動(フォノン)の補助を受けることによって、エネルギーがデンドリマーの最外殻からデンドリマーのコア部に効率よく輸送される。
【0008】
上記特許文献1は、ナノ物質を光によって操作する技術を開示するものの、ナノ物質間における光エネルギーの伝達効率について開示していない。したがって特許文献1は、ナノ物質間における光エネルギーの伝達を制御するための技術を開示していない。
【0009】
本発明の目的は、ナノ物質間における光エネルギーの伝達を制御するための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一局面に従うナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法は、各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体を準備するステップと、第1のナノ物質に光を照射するステップと、振動外場によって、接合ナノ物質の所定の振動モードを励振するステップと、振動外場の強度を制御することにより、第1のナノ物質から第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を制御するステップとを備える。
【0011】
好ましくは、制御するステップは、第2のナノ物質に伝達された光エネルギーの強度および周波数に基づいて、振動外場の強度を変化させるステップを含む。
【0012】
好ましくは、準備するステップは、ナノ構造体を冷却するステップを含む。
好ましくは、第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定される。光は、基板の表面の近傍に生じたエバネッセント光である。
【0013】
好ましくは、ナノ構造体は、有機分子である。振動外場は、赤外線(テラヘルツ波を含む)である。
【0014】
本発明の他の局面に従うナノ物質間の光エネルギー伝達制御装置は、光源と、振動外場発生部と、制御部とを備える。光源は、各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体に含まれる、第1のナノ物質に、光を照射する。振動外場発生部は、接合ナノ物質の所定の振動モードを励振するための振動外場を発生させる。制御部は、振動外場の強度を制御することにより、第1のナノ物質から第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を制御する。
【0015】
好ましくは、制御部は、第2のナノ物質に伝達された光エネルギーの強度および周波数に基づいて、振動外場の強度を変化させる。
【0016】
好ましくは、制御装置は、ナノ構造体を冷却する冷却部をさらに含む。
好ましくは、第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定される。光源は、エバネッセント光を基板の表面の近傍に生じさせる。
【0017】
好ましくは、ナノ構造体は、有機分子である。振動外場は、赤外線(テラヘルツ波を含む)である。
【0018】
本発明のさらに他の局面に従うナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法は、各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体のモデルの初期条件を設定するステップと、接合ナノ物質の所定の振動モードが振動外場によって励振された状態を模擬するステップと、第1のナノ物質に光が照射されたことによって生じる第2のナノ物質の分極を算出するステップと、分極に基づいて、第1のナノ物質から第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を評価するステップとを備える。
【0019】
好ましくは、評価するステップは、分極の絶対値の時間平均の極大値に基づいて、伝達効率を評価するステップを含む。
【0020】
好ましくは、評価するステップは、極大値を、その大きさによって複数のレベルの各々と比較するステップを含む。複数のレベルは、伝達効率と関連付けられる。
【0021】
好ましくは、模擬するステップは、接合ナノ物質の振幅を変更するステップを含む。評価するステップは、極大値に対応する光周波数と振幅との間の相関関係を決定するステップを含む。
【0022】
好ましくは、評価するステップは、接合ナノ物質の振幅が一定である場合における、極大値に対応する光周波数を決定するステップを含む。
【0023】
好ましくは、評価方法は、量子化学計算によって、所定の振動モードに対応する接合ナノ物質の共振周波数を算出するステップをさらに備える。
【0024】
好ましくは、第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定される。第1のナノ物質に照射される光は、基板の表面の近傍に生じたエバネッセント光である。
【0025】
好ましくは、ナノ構造体は、有機分子である。振動外場は、赤外線(テラヘルツ波を含む)である。
【0026】
本発明のさらに他の局面に従うナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置は、初期条件設定部と、模擬部と、分極算出部と、評価部とを備える。初期条件設定部は、各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体のモデルの初期条件を設定する。模擬部は、接合ナノ物質の所定の振動モードが振動外場によって励振された状態を模擬する。分極算出部は、第1のナノ物質に光が照射されたことによって生じる第2のナノ物質の分極を算出する。評価部は、分極に基づいて、第1のナノ物質から第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を評価する。
【0027】
好ましくは、評価部は、分極の絶対値の時間平均の極大値に基づいて、伝達効率を評価する。
【0028】
好ましくは、評価部は、極大値を、その大きさによって複数のレベルの各々と比較する。複数のレベルは、伝達効率と関連付けられる。
【0029】
好ましくは、模擬部は、接合ナノ物質の振幅を変更する。評価部は、極大値に対応する光周波数と振幅との間の相関関係を決定する。
【0030】
好ましくは、評価部は、接合ナノ物質の振幅が一定である場合における、極大値に対応する光周波数を決定する。
【0031】
好ましくは、評価装置は、量子化学計算によって、所定の振動モードに対応する接合ナノ物質の共振周波数を算出する共振周波数解析部をさらに備える。
【0032】
好ましくは、第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定される。第1のナノ物質に照射される光は、基板の表面の近傍に生じたエバネッセント光である。
【0033】
好ましくは、ナノ構造体は、有機分子である。振動外場は、赤外線(テラヘルツ波を含む)である。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、ナノ物質間における光エネルギーの伝達を制御するための技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施の形態に係るナノ物質間の光エネルギーの伝達制御を説明するためのモデルを示した図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る評価方法を実行するコンピュータ100のハードウェア構成を説明した図である。
【図3】図2に示したCPU120の機能的構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る評価方法の処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【図5】本発明の実施の形態に係る評価方法に用いられるナノ構造体の一例を説明する図である。
【図6】接合ナノ物質3が伸縮していない状態におけるセグメント2の分極の絶対値の時間平均を示した図である。
【図7】接合ナノ物質3が伸縮する状態におけるセグメント2の分極の絶対値の時間平均を示した図である。
【図8】分極|P|の振幅bの依存性を示した図である。
【図9】セグメント2の分極の増強率のスペクトルを示した図である。
【図10】本発明の実施の形態に係るナノ物質間の光エネルギーの伝達制御装置の概略的構成を示した図である。
【図11】図10に示された制御装置200によるナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法を説明するためのフローチャートである。
【図12】図10に示された制御装置200によるナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法の他の例を説明するためのフローチャートである。
【図13】本発明の応用例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下において、本発明の実施の形態について図面を参照して詳しく説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0037】
本発明において、「ナノ物質」は、ナノメートルのオーダーのサイズを有する粒子、構造体等を含む。「ナノメートルのオーダー」とは1から数百ナノメートルの範囲を含み、典型的には1から100ナノメートルの範囲である。
【0038】
本発明において、「光応答性を有するナノ物質」とは、光の照射によって光誘起分極が生じるナノ物質を意味する。一般には、誘電率、または分極率または光学的感受率が大きなナノ物質が好ましい。光応答性を有するナノ物質は、有機高分子、半導体量子ドット、金属ナノ粒子等を含むがこれらに限定されるものではない。光誘起分極とは、物質中の電子の運動が光によって励起されることにより生じる、物質の電気分極である。
【0039】
本発明において、「接合ナノ物質」とは、光応答性を各々有する2つのナノ物質間を接合するナノ物質を意味する。接合ナノ物質は、伸縮性を有するナノ物質であれば特に限定されず、たとえば鎖状分子およびポリマー等を含む。
【0040】
本発明において、「振動外場」とは、接合ナノ物質の共振周波数に実質的に等しい周波数を有する外場を意味する。接合ナノ物質の共振周波数とは、接合ナノ物質の特定の振動状態(所定の振動モード)を励振させる周波数である。「共振周波数に実質的に等しい周波数」とは、上記振動状態を励振させることが可能な周波数を意味する。なお、「接合ナノ物質の共振周波数」は「接合ナノ物質のフォノンの固有振動数」と読み替えることがで
きる。
【0041】
この明細書において、「エネルギー」と「周波数(または角周波数)」とは相互に読み替え可能である。量子力学によれば、エネルギーEと角周波数ωとの間には、E=h/2π×ω(hはプランク定数)との関係が成立する。さらに、角周波数ωと周波数fとはω=2πfの関係にある。したがってこの明細書において「エネルギー」と「周波数(または角周波数)」とは相互に読み替え可能である。以下においては周波数fと角周波数ωとを区別する必要がない限り、「周波数」との用語は周波数fおよび角周波数ωの両方を包含するものとする。また、波長λは周波数fの逆数であるので、この関係に従って「エネルギー」と「波長」とを相互に読み替えることもできる。
【0042】
<ナノ物質間の光エネルギーの伝達制御のモデル>
図1は、本発明の実施の形態に係るナノ物質間の光エネルギーの伝達制御を説明するためのモデルを示した図である。図1を参照して、ナノ構造体10は、光応答性を有するナノ物質1,2と、ナノ物質1,2に接合される接合ナノ物質3とを備える。このモデルでは、ナノ物質1,2は互いに同じ物質である。接合ナノ物質3は伸縮可能なナノ物質である。
【0043】
以下の説明においては、接合ナノ物質との区別が容易となるように、ナノ物質1,2をそれぞれ「セグメント1」および「セグメント2」と称する。このモデルでは、セグメント1,2の各々は、記述の簡略化のため球体で模しているが、特に限定されるものではない。
【0044】
基板4は、透明な材料からなる。セグメント1は基板4に固定される。ナノ構造体10は、基板4の屈折率よりも低い屈折率を有する媒質中に置かれている。
【0045】
光6は、全反射条件を満たす入射角で基板4に入射する。基板4の表面で光6が全反射することによって、基板4の表面にエバネッセント光が生じる。このエバネッセント光がセグメント1に入射することによってセグメント1が励起される。セグメント1が励起されることによって、セグメント1に光誘起分極が生じる。なお、セグメント1に入射される光の偏光方向はZ方向である。セグメント2の感受率が0でなければ、初期においてセグメント2の光誘起分極は0であってもよい。
【0046】
一方、振動外場7が接合ナノ物質3に適用される。振動外場7の周波数は、接合ナノ物質3の共振周波数であり、本実施の形態では、すなわちフォノンの固有振動数Ωに等しい周波数である。この接合ナノ物質3の共振周波数は、古典的な弾性振動の固有振動数でもよく、特に限定されるものではない。このような振動外場によって、接合ナノ物質3の特定の振動状態が励振されるとともに、接合ナノ物質3はZ方向に沿って伸縮する。
【0047】
接合ナノ物質3がZ方向に沿って伸縮することによって、セグメント2がZ方向に振動する。セグメント1の位置を基準位置(Z=0)とすると、セグメント1に対するセグメント2の相対距離dはd=a+bcosΩt(t:時間)と表わされる。aは、セグメント2の初期位置であり、たとえばレナード−ジョーンズポテンシャルに含まれる引力項(1/rのポテンシャル項)および斥力項(1/r12のポテンシャル項)が互いに等しくなるときの位置に対応する。bは、接合ナノ物質3の振幅、言い換えればフォノンの振幅である。なお、bは、a以下の値である。
【0048】
振動数Ωはセグメント1を励起する光6の周波数に比べて十分に低い。したがって、接合ナノ物質のフォノンの振動は、光6に共鳴するセグメント2の光誘起分極の振動よりも十分にゆっくりであり、断熱近似を適用することができる。
【0049】
本発明の実施の形態では、接合ナノ物質3の振動(フォノン)がセグメント1,2間の光エネルギーの伝達を補助する。言い換えると、本発明の実施の形態では、接合ナノ物質3の振動(フォノン)を制御することによって、セグメント1,2間の光エネルギーの伝達が制御される。
【0050】
セグメント1からセグメント2に光エネルギーが伝達されることにより、セグメント2からシグナルが発せられる。セグメント2から発せられたシグナルは検出部5によって検出される。セグメント2から発せられたシグナルに基づいて、光エネルギーの伝達効率を評価することが可能になる。
【0051】
本発明の実施の形態では、接合ナノ物質3の振動(フォノン)の具体的な制御として、振幅bを制御する。振幅bを制御することによって、たとえばセグメント1からセグメント2への光エネルギーの伝達効率を一定に保つことができる。あるいは、良好な伝達効率が得られるように、光エネルギーの伝達効率を制御することが可能になる。振幅bは、振動外場7の強度を制御することによって制御することができる。
【0052】
<光エネルギーの伝達効率の評価>
図1に示されるモデルに従うナノ物質間の光エネルギーの伝達効率の評価について以下に説明する。まず、接合ナノ物質のフォノンの固有振動数は、以下に説明する量子化学計算によって見積もることができる。
【0053】
Hohenberg−Kohnの定理によれば、基底状態のエネルギーEelは、電子密度ρにより一義的に決定できる。さらに、基底状態のエネルギーEel(ρ(r))は、電子密度ρ(r)に関して最小化することにより得られる。基底状態のエネルギーEelは、以下の式(1)に従って表わされる。
【0054】
【数1】

【0055】
は電子の運動による運動エネルギーの項であり、Eは核−電子引力と核間の反発エネルギーの項である。Eは電子−電子反発項であり、電子密度のクーロン自己相互作用に関する項である。EXCは交換相互作用における電子−電子相互作用を除く残りの部分に対応する。なお、基底関数には、系に適した関数の線形結合が用いられる。
【0056】
セグメントの分極Pは、以下の式(2)に従って表わされる。
【0057】
【数2】

【0058】
j番目のセグメントの感受率χはLorentz型の光学的感受率であり、以下の式(3)に従って表わされる。
【0059】
【数3】

【0060】
ここでΘは、ステップ関数であり、セグメントの内部ではΘ=1となり、セグメントの外部ではΘ=0となる。ωelは、電子の固有周波数であり、物質の材料が既知の場合には文献から求めることもでき、未知の場合には、h/2π*ωel=Eelの関係から、式(1)に従って求めることもできる(hはプランク定数)。Vは、j番目のセグメントの体積である。Dは遷移双極子モーメントを表わす。
【0061】
応答光電場Eは、ナノ物質中のMaxwell方程式とグリーン関数とを用いて、以下の式(4)に従って表わされる。
【0062】
【数4】

【0063】
球状のセルを用いた離散化積分方程式より導かれた分極Pと電場Eとは、以下の式(5)および式(6)に示される連立方程式から自己無撞着に決定できる。
【0064】
【数5】

【0065】
式(6)におけるSは、光電磁場を介した自己相互作用に関する係数である。
初期においてセグメント1のみが励起されていると仮定する。セグメント1,2は同じナノ物質である。セグメント1の分極Pおよびセグメント2の分極Pは、以下の式(7)および式(8)に従ってそれぞれ表わされる。
【0066】
【数6】

【0067】
qは光の波数(すなわち波長の逆数に比例)である。式(7)および式(8)におけるXは、以下の式(9)に従って表わされる。
【0068】
【数7】

【0069】
式(9)に示されるように、セグメント2の光誘起分極Pは、Green関数G(d)を通じて相対距離dの関数となる。Green関数G(d)は、図1の配置では、以下の式(10)に従って表わされる。
【0070】
【数8】

【0071】
なお、上記のように、dは、d=a+bcosΩtと表わされる。
フォノン振動数Ωの逆数(=1/Ω)で定まる周期よりも十分長い時間にわたる光誘起分極Pの絶対値の時間平均が算出される。分極Pの絶対値の時間平均が大きいことは、セグメント1から接合ナノ物質3を介してセグメント2に光エネルギーが伝達されたことによって、セグメント2において有意な大きさの分極が生じたことを表わす。したがって、分極Pの絶対値の時間平均を評価することにより、ナノ物質間の光エネルギーの伝達効率を評価することができる。なお、以下では、分極Pの絶対値を|P|と表わす場合がある。また、分極Pの絶対値の時間平均を「分極P(または|P|)の時間平均」と呼ぶ場合もある。
【0072】
<評価装置および評価方法>
図2は、本発明の実施の形態に係る評価方法を実行するコンピュータ100のハードウェア構成を説明した図である。図2を参照して、コンピュータ100は、コンピュータ本体101と、フレキシブルディスク(Flexible Disk、以下「FD」と呼ぶ)ドライブ103と、光ディスクドライブ104と、通信インターフェイス105と、モニタ106と、キーボード107と、マウス108とを備える。FDドライブ103、光ディスクドライブ104、通信インターフェイス105、キーボード107およびマウス108は、バス102を介してコンピュータ本体101に接続される。
【0073】
FDドライブ103は、FD113から情報を読み出すとともにFD113に情報を記録する。光ディスクドライブ104は、CD−ROM(Compact Disc Read−Only Memory)114等の光ディスクに記録された情報を読み出す。通信インターフェイス105
は、コンピュータ100の外部の装置と通信回線(図示せず)を通じてデータを授受する。
【0074】
コンピュータ本体101は、CPU(Central Processing Unit)120と、ROM
(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)を含むメモリ121と、ハードディスク122とを含む。CPU120、メモリ121、ハードディスク122は、バス102に接続される。
【0075】
ハードディスク122は、ナノ構造物のモデルに関するモデルパラメータ130と、評価プログラム131と、接合ナノ物質の共振周波数を算出するための共振周波数解析プログラム132と、解析条件133と、解析パラメータ134と、評価結果135とを格納する。ハードディスク122は、直接アクセスメモリ装置の一例であって、ハードディスク122のかわりに、他の種類の直接アクセスメモリ装置を用いてもよい。
【0076】
モデルパラメータ130は、セグメントのサイズ(半径、体積等)、電子系の共鳴エネルギー、双極子モーメント、等のナノ構造物のモデルに関する各種のパラメータを含む。解析条件133は、共振周波数解析プログラム132の実行のための各種の条件を含む。解析パラメータ134は、共振周波数解析プログラム132の実行に用いられる各種のパラメータを含む。
【0077】
共振周波数解析プログラム132が実行されることによって共振周波数Ωが算出される。算出された周波数Ωは、たとえばモデルパラメータ130の一部としてハードディスク122に保存される。
【0078】
評価プログラム131は、モデルパラメータ130に基づいてナノ物質間の光エネルギーの伝達効率を評価するためのプログラムである。評価結果135は、評価プログラム131の実行結果を含む。なお、評価プログラム131および共振周波数解析プログラム132が1つのプログラムに統合されてもよい。
【0079】
モデルパラメータ130、解析条件133および解析パラメータ134は、通信インターフェイス105を介して外部のデータベースから供給されてもよい。同様に、評価プログラム131および/または共振周波数解析プログラム132は、FD113およびCD−ROM114等の記憶媒体によってコンピュータ100に供給されてもよく、あるいは、他のコンピュータから通信回線を経由してコンピュータ100に供給されてもよい。
【0080】
上記の評価プログラム131および共振周波数解析プログラム132は、CPU120により実行されるソフトウェアである。CPU120が上記プログラムを実行することによって、コンピュータ100は、ナノ物質間の光エネルギーの伝達効率を評価するための装置として機能する。
【0081】
図3は、図2に示したCPU120の機能的構成を示すブロック図である。図3を参照して、CPU120は、共振周波数解析部150と、伝達効率解析部160と、解析制御部170とを備える。伝達効率解析部160は、振動状態模擬部162と、初期条件設定部164と、分極算出部166と、評価部168とを含む。
【0082】
共振周波数解析部150は、解析条件133および解析パラメータ134に基づき、共振周波数解析プログラム132に従って接合ナノ物質の共振周波数を算出する。共振周波数解析プログラム132は、上述した量子化学計算に従って接合ナノ物質の共振周波数Ωを算出するためのプログラムである。共振周波数解析部150によって算出された共振周波数Ωは、モデルパラメータ130の一部としてハードディスク122に格納される。ただし、共振周波数Ωはモデルパラメータ130とは別のパラメータとしてハードディスク122に格納されてもよい。
【0083】
振動状態模擬部162は、モデルパラメータ130から接合ナノ物質の共振周波数Ω、セグメント2の初期位置aおよび振幅bの値を取得する。振動状態模擬部162は、共振周波数Ω、初期位置aおよび振幅bを取得することにより、時間tに応じて変化するセグメント1,2間の相対距離d(=a+bcosΩt)を決定する。振動状態模擬部162は、相対距離dを表わす関数を決定することにより、接合ナノ物質の特定の振動状態が振動外場によって励振された状態を模擬する。
【0084】
初期条件設定部164は、モデルパラメータ130から、セグメントのサイズ(半径、体積等)、電子系の共鳴エネルギー等のパラメータを取得することにより、ナノ複合体の初期条件を設定する。初期条件とは、セグメント1への光の入射によってセグメント1のみが分極した状態に対応する。セグメント1に入射する光は、基板の表面近傍に生じたエバネッセント光である。
【0085】
分極算出部166は、初期条件設定部164によって設定されたナノ複合体の上記条件、および振動状態模擬部162によって設定されたセグメント1,2間の相対距離d(=a+bcosΩt)に基づき、評価プログラム131に従って、セグメント2の分極P
の時間平均を算出する。評価プログラム131は、上記の式(8)に従って分極Pの時間平均の光エネルギースペクトルを数値計算するためのプログラムである。
【0086】
評価部168は、分極算出部166の算出結果、すなわち分極Pの時間平均の光エネルギースペクトルに基づいて、セグメント1からセグメント2への光エネルギーの伝達効率を評価する。評価部168は、評価結果135をハードディスク122に格納する。
【0087】
解析制御部170は、共振周波数解析部150および伝達効率解析部160を統括的に制御する。
【0088】
図4は、本発明の実施の形態に係る評価方法の処理の流れの一例を示すフローチャートである。このフローチャートの処理は、図2および図3に示したコンピュータ100により実行される。なお、本発明の実施の形態に係る評価方法は図4に示した順序に従って実行されるものと限定されない。たとえば処理の順序が適宜変更されてもよいし、複数の処理が並行して実行されてもよい。
【0089】
図4を参照して、ステップS1において、モデルパラメータ130に基づいてナノ複合体の初期条件が設定される。ステップS2において、接合ナノ物質のフォノンまたは弾性振動の共振周波数を解析するための解析条件133および解析パラメータ134がCPU120に入力される。ステップS3において、共振周波数解析プログラム132に従って、接合ナノ物質の共振周波数が算出される。ステップS4において、ステップS3の処理によって算出された共振周波数およびモデルパラメータに基づいて、接合ナノ物質の特定の振動状態(所定の振動モード)が振動外場によって励振された状態、すなわちセグメント1,2間の相対距離dがd=a+bcosΩtの関係式に従って時間的に変化する状態が模擬される。
【0090】
接合ナノ物質の共振周波数が文献等によって既知である場合には、ステップS3の処理が不要となる。この場合には、共振周波数Ωの既知の値をモデルパラメータ130に予め含めればよい。
【0091】
ステップS5において、評価プログラム131に従ってセグメント2の分極Pの絶対値の時間平均(|P|)が算出される。なお、複数の振幅bの各々に対して|P|が算出されてもよい。この場合、たとえば、ステップS5において|P|が算出された後に、処理がステップS4に戻されるとともに、振幅bが変化される。複数の振幅bのすべてに対して|P|が算出された後に、処理はステップS6に進む。
【0092】
ステップS6において、分極|P|(分極Pの絶対値の時間平均)に基づいて、セグメント1からセグメント2への光エネルギーの伝達効率が評価される。
【0093】
1つの例では、|P|の極大値が複数のレベル(たとえば3つのレベル)と比較される。これにより、光エネルギーの伝達効率のレベル(たとえば「高レベル」「中レベル」および「低レベル」のいずれかのレベル)が評価される。別の例では、|P|の極大値に対応する光周波数と振幅bとの関係が決定される。これにより、所望の伝達効率が得られるときにセグメント2から出力される光の周波数、およびそのときの接合ナノ物質の振幅を求めることができる。さらに別の例では、振幅bが一定である場合における、|P|の極大値に対応する光周波数が決定される。これにより、振幅bが一定である状態において光エネルギーがセグメント1からセグメント2に伝達されたときに、高い伝達効率を達成可能な光周波数(セグメント2から出力される光の周波数)を求めることができる。ステップS7において、評価結果が出力される。ステップS7の処理が終了すると全体の処理が終了する。
【0094】
図5は、本発明の実施の形態に係る評価方法に用いられるナノ構造体の一例を説明する図である。図5を参照して、ナノ構造体10は、2つのポルフィリン分子を連結することで構成される。接合ナノ物質3は、ナノ構造体10の中心部分に対応する。
【0095】
上記ステップS3の処理により、ナノ構造体10の中心部分がよく伸縮する振動モードの振動数、すなわち接合ナノ物質3のフォノンの固有振動数は、30.08(THz)と求められる。すなわち接合ナノ物質3の特定の振動モードを励振させる振動外場は赤外線(テラヘルツ波を含む)である。なお、固有振動数の計算において、E,E,Eには、6−31Gを用い、EXCにはB3LYPを用いた。(上記の伸縮モードよりは振動子強度が小さいものの、テラヘルツ領域にあたる1.42132(THz)にも伸縮モードが存在することを、さらに高精度の6−31G+(d)を用いた計算で確認している。)
【0096】
さらに、ステップS4,S5の処理により、セグメント2の分極Pの絶対値の時間平均の光エネルギースペクトルが算出される。この計算に用いられるモデルパラメータを以下に説明する。セグメント1,2の半径aは1.0(nm)である。図1のモデルによればセグメント1,2は球体であるので、セグメント1,2の体積Vは、4πa/3となる。さらに、光から光以外の散逸を表わす緩和定数γは0.1(meV)である。すなわち初期条件では、ナノ構造体10の周囲温度は低温である。さらに、セグメント1,2の電子系の共鳴エネルギーEel=h/2π×ωelを2.84(eV)とし、双極子モーメントD=8(D)とした。
【0097】
図6は、接合ナノ物質3が伸縮していない状態におけるセグメント2の分極の絶対値の時間平均を示した図である。接合ナノ物質3が伸縮していない状態においてd=aである。
【0098】
図6を参照して、相対距離dが2.5(nm)の場合、2.9(nm)の場合および3.3(nm)の場合のいずれにおいても、光エネルギースペクトルには2つのピークが生じる。セグメント1,2間の距離dが小さくなるほど、2つのピークの間の間隔が大きくなる。一方、セグメント1,2間の距離dが大きくなるほど、2つのピーク間の間隔が小さくなる。接合ナノ物質3が伸縮していない状態では、2つのセグメントの間の距離を大きくするほど、セグメント1,2の各々を独立した1つの粒子に近似することができる。このため、dを大きくするほど2つのピークの間の間隔が小さくなる。
【0099】
図7は、接合ナノ物質3が伸縮する状態におけるセグメント2の分極の絶対値の時間平均を示した図である。なお、時間平均の範囲を0〜0.1(nsec)とした。また、a=2.9(nm)とし、振幅bを0.1(nm)、0.3(nm)、0.5(nm)、0.7(nm)の間で変化させた。
【0100】
図7を参照して、振幅bが小さな場合には分極|P|の極大値が見られない光周波数領域において、振幅bを大きくすることにより分極|P|の極大値が現れる。このことは、上記の光周波数領域において、振幅bを大きくすることにより、セグメント1からセグメント2への光エネルギー移動が可能となる(すなわち光エネルギーの伝達効率が向上する)ことを示している。たとえば2.99(eV)よりも低いエネルギーの領域において、bを大きくするにつれて分極|P|の極大値が生じる。同じように、3.02(eV)よりも高いエネルギー領域においても、bを大きくすることによって、分極|P|の極大値が生じる。このように分極|P|の極大値の大きさを評価することによって、エネルギーの伝達効率を評価することができる。
【0101】
2.99(eV)よりも低エネルギー側の領域では、bを大きくすることで分極|P|の極大値に対応するエネルギー(光周波数)の値が小さくなる。逆に3.02(eV)よりも高エネルギー側の領域では、bを大きくすることで分極|P|の極大値に対応するエネルギー(光周波数)の値が大きくなる。このことは、光エネルギーの効率的な移動が生じる光周波数をbの値によって制御できることを示す。このように|P|の極大値に対応する光周波数と振幅bとの関係が決定されることで、所望の伝達効率を得ることが可能な光周波数(セグメント2から出力される光の周波数)を評価することができる。
【0102】
上記のようにセグメント1,2間の相対距離dはcosΩtに従って変化する。このため、セグメント2の速度は、セグメント2がセグメント1に最も近づいた場合(d=a−b)およびセグメント2がセグメント1から最も遠ざかった場合(d=a+b)において最も小さくなる。すなわちd=a−bおよびd=a+bにおいてセグメント2の滞在時間が長くなる。このため、それによってピークの分裂が明瞭に生じるようになる。
【0103】
図7は、振幅bが大きいほど2つのピークの間の間隔が広がることを示している。セグメント2がセグメント1に近づくときにはセグメント1,2間の距離がより小さくなる一方、セグメント2がセグメント1から遠ざかるときにはセグメント1,2間の距離がより大きくなる。セグメント1,2間の距離がより小さくなるので、外側のピークは、より離れる。その一方で、セグメント1,2間の距離がより大きくなるので、内側のピークの差が小さくなる。すなわちセグメント1,2の各々が1粒子に近づく。これによりカバーできる周波数領域を広げることができる。
【0104】
スペクトルがブロードになることで、セグメント1の吸収スペクトルと、セグメント1からセグメント2にエネルギーが移動するときの緩和スペクトルとがオーバーラップする。これによってエネルギーの移動が効率よく行なわれる。
【0105】
図8は、分極|P|の振幅bの依存性を示した図である。図8を参照して、振幅bの最適値、すなわち最も効率よく光エネルギーがセグメント1からセグメント2に伝達されるときの振幅bの値は光エネルギー(周波数)に依存する。図8に示した光エネルギーの値は、光スペクトルにおける分極|P|の極大値に対応するエネルギーの値である(図7を参照)。
【0106】
図8は、分極|P|の極大値が得られる振幅bの値が光の周波数に依存することを示す。このことは、セグメント1に入射する光の周波数に基づいて振幅bを制御することにより、分極|P|の極大値が得られることを示す。すなわち図8はセグメント1に入射する光の周波数に基づいて振幅bを制御することにより、セグメント1,2間において光エネルギーの伝達効率を制御できることを示す。一方、振幅bが固定されている場合には、一種の波長可変のエネルギー移動を行なうことができる。振幅bは、振動外場の強度によって制御される。したがって図7および図8は、振動外場の強度を制御することにより、セグメント1,2間における光エネルギーの伝達効率を制御できることを示している。
【0107】
図9は、セグメント2の分極の増強率のスペクトルを示した図である。増強率とは、b=0.1(nm)の場合における分極|P|のスペクトル強度に対する、振幅bの各値(0.1以外の値)での分極|P|のスペクトル強度の比である。図9には、b=0.3(nm)、b=0.5(nm)、およびb=0.7(nm)の各場合における増強率が示される。図9において、振幅bが大きくなるほど増強率のピーク値が大きくなることが示される。このことは、光エネルギーの伝達効率が振幅bに依存すること、より具体的には、振幅bが大きくなるほど光エネルギーの伝達効率が上がることを示している。
【0108】
なお、本実施の形態によれば、この増強率を用いて、光エネルギーの伝達効率を評価す
ることも可能である。たとえば増強率を複数のレベルによって評価してもよい。たとえば増強率を複数のレベル(たとえば3つのレベル)と比較することにより、光エネルギーの伝達効率を評価してもよい(たとえば「高レベル」「中レベル」および「低レベル」のいずれかであると評価する)。あるいは、予め実験あるいは計算などにより求められた増強率の値と伝達効率との関係に従って、|P|の値から光エネルギーの伝達効率が評価されてもよい。
【0109】
<制御装置および方法>
図10は、本発明の実施の形態に係るナノ物質間の光エネルギーの伝達制御装置の概略的構成を示した図である。図10を参照して、制御装置200は、光源201と、基板固定部202と、検出部203と、振動外場発生部204と、制御部205とを備える。
【0110】
光源201は、ナノ物質集団20に含まれるナノ物質(セグメント)に光誘起分極を生じさせる光を発生させる。ナノ物質集団20は、図1のモデルに示される基本構造を有する複数のナノ構造体を含む。各ナノ構造体は、基板4に固着した第1のナノ物質(セグメント1に相当)と、第2のナノ物質(セグメント2に相当)と、第1および第2のナノ物質を接合する接合ナノ物質とを備える。なお、複数の第1のナノ物質は基板4の表面に1次元あるいは2次元に配置されてもよい。
【0111】
光源201は、具体的にはレーザ光源である。光源201からのレーザ光はナノ物質に直接入射されてもよい。あるいは、図1のモデルによって説明されるように、基板4の表面で全反射条件が満たされるように光源201からのレーザ光が基板4に入射され、それにより基板4の表面でエバネッセント光を発生させてもよい。この場合には、基板4の表面に生じたエバネッセント光によって第1のナノ物質(セグメント1)に光誘起分極が生じる。
【0112】
基板固定部202は、基板4を固定する。検出部203は、第1のナノ物質から第2のナノ物質に伝達された光エネルギーを検出する。検出部203は、たとえば受光素子であり、第2のナノ物質に伝達された光エネルギーを光の形態で受ける。検出部203の検出結果は制御部205に送られる。ただし検出部203の検出結果が、たとえば制御装置200以外の装置に送られてもよい。
【0113】
振動外場発生部204は、接合ナノ物質の特定の振動状態(所定の振動モード)を励振するための振動外場を生じさせる。ナノ物質集団20が、図5に示されるような2つのポルフィリン分子を連結することで構成されたナノ構造体の集合体である場合、振動外場発生部204としては、赤外線(テラヘルツ波を含む)を発生させる装置が用いられる。
【0114】
なお、赤外線は一般に、300GHz〜400THz(波長に換算すると0.7μm〜1mm)の周波数範囲の電磁波を指す。テラヘルツ波は、0.1THz〜10THzの周波数範囲の電磁波を指し、遠赤外線領域に含まれる。したがって本発明の実施の形態における赤外線の周波数は、300GHz〜400THzの範囲内にあるものとする。
【0115】
本実施形態に記載されたような、フォノンの固有振動数Ωに近い30THz付近の周波数の電磁波は、たとえば9.4μmから10.6μmまでの範囲に主波長帯を有する炭酸ガスレーザ(CO2レーザ)によって発生される。上記波長範囲を周波数に換算すると2
8.3〜31.9THzの周波数帯となる。また、テラヘルツ波は、たとえば半導体多重量子井戸によって発生される。あるいは、テラヘルツ波は、2次非線形結晶に光パルスを照射することで発生される。2次非線形結晶に光パルスを照射することで、差周波が生じる。これによりテラヘルツ波を発生させることができる。具体的には、フェムト秒レーザ(たとえばチタンサファイアレーザ)によってパルス幅100fsの光パルスを用いた場
合、約10THzのテラヘルツ波パルスを発生させることができる。
【0116】
制御部205は、光源201および振動外場発生部204を制御する。たとえば制御部205は、検出部203による検出結果に基づいて、振動外場発生部204によって発生される振動外場の強度(たとえばテラヘルツ波の強度)、あるいは、光源201のパワーを制御する。
【0117】
なお、基板4、ナノ物質集団20および基板固定部202は、冷却装置206によって冷却されてもよい。ナノ物質集団20を冷却することによって、接合ナノ物質に対する振動状態の熱による影響を小さくすることができ、光誘起分極のスペクトル上のピークの広がりを防ぐことができる。これにより、セグメント1およびセグメント2の光誘起分極の特定の振動状態を明瞭に観測することができる。冷却媒体には、たとえば液体窒素、液体ヘリウムを用いることができる。
【0118】
図11は、図10に示された制御装置200によるナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法を説明するためのフローチャートである。このフローチャートの処理は、主として制御部205が光源201および振動外場発生部204を制御することによって実行される。なお、本発明の実施の形態に係る制御方法は図11に示した順序に従って実行されるものと限定されない。たとえば処理の順序が適宜変更されてもよいし、複数の処理が並行して実行されてもよい。
【0119】
図11を参照して、ステップS10において、ナノ物質集団20が準備される。なお、ステップS10において、ナノ物質集団20が冷却されてもよい。
【0120】
ステップS11において、光源201は光をナノ物質集団20に照射する。ステップS12において、振動外場発生部204は、振動外場(たとえば赤外線(テラヘルツ波を含む))を発生させる。ステップS13において、検出部203は、ナノ物質集団20を伝達した光エネルギーを検出する。ステップS14において、制御部205は、検出部203の検出結果に基づいて振動外場を調整する。たとえば、制御部205は、検出部203の検出結果が一定となるように、振動外場の強度を調整する。振動外場の強度を調整することによって、振幅bが変化する。これにより、光エネルギーの伝達効率が制御される。したがって検出部203の検出結果を一定に保つことができる。
【0121】
図12は、図10に示された制御装置200によるナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法の他の例を説明するためのフローチャートである。図12を参照して、このフローチャートの処理によれば、ステップS12Aにおいて、ナノ物質集団20(特に基板4に固定された第1のナノ物質)に入射される光の周波数に基づいて振動外場の強度が決定される。たとえば光エネルギーの伝達効率が最も良くなるように振動外場の強度と光の周波数との間の関係が求められるとともに、その関係が制御部205に予め記憶される。これによりステップS12Aの処理が実行可能である。なお、ステップS10,S11の各々の処理は図11に示した対応するステップの処理と同じであるので、以後の詳細な説明は繰り返さない。
【0122】
以上のように、本発明の実施の形態に係る制御装置によれば、光応答性ナノ物質間を伝達する光エネルギーの伝達効率を振動外場によって制御できる。
【0123】
<応用例>
図13は、本発明の応用例を示した図である。図13を参照して、センサ250は、振動外場発生部204を備えていない点において図10に示した制御装置200と異なる。
【0124】
センサ250は、振動外場がナノ複合体に照射されることによる、光応答性ナノ物質間の光の波長が伝達する間における波長の変化を利用して振動外場を検出する。具体的には、基板4側に予め光を入射する。振動外場が生じた場合には検出部203側に光エネルギーが伝達される。したがって、検出部203による光エネルギーの検出結果に基づいて振動外場を検出できる。
【0125】
特に、上記のような2つのポルフィリン分子が連結された構造を有するナノ複合体を用いた場合には、センサ250を赤外線(テラヘルツ波を含む)の検出器として用いることができる。テラヘルツ波の検出器として数十μm(たとえば30μm)のサイズの構造体が提案されている(Ultra-Broadband Terahertz Wave Detection Using Photoconductive
Antenna, Masaaki ASHIDA, Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 47, No. 10, 2008, pp. 8221-8225を参照)。本発明の実施の形態によれば、テラヘルツ波を検出する
素子の基本構造のサイズを100nm以下に抑えることが期待できる。
【0126】
また、本発明は、接合ナノ物質の力学的性質を解析するための装置として適用することができる。たとえば接合ナノ物質のバネ定数が未知である場合、振動外場によって接合ナノ物質の特定の振動状態を励振させる。このときに得られる光スペクトルの変化を接合ナノ物質の力学的性質、たとえば接合ナノ物質のばね定数の解析に用いることができる。
【0127】
なお、振動外場は、接合ナノ物質の特定の振動状態(フォノン)あるいは弾性振動を励振するものであればよい。したがって、振動外場は、テラヘルツ波を含む赤外線に限定されず、ミリ波、サブミリ波、音波などであってもよい。
【0128】
また、図1のモデルは、本発明に適用可能なナノ複合体の最も基本的な構造を示している。しかしながら本発明に適用可能なナノ複合体の構造は図1に示された構造に限定されるものではない。たとえば、1つの光応答性ナノ物質の周囲に複数の光応答性ナノ物質が放射状に配置されるとともに、当該複数の光応答性ナノ物質が接合ナノ物質によって中心の光応答性ナノ物質に接続された構成を有するナノ複合体も本発明に適用可能である。また、ナノ複合体は層状の物質であってもよい。
【0129】
今回開示された実施の形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内で全ての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明は、光エネルギーの光応答性ナノ物質間の伝達を制御するための装置および方法に適用可能である。さらに本発明は、光応答性ナノ物質間の伝達する光電磁波の波長を制御する装置および方法に適用可能である。たとえば、光スイッチング装置、あるいは光フィルターとして本発明を利用することができる。
【0131】
さらに本発明は、光応答性ナノ物質間の光エネルギーの伝達効率に基づいて振動外場を検出するための装置および方法に適用可能である。
【符号の説明】
【0132】
1,2 ナノ物質(セグメント)、3 接合ナノ物質、4 基板、5,203 検出部、6 光、7 振動外場、10,20 ナノ構造体、100 コンピュータ、101 コンピュータ本体、102 バス、103 フレキシブルディスクドライブ、104 光ディスクドライブ、105 通信インターフェイス、106 モニタ、107 キーボード、108 マウス、114 CD−ROM、121 メモリ、122 ハードディスク、130 モデルパラメータ、131 評価プログラム、132 共振周波数解析プログラ
ム、133 解析条件、134 解析パラメータ、135 評価結果、150 共振周波数解析部、160 伝達効率解析部、162 振動状態模擬部、164 初期条件設定部、166 分極算出部、168 評価部、170 解析制御部、200 制御装置、201 光源、202 基板固定部、204 振動外場発生部、205 制御部、206 冷却装置、250 センサ、S1〜S14,S12A ステップ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、前記第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体を準備するステップと、
前記第1のナノ物質に光を照射するステップと、
振動外場によって、前記接合ナノ物質の所定の振動モードを励振するステップと、
前記振動外場の強度を制御することにより、前記第1のナノ物質から前記第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を制御するステップとを備える、ナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法。
【請求項2】
前記制御するステップは、
前記第2のナノ物質に伝達された光の強度および周波数に基づいて、前記振動外場の強度を変化させるステップを含む、請求項1に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法。
【請求項3】
前記第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定され、
前記光は、前記基板の表面の近傍に生じたエバネッセント光である、請求項1に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法。
【請求項4】
前記ナノ構造体は、有機分子であり、
前記振動外場は、赤外線である、請求項1に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達制御方法。
【請求項5】
各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、前記第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体に含まれる、前記第1のナノ物質に、光を照射する光源と、
前記接合ナノ物質の所定の振動モードを励振するための振動外場を発生させる振動外場発生部と、
前記振動外場の強度を制御することにより、前記第1のナノ物質から前記第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を制御する制御部とを備える、ナノ物質間の光エネルギー伝達制御装置。
【請求項6】
前記制御部は、前記第2のナノ物質に伝達された光の強度および周波数に基づいて、前記振動外場の強度を変化させる、請求項5に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達制御装置。
【請求項7】
前記第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定され、
前記光源は、エバネッセント光を前記基板の表面の近傍に生じさせる、請求項5に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達制御装置。
【請求項8】
前記ナノ構造体は、有機分子であり、
前記振動外場は、赤外線である、請求項5に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達制御装置。
【請求項9】
各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、前記第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体のモデルの初期条件を設定するステップと、
前記接合ナノ物質の所定の振動モードが振動外場によって励振された状態を模擬するステップと、
前記第1のナノ物質に光が照射されたことによって生じる前記第2のナノ物質の分極を算出するステップと、
前記分極に基づいて、前記第1のナノ物質から前記第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を評価するステップとを備える、ナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法。
【請求項10】
前記評価するステップは、
前記分極の絶対値の時間平均の極大値に基づいて、前記伝達効率を評価するステップを含む、請求項9に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法。
【請求項11】
前記模擬するステップは、前記接合ナノ物質の振幅を変更するステップを含み、
前記評価するステップは、
前記極大値に対応する前記光周波数と前記振幅との間の相関関係を決定するステップを含む、請求項10に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法。
【請求項12】
量子化学計算によって、前記所定の振動モードに対応する前記接合ナノ物質の共振周波数を算出するステップをさらに備える、請求項9に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法。
【請求項13】
前記第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定され、
前記第1のナノ物質に照射される光は、前記基板の表面の近傍に生じたエバネッセント光である、請求項9に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法。
【請求項14】
前記ナノ構造体は、有機分子であり、
前記振動外場は、赤外線である、請求項9に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価方法。
【請求項15】
各々が光応答性を有する第1および第2のナノ物質と、前記第1および第2のナノ物質を接続するとともに伸縮性を有する接合ナノ物質とを含むナノ構造体のモデルの初期条件を設定する初期条件設定部と、
前記接合ナノ物質の所定の振動モードが振動外場によって励振された状態を模擬する模擬部と、
前記第1のナノ物質に光が照射されたことによって生じる前記第2のナノ物質の分極を算出する分極算出部と、
前記分極に基づいて、前記第1のナノ物質から前記第2のナノ物質への光エネルギーの伝達効率を評価する評価部とを備える、ナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置。
【請求項16】
前記評価部は、前記分極の絶対値の時間平均の極大値に基づいて、前記伝達効率を評価する、請求項15に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置。
【請求項17】
前記模擬部は、前記接合ナノ物質の振幅を変更し、
前記評価部は、前記極大値に対応する前記光周波数と前記振幅との間の相関関係を決定する、請求項16に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置。
【請求項18】
量子化学計算によって、前記所定の振動モードに対応する前記接合ナノ物質の共振周波数を算出する共振周波数解析部をさらに備える、請求項15に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置。
【請求項19】
前記第1のナノ物質は、光学的に透明な基板に固定され、
前記第1のナノ物質に照射される光は、前記基板の表面の近傍に生じたエバネッセント光である、請求項15に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置。
【請求項20】
前記ナノ構造体は、有機分子であり、
前記振動外場は、赤外線である、請求項15に記載のナノ物質間の光エネルギー伝達効率評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−83427(P2012−83427A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227622(P2010−227622)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2010年 8月18日 社団法人日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集 第65巻第2号(2010年秋季大会)第4分冊」および2010年 8月30日 社団法人応用物理学会発行の「第71回応用物理学会学術講演会 講演予稿集」に発表
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】