説明

ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクマーカー及びその用途

【課題】ナノ粒子の吸引曝露による発がんのリスクを判定・評価するために有用な指標(リスクマーカー)及びその用途を提供することを課題とする。
【解決手段】ナノ粒子の吸入曝露による発がんに対するリスクマーカーとして、マクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α)が提供される。また、被検者より採取された検体中におけるMIP1αのレベルを指標として発がんリスクを評価する方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は発がんリスクマーカー及びその用途に関する。詳しくは、ナノ粒子の吸入曝露による発がんの危険性を知る上で有用なリスクマーカー及びそれを利用したリスク検査法などに関する。
【背景技術】
【0002】
ナノ材料の開発及び実用化が精力的に進められている。例えば、ナノ粒子化した二酸化チタン(TiO2)は、化粧品、歯磨き粉、ホワイトチョコレート、布、白色のペンキなど、日常生活で使用する物品に幅広く用いられている。生産量は世界で1000万トンを上回る。しかし、ナノ粒子TiO2の吸入曝露による、発がん性を含めた健康に対するリスクは未だ明らかとなっていない。今後、様々な分野でナノ粒子の商品化が進められ、生産量は飛躍的に増大すると予想される。生産現場、消費者におけるナノ粒子の生体への侵入経路は、エアロゾールの形態から呼吸曝露による可能性が高い。特に製造従事者の健康被害に対する十分な対策を講じることが今後求められるであろう。尚、ナノ材料の発がん性に関係するものではないが、過去に報告された発がんリスク評価法を以下に示す(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−121029号公報
【特許文献1】特表2007−504842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
現在、アスベスト曝露と中皮腫発生との関連が社会的に注目されている。本邦ではアスベストの使用の規制が遅れたために、現在もなお多数の中皮腫患者を出すに至っている。現在、年間1000人の中皮腫死亡例が報告されている。当時からリスク管理を十分に行い、吸入曝露した人のうちリスクの高い患者に対して発症前からの処置を行っていれば、現在おこる患者数の増大には至らなかったと考えられる。
【0005】
ナノ材料の危険性は未知であるが、アスベストによる健康被害の轍を踏まないためにも、ナノ材料の危険性を明らかにし、必要な対策を講じることが望まれる。その際に留意すべきは、ナノ材料の曝露によってリスクが高い者であっても、実際にがんを発症するまでには10年以上かかると予想されることである。高リスクの患者を対象に早期診断及びそれに伴う早期治療を開始できれば、がんの発症リスクを下げることが可能となる。しかし、未だがんの発症をみない段階から、ナノ材料に曝露した人の中から発がんリスクが高い者を見いだすことは、従来の技術では困難である。
【0006】
そこで本発明の課題は、ナノ材料の吸入曝露と発がんとの関係に関して有益な情報を提供するとともに、発がんのリスクを判定・評価するために有用な指標(リスク評価マーカー)及びその用途としての発がんリスク検査法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
広範に利用されているナノ粒子TiO2による肺発がん発症例は現在のところ報告されていないが、現在の曝露によって将来、発症が予想される。そこで本発明者らはナノ粒子TiO2に注目し、その発がん性を調べた。その結果、ナノ粒子TiO2をラットに吸入曝露した場合、肺発がんが促進されることを見出した。さらに、ナノ粒子TiO2を貪食した肺胞マクロファージがマクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α:macrophage inflammatory protein 1α)を分泌することで、肺の上皮細胞の増殖が促進されることを見出した。またMIP1αは、ナノ粒子TiO2を短期間に曝露した際にも血中に検出されることが明らかとなった。これらの結果は、ナノ粒子TiO2を吸入曝露した場合、肺がんが形成される以前から、血中にMIP1αが検出されることを示唆している。このように、本発明者らの鋭意検討の結果、ナノ粒子TiO2の吸入曝露により肺がんが誘発されること、MIP1αがその発がんメカニズムに関与すること、更にはMIP1αが肺がん発症の指標として有効であり、しかも血中で検出され得ることが明らかとなった。換言すれば、ナノ粒子TiO2の吸入曝露による発がんのリスクを判定・評価するための指標としてMIP1αが極めて有用であることが判明した。以下に示す本発明は当該成果に基づく。
[1]マクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α)からなる、ナノ粒子の吸入曝露による発がんに対するリスクマーカー。
[2]被検者より採取された検体中における、[1]に記載のリスクマーカーのレベルを指標として用いることを特徴とする、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査する方法。
[3]以下のステップ(1)〜(3)を含む、[2]に記載の方法、
(1)被検者より採取された検体を用意するステップ、
(2)前記検体中の前記リスクマーカーを検出するステップ、及び
(3)検出結果に基づいて発がんリスクを評価するステップ。
[4]前記リスクマーカーの検出値が高い場合に発がんリスクが高いと評価する、請求項3に記載の方法。
[5]前記ナノ粒子がナノサイズの二酸化チタンである、[2]〜[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6]前記発がんのリスクが肺癌又は乳癌の発症リスクである、[2]〜[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7]前記検体が血漿又は血清である、[2]〜[6]のいずれか一項に記載の方法。
[8]抗マクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α)抗体からなる、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査するための試薬。
[9][8]に記載の試薬を含む、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査するためのキット。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】ナノ粒子TiO2の肺発がんプロモーション作用の検討。実験方法の概略を上段に示す。下段は肺組織の染色像。矢印は肺胞マクロファージを示す。
【図2】DHPNで誘発した肺過形成および肺腺腫の頻度に対するナノ粒子TiO2の影響を示す表。
【図3】ナノ粒子TiO2の吸入曝露による発がんのメカニズムの解析。実験方法の概略を左上に示す。右上は肺胞の組織染色像。矢印は肺胞マクロファージを示す。下段はマクロファージ数、SOD活性及び8-OHdGの量をナノ粒子TiO2吸入曝露群と対照群の間で比較したグラフ。
【図4】ナノ粒子TiO2投与によって、肺でのMIP1αの発現が上昇することを示す実験結果。
【図5】ナノ粒子TiO2を貪食したマクロファージの培養上清を用いた実験の方法(左上、右下)と結果(右上、左下)。TiO2を貪食したマクロファージの培養上清が肺がん培養細胞の細胞増殖を促した。
【図6】MIP1α中和抗体を用いた実験の結果。ナノ粒子TiO2の吸入曝露によって肺がん培養細胞の増殖が促される。この増殖促進作用はMIP1α中和抗体によって減弱する。
【図7】MIP1αのヒト肺がん細胞(A549)に対する増殖促進作用。
【図8】ナノ粒子TiO2を吸入曝露したH-ras128ラットの乳腺及び血清中のMIP1αの発現。
【図9】ナノ粒子TiO2投与量とMIP1αレベル(上段)及びマクロファージ誘導量(下段)との関係。対照群には生理食塩水を投与した。
【図10】アスベスト(クロシドライト)を噴霧したラット肺におけるMIPα及び各種サイトカインの発現量を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(本発明の第1の局面:発がんリスクマーカー)
本発明の第1の局面は発がんに対するリスクマーカー(以下、「本発明のリスクマーカー」とも呼ぶ)に関する。「発がんに対するリスクマーカー」とは、がんを将来発症する危険性の判定・評価に利用可能な指標をいう。本明細書における「発がん」は、ナノ粒子の吸入曝露が誘発するものを意味する。従って、本発明のリスクマーカーは、ナノ粒子の吸入曝露が誘発するがんの発症リスクを判定・評価することに有用である。ここで「ナノ粒子」とは、平均粒径がナノサイズ(100nm〜0.1nm)の物質の総称である。ナノ粒子の種類は特に限定されない。本発明において好ましいナノ粒子の例として、ナノ粒子二酸化チタン(TiO2)及びナノ粒子酸化亜鉛(ZnO)を挙げることができる。
【0010】
本発明のリスクマーカーは、マクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α:macrophage inflammation protein 1 α)からなることを特徴とする。MIP1αはケモカインの一種であり、骨髄腫の接着、移動、細胞分裂、および生存に関与する報告がある(Lentzsch, S., Gries, M., Janz, M., Bargou, R., Dorken, B. and Mapara, M.Y. (2003) Macrophage inflammatory protein 1-alpha (MIP-1 alpha ) triggers migration and signaling cascades mediating survival and proliferation in multiple myeloma (MM) cells. Blood, 101, 3568-73. Driscoll, K.E., Hassenbein, D.G., Carter, J., Poynter, J., Asquith, T.N., Grant, R.A., Whitten, J., Purdon, M.P. and Takigiku, R. (1993) Macrophage inflammatory proteins 1 and 2: expression by rat alveolar macrophages, fibroblasts, and epithelial cells and in rat lung after mineral dust exposure. Am J Respir Cell Mol Biol, 8, 311-8.)。公共のデータベースに登録されている、MIP1αのアミノ酸配列を配列表の配列番号1(DEFINITION: chemokine (C-C motif) ligand 3 [Homo sapiens], ACCESSION: NP_002974, Entrez Protein, NCBI)に示す。
【0011】
本発明のリスクマーカーによって発がんリスクが評価され得るがんの種類は特に限定されない。ここでのがんとして、悪性黒色腫(メラノーマ)、甲状腺癌、乳癌、悪性リンパ腫、食道癌、口腔癌、上顎癌、喉頭癌、咽頭癌、胃癌、十二指腸癌、大腸癌、肝細胞癌、胆管細胞癌、肺癌、前立腺癌、腎癌、膀胱乳頭癌、前立腺癌、尿道扁平上皮癌、骨肉腫、軟骨肉腫、滑液膜肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、多発性骨髄腫、扁平上皮癌、神経膠腫、髄膜腫、神経芽細胞腫、乳房肉腫、子宮上皮内癌、子宮頸部扁平上皮癌、子宮腺癌、子宮肉腫、卵巣癌、甲状乳頭腺癌、甲状腺濾胞癌、急性骨髄性白血病、急性前髄性白血病、急性骨髄性単球白血病、急性単球性白血病、急性リンパ性白血病、急性未分化性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、及び成人型T細胞白血病を例示することができる。本発明のリスクマーカーは、好ましくは肺癌(肺腺癌、肺扁平上皮癌、小細胞肺癌、肺大細胞癌)又は乳癌の発症リスクの評価に利用される。
【0012】
(本発明の第2の局面:発がんリスク検査法)
本発明の第2の局面は上記本発明のリスクマーカーの用途に関し、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査する方法(以下、「本発明のリスク検査法」とも呼ぶ)を提供する。本発明のリスク検査法では、被検者より採取された検体中における、本発明のリスクマーカーのレベルが指標として用いられる。ここでの「レベル」は、典型的には「量」ないし「濃度」を意味する。但し、慣例及び技術常識に従い、検出対象の分子(本発明の場合はMIP1α)を検出できるか否か(即ち見かけ上の存在の有無)を表す場合にも用語「レベル」が用いられる。
【0013】
本発明の発癌予知法では以下のステップを実施する。
(1)被検者より採取された検体を用意するステップ。
(2)前記検体中の前記リスクマーカーを検出するステップ。
(3)検出結果に基づいて発がんリスクを評価するステップ。
【0014】
ステップ(1)では、被検者より採取された検体を用意する。検体としては、被検者の血液、血漿、血清、尿、汗、唾液等が用いられる。好ましくは血液、血漿、血清又は尿を検体とし、更に好ましくは血液、血漿又は血清を検体とし、より一層好ましくは血漿又は血清を検体とする。これらの検体は常法で調製すればよい。これらの検体は調製が容易であり、調製に伴う被検者への負担も小さいという利点を有する。現在、血漿又は血清は様々な検査法の検体として利用されている。従って、他の検査法と同時に本発明のリスク検査法が実施されることを想定した場合、血漿又は血清を検体とすれば本発明の実施のために改めて検体を調製しなくてもよくなる。このように血漿又は血清を検体とすれば被検者及び検査に携わる者の負担が軽減し、同時に検査時間の短縮化も図られる。尚、MIP1αは分子量が小さく、尿中への漏出ないし移行が当然に予想される。このことを考慮すれば、本発明においては尿も好適な検体であるといえる。
【0015】
被検者は特に限定されない。即ち、発がんのリスクがあるか否か(又はリスクがどの程度か)の判定が必要な者に対して広く本発明を適用することができる。健康診断の一項目として本発明を実施することにしてもよい。ナノ粒子は広範な分野で利用が図られており、例えばTiO2については化粧品、歯磨き粉、ホワイトチョコレート、白色のペンキ等、日常生活で使用する物品に幅広く用いられている。このように現代は日常的にナノ粒子の吸入曝露を受ける環境にあることから、本発明はあらゆる者に対して適用可能であり、絶大な恩恵をもたらし得る。一方、ナノ粒子の吸入曝露を受けやすい者はリスクが高いと予想されることから、本発明における好適な被検者であるといえる。該当する者として、ナノ粒子又はそれを利用した物品の製造、販売などに従事する者を挙げることができる。また、溶鉱炉、鋳造業、溶接業などに従事する者など、金属蒸気中にあるナノ粒子を吸入し易い環境にある者も好適な被検者である。
【0016】
ステップ(2)では、検体中のリスクマーカーを検出する。リスクマーカーのレベルを厳密に定量することは必須でない。即ち、後続のステップ(3)において発がんリスクが評価可能となる程度にリスクマーカーのレベルを検出すればよい。例えば、検体中のリスクマーカーのレベルが所定の基準値を超えるか否かが判別可能なように検出を行うこともできる。
【0017】
リスクマーカーの検出法は特に限定されないが、好ましくは免疫学的手法(例えばウエスタンブロット法やELISA法)を利用する。免疫学的手法によれば迅速に且つ感度よくMIP1αを検出できる。また、操作も簡便である。免疫学的手法によるMIP1αの検出にはMIP1αに特異的結合性を有する物質が使用される。当該物質としては通常は抗MIP1α抗体が使用されるが、MIP1αに特異的結合性を有し、その結合の有無又は結合量を検出可能な物質であれば抗MIP1α抗体に限らず使用することができる。尚、抗MIP1α抗体として例えば市販のMIP1αポリクローナル抗体(BioVision社、カリフォルニア)を使用することができる。また、免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して新たに調製した抗MIP1α抗体を使用することにしてもよい。
【0018】
免疫学的手法の中でもELISA法(サンドイッチELISAや競合ELISA等)を利用してMIP1αを検出することが好ましい。ELISA法は検出感度が高いことや特異性が高いこと、定量性に優れること、操作が簡便であること、多検体の同時処理に適することなど、多くの利点を有する。ELISA法を利用する場合の具体的な操作法の一例を以下に示す。まず、抗MIP1α抗体を不溶性支持体に固定化する。具体的には例えばマイクロプレートの表面を抗MIP1αモノクローナル抗体で感作する(コートする)。このように固相化した抗体に対して検体を接触させる。この操作の結果、固相化した抗MIP1α抗体に対する抗原(MIP1α)が検体中に存在していれば免疫複合体が形成される。洗浄操作によって非特異的結合成分を除去した後、酵素を結合させた抗体を添加することで免疫複合体を標識し、次いで酵素の基質を反応させて発色させる。そして、発色量を指標として免疫複合体を検出する。尚、ELISA法の詳細については数多くの成書や論文に記載されており、各方法の実験手順や実験条件を設定する際にはそれらを参考にできる。
【0019】
ステップ(3)では、検出結果に基づいて発がんリスクを評価する。発がんリスクの判定は定性的、定量的のいずれであってもよい。定性的判定と定量的判定の例を以下に示す。尚、ここでの判定は、その判定基準から明らかな通り、医師や検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的/機械的に行うことができる。
(定性的判定の例1)
基準値よりも測定値(MIP1α量)が高いときに「発がんリスクが高い」と判定し、基準値よりも測定値が低いときに「発がんリスクが低い」と判定する。
(定性的判定の例2)
反応性が認められたとき(検出できたとき)に「発がんリスクが高い」と判定し、反応性が認められないとき(検出できなかったとき)に「発がんリスクが低い」と判定する。
【0020】
(定量的判定の例)
以下に示すように検出レベルの範囲毎に「判定結果」を決めておき、検出レベルに基づき判定する。
検出レベル≦a:陰性
a<検出レベル<b:偽陽性
b≦検出レベル:陽性
尚、陰性は発がんリスクが30%以下、疑陽性は発がんリスクが30〜70%、陽性は発がんリスクが70%以上と考えることができる。
【0021】
検出結果の誤差ないしぶれ等を考慮し、2回以上の検出結果に基づいて判定・評価することが好ましい。また、時間間隔をおいて検出した複数回の検出結果に基づいて判定・評価することも好ましい。例えば、1回目の検査と、1回目の検査から所定の時間(例えば1週間から1年)を経た後の検査(2回目の検査)の結果に基づいて最終的な判定・評価を行うことにする。この場合には例えば、両方の検査でともに「発がんリスクが高い」との判定結果が得られた場合に、最終的な判定・評価として、「発がんリスクが高い」とする。より具体的な判定の例を以下に示す。
【0022】
1回目の検出 : 2回目の検出 : 判定・評価
陰性 : 陰性 : リスク低(10%以下)
偽陽性 : 陰性 : リスク中(10〜30%)
陰性 : 偽陽性 : リスク中(10〜30%)
偽陽性 : 陽性 : リスク高(50〜70%)
陽性 : 偽陽性 : リスク高(50〜70%)
陽性 : 陽性 : リスク高(70%以上)
【0023】
一方、1回目の検査と2回目の検査の間でMIP1αレベルの上昇が認められたことを根拠に「発がんリスクが高まった」との判定・評価を下すことにしてもよい。同様に、MIP1αレベルの減少が認められたことを根拠に「発がんリスクが低下した」との判定・評価を下すことができる。これらの例からもわかるように、経時的に発がんリスクをモニターすることに本発明のリスク検査法を利用することも可能である。
【0024】
所定の閾値を境界として発がんリスクの高低を判定する場合の「閾値」や、発がんリスクの高低に係る区分に関連づける「MIP1レベル範囲」は、多数の検体を用いた統計的解析によって決定することができる。統計処理を利用して解析する場合には、一般に、高リスク群と低リスク群を設定することが有効である。高リスク群としては例えば、吸入曝露量が多い者の集団(例えば、ナノ粒子又はそれを利用した物品の製造従事者の群、高年齢層群)が該当し、低リスク群としては例えば、吸入曝露量が少ない者の集団(ナノ粒子又はそれを利用した物品の製造従事者以外の者の群や、低年齢層群)が該当する。
【0025】
(本発明の第3の局面:発がんリスク検査用試薬及びキット)
本発明はさらに、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査するための試薬及びキットも提供する。本発明の試薬は抗MIP1α抗体からなる。抗MIP1α抗体は、MIP1αに対する特異的結合性を有する限り、その種類や由来などは特に限定されない。また、ポリクローナル抗体、オリゴクローナル抗体(数種〜数十種の抗体の混合物)、及びモノクローナル抗体のいずれでもよい。ポリクローナル抗体又はオリゴクローナル抗体としては、動物免疫して得た抗血清由来のIgG画分のほか、抗原によるアフィニティー精製抗体を使用できる。抗MIP1α抗体が、Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、dsFv抗体などの抗体断片であってもよい。
【0026】
抗MIP1α抗体は、免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法などを利用して調製することができる。免疫学的手法によるポリクローナル抗体の調製は次の手順で行うことができる。抗原(MIP1α又はその一部)を調製し、これを用いてウサギ等の動物に免疫を施す。生体試料を精製することにより抗原を得ることができる。また、組換え型抗原を用いることもできる。組換え型MIP1αは、例えば、MIP1αをコードする遺伝子(遺伝子の一部であってもよい)を、ベクターを用いて適当な宿主に導入し、得られた組換え細胞内で発現させることにより調製することができる。
【0027】
免疫惹起作用を増強するために、キャリアタンパク質を結合させた抗原を用いてもよい。キャリアタンパク質としてはKLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)、BSA(Bovine Serum Albumin)、OVA(Ovalbumin)などが使用される。キャリアタンパク質の結合にはカルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法などを使用できる。一方、MIP1α(又はその一部)を、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク、又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗原を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に精製することができる。
【0028】
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清をアフィニティー精製し、ポリクローナル抗体とする。
【0029】
一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製することができる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、このハイブリドーマをモノクローナル化した後、目的タンパク質に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。選択されたクローンの培養液を精製することによって目的の抗体が得られる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植し、腹水内で増殖させて腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製又は腹水の精製には、プロテインG、プロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。更には、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、硫安分画、及び遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。
【0030】
MIP1αへの特異的結合性を保持することを条件として、得られた抗体に種々の改変を施すことができる。このような改変抗体を本発明の試薬としてもよい。
【0031】
抗MIP1α抗体として標識化抗体を使用すれば、標識量を指標に結合抗体量を直接検出することが可能である。従って、より簡便な検査法を構築できる。その反面、標識物質を結合させた抗MIP1α抗体を用意する必要があることに加えて、検出感度が一般に低くなるという問題点がある。そこで、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法、二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法など、間接的検出方法を利用することが好ましい。ここでの二次抗体とは、抗MIP1α抗体に特異的結合性を有する抗体であって例えばウサギ抗体として抗MIP1α抗体を調製した場合には抗ウサギIgG抗体を使用できる。ウサギやヤギ、マウスなど様々な種の抗体に対して使用可能な標識二次抗体が市販されており(例えばフナコシ株式会社やコスモ・バイオ株式会社など)、本発明の試薬に応じて適切なものを適宜選択して使用することができる。
【0032】
標識物質の例は、ペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ及びグルコース−6−リン酸脱水素酵素などの酵素、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)及びユーロピウムなどの蛍光物質、ルミノール、イソルミノール及びアクリジニウム誘導体などの化学発光物質、NADなどの補酵素、ビオチン、並びに131I及び125Iなどの放射性物質である。
【0033】
一態様では、本発明の試薬はその用途に合わせて固相化されている。固相化に用いる不溶性支持体は特に限定されない。例えばポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、シリコン樹脂、ナイロン樹脂等の樹脂や、ガラス等の水に不溶性の物質からなる不溶性支持体を用いることができる。不溶性支持体への抗体の担持は物理吸着又は化学吸着によって行うことができる。
【0034】
本発明のキットは主要構成要素として本発明の試薬を含む。検査法を実施する際に使用するその他の試薬(緩衝液、ブロッキング用試薬、酵素の基質、発色試薬など)及び/又は装置ないし器具(容器、反応装置、蛍光リーダーなど)をキットに含めてもよい。また、標準試料としてMIP1αをキットに含めることが好ましい。尚、通常、本発明のキットには取り扱い説明書が添付される。
【実施例】
【0035】
<ナノ粒子の発癌プロモーション作用の検討>
ナノ粒子は全く新しい素材として世界中で開発が進められている一方で、アスベストと同様に吸入曝露の可能性があるため、今後の肺がん等のリスク管理が重要な課題となる。本発明者らは、無コーティングルチル型粒径20nm二酸化チタニウム(TiO2)の肺と乳腺に対する発がんプロモーション作用およびその機序について追究した。
【0036】
1.材料と実験方法
(1)動物
雌ヒトプロト型c-Ha-ras トランスジェニックラット (Hras128)は既報(Asamoto, M., Ochiya, T., Toriyama-Baba, H., Ota, T., Sekiya, T., Terada, M., and Tsuda, H. (2000) Carcinogenesis 21, 243-249.; Tsuda, H., Fukamachi, K., Ohshima, Y., Ueda, S., Matsuoka, Y., Hamaguchi, T., Ohnishi, T., Takasuka, N., and Naito, A. (2005) Cancer Sci 96, 309-316.)の方法に従って作製した。このラットでは発がん物質の投与によって乳腺・皮膚・舌等において6〜20週の短期間にがんが発生する。このラットは、乳腺発がんを指標として発がん物質・発がん修飾物質・がん予防物質の検索を短期に行うことが可能な動物モデルとして注目されている。雌野生型SDラットは(株)クレア(東京、日本)から購入した。
【0037】
動物の飼育は、名古屋市立大学医学部実験動物教育センターで行った。実験計画書は、名古屋市立大学大学院医学研究科 実験動物教区センターでの動物の愛護と使用のガイドラインに則り、動物運営委員会の承認を経て行った(H17-28)。
【0038】
(2)ナノ粒子TiO2(nTiO2)の投与
nTiO2(ルチル型、無コーティング、平均粒子径20 nm)は、日本化粧品協会(東京)より提供された。生理食塩水を用いて250 ppmまたは500 ppmの濃度でnTiO2粒子を懸濁した。懸濁液を滅菌後、使用20分前まで超音波処理をした。イソフルレン麻酔下の各ラットに、nTiO2を気管内にマイクロスプレイヤー(Series IA-1B Intratracheal Aerosoliser, Penn-Century Inc., フィラデルフィア、ペンシルベニア州)を用いて噴霧した。
【0039】
(3)nTiO2長期投与実験
33匹の6週齡の雌Hras128ラットにDHPN(Wako Chemicals, Co., Ltd. 大阪、日本)を0.2%の濃度で2週間飲水投与した。2週間の休薬後、対照群、250 ppm nTiO2投与群及び500 ppm nTiO2投与群の3群にラットをわけた。nTiO2の投与については、250ppmまたは500 ppmの濃度の懸濁液を、2週間に1回の割合で、第4週から16週まで合計7回噴霧した。最終噴霧から3日後に屠殺剖検を行い、脳、肺、肝、腎、脾、乳腺、卵巣、頚部リンパ節を採取した。4%パラホルム固定液で固定した後、病理組織学的に解析した。
【0040】
(4)nTiO2短期投与実験
10週齡の雌SDラット(Hras128の野生型に相当)20匹に対し、500 ppm nTiO2あるいは生食のみを8日間に5回、気管内噴霧した。最終噴霧から6時間後に屠殺剖検し、肺および乳腺を採取し、組織学的に検索した。
【0041】
(5)電子顕微鏡(TEM)によるnTiO2の観察
nTiO2を電顕(TEM)で観察する目的でパラフィンブロックを脱パラし、エポンリジンにより包埋した。チタニウムの成分分析にはJEM-1010 transmission electron microscope (株式会社JEOL, 東京、日本)とX-ray microanalyzer(EDAX, 東京)を用いた。
【0042】
(6)8-OHdG、SOD活性、PGE2及びサイトカインレベルの分析
8-OHdGの定量、SOD活性、PGE2及び炎症性サイトカインの濃度の分析には、nTiO2の短期投与実験を用いた。8-OHdGの測定のために、ゲノムDNAをDNA Extractor WB Kit(株式会社和光化学)を用いて抽出した。8-OHdGの濃度は、HPLC法((株)OHG研究所、福岡)にて行った。肺および乳腺組織から1 mlのT-PER(Pierce社)を用いて蛋白を抽出した後、BCATM Protein Assay Kit(Pierce社)を用いて蛋白濃度を定量した。SOD活性は、SOD Assay Kit (株式会社Cayman Chemical)を用いて測定した。組織中のIL-1αIL-1βIL-6GM-CSFG-CFSTNFαIFNγIL-18MCP1MIP1αGRO/KCおよびVEGFの濃度の測定にはMultiplex Suspension array (株式会社GeneticLab、札幌)を用いた。
【0043】
(7)免疫組織染色(Immunohistochemistry)
CD68、COX-2、iNOS及びMIP1αの免疫染色を行うために、抗ラットCD68抗体(BMA Biomedicals社)、抗ラットCOX-2抗体(IBL社、大阪)、抗マウスiNOS抗体(和光化学)及び抗ラットMIP1α抗体(BioVision社)をそれぞれ、1:100、1:100、1:200及び1:100の倍率で希釈して用いた。組織標本と一次抗体を一晩4℃でインキュベートした後、ビオチン化二次抗体で1時間インキュベートし、ABC kit及びAlkaline Phosphotase Substrate Kit を用いて発色させた。
【0044】
(8)ウエスタンブロッティング
MIP1αを検出するため、初代培養の肺胞マクロファージの培養上清及び肺、乳腺組織の蛋白抽出液から20μgの蛋白を15% SDS-PAGEで分離し、ニトロセルロース膜に転写した。CCR1の検出には、10% SDS-PAGEを用いて分離した。転写後のニトロセルロース膜を1:100の倍率で希釈した各抗体(抗ラットMIP1α抗体、抗CCR1抗体)と4℃一晩インキュベートした。その後、二次抗体とECL Western Blotting Detection Reagentを用いて発色させた。
【0045】
(9)初代培養肺胞マクロファージの樹立と、培養上清の回収および細胞増殖の検索
野生型の雌SDラットの気管内に0.5 mlの6% チオグリコール酸培地を4日間に3回噴霧した。最終噴霧から6時間後に屠殺剖検し、肺組織を細かく刻み、10% FBS含有RPMI 1640 で懸濁した。2回洗浄した後、6cmのディッシュに播種し、2時間培養した。その後、ディッシュを生理食塩水で3回洗い、接着しなかった細胞を取り除いた。接着した細胞がマクロファージであることを示すためにCD68抗体を用いて免疫染色した。その結果、約98%の細胞がマクロファージであることが確認された。
【0046】
初代培養肺胞マクロファージに対して、nTiO2の最終濃度が100 ppm となるようにnTiO2を24時間曝露した。その後培養上清を回収し、5倍に希釈した後、ヒト肺がん培養細胞(A549)の培養上清に加えた(FBSの最終濃度は、2%)。このように処理したA549細胞(5×103個)を96ウェルプレート上に播種し、72時間培養した。次に、培養液に0、5、10、20μg/mlの抗MIP1α中和抗体(R&D Systems, Inc., Minneapolis, MN)又は20μg/mlのIgGを添加し、インキュベートした。A549細胞の相対数は、Cell Counting Kit-8 (Dojindo Molecular Technologies)を用いて測定した。
【0047】
組換えMIP1α蛋白のラット乳がん細胞の増殖に対する影響を調べる実験においては、5×103個のC3細胞を96穴プレートに播種した後、2% FBS存在下、ラット組換えMIP1α蛋白をそれぞれ0、0.4、2.0、10、及び50 ng/mlの濃度で添加し、72時間インキュベートし、相対細胞数を測定した。
【0048】
(10)nTiO2の投与量とマクロファージの誘導及びMIP1α発現レベルとの関係
10週齡の雌SDラットに対して様々な濃度でnTi02を投与し、(4)と同様の方法で組織学的検索を行った。また、(8)の方法に準じて、MIP1αレベルを検出した。
【0049】
2.結果・考察
6週齢の雌のc-Ha-ras TGラットにあらかじめ肺発癌物質DHPNを2週間飲水投与し、nTiO2を250ppm、500ppmの濃度で第4から16週まで計7回気管内噴霧し屠殺剖検した(図1上段)。肺ではnTiO2の凝集塊が肺胞マクロファージに貪食されていた。肺胞過形成(図1下段)、肺腺腫および乳がんの平均発生個数は、対照群ではそれぞれ平均5.9、0および3.0、nTiO2 500ppm群では11.1、0.46および6.6であり、有意な増加(P< 0.010.050.05)がみられた(図2)。さらに野生型雌SDラットを用いnTiO2を8日間に5回気管内噴霧した促進機序の解析実験において、肺ではSOD活性および8-OHdGレベルの有意な増加(P< 0.010.001)がみられた(図3)。サイトカインアレイを用いた解析では、nTiO2群でMIP1αとGRO/KCの発現が有意に増加した(図4)。予想に反し、異物に対する炎症の指標となる炎症性サイトカイン(GM-CSF等)の有意な上昇は認められなかった。一方、nTiO2を貪食する肺胞マクロファージがMIP1αの免疫染色で陽性を示した(図4)。初代培養肺胞マクロファージにnTiO2を処置すると、上清中のMIP1αの発現が上昇しており(図5)、その培養上清を用いると、ヒト肺がん細胞(A549)の増殖促進作用が示された(図6)。培養上清による増殖促進作用は、MIP1α中和抗体処理により濃度依存的に減弱した(図6)。MIP1αそのものにも、ヒト肺がん細胞(A549)の増殖促進作用がみられた(図7)。MIP1αタンパクは血中にも検出された(図8)。また、乳腺での発現を調べたところ、nTiO2を曝露した場合には腫瘍部にMIP1αの強い発現を認めた(図8上段)。一方、nTiO2を曝露したH-ras128ラットでは血清中にMIP1αが検出された(図8下段)。さらに検討した結果、nTi02投与量とマクロファージの誘導量との間、及びnTi02投与量とMIP1αレベルとの間に濃度依存性を認めた(図9)。
【0050】
以上の通り、(1)nTiO2の吸入曝露によって肺がんが誘発されること、(2)nTiO2を貪食した肺胞マクロファージが分泌したMIP1αが肺の上皮細胞に作用し、癌化を促すこと、(3)肺胞マクロファージが分泌したMIP1αは血中に移行する(血中において検出可能である)こと、(4)nTiO2の吸入曝露は肺癌のみならず乳癌の発症も促し得ること、が示された。この結果は、nTiO2を吸入曝露した場合、がん(特に肺癌)が形成される以前から血中にMIP1αが検出されることを示唆する。即ち、nTiO2の吸入曝露に起因する発がんリスクの指標としてMIP1αが有用であることを示唆する。
【0051】
<アスベストの吸入曝露とMIP1α発現量の関係>
アスベストの吸入曝露によってMIP1αレベルの上昇が認められるか否か検討した。併せて各種サイトカインの発現レベルの変化も調べた。
【0052】
1.材料と実験方法
(1)アスベストの吸入曝露実験
10週齡の雌SDラット(Hras128の野生型に相当)に対し、200 ppmアスベスト(クロシドライト)あるいは生食のみを8日間に5回、気管内噴霧した(各群6匹)。最終噴霧から6時間後に屠殺剖検し、肺を採取し、組織学的に検索した。
【0053】
(2)サイトカインレベルの分析
組織中のMIP1α、IL-1α、IL-1β、IL-18の濃度の測定にはMultiplex Suspension array (株式会社GeneticLab、札幌)を用いた。
【0054】
2.結果・考察
サイトカインアレイを用いた解析の結果、アスベスト群でMIP1αの発現が有意に増加した(図10)。一方、アスベストの吸入により誘導されることが報告されているIL-1α、IL-1β、IL-18のサイトカインの発現レベルの上昇が認められた(図10)。
【0055】
以上の通り、肺癌や中皮腫の原因となるアスベストの吸入曝露によってMIP1αの発現レベルが上昇すること、及びアスベストの吸入曝露に際して上昇することが知られるIL-1α、IL-1β、IL-18と同じ挙動をMIP1αが示すことが明らかとなった。この結果は、吸入曝露による発がんのリスクマーカーとしてMIP1αが有用であることを裏付ける。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明のリスクマーカーは、ナノ粒子の吸入曝露による発がんの危険性(リスク)を判定・評価する上で有用である。発がんのリスクを把握できれば、早期診断及び早期治療が可能となり、発がんの阻止、遅延などの効果がもたらされる。また、将来的には生活の質(QOL)向上にも資することができ、その恩恵は計り知れない。
【0057】
ナノ粒子の職業性曝露の問題への対策として、労働衛生環境を管理する上で本発明を利用することが想定される。また、ナノ粒子二酸化チタンは化粧品や歯磨き粉などの日用品に含まれているものが多いことから、一般市民の中から、肺がんのリスクの高いグループを抽出する目的の下、肺がん検診などの一環として、血液検査の中で本発明を利用することも想定される。
【0058】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α)からなる、ナノ粒子の吸入曝露による発がんに対するリスクマーカー。
【請求項2】
被検者より採取された検体中における、請求項1に記載のリスクマーカーのレベルを指標として用いることを特徴とする、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査する方法。
【請求項3】
以下のステップ(1)〜(3)を含む、請求項2に記載の方法、
(1)被検者より採取された検体を用意するステップ、
(2)前記検体中の前記リスクマーカーを検出するステップ、及び
(3)検出結果に基づいて発がんリスクを評価するステップ。
【請求項4】
前記リスクマーカーの検出値が高い場合に発がんリスクが高いと評価する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記ナノ粒子がナノサイズの二酸化チタンである、請求項2〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記発がんのリスクが肺癌又は乳癌の発症リスクである、請求項2〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記検体が血漿又は血清である、請求項2〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
抗マクロファージ炎症性タンパク質1α(MIP1α)抗体からなる、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査するための試薬。
【請求項9】
請求項8に記載の試薬を含む、ナノ粒子の吸入曝露による発がんのリスクを検査するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−249807(P2010−249807A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−58903(P2010−58903)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行所:日本癌学会、刊行物名:第67回 日本癌学会学術総会記事、発行日:平成20年9月30日
【出願人】(506218664)公立大学法人名古屋市立大学 (48)
【Fターム(参考)】