ニコチン、エテニルピリジン捕集用パッシブサンプラー
【課題】たばこ煙に特異的存在するニコチン、エテニルピリジンを測定対象とすることを特徴とし、分子拡散作用で捕集することを特徴とする高性能の空気質測定用パッシブサンプラーを提供する。
【解決手段】環境中でたばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを分子拡散作用によるパッシブ法で捕集するために、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを吸着剤1とし、これを担体2に噴霧塗布した後、不活性ガス中で熱処理をした吸着ディスク3、ウィンドスクリーン5、吸着ディスク固定用スペーサー6を装着する。XAD4吸収管を使用したアクティブ法(ISO18145)との対応により、サンプリングレートを算出し、高性能のパッシブサンプラーを提供した。
【解決手段】環境中でたばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを分子拡散作用によるパッシブ法で捕集するために、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを吸着剤1とし、これを担体2に噴霧塗布した後、不活性ガス中で熱処理をした吸着ディスク3、ウィンドスクリーン5、吸着ディスク固定用スペーサー6を装着する。XAD4吸収管を使用したアクティブ法(ISO18145)との対応により、サンプリングレートを算出し、高性能のパッシブサンプラーを提供した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境化学技術の分野で、環境たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを測定対象とすることを特徴とし、分子拡散作用で捕集するパッシブ法によることを特徴とする空気質測定用サンプラーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、シックハウス症候群、受動喫煙、公共性の高い場所における分煙規制等、室内空気質への社会的関心が高まり、室内空気質測定や分煙状況の実態調査、受動喫煙による個人暴露量の測定等においては、環境たばこ煙中に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンの濃度を測定することが必要であるが、捕集ポンプを使用することなく、分子拡散作用により捕集し、ニコチン、エテニルピリジンの濃度を測定することが可能なパッシブ法については、適当な方法が開発されていない。
【0003】
一般に室内空気質汚染で問題になっている建材、家具等から発生する揮発性有機化合物の測定には、カーボンモレキュラーシーブ系、グラファイトカーボン系のパッシブサンプラーが数社から市販され、汎用されている。環境中のたばこ煙の中にも、それらと同様の揮発性有機化合物が多量に存在するが、環境中のたばこ煙による汚染状況を知るには、たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンの濃度を測定することが必要であり、既存のカーボンモレキュラーシーブ系、グラファイトカーボン系のパッシブサンプラーでは、ニコチン、エテニルピリジンを測定することはできない。
【0004】
ニコチン、エテニルピリジンの濃度の測定に関して、公定法ではXAD4吸収管を用いて捕集ポンプを使用するアクティブ法が、ISO18145、NIOSH2551で定められている。
以下に、ニコチン、エテニルピリジンのパッシブサンプラーの既報の文献について、列挙するが、いずれも問題点があり、実用化に至っていない。
【0005】
硫酸水素ナトリウム水溶液で処理したガラス繊維フィルターや、ベンゼンスルフォン酸水溶液あるいはクエン酸水溶液等の酸処理を施したガラス繊維フィルターを吸着剤として試作し、ニコチン、エテニルピリジンの吸着性能を検討した結果が報告されているが、酸処理したガラス繊維フィルターに吸着したニコチン、エテニルピリジンをアルカリ水溶液を用いて遊離し、更にそれを有機溶媒で再抽出するため、分析手順が煩雑となり、収率の低下となる。また、XAD4アクティブ法との対応実験から、粒子状のニコチンの一部が吸着剤に吸着したと報告されており、さらに検討を必要とする。(非特許文献1、2、3)
【0006】
ガラス繊維フィルターをアセトン洗浄後、40℃で30分間乾燥し、20%グリセリン-メタノール、濃リン酸、アセトニトリル混合溶液に1分間浸漬、再び、40℃、30分間乾燥したものをニコチンのパッシブ吸着剤として使用した報告では、吸着剤の前処理法や吸着剤からのニコチンの遊離法が複雑であり、吸着安定性の問題により、サンプリングと分析を4日以内に終了することが必要とされる。また、ウィンドスクリーンとして装着したイソプレンメンブレンフィルターにニコチンの吸着が認められる、室温保存や長時間測定の場合にニコチンの再遊離、再吸着が起こる等、未解決の問題がある。 (非特許文献4)
【0007】
固相マイクロ抽出法で、空気中の揮発性有機化合物の濃度を測定する場合、ヘッドスペース法等の濃縮法が応用できないため、環境中の濃度域では、安定した測定結果が得られない。そのため、固相マイクロ抽出法で使用されている4種類の吸着剤、カーボキシン/ポリジメチルシロキサン、ジビニルベンゼン/ポリジメチルシロキサン、ジビニルベンゼン/カーボワックス、ポリジメチルシロキサンについて、ガラス繊維フィルターに塗布後、たばこ煙に暴露し、ニコチンの吸着能やパッシブサンプラーとしての適性等を検討している報告では、上記4種類の吸着剤の中では、カーボキシン/ポリジメチルシロキサンの場合にニコチンの吸着能が良好であると報告されている。しかし、サンプラー容器内への吸着ディスク装填時やサンプリング終了後の溶媒抽出時にカーボキシン/ポリジメチルシロキサン微粒子の剥離がかなり見られる問題がある。(非特許文献5)
【0008】
非特許文献5に記載のカーボキシン/ポリジメチルシロキサンの例については、従来よりニコチンの内部標準物質として使われ、ISO18145に採用されているキノリンのピークに 0.1〜10倍の変動があり内部標準物質として使用できない、また、エテニルピリジンピーク近傍に妨害ピークが残存し、エテニルピリジンの測定には適さないことが、その後の検討により明らかとなった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】M.W.Ogden and K.Malolo ; Environ.Sci.Tecnol.26,pp.1226−1234,1992
【0010】
【非特許文献2】F.M.Cake,D.J.Eatough,S.K.Hammond and M.W.Ogden ; Environ.Sci.Technol.24,pp.1196−1203,1990
【0011】
【非特許文献3】S.K.Hammond and B.P.Leaderer ; Environ.Sci.Technol.21,pp.494−497,1987
【0012】
【非特許文献4】Leea Kuusimaki,Pirkko Pfaffli,May Froshaug,Georg Becher,Erik Dybing and KimmoPeltonen ; American Journal of Industrial Medicine Supplement : 152-154 (1999)
【0013】
【非特許文献5】石津 嘉昭、石津 淑子;空気調和・衛生工学会論文集 No 135 pp.11-15、2008年 6月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
解決しようとする課題は、室内空気質の中で、環境たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを測定対象とすることを特徴とし、さらに、捕集ポンプを使用することなく、分子拡散作用によるパッシブ法で捕集することを特徴とする、高性能の空気質測定用のサンプラーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
環境中でたばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを捕集する高性能のパッシブサンプラーを提供するため、新規の吸着剤、吸着ディスク(吸着剤を担体に塗布したもの)、吸着ディスクを容器内で固定するためのスペーサーおよび容器上部を覆うウィンドスクリーンの検討、さらに、吸着剤の担体からの剥離防止、GC/MS検出時に妨害となるバックグランドの低減化についての検討を行った。
【0016】
本発明の吸着剤として、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを使用した。本発明のスチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサン吸着剤と非特許文献5記載のカーボキシン/ポリジメチルシロキサン吸着剤を比較すると、ニコチンの吸着量は1.7倍、エテニルピリジンの吸着量は1.4倍になった。また、内部標準物質としてキノリンの使用にも全く問題がなかった。
【0017】
本発明のスチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサン吸着剤は、取扱い時あるいは、溶液抽出時の担体からの吸着剤の剥離については、カーボキシン/ポリジメチルシロキサン吸着剤の場合と比較して非常に少ない。これは、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体とポリジメチルシロキサンの相溶性が高いためであるが、吸湿時に剥離が認められることがあった。
【0018】
吸着ディスクを不活性ガス中で熱処理を施すことにより、吸湿時の担体からの吸着剤の剥離がなくなり、さらに、GC/MS分析時のバックグランドの消滅の効果も得ることができた。
【0019】
本発明の吸着剤は、吸着したニコチン、エテニルピリジンの再遊離はなく、吸着安定性にすぐれている。サンプリング後、乾燥剤入りのジップ付きアルミシートの袋に入れ、冷蔵保存により2週間保存できる。
【0020】
実験用のチャンバー内で、たばこ煙による暴露実験を行い、XAD4吸収管を使用したアクティブ法(ISO18145)との対応により、サンプリングレートを算出し、捕集量に対するたばこの本数依存性、風速依存性、回収率、検出限界、定量限界を求め、高性能のニコチン、エテニルピリジン捕集用のパッシブサンプラーを提供した。
【発明の効果】
【0021】
本発明のパッシブサンプラーを用いれば、環境中のたばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを捕集ポンプを使用しない分子拡散作用による方法で捕集し、室内空気質管理や分煙状況管理が簡便になり、問題発生時における迅速で適切な対応をとることができる。住宅、事務所、学校、レストラン、交通機関等における環境空気質の大規模な実態調査、長時間に及ぶ測定、個人暴露量測定には、特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は本発明のニコチン、エテニルピリジン捕集用パッシブサンプラーの模式図である。
【図2】図2は本発明のニコチン、エテニルピリジン捕集用パッシブサンプラーの構造の模式図である。
【図3】図3はXAD4吸収管を用いたアクティブ法(ISO18145に準ずる)と本発明のパッシブサンプラーを用いたパッシブ法の同時測定によるニコチン、エテニルピリジンの測定結果である。(実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0023】
パッシブサンプラーとは、環境中の捕集対象物質を捕集ポンプを使用することなく、分子拡散作用で捕集する装置を意味する。
【0024】
本発明のパッシブサンプラーによる捕集対象物質としては、たばこ煙中に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンであることを特徴とする。
【0025】
図1は、本発明のパッシブサンプラーの模式図であり、容器のフタ部分をはめていない状態を示している。
【0026】
図2は、本発明のパッシブサンプラーの構造の模式図である。
【0027】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体とポリジメチルシロキサン樹脂を混合したガム状物質を吸着剤(図2 (1))とし、吸着剤を担体(図2 (2))に塗布したものを吸着ディスク(図2 (3))とする。塗布方法としては、噴霧塗布が適している。吸着剤の担体としては、ガラス繊維フィルターが適しているが、吸着剤の接着、測定物質の捕集、検出に妨害とならないものであれば使用できる。
【0028】
吸着性能を上げ、且つ、吸着剤の担体であるガラス繊維フィルター(図2 (2))から吸着剤(図2 (1))が剥離するのを防止し、ニコチン、エテニルピリジンの吸着量を多くするためには、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体とポリジメチルシロキサン樹脂の重量混合比は1対2、塗布した吸着剤の膜厚は60ミクロンが適している。
【0029】
吸着剤塗布後、吸着ディスクに熱処理を施すことで、担体からの吸着剤の剥離は無くなり、さらに、GC/MS分析時のバックグランドが消滅し、品質および作業性が顕著に向上する。熱処理としては不活性ガス中で150℃、24時間から48時間が適している。
【0030】
本発明のパッシブサンプラーは、前記吸着ディスクを収納する容器(図2 (4)a、(4)b)として、内径37mm、深さ4.3mmのフタつきのポリプロピレン製容器でフタ(図2 (4)b)は中心を合わせて、直径35mmにくり抜いたものを用いる。測定物質の吸着剤への吸着や吸着剤からの溶液抽出後の分析を妨害しない材質であれば使用できる。
【0031】
環境空気中のニコチン、エテニルピリジンが、分子拡散作用のみで容器内の吸着ディスク上の吸着剤に吸着し、外部の風速の影響を受けないようにするためのウィンドスクリーン(図2 (5))として、容器フタ部分(図2 (4)b)の開口部を孔径10μmのメンブレンフィルター(Y100A076A、ADVANTEC(株))で覆う。ウィンドスクリーンとしては、本メンブレンフィルターが適している。
【0032】
容器内で、メンブレンフィルターと吸着ディスクの間隔を一定にしておくために、吸着ディスクを容器内に設置後、ディスク固定用スペーサー(図2 (6))として内壁に沿ってポリプロピレンシートをはめることで吸着ディスクを固定する。これによって、本パッシブサンプラーは、サンプリング時に垂直方向、水平方向共に設置可能であり、振動に対しても問題がない。個人暴露量の測定時には、クリップ等で、胸部に留めて、携帯使用することができる。
【0033】
環境中のニコチン、エテニルピリジンの捕集時間としては、2〜24時間が適当である。
【0034】
サンプリング終了後、回収したパッシブサンプラーは、乾燥剤入りのジップ付きアルミシートの袋に入れて冷蔵保存し、2週間以内に分析に供する。
【0035】
分析は、吸着ディスクを細片に切り、抽出溶液(トリエチルアミン0.0125%および内部標準物質として、キノリンを含有する酢酸エチル)2mlを添加後、超音波を30分間照射し、吸着した環境中のニコチン、エテニルピリジンを溶媒脱離する。
【0036】
ニコチン、エテニルピリジンの分析は、GC/MSを用いて行う。SIM法が望ましい。分析条件は ISO18145が適している。
【実施例1】
【0037】
図3は、XAD4吸収管を用いたアクティブ法(ISO18145に準ずる)と本発明のパッシブサンプラーを用いたパッシブ法との同時測定によるニコチン、エテニルピリジンの測定結果である。
【0038】
実験は、実験用チャンバー(容積 0.48m3、換気回数 0.04回/時間)内に、アクティブ法用の吸引ポンプ2台、本発明のパッシブサンプラー2個およびチャンバー内濃度を均一にするための撹拌ポンプ1台を設置し、たばこ0.1〜0.5本を燃焼させた。アクティブ法は、吸引速度100ml/min、吸引時間100分間、パッシブ法のサンプリング時間も100分間とした。
【0039】
図3に示す実施例1の結果では、ニコチン、エテニルピリジンにおいて、アクティブ法と本発明のパッシブ法の相関関係は高く(決定係数 0.91以上)、回帰曲線の傾きから、本発明のパッシブサンプラーのサンプリングレートは、ニコチンで38.0ml/min、エテニルピリジンで40.0ml/minとなった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のパッシブサンプラーを用いれば、たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンの環境中の濃度を、捕集ポンプを使用しないパッシブ法により、住宅、事務所、学校、病院、レストラン、デパートなど、様々な場所で、多数の観測点を設定しての測定が可能となる。さらに、列車、バス等、公共の乗り物内での測定、汚染物質の室内における3次元分布の測定、個人暴露量の測定等、多様な利用方法が可能である。また、本発明のパッシブサンプラーは、揮発性有機化合物の同時測定も可能であるため、1種類のサンプラーを用いて、1回の測定で、ニコチン、エテニルピリジンおよび揮発性有機化合物の測定が可能であるから、経費や測定、分析に要する手間の削減が可能となる。今後、国内は勿論、海外においても、分煙に関する社会的規制が厳しくなると考えられ、利用価値は高まる。
【0041】
符号の説明
(1) 吸着剤 (黒い部分)
(2) ガラス繊維フィルターの担体(白い部分)
(3) 吸着ディスク(吸着剤(1)をガラス繊維フィルターの担体(2)に塗布したもの)
(4)a 容器本体
(4)b 容器フタ
(5) メンブレンフィルターのウィンドスクリーン
(6) 吸着ディスク固定用スペーサー
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境化学技術の分野で、環境たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを測定対象とすることを特徴とし、分子拡散作用で捕集するパッシブ法によることを特徴とする空気質測定用サンプラーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、シックハウス症候群、受動喫煙、公共性の高い場所における分煙規制等、室内空気質への社会的関心が高まり、室内空気質測定や分煙状況の実態調査、受動喫煙による個人暴露量の測定等においては、環境たばこ煙中に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンの濃度を測定することが必要であるが、捕集ポンプを使用することなく、分子拡散作用により捕集し、ニコチン、エテニルピリジンの濃度を測定することが可能なパッシブ法については、適当な方法が開発されていない。
【0003】
一般に室内空気質汚染で問題になっている建材、家具等から発生する揮発性有機化合物の測定には、カーボンモレキュラーシーブ系、グラファイトカーボン系のパッシブサンプラーが数社から市販され、汎用されている。環境中のたばこ煙の中にも、それらと同様の揮発性有機化合物が多量に存在するが、環境中のたばこ煙による汚染状況を知るには、たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンの濃度を測定することが必要であり、既存のカーボンモレキュラーシーブ系、グラファイトカーボン系のパッシブサンプラーでは、ニコチン、エテニルピリジンを測定することはできない。
【0004】
ニコチン、エテニルピリジンの濃度の測定に関して、公定法ではXAD4吸収管を用いて捕集ポンプを使用するアクティブ法が、ISO18145、NIOSH2551で定められている。
以下に、ニコチン、エテニルピリジンのパッシブサンプラーの既報の文献について、列挙するが、いずれも問題点があり、実用化に至っていない。
【0005】
硫酸水素ナトリウム水溶液で処理したガラス繊維フィルターや、ベンゼンスルフォン酸水溶液あるいはクエン酸水溶液等の酸処理を施したガラス繊維フィルターを吸着剤として試作し、ニコチン、エテニルピリジンの吸着性能を検討した結果が報告されているが、酸処理したガラス繊維フィルターに吸着したニコチン、エテニルピリジンをアルカリ水溶液を用いて遊離し、更にそれを有機溶媒で再抽出するため、分析手順が煩雑となり、収率の低下となる。また、XAD4アクティブ法との対応実験から、粒子状のニコチンの一部が吸着剤に吸着したと報告されており、さらに検討を必要とする。(非特許文献1、2、3)
【0006】
ガラス繊維フィルターをアセトン洗浄後、40℃で30分間乾燥し、20%グリセリン-メタノール、濃リン酸、アセトニトリル混合溶液に1分間浸漬、再び、40℃、30分間乾燥したものをニコチンのパッシブ吸着剤として使用した報告では、吸着剤の前処理法や吸着剤からのニコチンの遊離法が複雑であり、吸着安定性の問題により、サンプリングと分析を4日以内に終了することが必要とされる。また、ウィンドスクリーンとして装着したイソプレンメンブレンフィルターにニコチンの吸着が認められる、室温保存や長時間測定の場合にニコチンの再遊離、再吸着が起こる等、未解決の問題がある。 (非特許文献4)
【0007】
固相マイクロ抽出法で、空気中の揮発性有機化合物の濃度を測定する場合、ヘッドスペース法等の濃縮法が応用できないため、環境中の濃度域では、安定した測定結果が得られない。そのため、固相マイクロ抽出法で使用されている4種類の吸着剤、カーボキシン/ポリジメチルシロキサン、ジビニルベンゼン/ポリジメチルシロキサン、ジビニルベンゼン/カーボワックス、ポリジメチルシロキサンについて、ガラス繊維フィルターに塗布後、たばこ煙に暴露し、ニコチンの吸着能やパッシブサンプラーとしての適性等を検討している報告では、上記4種類の吸着剤の中では、カーボキシン/ポリジメチルシロキサンの場合にニコチンの吸着能が良好であると報告されている。しかし、サンプラー容器内への吸着ディスク装填時やサンプリング終了後の溶媒抽出時にカーボキシン/ポリジメチルシロキサン微粒子の剥離がかなり見られる問題がある。(非特許文献5)
【0008】
非特許文献5に記載のカーボキシン/ポリジメチルシロキサンの例については、従来よりニコチンの内部標準物質として使われ、ISO18145に採用されているキノリンのピークに 0.1〜10倍の変動があり内部標準物質として使用できない、また、エテニルピリジンピーク近傍に妨害ピークが残存し、エテニルピリジンの測定には適さないことが、その後の検討により明らかとなった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】M.W.Ogden and K.Malolo ; Environ.Sci.Tecnol.26,pp.1226−1234,1992
【0010】
【非特許文献2】F.M.Cake,D.J.Eatough,S.K.Hammond and M.W.Ogden ; Environ.Sci.Technol.24,pp.1196−1203,1990
【0011】
【非特許文献3】S.K.Hammond and B.P.Leaderer ; Environ.Sci.Technol.21,pp.494−497,1987
【0012】
【非特許文献4】Leea Kuusimaki,Pirkko Pfaffli,May Froshaug,Georg Becher,Erik Dybing and KimmoPeltonen ; American Journal of Industrial Medicine Supplement : 152-154 (1999)
【0013】
【非特許文献5】石津 嘉昭、石津 淑子;空気調和・衛生工学会論文集 No 135 pp.11-15、2008年 6月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
解決しようとする課題は、室内空気質の中で、環境たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを測定対象とすることを特徴とし、さらに、捕集ポンプを使用することなく、分子拡散作用によるパッシブ法で捕集することを特徴とする、高性能の空気質測定用のサンプラーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
環境中でたばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを捕集する高性能のパッシブサンプラーを提供するため、新規の吸着剤、吸着ディスク(吸着剤を担体に塗布したもの)、吸着ディスクを容器内で固定するためのスペーサーおよび容器上部を覆うウィンドスクリーンの検討、さらに、吸着剤の担体からの剥離防止、GC/MS検出時に妨害となるバックグランドの低減化についての検討を行った。
【0016】
本発明の吸着剤として、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを使用した。本発明のスチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサン吸着剤と非特許文献5記載のカーボキシン/ポリジメチルシロキサン吸着剤を比較すると、ニコチンの吸着量は1.7倍、エテニルピリジンの吸着量は1.4倍になった。また、内部標準物質としてキノリンの使用にも全く問題がなかった。
【0017】
本発明のスチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサン吸着剤は、取扱い時あるいは、溶液抽出時の担体からの吸着剤の剥離については、カーボキシン/ポリジメチルシロキサン吸着剤の場合と比較して非常に少ない。これは、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体とポリジメチルシロキサンの相溶性が高いためであるが、吸湿時に剥離が認められることがあった。
【0018】
吸着ディスクを不活性ガス中で熱処理を施すことにより、吸湿時の担体からの吸着剤の剥離がなくなり、さらに、GC/MS分析時のバックグランドの消滅の効果も得ることができた。
【0019】
本発明の吸着剤は、吸着したニコチン、エテニルピリジンの再遊離はなく、吸着安定性にすぐれている。サンプリング後、乾燥剤入りのジップ付きアルミシートの袋に入れ、冷蔵保存により2週間保存できる。
【0020】
実験用のチャンバー内で、たばこ煙による暴露実験を行い、XAD4吸収管を使用したアクティブ法(ISO18145)との対応により、サンプリングレートを算出し、捕集量に対するたばこの本数依存性、風速依存性、回収率、検出限界、定量限界を求め、高性能のニコチン、エテニルピリジン捕集用のパッシブサンプラーを提供した。
【発明の効果】
【0021】
本発明のパッシブサンプラーを用いれば、環境中のたばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンを捕集ポンプを使用しない分子拡散作用による方法で捕集し、室内空気質管理や分煙状況管理が簡便になり、問題発生時における迅速で適切な対応をとることができる。住宅、事務所、学校、レストラン、交通機関等における環境空気質の大規模な実態調査、長時間に及ぶ測定、個人暴露量測定には、特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は本発明のニコチン、エテニルピリジン捕集用パッシブサンプラーの模式図である。
【図2】図2は本発明のニコチン、エテニルピリジン捕集用パッシブサンプラーの構造の模式図である。
【図3】図3はXAD4吸収管を用いたアクティブ法(ISO18145に準ずる)と本発明のパッシブサンプラーを用いたパッシブ法の同時測定によるニコチン、エテニルピリジンの測定結果である。(実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0023】
パッシブサンプラーとは、環境中の捕集対象物質を捕集ポンプを使用することなく、分子拡散作用で捕集する装置を意味する。
【0024】
本発明のパッシブサンプラーによる捕集対象物質としては、たばこ煙中に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンであることを特徴とする。
【0025】
図1は、本発明のパッシブサンプラーの模式図であり、容器のフタ部分をはめていない状態を示している。
【0026】
図2は、本発明のパッシブサンプラーの構造の模式図である。
【0027】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体とポリジメチルシロキサン樹脂を混合したガム状物質を吸着剤(図2 (1))とし、吸着剤を担体(図2 (2))に塗布したものを吸着ディスク(図2 (3))とする。塗布方法としては、噴霧塗布が適している。吸着剤の担体としては、ガラス繊維フィルターが適しているが、吸着剤の接着、測定物質の捕集、検出に妨害とならないものであれば使用できる。
【0028】
吸着性能を上げ、且つ、吸着剤の担体であるガラス繊維フィルター(図2 (2))から吸着剤(図2 (1))が剥離するのを防止し、ニコチン、エテニルピリジンの吸着量を多くするためには、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体とポリジメチルシロキサン樹脂の重量混合比は1対2、塗布した吸着剤の膜厚は60ミクロンが適している。
【0029】
吸着剤塗布後、吸着ディスクに熱処理を施すことで、担体からの吸着剤の剥離は無くなり、さらに、GC/MS分析時のバックグランドが消滅し、品質および作業性が顕著に向上する。熱処理としては不活性ガス中で150℃、24時間から48時間が適している。
【0030】
本発明のパッシブサンプラーは、前記吸着ディスクを収納する容器(図2 (4)a、(4)b)として、内径37mm、深さ4.3mmのフタつきのポリプロピレン製容器でフタ(図2 (4)b)は中心を合わせて、直径35mmにくり抜いたものを用いる。測定物質の吸着剤への吸着や吸着剤からの溶液抽出後の分析を妨害しない材質であれば使用できる。
【0031】
環境空気中のニコチン、エテニルピリジンが、分子拡散作用のみで容器内の吸着ディスク上の吸着剤に吸着し、外部の風速の影響を受けないようにするためのウィンドスクリーン(図2 (5))として、容器フタ部分(図2 (4)b)の開口部を孔径10μmのメンブレンフィルター(Y100A076A、ADVANTEC(株))で覆う。ウィンドスクリーンとしては、本メンブレンフィルターが適している。
【0032】
容器内で、メンブレンフィルターと吸着ディスクの間隔を一定にしておくために、吸着ディスクを容器内に設置後、ディスク固定用スペーサー(図2 (6))として内壁に沿ってポリプロピレンシートをはめることで吸着ディスクを固定する。これによって、本パッシブサンプラーは、サンプリング時に垂直方向、水平方向共に設置可能であり、振動に対しても問題がない。個人暴露量の測定時には、クリップ等で、胸部に留めて、携帯使用することができる。
【0033】
環境中のニコチン、エテニルピリジンの捕集時間としては、2〜24時間が適当である。
【0034】
サンプリング終了後、回収したパッシブサンプラーは、乾燥剤入りのジップ付きアルミシートの袋に入れて冷蔵保存し、2週間以内に分析に供する。
【0035】
分析は、吸着ディスクを細片に切り、抽出溶液(トリエチルアミン0.0125%および内部標準物質として、キノリンを含有する酢酸エチル)2mlを添加後、超音波を30分間照射し、吸着した環境中のニコチン、エテニルピリジンを溶媒脱離する。
【0036】
ニコチン、エテニルピリジンの分析は、GC/MSを用いて行う。SIM法が望ましい。分析条件は ISO18145が適している。
【実施例1】
【0037】
図3は、XAD4吸収管を用いたアクティブ法(ISO18145に準ずる)と本発明のパッシブサンプラーを用いたパッシブ法との同時測定によるニコチン、エテニルピリジンの測定結果である。
【0038】
実験は、実験用チャンバー(容積 0.48m3、換気回数 0.04回/時間)内に、アクティブ法用の吸引ポンプ2台、本発明のパッシブサンプラー2個およびチャンバー内濃度を均一にするための撹拌ポンプ1台を設置し、たばこ0.1〜0.5本を燃焼させた。アクティブ法は、吸引速度100ml/min、吸引時間100分間、パッシブ法のサンプリング時間も100分間とした。
【0039】
図3に示す実施例1の結果では、ニコチン、エテニルピリジンにおいて、アクティブ法と本発明のパッシブ法の相関関係は高く(決定係数 0.91以上)、回帰曲線の傾きから、本発明のパッシブサンプラーのサンプリングレートは、ニコチンで38.0ml/min、エテニルピリジンで40.0ml/minとなった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のパッシブサンプラーを用いれば、たばこ煙に特異的に存在するニコチン、エテニルピリジンの環境中の濃度を、捕集ポンプを使用しないパッシブ法により、住宅、事務所、学校、病院、レストラン、デパートなど、様々な場所で、多数の観測点を設定しての測定が可能となる。さらに、列車、バス等、公共の乗り物内での測定、汚染物質の室内における3次元分布の測定、個人暴露量の測定等、多様な利用方法が可能である。また、本発明のパッシブサンプラーは、揮発性有機化合物の同時測定も可能であるため、1種類のサンプラーを用いて、1回の測定で、ニコチン、エテニルピリジンおよび揮発性有機化合物の測定が可能であるから、経費や測定、分析に要する手間の削減が可能となる。今後、国内は勿論、海外においても、分煙に関する社会的規制が厳しくなると考えられ、利用価値は高まる。
【0041】
符号の説明
(1) 吸着剤 (黒い部分)
(2) ガラス繊維フィルターの担体(白い部分)
(3) 吸着ディスク(吸着剤(1)をガラス繊維フィルターの担体(2)に塗布したもの)
(4)a 容器本体
(4)b 容器フタ
(5) メンブレンフィルターのウィンドスクリーン
(6) 吸着ディスク固定用スペーサー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを吸着剤として使用する、環境中のニコチン、エテニルピリジンを捕集するパッシブサンプラー。
【請求項2】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを吸着剤として担体に塗布した吸着ディスクを装着する、環境中のニコチン、エテニルピリジンを捕集するパッシブサンプラー。
【請求項3】
吸着剤を担体に塗布した吸着ディスクに熱処理が施されている、請求項1〜2のいずれかに記載のパッシブサンプラー。
【請求項1】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを吸着剤として使用する、環境中のニコチン、エテニルピリジンを捕集するパッシブサンプラー。
【請求項2】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体/ポリジメチルシロキサンを吸着剤として担体に塗布した吸着ディスクを装着する、環境中のニコチン、エテニルピリジンを捕集するパッシブサンプラー。
【請求項3】
吸着剤を担体に塗布した吸着ディスクに熱処理が施されている、請求項1〜2のいずれかに記載のパッシブサンプラー。
【図1】
【図2】
【図3】
【図2】
【図3】
【公開番号】特開2011−169787(P2011−169787A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34584(P2010−34584)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔研究集会名〕 平成21年度 空気調和・衛生工学学会(熊本) 〔主催者名〕 社団法人 空気調和・衛生工学会 〔開催日〕 平成21年9月15〜17日 〔研究集会名〕 2009年度 室内環境学会総会・研究発表会 〔主催者名〕 室内環境学会 〔開催日〕 平成21年12月13〜15日
【出願人】(310003094)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔研究集会名〕 平成21年度 空気調和・衛生工学学会(熊本) 〔主催者名〕 社団法人 空気調和・衛生工学会 〔開催日〕 平成21年9月15〜17日 〔研究集会名〕 2009年度 室内環境学会総会・研究発表会 〔主催者名〕 室内環境学会 〔開催日〕 平成21年12月13〜15日
【出願人】(310003094)
【Fターム(参考)】
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