ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、ニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法
【課題】本発明は、大きな加工ひずみを伴う加工であっても、微細粒組織の粒径を拡大させないニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、微細粒組織の粒径が小さなニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程S11と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程S12と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程S13と、を有するニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いることによって前記課題を解決できる。
【解決手段】結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程S11と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程S12と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程S13と、を有するニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いることによって前記課題を解決できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、ニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冠動脈ステントは、金属製筒状であり、冠動脈狭窄部あるいは閉塞部に留置して、冠動脈の内側から血管を押し拡げるように支えるために用いられる器具である。
この冠動脈ステントは、急性冠閉塞を減らし、血管内腔を広くでき、慢性期再狭窄を減らすことができる等の特長を有する。
【0003】
冠動脈ステント等に用いられる生体用材料は、優れた耐生体環境腐食特性やNiアレルギーに対する安全性等を必要とする。
耐生体環境腐食特性に優れる高窒素ステンレス鋼のうち、ニッケルを含有しない(以下、ニッケルフリー)の高窒素ステンレス鋼は、ニッケル(Ni)アレルギーや炎症反応を引き起こす心配がないので、生体用材料として有望な材料である(特許文献1、非特許文献1、2)。
【0004】
しかし、ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼は、微細粒組織からなる材料を用いても、大きな加工ひずみを伴う場合において、相変態後の繰返し熱処理により結晶粒が粗大化(粒成長)する場合があった(特許文献2、非特許文献3)。例えば、冠動脈ステントに加工できるシームレス細管を加工する場合において、結晶粒が粗大化(粒成長)し、複雑な形状の冠動脈ステントへの加工が難しくなり、生体に適用すると、結晶粒界に応力集中が起こることによるステント破損の原因となる可能性があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4845109号
【特許文献2】特開2006−316338号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Menzel,W.Kirschner and G.Stein,High nitrogen containing Ni-free austenitic steels for medical applications, ISIJ International, 36-7(1996), pp.893-900.
【非特許文献2】G.Stein,I.Hucklenbroich and H.Feichtinger,Current and future applications of high nitrogen steels,Material Science Forum,318-320(1999), pp.151-160.
【非特許文献3】T.ONOMOTO,Y.TERAZAWA,T.TSUCHIYAMA and S.TAKAKI, Effect of Grain Refinement on Tensile Properties in Fe-25Cr-1N Alloy, ISIJ International,49-8(2009),pp.1246-1252.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、大きな加工ひずみを伴う加工であっても、微細粒組織の粒径を拡大させないニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、微細粒組織の粒径が小さなニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼の粒成長を抑制可能な焼鈍温度(熱処理温度)及び圧延・抽伸加工条件を見出し、微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を作製し、本発明を完成した。
本発明は、以下の構成を有する。
【0009】
(1)結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程と、を有することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【0010】
(2)前記圧延・抽伸加工工程において(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることを特徴とする(1)に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
(3)前記中間焼鈍工程において不活性ガス雰囲気で焼鈍することを特徴とする(1)又は(2)に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
(4)前記中間焼鈍工程と前記圧延・抽伸加工工程を交互に2回以上繰り返すことを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【0011】
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【0012】
(6)前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、プラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く抽伸加工を行うことを特徴とする(5)に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【0013】
(7)外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなることを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管。
【発明の効果】
【0014】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程と、を有する構成なので、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、粒成長させることなく、圧延・抽伸加工させることができる。
【0015】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法は、先に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工する構成なので、粒成長を抑制し、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管を提供することができる。
【0016】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管は、外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなる構成なので、複雑な形状であっても、レーザー加工によって容易に形成でき、かつ、欠陥をほとんど生じさせないようにできる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法の一例を示すフローチャートである。
【図2】本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の一例を示す図である。
【図3】「焼鈍温度の最適化」試験の工程を示すフローチャートである。
【図4】高窒素ステンレス鋼冷延板の断面ミクロ組織である。
【図5】高窒素ステンレス鋼冷延板のビッカース硬さ測定結果である。
【図6】「繰り返し焼鈍の影響調査」試験の工程を示すフローチャートである。
【図7】高窒素ステンレス鋼冷延板の断面ミクロ組織である。
【図8】高窒素ステンレス鋼冷延板の断面ミクロ組織である。
【図9】高窒素ステンレス鋼冷延板のビッカース硬さ測定結果である。
【図10】高窒素ステンレス鋼冷延板のビッカース硬さ測定結果である。
【図11】23Cr鋼ステント用細管の断面ミクロ組織(焼鈍温度−時間−雰囲気)である。
【図12】23Cr鋼ステント用細管の断面ミクロ組織(焼鈍温度−時間−雰囲気)である。
【図13】シームレス細管の断面(垂直方向)を示す電子顕微鏡像である。
【図14】シームレス細管の断面(水平方向)を示す電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(本発明の実施形態)
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管及びその製造方法について説明する。
【0019】
<ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法>
まず、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法について説明する。
図1は、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法の一例を示すフローチャートである。
図1に示すように、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を塑性加工する塑性加工工程S1を有する。
塑性加工工程S1は、中間焼鈍工程S11と、圧延・抽伸加工工程S12と、最終固溶化処理工程S13と、を有する。
【0020】
(中間焼鈍工程S11)
ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料は、例えば、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなる角材、円柱等である。
【0021】
中間焼鈍工程S11は、このニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。
焼鈍はオーブン等で行うことができる。
900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍することにより、ビッカース硬度を低下させ、微細粒組織の粒径の拡大を抑制できる。
一方、900℃未満の場合には、ビッカース硬度を低下させることができず、微細粒組織の粒径の拡大を抑制できない。
また、1000℃超1060℃未満の場合には、ビッカース硬度が高いため加工が難しい。また、1060℃以上1150℃未満の場合には、ビッカース硬度が高く、窒素が抜けてしまうため単相とならない。更にまた、1150℃以上の場合には、窒素が抜けてしまうため単相とならない。
【0022】
焼鈍時間は1分以上30分以下とすることが好ましく、3分以上10分以下とすることがより好ましい。1分未満の場合は、焼鈍の効果が不十分となり、不均一となるからである。
また、不活性ガス雰囲気で焼鈍することが好ましい。水素を用いると、ニッケルフリー高窒素ステンレス中の窒素と反応することにより、窒素含有量が著しく低下するためである。
窒素雰囲気とすることがより好ましい。これにより、脱窒素を防ぐことができる。
【0023】
(圧延・抽伸加工工程S12)
圧延・抽伸加工工程S12は、材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる工程である。
例えば、圧延機により角材を圧延して板材に加工する。また、ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、内径を保持するプラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く。これにより、前記素管を縮径しながら、伸長させることができる。
通常、室温でこの加工を行う。
【0024】
圧延・抽伸加工工程S12において、(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることが好ましい。
50%超とした場合、材料にひびが入るおそれが生じる。逆に、10%未満とした場合、製造効率が低下する。
【0025】
中間焼鈍工程S11と圧延・抽伸加工工程S12はこれを1セットとして、複数回実施することが好ましい。複数回の操作でわずかずつ、材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させることにより、径、長さ及び肉厚等の値を正確に制御することができる。
【0026】
(最終固溶化処理工程S13)
最終固溶化処理工程S13は、1200℃以上1400℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。この固溶化処理により、ビッカース硬度を向上させることができる。
【0027】
また、この固溶化処理により、γ単相にして、非磁性とすることができる。生体用材料では磁性があることはMRI計測時にアーチファクトを生じるために好ましくない。
【0028】
<ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管>
次に、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管について説明する。
図2は、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の一例を示す図であり、図2(a)は平面図であり、図2(b)は左側面図であり、図2(c)は図2(a)のA部の拡大模式図である。
【0029】
ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、長さdが10mm以上2000mm以下、外径mが1.0mm以上6.0mm以下、肉厚tが100μm以上150μm以下とされている。これにより、内径pも規定されている。この大きさとすることにより、径が1〜6mmの血管に挿入可能であり、一定の耐久性を保持したステントをレーザー加工により形成できる。
【0030】
ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、高窒素ステンレスからなる。これにより、生体用材料として生体模擬環境下での腐食特性に優れ、高強度の材料として使用できる。
また、ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、ニッケルフリー材料からなる。これにより、抗Niアレルギー材料として使用できる。
【0031】
図2(c)に示すように、ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、微細粒組織11からなる。これにより、加工精度を向上させることができ、複雑な形状のステントでも容易に作製できる。
微細粒組織11の結晶粒の最大径sは30μm以下である。sは15μm以下とすることが好ましく、10μm以下とすることがより好ましい。最大径sを小さくすればするほど、レーザー加工で生じる欠けを小さくすることができ、ステントへ加工後の機械的性質が向上する。
【0032】
<ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法>
次に、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法について説明する。
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法は、先に記載したニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管を塑性加工する方法である。
【0033】
まず、ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管は、例えば、角材からなる供試材を、円柱加工工程と、ガンドリルによる穴あけ工程と、ホーニング加工工程とからなる素管加工(機械加工)工程により作製する。
なお、ホーニング加工とは、精密仕上げに用いる研削法であり、例えば、円柱状回転工具側面に直方体の砥石を数個取り付けたホーンと呼ぶ工具を用いて穴の内面をみがく加工である。
【0034】
(中間焼鈍工程)
中間焼鈍工程は、このニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管を900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。
焼鈍はオーブン等で行うことができる。
900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍することにより、ビッカース硬度を低下させ、微細粒組織の粒径の拡大を抑制できる。
焼鈍時間は1分以上30分以下とすることが好ましく、3分以上10分以下とすることがより好ましい。
【0035】
(抽伸加工工程)
次に、抽伸加工工程で、素管を縮径しながら、伸長させる。
例えば、前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、内径を保持するプラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く。これにより、前記素管を縮径しながら、伸長させることができる。通常、室温でこの加工を行う。
【0036】
抽伸加工工程において、(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることが好ましい。
50%超とした場合、素管にひびが入るおそれが生じる。逆に、10%未満とした場合、製造効率が低下する。
【0037】
中間焼鈍工程と抽伸加工工程はこれを1セットとして、複数回実施することが好ましい。複数回の操作でわずかずつ素管を縮径しながら、伸長させることにより、径、長さ及び肉厚等の値を正確に制御することができる。
【0038】
(最終固溶化処理工程)
最終固溶化処理工程は、1200℃以上1400℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。この固溶化処理により、微細結晶粒を維持したまま、ビッカース硬度を向上させるとともに、γ単相にして、非磁性とすることができる。
【0039】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程S11と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程S12と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程S13と、を有する構成なので、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、粒成長させることなく、圧延・抽伸加工させることができる。
【0040】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、圧延・抽伸加工工程S12において(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延率が10%以上50%以下である構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0041】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、中間焼鈍工程S11において不活性ガス雰囲気で焼鈍する構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0042】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、中間焼鈍工程S11と圧延・抽伸加工工程S12を交互に2回以上繰り返す構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0043】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10の製造方法は、先に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工する構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管を提供することができる。
【0044】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10の製造方法は、前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、プラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く抽伸加工を行う構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0045】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織11からなる構成なので、複雑な形状であっても、レーザー加工によって容易に形成でき、かつ、欠陥をほとんど生じさせないようにできる。
【0046】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管及びその製造方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で、種々変更して実施することができる。本実施形態の具体例を以下の実施例で示す。しかし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
(試験例1)
<焼鈍温度の最適化>
図3は、「焼鈍温度の最適化」試験の工程を示すフローチャートである。
まず、板厚5mmの高窒素ステンレス鋼板材からなる供試材を複数用意した。
各供試材を圧延率;10%、20%、30%、40%、50%、60%で圧延した。
圧延後板厚は表1に示すようになった。
【0048】
【表1】
【0049】
次に、各圧延率で圧延した供試材をそれぞれ980℃、1000℃、1020℃、1040℃、1060℃、1080℃、1100℃、1150℃の焼鈍温度で熱処理を行った。これにより、5圧延率×8焼鈍温度=40枚の試験例試料を作製した。
表2に、試験例番号、板材No、圧延率および焼鈍温度の関係を示す。
【0050】
【表2】
【0051】
次に、40枚の試験例試料のミクロ組織観察およびビッカース硬度測定を行った。
【0052】
<結果>
図4は試験例1−1−1の試料のミクロ組織観察の結果である。
40枚の試験例試料のミクロ組織観察を比較したが、圧延率の違いによる差はほぼ見受けられなかった。
しかし、焼鈍温度の違いによる差は顕著であり、980℃〜1040℃(低温領域)と1060℃〜1150℃(高温領域)の範囲で組織が大きく異なっていた。低温での熱処理であるほど(α+Cr2N)のパーライト状組織が多く、高温であるほどパーライト状の組織は消滅し、結晶粒が大きなγ単相になっていた。また、粒界には多くのCr窒化物が析出していた。
【0053】
図5は、この時のビッカース硬度測定結果である。
1020℃、1040℃でビッカース硬度のピークがあった。また、低温領域ではビッカース硬度にばらつきがあるが、高温領域では、ばらつきが小さくなっていた。
【0054】
以上の結果に基づいて、ビッカース硬度を低下させるので、980以上1000℃以下及び1100以上1150℃以下の温度範囲が焼鈍温度として最適であることが分かった。
これにより、焼鈍温度の候補として980℃及び1150℃の2温度を決定した。
【0055】
(試験例2)
<繰返し焼鈍の影響調査>
まず、板厚5mmの高窒素ステンレス鋼板材からなる供試材を複数用意した。
図6は、「繰り返し焼鈍の影響調査」試験の工程を示すフローチャートである。
「繰り返し焼鈍の影響調査」試験は、初期圧延焼鈍工程と、焼鈍圧延繰り返し工程と、最終固溶化処理工程とを有する。
初期圧延焼鈍工程は、「焼鈍温度の最適化」試験の工程と同一である。しかし、焼鈍温度の候補として980℃及び1150℃の2温度を決定したので、その温度で焼鈍したサンプルのみを次の「焼鈍圧延繰り返し工程」のサンプルとした。
焼鈍圧延繰り返し工程は、中間焼鈍工程と、圧延工程とからなる処理工程(以下、追加パス)を0回〜6回のいずれかとしたものである。
中間焼鈍工程は、980、1150℃のいずれかの温度とし、圧延率は20%のみとした。
最終固溶化処理工程は1200℃の焼鈍工程である。
以上の工程で作製したサンプルを評価して、繰返し焼鈍の影響を調べた。
【0056】
具体的には、まず、初期圧延焼鈍工程が(圧延+980℃×10分/空冷)の試験材と、(圧延+1150℃×10分/空冷)の試験材について、圧延率20%で、(980℃×10分/空冷+冷延)又は(1150℃×10分/空冷+冷延)の繰り返し圧延(以下、追加パスともいう。)を行った。追加パス回数は0回〜6回とした。
【0057】
再圧延回数=6+5+5+5+4=25回であり、焼鈍後のミクロ組織観察サンプル数は50検体である。なお、途中で割れが発生した場合はそのまま焼鈍してミクロ組織観察を行い、それ以降の加工+焼鈍は行わなかった。
各追加パス後のサンプルに試験例番号を付けた。
表3に、試験例番号、板材No、追加パス回数及び圧延後板厚の関係を示す。
【0058】
【表3】
【0059】
<最終焼鈍>
繰り返し圧延後、最終固溶化処理(最終溶体化処理ともいう。)として(1200℃×10分)熱処理/空冷を行った。
この処理により、γ単相にして、非磁性とした。生体用材料では磁性があることは好ましくないためである。
【0060】
以上の工程を行った試験例サンプルについて、ミクロ組織観察とビッカース硬度を測定した。
【0061】
各追加パス後のサンプルのミクロ組織観察結果の一例を図7、図8に示す。
繰り返し圧延に対して、ミクロ組織上はいずれの組織も大きな変化は無かった。
【0062】
最終固溶化処理を行ったサンプルのミクロ組織観察結果も行った。
980℃での熱処理ではあった(α+Cr2N)のパーライト状組織が1200℃で熱処理すると完全に消滅した。このとき、磁性も帯びていないことを確認した。ただし、一部の試験片で粒界にCr窒化物が析出しているものも見られた。
【0063】
ビッカース硬度測定結果を図9、10に示す。
図9に示すように、ビッカース硬度は、980℃+冷延の繰り返し材において、追加の1パスを終えた圧延回数2回目で、340HV→230HVと大きく減少した。その後、焼鈍と圧延を繰り返しても減少したままであった。
最終固溶化処理(1200℃)後、ビッカース硬度は、230HV→310HVに大きく上昇した。
【0064】
図10に示すように、1150℃+冷延の繰返し材においては焼鈍と圧延を繰り返してもビッカース硬度はほぼ変化せず、約320HVで一定であった。
最終固溶化処理(1200℃)後、ビッカース硬度は320HV→300HVに減少した。
【0065】
<X線回折による結晶構造の同定>
980℃+冷延の繰り返しを行った際に現れるパーライト状の組織(α+Cr2N)の同定及び定量分析を行った。表4、表5は、分析装置および分析条件である。
【0066】
【表4】
【0067】
【表5】
【0068】
<結果>
980℃+冷延の繰り返し材(No.9−追加パス6回目)のX線回折による同定結果を表6に示す。更に、簡易定量結果を表7に示す。
【0069】
【表6】
【0070】
【表7】
【0071】
980℃+冷延の繰り返し材において追加の1パスを終えた圧延回数2回目でビッカース硬度が340HV→230HVと大きく減少した。
今回の試作材は合金成分が若干異なっており析出温度域はシフトしているものの、高温側ではγ相が安定で、中間温度域でα+Cr2Nの二相組織が安定になっている結果と一致しており、1200℃以上の高温でγ単相になっている高窒素鋼を低温側の980℃で焼鈍するとα+Cr2Nの二相組織にパーライト変態したと考えられる。
窒素はフェライト(α)相にはほとんど固溶しないので窒素は全て窒化クロムCr2Nとして析出していると考えられる。
【0072】
980℃焼鈍と圧延の繰り返しを行っても組織は保持されたままであり、980℃焼鈍+冷延繰り返し材の硬度は低く1150℃焼鈍+冷延工程より加工しやすいことが分かった。
また、最終固溶化処理温度1200℃でフェライト組織が消え、オーステナイト単相となり、強度が上がることを確認した。
この時Cr2Nは分解しオーステナイト相マトリックス中に全て固溶していた。
【0073】
980℃焼鈍+冷延繰り返し材の方が1150℃焼鈍材と比較して温度が低い分だけ再結晶粒の粗大化を防ぐことができる。
以上の加工・熱処理条件を細管加工工程に適用することにより、焼鈍温度のみで細管加工性の向上と結晶粒の細粒化を実現できる。
【0074】
(実施例1)
<試験方法(シームレス細管作成)>
まず、ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼(Fe−23Cr−1Mo−1N(14.5mm角材:300cmL、2本)からなる供試材を用意した。
次に、a)素管加工、b)塑性加工、c)最終固溶化処理を行った。
【0075】
<a)素管加工>
まず、供試材を用いて、機械加工(ガンドリルによる穴あけおよびホーニング加工)により素管を作製した。
【0076】
<b)塑性加工>
次に、加工した素管を用いて、中間焼鈍後、塑性加工(引抜)によりシームレス細管加工を行った。アルゴンガス雰囲気で、中間焼鈍温度を980℃として、中間焼鈍処理を行った。
なお、塑性加工とは、物質に力を加えて塑性変形させ、各種形状に加工する方法である。 常温で行う冷間加工は寸法精度が高く、熱間加工は大型品や粗加工に用いる。
【0077】
次に、窒素雰囲気で、最終固溶化処理温度を1220℃として、最終固溶化処理を行った。窒素雰囲気で焼鈍を行うことにより、薄肉管表面からの脱窒を避けることができた。この最終固溶化処理により、(α+Cr2N)の組織をオーステナイト単相の組織とした。
【0078】
なお、最終形状は、外径1.4mm、肉厚0.15mmとし、真円度:0.01mm、真直度:5°傾斜板を滑落すること、偏肉:≦0.01mm、表面粗さRa:≦0.5μmを満足することを目標とした。長さ:1,000mm以上の管を作製することとした。
また、最終製品については、磁性を含まないか、あるいはできるだけ低減化することとした。
【0079】
<c)最終固溶化処理>
表8に示す条件で、焼鈍雰囲気・温度・時間をパラメータとして最終形状の細管で最終固溶化処理を行った。
【0080】
【表8】
【0081】
最終固溶化処理した細管を用いて、ミクロ組織観察を行った。オーステナイト単相の組織となっていることを確認した。また、EPMA分析および窒素分析(赤外線吸収法)を行った。脱窒素していないことを確認した。
【0082】
図11及び図12に最終固溶化処理前(Ar雰囲気、980℃×6分、φ2.3mm)および最終固溶化処理(表8における条件)後の試料のミクロ観察結果を示す。
最終固溶化処理条件は1150℃×10分(ただし肉厚1mmの板材を大気雰囲気にて焼鈍)とした。
【0083】
Ar雰囲気下で焼鈍を行うとフェライト単相の組織であった。1200℃×6分焼鈍したところフェライト−オーステナイト;2相組織であることが分かった。
【0084】
大気中および窒素雰囲気で焼鈍を行ったところ、表面に酸化・窒化皮膜ができるが窒素の外方拡散は防がれ、オーステナイト相になった。大気雰囲気では表面の腐食が激しいため、窒素雰囲気で最終固溶化処理条件出しを行った。長時間になるにつれ、表面からの窒素の吸収が増し、窒化物として結晶粒界および粒内に析出し、窒化層の厚みが増した。
また、高温になるにつれ、肉厚中心部の窒化物が固溶した。
窒化物を固溶させ、表面の薄い窒化層によって窒素の拡散を防ぎ、オーステナイト単相の組織にする条件として1220℃×6分を最終固溶化処理条件として選定した。
【0085】
正常品を外径1.4mm、長さ1000mmの製品形状まで加工できた。また、窒素分析(赤外線吸収法)を行ったところ、N=0.91wt%であった。
【0086】
図13は、シームレス細管の断面(垂直方向)を示す光学顕微鏡像であり、図14は、シームレス細管の断面(水平方向)を示す光学顕微鏡像である。
【0087】
今回の試作結果より目標とする状態の細管を製造する最終固溶化処理条件(窒素雰囲気下、1220℃、3〜10分)を見出すことができた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、圧延・抽伸率10%以上50%以下で加工しても、微細粒組織の粒径を拡大させないニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法に関するものであり、ステント用シームレス細管だけでなく、歯科矯正用ワイヤー等の複雑な形状でかつ強度が必要な医療機器又は生活用品等に利用でき、医療機器又は生活用品等の製造産業において利用可能性がある。
【符号の説明】
【0089】
10…ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管、11…微細粒組織。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、ニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冠動脈ステントは、金属製筒状であり、冠動脈狭窄部あるいは閉塞部に留置して、冠動脈の内側から血管を押し拡げるように支えるために用いられる器具である。
この冠動脈ステントは、急性冠閉塞を減らし、血管内腔を広くでき、慢性期再狭窄を減らすことができる等の特長を有する。
【0003】
冠動脈ステント等に用いられる生体用材料は、優れた耐生体環境腐食特性やNiアレルギーに対する安全性等を必要とする。
耐生体環境腐食特性に優れる高窒素ステンレス鋼のうち、ニッケルを含有しない(以下、ニッケルフリー)の高窒素ステンレス鋼は、ニッケル(Ni)アレルギーや炎症反応を引き起こす心配がないので、生体用材料として有望な材料である(特許文献1、非特許文献1、2)。
【0004】
しかし、ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼は、微細粒組織からなる材料を用いても、大きな加工ひずみを伴う場合において、相変態後の繰返し熱処理により結晶粒が粗大化(粒成長)する場合があった(特許文献2、非特許文献3)。例えば、冠動脈ステントに加工できるシームレス細管を加工する場合において、結晶粒が粗大化(粒成長)し、複雑な形状の冠動脈ステントへの加工が難しくなり、生体に適用すると、結晶粒界に応力集中が起こることによるステント破損の原因となる可能性があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4845109号
【特許文献2】特開2006−316338号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Menzel,W.Kirschner and G.Stein,High nitrogen containing Ni-free austenitic steels for medical applications, ISIJ International, 36-7(1996), pp.893-900.
【非特許文献2】G.Stein,I.Hucklenbroich and H.Feichtinger,Current and future applications of high nitrogen steels,Material Science Forum,318-320(1999), pp.151-160.
【非特許文献3】T.ONOMOTO,Y.TERAZAWA,T.TSUCHIYAMA and S.TAKAKI, Effect of Grain Refinement on Tensile Properties in Fe-25Cr-1N Alloy, ISIJ International,49-8(2009),pp.1246-1252.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、大きな加工ひずみを伴う加工であっても、微細粒組織の粒径を拡大させないニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、微細粒組織の粒径が小さなニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼の粒成長を抑制可能な焼鈍温度(熱処理温度)及び圧延・抽伸加工条件を見出し、微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を作製し、本発明を完成した。
本発明は、以下の構成を有する。
【0009】
(1)結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程と、を有することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【0010】
(2)前記圧延・抽伸加工工程において(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることを特徴とする(1)に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
(3)前記中間焼鈍工程において不活性ガス雰囲気で焼鈍することを特徴とする(1)又は(2)に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
(4)前記中間焼鈍工程と前記圧延・抽伸加工工程を交互に2回以上繰り返すことを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【0011】
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【0012】
(6)前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、プラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く抽伸加工を行うことを特徴とする(5)に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【0013】
(7)外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなることを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管。
【発明の効果】
【0014】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程と、を有する構成なので、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、粒成長させることなく、圧延・抽伸加工させることができる。
【0015】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法は、先に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工する構成なので、粒成長を抑制し、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管を提供することができる。
【0016】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管は、外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなる構成なので、複雑な形状であっても、レーザー加工によって容易に形成でき、かつ、欠陥をほとんど生じさせないようにできる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法の一例を示すフローチャートである。
【図2】本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の一例を示す図である。
【図3】「焼鈍温度の最適化」試験の工程を示すフローチャートである。
【図4】高窒素ステンレス鋼冷延板の断面ミクロ組織である。
【図5】高窒素ステンレス鋼冷延板のビッカース硬さ測定結果である。
【図6】「繰り返し焼鈍の影響調査」試験の工程を示すフローチャートである。
【図7】高窒素ステンレス鋼冷延板の断面ミクロ組織である。
【図8】高窒素ステンレス鋼冷延板の断面ミクロ組織である。
【図9】高窒素ステンレス鋼冷延板のビッカース硬さ測定結果である。
【図10】高窒素ステンレス鋼冷延板のビッカース硬さ測定結果である。
【図11】23Cr鋼ステント用細管の断面ミクロ組織(焼鈍温度−時間−雰囲気)である。
【図12】23Cr鋼ステント用細管の断面ミクロ組織(焼鈍温度−時間−雰囲気)である。
【図13】シームレス細管の断面(垂直方向)を示す電子顕微鏡像である。
【図14】シームレス細管の断面(水平方向)を示す電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(本発明の実施形態)
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管及びその製造方法について説明する。
【0019】
<ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法>
まず、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法について説明する。
図1は、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法の一例を示すフローチャートである。
図1に示すように、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を塑性加工する塑性加工工程S1を有する。
塑性加工工程S1は、中間焼鈍工程S11と、圧延・抽伸加工工程S12と、最終固溶化処理工程S13と、を有する。
【0020】
(中間焼鈍工程S11)
ニッケルフリー高窒素ステンレス製材料は、例えば、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなる角材、円柱等である。
【0021】
中間焼鈍工程S11は、このニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。
焼鈍はオーブン等で行うことができる。
900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍することにより、ビッカース硬度を低下させ、微細粒組織の粒径の拡大を抑制できる。
一方、900℃未満の場合には、ビッカース硬度を低下させることができず、微細粒組織の粒径の拡大を抑制できない。
また、1000℃超1060℃未満の場合には、ビッカース硬度が高いため加工が難しい。また、1060℃以上1150℃未満の場合には、ビッカース硬度が高く、窒素が抜けてしまうため単相とならない。更にまた、1150℃以上の場合には、窒素が抜けてしまうため単相とならない。
【0022】
焼鈍時間は1分以上30分以下とすることが好ましく、3分以上10分以下とすることがより好ましい。1分未満の場合は、焼鈍の効果が不十分となり、不均一となるからである。
また、不活性ガス雰囲気で焼鈍することが好ましい。水素を用いると、ニッケルフリー高窒素ステンレス中の窒素と反応することにより、窒素含有量が著しく低下するためである。
窒素雰囲気とすることがより好ましい。これにより、脱窒素を防ぐことができる。
【0023】
(圧延・抽伸加工工程S12)
圧延・抽伸加工工程S12は、材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる工程である。
例えば、圧延機により角材を圧延して板材に加工する。また、ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、内径を保持するプラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く。これにより、前記素管を縮径しながら、伸長させることができる。
通常、室温でこの加工を行う。
【0024】
圧延・抽伸加工工程S12において、(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることが好ましい。
50%超とした場合、材料にひびが入るおそれが生じる。逆に、10%未満とした場合、製造効率が低下する。
【0025】
中間焼鈍工程S11と圧延・抽伸加工工程S12はこれを1セットとして、複数回実施することが好ましい。複数回の操作でわずかずつ、材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させることにより、径、長さ及び肉厚等の値を正確に制御することができる。
【0026】
(最終固溶化処理工程S13)
最終固溶化処理工程S13は、1200℃以上1400℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。この固溶化処理により、ビッカース硬度を向上させることができる。
【0027】
また、この固溶化処理により、γ単相にして、非磁性とすることができる。生体用材料では磁性があることはMRI計測時にアーチファクトを生じるために好ましくない。
【0028】
<ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管>
次に、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管について説明する。
図2は、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の一例を示す図であり、図2(a)は平面図であり、図2(b)は左側面図であり、図2(c)は図2(a)のA部の拡大模式図である。
【0029】
ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、長さdが10mm以上2000mm以下、外径mが1.0mm以上6.0mm以下、肉厚tが100μm以上150μm以下とされている。これにより、内径pも規定されている。この大きさとすることにより、径が1〜6mmの血管に挿入可能であり、一定の耐久性を保持したステントをレーザー加工により形成できる。
【0030】
ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、高窒素ステンレスからなる。これにより、生体用材料として生体模擬環境下での腐食特性に優れ、高強度の材料として使用できる。
また、ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、ニッケルフリー材料からなる。これにより、抗Niアレルギー材料として使用できる。
【0031】
図2(c)に示すように、ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、微細粒組織11からなる。これにより、加工精度を向上させることができ、複雑な形状のステントでも容易に作製できる。
微細粒組織11の結晶粒の最大径sは30μm以下である。sは15μm以下とすることが好ましく、10μm以下とすることがより好ましい。最大径sを小さくすればするほど、レーザー加工で生じる欠けを小さくすることができ、ステントへ加工後の機械的性質が向上する。
【0032】
<ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法>
次に、本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法について説明する。
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法は、先に記載したニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管を塑性加工する方法である。
【0033】
まず、ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管は、例えば、角材からなる供試材を、円柱加工工程と、ガンドリルによる穴あけ工程と、ホーニング加工工程とからなる素管加工(機械加工)工程により作製する。
なお、ホーニング加工とは、精密仕上げに用いる研削法であり、例えば、円柱状回転工具側面に直方体の砥石を数個取り付けたホーンと呼ぶ工具を用いて穴の内面をみがく加工である。
【0034】
(中間焼鈍工程)
中間焼鈍工程は、このニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管を900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。
焼鈍はオーブン等で行うことができる。
900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍することにより、ビッカース硬度を低下させ、微細粒組織の粒径の拡大を抑制できる。
焼鈍時間は1分以上30分以下とすることが好ましく、3分以上10分以下とすることがより好ましい。
【0035】
(抽伸加工工程)
次に、抽伸加工工程で、素管を縮径しながら、伸長させる。
例えば、前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、内径を保持するプラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く。これにより、前記素管を縮径しながら、伸長させることができる。通常、室温でこの加工を行う。
【0036】
抽伸加工工程において、(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることが好ましい。
50%超とした場合、素管にひびが入るおそれが生じる。逆に、10%未満とした場合、製造効率が低下する。
【0037】
中間焼鈍工程と抽伸加工工程はこれを1セットとして、複数回実施することが好ましい。複数回の操作でわずかずつ素管を縮径しながら、伸長させることにより、径、長さ及び肉厚等の値を正確に制御することができる。
【0038】
(最終固溶化処理工程)
最終固溶化処理工程は、1200℃以上1400℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する工程である。この固溶化処理により、微細結晶粒を維持したまま、ビッカース硬度を向上させるとともに、γ単相にして、非磁性とすることができる。
【0039】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程S11と、前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程S12と、1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程S13と、を有する構成なので、結晶平均粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、粒成長させることなく、圧延・抽伸加工させることができる。
【0040】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、圧延・抽伸加工工程S12において(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延率が10%以上50%以下である構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0041】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、中間焼鈍工程S11において不活性ガス雰囲気で焼鈍する構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0042】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法は、中間焼鈍工程S11と圧延・抽伸加工工程S12を交互に2回以上繰り返す構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0043】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10の製造方法は、先に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工する構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管を提供することができる。
【0044】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10の製造方法は、前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、プラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く抽伸加工を行う構成なので、粒成長を抑制し、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織を形成できる。
【0045】
本発明のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管10は、外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織11からなる構成なので、複雑な形状であっても、レーザー加工によって容易に形成でき、かつ、欠陥をほとんど生じさせないようにできる。
【0046】
本発明の実施形態であるニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管及びその製造方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で、種々変更して実施することができる。本実施形態の具体例を以下の実施例で示す。しかし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
(試験例1)
<焼鈍温度の最適化>
図3は、「焼鈍温度の最適化」試験の工程を示すフローチャートである。
まず、板厚5mmの高窒素ステンレス鋼板材からなる供試材を複数用意した。
各供試材を圧延率;10%、20%、30%、40%、50%、60%で圧延した。
圧延後板厚は表1に示すようになった。
【0048】
【表1】
【0049】
次に、各圧延率で圧延した供試材をそれぞれ980℃、1000℃、1020℃、1040℃、1060℃、1080℃、1100℃、1150℃の焼鈍温度で熱処理を行った。これにより、5圧延率×8焼鈍温度=40枚の試験例試料を作製した。
表2に、試験例番号、板材No、圧延率および焼鈍温度の関係を示す。
【0050】
【表2】
【0051】
次に、40枚の試験例試料のミクロ組織観察およびビッカース硬度測定を行った。
【0052】
<結果>
図4は試験例1−1−1の試料のミクロ組織観察の結果である。
40枚の試験例試料のミクロ組織観察を比較したが、圧延率の違いによる差はほぼ見受けられなかった。
しかし、焼鈍温度の違いによる差は顕著であり、980℃〜1040℃(低温領域)と1060℃〜1150℃(高温領域)の範囲で組織が大きく異なっていた。低温での熱処理であるほど(α+Cr2N)のパーライト状組織が多く、高温であるほどパーライト状の組織は消滅し、結晶粒が大きなγ単相になっていた。また、粒界には多くのCr窒化物が析出していた。
【0053】
図5は、この時のビッカース硬度測定結果である。
1020℃、1040℃でビッカース硬度のピークがあった。また、低温領域ではビッカース硬度にばらつきがあるが、高温領域では、ばらつきが小さくなっていた。
【0054】
以上の結果に基づいて、ビッカース硬度を低下させるので、980以上1000℃以下及び1100以上1150℃以下の温度範囲が焼鈍温度として最適であることが分かった。
これにより、焼鈍温度の候補として980℃及び1150℃の2温度を決定した。
【0055】
(試験例2)
<繰返し焼鈍の影響調査>
まず、板厚5mmの高窒素ステンレス鋼板材からなる供試材を複数用意した。
図6は、「繰り返し焼鈍の影響調査」試験の工程を示すフローチャートである。
「繰り返し焼鈍の影響調査」試験は、初期圧延焼鈍工程と、焼鈍圧延繰り返し工程と、最終固溶化処理工程とを有する。
初期圧延焼鈍工程は、「焼鈍温度の最適化」試験の工程と同一である。しかし、焼鈍温度の候補として980℃及び1150℃の2温度を決定したので、その温度で焼鈍したサンプルのみを次の「焼鈍圧延繰り返し工程」のサンプルとした。
焼鈍圧延繰り返し工程は、中間焼鈍工程と、圧延工程とからなる処理工程(以下、追加パス)を0回〜6回のいずれかとしたものである。
中間焼鈍工程は、980、1150℃のいずれかの温度とし、圧延率は20%のみとした。
最終固溶化処理工程は1200℃の焼鈍工程である。
以上の工程で作製したサンプルを評価して、繰返し焼鈍の影響を調べた。
【0056】
具体的には、まず、初期圧延焼鈍工程が(圧延+980℃×10分/空冷)の試験材と、(圧延+1150℃×10分/空冷)の試験材について、圧延率20%で、(980℃×10分/空冷+冷延)又は(1150℃×10分/空冷+冷延)の繰り返し圧延(以下、追加パスともいう。)を行った。追加パス回数は0回〜6回とした。
【0057】
再圧延回数=6+5+5+5+4=25回であり、焼鈍後のミクロ組織観察サンプル数は50検体である。なお、途中で割れが発生した場合はそのまま焼鈍してミクロ組織観察を行い、それ以降の加工+焼鈍は行わなかった。
各追加パス後のサンプルに試験例番号を付けた。
表3に、試験例番号、板材No、追加パス回数及び圧延後板厚の関係を示す。
【0058】
【表3】
【0059】
<最終焼鈍>
繰り返し圧延後、最終固溶化処理(最終溶体化処理ともいう。)として(1200℃×10分)熱処理/空冷を行った。
この処理により、γ単相にして、非磁性とした。生体用材料では磁性があることは好ましくないためである。
【0060】
以上の工程を行った試験例サンプルについて、ミクロ組織観察とビッカース硬度を測定した。
【0061】
各追加パス後のサンプルのミクロ組織観察結果の一例を図7、図8に示す。
繰り返し圧延に対して、ミクロ組織上はいずれの組織も大きな変化は無かった。
【0062】
最終固溶化処理を行ったサンプルのミクロ組織観察結果も行った。
980℃での熱処理ではあった(α+Cr2N)のパーライト状組織が1200℃で熱処理すると完全に消滅した。このとき、磁性も帯びていないことを確認した。ただし、一部の試験片で粒界にCr窒化物が析出しているものも見られた。
【0063】
ビッカース硬度測定結果を図9、10に示す。
図9に示すように、ビッカース硬度は、980℃+冷延の繰り返し材において、追加の1パスを終えた圧延回数2回目で、340HV→230HVと大きく減少した。その後、焼鈍と圧延を繰り返しても減少したままであった。
最終固溶化処理(1200℃)後、ビッカース硬度は、230HV→310HVに大きく上昇した。
【0064】
図10に示すように、1150℃+冷延の繰返し材においては焼鈍と圧延を繰り返してもビッカース硬度はほぼ変化せず、約320HVで一定であった。
最終固溶化処理(1200℃)後、ビッカース硬度は320HV→300HVに減少した。
【0065】
<X線回折による結晶構造の同定>
980℃+冷延の繰り返しを行った際に現れるパーライト状の組織(α+Cr2N)の同定及び定量分析を行った。表4、表5は、分析装置および分析条件である。
【0066】
【表4】
【0067】
【表5】
【0068】
<結果>
980℃+冷延の繰り返し材(No.9−追加パス6回目)のX線回折による同定結果を表6に示す。更に、簡易定量結果を表7に示す。
【0069】
【表6】
【0070】
【表7】
【0071】
980℃+冷延の繰り返し材において追加の1パスを終えた圧延回数2回目でビッカース硬度が340HV→230HVと大きく減少した。
今回の試作材は合金成分が若干異なっており析出温度域はシフトしているものの、高温側ではγ相が安定で、中間温度域でα+Cr2Nの二相組織が安定になっている結果と一致しており、1200℃以上の高温でγ単相になっている高窒素鋼を低温側の980℃で焼鈍するとα+Cr2Nの二相組織にパーライト変態したと考えられる。
窒素はフェライト(α)相にはほとんど固溶しないので窒素は全て窒化クロムCr2Nとして析出していると考えられる。
【0072】
980℃焼鈍と圧延の繰り返しを行っても組織は保持されたままであり、980℃焼鈍+冷延繰り返し材の硬度は低く1150℃焼鈍+冷延工程より加工しやすいことが分かった。
また、最終固溶化処理温度1200℃でフェライト組織が消え、オーステナイト単相となり、強度が上がることを確認した。
この時Cr2Nは分解しオーステナイト相マトリックス中に全て固溶していた。
【0073】
980℃焼鈍+冷延繰り返し材の方が1150℃焼鈍材と比較して温度が低い分だけ再結晶粒の粗大化を防ぐことができる。
以上の加工・熱処理条件を細管加工工程に適用することにより、焼鈍温度のみで細管加工性の向上と結晶粒の細粒化を実現できる。
【0074】
(実施例1)
<試験方法(シームレス細管作成)>
まず、ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼(Fe−23Cr−1Mo−1N(14.5mm角材:300cmL、2本)からなる供試材を用意した。
次に、a)素管加工、b)塑性加工、c)最終固溶化処理を行った。
【0075】
<a)素管加工>
まず、供試材を用いて、機械加工(ガンドリルによる穴あけおよびホーニング加工)により素管を作製した。
【0076】
<b)塑性加工>
次に、加工した素管を用いて、中間焼鈍後、塑性加工(引抜)によりシームレス細管加工を行った。アルゴンガス雰囲気で、中間焼鈍温度を980℃として、中間焼鈍処理を行った。
なお、塑性加工とは、物質に力を加えて塑性変形させ、各種形状に加工する方法である。 常温で行う冷間加工は寸法精度が高く、熱間加工は大型品や粗加工に用いる。
【0077】
次に、窒素雰囲気で、最終固溶化処理温度を1220℃として、最終固溶化処理を行った。窒素雰囲気で焼鈍を行うことにより、薄肉管表面からの脱窒を避けることができた。この最終固溶化処理により、(α+Cr2N)の組織をオーステナイト単相の組織とした。
【0078】
なお、最終形状は、外径1.4mm、肉厚0.15mmとし、真円度:0.01mm、真直度:5°傾斜板を滑落すること、偏肉:≦0.01mm、表面粗さRa:≦0.5μmを満足することを目標とした。長さ:1,000mm以上の管を作製することとした。
また、最終製品については、磁性を含まないか、あるいはできるだけ低減化することとした。
【0079】
<c)最終固溶化処理>
表8に示す条件で、焼鈍雰囲気・温度・時間をパラメータとして最終形状の細管で最終固溶化処理を行った。
【0080】
【表8】
【0081】
最終固溶化処理した細管を用いて、ミクロ組織観察を行った。オーステナイト単相の組織となっていることを確認した。また、EPMA分析および窒素分析(赤外線吸収法)を行った。脱窒素していないことを確認した。
【0082】
図11及び図12に最終固溶化処理前(Ar雰囲気、980℃×6分、φ2.3mm)および最終固溶化処理(表8における条件)後の試料のミクロ観察結果を示す。
最終固溶化処理条件は1150℃×10分(ただし肉厚1mmの板材を大気雰囲気にて焼鈍)とした。
【0083】
Ar雰囲気下で焼鈍を行うとフェライト単相の組織であった。1200℃×6分焼鈍したところフェライト−オーステナイト;2相組織であることが分かった。
【0084】
大気中および窒素雰囲気で焼鈍を行ったところ、表面に酸化・窒化皮膜ができるが窒素の外方拡散は防がれ、オーステナイト相になった。大気雰囲気では表面の腐食が激しいため、窒素雰囲気で最終固溶化処理条件出しを行った。長時間になるにつれ、表面からの窒素の吸収が増し、窒化物として結晶粒界および粒内に析出し、窒化層の厚みが増した。
また、高温になるにつれ、肉厚中心部の窒化物が固溶した。
窒化物を固溶させ、表面の薄い窒化層によって窒素の拡散を防ぎ、オーステナイト単相の組織にする条件として1220℃×6分を最終固溶化処理条件として選定した。
【0085】
正常品を外径1.4mm、長さ1000mmの製品形状まで加工できた。また、窒素分析(赤外線吸収法)を行ったところ、N=0.91wt%であった。
【0086】
図13は、シームレス細管の断面(垂直方向)を示す光学顕微鏡像であり、図14は、シームレス細管の断面(水平方向)を示す光学顕微鏡像である。
【0087】
今回の試作結果より目標とする状態の細管を製造する最終固溶化処理条件(窒素雰囲気下、1220℃、3〜10分)を見出すことができた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、圧延・抽伸率10%以上50%以下で加工しても、微細粒組織の粒径を拡大させないニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法、微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製シームレス細管及びその製造方法に関するものであり、ステント用シームレス細管だけでなく、歯科矯正用ワイヤー等の複雑な形状でかつ強度が必要な医療機器又は生活用品等に利用でき、医療機器又は生活用品等の製造産業において利用可能性がある。
【符号の説明】
【0089】
10…ニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管、11…微細粒組織。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程と、
前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程と、
1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程と、を有することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項2】
前記圧延・抽伸加工工程において(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることを特徴とする請求項1に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項3】
前記中間焼鈍工程において不活性ガス雰囲気で焼鈍することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項4】
前記中間焼鈍工程と前記圧延・抽伸加工工程を交互に2回以上繰り返すことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【請求項6】
前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、プラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く抽伸加工を行うことを特徴とする請求項5に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【請求項7】
外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなることを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管。
【請求項1】
結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製材料を、900℃以上1000℃以下の温度で焼鈍してから、室温まで空冷する中間焼鈍工程と、
前記材料を薄板化又は縮径しながら、伸長させる圧延・抽伸加工工程と、
1200℃以上1400℃以下の温度に加熱してから、室温まで空冷する最終固溶化処理工程と、を有することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項2】
前記圧延・抽伸加工工程において(加工後の肉厚)/(加工前の肉厚)で表される圧延・抽伸率が10%以上50%以下であることを特徴とする請求項1に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項3】
前記中間焼鈍工程において不活性ガス雰囲気で焼鈍することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項4】
前記中間焼鈍工程と前記圧延・抽伸加工工程を交互に2回以上繰り返すことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製材料の圧延・抽伸加工方法を用いて、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなるニッケルフリー高窒素ステンレス製素管を加工することを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【請求項6】
前記ニッケルフリー高窒素ステンレス製の素管の一端をダイスの穴に押し込み、前記穴の反対側に前記一端を通した状態で、プラグを前記素管内に挿入してから、前記一端を引っ張って、前記素管を直線状に引抜く抽伸加工を行うことを特徴とする請求項5に記載のニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管の製造方法。
【請求項7】
外径1.0mm以上6.0mm以下、肉厚100μm以上150μm以下、長さ10mm以上2000mm以下の管であって、結晶粒径が30μm以下の微細粒組織からなることを特徴とするニッケルフリー高窒素ステンレス製ステント用シームレス細管。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−112874(P2013−112874A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261664(P2011−261664)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]