説明

ニトロ化合物の検出方法

【課題】ニトロ化合物を検出標的とする検出方法であって、検出標的に前処理を必要とせず、迅速、高感度で広い範囲のニトロ化合物を検出でき、視認性が高く裸眼でも容易に検出可能で、携帯性にも優れている検出方法を提供する。
【解決手段】ホスホール骨格を含む蛍光性物質をニトロ化合物と接触させると、ニトロ化合物が存在しない場合に比べて蛍光の強度が著しく弱くなることを利用したニトロ化合物の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、爆薬成分であるニトロ化合物を検出標的とし、これらを高感度、高精度、迅速かつ簡便に検出出来る標的検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ある種のニトロ化合物は爆薬として用いられ、それらの取り扱いには特別の注意が必要である。特に、空港等の公共施設のセキュリティーの確保、地雷や不発弾の撤去、密輸やテロに関係する犯罪捜査や武装解除に関係して、これらのニトロ化合物の検出は社会的要請の大きな課題である。また、ニトロ化合物の毒性にも関係して、製造工場や軍事基地周辺の環境中に存在するニトロ化合物の検出も重要な課題である。
【0003】
従来のニトロ化合物の検出方法として、伝統的にはいわゆる爆薬検知犬が利用されている。しかし、探知犬の体調や個体差による検出感度のばらつき等の信頼性の面や、検知犬の注意力持続性の面、探知犬の育成や訓練に要する費用と時間の面等に問題点を有している。
【0004】
このような検知犬によらない方法として、分析機器を用いる方法が開発されている。たとえば、非特許文献1や特許文献1〜8では質量分析による方法が、非特許文献2ではラマンスペクトルによる方法が、非特許文献3や特許文献9〜10ではX線を用いる方法が、非特許文献4ではサイクリックボルタンメトリーによる方法が、特許文献11ではニトロリダクターセ活性を有するセンサ物質で修飾した電極と参照電極に電位を印加する際の検体とセンサ物質との接触による電流値により検出する方法が、非特許文献5や特許文献12〜14ではイオン移動度分析(IMS)による方法が、特許文献12〜14では電子捕獲検出器を備えたガスクロマトグラフによる方法が、非特許文献6〜8及び特許文献15にはニトロ化合物への曝露に際する表面プラズモン共鳴の変化を利用した方法が、それぞれ開示されている。
【0005】
これらの機器分析による方法は一般的に感度面では優れているが、検体を採取した後に機器を設置した施設に持ち込む必要があるため、その場検出や携帯性の面で難点があり、機器が高価であり、機器の設置に必要な面積、運転コスト等の面でも実用的に有利な方法とは言えない。
【0006】
このような問題点を回避し、小型で携帯性と迅速性に優れ、かつコスト面でも有利な方法を目指した化学センサの開発が活発に研究されている。水晶振動子マイクロバランスの表面を種々のセンサ化合物でコーティングしたものをニトロ化合物に曝露した際の振動数の変化により検出する方法は古くから研究されており、センサ化合物として、例えば、非特許文献9では種々の金属ポルフィリンが、特許文献16〜17にはポリシロキサン誘導体が、特許文献18には各種共役ポリマーが開示されている。
【0007】
また、また、ニトロ化合物への曝露により発せられる発色又は蛍光を検出する方法も広く研究され、特許文献19〜20には共役ポリマーが、特許文献21ではアルカリ含有物質やランタニド錯体が、特許文献22ではアゾ色素等が、センサ化合物として開示されている。非特許文献10には、多孔性シリカにナイルレッド色素を吸着させたものを検出材料として用い、蛍光で検出する方法が開示されている。しかし、これらの方法においても、検出をその場で簡便に実施できるほどの携帯性には欠けており、感度面にも問題がある。
【0008】
蛍光による検出では、蛍光性分子とニトロ化合物との接触により、蛍光が消光される場合がある。これを利用した検出では、特別な装置を必要とせず、ニトロ化合物の検出を目視もしくは発光強度の簡単なデジタル解析で検出することが出来るものと考えられることから、検出の効率と携帯性が飛躍的に向上すると期待される。この手法によるニトロ化合物の検出のための蛍光性センサ化合物として、非特許文献11にはポリフェニレンエチニレン誘導体が、非特許文献12〜14ではシロール骨格を主鎖に含む高分子が開示されている。しかし、蛍光波長に関係する蛍光の視認性の面や、検出可能なニトロ化合物の構造上の多様性の面で、満足できるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−028579号公報
【特許文献2】特開2003−307507号公報
【特許文献3】特開2004−028675号公報
【特許文献4】特開2004−125576号公報
【特許文献5】特開2005−098706号公報
【特許文献6】特開2008−262922号公報
【特許文献7】特開2008−292346号公報
【特許文献8】特開2003−307507号公報
【特許文献9】特開2006−084275号公報
【特許文献10】特開2006−214952号公報
【特許文献11】特表2007−513622号公報
【特許文献12】特開平9−126964号公報
【特許文献13】特開平9−126965号公報
【特許文献14】特開平9−126966号公報
【特許文献15】特開2008−58176号公報
【特許文献16】特表2007−513347号公報
【特許文献17】特表2008−516216号公報
【特許文献18】特表2007−532870号公報
【特許文献19】特表2007−511748号公報
【特許文献20】特表2007−532870号公報
【特許文献21】特表2007−501416号公報
【特許文献22】US5296380A号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Journal of Mass Spectometry, 2000, Vol.35, p337
【非特許文献2】Analytical Chemistry, 2000, Vol.72, p5834
【非特許文献3】X-Ray Spectometry, 1998, Vol.27, p87
【非特許文献4】Journal of Electroanalytical Chemistry, 1999, Vol.461, p10
【非特許文献5】Analytical Chemistry, 2004, Vol.76, p390A
【非特許文献6】Senors and Actuators B, 2008, Vol.133, p467
【非特許文献7】Biosensors and Bioelectronics, 2008, Vol.24, p191
【非特許文献8】Talanta, 2007, Vol.72, p554
【非特許文献9】IEEE Sensors Journal, 2005, Vol.5, p610
【非特許文献10】Analytical Chemistry, 2000, Vol.72, p1947
【非特許文献11】Journal of the American Chemical Society, 1998, Vol.120, p5321
【非特許文献12】Chemistry of Materials, 2007, Vol.19, p6459
【非特許文献13】Journal of Materials Chemistry, 2008, Vol.18, p3143
【非特許文献14】Macromolecules, 2008, Vol.41, p1237
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、爆薬成分として用いられるニトロ化合物を検出標的とする検出に際し、検出標的に前処理を必要とせず、迅速、高感度で広い範囲のニトロ化合物を検出でき、視認性が高く裸眼でも容易に判定可能で、携帯性にも優れた標的検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、リン原子を含む共役分子の吸収・発光機能について研究中に、特定の構造のものが固体状態で強い発光を示す事実を見いだし、この意外な結果に基づいて更に鋭意研究の結果、爆薬として用いられるニトロ化合物を接触させると強い発光が鋭敏に消光されることも見いだし、これらの知見に基づいて本発明を完成させるに至った。
【0013】
本発明は、以下の[1]〜[10]を提供する。
[1] 一般式(1):
【0014】
【化1】

【0015】
(式中、Rは炭素数6以下の飽和炭化水素基又は炭素数12以下の不飽和炭化水素基を示す。R及びRはそれぞれ独立して炭素数12以下の不飽和炭化水素基又は複素芳香環基を表すか、または隣接する基(Rの場合はR、Rの場合はR)と一緒になって環構造を形成してもよい。隣接する基と一緒になって環構造を形成する場合は、環がさらに置換基を有してもよい。R及びRはそれぞれ独立して水素原子、炭素数6以下の飽和炭化水素基、又は炭素数12以下の不飽和炭化水素基を表すか、隣接する基(Rの場合RまたはR、Rの場合はRまたはR)と一緒になって環構造を形成してもよい。隣接する基と一緒になって環構造を形成する場合は、環がさらに置換基を有してもよい。さらに、R、R、R、R、Rは独立に炭素数7以下のエーテル基で又はチオエーテル基で1又は2置換されていても良い。)で示される蛍光性センサ化合物を用いることを特徴とするニトロ化合物の検出方法。
[2] 前記式(1)で表される蛍光性センサ化合物とニトロ基を有する化合物とを接触させて光照射した際に発する蛍光の強度と、該蛍光性センサ化合物単独で光照射した際に発する蛍光の強度の差によりニトロ化合物を検出する[1]記載の検出方法。
[3] 蛍光性センサ化合物とニトロ化合物とを含水溶液中で接触させる[2]記載の検出方法。
[4] 蛍光性センサ化合物の固体とニトロ化合物の蒸気とを接触させる[2]記載の検出方法。
[5] 蛍光性センサ化合物の薄膜状固体を用いる[4]記載の検出方法。
[6] 蛍光性センサ化合物とニトロ基化合物を含浸させた素材とを接触させる[2]記載の検出方法。
[7] ニトロ化合物を含浸させる素材として濾紙を用いる[6]記載の検出方法。
[8] 蛍光性センサ化合物が下記式(2)〜(14)のいずれかで表される化合物である[1]〜[7]のいずれかに記載の検出方法:
【0016】
【化2】

【0017】
【化3】

【0018】
【化4】

【0019】
【化5】

【0020】
【化6】

【0021】
【化7】

【0022】
【化8】

【0023】
【化9】

【0024】
【化10】

【0025】
【化11】

【0026】
【化12】

【0027】
【化13】

【0028】
【化14】

【0029】
ここで、上記式(2)〜(14)におけるRは、炭素数6以下の飽和炭化水素基又は炭素数12以下の不飽和炭化水素基を示し、上記式(4)におけるR及びRは互いに同一又は相異なる炭素数6以下の飽和炭化水素基を示し、R、R、R、及び各構造に含まれる芳香環又は複素芳香環は独立に炭素数7以下のエーテル基又はチオエーテル基で1又は2置換されていても良い。
[9] 蛍光性センサ化合物が下記式(15):
【0030】
【化15】

【0031】
である[1]〜[7]のいずれかに記載の検出方法。
[10] ニトロ化合物が、ピクリン酸、2,4−ジニトロトルエン、2,4,6−トリニトロトルエン、1,1−ジアミノ−2,2−ジニトロエチレン、2,4,6−トリニトロフェニル−N−メチルニトロアミン、1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジン、1,3,5,7−テトラニトロペルヒドロ−1,3,5,7−テトラアゾシン、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン、ニトログリセリン、ペンタエリスリトール四硝酸エステルからなるニトロ化合物群から選ばれる少なくとも1種である[1]〜[9]のいずれかに記載の検出方法。
【発明の効果】
【0032】
本発明のニトロ化合物の検出方法は、検出標的に前処理を必要とせず、迅速、高感度で広い範囲のニトロ化合物を検出でき、視認性が高く裸眼でも容易に判定可能で、携帯性にも優れている。従って、実用技術として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】(a)式(15)の化合物に対し2,4−ジニトロトルエン(DNTと略記)を液相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度の2,4−ジニトロトルエン濃度に対する依存性(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=2,4−ジニトロトルエンが存在しない場合の蛍光の強度)。
【図2】(a)式(15)の化合物に対し2,4,6−トリニトロトルエン(TNTと略記)を液相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度の2,4,6−トリニトロトルエンン濃度に対する依存性(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=2,4,6−トリニトロトルエンが存在しない場合の蛍光の強度)。
【図3】(a)式(15)の化合物に対しピクリン酸(PAと略記)を液相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度のピクリン酸濃度に対する依存性(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=ピクリン酸が存在しない場合の蛍光の強度)。
【図4】図3でピクリン酸濃度がゼロ及び100μMである時の蛍光の目視観察(左:ピクリン酸が無い場合の蛍光、右:ピクリン酸濃度=100μM)。
【図5】(a)式(15)の化合物に対し1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジン(RDX)と略記)を液相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度の1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジン濃度に対する依存性(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジンが存在しない場合の蛍光の強度)。
【図6】(a)式(15)の化合物に対しp−ベンゾキノン(BQ)と略記)を液相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度のp−ベンゾキノン濃度に対する依存性(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=p−ベンゾキノンが存在しない場合の蛍光の強度)。
【図7】(a)式(15)の化合物の薄膜に2,4−ジニトロトルエンを気相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度の経時変化(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=2,4−ジニトロトルエンが存在しない場合の蛍光の強度)。
【図8】(a)式(15)の化合物の薄膜に2,4,6−トリニトロトルエンを気相で接触させた際の蛍光スペクトルの変化、(b)500nmでの蛍光強度の経時変化(励起波長=380nm、I=蛍光の強度、I=2,4,6−トリニトロトルエンが存在しない場合の蛍光の強度)。
【図9】各種ニトロ化合物を濾紙上に含浸・乾燥した後に式(15)の化合物の溶液を噴霧・乾燥し352nmの紫外光を照射した際の蛍光強度のニトロ化合物量依存性(DNT=2,4−ジニトロトルエン、TNT=2,4,6−トリニトロトルエン、PA=ピクリン酸、Tetryl=2,4,6−トリニトロフェニル−N−メチルニトロアミン、RDX=1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジン、HMX=1,3,5,7−テトラニトロペルヒドロ−1,3,5,7−テトラアゾシン)。
【図10】図9の各蛍光強度を3次元画像化した図面(略記は図9と同じ)。
【図11】図9のデータの画像解析により蛍光の強度を数値化した図面(略記は図9と同じ)。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本明細書において示される各基は、具体的には以下の通りである。
【0035】
炭素数6以下の飽和炭化水素基としては、n−ヘキシル基、シクロヘキシル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、イソブチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、エチル基、メチル基等の直鎖、分枝又は環状の脂肪族飽和炭化水素基を例示することが出来る。
【0036】
炭素数12以下の不飽和炭化水素基としては、ビニル基、イソプロペニル基、1−プロペニル基、アリル基、1−ブテン−1−イル基、2−ブテン−1−イル基、3−ブテン−1−イル基、3−ブテン−2−イル基、2,2−ジメチルビニル基、1−ペンテン−1−イル基、2−ペンテン−1−イル基、3−ペンテン−1−イル基、3−ペンテン−2−イル基、4−ペンテン−1−イル基、4−ペンテン−2−イル基、4−ペンテン−3−イル基、4−ペンテン−4−イル基、1,2−ジメチル−1−ブテン−1−イル基、1−オクテン−1−イル基、1−デセン−1−イル基、1−ドデセン−1−イル基、1−シクロヘキセン−1−イル基、1−シクロヘキセン−3−イル基、1−シクロオクテン−1−イル基、1−メチル−1−シクロヘキセン−2−イル基、フェニル基、アルファナフチル基、ベータナフチル基、ベータアントリル基、オルトビフェニル基、メタビフェニル基、パラビフェニル基、ベンジル基、1−又は2−フェニルエチル基等の、直鎖、分枝又は環状の脂肪族不飽和炭化水素基、及び、芳香族炭化水素基を例示することが出来る。
【0037】
炭素数12以下の複素芳香環基としては、チオフェン環、ピリジン環、キノリン環等を例示することが出来る。
【0038】
炭素数7以下のエーテル基、チオエーテル基としては、メトキシ基、エトキシ基、ブトキシ基、ヘキシルオキシ基、ヘプチルオキシ基、フェノキシ基、ベンジロキシ基、メチルチオ基、フェニルチオ基、メトキシメチル基、メトキシエチル、メトキシエトキシ基等を例示することが出来る。
【0039】
本発明の検出方法は、芳香族ニトロ化合物、ニトロアミン系化合物、硝酸エステル系化合物の検出に好適に用いられる。
【0040】
このようなニトロ化合物としては、ピクリン酸、2,4−ジニトロトルエン、2,4,6−トリニトロトルエン、1,1−ジアミノ−2,2−ジニトロエチレン、2,4,6−トリニトロフェニル−N−メチルニトロアミン、1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジン、1,3,5,7−テトラニトロペルヒドロ−1,3,5,7−テトラアゾシン、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン、ニトログリセリン、ペンタエリスリトール四硝酸エステル等が例示される。
【0041】
本発明の検出方法は、一般式(1)の蛍光性センサ化合物を爆薬成分として用いられるニトロ化合物に曝露又は接触させると、光を照射した際の該蛍光性センサ化合物からの蛍光がニトロ化合物が存在しない場合に比べて明確に弱くなることに基づくものである。曝露又は接触の方法はいかなる方法を用いても良く、例えば、蛍光性センサ化合物及びニトロ化合物を液相で接触させる方法、固相の蛍光性センサ化合物を気相のニトロ化合物に曝露する方法、固相のニトロ化合物に液相の蛍光性センサ化合物を接触させる方法等のいずれの方法によっても良い。
【0042】
従って、蛍光性センサ化合物を検出に用いる際の形態としては、溶液状の試験液、結晶または薄膜状の試験片、多孔体に吸着させた試験粉末や試験粒子、濾紙や布等に含浸・乾燥させた試験紙や試験布のような形態であっても良い。また、ニトロ化合物の検出時の形態としては、溶液状の検体、結晶もしくは粉末状の検体、溶液又は固体が紙や布もしくは多孔性物質等に付着、含浸もしくは吸着された検体であっても良い。
【0043】
本発明の好ましい検出方法の第一の方法は、蛍光性センサ化合物及びニトロ化合物を液相で接触させる方法である。本方法においては、まず、蛍光性センサ化合物を適当な溶剤に加えた検出試験液を用意し、適当な波長の紫外光を照射して検出試験液自身の蛍光を目視、写真撮影もしくは蛍光光度計等で測定する。検出試験液を調製するための溶剤の選択及び検出試薬の濃度は溶解性及び検出試験液自身の蛍光の強度を勘案して決めることが出来るが、鋭敏な検出にとっては強い蛍光を発する条件が好ましく、そのために混合溶媒を用いることも本発明の好ましい態様である。検出試薬とは別に、検体であるニトロ化合物の溶液を用意し、これと検出試験液の両者を混合し、再び紫外光を照射して混合液の蛍光を先と同様に測定する。この際の蛍光はニトロ化合物の構造に応じた消光によって、検出試験液自身の蛍光に比べて弱く観察され、これによりニトロ化合物の存在を検出することが出来る。該ニトロ化合物の構造が予め分かっている場合には、検量線を作成しておくことで定量することも可能である。
【0044】
本発明の好ましい検出方法の第二の方法は、固相の蛍光性センサ化合物に気相のニトロ化合物を接触させる方法である。本方法においては、まず、結晶または薄膜状の蛍光性センサ化合物、多孔体に蛍光性センサ化合物を吸着させた試験粉末や試験粒子、又は、濾紙や布等に蛍光性センサ化合物を含浸・乾燥させた試験紙や試験布を用いて、液相の場合と同様にそれ自身の蛍光を測定しておく。次いで、これらのいずれかの形態のセンサを、ニトロ化合物を予め入れておいた検出容器にいれてセンサ化合物をニトロ化合物の蒸気に接触させ、液相での検出の場合と同様に蛍光測定を行うことで、消光及びその程度からニトロ化合物の検出を行うことが出来る。本方法は検体のニトロ化合物の蒸気圧の大小が検体とセンサ化合物の接触速度を支配するため、蒸気圧の比較的大きなニトロ化合物の場合に有利な方法である。
【0045】
本発明の好ましい検出方法の第三の方法は、ニトロ化合物の固体が紙や布もしくは多孔性物質等に付着した検体やニトロ化合物の溶液が紙や布もしくは多孔性物質等に付着、含浸もしくは吸着され溶媒を揮発させた検体とセンサ化合物を接触させる方法である。本方法においては、このような検体にセンサ化合物の溶液を噴霧し、溶媒を乾燥除去した後、液相での検出の場合と同様に蛍光測定を行うことで、消光及びその程度からニトロ化合物の検出を行うことが出来る。
【0046】
本発明の方法においては、検体中のニトロ化合物とセンサ化合物の相互作用により、センサ化合物自身の蛍光が消光され、その消光の程度を検出することになる。厳密な検出においては蛍光光度計を用いることも出来るが、ニトロ化合物の検出自体は、裸眼による目視、もしくはデジタルカメラ等による写真での判定、または写真のデジタル画像処理による三次元画像化もしくは数値化することで、簡便かつ携帯性の高い方法で検出することも出来る。
【0047】
光照射に用いる光源は蛍光性センサ化合物の吸収波長近辺の波長の光を放射するものであればいかなるものを用いても良く、蛍光性センサ化合物の構造に応じて、キセノンランプ、低圧水銀灯、中圧水銀灯、高圧水銀灯等を用いることが出来るが、必要に応じて、これらの光源からの放射光を分光して用いても良く、簡便には、クロマトグラフィー作業において検出に用いる紫外線ランプを用いることも出来る。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0049】
(参考例1)
下記式(15):
【0050】
【化16】

【0051】
で表されるセンサ化合物を次のようにして合成した。
【0052】
式(15)の化合物のPhCH基が水素原子である化合物(0.10g、0.22mmol)、臭化ベンジル(0.17g、1.01mmol)および苛性ソーダ(46mg、1.14mmol)をジメチルホルムアミド(5mL)に加え、室温で1時間攪拌した。塩化メチレン(30mL)及び水(20mL)を加え、有機層を飽和塩化アンモニウム水溶液、食塩水で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。濾過後濾液を濃縮し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し(ヘキサン/塩化メチレン=1/1)ることで、式(15)の化合物が得られた。収量77mg(=0.097mmol)、収率44%。
【0053】
(実施例1)
前記式(15)の化合物0.3mgをテトラヒドロフラン1.0mLに溶解し、精製水を加えて10mLとしたストック溶液Aを調製した。これとは別に、2,4−ジニトロトルエン1.8mgをテトラヒドロフラン0.5mLに溶解し、精製水を加えて5.0mLとしたストック溶液Bを調製した。ストック溶液A(1.0mL)にストック溶液Bを各々0.0、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.7、及び1.0mL加え、水とテトラヒドロフランの1:1混合溶液を加え2mLとした8種の試験液を調製した。なお、各試験液中の式(15)の化合物の濃度は19μM、2,4−ジニトロトルエンの濃度はそれぞれ、0、100、200、300、400、500、700、及び1000μMとなる。これらの試験液に380nmの紫外光を照射し、日立製作所製蛍光光度計を用いて蛍光スペクトルを室温で測定したところ、図1(a)及び(b)が示すように、2,4−ジニトロトルエンの濃度の増加と共に、500nm付近の蛍光の強度が著しく低下することが分かった。
【0054】
(実施例2)
実施例1の2,4−ジニトロトルエンの代わりに2,4,6−トリニトロトルエンを用いて12種の試験液を調製した。なお、各試験液は、式(15)の化合物の濃度が19μM、2,4,6−トリニトロトルエンの濃度がそれぞれ0、20、40、60、80、100、150、200、250、300、350、400μMとなるように調製した。これらの試験液について実施例1と同様に蛍光を測定したところ、図2(a)及び(b)が示すように、2,4,6−トリニトロトルエンの濃度の増加と共に、500nm付近の蛍光の強度が著しく低下することが分かった。
【0055】
(実施例3)
実施例1の2,4−ジニトロトルエンの代わりにピクリン酸を用いて10種の試験液を調製した。なお、各試験液は、式(15)の化合物の濃度が19μM、ピクリン酸の濃度がそれぞれ0、5、10、20、30、40、50、70、100、200μMとなるように調製した。これらの試験液について実施例1と同様に蛍光を測定したところ、図3(a)及び(b)が示すように、ピクリン酸の濃度の増加と共に、500nm付近の蛍光の強度が著しく低下することが分かった。この実施例の実験において、ピクリン酸の濃度がゼロの時と100μMである時における蛍光を写真撮影したものを図4に示した。濃度がゼロの場合には強い蛍光が発せられるのに対し、100μMである時には目視では蛍光は実質的には認められない。すなわち、本発明の方法では裸眼による目視によっても容易に検出できることを示している。
【0056】
(実施例4)
実施例1の2,4−ジニトロトルエンの代わりに1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジンを用いて9種の試験液を調製した。なお、各試験液は、式(15)の化合物の濃度が20μM、1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジンの濃度がそれぞれ0、100、200、300、400、500、700、1000、及び1300μMとなるように調製した。これらの試験液について実施例1と同様に蛍光を測定したところ、図5(a)及び(b)が示すように、1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジンの濃度の増加と共に、500nm付近の蛍光の強度が低下することが分かった。
【0057】
(比較例1)
実施例1の2,4−ジニトロトルエンの代わりに1,4−ベンゾキノンを用いて8種の試験液を調製した。なお、各試験液は、式(15)の化合物の濃度が20μM、1,4−ベンゾキノンの濃度がそれぞれ0、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0、7.0、及び10.0mMとなるように調製した。これらの試験液について実施例1と同様に蛍光を測定した。図6(a)及び(b)が示すように、1,4−ベンゾキノンの濃度の増加と共に、500nm付近の蛍光の強度は低下するが、試験液中の1,4−ベンゾキノンの濃度が実施例1〜4におけるニトロ化合物の濃度に比べて著しく高いことを考慮すると、式(15)の化合物による1,4−ベンゾキノンの検出感度は著しく低いことが分かる。すなわち、ニトロ化合物の場合と同程度の低濃度では1,4−ベンゾキノンは実質的には検出されず、ニトロ化合物の検出感度が高いことを示している。
【0058】
(実施例5)
50mLのサンプル瓶に2,4−ジニトロトルエンを入れて密栓し室温で20時間放置して、サンプル瓶内部を2,4−ジニトロトルエンの蒸気で充満させた。他方、式(15)の化合物(1.0mg)をトルエン(1.0mL)に溶解した溶液を、石英基板に垂らして塗布し、自然乾燥することにより薄膜を調製した。こうして得られた薄膜を、2,4−ジニトロトルエンの蒸気で充満されたサンプル瓶内に素速く入れて密栓し、2,4−ジニトロトルエンの蒸気に曝露した。一定時間毎に薄膜を取り出し、380nmの紫外光を照射して蛍光スペクトルを測定した。図7(a)及び(b)が示すように、経時的に発光の強度は低下し、60秒間程度の曝露で2,4−ジニトロトルエンの目視判定が可能であることが分かった。
【0059】
(実施例6)
実施例5の2,4−ジニトロトルエンに代えて2,4,6−トリニトロトルエンを用いて、同様の操作を行った。図8(a)及び(b)が示すように、経時的に発光の強度は低下し、10分間程度の曝露で2,4,6−トリニトロトルエンの目視判定が可能であることが分かった。
【0060】
(実施例7)
アドバンティック製濾紙No.2を直径6mm(面積0.28cm)に切り取った試験片を用意した。2,4−ジニトロトルエンのアセトニトリル溶液(濃度1.1×10−4M)をマイクロピペットを用い1.4μLずつ試験片にスポットし、2,4−ジニトロトルエンが含浸された試験片を調製した。別の試験片に2,4−ジニトロトルエンのアセトニトリル溶液を同様にスポットし、乾燥後更にスポットする方法で、2,4−ジニトロトルエンが多く含浸された試験片も調製した。同様に、その他のニトロ化合物についても試験片を調製した。
【0061】
各ニトロ化合物のアセトニトリル溶液の濃度は、2,4,6−トリニトロトルエンについては8.8×10−7Mと4.4×10−5Mの二種類、ピクリン酸は4.4×10−5M、2,4,6−トリニトロフェニル−N−メチルニトロアミンについては3.5×10−5M、1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジンについては4.5×10−4M、1,3,5,7−テトラニトロペルヒドロ−1,3,5,7−テトラアゾシンについては3.4×10−3Mの濃度の溶液を用いた。
【0062】
このように各ニトロ化合物を含浸させ乾燥して調製した試験片を並べ、式(15)の化合物のテトラヒドロフラン溶液(濃度=46μM)を並べた試験片の全てに均一に噴霧し、乾燥した後、ブラックライトを用いて352nmの紫外光を照射し、蛍光の消光を検討した。図9のデジタルカメラの撮影像が示すように、ニトロ化合物の構造に依らず、含浸量の増大と共に蛍光の強度が弱くなることが目視で判定できることが分かった。また、この写真画像をデジタル解析し、蛍光強度を3次元画像化した図面を図10に、解析画像から得られた蛍光の強度を図11に示したが、これらの結果は、目視のみでなく、デジタルカメラや簡単なパソコン処理により、定量的検出も可能であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明によればニトロ化合物の迅速かつ高精度の検出法が提供され、空港等の公共施設におけるセキュリティチェック(爆発物の検出/確認)や、環境中のニトロ化合物の検出に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
【化1】

(式中、Rは炭素数6以下の飽和炭化水素基又は炭素数12以下の不飽和炭化水素基を示す。R及びRはそれぞれ独立して炭素数12以下の不飽和炭化水素基又は複素芳香環基を表すか、または隣接する基(Rの場合はR、Rの場合はR)と一緒になって環構造を形成してもよい。隣接する基と一緒になって環構造を形成する場合は、環がさらに置換基を有してもよい。R及びRはそれぞれ独立して水素原子、炭素数6以下の飽和炭化水素基、又は炭素数12以下の不飽和炭化水素基を表すか、隣接する基(Rの場合RまたはR、Rの場合はRまたはR)と一緒になって環構造を形成してもよい。隣接する基と一緒になって環構造を形成する場合は、環がさらに置換基を有してもよい。さらに、R、R、R、R、Rは独立に炭素数7以下のエーテル基又はチオエーテル基で1又は2置換されていても良い。)で示される蛍光性センサ化合物を用いることを特徴とするニトロ化合物の検出方法。
【請求項2】
前記式(1)で表される蛍光性センサ化合物とニトロ基を有する化合物とを接触させて光照射した際に発する蛍光の強度と、該蛍光性センサ化合物単独で光照射した際に発する蛍光の強度との差によりニトロ化合物を検出することを特徴とする請求項1記載の検出方法。
【請求項3】
蛍光性センサ化合物とニトロ化合物とを含水溶液中で接触させる請求項2の検出方法。
【請求項4】
蛍光性センサ化合物の固体とニトロ化合物の蒸気とを接触させる請求項2の検出方法。
【請求項5】
蛍光性センサ化合物の薄膜状固体を用いる請求項4の検出方法。
【請求項6】
ニトロ基化合物を含浸させた素材と蛍光性センサ化合物とを接触させる請求項2の検出方法。
【請求項7】
ニトロ化合物を含浸させる素材として濾紙を用いる請求項6の検出方法。
【請求項8】
蛍光性センサ化合物が下記式(2)〜(14)のいずれかで表される化合物である請求項1〜7のいずれかに記載の検出方法:
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

【化11】

【化12】

【化13】

【化14】

ここで、上記式(2)〜(14)におけるRは、炭素数6以下の飽和炭化水素基又は炭素数12以下の不飽和炭化水素基を示し、上記式(4)におけるR及びRは互いに同一又は相異なる炭素数6以下の飽和炭化水素基を示し、R、R、R、及び各構造に含まれる芳香環又は複素芳香環は独立に炭素数7以下のエーテル基又はチオエーテル基で1又は2置換されていても良い。)である請求項1〜7の検出方法。
【請求項9】
蛍光性センサ化合物が下記式(15):
【化15】

で表される化合物である請求項1〜7のいずれかに記載の検出方法。
【請求項10】
ニトロ化合物が、ピクリン酸、2,4−ジニトロトルエン、2,4,6−トリニトロトルエン、1,1−ジアミノ−2,2−ジニトロエチレン、2,4,6−トリニトロフェニル−N−メチルニトロアミン、1,3,5−トリニトロペルヒドロ−1,3,5−トリアジン、1,3,5,7−テトラニトロペルヒドロ−1,3,5,7−テトラアゾシン、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン、ニトログリセリン、ペンタエリスリトール四硝酸エステルからなるニトロ化合物群から選ばれる少なくとも1種である請求項1〜9のいずれかに記載の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図11】
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【図4】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−156662(P2010−156662A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−406(P2009−406)
【出願日】平成21年1月5日(2009.1.5)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】