説明

ニホンナシ形質転換方法

【課題】ニホンナシの形質転換法の提供。
【解決手段】アグロバクテリウム法を用いたニホンナシの形質転換方法であって、導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムの存在下でニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分を超音波処理し、さらに該植物細胞又は植物体部分を、カルシウムイオンキレート剤を含み、かつカルシウムイオンを除いた共存培地を用いて該アグロバクテリウムと共存培養することを特徴とする、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニホンナシの形質転換方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニホンナシは、我が国で四番目に生産額の多い主要果樹である(農林水産省平成21年生産農業所得統計)。しかしながら、ニホンナシの栽培では、「黒星病」や「黒斑病」をはじめ、果実の商品価値を著しく下げる「みつ症」、「日持ち性の悪さ」、「果面のさび」等が問題となっている。これまでの研究により、これらに関連すると考えられる候補遺伝子群の解析が進んでいるが、単離された遺伝子の機能解析や遺伝子導入により画期的な新品種を作出するためには、ニホンナシで導入遺伝子を安定的に発現させることができる形質転換技術の確立が必要である。しかしながらニホンナシの形質転換技術は全く開発されていない。これは、ニホンナシへのアグロバクテリウムの感染が非常に困難であることが大きな要因とされている。
【0003】
ナシではセイヨウナシの葉片からの不定芽形成系を利用したアグロバクテリウム法による形質転換体の作製が報告され(Mourages, F., et al., Plant Cell Rep., 16:245-249 (1996))、同等の手法を用いて、マンシュウマメナシ、セイヨウナシの品種ラ・フランス及びバートレットで形質転換体の作出に成功している。しかしニホンナシではこの方法による形質転換は成功しておらず、セイヨウナシでも品種により形質転換効率が悪い場合がある。そこでセイヨウナシでは、腋芽培養シュート分裂組織を外植片として用いたアグロバクテリウム媒介形質転換法が開発された(特開2004−283051号公報)。しかしこの方法は、アグロバクテリウムを感染させるのが困難なニホンナシにそのまま適用することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−283051号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Mourages, F., et al., Plant Cell Rep., 16:245-249 (1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ニホンナシの形質転換法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ニホンナシ由来の細胞をカルシウム不含でEGTAを含有する共存培地を使用してアグロバクテリウムと共存培養し、かつ超音波処理を施すことにより、ニホンナシについて高効率で安定した形質転換を実現することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を包含する。
【0009】
アグロバクテリウム法を用いたニホンナシの形質転換方法であって、導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムの存在下でニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分を超音波処理し、さらに該植物細胞又は植物体部分を、カルシウムイオンキレート剤を含み、かつカルシウムイオンを除いた共存培地を用いて該アグロバクテリウムと共存培養することを特徴とする、方法。
【0010】
ここで共存培地は、MS培地又は希釈無機塩濃度を有するMS培地を基本培地として調製したものであることが好ましい。
【0011】
この方法の好ましい態様では、カルシウムイオンキレート剤はエチレングリコールビス(β-アミノエチルエーテル)-N,N,N',N'-四酢酸である。
【0012】
この方法では、子葉由来の、ニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分を用いることも好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明を用いれば、ニホンナシの安定な形質転換体を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、ニホンナシ感染用のアグロバクテリウムに導入したバイナリーベクター中の核酸構築物の構造を示す図である。「sgfp」が、実施例でニホンナシに導入した植物導入用改変型GFP遺伝子(sGFP遺伝子)である。「35S-pro」はカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、「Nos-pro」及び「Nos-ter」はそれぞれAgrobacterium tumefaciens由来のノパリンシンターゼ(NOS)プロモーター及びターミネーターを表す。「RB」は右ボーダー配列、「LB」は左ボーダー配列である。
【図2】図2は、GFP蛍光が認められたニホンナシ不定芽の再分化の様子を示す写真である。アグロバクテリウムとの共存培養(アグロバクテリウム感染)に続く形質転換体選抜用にカナマイシンを含有する再分化培地での2.5ヶ月培養後(図2A)、同4.5ヶ月培養後(図2B)、同5.5ヶ月培養後(図2C)の、子葉由来の再分化個体の外観を示す写真である。
【図3】図3は、GFP蛍光が認められたニホンナシ不定芽個体から抽出したゲノムDNAについて、ゲノム中に組み込まれた核酸構築物(図3A)及びGFP遺伝子(図3B)をそれぞれPCR解析により検出した結果を示す写真である。「コントロール」は非形質転換体ニホンナシ由来のサンプル、「陰性コントロール」はゲノムDNA(鋳型)を加えずに調製したPCR溶液、「プラスミド」はsGFP遺伝子を含んだバイナリーベクター由来のサンプルである。
【図4】図4は、GFP蛍光が認められたニホンナシ不定芽個体から抽出したゲノムDNAについてのサザンブロット解析結果を示す写真である。TがGFP蛍光が認められたニホンナシ不定芽由来のサンプル、Cが非形質転換体ニホンナシ由来のサンプルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明は、アグロバクテリウム法に基づくニホンナシの形質転換法に関する。本発明では、ニホンナシにアグロバクテリウム法を適用する際、アグロバクテリウム存在下で超音波処理を行い、さらに、カルシウムイオンを除き、かつカルシウムイオンのキレート剤(好ましくはEGTA)を含めた共存培地(共存培養培地)を用いて共存培養するという複合的な改良を施すことにより、ニホンナシへのアグロバクテリウムの感染効率を大幅に増加させ、ニホンナシの形質転換を可能にするものである。
【0017】
アグロバクテリウム法は、植物細胞への遺伝子導入のために一般的に用いられている形質転換法であり、アグロバクテリウムが自らの有する遺伝子をT-DNAとして感染した植物体のゲノムに組み込むことができる性質を利用したものである。アグロバクテリウム法では、アグロバクテリウムを感染させた植物細胞又は植物組織において、そのアグロバクテリウムが持つプラスミドベクター又はそのゲノム中に保持された、RB(右ボーダー配列)とLB(左ボーダー配列)で挟まれたDNA領域が切り離され、T-DNAとして植物細胞のゲノム中に高頻度に組み込まれる。RBは、T-DNAがアグロバクテリウムから植物ゲノム内へと伝達される際、伝達の開始点として機能する25塩基の配列であり、LBは、T-DNAがアグロバクテリウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の終止点として機能する25塩基の配列である。植物ゲノムに導入される際のT-DNAの左端がLB、右端がRBとなる。アグロバクテリウム法は、アグロバクテリウムが感染可能な植物に対して広く適用することができる。
【0018】
本発明では、ニホンナシ(Pyrus pyrifolia (Burm.) Nakai.)をアグロバクテリウム法による形質転換の対象とする。本発明においてニホンナシは、ニホンナシと他のナシ属種(限定するものではないが、例えば、マメナシ(Pyrus calleryana Decne)、マンシュウマメナシ(Pyrus betulaefolia Bunge)、チュウゴクナシ(Pyrus ussuriensis Maxim.)、セイヨウナシ(Pyrus communis L.)など)との雑種も包含しうる。ニホンナシの例としては、限定するものではないが、二宮、なつしずく、幸水、伯帝竜、安下庄支那梨、晩三吉、豊水、二十世紀、新高、あきづき、王秋等の任意の栽培品種が挙げられる。
【0019】
本発明の方法では、ニホンナシに導入すべき目的の遺伝子(導入遺伝子)を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムを、感染に使用する。本発明においてT-DNAとは、RBとLBを両端とし、その間に、いわゆる発現カセット(すなわち、プロモーター及びターミネーターの制御下に遺伝子を配置した核酸構築物)を含むDNAである。T-DNAは、1つ又は2つ以上の発現カセットを含んでよい。T-DNAは、ニホンナシに導入すべき遺伝子(導入遺伝子)を含む発現カセットに加えて、薬剤耐性遺伝子(例えば、カナマイシン耐性遺伝子NptII、ハイグロマイシン耐性遺伝子等)を始めとする選択マーカー遺伝子及び/又はGUS遺伝子やGFP遺伝子等のレポーター遺伝子を含む発現カセットを含むことも好ましい。T-DNA中の発現カセットは、任意の構成的プロモーター又は一過性プロモーター(好ましくは、植物細胞で遺伝子発現を誘導可能な植物機能性プロモーター、又は大腸菌等の細菌若しくは真菌で遺伝子発現を誘導可能な細菌機能性プロモーター若しくは真菌機能性プロモーター、又は広宿主域プロモーター)を含んでよく、例えば構成的植物機能性プロモーターとしては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター(Odell J.T., et al., Nature, 313:810-812 (1985))、アグロバクテリウムTiプラスミド由来ノパリンシンターゼ遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチン遺伝子のプロモーター、イネ由来のアクチン遺伝子のプロモーター、キャッサバ葉脈モザイクウイルス(CsVMV)プロモーター、タバコPR1aプロモーター、シロイヌナズナPR-1プロモーター等が挙げられる。同様にT-DNA中の発現カセットは、任意のターミネーター、好ましくは植物細胞で機能性の植物機能性ターミネーターを含んでよく、例えば、ノパリンシンターゼ(NOS)遺伝子ターミネーターを含んでもよい。
【0020】
導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムの作製は、常法により行うことができる。例えば導入遺伝子は、アグロバクテリウムのT-DNA上に保持させることができる(中間ベクター法)。この場合、T-DNAはアグロバクテリウムが有するTiプラスミド中に含まれうる。Tiプラスミドを保持するアグロバクテリウムに、導入遺伝子を組み込んだ中間ベクターをヘルパープラスミドを用いて導入し、相同組換えによりTiプラスミド中のT-DNA上に導入遺伝子を組み込ませ、T-DNA上に導入遺伝子が組み込まれたTiプラスミドを保持するアグロバクテリウムを選抜することにより、導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムを作製することができる。このようなアグロバクテリウムを用いる遺伝子導入法である中間ベクター法の詳細は、例えばDeBlock, M. et al., EMBO J., 3:1681-1689 (1984)に開示されている。
【0021】
一方、アグロバクテリウムを用いる別の遺伝子導入法であるバイナリーベクター法では、バイナリーベクターのT-DNAに導入遺伝子を挿入し、それを、Tiプラスミドを欠損したアグロバクテリウムに、ヘルパープラスミドを用いて導入することにより、導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムを作製することができる。バイナリーベクター法の詳細は、例えばde Framond, A., et al., Bio/Technology, 1:262-269 (1983)、Hoekcma, A., et a1., Nature, 303:179-180 (1983)、Deblaere, R., et al., Methods in Enzymol., 153:277-292, (1987)、Rogers, S.G., et al., Methodsin Enzymol., 153:253-277 (1987)等に記載されている。
【0022】
あるいは導入遺伝子を含むT-DNAを、アグロバクテリウムのゲノム(染色体)中に保持させてもよい。この方法は、例えばOltmanns, H. et al.(Plant Physiol., 152:1158-1166 (2010))に従って実施することができる。
【0023】
導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムを、ニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分に感染させることによって、T-DNA上の導入遺伝子を植物ゲノム中に組み込ませることができる。これによりニホンナシの形質転換体を作製できる。
【0024】
本発明においてアグロバクテリウム感染に供する植物細胞又は植物体部分は、ニホンナシから採取及び/又は調製された任意の植物細胞又は植物体部分であってよい。ここでニホンナシ由来植物細胞は、ニホンナシの任意の植物器官又は植物組織(例えば、葉、茎、根、花序、果実、種子、腋芽、胚、花粉、子葉、分裂組織等)から単離した細胞、その培養細胞、又はそこから調製したプロトプラスト若しくはカルスであってもよい。またニホンナシ由来植物体部分は、ニホンナシから採取された植物体部分(植物体の一部)、例えば葉、茎、根、花序、果実、種子、腋芽、胚、花粉、若しくは子葉等の任意の植物器官又はその一部である植物組織(例えば分裂組織等)であってもよいし、植物体から単離されていない(植物体の一部分をなお構成している)植物器官又は植物組織であってもよい。ニホンナシ由来植物体部分は、例えば、種子から採取した子葉(好ましくは胚軸部を除いたもの)又はその一部(切片等)であることも好ましい。ニホンナシ由来植物体部分は、ニホンナシ植物体から切り取られ、培地に置床された外植片(例えば、シュート、リーフディスク等)であってもよい。
【0025】
アグロバクテリウムのニホンナシ植物細胞又は植物体部分への感染は、基本的には、植物細胞又は植物体部分にアグロバクテリウムを接種した後、共存培養を行うことによって引き起こすことができる。これらの処理は、無菌条件下で行うことが好ましい。植物細胞又は植物体部分へのアグロバクテリウムの接種は、通常は、培養したアグロバクテリウムの菌液を植物細胞又は植物体部分と接触させることによって行えばよい。具体的には、アグロバクテリウム菌液中に植物細胞又は植物体部分を浸漬してもよいし、植物細胞又は植物体部分にアグロバクテリウム菌液を添加又は塗布してもよい。アグロバクテリウム菌液の調製は、常法により行えばよい。例えばアグロバクテリウムをYEP培地又はYEB培地等に植菌して28℃で一晩〜24時間培養することにより菌液を調製できる。このように培養したアグロバクテリウムを遠心してペレット化し、それをカルシウムイオンを除去した培養培地(例えば、1/10 MS-Ca+6.3%シュクロース+3.6%グルコース+10mM MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)+0.01%プルロニックF-68+100μM アセトシリンゴン)に懸濁した液をアグロバクテリウム菌液として用いることも好ましい。
【0026】
本発明の方法では、植物細胞又は植物体部分にアグロバクテリウムを接種した後、そのアグロバクテリウムの存在下でニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分に対して超音波処理を行う。超音波処理は、限定するものではないが、例えば、発振周波数20〜50KHz、好ましくは30〜40KHz、より好ましくは38KHzを用いて行うことができる。超音波処理は、通常は10秒以上、好ましくは10秒〜30秒、より好ましくは15秒〜25秒、例えば20秒にわたって行う。超音波処理は、例えば、市販の超音波洗浄器を使用して実施することができる。
【0027】
本発明の方法では、アグロバクテリウムの接種後のニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分を、好ましくは上記超音波処理後、カルシウムイオンキレート剤を加えかつカルシウムイオンを除くように改変した共存培地を用いて、該アグロバクテリウムと共存培養する。共存培地とは、アグロバクテリウム法で共存培養のために使用されうる共存培地(共存培養培地)を意味する。共存培地は、植物組織培養培地を基本培地として調製することができる。共存培地を調製するための基本培地となる植物組織培養培地は、無機塩類(ビタミン類、アミノ酸類等を含む)である。基本培地としては、MS培地(Murashige & Skoog培地)、N6培地、L6培地、SB培地、R2培地、Tuleeke培地、SH培地、Knop培地、Tukey & Cox培地、ガンボーグB5培地、Nitsch培地、White培地、LP培地、及びKNUDSON C培地等、並びにそれらの培地について無機塩濃度を希釈(例えば1/2〜1/20に希釈)した培地(希釈無機塩濃度を有する培地)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。共存培地を調製するための基本培地としては、MS培地又はその希釈無機塩濃度を有するMS培地(例えば、MS無機塩を1/2濃度に希釈した1/2 MS培地、MS無機塩を1/4濃度に希釈した1/4 MS培地、MS無機塩濃度を1/10濃度に希釈した1/10 MS培地など)がより好ましい。共存培地は、このような基本培地に、炭素原(シュクロース、グルコースなど)、植物成長促進剤として機能するサイトカイニン類やオーキシン類のような植物ホルモン(例えば、ベンジルアデニン(BA)、チジアズロン(TDZ)、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IBA))、アセトシリンゴン等のフェノール類や界面活性剤、固体化するための寒天等のアグロバクテリウム法で共存培地に一般的に配合される成分を適宜選択して添加することにより調製することができる。「基本培地として調製する」とは、基本培地として用いられる培地の組成に、必要に応じてこれらの追加的な培地成分を加えることにより培地(共存培地)を調製することを意味する。
【0028】
本発明では、共存培養に用いる共存培地に、カルシウムイオンキレート剤、例えばエチレングリコールビス(β-アミノエチルエーテル)-N,N,N',N'-四酢酸(EGTA)、エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物(EDTA)、1,2-ビス(o-アミノフェノキシ)エタン-N,N,N',N'-四酢酸(BAPTA)、1,2-ビス(o-アミノ-5'-メチルフェノキシ)エタン-N,N,N',N'-四酢酸テトラアセトキシメチルエステル(MAPTAM)等を、含有させる。カルシウムイオンキレート剤(例えばEGTA)は、限定するものではないが、0.1〜100mM、例えば1〜50mMの濃度で共存培地に含有させることが好ましい。カルシウムイオンキレート剤に代えて、又はそれに加えて、カルシウムキレート剤と同等の効果を持つカルシウムチャネル阻害剤(ベラパミル、ジルチアゼム)、H+-ATPアーゼ阻害剤(バナジン酸)、カルモジュリン阻害剤(W-7)、プロテインキナーゼ阻害剤(スタウロスポリン)等を利用することもできる。
【0029】
本発明では、さらに、共存培養に用いる共存培地について、カルシウムイオンをその組成から除く(共存培地にカルシウムイオンを含まない)。共存培地の調製に用いる基本培地は無機塩類を含むため、無機塩類中のカルシウムイオンを排除することにより、カルシウムイオンを除いた共存培地の調製が可能になる。カルシウムイオンの除去は、例えば、無機塩類中の塩化カルシウム等、カルシウムイオンを含んだ塩を加えずに培地を作成することによって行うことができる。
【0030】
本発明の方法では、上記のような所定の共存培地を用いて、超音波処理したニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分とアグロバクテリウムとの共存培養を行う。共存培養の条件は当業者であれば適宜調整することができるが、例えば、18〜28℃、好ましくは24〜27℃、より好ましくは26℃の温度条件下で共存培養を行うことができる。共存培養は暗黒下で実施することがより好ましい。共存培養は、限定するものではないが、例えば1〜10日間、好ましくは3〜7日間、より好ましくは4〜6日間かけて行えばよい。
【0031】
従来、形質転換が困難なセイヨウオトギリソウにおいて、アグロバクテリウム感染に対して植物側が「オキシダティブバースト」と呼ばれる一種の酸化反応等に基づく防御反応を起こしている可能性が示唆されている(Franklin, G. et al., Planta, 227:1401-1408 (2008))。本発明では、共存培地中に含有させるカルシウムイオンキレート剤(EGTA等)により、カルシウムイオンの細胞内流入を抑制し、ニホンナシのアグロバクテリウム感染に対するこのオキシダティブバースト等の防御反応を抑制することができる。さらに、共存培地からカルシウムイオンを除くことによっても、カルシウムイオンの細胞内流入を抑制し、オキシダティブバースト等の防御反応を抑制する。この結果、アグロバクテリウムの感染効率が顕著に増加し、形質転換が誘導される。
【0032】
共存培養完了後、ニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分を、培養培地で洗浄し、次いで再分化培地を用いた継代培養により再分化させ、植物体へと育成することが好ましい。再分化培地での培養は、限定するものではないが、例えば18℃〜28℃、暗黒条件下で行うことが好ましい。再分化培地としては、MS培地等の植物培養培地に、植物ホルモン(限定するものではないが、NAAやBA、TDZ等)、アグロバクテリウム殺菌用の抗生物質(カルベシリン、クラホラン等)及び形質転換体を選択するための抗生物質(カナマイシン、ハイグロマイシン等)を添加した培地を用いることができる。このようにして得られる再分化個体について、形質転換によって生じる形質(例えば、蛍光)を確認し、その形質が認められた割合を算出することにより形質転換率を決定することもできる。本発明における再分化個体は、再分化植物体、不定芽組織、不定根、及び移植したそれら組織から派生した組織等を包含する。本発明の形質転換方法によれば、例えば共存培養開始から2週間後の形質転換率を、平均値で40%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは85%以上とすることができる。本発明の形質転換方法では、例えば共存培養開始から2週間後の形質転換率が、EGTA無添加かつカルシウム含有培地を用いた超音波非処理の場合と比較して、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上、なお好ましくは10倍以上、特に好ましくは25倍以上に増大することが好ましい。また本発明の形質転換方法では、形質転換体をより長期(例えば、5ヶ月以上)にわたってより高率で維持することが可能になる。
【0033】
本発明の方法によれば、超音波処理とカルシウムイオンの細胞内流入抑制に基づき、ニホンナシの形質転換体の作製が可能になる。本発明はまた、このような本発明に係る形質転換方法によって得られるニホンナシ形質転換体(ニホンナシの形質転換植物体、形質転換細胞、並びに形質転換植物体部分及び組織を包含する)も提供する。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0035】
1.アグロバクテリウムの調製
カナマイシン耐性遺伝子(NPTII)とGFP遺伝子(緑色蛍光タンパク質コード遺伝子)を含有する核酸構築物(発現カセット;図1)を含むバイナリーベクターpBIN19-sgfp(Chiu, W. L. et al., Current Biol. 6:325-330 (1996)、Heim, R. et al., Nature. 373:663-664(1995))をアグロバクテリウムLBA4404株(Ooms, G. et al., Plasmid, 7:15-29(1982))に導入して、ニホンナシ形質転換に用いるアグロバクテリウムGFP/LBA4404を作製した。またカナマイシン耐性遺伝子(NPTII)及びハイグロマイシン耐性遺伝子並びに35Sプロモーターにヒマのカタラーゼ遺伝子イントロンをつなげたβ-グルクロニダーゼ遺伝子(GUS)を含有するベクターpIG121(Ohta, S. et al., Plant Cell Physiol. 31:805-813(1990))をアグロバクテリウムLBA4404株に導入して、アグロバクテリウムpIG121/LBA4404を作製した。
【0036】
アグロバクテリウムpIG121/LBA4404又はGFP/LBA4404は、50μg/ml カナマイシン、50μg/ml リファンピシン、300μg/ml ストレプトマイシンを含んだ3ml YEB培地で28℃にて140rpmで一晩培養した。培養したアグロバクテリウムの菌液を室温で6000 rpmで遠心し、上清を取り除いた。得られたアグロバクテリウムのペレットを、培地(1/10 MS-Ca+6.3%シュクロース+3.6%グルコース+10mM MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)+0.01%プルロニックF-68+100μM アセトシリンゴン(pH 5.4又はpH 5.8))へ再懸濁し、アグロバクテリウムの濃度を108 cfu/mlに調製した。このアグロバクテリウム懸濁液を、感染に用いた。
【0037】
2.培養茎切片でのアグロバクテリウム感染効率に対するEGTAの効果
ニホンナシ(Pyrus pyrifolia (Burm.) Nakai.)の栽培品種(晩三吉)について、寒天培地[MS培地(Murashige, T. and Skoog, F., Physiol. Plant., 15:473-497(1962);硝酸カリウム1900mg/L、硝酸アンモニウム1650mg/L、リン酸二水素カリウム170mg/L、硫酸マグネシウム七水和物370mg/L、塩化カルシウム二水和物440mg/L、ホウ酸6.2mg/L、硫酸マンガン一水和物16.9mg/L、硫酸亜鉛七水和物8.6mg/L、モリブデン酸ナトリウム二水和物0.25mg/L、硫酸銅五水和物0.025mg/L、塩化コバルト六水和物0.025mg/L、ヨウ化カリウム0.83mg/L、ミオイノシトール100mg/L、グリシン2mg/L、ニコチン酸0.5mg/L、塩酸ピリドキシン0.5mg/L、塩酸チアミン0.1mg/L、エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物37.3mg/L、硫酸第一鉄七水和物27.8 mg/L、シュクロース30g/L)+0.1μM NAA(ナフタレン酢酸)+10μM BA(ベンジルアデニン)+1μM GA3(ジベレリン酸)+0.85%寒天(pH 5.8)]での培養によりシュートを形成させた。このシュートから葉を切り外し、茎部分を3〜5mmの長さで切り出した。切り出した茎切片は、切り出し用培地(1/10 MS-Ca+6.3%シュクロース+3.6%グルコース+10mM MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)(pH 5.8))に浸漬した。またコントロールとして、セイヨウナシ(Pyrus communis L.)の栽培品種ラ・フランス及びバートレットからも、同様にして培養茎切片を調製した。
【0038】
このようにして調製した培養茎切片を、上記で調製したアグロバクテリウム懸濁液(pIG121/LBA4404)に浸漬した。このアグロバクテリウム感染処理後、培養茎切片をアグロバクテリウム懸濁液から取り出し、3%シュクロース+10mM MES+100μM アセトシリンゴン+5μM NAA+10μM BA+0.85%寒天を添加した、1/10 MS培地、1/10 MS-Ca培地、1/10 MS+EGTA培地、又は1/10 MS-Ca+EGTA培地に移植し、26℃の暗黒下で5日間共存培養した。
【0039】
なお実施例で使用した1/10 MS培地の組成は以下の通り:硝酸カリウム190mg/L、硝酸アンモニウム165mg/L、リン酸二水素カリウム17mg/L、硫酸マグネシウム七水和物37mg/L、塩化カルシウム二水和物44mg/L、ホウ酸0.62mg/L、硫酸マンガン一水和物1.69mg/L、硫酸亜鉛七水和物0.86mg/L、モリブデン酸ナトリウム二水和物0.025mg/L、硫酸銅五水和物0.0025mg/L、塩化コバルト六水和物0.0025mg/L、ヨウ化カリウム0.083mg/L、ミオイノシトール10mg/L、グリシン0.2mg/L、ニコチン酸0.05mg/L、塩酸ピリドキシン0.05mg/L、塩酸チアミン0.01mg/L、エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物3.73mg/L、硫酸第一鉄七水和物2.78 mg/L(pH 5.8)。
【0040】
また1/10 MS-Ca培地の組成は以下の通り:硝酸カリウム190mg/L、硝酸アンモニウム165mg/L、リン酸二水素カリウム17mg/L、硫酸マグネシウム七水和物37mg/L、ホウ酸0.62mg/L、硫酸マンガン一水和物1.69mg/L、硫酸亜鉛七水和物0.86mg/L、モリブデン酸ナトリウム二水和物0.025mg/L、硫酸銅五水和物0.0025mg/L、塩化コバルト六水和物0.0025mg/L、ヨウ化カリウム0.083mg/L、ミオイノシトール10mg/L、グリシン0.2mg/L、ニコチン酸0.05mg/L、塩酸ピリドキシン0.05mg/L、塩酸チアミン0.01mg/L、エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物3.73mg/L、硫酸第一鉄七水和物2.78 mg/L(pH 5.8)。
【0041】
なお、1/10 MS培地からカルシウムイオンを除いたこの1/10 MS-Ca培地は、無機塩類中の塩化カルシウム二水和物を加えずに培地を作成することにより調製した。
【0042】
1/10 MS+EGTA培地の組成は以下の通り:硝酸カリウム190mg/L、硝酸アンモニウム165mg/L、リン酸二水素カリウム17mg/L、硫酸マグネシウム七水和物37mg/L、塩化カルシウム二水和物44mg/L、ホウ酸0.62mg/L、硫酸マンガン一水和物1.69mg/L、硫酸亜鉛七水和物0.86mg/L、モリブデン酸ナトリウム二水和物0.025mg/L、硫酸銅五水和物0.0025mg/L、塩化コバルト六水和物0.0025mg/L、ヨウ化カリウム0.083mg/L、ミオイノシトール10mg/L、グリシン0.2mg/L、ニコチン酸0.05mg/L、塩酸ピリドキシン0.05mg/L、塩酸チアミン0.01mg/L、エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物3.73mg/L、硫酸第一鉄七水和物2.78 mg/L、EGTA 10mM(pH 5.8)。
【0043】
1/10 MS-Ca+EGTA培地の組成は以下の通り:硝酸カリウム190mg/L、硝酸アンモニウム165mg/L、リン酸二水素カリウム17mg/L、硫酸マグネシウム七水和物37mg/L、ホウ酸0.62mg/L、硫酸マンガン一水和物1.69mg/L、硫酸亜鉛七水和物0.86mg/L、モリブデン酸ナトリウム二水和物0.025mg/L、硫酸銅五水和物0.0025mg/L、塩化コバルト六水和物0.0025mg/L、ヨウ化カリウム0.083mg/L、ミオイノシトール10mg/L、グリシン0.2mg/L、ニコチン酸0.05mg/L、塩酸ピリドキシン0.05mg/L、塩酸チアミン0.01mg/L、エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物3.73mg/L、硫酸第一鉄七水和物2.78 mg/L、EGTA 10mM(pH 5.8)。
【0044】
次いで組織化学解析としてGUSアッセイを行った。まず、抽出緩衝液(50mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.0)+10mM エチレンジアミン-N,N,N',N'-四酢酸二ナトリウム塩二水和物+0.1% Triton X-100+0.1% ラウロイルサルコシン酸ナトリウム+10mM 2-メルカプトエタノール)中に、アグロバクテリウムとの共存培養後の培養茎切片を浸漬し、37℃で1時間インキュベートした。その後、終濃度約1mMになるように発色基質原液X-Gluc(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニド)を加えた上記抽出緩衝液に液交換し、37℃で1〜2日間さらにインキュベートした。その後、葉緑素を脱色するために70%エタノールで培養茎切片を処理して脱色した。このGUSアッセイの結果、セイヨウナシのラ・フランス及びバートレットでは1/10 MS+EGTA培地、ニホンナシの晩三吉では1/10 MS-Ca+EGTA培地での共存培養の場合に、青い染色が示された。共存培養EGTAの添加によりアグロバクテリウム感染効率が顕著に増加することが示された。
【0045】
3.子葉のアグロバクテリウム感染効率に対する各種処理の効果
ニホンナシの5つの栽培品種について、アグロバクテリウム感染効率に対する、EGTA(エチレングリコールビス(β-アミノエチルエーテル)-N,N,N',N'-四酢酸)の共存培地への添加の効果、及びアグロバクテリウム感染処理時の超音波処理(SAAT)の効果を以下のようにして調べた。共存培地として1/10 MS培地又は1/10 MS-Ca培地を使用し、10mM EGTAを添加した試験区と添加しない試験区を設けた。
【0046】
まずニホンナシ(Pyrus pyrifolia (Burm.) Nakai.)の5つの栽培品種(二宮、なつしずく、幸水、伯帝竜、安下庄支那梨;二宮はニホンナシとセイヨウナシとの雑種)について子葉の調製を行った。各品種のナシの完熟種子を、0.1%ハイドロキシキノリンで表面殺菌し、4℃で保存しておいた。
【0047】
この完熟種子を、80%エタノールで30秒処理した後、Tween 20を数滴加えた次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素 約1%)で20分処理して滅菌した。その後滅菌水で種子を2回すすいだ。
【0048】
その後、種子から種皮、胚軸、及び子葉のうち胚軸に近い1/3の部分を取り除き、2枚ある子葉を1枚ずつに分け、1枚の子葉をさらに主脈に沿って2分割したものを1つの外植片とした。得られた外植片は切り出し用培地(1/10 MS-Ca+6.3%シュクロース+3.6%グルコース+10mM MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)(pH 5.8))に浸漬した。
【0049】
切り出し用培地から取り出した外植片(子葉の一部)を、上記で調製したアグロバクテリウム懸濁液に浸漬した。一部の外植片については、この段階で、超音波処理(SAAT処理)を施した。超音波処理は、iuchi超音波洗浄器US-2(発振周波数38KHz)を使用して20秒間にわたって行った。次いでアグロバクテリウム懸濁液(GFP/LBA4404株)中で15分間培養することにより、アグロバクテリウム感染処理を実施した。
【0050】
外植片をアグロバクテリウム懸濁液から取り出し、余分な菌液を滅菌濾紙で吸い取った後、それを3%シュクロース+10mM MES+100μM アセトシリンゴン+5μM NAA+10μM BA(又は10μM TDZ)+0.85%寒天を添加した、1/10 MS培地、1/10 MS-Ca培地、1/10 MS+EGTA培地、又は1/10 MS-Ca+EGTA(いずれもpH 5.8)培地に移植し、26℃の暗黒下で5日間共存培養した。
【0051】
共存培養後、400μg/mlクラホランを含むMS液体培地で外植片を洗浄した。その後、外植片を、再分化培地(MS培地+5μM NAA+10μM BA(又は10μM TDZ)+5μg/mlカナマイシン+200μg/mlクラホラン+0.85%寒天)にて、26℃、暗黒条件下で培養することにより、選抜及び再分化を誘導した。1ヶ月毎に1度、同組成の新しい再分化培地に継代した。
【0052】
得られる再分化個体について、再分化個体のLeica MZ FLIII実体蛍光顕微鏡(480/40nm 励起フィルター、50nm バリアーフィルター)を用いて、GFP蛍光を観察した。
【0053】
共存培地として1/10 MS-Ca培地を使用した共存培養開始から2週間後、GFP蛍光が認められた再分化個体(再分化植物体、不定芽組織、不定根、及び植えた組織から派生した組織を含む)の割合を処理ごとに比較した結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1に示すように、EGTA添加及び超音波処理(SAAT)のいずれも行っていない試験区では34%、EGTA添加のみ行った試験区では44%の再分化個体でGFP蛍光が認められた。また超音波処理(SAAT)のみ行った試験区では64%の再分化個体でGFP蛍光が認められ、EGTA添加及び超音波処理(SAAT)の両方を行った試験区では70%もの再分化個体でGFP蛍光が認められた。ここで、GFP蛍光が認められた割合は、アグロバクテリウムが感染し、形質転換が成立又は細胞内で導入遺伝子が発現した割合を示している。EGTAを添加し、カルシウムイオンを除いた植物組織培養培地中で植物組織片とアグロバクテリウムとの共存培養を行い、超音波処理(SAAT)を施すことにより、アグロバクテリウム感染効率を顕著に増加させることができ、形質転換体の作製が可能になることが示された。
【0056】
さらに、比較のため、1/10 MS培地を共存培地として用いた場合の共存培養開始の2週間後の再分化個体について、GFP蛍光が認められた割合も調べた。一例として安下庄支那梨についての結果を表2に示す。
【0057】
【表2】

【0058】
表2に示すように、EGTA添加及び超音波処理(SAAT)のいずれも行っていない試験区では3%、EGTA添加のみ行った試験区では10%の再分化個体でGFP蛍光が認められた。また超音波処理(SAAT)のみ行った試験区では22%の再分化個体でGFP蛍光が認められ、EGTA添加及び超音波処理(SAAT)の両方を行った試験区では36%の再分化個体でGFP蛍光が認められた。これらの値は1/10 MS-Ca培地を用いた場合(表1)よりも明らかに低かった。
【0059】
一方、共存培地として1/10 MS-Ca培地を使用した感染開始から約5ヶ月後、GFP蛍光が認められた再分化個体の割合は、表3のとおりであった。
【0060】
【表3】

【0061】
表3に示すように、EGTA添加及び超音波処理(SAAT)のいずれも行っていない試験区では17%、EGTA添加のみ行った試験区では28%の再分化個体でGFP蛍光が認められた。また超音波処理(SAAT)のみ行った試験区では43%の再分化個体でGFP蛍光が認められ、EGTA添加及び超音波処理(SAAT)の両方を行った試験区では47%もの再分化個体でGFP蛍光が認められた。外植片などの植物体部分について、アグロバクテリウム菌液中で超音波処理(SAAT)を行い、かつ、EGTAを含有させカルシウムイオンを除いた共存培地中でアグロバクテリウムとの共存培養を行うことにより、アグロバクテリウム感染効率を顕著に増加させることができ、さらに、5ヶ月以上という長期間にわたって形質転換体を比較的高率で維持できることが示された。
【0062】
この結果をEGTA添加の有無、SAAT処理の有無で大きく分類すると、共存培養の5ヶ月後の、GFP蛍光を示した再分化個体は、EGTA添加試験区では122/324(37.7%)、EGTA無添加試験区では39/122(32.0%)、SAAT処理試験区では109/238(45.8%)、SAAT無処理試験区では52/208(25.0%)であった。EGTA添加、及び超音波処理による、アグロバクテリウム感染効率の増加効果が示された。
【0063】
4.子葉のアグロバクテリウム感染効率
上記でGFP蛍光を示した再分化個体(不定芽)を、培地(MS培地+0.1μM NAA+2.5〜10μM BA+0.85%寒天(pH 5.8)+5μg/ml カナマイシン+200μg/mlクラホラン)にて16時間明期、8時間暗黒の日長で培養することにより、植物体への生育を促した。
【0064】
SAAT処理を行った後1/10 MS-Ca培地+10mM EGTA+3%シュクロース+10mM MES+100μM アセトシリンゴン+5μM NAA+10μM BA+0.85%寒天(pH 5.8)の共存培地上で培養した外植片の中から、GFP蛍光を示したニホンナシ(品種:安下庄支那梨)の不定芽1個体を得た(図2)。この不定芽個体において、GFP蛍光が各発生段階を通じて検出された(図2A〜C)。
【0065】
その培養葉よりゲノミックDNAをDNeasy plant mini kit(キアゲン)を用いて抽出した。コントロールとして、圃場で生育させた非形質転換体の葉からゲノミックDNAをQIAGEN Genomic-tip(キアゲン)を用いて抽出した。抽出方法はマニュアルに従った。得られたゲノミックDNAを鋳型として、GFP遺伝子を含む核酸構築物(T-DNA)のニホンナシゲノム中への組み込みをPCRにより確認した。
【0066】
PCR用には、まずプライマーセットAとして、35Sプロモーター領域中に設計されたプライマー(5'-GATGTGATATCTCCACTGACGTAAG-3';配列番号1)とNOSターミネーター中に設計されたプライマー(5'-GTATAATTGCGGGACTCTAAT-3';配列番号2)を用いた。PCRのサイクル条件は、95℃5分を1サイクル、94℃1分、55℃1分、及び72℃1.5分を30サイクル、72℃7分を1サイクルで行った。このPCRにより、35S-gfp-Nos遺伝子部分(約1kb)を増幅した。さらに、GFP遺伝子内に設計されたプライマーセットB(5'-AGCTGACCCTGAAGTTCATC-3'(配列番号3)及び5'-GTGTTCTGCTGGTAGTGGTC-3'(配列番号4))を使用し、94℃5分を1サイクル、94℃1分、60℃1分、及び72℃2分を35サイクル、72℃7分を1サイクルで行うPCRにより、両プライマーで挟まれるGFP遺伝子部分(約400bp)を増幅した。形質転換体由来ゲノミックDNAから、GFP遺伝子を挟むように設計された35Sプロモーター領域中のプライマーとNOSターミネーター中のプライマーのプライマーセットにより、目的のサイズ(約1.0kb)の増幅産物が得られたことが示された(図3A)。またGFP遺伝子内に設計されたプライマーセットにより、形質転換体由来ゲノミックDNAから、目的のサイズ(約0.4kb)の増幅産物が得られたことが示された(図3B)。
【0067】
さらに、DIG DNA Labeling Kit(Roche)、及びGFP遺伝子内に設計したプローブを用いてゲノミックサザン解析を行った。まずゲノミックDNAをDraIで消化し、ナイロンメンブレン(Hybond-N、アマシャム)に転写した。プローブとしては、GFP遺伝子内に設計したプロモーター5'-AGCTGACCCTGAAGTTCATC-3'(配列番号3)及び5'-GTGTTCTGCTGGTAGTGGTC-3'(配列番号4)を用いて得られた増幅産物(約400bp)をDIG-PCRでラベルしたものを用いた。ゲノミックサザン解析における、GFP遺伝子断片のプローブによるゲノミックDNA断片の検出結果から、ニホンナシ形質転換体におけるゲノミックDNAへの3コピーのGFP遺伝子の導入が確認できた(図4)。
【0068】
以上の結果から、得られた不定芽が、ゲノム中にGFP遺伝子を含む核酸構築物が組み込まれた形質転換体であることを確認できた。この不定芽は、MS培地+0.1μM NAA+2.5〜10μM BA+0.85%寒天(pH 5.8)の培地で増殖させることができ、芽接ぎを行うことにより鉢上げすることができた。
【0069】
したがって本願発明の方法を用いれば、ニホンナシについて目的の遺伝子をゲノム中に組み込んだ安定な形質転換体を作製できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の方法は、ニホンナシの安定した形質転換体を作製するために用いることができる。本発明を利用することにより、既存のニホンナシ種に対して紋羽病や線虫などの病虫害に強くなる遺伝子を導入した病虫害抵抗性台木や、乾燥や塩ストレスなどに強くなる遺伝子を導入したストレス耐性台木の作出が可能になり、ニホンナシ栽培で発生している問題の解決手段を提供することができるようになる。最近では、マイクロアレイ解析によってニホンナシにおける目的現象(形質)に関連する遺伝子解析が進展していることから、本発明を利用することにより、「花芽形成」や「休眠」、「みつ症」などの重点研究課題を解決するために必要な遺伝子の機能を解明することも可能となり、更なる研究を重ねることにより地球温暖化にも適応した新たな栽培技術の開発が期待される。
【配列表フリーテキスト】
【0071】
配列番号1〜4:プライマーである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アグロバクテリウム法を用いたニホンナシの形質転換方法であって、導入遺伝子を含むT-DNAを保持するアグロバクテリウムの存在下でニホンナシ由来植物細胞又は植物体部分を超音波処理し、さらに該植物細胞又は植物体部分を、カルシウムイオンキレート剤を含み、かつカルシウムイオンを除いた共存培地を用いて該アグロバクテリウムと共存培養することを特徴とする、方法。
【請求項2】
共存培地が、MS培地又は希釈無機塩濃度を有するMS培地を基本培地として調製したものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
カルシウムイオンキレート剤がエチレングリコールビス(β-アミノエチルエーテル)-N,N,N',N'-四酢酸である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記植物細胞又は植物体部分が子葉由来のものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−183017(P2012−183017A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47937(P2011−47937)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名 :園芸学研究 第9巻 別冊2 園芸学会 平成22年度秋季大会研究発表およびシンポジウム講演要旨 発行日 :平成22年9月19日 発行者 :園芸学会 会長 金浜耕基
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】