説明

ネジ焼付き防止グリース

【課題】 数種類の固体潤滑剤を使用することなく、高温域での潤滑性能の劣化が少なく、耐焼付き性を向上させることができ、高温環境で使用される装置等に有用なネジ焼付き防止グリースを提供する。
【解決手段】 グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースであって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含むことを特徴とするネジ焼付き防止グリースである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネジ焼付き防止グリースに関し、さらに詳しくは、高温域での潤滑性能の劣化が少なく、耐焼付き性を向上させることができ、高温環境で使用される装置等に有用なネジ焼付き防止グリースに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ネジは機械要素として幅広く使用される重要な部品であり、通常ネジ面における潤滑は低速・高面圧となる上、高温から極低温までの使用環境の多様化および機械の高速化、高精度化など技術の進歩に伴い、過酷な潤滑条件となることが多い。一般に、ネジ焼付き防止グリースとしては油やグリースが使用されているが、特殊環境下においては固体潤滑剤がさらに含有されている。例えば、高温炉、加熱炉等に用いられるネジは、高温・高面圧下に長時間置かれるために焼付きや破損等を起こしやすいことが知られ、二硫化モリブデン(MoS)含有ペースト等の固体潤滑剤を含んだネジ焼付き防止グリースが潤滑とともに焼付きや破損を防ぐ目的で使用されている。
【0003】
しかしながら、600℃以上の高温下において使用できる高温用ネジ焼付き防止グリースはなく、例えば固体潤滑剤として使用されるMoSは、600℃以上では充分な潤滑特性を発揮できなかった。
【0004】
一方、特許文献1には、500℃以上の熱間圧延プロセスで使用される熱間圧延ロールの摩耗および焼付き抑制するために、耐焼付き性や耐摩耗性に優れた固体潤滑剤を含有するグリースが提案されているが、耐摩耗性の向上にはMoSおよびグラファイト、耐焼付き性の向上にはリン酸カリウムおよび高分子ポリマーと言う様に、用途別にそれぞれ機能が異なる材料を混合して成るグリースであり、配合する固体潤滑剤の種類が多く、高コストであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−204713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況下になされたもので、数種類の固体潤滑剤を使用することなく、高温域での潤滑性能の劣化が少なく、耐焼付き性を向上させることができ、高温環境で使用される装置等に有用なネジ焼付き防止グリースを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の知見を得た。
リン酸塩で表面が被覆されてなる黒鉛材料を、グリース基材と共に、特定の割合で含有する潤滑剤が、ネジ焼付き防止グリースとしてその目的に適合し得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1) グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースであって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含むことを特徴とするネジ焼付き防止グリース、
(2) リン酸塩で被覆される前の黒鉛材料の平均粒径が5〜40μmである、上記(1)項に記載のネジ焼付き防止グリース、
(3) リン酸塩で被覆される前の黒鉛材料が、予め酸洗処理が施されたものである、上記(1)または(2)項に記載のネジ焼付き防止グリース、
(4) リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料が、黒鉛材料を、濃度0.5〜10質量%のリン酸塩水溶液で処理したものである、上記(1)〜(3)項のいずれか1項に記載のネジ焼付き防止グリース、
(5) リン酸塩水溶液100質量部当たり、黒鉛材料40〜50質量部を用いる、上記(4)項に記載のネジ焼付き防止グリース、および
(6) グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースを製造する方法であって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含有させることを特徴とするネジ焼付き防止グリースの製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高温域での潤滑性能の劣化が少なく、耐焼付き性を向上させることができ、高温環境で使用される装置等に有用なネジ焼付き防止グリース、およびその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のネジ焼付き防止グリースは、グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースであって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含むことを特徴とする。
[グリース基材]
本発明のネジ焼付き防止グリースに用いられるグリース基材は、耐摩耗性や耐焼付き性に優れるリン酸塩で被覆された黒鉛材料を運搬するものであって、グリース基剤自身に耐摩耗性や耐焼付き性等の特性を期待するものではない。
【0011】
したがって、ここで使用できるグリース基剤は種類にとらわれない。グリース基剤としては、例えば潤滑油を増ちょう剤で増ちょう化させたグリースを用いることができ、具体的には、潤滑油をカルシウム石けん、リチウム石けん、ナトリウム石けん、アルミニウム石けん、バリウム石けん等で増ちょう化させたカルシウムグリース、リチウムグリース、ナトリウムグリース、アルミニウムグリース、バリウムグリース等又はそれらの混合グリースが挙げられるが、これらに限定されるものではない。上記、潤滑油としては、従来から公知の鉱物油、エステル系合成油、炭化水素系合成油等の普通に使用されている潤滑油又はそれらの混合油等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。望ましくは、リチウムグリースおよびカルシウムグリースであるが、さらに望ましくは、リチウムグリースが良い。リチウムグリースとしては、リチウム石けんグリースおよびリチウムコンプレックスグリースがあり、リチウム石けんグリースはリチウム石けんを増ちょう剤として使用し、リチウムコンプレックスグリースは高級脂肪酸と二塩基酸やホウ酸などとの複合リチウム石けんを増ちょう剤として使用する。また、カルシウムグリースも同様に、カルシウム石けんグリースおよびカルシウムコンプレックスグリースがあり、カルシウム石けんグリースはカルシウム石けんを増ちょう剤として使用し、カルシウムコンプレックスグリースは高級脂肪酸と酢酸のような低級脂肪酸のカルシウム複合石けんを増ちょう剤として使用するが、これらに限定されるものではない。
【0012】
これらのグリース基材は1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0013】
[リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料]
本発明のネジ焼付き防止グリースにおいて、前述したグリース基材と共に用いられるリン酸塩で被覆された黒鉛材料としては、原料の黒鉛材料をリン酸塩水溶液で接触処理してなるものを使用することができる。
【0014】
原料の黒鉛材料としては、リン酸塩で被覆された黒鉛材料の耐熱性や耐酸化性を向上させる観点から、予め前処理を施したものを用いることができる。
【0015】
前記前処理法としては、装置や操作の簡便さの面から湿式法が好ましいが、乾式法を採用することもできる。
【0016】
(湿式法による黒鉛材料の前処理)
湿式法による黒鉛材料の前処理としては、例えば酸洗処理や陽極酸化処理などを用いることができる。酸洗処理の場合、具体的には、酸として濃度85質量%以上のリン酸を用い、黒鉛材料1質量部に対して1〜5質量部程度の上記リン酸を加え、40〜60℃程度の温度で1〜10分間程度酸洗処理を行う。酸洗処理後の黒鉛材料は、充分に水洗したのち、リン酸塩による表面処理に供する。
【0017】
この酸洗処理に用いる酸としては、機能面や環境面から、リン酸が好ましいが、硫酸や硝酸なども用いることができる。
【0018】
一方、陽極酸化処理の場合、具体的には硫酸浴などを用い、電極に1〜8V程度の電圧を印加し、浴温0〜10℃程度にて20〜50秒間程度陽極酸化処理を行う。陽極酸化処理後の黒鉛材料は充分に水洗したのち、リン酸塩による表面処理に供する。
【0019】
本発明においては、湿式法の中では装置や操作の簡便さの面から、酸洗処理が好ましい。
【0020】
(乾式法による黒鉛材料の前処理)
乾式法による黒鉛材料の前処理としては、例えば大気圧プラズマ処理、加熱処理、マイクロ波照射処理などを用いることができる。大気圧プラズマ処理の場合は、大気圧プラズマ発生装置を用いて、黒鉛材料にプラズマを照射することにより行われる。
【0021】
プラズマ処理方法としては、黒鉛粒子にプラズマを照射し得る方法であれば、特に限定されない。望ましくは大気圧又は大気圧近傍の圧力下で、高周波電圧を対向する電極間に印加することにより放電プラズマを発生させる大気圧プラズマ方法が簡便で有効である。プラズマ発生源と黒鉛粒子との距離は50〜100mmが好ましく、50〜80mmがより好ましい。処理時間は、30〜180秒が好ましく、60〜120秒がより好ましい。黒鉛粒子はプラズマ照射時にエアー圧力で吹飛ばされるため、容器はプラズマが照射する部分のみ孔が開いた容器を使用することが好ましい。また、容器内に液体を満たし、その中に黒鉛粒子を浸漬させ、プラズマを照射することもできる。
【0022】
加熱処理の場合、具体的には、大気雰囲気下に、500〜800℃程度の温度にて、1〜5時間程度加熱処理する。
【0023】
一方、マイクロ波照射処理の場合、電子レンジを用いることができ、電子レンジを使用する際には、例えば550Wの電圧を印加し、10〜60秒間程度照射処理を行う。
【0024】
本発明においては、乾式法の中では効果の点から、大気圧プラズマ処理が好ましい。
本発明においては、リン酸塩で被覆される黒鉛材料の平均粒径は、5〜40μmであることが好ましく、10〜30μmであることがより好ましい。
【0025】
この平均粒径が5μm未満であると高温下で充分な耐焼付き性を発揮できず、ガス化し潤滑性が損われる。一方、40μmを超えるとネジ締結部に均一に入り込まない、もしくは、入り込んだとしても締め付けにより潰されてしまい、黒鉛表面が露出し、充分な潤滑性、耐焼付き性を発揮できない。
【0026】
(リン酸塩による黒鉛材料の被覆)
本発明において、原料の黒鉛材料としては、黒鉛材料をそのまま用いてもよいし、前述したように湿式法や乾式法により、前処理を施してから用いてもよいが、得られるリン酸塩で被覆された黒鉛材料の性能の観点から、予め前処理を施してなる黒鉛材料を用いることが好ましい。
【0027】
〈リン酸塩〉
本発明において、黒鉛材料に被覆されるリン酸塩としては、その塩を構成する金属が、周期表(長周期型)1族、2族、12族または13族に属する金属であることが好ましい。具体的には1族に属するNa、K;2族に属するMg;12族に属するZn;13族に属するAl;などを好ましく挙げることができる。黒鉛材料の被覆に用いるリン酸塩としては、例えばリン酸アルミニウム類、リン酸マグネシウム類、リン酸カルシウム類、リン酸カリウム類、リン酸ナトリウム類およびリン酸亜鉛類の中から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。これらのリン酸塩は、水溶性やpHなどの観点から、リン酸水素塩が好ましい。
【0028】
例えば、リン酸アルミニウム類としては、リン酸二水素アルミニウム[Al(HPO]、リン酸水素アルミニウム[Al(HPO]が、リン酸マグネシウム類としては、リン酸水素マグネシウム[MgHPO]、リン酸二水素マグネシウム[Mg(HPO]が、リン酸カルシウム類としては、リン酸二水素カルシウム[Ca(HPO]、リン酸水素カルシウム[CaHPO]、リン酸三カルシウム[Ca(PO]、リン酸亜鉛カルシウム[ZnCa(PO]が、リン酸カリウム類としては、リン酸二水素カリウム[KHPO]が、リン酸水素二カリウム[KHPO]が、リン酸ナトリウム類としては、リン酸二水素ナトリウム[NaHPO]、リン酸水素二ナトリウム[NaHPO]が、リン酸亜鉛類としては、リン酸水素亜鉛[ZnHPO]、リン酸二水素亜鉛[Zn(HPO]が挙げられる。
【0029】
これらのリン酸水素塩は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよいが、これらの中で、性能の観点から、リン酸二水素アルミニウムおよびリン酸二水素マグネシウムが好ましく、特にリン酸二水素アルミニウムが好適である。
【0030】
(リン酸塩による黒鉛材料の被覆方法)
リン酸塩としては、好ましくはリン酸水素塩、特に好ましくはリン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウムが用いられる。
【0031】
従って、本発明においては、リン酸塩として、特に好ましい上記リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウムを用いる。
【0032】
具体的にはまず、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウム0.5〜10質量%を含む水溶液を調製する。この水溶液の調製において、リン酸二水素アルミニウムを用いる場合には、該水溶液の濃度は、好ましくは0.5〜10質量%、より好ましくは1〜5質量%である。一方、リン酸二水素マグネシウムを用いる場合には、該水溶液の濃度は、好ましくは0.5〜10質量%、より好ましくは0.5〜5質量%、さらに好ましくは1〜5質量%である。
【0033】
次に、このようにして調製されたリン酸二水素塩水溶液100質量部に対して、前述した黒鉛材料を40〜50質量部程度の割合で加え、例えば遊星ボールミルや回転翼式攪拌機などの攪拌混合を行う。簡易プロセスとして回転翼式が好ましい。攪拌時の水溶液温度は、10〜80℃程度、好ましくは25〜60℃、より好ましくは40〜50℃である。次いで、この混合物を、通常大気中にて乾燥後、解砕したのち、500〜800℃程度の温度にて100〜500Pa程度の減圧下、1〜5時間程度熱処理することにより、粒子表面に厚さ5〜500nm程度、好ましくは20〜100nmのリン酸塩被覆層を有する、黒鉛材料を得ることができる。
【0034】
[ネジ焼付き防止グリースの組成]
本発明のネジ焼付き防止グリースは、必須成分として、前述したグリース基材と共に、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を含み、かつ前記のリン酸塩被覆黒鉛材料の含有量が5〜60質量%であることを要する。この含有量が5質量%未満では、所望の性能を有するネジ焼付き防止グリースが得られず、一方60質量%を超えるとネジ焼付き防止グリースが固形状になりやすく、ネジ面に部分的にしか塗布されず、その結果部分的に焼付きが生じる場合がある。好ましい含有量は10〜55質量%、より好ましくは30〜50質量%である。
【0035】
(任意成分)
本発明のネジ焼付き防止グリースにおいては、前記必須成分以外に、本発明の効果が損なわれない範囲で必要に応じ、黒鉛、雲母、窒化ホウ素、二硫化モリブデン、ベントナイト、リン酸カリウム、高分子ポリマーなどを適宜量含んでもよい。
【0036】
前記高分子ポリマーとしては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリアリレート、ポリフェニレンスルフィド、ABS樹脂、エチレン−四フッ化エチレン共重合体、ジアリルフタレート樹脂、フェノール樹脂、キトサン、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。
【0037】
また、添加剤として、分散液(グリセリン)、酸化防止剤(硫黄およびセレン化合物)、極圧剤(硫黄、塩素、リン)、錆止め剤(アミン類)、構造安定剤(ブチレン重合体)等を適宜量含んでもよい。
これらの任意成分は1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
【0038】
本発明のネジ焼付き防止グリースは、数種類の固体潤滑剤を使用することなく、リン酸塩を被覆させてなる黒鉛材料を配合することで、高温域での潤滑性能を劣化させずに耐焼付き性を向上することができ、高温環境で使用される装置等に有用である。
【0039】
本発明はまた、グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースを製造する方法であって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含有させることを特徴とするネジ焼付き防止グリースの製造方法をも提供する。
【実施例】
【0040】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、各例で使用する原料黒鉛粒子の平均粒径及び各例で得られたネジ焼付き防止グリースの性能は、以下に示す方法に従って求めた。
【0041】
(1)原料黒鉛粒子の平均粒径
原料黒鉛粒子の平均粒径は、レーザー回折式粒度分布測定装置[島津製作所製、機種名「SALD−2000A」]を用いて測定した。測定方法は、分散媒、分散剤として選定した水、リノール酸ナトリウム、エチルアルコール水溶液中に黒鉛粒子を投入し、超音波洗浄器で5分間均一に分散させた後、屈折率パラメータとして標準屈折率2.00−0.20iを選択し測定した。
【0042】
(2)ネジ焼付き防止グリースの性能評価
ネジ焼付き防止グリースの耐焼付き性を評価するため、JIS B 1084「ネジ部品の締め付け試験方法」に準拠し、耐焼付き試験を実施した。
【0043】
ステンレス製(SUS304)のボルト、ナット及びワッシャー(M20)のネジ締結部やワッシャー部全体に均一にサンプルのネジ焼付き防止グリースを合計0.2g塗布し、穴(22mm)の開いたステンレス製ブロックに挟み込む。次に、ボルト一式をボルト締め付け試験機を用いて、回転数0.5rpmで締め付けトルクが392N・mになるまで締め付ける。締め付けトルクが392N・mになったら、速やかに反転(回転数0.5rpm)させ軸力が0Tになるまで緩める。このときの最大トルク値を測定しておく。この操作を3回繰返し、4度目に締め付けトルクが392N・mになったときにボルト一式を締め付け試験機から外す。締め付けた状態で各温度(300℃および800℃)の電気炉内に5時間放置する。
【0044】
次に、室温まで冷却し、締め付け試験機に再度セットし、ボルトを緩める。加熱前の緩めトルクと加熱後の緩めトルクから耐焼付き性を評価した。ネジ締結部において、熱によるネジ焼付き防止グリースの材質への悪影響があると、焼付きが生じやすく、加熱前のトルクより加熱後のトルクが著しく大きくなる。
【0045】
実施例1
<リン酸アルミニウムを被覆した黒鉛を配合したグリースの作製>
(1)リン酸アルミニウム被覆黒鉛の作製
第一リン酸アルミニウム(純正化学製リン酸二水素アルミニウム(一級)形状:粉末)を蒸留水に混ぜて溶解した水溶液(リン酸二水素アルミニウム濃度は1質量%)を作製した。次に、新日本テクノカーボン製人造黒鉛(平均粒径75μm)を45μm以下に分級した微細黒鉛粒子(平均粒径20μm)を出発原料に用いた。
前記水溶液100質量部に対し、上記微細黒鉛粒子42質量部を加え、回転翼式攪拌機[アズワン社製、機種名「PM−203」]により、温度50℃にて1時間攪拌した。
得られた混合物を大気中、110℃、24時間乾燥後、解砕したのち、真空中で800℃にて3時間熱処理を行った。熱処理後、乳鉢にて解砕し、粒子表面がリン酸二水素アルミニウムで被覆された黒鉛粉末を得た。
【0046】
(2)リン酸アルミニウム被覆黒鉛を配合したネジ焼付き防止グリースの作製
上記作製したリン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末を株式会社エーゼット製リチウムグリースと質量比率で10:90になるよう混合した。混合方法は回転翼式攪拌機「PM−203」(前出)で100rpmで10分間攪拌を行い、目的とするリン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末を配合したネジ焼付き防止グリースを作製した。
【0047】
実施例2〜4
実施例1(2)において、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末とリチウムグリースの質量比率を30:70(実施例2)、40:60(実施例3)および55:45(実施例4)に変更した以外は、実施例1と同様な操作を行い、各リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末を配合したネジ焼付き防止グリースを作製した。
【0048】
実施例5〜7
実施例3において、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末作製時のリン酸アルミニウム水溶液濃度を0.5(実施例5)、5.0(実施例6)および10.0(実施例7)質量%に変更した以外は、実施例3と同様な操作を行い、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末を配合したネジ焼付き防止グリースを作製した。
【0049】
実施例8
実施例3において、リン酸アルミニウムを被覆する前に、予め湿式法前処理として黒鉛表面を活性化させるために酸洗処理を施した以外は、実施例3と同様な操作を行い、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末を配合したネジ焼付き防止グリースを作製した。
なお、上記酸洗処理は、以下に示す方法により行った。
【0050】
原料の微細黒鉛粒子(平均粒径20μm)を、50℃に加熱したリン酸(和光純薬製特級、濃度85.0質量%以上)で5分間酸洗処理(黒鉛とリン酸の混合比率は質量比で1:8.5)し、蒸留水で水洗を2回実施し吸引ろ過を行うことにより、湿式法前処理黒鉛を得た。
【0051】
比較例1
<未処理黒鉛を配合したグリースの作製>
新日本テクノカーボン製人造黒鉛(平均粒径75μm)を45μm以下に分級した平均粒径20μmの微細黒鉛粒子をリチウムグリースと質量比率で40:60になるよう混合してネジ焼付き防止グリースを作製した。
【0052】
比較例2
<二硫化モリブデンを配合したグリースの作製>
比較例1において、黒鉛を純正化学製二硫化モリブデン(平均粒径4μm)に変更した以外は、比較例1と同様にしてネジ焼付き防止グリースを作製した。
【0053】
比較例3
<固体潤滑剤を配合していないグリース>
株式会社エーゼット製リチウムグリース100%を使用して、ネジ焼付き防止グリースとした。
【0054】
比較例4
<リン酸アルミニウムを被覆した黒鉛を配合したグリースの作製>
実施例1(2)において、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末とリチウムグリースの質量比率を70:30に変更した以外は、実施例1と同様な操作を行い、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末を配合したネジ焼付き防止グリースを作製した。
【0055】
実施例1〜8および比較例1〜4で作製されたネジ焼付き防止グリースについて、耐焼付性の評価を行った。その結果をネジ焼付き防止グリースの仕様と共に表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
表1から、以下に示すことが分かる。
実施例1〜8のネジ焼付き防止グリースは、いずれも800℃の熱処理においても焼付きせず、トルクレンチで緩めることができた。特に、黒鉛粒子を予め湿式法前処理として酸洗処理を施して得られた実施例8のネジ焼付き防止グリースは、他の実施例のものに比べて性能が優れている。
【0058】
これらに対し、比較例1、比較例3および比較例4は焼付きを起こし、ネジが緩まなかった。以上より、黒鉛粒子をリン酸アルミニウムで被覆することで、耐摩耗性と耐焼付き性の機能を持たせることができた。ネジ焼付き防止グリースの固体潤滑剤として、リン酸塩被覆黒鉛は有効であることが分った。
【0059】
比較例2はグリース基材と二硫化モリブデンを含むネジ焼付き防止グリースであり、800℃での加熱後、緩めトルクは実施例1〜8のものよりも数値が高い。これにより600℃を超える温度では充分な潤滑性が発揮されないことが分かる。
【0060】
比較例4は、グリース基材と、リン酸アルミニウム被覆黒鉛粉末70質量%を含むネジ焼付き防止グリースであり、この場合、被覆黒鉛粉末の含有量が70質量%と、60質量%を超えており、ネジ焼付き防止グリースが固形状となり、ネジ面に部分的にしか塗布されず、その結果部分的に焼付きが生じ、緩めトルクの数値が高くなる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のネジ焼付き防止グリースは、数種類の固体潤滑剤を使用することなく、リン酸塩を被覆させてなる黒鉛材料を配合することで、高温域での潤滑性能を劣化させずに耐焼付き性を向上することができ、高温環境で使用される装置等に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースであって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含むことを特徴とするネジ焼付き防止グリース。
【請求項2】
リン酸塩で被覆される前の黒鉛材料の平均粒径が5〜40μmである、請求項1に記載のネジ焼付き防止グリース。
【請求項3】
リン酸塩で被覆される前の黒鉛材料が、予め酸洗処理が施されたものである、請求項1または2に記載のネジ焼付き防止グリース。
【請求項4】
リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料が、黒鉛材料を、濃度0.5〜10質量%のリン酸塩水溶液で処理したものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のネジ焼付き防止グリース。
【請求項5】
リン酸塩水溶液100質量部当たり、黒鉛材料40〜50質量部を用いる、請求項4に記載のネジ焼付き防止グリース。
【請求項6】
グリース基材と、固体潤滑剤とを必須成分とするネジ焼付き防止グリースを製造する方法であって、該固体潤滑剤として、リン酸塩で被覆されてなる黒鉛材料を5〜60質量%含有させることを特徴とするネジ焼付き防止グリースの製造方法。

【公開番号】特開2012−62411(P2012−62411A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208289(P2010−208289)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】