説明

ノロウイルスに対する抗体及び抗体の作成方法

【課題】培養細胞や実験動物では増殖困難で、抗原ウイルスを確保することが極めて難しいノロウイルス(GII−4株)に対する抗体と、該抗体を用いたノロウイルスの診断薬、治療薬、マスクやエアコンフィルターなどのウイルス除去素材を提供する。
【解決手段】バキュロウイルスを用いて作製したノロウイルスGII−4のVLPをダチョウに免疫後、6週目以降に採取したダチョウの血液および卵黄内のVLPに対する抗体。また、この抗体を利用したノロウイルスの診断薬、治療薬、マスクやエアコンフィルターなどのウイルス除去素材。フィルターは120℃、1.2気圧、20分という過酷な条件下でも活性を維持していた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はノロウイルスに対する抗体の産生方法に関する。より詳しくは鳥類好ましくは、ダチョウを用いその卵からノロウイルスに対する抗体を産生する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ノロウイルスはカリシウイルス科に分類されるエンベロープを持たない一本鎖RNAウイルスであり、ノロウイルス属、サポウイルス属、ラゴウイルス属、ベシウイルス属など複数の種類の存在が認められている。
【0003】
このウイルスはヒトに経口感染し、感染性胃腸炎を発症する。発症した患者の症状は、嘔吐、下痢、発熱が主たる症状である。通常は1、2日で治癒し、後遺症も残らない。しかし、免疫力の低い幼児や高齢者は治癒に時間がかかり、死亡する例も報告されている。
【0004】
ノロウイルスは、ヒトの腸内での増殖が確認されているものの、培養細胞を用いた実験的な増殖方法が発見されておらず、詳細な研究は他のウイルスに対して遅れているのが実情である。
【0005】
ノロウイルスは数多くのウイルス株が存在するが、老人ホームなどで多数の死者を出すのはGII−4という株である。つまり、このGII−4に対する抗体を作製すれば、公衆衛生上重要課題となるノロウイルスの診断薬、治療薬、ウイルス除去素材(マスクやエアコンフィルターなど)が開発可能である。
【0006】
しかしながら、ノロウイルスはヒトの腸内で増殖するものの、培養細胞や実験動物では増殖が困難であり、抗原となるウイルスを確保することが極めて難しい。
【0007】
そこで特許文献1では、ノロウイルスGIのジェノタイプ1〜14までのカプシ領域において共通する66番目から78番目のアミノ酸配列に基づいてモノクロナール、若しくはポリクロナール抗体を得る方法が開示されている。
【0008】
また、非特許文献1には、NVカプシドタンパクをコードするORF2を用いたバキュロウイルス発現システムで発現されたウイルス様中空粒子(Virus−likeparticles:VLPs)を抗原として作製されたモノクローナル抗体を用いた酵素免疫測定法(ELISA)によるノロウイルスGIの検出方法が紹介されている。このモノクローナル抗体を用いた検出キットは、ジェノグループI(GenogroupI、GI)とジェノグループII(GenogroupII、GII)をそれぞれ検出できる。
【特許文献1】特開2007−145775号公報
【非特許文献1】「日本臨床」第60巻第6号第1188〜1193頁(2002年)、日本臨床社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ノロウイルスに感染した場合の治療薬や診断薬またはウイルス除去素材に抗体を利用するのは効果的であると考えられる。そして、工業的な実施となると、均一な品質の抗体を大量に製造する必要がある。
【0010】
しかし、抗体は生体の免疫活動を利用して産生するという性質上、個体が変れば全く同
じ抗体は得られない。現在インフルエンザウイルスに対する抗体にはニワトリの卵が用いられるが、1個1個の鶏卵から取り出せる抗体はわずかであり、また個々の鶏卵からの抗体は同じ特性を示すとは限らない。従って、大量に生産するには大きな設備が必要であり、また均一の品質を保つためには精製後も多くの検査が必要であった。
【0011】
本発明はかかる課題に鑑み、想到されたものであり、ノロウイルスに対する抗体を均一かつ大量に製造する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、ノロウイルスの中でも多数の死者を出すGII−4という株に対する抗体をダチョウを使って大量に産生するものである。
【0013】
より具体的には、バキュロウイルスを用いて作製したノロウイルスGII−4のVLPをダチョウに免疫し、ダチョウの血液および卵黄内の抗体を抽出する。
【発明の効果】
【0014】
ダチョウに免疫することにより、卵黄から低コストで大量で均一な抗体(IgY)の作製が可能である。一羽の雌のダチョウより半年で約400g(ウサギの800匹量)が産出可能である。さらにダチョウの寿命は60年以上あることから、一羽のダチョウより継続的に均一的な抗体の供給が可能である。多数のダチョウを用いることにより、工業的(使い捨て可能)な用途で抗体を利用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
ノロウイルスは実験動物や培養細胞で増やすことが困難であるため、抗体作製用の抗原として十分な量を得ることは困難である。しかしながら、遺伝子工学的に培養細胞に作製させることが可能である。ノロウイルスゲノムの構造蛋白質領域をバキュロウイルスに組み込み、昆虫細胞で発現させると、ウイルス粒子(VLP:virus-liked particle)を作出できる。VLPは構造がノロウイルスそのものであり、ウイルス粒子と同等の抗原性を有するが、内部にゲノムRNAを持たず、中空で感染性はない。
【0016】
現在、互いに抗原性の異なると予想されるノロウイルスは30種類以上になろうとしているが、その約60%をカバーするVLPの作出に成功している。これらのVLPをダチョウに免疫すれば、ノロウイルスに対する抗体が大量作製可能である。
【0017】
老人ホームで発症した患者の下痢便より得たノロウイルス(GII−4)の遺伝子を基にORF2にコードされる構造蛋白質領域のPCR用プライマーを使用して、VLPを効率良く作製可能なcDNAを作製しバキュロウイルスベクターに組み込み、昆虫細胞によりVLPを作製させる。GII−4は老人ホームでの感染性胃腸炎の原因となるノロウイルスの株である。
【0018】
このバキュロウイルス系で得たVLPをメスのダチョウに免疫し、卵黄から抗体を精製した。免疫プログラムを次に示す。
【0019】
免疫プログラム
初回免疫:フロイントの完全アジュバントに30μgのVLPを混和し、メスのダチョウの腰部の筋肉内に接種した。
【0020】
追加免疫:初回免疫後、隔週毎に3回追加免疫した。フロイントの不完全アジュバントに30μgのVLPを混和し、メスのダチョウの腰部の筋肉内に接種した。
【0021】
なお、図1を参照して、ノロウイルスの遺伝子構造と増幅のためのプライマーについて説明する。ノロウイルスはORF1−3の三つのオープンリーディングフレームをもつ。RT−PCRによる遺伝子増幅には、ノロウイルスゲノムの中で最も高度に保存されている領域ORF1とORF2の境界付近の超高感度定量検出用(リアルタイムPCR)プライマーセットと、ORF2にコードされる構造蛋白質領域のPCR用プライマーを使用する。図1ではプライマーの5'末端の塩基の位置をGIはNorwalk/68(M87661)、GIIはLordsdale/93/UK(X86557)の塩基番号で示した。
【0022】
次に抗体の精製法を以下に示す。
卵黄からの抗体(IgY)の精製は以下のように行った。
【0023】
まず、卵黄に5倍量のTBS(20mMTris−HCl、0.15M NaCl,0.5%NaN3)と同量の10%デキストラン硫酸/TBSを加え20分攪拌する。そして1MCaCl2/TBSを卵黄と同量加え攪拌し、12時間静置する。その後、15000rpmで20分遠心し上清を回収する。次に、最終濃度40%になるように硫酸アンモニウムを加え4℃で12時間静置する。その後、15000rpmで20分遠心し、沈殿物を回収する。最後に、卵黄と同量のTBSに再懸濁し、TBSにて透析する。この課程により90%以上の純度のIgYの回収が可能となった。1個の卵黄より2〜4gのIgYを精製することができた。
【0024】
ELISA法による測定
以下のELISAにより、得られた抗体の抗原反応性を測定した。
2μg/mLのVLP抗原をELISA用96穴マイクロプレートの各wellに100μl入れ、室温で2時間放置した。その後、PBSで3回洗浄したのち、市販のブロッキング溶液(ブロックエース:大日本住友製薬)を各wellに100μl入れ2時間放置した。その後、PBSで3回洗浄したのち、免疫前および免疫後(1〜7週)のダチョウの血液および卵黄より抽出したダチョウIgY抗体の段階希釈液(5μg/mLを原液として100倍、200倍〜と2倍段階希釈)を各wellに50μl入れ室温で1時間放置した。
【0025】
その後、PBSで3回洗浄したのちペルオキシダーゼ標識抗ダチョウIgY・ウサギポリクローナル抗体(自作)を各wellに100μl入れ45分間放置した。PBSで3回洗浄したのち市販のペルオキシダーゼ用発色キット(住友ベークライト)により30分間発色し、ELISA用プレートリーダーにより吸光度(450nm)を測定した。得られた結果を、免疫前のIgYの吸光度値の2倍以上となる最高希釈倍率で示した。
【0026】
これにより、初回免疫後より抗体価の著しい上昇が認められ6週目以降で最高値を維持した(図2)。ダチョウを用いると、半年間で400gのノロVLPに対する抗体の作製が可能となり、多数のダチョウを使用することにより莫大な量の抗体を低コストで提供することができる。このことより、ノロウイルスの診断薬、さらには抗体を用いたノロウイルス除去用素材(スプレー剤やマスクやエアコンフィルター、雑巾、トイレの洗浄液など)の開発が実現できる。
【0027】
抗ノロウイルスVLP・ダチョウ抗体の工業的応用化(フィルターへの応用)
免疫7週目(抗体価が最高値)に得られたダチョウIgYを不織布に担持させた。
IgY100μgを7cm×15cmの不織布に塗布し、60℃〜80℃で乾燥させた。得られたダチョウIgY担持フィルターをPBSに漬け、抗体を溶出させ、上記のELISA法によるVLPに対する抗体活性を検証した。また、ダチョウIgY担持フィルターを120℃、1.2気圧、20分間処理(通称、オートクレーブ)したものもPBSにて
溶出させ、抗体活性を検証した。
【0028】
抗体活性の検証は以下の(1)乃至(4)の4つの抗体を担持させたフィルターから溶出した抗体のVLPに対する活性を検証した。
【0029】
(1)未処理の抗ノロウイルスVLP抗体(不織布への担持前)
(2)抗体担持フィルターから溶出した抗体
(3)120℃、1.2気圧、20分間処理したフィルターから溶出した抗体
(4)免疫前のダチョウ抗体
その結果(1)と(2)はほぼ同値、さらに(3)でも活性が高い状態で維持されていた。(4)は活性が認められなかった。このことより、抗ノロウイルスVLP抗体はフィルター上でも活性が保存されること、さらに熱・圧力処理をしても活性がのこることが証明された。つまり、マスクやエアコンフィルターに担持させることで、ノロウイルス感染防御用商品として工業的利用が可能であることが期待された(図3)。
【0030】
本発明の抗体は、120℃という温度であっても抗体活性が失活しないという特徴を有するため、工業的な大量生産に好適に用いることができる。具体的には、本発明の抗体を含ませたマスクやエアフィルタはノロウイルスが感染者の唾液などから感染を守ることができる。また、本発明の抗体を含むスプレー剤やトイレ洗浄剤は、ノロウイルスの効力を無効にすることができる。また、本発明の抗体はそれ自身治療薬として利用することができる。また、本発明の抗体を含む食品はノロウイルスの増殖を防ぐため、夏に利用される食品には好適に利用できる。また、本発明の抗体はノロウイルスに結合する抗体であるので、ノロウイルスの検査キットとしても利用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、大量生産が可能であることから、ノロウイルス治療薬(経口薬)、さらには卵黄そのものを治療。予防用食品として用いる事も可能である。さらに、現在、高感度・高特異的なノロウイルスの診断用は商品化されていないため、このダチョウ抗体を用いた糞便からのノロウイルス検出・診断キットへの実用化も期待される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】ノロウイルスの遺伝子構造と増幅のためのプライマーを説明する図である。
【図2】初回免疫後の血液と卵黄内のIgY価を測定したグラフである。
【図3】不織布をひたした抗体濃度と、その不織布から溶出させた抗体をELISAで調べた際の450nmにおける発光強度の関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
昆虫細胞によって産生させたノロウイルスVLPをメスのダチョウに免疫し、前記メスのダチョウの血液または卵黄から精製した抗体。
【請求項2】
請求項1に記載された抗体を含むマスク。
【請求項3】
請求項1に記載されたエアコンフィルター。
【請求項4】
請求項1に記載された抗体を含むスプレー剤。
【請求項5】
請求項1に記載された抗体を含むトイレ洗浄剤。
【請求項6】
請求項1に記載された抗体を含む治療薬。
【請求項7】
請求項1に記載された抗体を含む食品。
【請求項8】
請求項1に記載された抗体を含む検査キット。
【請求項9】
ノロウイルスのORF2にコードされる構造蛋白質領域のPCR用ブライマーからcDNAを作製する工程と、
前記cDNAをバキュロウイルスベクターに組み込み、昆虫細胞にVLPを作製させる工程と、
前記VLPをメスのダチョウに免疫する工程と、
前記免疫されたメスのダチョウの血液まはたその卵黄から抗体を精製する工程を含む抗体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−13361(P2010−13361A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−172157(P2008−172157)
【出願日】平成20年7月1日(2008.7.1)
【出願人】(508198535)オーストリッチファーマ株式会社 (3)
【Fターム(参考)】