説明

ハイブリッド車両の制御装置

【課題】ブレーキ操作とマニュアルダウンシフトとが重畳する場合であっても、ダウンシフトの際に適切な減速度を発生させ、かつバッテリの耐久性低下を回避することができるハイブリッド車の制御装置を提供する。
【解決手段】マニュアルシフト操作に基づいて複数の変速比の間で変速させるマニュアルシフト手段と、ブレーキ操作に基づいて電動機の回生トルクおよび摩擦ブレーキの摩擦制動トルクによって車両の制動力を制御する制動手段とを備えたハイブリッド車両の制御装置において、蓄電装置の過充電を防止するための通常時回生制限値で前記回生トルクを制限するとともに、前記マニュアルシフト操作の実行が可能な場合に、前記マニュアルシフトによるダウンシフトの実行に先立って、前記通常時回生制限値よりも値が低い回生制限値で前記回生トルクを制限する回生トルク制限手段(ステップS2,S3)とを設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、走行のための駆動力源として内燃機関と発電機能のある電動機とを備えているハイブリッド車両の制御装置に関し、特に、運転者の操作により選択的に変速を行うマニュアルシフトが可能なハイブリッド車両の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車両は、駆動力源としてガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関、およびモータ・ジェネレータなどの発電機能のある電動機を搭載した車両であり、内燃機関と電動機とが持つそれぞれの特性を生かすことにより、燃費を向上させることができ、また排気ガスの低減を図ることができる。例えば、内燃機関を燃焼効率の良い運転点で運転し、かつ車両に要求される駆動トルクを電動機で付加することができる。さらに、減速時にエネルギ回生を行いその際に発生させた電力を走行のために使用することもできる。そのため、走行に対する要求を満たしつつ、燃費を向上させ、かつ排ガスの低減を図ることが可能である。そのようなハイブリッド車両に関する発明の一例が特許文献1に記載されている。
【0003】
この特許文献1に記載された発明は、マニュアルシフトが可能なハイブリッド車両におけるシフトフィーリングの向上を目的として、運転者がアクセルオフで走行している場合、シフト位置に基づいて要求減速トルクを設定し、運転者によりシフト位置が変更されていない非シフト位置変更時に、アクセルオフで設定された要求減速トルクにより車両が減速走行するよう電動機を制御し、運転者によりシフト位置が変更されたシフト位置変更時には、アクセルオフで設定された要求減速トルクにシフト位置変更時用のトルク変動を付加した減速トルクにより車両が減速走行するよう電動機を制御するように構成されている。またこの特許文献1には、シフト位置がダウンシフト側に変更された場合に、そのダウンシフト側に変更されたシフト位置がシフト段として小さいほどシフト位置変更時用のトルク変動が大きくなる傾向に変更される、すなわち、シフト段が小さいほど電動機による回生制動トルクが大きくなるように制御される点が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、ハイブリッド車両におけるブレーキ操作時に、電動機による回生制動力を減少させる際に生じがちなショックを抑制することを目的とした車両およびその制御装置に関する発明が記載されている。この特許文献2に記載された発明は、運転者によるブレーキ操作に応じた要求制動力および所定の分配制約に基づいて、電動機に対する要求回生制動力と摩擦制動手段に対する要求摩擦制動力とが設定されるとともに、アクセルオフ状態でブレーキ操作が行われていないときに車軸に要求されるアクセルオフ時要求駆動力、および、アクセルオフ状態でブレーキ操作が行われているときに上記の要求回生制動力とアクセルオフ時要求駆動力との和である仮目標駆動力に基づいて目標駆動力が設定される。そして、少なくとも車軸に出力される動力が0を含む所定範囲内に含まれる場合に、目標駆動力が仮目標駆動力に基づいて緩やかに変化するように設定され、アクセルオフ状態でブレーキ操作が行われている場合には、目標駆動力に基づく動力を車軸に出力するように電動機が制御されるとともに、要求摩擦制動力が得られるように摩擦制動手段が制御されるように構成されている。またこの特許文献2には、電動機による回生制動力の上限が、バッテリの入出力制限や電動機の定格トルク等に基づいて設定される点が記載されている。
【0005】
なお、特許文献3には、アクセル開放操作を伴うコースト時に、運転者のコースト減速度要求の強弱に応じてコースト減速度を調整することにより、運転性の向上を図ることを目的とした車両のコースト減速制御装置に関する発明が記載されている。そしてこの特許文献3には、アクセル開放からブレーキ踏み込みまでの所要時間が設定時間以内であれば運転者がコースト減速度を強くしたい意図があると判断し、その所要時間が短いほどコースト目標駆動力を大きくする、すなわちモータ・ジェネレータによる回生制動トルクを大きくする点が記載されている。また、ブレーキ踏み込み時のブレーキ踏力相当値を検出し、そのブレーキ踏力相当値が大きいほどコースト目標駆動力を大きくする、すなわちモータ・ジェネレータによる回生制動トルクを大きくする点も記載されている。
【0006】
また、特許文献4には、電動モータによって走行駆動する車両における急激なブレーキ抜け感の防止を目的とした回生協調制御装置に関する発明が記載されている。この特許文献4には、バッテリ残容量データに基づいて、電動モータによる回生電力の制限が見込まれる場合に、予め、電動モータによる回生制動の比率を低下させるとともに、ブレーキディスクとブレーキパッドとによる摩擦制動の比率を高めておく点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−160238号公報
【特許文献2】特開2008−236825号公報
【特許文献3】特開2007−168565号公報
【特許文献4】特開2010−200557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、特許文献1に記載された発明は、マニュアルシフトが可能なハイブリッド車両におけるシフトフィーリングの向上、例えばエンジンを駆動力源として有段の自動変速機を搭載した一般的な車両と同様のシフトフィーリングを実現させることを目的としている。そして、特にマニュアルシフトによるダウンシフトの際に適切な減速度を発生させることができるように構成されている。有段の機械的な変速機構を持たないハイブリッド車両においても、駆動力源の電動機を回生制御することにより、一般的なエンジン駆動車両におけるダウンシフト時のエンジンブレーキと同等の減速トルク(回生トルクあるいは制動トルク)を駆動輪に作用させて、運転者が期待する減速度を発生させることができる。すなわち、マニュアルシフトによるダウンシフト時に、電動機による回生トルクを増大させることにより、車両にエンジンブレーキを作用させる場合と同様のシフトフィーリングを実現させることができる。
【0009】
一方、上記の特許文献1に記載されているものも含めて従来のハイブリッド車両は、電動機で発生させる回生トルクによる回生制動力と、車輪に装着されるディスクブレーキやドラムブレーキなどの制動装置(摩擦ブレーキ)による摩擦制動力との2通りの制動力を得ることができる構成となっている。そして通常は、運転者のブレーキ操作に応じて予め設定された回生制動力と摩擦制動力との配分を基に制動力が決定されるように構成されている。例えば、特許文献2に記載されているように、従来のハイブリッド車両では、電動機やバッテリを保護するため、それら電動機やバッテリの定格等に基づいて電動機で発生させる回生トルクの上限(回生制限値)が設定されている。そして、ハイブリッド車両における上記のような回生制動力と摩擦制動力との配分は、基本的に回生制動力が優先されるものの、回生トルクが上限に達すると、主に摩擦制動力によって車両の制動力を発生させるように設定される。
【0010】
したがって、上記の特許文献1に記載されているようなマニュアルシフトが実行可能なハイブリッド車両において、運転者のブレーキ操作により車両が制動されている際に、回生トルクが上限に達している状態でマニュアルシフトによるダウンシフトが実行されると、電動機で回生トルクを増大させることができず、ダウンシフトにより運転者が期待する減速を実現できない場合がある。
【0011】
例えば、図10のタイムチャートに示すように、時刻taでフットブレーキ操作などの運転者によるブレーキ操作が行われると、電動機による回生トルクおよび摩擦ブレーキによる制動トルクが増大するように制御され、それによって車両の減速度が増大する。そして、増大された回生トルクが図10,図11に示すような回生制限値Lに到達すると(時刻tb)、それ以降は摩擦ブレーキによる制動トルクが主となって所望する減速度が得られるように、電動機および摩擦ブレーキが制御される。その状態で時刻tc,tdに示すようなマニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合は、電動機による回生トルクは既に上限に達しているので、その回生トルクによる減速度の増大は期待できない。すなわち、電動機による回生トルクは運転者によるブレーキ操作で使い切られていて、ダウンシフトの際に更に回生トルクを発生させる余裕がない状態になっている。そのため、車両の減速度は、エンジンの回転数が変化することによるフリクショントルクの変化分に影響されてわずかに変化するのみで、シフトダウンに伴った減速度の増大はほとんど期待できない。
【0012】
これに対しては、ダウンシフトの際に期待される減速度を実現させるために、電動機による回生トルクの上限を解除する、もしくは上限を拡大することにより、ダウンシフト時に回生トルクにより減速度を増大させることができる。しかしながら、その場合はバッテリが過剰に充電されることになり、それによってバッテリの耐久性が低下してしまう。
【0013】
このように、マニュアルシフトが実行可能に構成された従来のハイブリッド車両において、運転者のブレーキ操作に引き続いてそのブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが並行して実行された場合に、ダウンシフトに所望される適切な減速度を発生させることと、バッテリの耐久性低下を回避することとを両立させるためには、未だ改良の余地があった。
【0014】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、運転者のブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行される場合であっても、ダウンシフトの際に運転者が期待するもしくは運転者が意図する適切な減速度を発生させ、かつバッテリの耐久性低下を回避することができるハイブリッド車両の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、内燃機関および電動機を駆動力源とするハイブリッド車両であって、前記駆動力源からの出力トルクを複数の変速比に変速して駆動輪へ伝達させる変速手段と、運転者によるマニュアルシフト操作に基づいて前記変速を実行するマニュアルシフト手段と、前記運転者によるブレーキ操作の有無およびブレーキ操作量を検出するブレーキ操作検出手段と、前記ブレーキ操作に基づいて、前記電動機を回生制御することにより発生させる回生トルクおよび摩擦制動装置の動作を制御することにより発生させる摩擦制動トルクによって前記ハイブリッド車両の制動力を制御する制動手段とを備えたハイブリッド車両の制御装置において、前記マニュアルシフト操作を実行可能な条件下にあるか否かを判断するマニュアルシフト判断手段と、前記電動機との間で電力の授受を行う蓄電装置の充放電容量に基づいて設定される通常時回生制限値で前記回生トルクの上限を規定するとともに、前記マニュアルシフト操作を実行可能な条件下にあると判断された場合に、前記マニュアルシフトによるダウンシフトの実行に先立って、前記通常時回生制限値よりも値が低い回生制限値で前記回生トルクの上限を規定する回生トルク制限手段とを備えていることを特徴とする制御装置である。
【0016】
また、請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記回生トルク制限手段が、前記ブレーキ操作量に応じて設定される要求制動トルクが前記通常時回生制限値を超えない場合に、前記通常時回生制限値で前記回生トルクの上限を規定するとともに、前記要求制動トルクが前記通常時回生制限値を超える場合には、前記ブレーキ操作量が大きいほど値が低くなるように設定された前記回生制限値で前記回生トルクの上限を規定する手段を含むことを特徴とする制御装置である。
【0017】
そして、請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記回生トルク制限手段が、前記マニュアルシフト操作により設定される前記複数の変速比毎に、前記回生制限値を設定する手段を含むことを特徴とする制御装置である。
【発明の効果】
【0018】
請求項1の発明によれば、電動機の回生トルクによる制動と摩擦制動装置の摩擦制動トルクによる制動とが可能であり、かつマニュアルシフト操作が可能なハイブリッド車両において、運転者によるマニュアルシフト操作が実行可能な条件下にあると判断された場合に、蓄電装置を保護するために設定される通常時回生制限値よりも値が低い回生制限値で回生トルクの上限が制限される。すなわち、マニュアルシフト操作が実行可能な場合に、回生トルクの上限値が通常時回生制限値よりも低い値に変更される。したがって、運転者のブレーキ操作により回生トルクによる制動が実行されている際に、更にマニュアルシフトによるダウンシフトが実行され、そのダウンシフトに対応する制動力を回生トルクによって発生させることが必要とされる場合に、回生トルクを、通常時回生制限値を超えない範囲で増大させることができる。すなわち、上記のように、マニュアルシフトによるダウンシフトに先立って、通常時回生制限値よりも値が低い回生制限値が設定されることにより、ダウンシフトが実行された場合に回生トルクを増大させるための余裕代を残しておくことができる。そのため、運転者のブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行される場合であっても、ダウンシフトの際に運転者が期待するもしくは運転者が意図する適切な制動力を発生させることができる。そして、その場合でも回生トルクが通常時回生制限値を超えてしまうことがないので、蓄電装置の耐久性低下を確実に回避することができる。
【0019】
また、請求項2の発明によれば、マニュアルシフト操作が実行可能な場合に、通常時回生制限値よりも低い値に設定される回生制限値が、更に運転者のブレーキ操作量に基づいて設定される。具体的には、ブレーキ操作量に応じて決まる要求制動トルクが通常時回生制限値を超えない範囲では、回生トルクの上限が通常時回生制限値で規定され、要求制動
トルクが通常時回生制限値を超える範囲では、ブレーキ操作量が大きくなるにしたがい回生トルクの上限が低くなるように回生制限値が設定される。したがって、ブレーキ操作量が相対的に小さい場合に、回生トルクの上限が通常回生制限値で規定される。すなわち、回生トルクの上限値が可及的に高い値に設定される。そのため、ブレーキ操作量が相対的に小さい場合、例えば、実行頻度が高い緩やかなもしくは通常のブレーキ操作時に、可及的に大きな回生電力を発生させることができ、蓄電装置に対する充電電力量を確保することができる。そして、ブレーキ操作量が相対的に大きい場合には、回生トルクの上限が、ブレーキ操作量が大きいほど値が低くなるように設定された回生制限値で規定される。そのため、ブレーキ操作量が相対的に大きい場合、例えば、通常のブレーキ操作時と比較して頻度が低い急ブレーキ操作時に、電動機による回生トルクに更に増大可能な余裕を残しておくことができ、運転者のブレーキ操作に続いてマニュアルシフトによるダウンシフトが実行された際に回生トルクを増大させて、運転者が期待する制動力を発生させることができる。
【0020】
そして、請求項3の発明によれば、上記のように、マニュアルシフト操作が実行可能な場合に通常時回生制限値よりも低い値に設定される回生制限値が、マニュアルシフト操作により変更される複数の各変速比毎に、適宜設定される。そのため、上記のようなブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行される場合に対応して回生トルクの上限を設定する制御を、ハイブリッド車両の変速状態に即して、より適切に実行することができる
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】この発明で制御の対象とするハイブリッド車両の構成および制御系統の一例を示す模式図である。
【図2】この発明の制御装置による制御の一例を説明するためのフローチャートである。
【図3】図2に示すこの発明の制御装置による制御で設定される回生制限値を説明するための模式図である。
【図4】図2に示すこの発明の制御装置による制御で設定される各変速段毎の回生制限値を説明するための模式図である。
【図5】図2に示すこの発明の制御装置による制御を実行した場合のハイブリッド車両の挙動を説明するためのタイムチャートである。
【図6】この発明の制御装置による制御の他の例を説明するためのフローチャートである。
【図7】図6に示すこの発明の制御装置による制御で設定される回生制限値を説明するための模式図である。
【図8】図6に示すこの発明の制御装置による制御で設定される各変速段毎の回生制限値を説明するための模式図である。
【図9】図6に示すこの発明の制御装置による制御を実行した場合のハイブリッド車両の挙動を説明するためのタイムチャートである。
【図10】ハイブリッド車両における従来の制御例を説明するためのタイムチャートである。
【図11】図10に示す従来の制御で設定される通常時回生制限値を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
つぎに、この発明を図を参照して具体的に説明する。この発明で制御の対象とするハイブリッド車両の構成および制御系統を図1に示してある。すなわち、この図1に示すハイブリッド車両Veは、いわゆる2モータタイプのハイブリッド車両であって、駆動力源として内燃機関1と2基の電動機2,3とを備え、内燃機関1の動力を電動機2と出力軸4とに分割するように構成されている。
【0023】
内燃機関1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンあるいは天然ガスエンジンなどの燃料を燃焼させて動力を出力する動力機関である。この図1に示す例では、スロットル開度や燃料噴射量などの負荷を電気的に制御することが可能な電子制御式のスロットルバルブや電子制御式の燃料噴射装置等を備えていて、所定の負荷に対して回転数を電気的に制御することにより燃費が最も良好な最適運転点に設定できるガソリンエンジンが搭載されている。以下の説明では、この内燃機関1をエンジン1と記す。
【0024】
電動機2,3は、いずれも、モータおよび発電機のいずれか一方もしくは両方の機能を有する電動機であり、この図1に示す例では、モータとしての機能と発電機としての機能を兼ね備えたモータ・ジェネレータが搭載されている。以下、この実施例の説明では、電動機2,3を、第1モータ・ジェネレータ(MG1)2、および、第2モータ・ジェネレータ(MG2)3と記す。
【0025】
エンジン1の動力を第1モータ・ジェネレータ2と出力軸4とに分割するための動力分割機構として差動作用のある遊星歯車機構5が設けられている。この図1に示す例では、サンギヤ5sとリングギヤ5rとの間に配置したピニオンギヤをキャリヤ5cによって自転および公転が可能に保持したシングルピニオン型の遊星歯車機構が採用されている。そしてその遊星歯車機構5のキャリヤ5cにエンジン1が連結され、かつサンギヤ5sに第1モータ・ジェネレータ2が連結され、更にリングギヤ5rに出力軸4が連結されている。この遊星歯車機構5が差動作用をなすことにより、第1モータ・ジェネレータ2の回転数に応じてエンジン1の回転数が変化する。したがって、第1モータ・ジェネレータ2によってエンジン1のエンジン回転数を制御できるように構成されている。そして、出力軸4には、歯車伝動機構6、およびデファレンシャル7を介して、駆動輪8が動力伝達可能に連結されている。また、駆動輪8および図示しない他の車輪(従動輪)には、例えばディスクブレーキやドラムブレーキなどの摩擦力の作用によっていわゆる摩擦制動力を発生させる摩擦ブレーキ9が装備されている。
【0026】
一方、第2モータ・ジェネレータ3は、遊星歯車機構10を介して上述の出力軸4に連結されている。遊星歯車機構6は、この図1に示す例では、サンギヤ10sとリングギヤ10rとの間に配置したピニオンギヤをキャリヤ10cによって自転および公転可能に保持したシングルピニオン型の遊星歯車機構が採用されている。そしてその遊星歯車機構10のサンギヤ10sに第2モータ・ジェネレータ3が連結され、リングギヤ10rに出力軸4が連結されている。そしてキャリヤ10cが回転不可能に固定されている。したがって、この遊星歯車機構10は、第2モータ・ジェネレータ3の出力トルクを減速して出力軸4へ伝達させる減速機構として機能している。
【0027】
前述のように、第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3は、いずれも電動機と発電機との両方の機能を有する周知の同期電動機により構成されている。そして、それら第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3は、それぞれ、インバータ11,12を介して蓄電装置13に連結されている。すなわち、インバータ11によって第1モータ・ジェネレータ2の発電量や第1モータ・ジェネレータ2が電動機として機能する場合のトルクあるいは回転数を制御し、また、インバータ12によって第2モータ・ジェネレータ3の発電量や第2モータ・ジェネレータ3が電動機として機能する場合のトルクあるいは回転数を制御するように構成されている。
【0028】
また、上記の第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3は、インバータ11,12を介して、それらの間で電力を相互に供給できるように構成されている。すなわち、第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3のいずれか一方により発電される電力を、他方のモータ・ジェネレータで消費できるようになっている。例えば、エンジン1の出力により第1モータ・ジェネレータ2が駆動されて発電機として機能した場合には、その第1モータ・ジェネレータ2により発電された電力を第2モータ・ジェネレータ3へ供給し、第2モータ・ジェネレータ3を電動機として機能させることができる。したがって、エンジン1が出力した動力の一部を、第1モータ・ジェネレータ2により電力に一旦変換した後、第2モータ・ジェネレータ3により再び動力に変換して、その動力を出力軸4に伝達することができるように構成されている。
【0029】
上記のエンジン1、および各モータ・ジェネレータ2,3の動作状態を制御するための電子制御装置(ECU)14が設けられている。この電子制御装置14には、例えば車両Veの車速を検出する車速センサ15、例えばアクセルペダルやアクセルレバーなどによる運転者のアクセル操作を検出するアクセル開度センサ16、例えばブレーキペダルによる運転者のブレーキ操作を検出するブレーキセンサ(もしくはブレーキスイッチ)17、例えばシフトレバーやシフトスイッチなどによる運転者のマニュアルシフト操作を検出するシフトポジションセンサ18、あるいは、エンジン1の出力軸の回転速度を検出するエンジン回転数センサ(図示せず)や、各モータ・ジェネレータ2,3の回転軸の回転速度を検出するためのレゾルバ(図示せず)などの各種センサ装置類からの検出信号が入力される。これに対して、電子制御装置14からは、エンジン1を制御する信号、各モータ・ジェネレータ2,3を制御する(すなわち各インバータ11,12および蓄電装置13を制御する)信号などが出力されるように構成されている。
【0030】
そして、この発明で制御の対象とするハイブリッド車両Veは、運転者がシフトレバーやシフトスイッチあるいはシフトパドルなどを操作することにより、運転者の意図する任意の複数の変速段もしくは変速比への変速、すなわち、運転者の操作により選択的に変速を行うマニュアルシフトが実行可能なように構成されている。例えば、シフトポジションとしてD(ドライブ)ポジションが選択された場合、ハイブリッド車両は自動変速制御されて走行する。そして、M(マニュアル)ポジションあるいはS(スポーツ)ポジションが選択された場合に、シフトスイッチやシフトパドルなどの操作が有効になり、運転者によるマニュアルシフトが実行可能な状態になる。また、DポジションからB(エンジンブレーキ)ポジションへの切り替えが有効に設定される場合も、そのBポジションへの切り替えによって、マニュアルシフトによるダウンシフトもしくはダウンシフトに相当する減速状態の実現が可能な状態となる。
【0031】
さらに、この発明で制御の対象とするハイブリッド車両Veは、マニュアルシフトによるダウンシフトの際に、一般的なエンジン駆動車両のエンジンブレーキに相当する適切な制動力を発生させることができるように構成されている。このハイブリッド車両Veは、一般的なエンジン駆動車両に搭載されているような有段の変速機構を持たない構成であるが、第2モータ・ジェネレータ3を回生制御することにより、ダウンシフトの際にエンジン駆動車両におけるエンジンブレーキと同等の制動トルク(回生トルク)を駆動輪8に作用させて、ハイブリッド車両Veに運転者が期待する減速度を発生させることができる。
【0032】
また、この発明に係るハイブリッド車両Veは、従来のハイブリッド車両と同様に、電動機(この例では第2モータ・ジェネレータ3)で発生させる回生トルクによるいわゆる回生制動力と、車輪に装着されている摩擦ブレーキ9によるいわゆる摩擦制動力との2通りの制動力を得ることができるように構成されている。それら回生制動力と摩擦制動力との配分は、予め設定された配分比および運転者のブレーキ操作量などに基づいて設定される。また、摩擦制動力に対して回生制動力が優先して発生させられるようになっている。具体的には、第2モータ・ジェネレータ3で発生され増大させられる回生トルクが、蓄電装置13への過充電を防止して、蓄電装置13が過充電されることによる耐久性の低下を回避するために設定される通常時回生制限値Lに到達するまでは、優先的に回生制動力によってハイブリッド車両Veの制動が行われる。そして、増大された回生トルクが通常時回生制限値Lに到達した後は、それ以上の回生トルクの増大が禁止されるとともに、摩擦ブレーキ9による摩擦制動力が主となってハイブリッド車両Veの制動が行われるように構成されている。
【0033】
上記のように、この発明で対象とするハイブリッド車両Veは、運転者によるマニュアルシフトが実行可能な構成であり、そのマニュアルシフトによるダウンシフトが実行される際には、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクを増大させて、ハイブリッド車両Veに制動力が作用するように制御される。このような構成のハイブリッド車両Veにおいては、前述したように、運転者のブレーキ操作によりハイブリッド車両Veが制動されている際に、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが通常時回生制限値Lに達した状態でマニュアルシフトによるダウンシフトが実行されると、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクをそれ以上増大させることができなくなる。すなわち、従来のように通常時回生制限値Lを一律に設定した場合は、マニュアルシフトによるダウンシフトの際に、運転者が期待する減速度や制動力を得ることができなくなってしまう可能性があった。
【0034】
そこで、この発明に係るハイブリッド車両Veの制御装置では、運転者のブレーキ操作に続いてそのブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行される場合であっても、蓄電装置13の耐久性の低下を来すことなく、ダウンシフトの際に適切な減速度を作用させることができるように、以下の制御を実行するよう構成されている。その制御の一例を、図2のフローチャートに示してある。このフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。図2において、先ず、現在のハイブリッド車両Veの状態が、マニュアルシフトが実行可能な条件下にあるか否かが判断される(ステップS1)。マニュアルシフトが可能な条件とは、例えばシフトポジションがMポジションあるいはSポジションに設定されていることや、マニュアルシフトを実行するためのシフトレバーあるいはシフトスイッチ等の操作が有効な状態に設定されていることなどであり、運転者の意思により変速段もしくは変速比を選択的に変更することが可能な状態のことである。
【0035】
したがって、例えば、シフトポジションとして、Dポジション、R(リバース)ポジション、またはN(ニュートラル)ポジションが選択されている場合、あるいは、DポジションからBポジションへの切り替えが無効に設定されている場合は、マニュアルシフトが実行されることがないので、このステップS1で否定的に判断される。そして、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。
【0036】
これに対して、シフトポジションとして、MポジションやSポジションが選択されている場合、あるいは、DポジションからBポジションへの切り替えが有効に設定されている場合には、マニュアルシフトの実行可能条件が成立していると判断することができる。したがって、この場合はステップS1で肯定的に判断されてステップS2へ進み、マニュアルシフトに対応する回生制限値Laが、そのマニュアルシフトによるダウンシフトに実行に先立って、予め、通常状態に対して低く設定される。すなわち、図3に示すように、マニュアルシフトが実行可能な条件下において第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの上限を規定する制限値が、上記のようなマニュアルシフトの実行可能条件が成立していない通常時に設定される通常時回生制限値Lよりも小さな(0に近い)値に低下させられ、マニュアルシフトに対応する回生制限値Laとして改めて設定される。なお、回生制限値Laにより第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの上限が低下させられた分は、摩擦ブレーキ9により発生させる摩擦制動トルクの比率が増大されるので、回生トルクの上限が低下させられた場合であっても、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクと摩擦ブレーキ9による摩擦制動トルクとによって、運転者のブレーキ操作量に基づいて設定される要求制動力を過不足無く発生させることができる。
【0037】
このように、マニュアルシフトに対応する回生制限値Laが、マニュアルシフトによるダウンシフトに実行に先立って、通常時に設定される通常時回生制限値Lよりも小さな値すなわち通常時回生制限値Lよりも0に近い値に予め設定されることにより、運転者のブレーキ操作によって第2モータ・ジェネレータ3が所定の回生トルクを出力している状態で、運転者のマニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合に、第2モータ・ジェネレータ3が出力する回生トルクが既に上限に達していて、ダウンシフトに伴う回生トルクの増大に対応できない事態を回避することができる。すなわち、上記のように通常時回生制限値Lよりも低い回生制限値Laが設定されることにより、運転者のブレーキ操作に続いてそのブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行された場合であっても、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクに出力可能な余裕を残しておくことができ、第2モータ・ジェネレータ3の回生トルクによってダウンシフトに対応させた適切な制動力を発生させることができる。
【0038】
また、上記のように、回生制限値Laが、蓄電装置13の保護のために設定される通常時回生制限値Lよりも小さな値に設定されるので、第2モータ・ジェネレータ3の回生トルクによってダウンシフトに対応させた制動力を発生させる場合に、その回生トルクが通常時回生制限値Lを上回ることがない。そのため、ダウンシフトの際に回生トルクを増大させるために第2モータ・ジェネレータ3を回生制御する場合であっても、その際の回生電力によって蓄電装置13が過充電されてしまうことを確実に回避することができ、蓄電装置13の耐久性低下を防止することができる。
【0039】
上記のように、ステップS2で回生制限値Laが設定されると、その回生制限値Laに対して、各変速段毎の回生制限値Lanが設定される(ステップS3)。回生制限値Lanとは、運転者のブレーキ操作が実行された際に設定されているハイブリッド車両Veの変速段が第n速である状態でダウンシフトされた場合に適用される回生トルクの上限値である。したがって、この実施例におけるハイブリッド車両Veが、第1速から第6速までの6段階の変速段もしくは変速比を設定可能な構成であるとすれば、このステップS3では、図4に示すように、各変速段毎の回生制限値Lanとして、回生制限値La6,〜La1の6つの値が設定される。
【0040】
具体的には、各回生制限値La6,〜La1は、ステップS2で設定された回生制限値Laを基にして、最高速段である第6速で適用される回生制限値La6を最も小さい値とし、最低速段である第1速で適用される回生制限値La1を通常時回生制限値Lを超えない範囲で最も大きい値として、適用される変速段が小さいものほど大きな値となるように設定される。前述したように、この発明においてダウンシフトの際に第2モータ・ジェネレータ3の回生トルクを増大させることによりハイブリッド車両Veに発生させる制動力は、一般的なエンジン駆動車両におけるエンジンブレーキを模擬させるものである。したがって、変速段が小さい(すなわち変速比が大きい)場合のダウンシフトほど、大きなエンジンブレーキに相当する制動力が要求される。そのため、各回生制限値La6,〜La1は、適用される変速段が小さいものほど、大きな値となるように、すなわち大きな回生トルクを発生させることができるように設定される。なお、この実施例に示すハイブリッド車両Veの構成では、第1速から更にダウンシフトされることはないので、その第1速で適用される回生制限値La1は、通常時回生制限値Lと同じ値に設定されている。
【0041】
このように、前述のステップS2で設定される回生制限値Laに加えて、このステップS3で各変速段毎に対応した回生制限値La6,〜La1が設定されることによって、より緻密な制御を実行することができ、ブレーキ操作に続いてマニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合に、エンジンブレーキに相当するより適切な制動力を発生させることができる。なお、このステップS3を省略して、制御の簡素化を図ることもできる。
【0042】
上記のように、ステップS2,S3で回生制限値Laおよび各回生制限値La6,〜La1がそれぞれ設定されると、ステップS4へ進み、マニュアルシフトの実行可能条件が継続して成立しているか否かが判断される。マニュアルシフトの実行可能条件が継続して成立していることにより、このステップS4で肯定的に判断された場合は、前述のステップS2へ戻り、従前の制御が同様に実行される。すなわち、マニュアルシフトの実行可能条件が継続して成立している間、ステップS2,S3で設定された回生制限値Laおよび各回生制限値La6,〜La1が保持されて、マニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合に対応するようになっている。
【0043】
これに対して、マニュアルシフトの実行可能条件が既に成立していないことにより、ステップS4で否定的に判断された場合には、この制御を実行する必要がないため、このルーチンを一旦終了する。
【0044】
上記のように図2のフローチャートに示す制御を実行した場合のハイブリッド車両Veの挙動を、図5のタイムチャートに示してある。ハイブリッド車両Veが第5速で走行している際に、時刻t1でフットブレーキ操作などの運転者によるブレーキ操作が行われると、先ず、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大するように制御され、それによってハイブリッド車両Veの減速度が増大する。なお、この時点ではハイブリッド車両Veが第5速で走行していることから、予め、回生トルクの上限として回生制限値La5が設定されている。
【0045】
増大されていた回生トルクが時刻t2で回生制限値La5に到達すると、それ以降の第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの増大が停止される。すなわち、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの値が回生制限値La5に保持される。そして、時刻t2以降は、主に摩擦ブレーキ9による制動トルクによって所望する減速度が得られるように、第2モータ・ジェネレータ3および摩擦ブレーキ9が制御される。すなわち、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが回生制限値La5に到達するまでは、摩擦ブレーキ9による摩擦制動力の配分が0にされている。そして回生トルクが回生制限値La5に到達し制限された以降では、回生トルクによる回生制動力と摩擦ブレーキ9による摩擦制動力とが適宜に配分されて、それら回生制動力と摩擦制動力とによって所望する減速度が得られるようになっている。
【0046】
上記のように第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが回生制限値La5で制限されている際に、時刻t3で第5速から第4速へのマニュアルシフトによるダウンシフトが実行される場合、そのダウンシフトの実行に先立って、回生トルクの上限が第4速の回生制限値La4に変更される。そして、その回生制限値La4を上限として、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大される。すなわち回生トルクの値が時刻t4で回生制限値La4に達するまで、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大される。また、時刻t5で第4速から第3速へのマニュアルシフトによるダウンシフトが実行される場合も、同様に、そのダウンシフトの実行に先立って、回生トルクの上限が第3速の回生制限値La3に変更され、その回生制限値La3を上限として、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大される。
【0047】
したがって、上記のように第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの増大が制限されている状態で、マニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合であっても、回生トルクの上限が増大側に変更される分だけ、上記のように第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクを増大して出力させることができる。すなわち、ダウンシフトの際に、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクによって、ハイブリッド車両Veに制動力を発生させることができる。
【0048】
図6のフローチャートに、この発明の他の制御例を示してある。この図6に示す例では、図2のフローチャートにおけるステップS2,S3の制御の代わりに、ステップS2’,S3’の制御を実行するようになっている。すなわち、上記の図2に示した例が、運転者によるマニュアルシフト操作の実行可能性があると判断された場合に、回生トルクの回生制限値Laを、蓄電装置13の保護のために設定されている通常時回生制限値Lよりも低い値に予め設定しておく制御であるのに対して、この図6に示す例は、回生トルクの回生制限値Lbを、予め、回生制限値Lよりも低い値にするとともに、運転者によるブレーキ操作量に応じて設定しておくようにした制御の例である。
【0049】
図6のフローチャートにおいて、マニュアルシフトの実行可能条件が成立していることにより、ステップS1で肯定的に判断され、ステップS2’へ進むと、マニュアルシフトによるダウンシフトに実行に先立って、予め、マニュアルシフトに対応する回生制限値Lbが設定される。この回生制限値Lbは、前述の回生制限値Laと同様に、マニュアルシフトの実行可能条件が成立していない通常時に設定される通常時回生制限値Lよりも低く設定される値であって、運転者のブレーキ操作量に基づいて設定されるようになっている。
【0050】
具体的には、図7に示すように、マニュアルシフトが実行可能な条件下において第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの上限を規定する回生制限値Lbが、通常時に設定される通常時回生制限値Lを超えない範囲で設定される。より具体的には、ブレーキ操作量が相対的に小さい場合は、ブレーキ操作量が大きいほど回生トルクの上限が高くなる(0から遠ざかる)ように、回生制限値Lbが設定される。そして、その回生制限値Lbが通常時回生制限値Lに達する点(図7でブレーキ操作量αの点)以降のブレーキ操作量が相対的に大きい場合には、ブレーキ操作量が大きいほど回生トルクの上限が低くなる(0に近づく)ように、回生制限値Lbが設定される。
【0051】
したがって、ブレーキ操作量が相対的に小さく、ブレーキ操作量に応じて設定される要求制動トルクが通常時回生制限値Lに満たない場合は、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが通常時回生制限値Lに達するまでは、その回生トルクによって要求制動トルクが実現されるようにハイブリッド車両Veの制動が行われる。そして、ブレーキ操作量が相対的に大きく要求制動トルクが通常時回生制限値Lを超える場合には、回生制限値Lbによって上限が制限される回生トルクと、摩擦ブレーキ9による摩擦制動トルクとによって要求制動トルクが実現されるようにハイブリッド車両Veの制動が行われる。
【0052】
このように、マニュアルシフトに対応する回生制限値Lbが、マニュアルシフトによるダウンシフトに実行に先立って、予め、通常時に設定される通常時回生制限値Lよりも小さな値、すなわち通常時回生制限値Lよりも0に近い値に設定されることにより、運転者のブレーキ操作に続いてそのブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行された場合であっても、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクに出力可能な余裕を残しておくことができ、第2モータ・ジェネレータ3の回生トルクによってダウンシフトに対応させた適切な制動力を発生させることができる。
【0053】
また、上記のように、回生制限値Lbが、蓄電装置13の保護のために設定される通常時回生制限値Lよりも小さな値に設定されるので、第2モータ・ジェネレータ3の回生トルクによってダウンシフトに対応させた制動力を発生させる場合に、その回生トルクが通常時回生制限値Lを上回ることがない。そのため、ダウンシフトの際に回生トルクを増大させるために第2モータ・ジェネレータ3を回生制御する場合であっても、その際の回生電力によって蓄電装置13が過充電されてしまうことを確実に回避することができ、蓄電装置13の耐久性低下を防止することができる。
【0054】
さらに、マニュアルシフトに対応する回生制限値Lbが、上記のように運転者のブレーキ操作量に応じて設定されることにより、例えば、通常のブレーキ操作時と比較して頻度が低い急ブレーキ操作時、すなわち相対的にブレーキ操作量が大きい場合に、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクに出力可能な余裕を残しておくことができる。そのため、運転者のブレーキ操作に続いてマニュアルシフトによるダウンシフトが実行された際に回生トルクを増大させることができ、運転者が期待する減速度を実現させることができる。そして、高頻度で実行される緩やかなもしくは通常のブレーキ操作時、すなわち相対的にブレーキ操作量が小さい場合には、通常時回生制限値Lもしくは通常時回生制限値Lに近い相対的に大きな回生制限値Lbによって回生トルクの上限が規制される。そのため、頻度の高い通常のブレーキ操作時に可及的に大きな回生電力を発生させることができ、蓄電装置13に対する充電電力量を確保することができる。
【0055】
上記のように、ステップS2’で回生制限値Lbが設定されると、その回生制限値Lbに対して、各変速段毎の回生制限値Lbnが設定される(ステップS3’)。回生制限値Lbnとは、前述の回生制限値Lanと同様に、運転者のブレーキ操作が実行された際に設定されているハイブリッド車両Veの変速段が第n速である状態でダウンシフトされた場合に適用される回生トルクの上限値である。したがって、この実施例におけるハイブリッド車両Veが、第1速から第6速までの6段階の変速段もしくは変速比を設定可能な構成であるとすれば、このステップS3’では、図8に示すように、各変速段毎の回生制限値Lbnとして、回生制限値Lb6,〜Lb1の6つの値が設定される。
【0056】
具体的には、各回生制限値Lb6,〜Lb1は、ステップS2’で設定された回生制限値Lbを基にして、最高速段である第6速で適用される回生制限値Lb6を最も小さい値とし、最低速段である第1速で適用される回生制限値Lb1を通常時回生制限値Lを超えない範囲で最も大きい値として、適用される変速段が小さいものほど大きな値となるように、かつ、運転者のブレーキ操作量が大きくなるほど小さな値となるように設定される。なお、この実施例では、第1速から更にダウンシフトされることはないので、その第1速で適用される回生制限値Lb1は、通常時回生制限値Lと同じ値に設定されている。
【0057】
このように、前述のステップS2’で設定される回生制限値Lbに加えて、このステップS3’で各変速段毎に対応した回生制限値Lb6,〜Lb1が設定されることによって、より緻密な制御を実行することができ、ブレーキ操作に続いてマニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合に、エンジンブレーキに相当するより適切な制動力を発生させることができる。なお、このステップS3’を省略して、制御の簡素化を図ることもできる。
【0058】
そして、上記のようにステップS2’,S3’で回生制限値Lbおよび各回生制限値Lb6,〜Lb1がそれぞれ設定されると、ステップS4へ進み、前述の図2のフローチャートと同様の制御が実行される。
【0059】
上記のような図6のフローチャートに示す制御を実行した場合のハイブリッド車両Veの挙動を、図9のタイムチャートに示してある。ハイブリッド車両Veが第5速で走行している際に、時刻t11でフットブレーキ操作などの運転者によるブレーキ操作が行われると、先ず、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大するように制御され、それによってハイブリッド車両Veの減速度が増大する。なお、この時点ではハイブリッド車両Veが第5速で走行していることから、予め、回生トルクの上限として回生制限値Lb5が設定されている。
【0060】
未だブレーキ操作量が小さい制動初期段階の時刻t12で、増大されていた回生トルクが回生制限値Lに到達すると、それ以降の第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの上限が、ブレーキ操作量に応じて設定される回生制限値Lb5によって規制される。この時点では、ブレーキ操作量が徐々に増大しており、したがって、この時刻t12以降、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクは、ブレーキ操作量の増大に応じて徐々に低下させられる。そして、時刻t13でブレーキ操作量の増大が終了するのに伴い、回生トルクの低下も停止される。すなわち第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの値が回生制限値Lb5で保持される。また、時刻t12以降は、主に摩擦ブレーキ9による制動トルクによって所望する減速度が得られるように、第2モータ・ジェネレータ3および摩擦ブレーキ9が制御される。すなわち、この場合も、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが回生制限値La5に到達するまでは、摩擦ブレーキ9による摩擦制動力の配分が0にされている。そして回生トルクが回生制限値La5に到達した以降では、回生トルクによる回生制動力と摩擦ブレーキ9による摩擦制動力とが適宜に配分されて、それら回生制動力と摩擦制動力とによって所望する減速度が得られるようになっている。
【0061】
上記のように第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが回生制限値Lb5で制限されている際に、時刻t14で第5速から第4速へのマニュアルシフトによるダウンシフトが実行される場合、回生トルクの上限が、第4速の回生制限値Lb4に変更される。そして、その回生制限値Lb4を上限として、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大される。すなわち、回生トルクの値が時刻t15で回生制限値Lb4に達するまで、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大される。また、時刻t16で第4速から第3速へのマニュアルシフトによるダウンシフトが実行される場合も、同様に、回生トルクの上限が、第3速の回生制限値Lb3に変更され、その回生制限値Lb3を上限として、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクが増大される。なお、この場合の回生制限値Lb4,Lb3は、いずれも、対応するブレーキ操作量が増減することなく一定値となっていることから、ブレーキ操作量の値に応じた一定の値に設定されている。
【0062】
したがって、上記のように第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの増大が制限されている状態で、マニュアルシフトによるダウンシフトが実行された場合であっても、回生トルクの上限が増大側に変更される分だけ、上記のように第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクを増大して出力させることができる。すなわち、ダウンシフトの際に、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクによって、ハイブリッド車両Veに制動力を発生させることができる。
【0063】
以上のように、この発明に係るハイブリッド車両の制御装置によれば、運転者によるマニュアルシフト操作が実行可能な条件下にあると判断された場合に、蓄電装置13を保護するために設定される通常時回生制限値Lよりも値が低い回生制限値La,Lbで第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの上限が制限される。すなわち、マニュアルシフト操作が実行可能な場合に、第2モータ・ジェネレータ3による回生トルクの上限値が通常時回生制限値Lよりも低い値に変更される。したがって、運転者のブレーキ操作により回生トルクによる制動が実行されている際に、更にマニュアルシフトによるダウンシフトが実行され、そのダウンシフトに対応する制動力を回生トルクによって発生させることが必要とされる場合に、その回生トルクを、通常時回生制限値Lを超えない範囲で増大させることができる。
【0064】
すなわち、上記のようにマニュアルシフトによるダウンシフトに先立って、通常時回生制限値Lよりも値が低い回生制限値La,Lbが設定されることにより、ダウンシフトが実行された場合に回生トルクを増大させるための余裕代を残しておくことができる。そのため、運転者のブレーキ操作とマニュアルシフトによるダウンシフトとが重畳して実行される場合であっても、ダウンシフトの際に運転者が期待する制動力もしくは運転者が意図する適切な制動力を発生させることができる。そして、その場合でも回生トルクが通常時回生制限値Lを超えてしまうことがないので、過充電が起こってしまうことによる蓄電装置13の耐久性の低下を確実に回避することができる。
【0065】
ここで、上述した具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、ステップS1を実行する機能的手段が、この発明における「マニュアルシフト判断手段」に相当し、ステップS2,S3およびステップS2’,S3’を実行する機能的手段が、この発明における「回生トルク制限手段」に相当する。
【0066】
なお、上述した具体例では、この発明における駆動力制御の対象とするハイブリッド車両として、内燃機関としてエンジン1と、電動機として第1モータ・ジェネレータ2および第2モータ・ジェネレータ3とを備えた、いわゆる2モータタイプのハイブリッド車両の構成を例に挙げて説明したが、例えば、エンジンと、1基のモータ・ジェネレータとを備えたハイブリッド車両であってもよい。要は、車両の駆動力を発生させるための駆動力源として、少なくとも、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関と、モータあるいはモータ・ジェネレータなどの電動機とを備えたハイブリッド車両であって、いわゆるマニュアルシフトを実行可能に構成されたハイブリッド車両を、この発明における制御の対象とすることができる。
【符号の説明】
【0067】
1…エンジン(内燃機関;E/G)、 2…第1モータ・ジェネレータ(電動機;MG1)、 3…第2モータ・ジェネレータ(電動機;MG2)、 8…駆動輪、 9…摩擦ブレーキ(摩擦制動装置)、 14…電子制御装置(ECU)、 15…車速センサ、 16…アクセル開度センサ、 17…ブレーキセンサ(ブレーキスイッチ)、 18…シフトポジションセンサ、 Ve…ハイブリッド車両。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関および電動機を駆動力源とするハイブリッド車両であって、前記駆動力源からの出力トルクを複数の変速比に変速して駆動輪へ伝達させる変速手段と、運転者によるマニュアルシフト操作に基づいて前記変速を実行するマニュアルシフト手段と、前記運転者によるブレーキ操作の有無およびブレーキ操作量を検出するブレーキ操作検出手段と、前記ブレーキ操作に基づいて、前記電動機を回生制御することにより発生させる回生トルクおよび摩擦制動装置の動作を制御することにより発生させる摩擦制動トルクによって前記ハイブリッド車両の制動力を制御する制動手段とを備えたハイブリッド車両の制御装置において、
前記マニュアルシフト操作の実行可能な条件下にあるか否かを判断するマニュアルシフト判断手段と、
前記電動機との間で電力の授受を行う蓄電装置の充放電容量に基づいて設定される通常時回生制限値で前記回生トルクの上限を規定するとともに、前記マニュアルシフト操作の実行可能な条件下にあると判断された場合に、前記マニュアルシフトによるダウンシフトの実行に先立って、前記通常時回生制限値よりも値が低い回生制限値で前記回生トルクの上限を規定する回生トルク制限手段と
を備えていることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項2】
前記回生トルク制限手段は、前記ブレーキ操作量に応じて設定される要求制動トルクが前記通常時回生制限値を超えない場合に、前記通常時回生制限値で前記回生トルクの上限を規定するとともに、前記要求制動トルクが前記通常時回生制限値を超える場合には、前記ブレーキ操作量が大きいほど値が低くなるように設定された前記回生制限値で前記回生トルクの上限を規定する手段を含むことを特徴とする請求項1に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項3】
前記回生トルク制限手段は、前記マニュアルシフト操作により設定される前記変速比毎に、前記回生制限値を設定する手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載のハイブリッド車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−107446(P2013−107446A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−252670(P2011−252670)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】